蝶屋敷のあの子【完結】   作:トマトのトマト

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 一日二回更新行けた。やったよパトラッシュ。




第八話 昼逢引、夕日

 

 

 

 

 

 

 

 

 太陽が空のてっぺんまで登ってしまった頃。蝶屋敷を出た二人は、そのまま下町へと降りてきていた。アオイはあの夜以来の街であるが、昼間で隣に真魚が居たからか、素直に安心していた。

 夜とは違って、人々にも活気がある。とても鬼が出るような世界には見えない。並んで歩く真魚とアオイ。お互い恥ずかしくて顔を見ることが出来ていないようで。

 

「……アオイちゃんは何か欲しいものでも?」

「特には無いんです。ただ見て歩きたくて」

「そっか」

 

 彼女はそう言うが、笑っていた。屋敷を追い出されたというのに、何というか。真魚はその疑問をぶつけることはせず。優しく微笑み返す。

 そう言えば、こんなに笑ってるアオイちゃん見るの初めてだ――――。ふと彼の頭をよぎる。髪を下ろした彼女と同じぐらいの破壊力がある。

 照りつける日差し。歩きっぱなしのアオイの額には汗が浮かぶ。手拭いを持ってこなかったことを彼女は後悔した。

 

「少し休む?」

「何かいい場所でも?」

「まぁ、無いことはないかな」

 

 彼はそう言うと、すぐ目の前にある喫茶店を指さした。

 

「ここの餡蜜、めっちゃ美味いんだよ」

「喫茶店……ですか。入ったことないです」

「なら行こう! 何事も経験だから」

 

 真魚はアオイの右手を引いて、そのまま店の中へと入って行く。

 「ちょ、ちょっと……」彼女は戸惑いながらも、彼の左手を受け入れている。こうして強引に引っ張られるのも、案外悪くない――――なんて柄にもないことを思いながら。

 店の中に客はいなかった。近代的で良い雰囲気の店。真魚は何度もこの店には通っていたせいか、店主と目が合うと気さくに話している。ただアオイを連れていることを知ると、茶化すように微笑む。

 

「へぇ。ついにここまで漕ぎ着けたわけかい」

「ま、まぁ……色々あってね」

「いい女子(おなご)じゃないか。大切にしろよ」

「分かってますって」

 

 小刻みな会話が店内に響く。彼はここの常連なのだろう。二人の会話を見て、アオイは勘づく。話の内容は変に緊張していて頭に入ってこなかった。

 そのまま席に座ると、お品書きが二人の目に入る。餡蜜の話をしていたからか、悩むことなくそれを二つ注文する。真魚は羽織を脱ぎ、日輪刀も壁に立てかけた。流石にそれはまずいと感じたアオイが指摘すると、彼は笑う。

 

「ここの店主は鬼殺隊のこと知ってるんだよ」

「そ、そうなのですか」

「まぁここに限らず、一ヶ月前の事件で、この街にはそこそこ知れ渡ったみたい。鬼の存在もね」

 

 一ヶ月前の事件というと、アオイが命をかけて()()()事件のこと。この街で真魚は英雄扱いされていた。何せ気味の悪い事件を解決した張本人なのだから。だが、彼自身そんなことを気にする様子を見せない。

 

「実はアオイちゃんのことも少し有名だったりする」

「ど、どうしてですか?」

「命をかけて、助けようとしたからだよ」

 

 向き合う真魚の表情は優しかった。また彼女の鼓動が早くなる。そんな一途な想いをぶつけられると、また()()()()()()感情が溢れ出てきそうで。思わずアオイは視線を逸らした。

 自分のことを腰抜けだなんて言う人間はこの場には居ない。やっぱり彼は優しい言葉を掛けてくれる。まるで凝り固まった心の中を解きほぐしていくみたいに。アオイは肩の力が抜けていく。

 それからすぐ、餡蜜が二つ運ばれてきた。そのまま店主は裏の方に姿を消す。他に客もいない。二人に気を遣っての行動であった。

 

 アオイは餡蜜をゆっくりと口に運ぶ。瞬間、食べ慣れない甘さと苦味。少し大人向けの味であったが、アオイはすぐに気に入った。二口、三口と口に運ぶ。

 

「美味しい……」

「でしょ? 俺のお気に入り。初めて人を連れてきたな。そういえば」

 

 鬼殺隊は孤独な仕事である。下の階級になればなるほど集団で行動するが、位が上がっていく毎にそれは変わる。

 任務でまず派遣されるのは一番下の階級から。順に派遣され、戦況が悪化すれば上の位、柱が任務に向かう。ここで言う戦況の悪化というのは、それだけ隊士の犠牲が出たということ。そうなると必然的に、上の階級の者は基本一人で行動することになるのだ。

 真魚の階級は、一番上の(きのと)。つまり、彼が行く任務というのはそれだけ強い鬼を相手する機会が多くなる。甲の中で特に優秀なのがしのぶたち柱。彼は次期柱候補に名前が挙がるぐらいなのだ。本当のところ、アオイが気軽に接していい人物では無かった。

 

「……私は家族を鬼に殺されたんです」

 

 ふと言葉が漏れる。太陽が照りつける外とは裏腹に、深く、暗い声。唐突な言葉にも、真魚はゆっくりと頷いた。「それで?」と聞き返す。

 

「一人になった時、あの蝶屋敷に拾われました。花柱の胡蝶カナエ様に」

「しのぶさんのお姉さんだね。話したことはないけど、すごく優しい人だったってのは知ってる」

「えぇ、まさにその通りで。赤の他人である私を、本当の家族のように受け入れてくださいました。もちろん、しのぶ様も」

 

 彼の前で身の上話をしたのはこれが初めてだった。不思議と抵抗はなく、スラスラと言葉を紡いでいく。

 真魚としても、無理に聞き出すつもりは無かった件でもある。彼女の口から出てくる言葉を素直に、丁寧に聞き込んでいる。親身な姿勢がアオイの気持ちを更に和らげていく。

 

「だから、しのぶ様から出て行けと言われた時。正直すごく悲しかったんです」

「まぁ……申し訳ないよ。本当に」

「真魚さんのせいではありませんよ。それに、すぐに切り替えられましたから」

「どうして?」

 

 彼が聞き返すと、アオイは少しだけ黙る。ほんの少しだけ。

 そして、意を決したように口を開いた。「一度しか言いませんよ」なんて前置きをして。

 

「真魚さんが居てくれたからですよ」

 

 「へっ」真魚の口から何とも素っ頓狂な声が漏れた。

 真剣な顔で、自身の目を見つめて、頬を少し赤らめて。目の前にいる愛し人は、彼の全てを包み込むようにそう言った。

 今日は彼にとって、初めてづくしだ。初めての笑顔、初めての話、初めての甘い言葉。それが一斉に押し寄せてくるのだ。混乱しない方が可笑しな話でもある。

 

「の、の、喉が乾きました。お、お水でももらいましょう」

 

 アオイは立ち上がって店主を呼ぶ。しかし、中々出てこない。そのはずだ。二人に気を遣って煙草を買いに行ってるのだから。そうとは梅雨知らず、アオイは出てこない店主を呼び続ける。

 その後ろで、頭の整理が出来た真魚がゆっくりと立ち上がる。

 

「アオイちゃん好き!! 結婚しよう!!!」

「だ、だからどうしてそうなるんですかぁー!」

 

 そう言うアオイの声は、不思議と甘い色に染まっていた。

 

 

〜〜〜〜

 

 

 夕刻。夕陽が街を照らす。美しい橙色で、手を繋いだ母と子は夕飯の話で盛り上がっている。真魚たちは喫茶店でしばらく話した後、再び露店を見て回った。特に買うものは無かったが、二人で見た時間というものはそれだけで心を満たしていく。

 そして話はアオイの宿泊先の件だ。それを切り出したのは意外と真魚の方で。宿屋にツテがあると話すと、彼女は浮かない表情を見せる。

 

「えっと……ご不満?」

「………」

 

 アオイは何も言わなかったが、これに困ったのは真魚だ。

 宿屋が嫌となると、もう選択肢は野宿しかない。それか蝶屋敷に戻るか。そうなった場合は間違いなく後者になるだろうが。

 

「あ! それなら俺の家来る? 二人きりで夜過ごそうよ」

 

 彼女を茶化すように真魚は言う。調子の良いことしか言わない彼だが、昨晩アオイに手を出さなかった辺りを見ても、しっかりと順序を踏む人間である。茶化すように言ったつもり。

 

「………はぃ」

「えっ」

 

 ここで予想外の事態が起きた。アオイが彼の提案を素直に受け入れたのだ。文句の一つ言うことなく、彼の言った言葉をそのままの意味で受け入れたのだ。

 えっ、いいの? えっ、これってどういう意味? えっ、えっ、えっ???――――。真魚は考える。考えたところで答えは出ない。視線を彼女に落とす。しおらしい。

 アオイとしても、一人で宿屋には泊まりたくなかった。家族を殺されたせいか、基本一人が苦手。屋敷のように誰かが側に居てくれた方が安心するのだ。ただ、真魚に関してはそう思っていない。むしろ特別な存在だった。

 

「その………迷惑なら宿に泊まります」

「い、いやいや! 全然問題ないよ。うん、問題ない」

 

 自身に言い聞かせるように返答した。真魚からすれば、問題大有りだ。昨晩の屋敷とは違う。完全にアオイと二人きりになるのだ。髪を下ろし、あんな甘い言葉を言われれば、もう理性を保てる自信は無かった。

 そもそもの話、もうすでに真魚の一方的な好意ではないのだ。アオイもまた、彼に好意を寄せている。ただそれを伝え切れていないだけで。だが彼女の拙い我儘が「素直になるな」と言い聞かせていた。

 

 アオイは今晩の身の振り方が決まったわけだが、そうなればまた話は変わってくる。彼女は手拭いも下着も用意していない。いずれにしても下着は買うつもりだったが、真魚の家を知らないアオイは彼と一緒に行動する必要があった。すなわちそれがどういう意味か。

 

「あ、あの真魚さん」

「ど、どうした?」

「この辺りでその……し、下着を売ってる店って」

「あ、あぁ。えっと、こっちだよ。多分女性モノもあるはず」

 

 下着を買うだけなのだが、二人ともぎこちない。お互い意識していることが見え見えだった。

 真魚の案内についていくと、すぐ衣料品店が目に入る。店の外で待ってると言う真魚を置いて、アオイは一人で店に入った。彼の予想通り、女性モノの下着もバッチリ揃っていた。

 アオイは着れればいいという考えの持ち主。下着なんて気に掛けたことも無かった。

 が。今はそういうわけにもいかないのだ。いや、真魚にはそんな思いは無いのだが、もしかしたらもしかするかもしれない。自分の感性を試されている感じがして、アオイは戸惑った。

 

「お嬢ちゃん、お嬢ちゃん」

「は、はいっ?」

 

 そんなアオイに話しかけてきたのは一人の女性。着物を着ているが、やけに手慣れた感じ。この店の店員だった。彼女はアオイの耳元に近づき、囁くように話しかけた。

 

「今夜、勝負なんでしょ?」

「ひゃぃ!?」

「分かるよー。こんな時間に下着を買いに来るのは勝負前の人間くらいだからねぇ」

「ち、ち、違います! 普通に下着を選んでただけで……」

「あれ、そうなのかい? あんたの連れがやたらと店の中覗き込んでるからてっきり」

 

 アオイが店の外を見ると、真魚と目が合う。普段ならその瞬間彼に暴言をぶつけるのだが、今はそんな気分にはならなかった。彼に見られていると思うだけで下手なのは選べない。いやそもそも下着を見せる前提になって話が進んでいることに、アオイは気づいていないのだが。

 真魚としても、我慢が出来なかった。彼女が選ぶ下着を何としても見たかったのだ。この時ぐらいなのだから。無駄に良い視力を存分に発揮し、アオイが選んだ下着を脳内に刻み込む。

 

(黒……意外と大人っぽい。それに大きさも……)

 

 つい想像してしまう。髪を下ろし、風呂上がりで濡れ髪の彼女。鼻に血液が集まりかける。不味い。ここで鼻血を出せば良からぬ妄想していたことがバレバレではないか――――。彼は必死に岩柱の姿を思い浮かべる。そして沈む。その効果は絶大だった。

 

「お、お待たせしました」

「あ、あぁ。おかえり」

 

 店から出てきたアオイは何も言わない。気まずさが二人を包む。

 不味い、何か話さないと――――。真魚は先ほどの妄想の件ですっかり冷静さを失っていた。ただ何か言葉を発さないと心が苦しくて苦しくて。

 

「い、意外と大きなサイズの下着だね」

 

 やってしまったぁぁぁぁぁ!!!!――――。女心をガン無視した発言。いや失言だ。ピキッと空気が割れたような、そんな音が彼の耳には確かに聞こえた。やがてアオイは立ち止まり、ゆっくりと真魚を見上げる。

 

「真魚さんの馬鹿!!」

「目が痛い!」

 

 鮮やかな目突きが真魚に襲いかかる。そんな賑やかな声とともに、暖かな夕陽は顔を隠して行った。

 

 

 





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