蝶屋敷のあの子【完結】   作:トマトのトマト

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 アオイちゃんとしのぶさんでご飯イケる




第九話 夜逢引、月夜

 

 

 

 

 

 

 

「い、意外と綺麗にしてますね」

「まぁ最近は任務で帰ることもないけどね」

 

 真魚の家に入ったアオイが思わずそんな言葉を漏らす。彼女の言う通り、彼の家は綺麗に整理整頓されていて、男の一人暮らしとは思えないようだった。

 だが家を空けることが多い彼にとっては、これが普通なのだ。それでも定期的に帰宅し、埃を掃除する辺り思いの外几帳面な性格であるのは確かだ。

 真魚の家は下町から少し歩いたところにポツンと建つ木造の平屋建て。居間と寝室、そして風呂場まで完備されている。質素ではあるがそれがぬくもりとなってアオイの心を包んだ。

 アオイは手に持った紙袋を台所に置く。中には野菜が入っている。彼女なりに真魚に恩義を感じているようで、手料理を振る舞うことにしたのだ。

 

「なんか悪いね。ご飯まで作らせて」

「いいんですよ。これぐらいはお安い御用です」

 

 本来であれば一人宿に泊まるはずだったのだ。流石にタダでお邪魔するつもりは無い。しかし真魚からすればそこまでしなくても良いと逆に気を遣う結果となってしまったが。

 ただ、アオイの手料理を食べることが出来る絶好の機会。必然的に鼓動は高鳴っていく。

 

「何か手伝おうか?」

「いえ。ゆっくりしていてください」

 

 と言われてもだ。真魚からしても今の状況は初めてだった。

 この家に人を招いたことは無い。そのせいか誰かが居るこの雰囲気は独特なもので、しかもそれがアオイなのだ。自宅だというのに浮足だったような、そんな感覚。ゆっくり、なんて言われてもジッとしてられるわけもなく。真魚は風呂場でお湯を貯めることにした。

 

 かたやアオイも、野菜を包丁で切りながら不思議な感覚に陥っていた。

 

 彼の家に初めて来るというのに、想像以上に落ち着いていて。彼に手料理を振る舞うことに、緊張よりも楽しみの方が上回っていた。それもそのはず。蝶屋敷でもアオイが包丁を握ることが多い。少しだけ自信があった。と言っても、今日作るのは簡単な煮物と炒め物。もう少し凝ったモノにすれば良かったと密かに後悔する。

 が、せっかくなのだ。せっかく。純粋な彼への感謝が心の底から溢れ出る。彼の匂いがするこの家は、アオイにとっても心地が良かった。彼の全てに包まれているような、そんな気がして。真魚が居間に居ないことを良いことに、彼女は一人で頬を緩ませた。

 

 それからは、自身でも驚くほどスムーズに料理が進んだ。真魚は風呂場で湯を張りながら合わせて掃除もしているよう。そこまで気を遣わなくてもいいのに、なんて心の中で呟く。

 

「アオイちゃーん。お湯張ったけど、先に入る?」

「い、いえ! まだ掛かるのでお先にどうぞ!」

 

 風呂場の方から真魚は話しかけた。アオイは我を取り戻したかのように言葉を紡ぐ。彼女の声を聞いた彼は少しがっかりしたような返事をしてそのまま風呂場の戸を閉める。真魚の考えていたことは至って単純で、アオイが入った後に入りたかっただけ。

 完全に一人になったアオイ。料理の手を止めず、綺麗に拭かれたちゃぶ台に二人分の食事を並べていく。ちゃぶ台を囲んでの食事は、何年ぶりだろうか。自身の記憶を辿っても、もうしばらくやっていなかった。

 

「……懐かしい」

 

 そんな独り言。行き場を無くした言霊は、そのまま天井に上っていくようで。普通の家族であれば当たり前の日常なのだ。しかし、アオイにとってそんな日常はとうの昔に消えて無くなっていた。

 だというのに、今こうして真魚の家で()()を過ごしている。蝶屋敷とは違う、何かこう、幸せな何か。アオイは胸を覆うこの感情が何か分からなかった。

 

 食事を並べ終え、後は白米が炊き上がるのを少し待つだけ。そんな時だった。

 

「アオイ、アオイ。シノブから伝言デアル」

 

 戸の向こうからする声に、アオイは聞き覚えがあった。鬼殺隊の伝令役でもある鎹鴉。それもしのぶに付けられた鴉の声。どうしてこの場所が分かったのか、なんて考える。

 

「アタマが冷エタラ帰ってコイ。二人キリデ泊まるノハ危険」

「し、心配してくださってるみたいですね」

 

 なんだかんだ言って、しのぶもアオイには強く言い過ぎたと反省していた。真魚に対してはそんなことないが、彼女も立派な蝶屋敷の一員。出て行けなんて言ったのはその場の勢いなわけで。

 そもそも何故真魚の家に彼女の鎹鴉が辿り着いたのか。アオイは一瞬消えかけていた疑問が再び頭に浮かぶ。しのぶは真魚の家を知らないはずだ。なのに、何故? 自問しても、答えなんて出るはずなく。

 

「サァ、帰エルぞ。帰エルゾ」

「い、今からですか?」

「ソウダ。シノブ、心配シテル」

「で、ですが……」

 

 今すぐに帰る、となれば風呂に入っている彼を放ったらかしにして家を出ていくことになる。今日一日世話になった彼に対して、それはいくら何でも無礼。アオイは答えを躊躇った。それに、せっかく用意した食事もそのままで。

 しのぶが心配している。きっとそれは嘘じゃない。

 でも。でも――――! それよりも、今は彼の側に居たい。彼と二人きりで過ごしたい――――。ただそれだけなのだ。

 

「……い、嫌です」

「カァ?」

「今日は……帰りたくありません。しのぶ様にもそう伝えてください」

 

 アオイがそう言うと、鎹鴉は何も言わなくなった。だがそれも束の間。閉まった戸を思い切りくちばしで突き始めた。ガッ、ガッ、ガッと音を鳴らしながら木製の戸に小さな穴が増えていく。

 

「ちょ、ちょっと! 何を……!!」

「帰ルゾ帰ルゾ帰ルゾ!」

 

 この鴉はしのぶから「何が何でも連れ帰ってこい」と命令を受けていた。鴉一羽に人間を運ぶ力は無いが、アオイが拒否した場合の行動も折り込み済みなのである。こうすれば彼女は必ず帰ってくると擦り込まれた行動がこれだ。

 アオイはアオイで彼の家を傷つけてしまったと自身の判断を悔やむ。これ以上、家を傷つけるわけにもいかなかった彼女は、止むを得ず戸を開けた。

 

「わ、分かりましたから……。もう少しだけ待ってください。彼に一言お礼をしないといけませんので」

「アオイちゃん――――って何で鎹鴉が」

 

 それと同時に、風呂上がりの真魚が居間に姿を見せた。隊服を脱ぎ、着物を着ている彼に、アオイはつい胸が高鳴った。だが、鎹鴉はそんな二人の空気を切り裂くようにアオイを促す。

 

「早く帰ルゾ」

「あぁ、しのぶさんの差し金ね。なんだかんだで心配してたみたいだね」

「……」

 

 アオイは何も言わなかった。視線をちゃぶ台に落とすと、美味しそうな料理がズラリと並んでいる。感嘆の声を上げる真魚は、そのまま腰掛けてアオイに視線をやる。

 一緒に食事をしたら、アオイを屋敷まで送ろう。そう考えたのだ。そうすれば二人きりで泊まる事態は避けられる。そういう関係になっていない真魚にとって、無防備な彼女が隣に居るだけで色々と不味いのだから。

 

「アオイちゃん。ご飯ありがとう。美味そうだ。ご飯も炊けそうだしそろそろ――――」

「……嫌です。帰りたくありません」

「………え?」

「私は……私はその……今日は真魚さんの家にお世話になりますので」

 

 時が止まった。真魚と鎹鴉の目が合う。何というか、二人の気持ちが重なったかのような感覚。一度は受け入れたアオイだったが、彼の顔を見ると駄目だった。まだ彼の側に居たい、心の底から溢れ出る感情に嘘をつくことが出来なかった。

 一方の真魚。アオイを屋敷まで送るつもりだったが、彼女の言葉を聞いて頭が麻痺する。そしてすぐ、そんな感情は消え失せてしまった。今夜は彼女をここに泊める。その一択だけに。

 

「駄目ダ! 駄目ダ! 帰ル! 帰ル!!」

「や、やめてください! 痛い〜!」

 

 アオイを急かすように、鎹鴉は彼女をつつく。だが、それもすぐに真魚によって防がれた。

 

「アオイちゃんが嫌がってるだろ!! さっさと帰れこの野郎!!」

「痛イ! ヤメロ!」

 

 鴉の足を掴んで、逆さに持つ。このまま火にかければ焼鳥になってしまいそうな。真魚が離すと、鴉は家を飛び出した。

 

「あの()に伝えとけ! 年下に先越されて可哀想ですね!」

「カァァァ!」

「この野郎! 胡蝶しのぶの馬鹿野郎!!」

 

 飛び立った後でも、がむしゃらに石を投げ続ける真魚。普段そういうことを絶対にしない人間だが、アオイなことになれば人が変わる。それはまるで子どものようで。アオイはただそれを眺めていただけだが、初めて見る彼の一面に、思わず笑みがこぼれた。

 

「もう見えませんよ」

「あの人、鴉に何吹き込んだんだ。アオイちゃんが嫌がってるのに」

「……ありがとうございます」

 

 家に戻り、戸を閉める。穴の空いた戸を見て、彼は笑う。

 事情を説明すると、また彼は笑う。決して愛想笑いじゃなくて、全てを包み込んでくれる優しい笑顔。その顔がアオイは好きだった。

 そのまま二人で食卓を囲む。ご飯も炊け、彼女が真魚の分をよそう。いただきます、煮物を口に運んだ彼の表情はすぐに蕩けたものになる。

 

「本当美味しいよ。頬が落ちそう」

「大袈裟ですよ。ふふ。でも嬉しいです」

 

 アオイは今まで感じたことがない幸福感に浸っていた。

 自分が作った料理をこうも幸せそうに食べてくれる人が居たんだと。蝶屋敷とは違う、何か特別な感情。彼女の頬も緩くなる。

 あっという間に料理を平らげた二人は、一緒に後片付けをする。アオイは風呂をすぐに済ませ、そのまま居間に布団を敷く。寝室にはアオイ、居間に真魚が寝ることになった。流石に二人並んで寝るのは理性が持たない。そう判断した彼の最終手段でもあった。もうこれ以上の対策はしようがないのだ。とは言っても、寝室と居間は扉一つで仕切っているだけ。気休めでしかなかった。

 

「じ、じゃあ。おやすみ」

「お、おやすみなさい」

 

 いつもよりも早い時間ではあったが、二人布団に入る。真魚としても、あのまま濡れ髪の彼女を見ていたら理性が爆発してしまうと考えたから。布団に潜って、ただひたすらに早く眠るように念ずる。が、そういった時に限って眠れないものだ。

 

「真魚さん」

「……どうかした?」

 

 彼のすぐ右隣から、彼女の声が聞こえる。寝室と居間ではあったが、この仕切りは真魚が家を買った後自分で付けたもの。本来は一つの居間だったわけで、その仕切りにも限界があった。

 

「……ありがとうございます」

「どうしたのさ。いきなり」

「……い……いえ……なんでもあり……ません」

 

 彼女の声は震えていた。

 それは分かりやすく、真魚の意識を更に覚醒させていく。アオイは溢れ出る涙を堪えることが出来なかった。どうして涙が溢れるのか。真魚のことを考えると、止まらないのだ。

 

 今日一日。アオイはずっと幸せだった。生まれて初めての幸福感。至って普通の日常を過ごせたのだ。鬼殺隊を離れたような気分になって、普通の女の子として過ごした一日だった。

 今隣に居る彼は、明日には居ないかもしれない。それは、アオイの人生に光を差し込む人間が居なくなってしまうこと。そうなれば、今味わえたこの幸福感は、二度とこの手には戻ってこないのだ。

 私は鬼殺隊士――――。そう自分に言い聞かせても、それを上回る()()の感覚。このまま鬼殺隊に居てもいいのだろうか、なんて蔑んだ感情までも。

 

「俺は、そのままのアオイちゃんが好きなんだよ」

 

 それだというのに、真魚はアオイの心を読んだように。優しくて、暖かい言葉。凍っている心を溶かしていくような、甘くて淡い。

 

「……何も言ってません」

「分かるよ。何となく」

 

 あぁ、やっぱりそうだ。

 私はこの人が居ないとダメなんだ。彼が隣に居るだけで、生きる気力が湧いてくる。家族もいないこんな自分のことを愛してくれている彼が――――。

 

「真魚さん」

「はーい」

「絶対に帰ってきてください。私から離れないでください。私を……支えてください」

「……ははっ。改めて言われると恥ずかしいなぁ…」

 

 真魚は身体中の血液が沸騰しているように、体温が上がっていく。アオイからそんなことを言われると思っていなかったからか、嬉しさと恥ずかしさが混同したような想い。言葉にしなくとも、彼の決意は変わることもない。

 

 

「当たり前だよ。俺は貴女のことを愛していますから」

 

 

 勢いのまま、口にしたクサイ台詞。アオイからの返事はない。

 耳を立てると、寝息が聞こえてくる。疲れていたのだ。彼女も眠気と覚醒の合間だったからか、やけに素直に言葉を紡ぐことができていた。真魚からすれば、最後の言葉が彼女の耳に届かなかったのが少し残念だが。

 彼女から言われた言葉の余韻に浸りながら、彼も瞼を閉じる。が、やっぱりしばらく眠れそうになかった。

 

 

〜〜〜〜

 

 

 朝日が差し込む。昨日早く寝たせいか、真魚はいつもよりもかなり早く目が覚めてしまった。

 身体を起こし、思い切り背伸びをする。上半身の骨が伸びていきそうな感覚。心地が良い。そのまま目を擦り、ふと左側に視線を送る。

 

「……おはようございますっ。梅咲真魚君」

 

 良い夢から悪夢に堕ちたような。真魚は絶望感に苛まれ、胡蝶しのぶの笑顔を見た。

 

 

 





 ありがとうございました。

 新しく高評価してくださった皆様。
・M.Y snowさん
・よりたけさん
・田無火さん
・テリアモンさん
・貴司崎さん
・Yotoさん
・㌧㌧㌧さん
・スギマルさん
・鰻のぼりさん
・Rising193さん
・サイえもんさん
・トウチ亀さん
・stervenさん
・4649さん
・九焉さん

 沢山の方々に評価していただきました。本当励みになります。

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