デッドマンズN・A:『取り戻した』者の転生録 作:enigma
番外その一
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
クソ・・・なんなんだ、この状況は・・・何で・・・何で俺がこんな目に・・・夢だ・・・これは・・・夢だ!この梶原泰寛が、こんな面倒事に引きずり込まれるなんて・・・・・・!
「ちょ、ちょっとお待ちを! 触るまでなら黙って受け入れますが、まさか初対面で遠慮無用に黒ウサギの素敵耳を引き抜きに掛かるとは、どういう了見ですか!?」
「好奇心の為せる業」
「自由にも程があります!」
折角・・・折角『第六回食の探究旅行夏休み篇』の計画立てと夏休みの宿題が日記以外終わって、テンションがマックスまで上がっていたというのに・・・父さんたちが持ってきたあの見るからに怪しい便箋一つ開けただけでこんなことに・・・!畜生・・・畜生・・・!
「へえ? このウサ耳って本物なのか?」グイッ
「じゃあ私も。」グイッ
「ひゃあ!?ちょ、ちょっとま・・・」
・・・ここでぼやいていても仕方がない。ここが次元世界かどうかも分からん以上矢島達の救助は期待できないし、とりあえず今は情報を集めなくては・・・
「ちょ、ちょっとそこの御方!この問題児様方から私を助けて頂けないでしょうか!?」
「煩い黙れ塵にするぞクソウサギ。」
「く、クソウサギ!?未だかつてそのような呼び方をされたことは・・・ていうか御二方!いい加減やめ・・・ひゃああああああああああああああああああああああああああああ!」
「・・・・・・はぁ~~~~~~~~~~~~~~・・・」
とりあえず最初の情報収集はこいつから始めるか。そこで兎女の耳を引っ張ってる二人が落ち着いてからになるだろうが・・・
どうも皆さん、こんにちわ。(自己紹介が必要かはさておき)∞回死ねるローグライク(リアル)を乗り越えた転生者、梶原泰寛でございます。
十四回目の誕生日が通り過ぎ、夏休みを目の前にテンションMAXになっていた私は・・・・・・どういうわけかこのよくわからん異世界に寝間着姿で飛ばされた次第でございます(ちなみに今は倉庫に補充していた外着と靴を身に着けている)
ええ本当にね、なんでこうなったのか・・・・・・理由はおおよそわかってるんだけどねぇ~~~~~~~、他の三人も行ってたけどあの奇妙な便箋を開けちゃったからなんだけどねぇ~~~~~~~~~~~~~っ!!
クソッ!クソッ!!『適度な平和』を望むこの梶原泰寛がなぜこんな過剰すぎる状況にまた叩き込まれなくちゃならねえんだ!
「あ、あり得ない。あり得ないのですよ。まさか話を聞いてもらうために小一時間も消費してしまうとは。学級崩壊とはきっとこのような状況を言うに違いないのデス・・・」
そんな葛藤に明け暮れていると、制服姿と頭に着けたヘッドホンが特徴の金髪の少年・・・逆廻十六夜と、赤いリボンをつけたお嬢様風の少女・・・久遠飛鳥に結構長い間耳をいじられ続け、ようやく解放されたクソウサ・・・もとい、黒ウサギと名乗るウサ耳とウサギのしっぽを持つ少女がいつの間にかその場で地面に手をついて項垂れていた。
項垂れたいのはこっちだッつうの・・・・・・というか話を聞いていると、どうも俺がこうなった大本の原因はこの黒ウサギというやつにあるらしい。本当なら今すぐアライブのフルパワーラッシュを、スタプラさんの最高記録である四ページ半分の更に十倍は叩き込みたいところだ。あれ?これゴールド・エクスペリエンスだったけ?
(まあそれは細かいことはいいとして)しかし、俺が元の世界に帰還する方法を知っているかもしれない以上下手な真似をすることはできない。悔しい!でも感じちゃゲフンゲフン!!
・・・あ、ちなみに俺以外に
制服姿と頭に着けたヘッドホンが特徴の金髪の少年・・・逆廻十六夜
赤いリボンをつけたお嬢様風の少女・・・久遠飛鳥
涼しそうな服装で猫を撫でている少女・・・春日部耀
黒ウサギに召喚された以上の三人(と春日部が連れていた三毛猫)が側にいる。
この三人とは、湖に落ちそうになったのを助けた後黒ウサギが現れる前に自己紹介が終わっている。
ちなみに助けたせいで三人にスタンド能力のことを詰問されたのは面倒この上なかったとだけ言っておく。
「いいからさっさと進めろ。」
黒ウサギは半ば本気の涙を瞳に浮かばせながらも、逆廻に催促されて何とか説明しようという意気を見せた。
俺を含む四人は黒ウサギの前の岸辺に思い思いに座り込み、彼女の話を『聞くだけ聞こう』という程度には耳を傾けている。
「それではいいですか、皆様。定例文で言いますよ? 言いますよ?「さっさと言えしばくぞ。」ちょ!?ひどくないですか!?
んんっ!・・・ようこそ“箱庭の世界”へ! 我々は皆様にギフトを与えられたものたちだが参加できる『ギフトゲーム』への参加資格をプレゼントさせていただこうかと召還いたしました!」
黒ウサギは気を取り直して咳払いをし、両手を広げてそう言い放った。
「ギフトゲーム?」
「そうです!既に気づいていらっしゃるでしょうが、皆様は皆、普通の人間ではございません! その特異な力は様々な修羅神仏から、悪魔から、精霊から、星から与えられた恩恵でございます。『ギフトゲーム』はその“恩恵”を用いて競い合う為のゲーム。そしてこの箱庭の世界は強大な力を持つギフト保持者がオモシロオカシク生活できる為に造られたステージなのでございますよ!」
両手を広げて箱庭をアピールする黒ウサギ。
俺の場合は物を三つもらっただけであとは自力と拾い物ばっかりなんですがそれは・・・いや、これもギフトと言えばギフトか・・・
「まず初歩的な質問からしていい? 貴女の言う“我々”とは貴女を含めた誰かなの?」
「YES! 異世界から呼び出されたギフト保持者は箱庭で生活するにあたって、数多とある“コミュニティ”に必ず属していただきます♪」
「嫌だね。」
「属していただきます! そして『ギフトゲーム』の勝者はゲームの“主催者”(ホスト)が提示した商品をゲットできると言うとってもシンプルな構造となっております。」
今度は、春日部耀が控えめに挙手した。
「・・・・・・“主催者”って誰?」
「様々ですね。暇を持て余した修羅神仏が人を試すための試練と称して開催されるゲームもあれば、コミュニティの力を誇示するために独自開催するグループもございます。特徴として前者は自由参加が多いですが“主催者”が修羅神仏名だけあって凶悪かつ難解なものが多く、命の危険もあるでしょう。しかし、見返りは大きいです。“主催者”次第ですが、新たな“恩恵”(ギフト)を手にすることも夢ではありません。後者は参加のためにチップを用意する必要があります。参加者が敗退すればそれらは全て”主催者”のコミュニティに寄贈されるシステムです。」
「後者はかなり俗物ね。」
ごもっともだ。けど『ゲーム』ね・・・
「・・・概要はまあまあわかった。けどゲーム自体はどうやって始めればいいんだ?手続きの手順や方法なんて俺達には何一つわからんぞ。」
「コミュニティ同士のゲームを除けば、それぞれの期日内に登録していただければOKです!手順に関しては後でお手本を少々お見せしますから、少しお待ちください。後商店街でも商店が小規模のゲームを開催しているのでよかったら参加していってくださいな。」
俺の質問に黒ウサギがそう答えると、久遠は黒ウサギの発言に片眉をピクリと上げる。
「・・・・・・つまりギフトゲームとはこの世界の法そのもの、と考えてもいいのかしら?」
それに対して、お?と驚く黒ウサギ。
「ふふん? 中々鋭いですね。しかしそれは八割正解二割間違いです。我々の世界でも強盗や窃盗は禁止ですし、金品による物々交換も存在します。ギフトを用いた犯罪などもってのほか! そんな不逞の輩は悉く処罰します―――が、しかし! 先ほどそちらの方がおっしゃった様に、ギフトゲームの本質は勝者が得をするもの! 例えば店頭に置かれている商品も、店側が提示したゲームをクリアすればただで入手することも可能だと言うことですね。」
「そう。中々野蛮ね。」
「ごもっとも。しかし“主催者”全て自己責任でゲームを開催しております。つまり奪われるのが嫌な腰抜けは初めからゲームに参加しなければいいだけの話でございます。」
すると黒ウサギは一通りの説明を終えたと思ったのか、どこからともなくトランプのデッキを取り出し・・・
「さて、話を聞いただけでは分からないことも多いでしょう。なので先ほどの梶原様の質問に答える意味もかねて、簡単なゲームをしませんか?」
俺たち全員に向けてそう言った。
「先ほども言いましたが、この世界の住民は見な、必ずどこかのコミュニティに所属しなければなりません。それは、コミュニティに所属しなければ生きていくことさえ困難だと言っても過言ではないからです!」
---パチンッ キィンッ
黒ウサギがそう言いながら指パッチンをすると、空中から突如長テーブルが出現して黒ウサギと俺たちの間に大きな音を立てて落ちる。
「皆さんを、黒ウサギの所属するコミュニティに入れて差し上げても構わないのですが、ギフトゲームに勝てないような人材では困るのです。ええまったく、本当に困るのです。むしろお荷物・邪魔者・足手まといなのです!」
はっはっは、いい度胸だ。そのにやけ面をどでかい穴に変えてやろうか・・・・・・・・・いや待て俺。
「そうかそうか、ギフトゲームに勝てないような人材では困るのか。」
「ええそうです。そんな方を招いたところで我々に何の価値もないのですから♪」
「へぇ~~~~、それじゃあさぁ~~~~~
俺を元の世界に返してもらえないかな?」
「え゛!?」
俺がそう言うと黒ウサギは凄い声を上げ、笑顔のままフリーズした。
「おいおいどうした?でかい耳してるのに聞こえなかったのかい?それとも意味がよく分からなかったのかい?」
「いえ、あの、その・・・」
あからさまに狼狽えている黒ウサギを見て、若干とは言えスカッとした気分になる。
「どうにもさ、神様だとか、悪魔だとか、そんな奴らの開催する遊戯とやらについていける気がしないんだよ。それにお前は俺達にこの世界で面白おかしく過ごしてもらおうと考えて呼びだしたんだろうけどな、別に俺はそんなことはなからまったく望んじゃいなかったんだ。だから・・・早急に俺を元の世界に戻してもらおうか。」
顔が真っ青になっている黒ウサギに、俺は淡々とそう言い切った。
さて、返答やいかに?
一方こちらは黒ウサギ視点、彼女は変な声を出してしまった以外は平静を装っているものの、内心は冷や汗だらだらで心臓がバクバクなって混乱していた。
というのも、泰寛を除くギフト持ちのほとんどはプライドの高そうなやつばかりだから、適度に煽っておけば全員乗ってくるだろうと考えていたのだ。
実際その通りだから黒ウサギがここで慌ててしまったのも当然と言えば当然ではあるだろう。ゆえに、帰る気満々の泰寛のことは完全に予想外だったのである。
(こ、これは計算外です。まさかここまでやる気のない方がこの問題児の中にいらっしゃるとは!一応強いギフト持ちたちに手紙を出したそうですからあの方もかなり強い筈です。でもここで帰してしまったら黒ウサギの計画がパーに、でも機嫌を損ねてしまえばそれはそれで黒ウサギがピンチに……うーん)
泰寛を何とか引き留めようと、今なお冷や汗を流しながら目まぐるしく思考を巡らせている。
「さあどうしたよ?早く返事をしてもらえないかね?それとも言えない事情でもあるのか?」
返事にもたついていると、泰寛から返事の催促が来る。彼の周りを見ると、他の三人も黒ウサギのことを訝しむような眼で見ていた。
それを見てさすがにまずい空気だと感じたのか、黒ウサギは一つの決意をする。
「(仕方ありません。この方についてはちょっと予定を変更して)ちょっとこっちへ。」
「・・・・・まあいいよ。」
ヤスヒロノ機嫌が若干悪くなったことを感じ取った黒ウサギは流れる冷や汗の量が増えるのを感じながら、泰寛の手を引いて他三人から少し離れた所に移動した。
「おい、もうそろそろいいんじゃないか?」
黒ウサギに手をひかれ、三人のいる場所から少々離れたところに移動した。
この距離ならよっぽど耳がいいとかでもない限り内緒話程度なら聞こえやしないだろう。
「あ、はい聞こえてますよ!そうですか、帰りたいんですか。でもせっかくここまで来たのですから少し遊んでから帰るっていうのもいいんじゃないでしょうか?」
「へぇ、それは明日学校がある俺への挑戦ととってもいいのかな?」
余計に目立ちたくなかったから、悪魔関係の事件やら闇の所関連の事件が発生した時でも片時たりとも学校を休んだことが無い。その実績をここで切り崩されるいわれはねえよ?
それに唯でさえ常識的にはありえねえいなくなり方してる上に親しい関係者たちには何の断りもなく行方不明になってるんだ。これ以上目立つような真似してたまるかい、メンドクセェ。
「い、いえ!断じてそのようなことは「というかなぁ・・・」え?」
┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨
「いい加減茶番に付き合うのもうんざりしてきたんだがな、こっちは。なんでこんな【関わる価値を感じない面倒事】に俺が駆り出されなくちゃならない?やらなきゃ人生が狂うわけでもねえ、世界が滅ぶわけでもねえ、本来なら呼ばれる前の段階で俺の意志で決めて然るべきこんな【面倒事】に・・・あぁ?」
「・・・・・・・・」パクパクパク
仮に誰かがやらないと俺の生活が狂うというのなら(渋々と)やり遂げて見せよう。
だが今回の場合、そんな要素は欠片も存在しない。そんなことで、俺の意志確認もないまま強制召喚?はっ、これで怒らなきゃよっぽどの大物か間抜け野郎だ。無論俺はどっちでもねえ。
「ギフトゲーム?箱庭?オモシロオカシク?御気遣いどうもありがとう、けど有難迷惑だ。こちとらそんなどうでもいいものが無くたって毎日充実している。そんな余計なお世話が無くたって毎日楽しくやってんだよ。なのになにこれ?親が持ってきた便箋開けただけでこの様?ふざけてんのか?」
俺が求めるのは波乱万丈、奇想天外な大冒険じゃない。現代社会における『適度な刺激』と『適度な平穏』だ。無論こんな展開は論外も論外、話にもならない。
「う、うう・・・」
「おまけにお前、俺達を呼んだ本当の理由を話してねえだろ。」
「!?!」
「図星か。」
俺達を楽しませるため?そんなこいつに何のメリットもなさそうな理由でわざわざ違う世界から赤の他人を呼び寄せるものなのか?それもこんな強引なやり方で?
価値観の違いで発想も違ってくるだろうが、少なくとも俺はやらないな。となれば一番もっともらしい理由は・・・その辺の事情を俺達に隠さにゃならんほどこいつのいるコミュニティが疲弊したから、新しい戦力を補充するためと言ったところか?
どういう理由にしろ俺には関係ないがね。他所の世界の事情にまでいちいち関わってたらそれこそキリが無くなる。
「・・・・・・」
「これ以上は御託も何もいらねえ、お前さんが道理を解する輩だっていうのなら早急に俺を元の世界に戻してくれ。」
取りつくしまもない勢いで、俺は黒ウサギに思いの丈を全てぶちまけた。
ここまで言ってまだごねたり適当に流すようなら・・・その時はヘブンズ・ドアーの出番だ。
「・・・・・・・・・・・・・・・・わかりました・・・少し時間を頂くことにはなりますが、必ず貴方様を元の世界にお返ししましょう。」
これ以上の説得が無理だと判断したのか、黒ウサギは重い口を開けて絞り出すようにそう言った。
「今日中には無理なのか?」
「はい、さすがに今すぐにとは・・・ですが、数日中に必ず手筈は整えて見せます。」
・・・少なくとも表面上でわからない様な嘘を言っていられる精神状態ではなさそうだし、これは信用しても良さそうだ。
とは言え数日中か…結局二、三日は無断欠席ですね分かります。まあいいや、ここらへんはいまさら怒っても仕方がない。
「よし、それじゃあ戻るか。あの三人もあまり待たせてるとどこかに行っちまうかもしれないしな。」
俺がそう言った途端、常人の脚力なんて遥かに凌駕したスピードで黒ウサギはさっきの三人のいた場所まで戻っていった。
俺も他にやることが無くなったため、三人の元へと歩いていく。
すると向かっている方角から大声でこんなことが聞こえてきた。
「あれ~~~~!?もう一人いませんでしたっけ!?ちょっと目つきが悪くて、かなり口が悪くて、全身から“俺問題児”ってオーラを放っている殿方が!」
(あれま、そう言えば逆廻の奴がいねえな。)
声の内容を確かめるために周囲を見渡すと、いつの間にやら逆廻の姿が忽然と消えていた。
「ああ、十六夜君のこと?彼なら「ちょっと世界の果てを見てくるぜ!」と言って駆け出していったわ。あっちの方に。」
どこに行ったのかと考えていると、飛鳥があっさりとあいつの行ったところを指差す。
上空4000メートルから見えた、あの断崖絶壁を・・・・・・遠すぎて先が見えない。マジであの方向に行ったのか?
「な、なんで止めてくれなかったんですか!」
「「止めてくれるなよ」と言われたもの。」
「ならどうして黒ウサギに教えてくれなかったのですか!?」
「「黒ウサギには言うなよ」と言われたから。」
「嘘です、絶対嘘です! 実は面倒くさかっただけでしょう皆さん!」
「「うん。」」
「お~お~、ちょっと目を話した瞬間これか。先が大変だな。」
三人の近くに到着すると同時に、地面に項垂れている黒ウサギに言葉を投げかける。
他人事みたいだなって?他人事だからね。
(ああ、どうしてこうなるんでしょう・・・呼び出した方々のうち三人は自分勝手全開な問題児様方、唯一真面そうな泰寛さんは出だしが最悪過ぎて関係の構築は困難・・・ハハハハハ、なんですかこの無理ゲー。)
黒ウサギは負のオーラを纏いながらブツブツと呪詛のそうな言葉を呟いている。
(できれば十六夜さんを捕まえて"箱庭の貴族"と謳われたこのウサギを馬鹿にしたことを骨の髄まで後悔させたいです・・・けど残り二人も勝手な行動をとる可能性がありますし、泰寛さんが素直に見張りを引き受けてもらえるとは到底思えない・・・ああ、どうすれば・・・)
・・・・・・・・あぁ~めんどくせぇ~・・・
「おい、この後俺達はどこに行けばいいんだ?」
「え?」
「このままぐだぐだやってても仕方ねえ。俺がこの二人と一匹を引率していくからお前は逆廻を追えよ。」
「あら、あなたに私たちのエスコートが務まるのかしら?」
「まあ出来る限りやらせてもらうよ。ホラ、何時までも項垂れてないでさっさと立ち上がれ黒ウサギ。」
「・・・よろしいんですか?」
「いいもなにもこのままじゃ話が進まないだろうが。あ、待ち合わせてる奴がいるなら紹介状くらいは書いてもらうぞ。説明するのが面倒くさいからな。」
俺はポケットからメモ帳とシャーペンを取り出し、立ち上がった黒ウサギにさしだす。
「・・・はい!畏まりました!少し待ってください。」
黒ウサギはおれからメモ帳とシャーペンを受け取り、何かを書いていく。
「{カリカリカリカリ・・・}ここからあの方向に少し行くと、入口の前にジン=ラッセルという少年がいます。その子にこれを見せれば街の中を案内してくれるでしょう。」
「あいよ、ジン・ラッセルね。」
メモ帳とシャーペンを返してもらい、懐にしまう。
「さて、フフフフフ・・・・」
春日部と久遠に呼びかけようとする寸前、黒ウサギが不気味な笑い声を出す。
それと同時に、黒ウサギの髪や耳の毛の色が突如薄い黒から淡い緋色に染まった。
「"箱庭の貴族"と謳われたこのウサギを馬鹿にしたこと・・・骨の髄まで後悔させてやるのです!泰寛さん!後は頼みましたよ!」
そして俺に後を託すと・・・さっきとは比べ物にならないほどの膂力によるものなのか地面に大きなひび割れを作り、逆廻の向かったであろう方角へと弾丸のように走り去っていく。その姿を唖然としながら眺めていると、数秒と経たないうちにあっという間に姿が見えなくなってしまった。
「・・・・・・箱庭の兎は随分早く跳べるのね。素直に感心するわ。」
「まったくだ。あんな奴がごろごろいるとは・・・いやぁ怖い怖い。とてもじゃないがやってられないね。」
いやはや、俺のような平和主義者には到底耐えられないね。
「・・・・・・言ってることと態度がまるで噛み合ってない・・・」
「そうかい?ま、それより早く行こうぜ。時間がもったいない。」
「それもそうね。行きましょ、春日部さん。」
「・・・うん。」
「ニャア~~~。」
春日部と久遠、三毛猫とともに黒ウサギに教えられた方向へと歩いていった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「ぬ、見えてきたな。」
木ばっかりの道を十分ほど歩き続けると、出入り口のようなものがある大きな壁が見えてきた。出入り口の近辺では、数人の小さな子供たちが一人の少年に見届けられてその中に入っていく姿がある。
少年の方は、誰かと待ち合わせをしているかのように出入り口の近くで立っていた。
「・・・あの子がジン=ラッセル?」
「かもしれないわね、聞いてみましょうか。」
「そうだな。」
確認のために、少年の所に歩いていく。
すると少年はこちらに気付いたようで、俺たちに近寄ってきて声をかけてきた。
「あの、すみません。あなた方はひょっとしてあの手紙で召喚された・・・」
「御明察よ、あなたがジン=ラッセル?」
「え、あ、はい。コミュニティのリーダーをしているジン=ラッセルです。齢十一になったばかりの若輩ですがよろしくお願いします。皆さんの名前は?」
「久遠飛鳥よ。そこで猫を抱き抱えているのが」
「春日部耀。こっちが」
「梶原 泰寛だ、どうも。」
ジンに聞かれ、俺達はそれぞれ自己紹介をしていく。どうにもこの少年、なかなか歳の割にしっかりしているようである。
「はい、よろしくお願いします・・・あの、ところで黒ウサギはどこに?」
「それに関してはこれを読んでくれ。」
俺はメモ帳を取り出してさっき黒ウサギが書き込んだ部分を開いて渡す。
ジンはそれを読んでいくと、事情を呑み込めたのか心配そうにしながら俺達に向き直った。
「じ、事情は把握しました。」
「そう。それでは黒ウサギも堪能くださいと言っていたし、御言葉に甘えて先に箱庭に入るとしましょう。エスコートをお願いしてもよろしいかしら?」
「はい、わかりました。それでは皆さんついてきてください。箱庭の中を案内させて頂きます。」
ジンが外門をくぐっていき、俺達はそれについていく。
---コツコツコツコツコツコツ・・・
「・・・・・・・・・・!」
「ここが・・・」
「箱庭・・・」
暗い外門をくぐって中に入ると、そこには外と同じ空の景色が広がる、洋風な街並みがあった。
そしてその街並みの中を、一般的な人間や俗にいう獣人、耳の長いエルフのようなのまで、様々な奴が生活していた。
妙だな、確かここは外から見た時は巨大な天幕があった筈だけど・・・
「外から天幕の中に入った筈なのに、太陽が見えてる・・・」
「箱庭を覆う天幕は、内側に入ると不可視になるんですよ。そもそもあの巨大な天幕は、太陽の光を直接受けられない種族のためにあるんです。」
「あら、この都市には吸血鬼でも住んでいるのかしら?」
「え?いますけど。」
「・・・そう。」
わりと普通に返事を返されて久遠は何とも言えない様な返事を返す。
ジンは疑問に答え終わると、町の中を案内しながら説明を続けていく。
「この箱庭には、様々な種族が住んでいます。それこそ神仏、悪魔、精霊、精霊、獣人、人間。もっとも東区画のこの付近は農耕地帯が多いので、住人たちの気性は穏やかですけど。」
なるほど、それなりに住み易い街ではあるのか。どこぞのやの字が付く人たちがうろつくようなところならどうしようかと思ってたけどよかった。
「まだ召喚されたばっかりで、落ち着かないでしょう。詳しい説明はそこの店で軽く食事をとりながらでもいかがですか?」
辺りを見渡していると、ジンが手近にあった『六本傷』の旗を掲げている店を指さしながらそう言う。
見たところ、翠屋のようなオープンテラスのある喫茶店だ。
「そうね、折角だからそうさせてもらうわ。」
「うん、いこっか。」
「異議無し。」
という訳で、皆でそのお店に入っていく。
(さてと、どれにするかなぁ~。)
メニューには、元の世界でも一般的なファミレスや喫茶店の物が書かれていた。
もっとも炭酸系は置いてないみたいだが。
「梶原君、皆決まったけどあなたは何にするの?」
「(なんでこれがあるんだろ・・・まあいいや、これにしよ。)俺チャーハンを頼むわ、呼び出された時間が時間だったから小腹が空いてたし。」
「そう、わかったわ。」
俺の頼むものが決まると丁度いいタイミングで、注文を取るために店の奥から素早く猫耳の少女が飛び出てきた。
「いらっしゃいませー。御注文はどうしますか?」
「えーと、紅茶を二つと緑茶にコーヒー。あと軽食にコレとコレと」
「にゃー《ネコマンマを》!」
「はいはーい。ティーセット二つとコーヒーを一つ、チャーハンとネコマンマですね~」
「「「「え?」」」」
・・・・・・ん?と春日部とウェイトレス以外が首を傾げる。
そして春日部が信じられないものを見るような目で猫耳の店員に問いただす。
「三毛猫の言葉、わかるの?」
「そりゃわかりますよー私は猫族なんですから。お歳の割に随分と綺麗な毛並みの旦那さんですし、ここはちょっぴりサービスさせてもらいますよー。」
「にゃ、にゃにゃう、にゃーにゃ《ねーちゃんも可愛い猫耳に鉤尻尾やな。今度機会があったら甘ガミしに行くわ》」
「やだもーお客さんお上手なんだから♪」
「今更こう言うのもなんだけどスッゴイ不思議な光景。」
いや、俺の知り合いにもフェレットに変身する美少年とか美女に変身する狼とか筋肉ムキムキマッチョマンになる犬とか、果ては戦略兵器に匹敵する友人がかなりいたりとか割と人のことは言えない立場だけど、やっぱり実際こういうのに出くわすとこう言わざるを得ない。
「箱庭ってすごいね。私以外にも三毛猫の言葉がわかる人がいたよ。」
対する春日部は、三毛猫を抱き抱えて弾んだ声で喜んでいた。
それに対し、久遠がさっきまでの態度からは考えられないほどに驚く。
「ちょ、ちょっと待って。あなたもしかして猫と会話できるの!?」
珍しく動揺した声の久遠に、春日部はこくりと頷いて返す。
「もしかして猫意外にも意思疎通は可能ですか?」
「うん。生きているなら誰とでも話はできる。」
「なかなか凄いな、その能力。」
使い方次第では相当便利な能力だろう。こんなところに来て特に不満が無さそうな所を見ると、元の世界での人間関係はお察しのレベルかもしれんが・・・
「じゃあそこに飛び交う野鳥とも会話が?」
「うん、きっと出来・・・・・・る? ええと、鳥で試したことがあるのは雀や鷺や不如帰ぐらいだけど・・・・・・ペンギンがいけたからきっと大丈夫。」
「「ペンギンッ!?」」
「う、うん。水族館で知り合った。他にもイルカ達とも友達。」
「一定の条件さえ整っていれば本当に誰とでも会話できるってわけか。マジで便利すぎる。」
「そ、そうですね。全ての種と会話が可能なら心強いギフトです。この箱庭において幻獣との言葉の壁と言うのはとても大きいですから。」
「そうなんだ。」
「一部の猫族や黒ウサギのような神仏の眷属として言語中枢を与えられていれば意思疎通は可能ですけど、幻獣達はそれそのものが独立した種の一つです。同一種か相応のギフトがなければ意思疎通は難しいと言うのが一般です。箱庭の創始者の眷属に当たる黒ウサギでも全ての種とコミュニケーションをとることはできないはずですし。」
「ということは、春日部のギフトは相応以上のものだってことか。」
「そう・・・・・・春日部さんは素敵な力があるのね。羨ましいわ。」
感心された春日部は困ったように頭を掻く。対照的に久遠は憂鬱そうな声と表情で呟いた。
その様子は出会って数時間ほどの俺でもわかるくらいには、久遠らしくないと思わせるのに十分足りるものだ。
「久遠さんは?」
「飛鳥でいいわ。よろしくね、春日部さん。」
「う、うん・・・よろしく。」
(あれま、なんかいい雰囲気だな。)
「飛鳥はどんな力を持っているの?」
「私? 私の力は・・・・・・まあ、酷いものよ。梶原君は?」
「俺?俺はなぁ・・・」
---キョロキョロ
「・・・誰が聞き耳立ててるか分からない場所では言いたくないな。」
「あら、随分と臆病なことを言うのね?」
「ハハハ、生憎と根がへたれてるものでね。自分の手札を晒す時くらいはこれくらい用心深くしてないと落ち着かないんだよ。」
「「「え?」」」
「おい待て、真顔で返されるほど今の表現はおかしかったのか。」
「だって・・・ね?」
「十六夜君ほどじゃないけどあなたも結構ふてぶてしいわよ。その言葉があり得ないと思うくらいには。」
「解せぬ。」
「あ、あはははは・・・」
ふてぶてしいねぇ、まあこんな目に遭って早々に冷静さを取り戻せてる様なメンタルだから間違っちゃいないだろうけど・・・やはり解せぬ。
「おやぁ?誰かと思えば東区画の最底辺コミュ“名無しの権兵衛”のリーダー、ジン君じゃないですか。今日はオモリ役の黒ウサギは一緒じゃないんですか?」
「あ?」
後ろから突然ぶしつけな声が聞こえてきたから振り返ってみると、二メートルを超える大柄な体をピッチピチというくらい窮屈そうにタキシードで包んだ変な男が立っていた。
「僕等のコミュニティは“ノーネーム”です。“フォレス・ガロ”のガルド=ガスパー。」
ジンはガルドと呼んだ男を睨み付ける。
けど男はジンの視線を気にせず、
「黙れ、この名無しめ。聞けば新しい人員を呼び寄せたらしいじゃないか。コミュニティの誇りである名と旗印を奪われてよくも未練がましくコミュニティを存続させるなどできたものだ―――そう思わないかい、お嬢様方に、紳士様。」
(いや、予想はつくけどその辺の事情まったく聞いてねえからよくわからねえし・・・)
すると同席の許可も求めずに俺達に話しかけながら、俺達が座るテーブルの空席に勢いよく腰を下ろした。
なんだこいつ、礼儀のなってない奴だな・・・
「失礼ですけど、同席を求めるならばまず氏名を名乗った後に一言添えるのが礼儀ではないかしら?」
そう思っていると、久遠が先にガルドに注意をする。
「おっと失礼。私は箱庭上層に陣取るコミュニティ“六百六十六の獣”の傘下である「烏合の衆の」コミュニティのリーダーをしている・・・・・・ってマテやゴラァ!! 誰が烏合の衆だ小僧オォ!」
ジンに横槍を入れられて牙をむいたガルドの姿が変わっていく。
そして肉食獣のような牙とギョロリと剥かれた瞳が、激しい怒りとともにジンに向けられる。
コイツ何しに来たんだ。
「はぁ~~~・・・おいてめぇら、心穏やかに過ごすべき食事の場でくだらないことしてんじゃあねえよ。ガルドだったか?コントをしに来ただけならよそを当たってくれ。」
俺の言葉に冷静さを取り戻したのか、ガルドは元の姿に戻って再度にこやかにこちらへと視線を戻す。
「これは失礼しました。用というほどではないのですが、こちらのジン君が喋りたがらない箱庭のことについて教えて差し上げようかと。」
「ガルド! それ以上口にしたら」
「口を慎めや小僧ォ、過去の栄華に縋る亡霊風情が。自分のコミュニティがどういう状況におかれてんのか理解できてんのかい?」
「ハイ、ちょっとストップ。」
またしても険悪な雰囲気になっていく二人を、久遠が遮った。
「事情はよくわからないけど、貴方達二人の仲が悪いことは承知したわ。それを踏まえた上で質問したいのだけど―――」
そう言って久遠は鋭く睨みつける。
「ねえ、ジン君。ガルドさんが指摘している、私たちのコミュニティが置かれている状況・・・・・・というものを説明していただける?」
ガルド=ガスパーではなく、ジンの方を。
「そ、それは・・・」
に睨まれたジンは言葉に詰まった。
ま、もともと俺達を自分のコミュニティに引き込むつもりだったんだ(俺は近日中に帰宅するけど)
なら、いつまでも黙っていられることじゃない。お互いの溝を深めないためにも、この辺りで全て明かしておいた方がいいだろうに。
「貴方は自分のことをコミュニティのリーダーと名乗ったわ。なら黒ウサギと同様に、新たな同士として呼び出した私たちにコミュニティとはどういうものかを説明する義務があるはずよ。違うかしら?」
「そうだな。これから一緒に働くことになるんだ。逆廻辺りは今頃黒ウサギに問い詰めているだろうし、ここらでそろそろ俺達にも話しておくのが筋ってものじゃねえの?」
すると俺たちの様子を見ていたガルドは含みのある笑顔と上品ぶった声音で、
「レディに紳士様、貴方達の言うとおりだ。コミュニティの長として新たな同士に箱庭の世界のルールを教えるのは当然の義務。しかし、先ほども言ったように、彼はそれをしたがらないでしょう。よろしければ“フォレス・ガロ”のリーダーであるこの私が、コミュニティの重要性と小僧―――ではなく、ジン=ラッセル率いる“ノーネーム”のコミュニティを客観的に説明させていただきますが。」
久遠は訝しげな顔で一度だけジンを見る。
ジンは俯いて黙り込んだまま、未だに話すことを渋っていた。
見栄なんか張ったってこの状況じゃ碌なことにならねえのに・・・まあそのあたりも含めて『若輩者』か。歳の割にしっかりしているといってもやはり未熟な所はあるってことね。
・・・・・・ところでチャーハンはまだか。
「そうね。お願いするわ。」
ジンからの説明は期待できないと悟ったのか、久遠はガルドに説明を求める。
ガルドはそれに気を良くし、ジンの所属するコミュニティ・・・『ノーネーム』の一般的な状況について語り始めた・・・・・・