蝶屋敷のあの子【完結】   作:トマトのトマト

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第十六話 無限城、毒香

 

 

 

 

 

 

 気を失っていた真魚は目を覚ます。何が起きていたのか思い出せなかったのは一瞬で、すぐに視界は広がる。そして、目の前で繰り広げられる戦闘。カナヲと彼が知らない隊士が一人。かなり若い二刀流。

 しかし、二人が相手をしているのは童麿ではなく、よく似た氷の人形だった。大きさは童麿の半分もない。しかし、使う技は本人が使うものと全く同じで、それだけ威力大きい。二人は状況を打破することができず、明らかに苦戦していた。童麿は呑気に戦いを眺めている。自身が手出しすることもなく。まるで二人が弱っていくのを愉しんでいるようだった。

 

「真魚君」

「し、しのぶさん……」

 

 さっきまで横たわっていたしのぶだったが、気を失った彼を守るため無理矢理身体を起こした。三人の前で弱り切った姿を見せた彼女も、鬼殺隊の中で最強の柱なのだ。その誇りがしのぶの身体を動かした。

 身体は傷だらけで、呼吸も苦しい。戦闘に参加することは難しいかもしれないが、彼を童麿から守ることはできる。自らの身体を犠牲にすれば、彼らならきっと上手くやってくれるはずだと信じて。しかし、そんな彼女の狙いに気づいたように、童麿は真魚としのぶには目もくれない。

 

「……加勢に行きます」

 

 真魚もしのぶ同様、傷だらけだった。しかし、彼女が止血をしていたお陰で気絶する前よりは幾らかマシになっている。だがそれでも筋肉は痙攣し、今のままでは長い時間戦い続けることは不可能だと悟る。

 だが、アオイに声を掛けられたと()()していたからか、自然と立ち上がることができた。しのぶはそんな彼を見上げる。

 

「私を囮に使ってください。そうすれば、奴は弱まる」

「……聞こえませんよ。何も」

 

 しのぶは違和感があった。

 先ほどまでの彼とは違う。何かに吹っ切れたような、変な余裕があるように見える。傷だらけなのに、痛む素振りもなくて。

 そんなしのぶを尻目に、真魚は童麿のもとへ一気に加速する。地面に踏み込むその力は先ほどより比べ物にならないほど強く、比例して加速度も格段に上がっていた。だが、それに気づいた童麿は冷静に距離を取る。

 

「君本当にすごいね。その傷で」

「うるせえ。まぁ、お陰で良い()見れた」

 

 余裕とも受け取れる真魚の態度。童麿は目を細める。

 一方のカナヲたち。人形と戦いながら、真魚が起き上がったことに気づく。少年は真魚の姿に多少驚きはしたものの、意識をすぐ目の前に戻す。自身の母親の仇であった童麿。地獄を見せると言っておきながら何もできない自身に苛ついていた。

 

「だぁーっ! 鬱陶しい奴らだ!!」

「い、伊之助落ち着いて!」

 

 嘴平伊之助。普段から猪の毛皮を被っており、隊服は纏わない。常に上半身裸である。だが、それでも立派な鬼殺隊士でここに居るカナヲと同期である。

 刃こぼれした日輪刀にこだわりがあるらしく、変わり者ではある。しかし鬼を滅する気持ちは強く、清々しいほど純粋な心の持ち主だった。異様に柔らかい身体を上手く使い、童麿に一太刀入れることは出来たものの、それ以降は童麿の間合いに入ることすら出来なかった。

 それだというのに、真魚がいとも簡単に童麿に向かっていくのだ。伊之助にとって、それは気持ちの良いものではない。だが、それは伊之助とカナヲが童麿の注意を引き付けていたからに過ぎない。自身がそれに貢献しているなんて、今の伊之助に分かるはずもなかった。

 

「……俺たちに対する殺意がまるで感じられないな」

「殺意なんて持ったことないよ。言っただろ? 俺が救ってあげてるんだって」

「お前はそういう奴だったな」

 

 真魚は呆れたように息を吐く。面と向かって、冗談抜きでそう話す目の前の鬼。あまりにも自己中心的な考えに反吐が出そうだった。

 一方、この童麿。真魚の神経を逆撫でするつもりなんてサラサラ無い。本心なのだ。だからこそ、真魚が苛つく理由が分からなかった。だが一つだけ分かったことがある。この男とは永遠に分かり合えないということ。

 バチン、と空気が張る。明らかに童麿を纏う雰囲気が変わり、真魚は構える。血は止まっていたが、目の前がぼやけるような感覚はそのまま。せめて視界が揺らがないように、顔の筋肉を硬直させる。

 瞬間、童麿が彼の目の前に迫る。空気をも粉々に切り裂いてしまいそうな扇で、真魚の身体を一閃するが間一髪、刀で受け止める。が、童麿の腕力は相当なモノ。全てを受け止めきれず、わずかに右胸のあたりを斬られた。

 

「無理だって。そんなに苦しそうなのに」

 

 次々と斬撃を放つ童麿に、真魚は圧される一方だった。

 彼が戦ってきた鬼とはまるで次元が違う。第六感が警鐘を鳴らしていた。「この鬼には勝てない」と。しかし、真魚は引くつもりもなかった。死ぬかもしれないのに、アオイに向ける顔が無いというのに。そう思いながらも、一歩たりとも引く気にはなれなかったのだ。

 彼も一人の鬼殺隊士だった。これまでの任務で愛する人を殺された家族と何度も顔を合わせていた。そんな光景を見ていれば、否が応でも鬼に対する嫌悪感は上がっていく。

 そんな気持ちとは裏腹に。真魚は先ほどよりも身体に力が入らない。童麿の斬撃を斬り払うことで一杯一杯だった。しのぶが加勢に向かうも、童麿の狙いは完全に真魚に向けられていた。結晶ノ御子をもう一体増やす。

 

(真魚君……! 真魚君……!!)

 

 しのぶは察していた。このままだと彼は死んでしまうと。

 このまま持久戦になれば、間違いなく全滅する。特に彼が死んでしまえば、アオイに会わせる顔が無い。そうなると、自分に出来ることは一つしかない。だというのに肝心の童麿は、しのぶに興味すら無くしていたように見える。

 男に執着心の無い童麿であったが、不思議な感覚に襲われていた。今この男を殺さなければいけないという圧迫感。それが何なのか、彼は分からなかった。

 

「息も上がってるね。よく頑張ったよ。君は」

「勝手なこと……言うな」

「だって――――ほら」

 

 瞬間。真魚の目の前に現れたのは――――童麿本人。

 

 

「もう、俺の姿を追えなくなってるじゃん」

 

 

 彼の口元が緩む。全ての終わりを察したかのような、悪魔のような、微笑み。真魚の身体に走る恐怖という名の電流。童麿の言う通り、全く反応できなくなっていた。いや、これまで付いて行けてたのが奇跡的で。そう思ったと同時に、扇が彼の腹を貫いた。

 ぐしゃり、と彼の身体がちぎれる音。三人の視線は真魚に向けられ、一瞬。声を失った。

 これまで以上に出血量が多い。それもそうだ。身体を貫かれたのだから。刀を握る右手に力が入らなくなる。そして、そのまま力なくだらりと垂れ下がる。

 

「真魚君っ!!!」

 

 一番最初に、しのぶの声が響く。だが真魚の耳には届いていなかった。続いてカナヲ。伊之助は何も言わずに真魚の元に向かおうとする。しかし、三人とも御子の壁を突破することができなかった。

 彼は全ての世界が遮断されたように、目の前が真っ暗で、何も聞こえない。朦朧とする意識。出血が止まらない。このままだとあと数分で息絶えるだろう。

 

「お仕舞い。よく頑張ったね」

 

 童麿は敢えて、首を狙わなかった。無防備な真魚の首を仕留めるのは簡単だったが、そうはしなかった。彼が苦しむ姿を見てみたい、だなんて初めての気持ちが頭をよぎったのだから。

 しのぶも、カナヲも、伊之助も。御子たちによって動きが制限されていたまま。真魚は辛うじて生きているが、止血しないと間に合わないほどの重傷。だが、誰一人として彼の元に辿り着けなかった。

 

 扇を突き刺した童麿の右手。彼の血が飛び散っていて、その匂いに頭が麻痺するような感覚に陥る。稀血、というわけではない。これまで大勢の血を見てきたが、ここまで気持ちが昂ったのは初めてだった。

 

――――ん?

 

 嗅ぎ慣れた鉄の匂い。その中に、微かにある香り。なんだこれは、あまり心地の良いモノではない。童麿は直感的に思う。

 自らが突き刺した右手の辺りから匂う。だが引き抜いて嗅ぐ気にはならない。となれば、答えはだいぶ絞られてくる。鬼である自身が嫌う匂い。藤の花だ。

 真魚の懐には「藤の花の香りがする何か」が入っていた。童麿はガラス瓶を砕いたような感覚が右手に残っていたこともあり、香水だろうと結び付ける。そして、予想は的中していた。

 彼の血に混じって、微かに見える紫色の液体。血の匂いの中で確かにあるその存在感。

 右の腹を貫かれたというのに、まだ息のある真魚。焦点は定まっていない。きっと何が起きているかも分かっていないのだろう。童麿は左手の扇で首を狙う。

 人間は脆い。鬼と同じで、首を斬れば一瞬で死ぬ。最初からこうしなかった自身に苛つきながらも、もうこれで終わりだ。彼を殺せば、他の三人も糸が切れたように死ぬだろう――――。

 

 

――――動かない

 

 

 振りかざそうとした左手。動かない。真魚の身体に突き刺した扇。同じように、引き抜くつもりが動かなかった。真魚が筋肉を膨張させているわけでもない。

 おかしい――――。童麿は頭を巡らせる。毒か? いや身体に毒が入った感覚は無い。だが、痙攣したような痺れがある。そう考えているうちに、やがてそれは全身に広がっていく。

 しのぶに毒を撃ち込まれたかと、童麿は辺りを見渡すが彼女は御子が相手をしていて動けるはずもない。だとすればなんだ。頭を巡らせるも、答えが出てこない。

 

――――あぁ、この香水か

 

 可能性があるのならこれしか無い。突き刺した右手からそれが体内に侵入した、とでもいうのだろうか。疑問形。童麿は確定することが出来なかった。毒が巡る感覚が無かったこともある。だが、それだけでは無い。

 明らかに違ったのだ。しのぶが使った毒とは構造的に。彼女の毒は紛れもなく鬼を殺すために作られたモノ。だが、真魚が持っていたソレは違った。毒という感じでは無かったのだ。いや、鬼にとって藤の花は毒であることに違いないのだが、毒ではない。それは至って普通の香水のようで。

 真魚が持っていた香水。極めて花の純度の高かった。ここまで藤の花の純度が高いモノは珍しかった。だからか、童麿の身体に慣れない痺れが走る。しかし、それも時間が解決する。想定外の毒ですぐ分解出来なかったが、あと数秒もすれば元通りになる。そんな()()考え。

 

 

 瞬間――――。空気が揺らぐ。

 根源は童麿の目の前に居る青年。全身の筋肉が膨張していく感覚が童麿にも伝わる。咄嗟に頸を守ろうとするも、動かない。

 

 

「愛の呼吸 (つい)の形――――略奪の(みこと)

 

 

 「しまっ……」素っ頓狂な声が漏れたのは――――童麿だった。

 だらりと垂れ下がった真魚の右手が、命を貰ったかのように動き出し、そして童麿の頸を一閃する。どこよりも硬い上弦の頸。しかし、彼の刃は着実に食い込んでいく。

 愛の呼吸、最後の形。愛は常に危険なモノ。一歩間違えれば、命を奪うことだってある。愛と悪は紙一重なのだから。

 燃えるように熱くなった自らの血液。それを日輪刀に纏わせる。そのため使う時はかなり限られてくる。そして、使う時は自らの命を捨てる覚悟がある時だ。

 それだというのに、彼はアオイを捨てることができなかった。日輪刀が纏う血が多ければ多いほど威力は増す。それなのに、真魚は心のどこかで制御していた。

 

(えぇぇっ……)

 

 童麿は動かない身体のまま、目の前の鬼狩りを見る。

 身体が動かないこともそうだが、真魚がまだ動けることに驚きを隠せなかった。命の危機が迫っているというのに、恐怖なんて感情は全くと言っていいほど無かった。

 童麿の頸に刃が入ったからか、御子たちはひび割れ、姿を消す。

 対応していた三人。驚きとともに、真魚に視線を送る。先ほどまで項垂れていた彼が、童麿の頸に刃を通そうとしている。こうなった理由は三人にも分からない。そのまま彼を助けようと地面を蹴る。

 

 声にならない声。真魚は全意識を右手に集める。

 不快だった。先も見えず、何も聞こえず。ただ肉に刀が食い込む感覚だけが神経を伝ってくる。あと一息で、というのに、そこから先に進もうとしない。上弦の頸は恐ろしく硬いモノだった。

 

――――真魚さん

 

 アオイが自身の名を呼ぶ。現実か、虚像か。見慣れた服を着て、どこか寂し気で、ふてくされていて。

 まるでこの瞬間、彼の中で時間が止まっているようだった。

 

――――アオイちゃん

 

――――待ってますよ

 

――――ごめん。死ぬかもしれない

 

 アオイは何も言わない。生きて帰ってくる、そんな甘いことを言うんじゃ無かったと後悔しても遅い。そんな真魚のことを見透かしたように。アオイは優しく微笑んだ。

 

――――ご褒美、用意してますから

 

 彼の思考は止まる。良くない方、良くない方へと向いていた思考が、一瞬で空を見上げる。ご褒美、としか彼女は言っていない。そもそも本物のアオイが言ったわけではないのだが、今この状況。真魚の気力を取り戻すには十分すぎるほどの()()

 

 切断音が、空間を包む。三人は驚きとともに、気が緩むような感覚。

 最後の最後に彼を救ったのは、またしても神崎アオイ。そして、彼女を想う真魚の愛情。彼が童麿の頸を一閃出来たのは――――言葉では言い表せないほどの愛の力だった。

 

 

 

 

 





 呆気ないなって思いました? 愛の力は無敵なのでいいんです()

 新たに高評価してくださったprotoolsさん。ありがとうございました。

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