デッドマンズN・A:『取り戻した』者の転生録   作:enigma

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番外その二

(・・・・・・・・・・・・コイツのコミュニティの状況が思ってたよりもずっと深刻な話だった件について・・・)

運ばれてきたチャーハンを食べながら聞いた、ガルドの得意げに語る『ノーネーム』の現状は実に散々と言っていいものだった。

(数年前に有名になり過ぎて魔王に目をつけられたノーネーム、圧倒的な力の差の前になす術もなく敗れて組織を組織たらしめる名と旗を奪われ、そのままずるずる弱体化していって現在が最底辺・・・か。)

正に崖っぷちの状況ってわけだ。タチの悪い話だが、これなら外部から右も左も分からんような奴を召喚しようとしたのも頷ける。

 

「なるほどね。コミュニティの象徴でもある名も旗もないと。さらに魔王の存在ね。」

「そうです。だからこそコミュニティは名無しになることを恥とし、避けるのです。一方で、コミュニティを大きくするのなら、旗印を掲げるコミュニティに両者合意で『ギフトゲーム』を仕掛ければいいのです。私のコミュニティも実際にそうやって大きくなりましたから。」

「両者合意・・・」

(それはそれでおかしくね?自分たちのコミュニティの命運を賭けるといってもいいレベルのゲームをこんな魔王とは程遠そうな雑魚相手にホイホイ受ける奴がいるのか?)

 

ガルドは俺や久遠の怪しむ様な視線に気づかず話を続ける。

 

「そもそも考えてもみてくださいよ。名乗ることを禁じられたコミュニティに、いったいどんな活動ができます?商売ですか?主催者ですか?しかし名もなき組織など信用されません。ではギフトゲームの参加者ですか?ええ、それならば可能でしょう。では、ゲームに勝ち抜ける優秀なギフトを持つ人材が、名誉も誇りも失墜させたコミュニティに集まるでしょうか?」

「普通は無理だな。大抵の奴は待遇の良さそうな所に優先して入ろうとする。」

「そう、だからこそ彼はできもしない夢を掲げて過去の栄華の縋る恥知らずな亡霊でしかないのですよ。」

「なるほど・・・・・・けどそう来ると一つわからないことがあるな。」

「?何がです?」

「黒ウサギのことだ。あいつは自分のことを“箱庭の貴族”と言っていた。その詳細は分からないが、なんでそんな大物そうな奴がその底辺もいいところな“ノーネーム”に?」

 

そんな境遇をわざわざ受け入れられるほどに今のノーネームに思い入れがあるのか、はたまた別の理由なのか・・・

 

「さあ、そこまではさすがに。ただ私は黒ウサギの彼女が不憫でなりません。“箱庭の貴族”と呼ばれる彼女が、毎日毎日糞ガキ共の為に身を粉にして走り回り、僅かな路銀で弱小コミュニティを遣り繰りしている。」

「・・・・・・そう、事情はわかったわ。それでガルドさんは、どうして私たちにそんな話を丁寧に話してくれるのかしら?」

 

疑問に思っていると、久遠は含みのある声で問う。

その含みを察してガルドは笑いを浮かべて言った。

 

「単刀直入に言います。もしよろしければ、黒ウサギ共々、私のコミュニティに入りませんか?」

「な、なにを言い出すんですガルド=ガスパー!?」

「黙れや、ジン=ラッセル。」

 

怒りのあまりテーブルを叩いたジンを、ガルドは獰猛な瞳で睨み返す。

 

「そもそもテメェが名と旗印を新しく改めていれば最低限の人材は残っていたはずだろうが。それを貴様の我が儘で追い込んでおきながら、どの顔で異世界から人材を呼び出した?」

(それがこいつだけの意志なら確かに褒められたものじゃないが・・・さて・・・)

「そ・・・・・・それは・・・」

「何も知らない相手なら騙しとおせるとでも思ったのか?その結果黒ウサギと同じ苦労を背負わせるってんなら・・・・・・こっちも箱庭の住人として通さなきゃならねえ仁義があるぜ。」

 

ガルドに痛い所を突かれ過ぎて、ジンが僅かに怯んだ。

その様子にガルドは鼻を鳴らすと俺達に再度向き直り・・・

 

「・・・・・・で、どうですか。返事はすぐにとは言いません。コミュニティに属さずとも貴方達には箱庭で三十日の自由が約束されています。一度、自分達を呼び出したコミュニティと私達“フォレス・ガロ”のコミュニティを視察し、十分に検討してから―――」

「結構よ。だってジン君のコミュニティで私は間に合っているもの。」

「「は?」」

 

俺達を自分たちのコミュニティに勧誘しようとした途中で久遠にバッサリと言い捨てられ、俯いていたジンと一緒に声を上げて驚いていた。

ガルドもジンも、何故だ、どうしてだと言わんばかりに久遠の顔を窺う。

久遠は気が付いているがそれを全く気にせず、何事もなかったように紅茶を飲み干すと春日部に笑顔で話しかける。

 

「春日部さんは今の話をどう思う?」

「別に、どっちでも。私はこの世界に友達を作りにきただけだもの。」

「あら意外。じゃあ私が友達一号に立候補していいかしら?私達って正反対だけど、意外に仲良くやっていけそうな気がするの。」

 

久遠は自分の髪を触りながら春日部に問う。その感じは親しい者、対等な者同士の会話に慣れていない感じで、どこか恥ずかしさを感じさせる仕草である。

 

「うん。飛鳥は今までの人たちと違う気がする。」

「にゃ、にゃー《よかったな、お嬢・・・・・・お嬢に友達ができて、ワシも涙が出るほど嬉しいわ》」

 

なんていい雰囲気なんだ、お互いの幸せがオーラとなって見えそうじゃあねえか・・・そしてなんだろう、何言ってるかはさっぱりなはずのにこの猫の仕草と声色が涙を誘うんだけど。どゆこと?

 

「梶原君、あなたは今の話をどう思う?」

「ん?まあ一つだけおかしな点が見受けられたこと以外はなにも。場の空気を壊したくなくて出来るだけ言いたくなかったけど、俺数日中に元の世界に帰る予定だからあんまり関係ないんだよね。」

「え!?」

「あら、そうだったの?」

「まあね、三人と違って元の世界に未練たらたらだし。」

「そう・・・」

 

そんなことを言っていると、ガルドが声を震わせながら久遠と春日部に尋ねてくる。

 

「理由をお聞かせていただいても・・・なぜ私たちのコミュニティではなくノーネームに?」

「私、久遠飛鳥は―――裕福だった家も、約束された将来も、おおよそ人が望みうる人生の全てを支払って、この箱庭に来たのよ。それを小さな小さな一地域を支配しているだけの組織の末端として迎え入れてやる、などと慇懃無礼に言われて魅力的に感じるとでも思ったのかしら。」

「私は友達を作りに来ただけだから。」

「お・・・・・・お言葉ですが、皆様

「黙りなさい。」

 

言葉を続けようとしたガルドの口は久遠にそう言われると、突然ガチン!と音を立てて閉じられた。

本人は混乱したように口を開閉させようともがいているが、まったく声が出ない。俺はその光景に目を見張る。

 

「貴方からはまだまだ聞き出さなければいけないことがあるのだもの。貴方はそこに座って私たちの質問に答え続けなさい。」

 

久遠の言葉に反応して、ガルドは椅子に罅を入れる勢いで座る。

(これは・・・久遠のギフトか?様子からして言霊を用いて相手を支配するってところだろうか・・・)

 

「ガルド=ガスパー・・・・・・?」

 

ジンは突然のことに口を挟めずにいた。

ガルドは完全にパニックに陥っていた。

どういう手段かわかっておらず、手足の自由が完全に奪われていて抵抗さえできていない。

 

「お、お客さん!当店で揉め事は控えて。」

 

ガルドの様子に驚いた猫耳の店員が急いで彼らに駆け寄る。

 

「ちょうどいいわ。猫耳の店員さんも第三者として話を聞いてくれないかしら。たぶん、面白い話が聞けると思うわ。」

 

久遠の発言に店員は首を傾げる。

 

「ねぇジン君。コミュニティの旗印を賭けるギフトゲームなんてそんなに頻繁に行われるものなのかしら?」

「い、いえ。そんなことはありません。旗印を賭ける事はコミュニティの存続を賭ける事ですからかなりのレアケースです。」

「そうだよね。それを強制できるからこそ魔王は恐れられる。だったら、なぜあなたはそんな勝負を相手に強制できたのかしら?」

「ほ、方法は様々だ。一番簡単なのは、相手のコミュニティの女子供を攫って脅迫すること。コレに動じない相手は後回しにして、徐々に他のコミュニティを取り込んだ後、ゲームに乗らざるを得ない状況に圧迫していった。」

「まあ概ね予想通りだな。だがそんなことをする奴の下に他のコミュニティが何時までも黙って取り込まれているとも思えねえな。その点はどうしてる?」

「各コミュニティから、数人ずつ子供を人質に取ってある。」

「ほう・・・」

 

自然と握っているスプーンに力が篭る。典型の屑野郎か・・・

辺りを見ているとピクリと久遠の片眉が動き、コミュニティに無関心な春日部でさえ不快そうに目を細める。

 

「それで、その子供たちは何処に幽閉されているの?」

「もう殺した。」

 

そして次の発言で、場の空気が一気に凍りついた。

 

「始めてガキ共を連れてきた日、泣き声が頭に来て思わず殺した。それ以降は自重しようと思っていたが、父が恋しい母が愛しいと泣くのでやっぱりイライラして殺した。それ以降、連れてきたガキは全部まとめてその日のうちに始末することにした。けど身内のコミュニティの仲間を殺せば組織に亀裂が入る。始末したガキの遺体は証拠が残らないように腹心の部下が食

「黙れ。」

 

ガチン!と先ほど以上の勢いでガルドの口が閉じられた。

 

「素晴らしいわ。ここまで絵に描いたような外道とはそうそう出会えなくてよ。さすがは人外魔郷の箱庭の世界といったところかしら・・・・・・ねえジン君?」

 

久遠に冷ややかな視線と凄みを増した声を向けられ、ジンは慌てて否定する。

 

「彼のような悪党は箱庭でもそうそういません。」

「そう?それは残念。それよりジン君。箱庭も法を犯せば裁くようだが、この件は裁けるのかしら?」

「難しいです。吸収したコミュニティから人質を取ったり、身内の仲間を殺すのはもちろん違法ですが・・・・・・裁かれるまでに彼が箱庭の外に逃げ出してしまえば、それまでです。」

「そう。なら仕方がないわ。」

 

パチンと指を鳴らす。それが合図だったのか、ガルドを縛り付けていた力は霧散し、自由が戻ったガルドはテーブルを砕いて・・・

 

「こ・・・・・・この小娘ガァァァァァ!!」

 

雄叫びとともに虎の姿へ変わった。

 

「テメェ、どういうつもりか知らねえが・・・・・・俺の上に誰が居るかわかってんだろうなぁ!?箱庭第六六六外門を守る魔王が俺の後見人だぞ!!俺に喧嘩を売るってことはその魔王にも喧嘩を売るってことだ!その意味が

「黙りなさい。私の話はまだ終わってないわ。」

 

また勢いよく黙る。だが、ガルドは丸太のように太くなった腕を振り上げて久遠に襲い掛かった。

 

『ギシャア!!』

 

---バキッ! ガシィッ!

 

そして久遠に当たる直前でアライブの音速を超えたパンチで腕をへし折られ、そのままの流れで顔面を鷲掴みにされて宙に持ち上げられる。

 

「が・・・・あがぁあ!?!」

『同席ノ許可ハ取ラナイ、胸糞悪イ話ヲ始メル、挙句ノ果テニ飯ノ席デ大暴レスル・・・ヤレヤレ、トコトン躾ノナッテネエ猫科ダゼ。ケケケケケ・・・』

「グギギ・・・」

「はぁ~~~~~~~~・・・・・・おいクソ野郎、せめて明日の朝日を拝みたかったらそのままおとなしくしてろ、良いな?」

「{ゾクッ}・・・な・・・」

 

俺は握り潰してしまったスプーンを皿の上に置き、視線に殺気を込めてガルドを睨む。

するとガルドは風船がしぼむようにさっきまでの怒りと勢いがなくなっていき、糸の切れた人形の様にアライブに掴まれたままもがくのをやめた。

 

「さて皆・・・コイツは魔王が後見人で喧嘩を売るとそいつらも敵に回るそうだが、ノーネームのメンバーとしちゃこれは脅しの内には入らないよな?」

「当然よ。彼の最終目標は、コミュニティを潰した“打倒魔王”だもの。ね、ジン君?」

 

久遠と俺の言葉にジンは大きく息を呑んだ。ガルドの口から魔王の名が出たときは恐怖に負けそうになっていたが、目標を俺達に問われてその眼に気迫が宿る。

 

「・・・・・・はい。僕達の最終目標は、魔王を倒して僕らの誇りと仲間達を取り戻すこと。いまさらそんな脅しには屈しません。」

「そういうこと。つまり貴方には破滅以外のどんな道も残されていないのよ。」

「残念無念、相手が悪かったな。」

「く・・・・・・くそ・・・・・・!」

 

ガルドは宙吊りにされながら、悔しそうに拳を握り締める。

 

「だけどね。私は貴方のコミュニティが瓦解する程度の事では満足できないの。貴方のような外道はずたぼろになって己の罪を後悔しながら罰せられるべきよ。そこで皆に提案なのだけれど・・・」

 

久遠の言葉に頷いていたジンや店員達は、顔を見合わせて首を傾げる。

 

久遠は宙吊り状態のガルドに視線を向け、

 

「私たちと『ギフトゲーム』をしましょう。貴方の“フォレス・ガロ”存続と“ノーネーム”の誇りと魂を賭けて、ね。」

 

堂々とした立ち振る舞いで宣戦を布告した。

さあさあめんどくさい展開になってきたぞこれ・・・

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

明日行われるフォレス・ガロとノーネームとのギフトゲームの取り決めが終わった俺達は、飯代をガルドに押し付けて黒ウサギと逆廻との合流を図っていた。

 

「さっきは有り難う、梶原君。」

「ん?・・・ああ、あれか。どういたしまして。」

 

久遠にさっきの礼を言われて、俺はその返事をする。

正直殴る価値もないクソ野郎だったけどさすがに飯の席で暴れられるのは我慢ならなかったしな。

 

「ところでさっきは聞き損ねていたのだけれど・・・」

「なにを?」

「あのうっすらと見えた大きな人型が貴方のギフトなのかしら?」

「・・・・・ファッ!?」

 

な、なんだと!?

 

「そういえばあれってなに?」

「なぬ!?」

 

春日部も?!

 

「物凄く強い力があるように見えましたね。」

「アバババババババババ・・・」

 

ジンまで・・・なんてこったい、全員アライブが見えていただと?

・・・いや、知り合いの悪魔どもやそれにかかわって覚醒した連中も目視は出来ていたし、この世界での常識を考慮すれば見える奴がいても不思議ではない・・・

・・・不思議じゃないけどまさか全員が認識しているとは思わなかった・・・やはり異世界恐るべし。

 

「「「{ジィーーーーーーーー}」」」

 

そしてヤッベェ、このさっさと話せと言わんばかりの視線。クソ、どこかに逃走経路はないのか・・・!

 

「みなさ――――んっ!やっと見つけましたよ―――ッ!」

「(これだあああああああああ!)あ!黒ウサギ!」

 

何とか回避できないかと考えていると、奇跡的なタイミングで通りの向こうから黒ウサギの声が聞こえてきた。

その方向を見ると、(何故か樹の苗を持っている)黒ウサギと逆廻がこっちに歩いてきていた。

 

「ほれ皆、二人が帰って来たぜ。さっきあったことを二人にも話した方がいいんじゃねえの?」

「・・・仕方がないわね。この場はとりあえず引いておいてあげるわ。」

「また後で・・・」

「出来れば諦めてくれませんかねェ?」

 

二人は俺のつぶやきを無視し、黒ウサギたちの方向へと歩いていく。

やれやれ・・・

 

 

 

 

 

「フォ、"フォレス・ガロ"とゲームをするーーー!? 何でそんなことになってるんですか!?」

さっき起こったことを全て聞いた黒ウサギは、あんまりの急展開だったせいか周りの目に関係なく絶叫した。

「しかもゲームの日取りは明日!?それも敵のテリトリー内で戦うなんて!準備している時間もお金もありません!!一体どういう心算があってのことです!聞いているのですかお二人とも!!」

「「腹が立ったから後先考えずに喧嘩を売った。反省も後悔もしていない。」」

「黙らっしゃい!!!」

 

二人のまるで口裏を合わせていたかのようなまったく思いのこもっていない言い訳に激怒して、何処からか取り出したハリセンで叩く黒ウサギ。

まあ知らない所で大変な事態になってりゃおこるのも無理はねえわな。

 

「というか梶原さん!あなたが付いていながらなぜこのようなことになったのですか!?」

「何故ってお前・・・俺の立場を忘れてるのか?お前がきっちり手はずを整えてくれれば数日中に元の世界に戻るんだぞ?そんな奴が外野からウダウダ言ったってこいつらに聞き入れてもらえるわけないじゃん。」

「そ、それは・・・」

「それにな、普通のコミュニティなら確かにただの自己満足で終わるだけだがお前らの場合はやり方次第で十分メリット足り得る。どうせ後に引けないんだからちゃんと頭冷やして考えてみなや。」

「うう・・・・・・」

「別にいいじゃねえか。見境なく選んで喧嘩売ったわけじゃないんだから許してやれよ。」

「い、十六夜さんは面白ければいいと思っているかもしれませんけど、このゲームで得られるものはどう考えても自己満足だけなんですよ?この“契約書類”ギアスロールを見てください。」

 

とは”主催者権限”を持たない者達が“主催者”となってゲームを開催するために必要なギフトである。

そこにはゲーム内容・ルール・チップ・賞品が書かれており“主催者”のコミュニティのリーダーが署名することで成立する。黒ウサギが“契約書類”に書いてあるノーネーム側に与えられる賞品の内容を逆廻が読み上げる。

 

「“参加者”が勝利した場合、主催者は参加者の言及する罪を認め、箱庭の法の下で正しい裁きを受けた後、コミュニティを解散する”―――まあ、確かに自己満足だ。時間をかければ立証できるものを、わざわざ取り逃がすリスクを背負ってまで短縮させるんだからな。」

 

ちなみに久遠達のチップは“罪を黙認する”こと。それも、今回だけでなく今後一切について口を閉ざすことだ。

余計な禍根を確実に潰しておけるという意味では、決して無駄ではないと思うけどな。

 

「時間さえかければ彼らの罪は暴かれます。だって肝心の子供たちは・・・・・・その」

 

黒ウサギが言い淀む。

 

「そう。人質は既にこの世にいないわ。その点を責め立てれば必ず証拠は出るでしょう。だけどそれには少々時間がかかるのも事実。あの外道を裁くのにそんな時間をかけたくないの。それにね、黒ウサギ。私は道徳云々よりも、あの外道が私の活動範囲で野放しにされることも許せないの。ここで逃がせば、いつかまた狙ってくるに決まってるもの。」

「ま、まあ・・・・・・逃がせば厄介かもしれませんけど。」

「ゲームのルール次第で有利不利は変わると思うが、それでも問題はないと思うぞ黒ウサギ。実際見てみたがガルド自体はそこまでたいした奴じゃない。なあ、ジンくん。」

「僕もガルドを逃がしたくないと思っている。彼のような悪人は野放しにしちゃいけない。」

 

ジンが力強くいうと黒ウサギは観念したようだ。

 

「はぁ・・・・・・仕方がない人達です。まあいいデス。腹立たしいのは黒ウサギも同じですし。“フォレス・ガロ”程度なら十六夜さんが一人いれば楽勝でしょう。」

「何言ってんだよ。俺は参加しねえよ?」

「当たり前よ。貴方なんて参加させないわ。梶原君、勿論貴方もよ。」

「ですよねー。」

 

逆廻と久遠は怪訝な顔をして、フン、と鼻を鳴らしながら言った。

黒ウサギは慌てて二人に食ってかかる。

 

「だ、駄目ですよ!御二人はコミュニティの仲間なんですからちゃんと協力しないと!」

「そういうことじゃねえよ黒ウサギ。」

 

十六夜が真剣な顔で黒ウサギを制した。

 

「いいか?この喧嘩は、こいつらが売って、奴らが買った。なのに俺が手を出すのは無粋だって言ってるんだよ。」

「あら、わかってるじゃない。」

「・・・・・・ああもう、好きにしてください。」

 

黒ウサギはもはや言い返す気力もなかったようで、力無くその場に項垂れる。

 

「大変だな黒ウサギ、ここまで我の強い奴らを実質一人で御していかないといけないなんて。」

「そう思うなら一緒に入って手伝っていただけませんか!?」

「召喚方法と時期が悪かったな。」

「うわぁ~~~~~ん!」

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

その後時間をかけて遂に諦めがついた黒ウサギは、呼び出された三人に各々の持つギフトを鑑定してもらう提案した。

そこで、ノーネームと交流があったコミュニティを訪ねることになった。

 

その名は、

 

「“サウザンドアイズ”?」

「YES。サウザンドアイズは特殊な“瞳”のギフトを持つ者達の群体コミュニティ。箱庭の東西南北・上層下層の全てに精通する超巨大商業コミュニティです。幸いこの近くに支店がありますし。」

「ギフトを鑑定すると何かメリットがあるのか?」

「自分の力の正しい形を把握していた方が、引き出せる力はより大きくなります。皆さんも自分の力の出所は気になるでしょう?」

 

同意を求める黒ウサギに、逆廻・久遠・春日部の三人は複雑な表情で返した。

『自分を知り、相手を知れば百戦危うからず』と古くから兵法でも言われているからな。

こいつらの様子からしてやっておく必要は十分ある。

・・・それはともかく、時間は大丈夫なんだろうか。開店時間の短い店だとそろそろ閉まるところも出てくると思うんだけど・・・

 

「・・・ん?」

 

並木道に通りかかったところで、俺は日が暮れて月と街灯ランプに照らされている並木に、桜の花のようなものが満開に咲き誇っていることに気が付いた。

久遠は興味深そうにそれを眺めて呟く。

 

「桜の木・・・・・・ではないわよね?花弁の形が違うし、真夏になっても咲き続けているはずがないもの。」

「・・・・・・?今は秋だったと思うけど。」

「いや、春真っ只中だから咲いててあたりまえだろ?」

「・・・俺は夏休み直前で召喚されたけど、ひょっとしてみんなバラバラの時間から呼び出されたのか?」

 

顔を見合わせて首を傾げる三人の証言から俺が一つの仮説を立てると、事情を知るらしい黒ウサギが笑いながら説明する。

 

「時間だけではありませんよ。皆さんはそれぞれ違う世界から召還されているのデス。元いた時間軸以外にも歴史や文化、生態系など所々違う箇所があるはずですよ。」

「なるほど。」

「へぇ?パラレルワールドってやつか?」

「近しいですね。正しくは立体交差並行世界論というものなのですけども・・・・・・今からコレの説明を始めますと一日二日では説明しきれないので、またの機会ということに。」

 

十六夜の疑問を黒ウサギは曖昧に濁して振り返る。どうやら着いたらしい。

“サウザンドアイズ”の旗は、蒼い生地に互いが向かい合う二人の女神像が記されている。

 

店の前では、看板を下げる割烹着の女性店員の姿があって、黒ウサギは慌ててストップを、

 

「まっ」

「待った無しです御客様。うちは時間外営業はやっていません」

 

・・・・・・ストップをかける事も出来ていなかった。

黒ウサギは悔しそうに店員を睨みつけ、久遠も意を同じくして店員に意見する。

 

「なんて商売っ気のない店なのかしら。」

「ま、全くです!閉店時間の五分前に客を締め出すなんて!」

「いや待てお前ら、病院やクリニック(診療所)じゃないんだから普通はそのくらいになったら閉め始めるだろ常識的に考えて。」

「そこの御方の言う通りですよ。文句があるならどうぞ他所へ。あなた方は今後一切の出入りを禁じます。出禁です。」

(いやさすがに出禁は言い過ぎじゃね?)

「出禁!?これだけで出禁とか御客様舐めすぎでございますよ!?」

「落ち着けバカタレ!こんなところで騒いだって印象が悪くなるだけだろうが!」

 

止めようとするもキャーキャーと喚く黒ウサギに、店員は冷めたような目と侮蔑を込めた声で対応する。

 

「なるほど、“箱庭の貴族”であるウサギのお客様を無下にするのは失礼ですね。中で入店許可を伺いますので、コミュニティの名前をよろしいでしょうか?」

「・・・う・・・」

 

一転して言葉に詰まる黒ウサギ。サウザンドアイズの方針なのかどうかは知らないが意地の悪い言い方だなぁ。

そう考えていると、逆廻が何の躊躇いもなく名乗る。

 

「俺たちは“ノーネーム”ってコミュニティなんだが。」

「ほほう。ではどこの“ノーネーム”様でしょう。よかったら旗印を確認させていただいてもよろしいでしょうか?」

 

 

店員が再び意地の悪い聞き方をすると、全員の視線が黒ウサギに集中する。

彼女は心の底から悔しそうな顔をして、小声で呟き始めた。

 

「その・・・・・・あの・・・・・・私たちに、旗はありま」

「いぃぃぃやほおぉぉぉぉ!久しぶりだ黒ウサギイィィィ!」

「きゃあーーー・・・・・・!」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

(・・・・・・・・・・・・・・・なぁ~~にあれぇ~~。)

 

黒ウサギが言いよどんでいると、店内から爆走してきた着物風の服を着た真っ白い髪の少女に抱きつかれ、少女と共に街道の向こうにある浅い水路までドップラー効果を効かせながら吹き飛び、ボチャン、と転がり落ちた。

 

それを俺達は目を丸くして驚き、店員は頭を痛めているかのように抱えた。

 

「・・・・・・おい店員。この店にはドッキリサービスがあるのか?なら俺も別バージョンで是非」

「ありません。」

「なんなら有料でも」

「やりません。」

 

逆廻が店員と馬鹿らしいやり取りを繰り出していると、黒ウサギたちの消えて行った水路から叫び声が聞こえてくる。

 

「し、白夜叉様!?どうして貴女がこんな下層に!?」

「そろそろ黒ウサギが来る予感がしておったからに決まっておるだろに!フフ、フホホフホホ!やっぱりウサギは触り心地が違うのう!ほれ、ここが良いかここが良いか!」

「し、白夜叉様!ちょ、ちょっと離れてください!」

(これはひどい。)

 

黒ウサギが胸に顔を埋めている白夜叉を引き剥がすと、頭を掴んでこっちに向かって投げつけてきた。

 

「てい。」

「ゴバァ!」

「うわ、水月に諸に入ったぞ。」

 

軌道上には逆廻がいて、クルクルと縦回転しながら突っ込んできた少女を逆廻が足で受け止めた。

 

「お、おんし、飛んできた初対面の美少女を足で受け止めるとは何様だ!」

「十六夜様だぜ。以後よろしく和装ロリ。」

 

ヤハハと笑いながら自己紹介する逆廻。

・・・笑っとる場合か逆廻。気が付いてないだけかもしれないがこいつ相当強いぞ。うろ覚えだけど多分レベルだけなら昔倒したヘルズエンジェルと同じかそれより上だ。

 

「貴女はこの店の人?」

 

一連の流れの中で呆気に取られていた久遠は、思い出したように白夜叉と呼ばれていた少女に話しかけた。

 

「おお、そうだとも。この“サウザンドアイズ”の幹部様で白夜叉さまだよご令嬢。仕事の依頼ならおんしのその年齢のわりに発育がいい胸をワンタッチ生揉みで引き受けるぞ。」

「出会い頭からの流れるようなセクハラ発言…この幼女出来るなww」

「オーナー。それでは売り上げが伸びません。ボスが怒ります。」

 

ボケ倒す俺達もなんのその、どこまでも冷静な声で女性店員が釘を刺す。

ちょうどその時、黒ウサギが濡れた服を絞りながら水路から上がってきた。

 

「うう・・・・・・まさか私まで濡れる事になるなんて。」

 

上がってきた黒ウサギは案の定、全身が水浸しになっている。

可能性次第では召喚された当初の俺達がああなっていたのかもしれないと思うと、内心「ざまぁwww」と思わなくもない。まあそれはともかく・・・

 

「災難だったな黒ウサギ・・・ちょっとこっちに来てみろ。」

「?なんです?」

「そのままじゃ風邪ひくだろ。コォォオオオオオオオオ・・・・・・」

 

呼吸を整えて波紋のエネルギーを練り上げ・・・

 

---パチパチパチパチッ! ザバァ~~!

 

「わひゃん!?」

 

黒ウサギの服と髪に波紋を送り込んで水分を弾き出す。彼女の身体を濡らしていた水は、あっという間に黒ウサギの足元で水溜りとなった。

 

「はい終わり。」

「あ、ありがとうございます。」

「へぇ、今何したんだ?」

「水を弾き出した。」

「そっちじゃねえ、どうやって水を出したかだ。」

「企業秘密って知ってるかね?」

「チッ、ケチくせえな。」

「「うんうん。」」

(ほう、この小僧なかなか面白いことをしよるのう・・・それに・・・)

 

逆廻達をいなしながら白夜叉の方を見ると、彼女は濡れてもさほど気にしていなかったようで、店先で俺達を見回してにやりと笑った。

 

「ふふん。お前達が黒ウサギの新しい同士か「俺は違う。」そ、そうか。まあそれはそれとしてじゃ、異世界の人間が私の元に来たということは・・・・・・」

 

不敵な笑顔を浮かべる白夜叉に視線が集まり、

 

「遂に黒ウサギが私のペットに」

「なりません!どういう起承転結があってそんなことになるんですか!」

 

ウサ耳を逆立てて黒ウサギが怒る。こいつ、そこの三人に匹敵するボケキャラだな。

 

「まぁ、冗談はさておき話があるのじゃろ。話があるなら店内で聞こう。そこのお主もよかったら中に入れ、さすがに外で待ち惚けというのも詰まらぬじゃろう。」

 

何処まで本気かわからない白夜叉は笑って俺達を店へ招く。

 

「よろしいのですか?彼らは旗も持たない“ノーネーム”のはず。規定では」

 

しかし、女性店員が眉を寄せながら水を差す。

 

「“ノーネーム”だとわかっていながら名を尋ねる、性悪店員に対する侘びだ。身元は私が保証するし、ボスに睨まれても私が責任を取る。いいから入れてやれ。」

 

む、っと拗ねるような顔をする女性店員。彼女にしてみればルールを守っただけなのだから気を悪くするのは仕方がない事だろう。御気の毒に・・・

女性店員に睨まれながら四人は暖簾をくぐっていった。

仕方ない、俺も入るとしよう・・・・・・の前に、

 

「・・・・・・あの、これ迷惑料です。よかったら取っといてください。」

 

さすがに店員さんが不憫だなと思い、見えない位置でアライブに鍵を吐き出させた後、倉庫から余ってる宝玉輪を一つ店員に渡す。

 

「え?あ、あの・・・」

「それじゃあ僕はこれで。お仕事頑張って下さい。」

 

店員の呼びかけを放っておいて、俺も皆の後を追った。

 

 

 

 

 

 

「生憎と店は閉めてしまったのでな。私の私室で勘弁してくれ。」

 

店の中にはいった後の俺達は白夜叉の私室に通された。

そこでは何時の間にか香のような物が焚かれており、風と共に俺達の鼻をくすぐる。

個室と言うにはやや広い和室の上座に腰を下ろした白夜叉は、大きく背伸びをしてから五人に向き直った。

 

「もう一度自己紹介しておこうかの。私は四桁の外門、三三四五外門に本拠を構える“サウザンドアイズ”幹部の白夜叉だ。この黒ウサギとは少々縁があってな。コミュニティが崩壊してからもちょくちょく手を貸してやっている器の大きな美少女と認識しておいてくれ。」

(そう言うのって自分で言ってりゃ世話がねえんじゃ・・・)

「はいはい、お世話になっております本当に。」

 

投げ遣りな言葉で受け流す黒ウサギ。

その隣で春日部が小首を傾げて問う。

 

「その外門、って何?」

「箱庭の階層を示す外壁にある門ですよ。数字が若いほど都市の中心に近く、同時に強力な力を持つ者達が住んでいるのです。箱庭の都市は上層から下層まで七つの支配層に分かれており、それに伴ってそれぞれを区切る門には数字が与えられています。ちなみに、白夜叉様がおっしゃった三三四五外門などの四桁の外門ともなれば、名のある修羅神仏が割拠する人外魔境と言っても過言ではありません。」

「おんしも、恩人に対して言うな。」

「あ!も、申し訳ございません!」

 

物言いに苦笑する白夜叉に慌てて頭を下げる黒ウサギ。

手を振って白夜叉が気にしていない旨を示すと、黒ウサギは紙に上空から見た箱庭の略図を描いた。

それは、

 

「・・・・・・超巨大タマネギ?」

「いえ、超巨大バームクーヘンではないかしら?」

「そうだな。どちらかといえばバームクーヘンだ。」

 

うん、と頷きあう三人の見も蓋もない感想にガクリと肩を落とす黒ウサギ。俺?俺は進○の巨人のあれがもうちょっと発展した感じに見えた。

そして黒ウサギとは対照的に、白夜叉はカカと哄笑を上げて二度三度と頷いた。

 

「ふふ、うまいこと例えるが、私はバームクーヘンに一票だ。その例えなら今いる七桁の外門はバームクーヘンの一番皮の薄い部分にあたるな。更に説明するなら、東西南北の四つの区切りの東側にあたり、外門のすぐ外は“世界の果て”と向かい合う場所になる。あそこはコミュニティに属してはいないものの、強力なギフトを持ったもの達が住んでおるぞ―――その水樹の持ち主などな。」

 

白夜叉は薄く笑って黒ウサギの持つ水樹の苗に視線を向ける。水神・・・ノズチとかのようなものか?

それを素手で殴り飛ばすとか・・・なるほど、逆廻も半端じゃないってわけか。

 

「白夜叉様はあの蛇神様とお知り合いだったのですか?」

「知り合いも何も、あれに神格を与えたのはこの私だぞ。もう何百年も前の話だがの。」

 

小さな胸を張り、カカと豪快に笑う白夜叉。

可愛い・・・けど騙されていはいけない!この幼女もまた悪魔なのだ!(メガテンプレイヤーの理屈)

 

「おぬし今失礼なことを考えなかったかの?」

「気のせいじゃないかな(白目)」

「ハハハ、こやつめ。」

「神格ってなんだ?」

「・・・神格とは、生来の神そのものではなく、種の最高のランクに体を変化させるギフトのことだ。人に神格を与えれば現人神や神童に。蛇に神格を与えれば巨躯の蛇神に。鬼に神格を与えれば天地を揺るがす鬼神と化す。更に神格を持つことで他のギフトも強化される。コミュニティの多くは目的のために神格を手に入れるため、上層を目指して力をつける。」

 

白夜叉に睨まれていると、逆廻の空気を読まない質問で事なきを得る。

 

「へぇー。そんなもんを与えられるってことはオマエはあの蛇より強いのか?」

「ふふん、当然だ。私は東側の“階層支配者”だぞ。この東側の四桁以下にあるコミュニティでは並ぶ者がいない、最強の主催者だからの。」

 

圧倒的な自信に溢れた白夜叉の言葉に、逆廻・久遠・春日部は一斉に瞳を輝かせた。

あ・・・これあかん雰囲気だ。

 

「そう・・・・・・ふふ。ではつまり、貴女のゲームをクリア出来れば、私達のコミュニティは東側で最強のコミュニティという事になるのかしら?」

「無論、そうなるのう。」

「そりゃ景気のいい話だ。探す手間が省けた。」

 

予想通りというかなんというか、三人は剥き出しの闘争心を視線に込めて白夜叉を見る。

白夜叉はそれに気づいたように高らかと笑い声を上げた。

 

「抜け目ない童達だ。私にギフトゲームで挑むと?」

「え? ちょ、ちょっと御三人様!?」

 

慌てる黒ウサギを右手で制す白夜叉。

 

「よいよい黒ウサギ。私も遊び相手には常に飢えている。」

「ノリがいいわね。そういうのは好きよ。」

「後悔すんなよ。」

 

全員が嬉々として白夜叉を睨む。

 

「ふふ、そうか。ところでおんしはどうする?」

 

白夜叉はそれを満足げに見て、今度は俺の方へと目を向けた。それも期待の眼差しで。

多分、俺もこの喧嘩に参加すると思っているのだろう。ふぅ~~~む・・・

少しの間とは言え異世界に滞在→ある程度力量を示しておけばその間下手な奴は近寄らない→いろいろあってストレスがたまってる→よく考えると長居するわけじゃないから多少手の内がばれてもノープロブレム→相手は手加減できないくらいには実力者?→(ダンジョン以外では)久々のアイテムを全力ブッパ出来る戦い→勝てば暫くストレスフリー&この世界のルールからして良いもらえるかも→俺ハッピー

「よしやろう。」

「梶原さん!?」

「久々に全力を出せそうだ。」

「ふっふっふ、皆やる気があってなによりじゃのぉ。そうそう、ゲームの前に確認しておく事がある。」

「なんだ?」

 

逆廻が聞き返すと、白夜叉は着物の裾から向かい合う双女神の紋が入ったカード―――店に入る前に一度見た、“サウザンドアイズ”の旗印であろうシンボルが描かれたカードを取り出し、表情を壮絶な笑みに変えて言い放ってきた。

 

「おんしらが望むのは“挑戦”か?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

               ―――もしくは、“決闘”か?」

 

---バァ―――――ンッ!

 

「なにっ!?」

 

白夜叉がそう言った直後、彼女が持っていたカードが光ると同時に今まで座っていた畳が消え去り、俺達はその下に広がっていた夜空のような異空間に放り出された。

そしてその中での視界は意味を無くし・・・

 

―――黄金色の穂波が揺れる草原

 

―――白い地平線を覗く丘

 

―――森林の湖畔

 

様々な情景が脳裏を過ぎ去っていく。

 

「・・・・・・っ!」

 

その光景を黙って眺めていると、やがて俺達は白い雪原と湖畔―――そして、水平に太陽が廻る世界に投げ出されたのだった。

 

「・・・・・・なっ・・・・・・!?」

 

あまりの異常さに、俺達は息を呑んだ。

遠く薄明の空にある星は、世界を緩やかに廻る白い太陽のみ。

唖然と立ち竦む俺達に、今一度、白夜叉は問いかける。

 

「今一度名乗り直し、問おうかの。私は“白き夜の魔王”―――太陽と白夜の星霊・白夜叉。おんしらが望むのは、試練への“挑戦”か? それとも対等な“決闘”か?」

 

魔王・白夜叉。少女の笑みとは思えぬ凄みに、再度全員が息を呑む音が聞こえる。

 

「水平に廻る太陽と・・・・・・そうか、白夜と夜叉。あの水平に廻る太陽とこの土地はオマエを表現してるってことか。」

 

逆廻は頬に僅かながらに冷や汗を流しながら、白夜叉を睨んで笑う。

 

「如何にも。この白夜の湖畔と雪原。永遠に世界を薄明に照らす太陽こそ、私が持つゲーム盤の一つだ。」

 

白夜叉が両手を広げると、地平線の彼方の雲海が瞬く間に裂け、薄明の太陽が晒される。

 

「これだけ莫大な土地が、ただのゲーム盤・・・・・・!?」

「如何にも。して、おんしらの返答は? “挑戦”であるならば、手慰み程度に遊んでやる。―――だがしかし“決闘”を望むなら話は別。魔王として、命と誇りの限り闘おうではないか。」

「・・・・・・っ」

(ここまであっさりと異界に引きずり込まれるとは・・・なるほど、やっぱり一筋縄でいく相手じゃないか。さてどうする・・・・・・)

 

 

 

「降参だ、白夜叉。」

 

白夜叉の実力を再確認していると、逆廻があっさりと負けを認める。

常に尊大な態度でいた彼も、さすがに敵わないと判断したのだろう。

 

「ふむ? それは決闘ではなく、試練を受けるという事かの?」

「ああ。これだけのゲーム盤を用意できるんだからな。あんたには資格がある。―――いいぜ。今回は黙って試されてやるよ、魔王様。」

 

苦笑と共に吐き捨てるような物言いをした逆廻を、白夜叉は堪えきれない様子で高らかと笑い飛ばした。

プライドの高い逆廻にしては最大限の譲歩なのだろうが、『試されてやる』という彼なりの意地の張り方がよほどツボに入ったのか、白夜叉は腹を抱えて哄笑を上げている。

 

「く、くく・・・・・・して、他の童達も同じか?」

 

一頻り笑った白夜叉は笑いをかみ殺して他の二人にも問う。

 

「・・・・・・ええ。私も、試されてあげてもいいわ。」

「右に同じ。」

 

苦虫を噛み潰したような表情で、白夜叉に返事をする春日部と久遠。

俺はそれを聞き流しながら、いろいろと考えをまとめていく。

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「おんしはどうするのじゃ?そこの三人と同じく試練へ挑戦してみるかのぅ?」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・よし。

「それじゃあやってもらおうじゃねえか。勿論”決闘”の方をな。」

「「「「「・・・は?」」」」」

 

俺の出した決断に逆廻が興味深そうな目を、それ以外のノーネーム組が『何を言ったのかわからない』といった表情をする。

そして・・・

 

---ビリビリビリッ!

 

「!」

「・・・今の言葉、わしの聞き間違いではないととって良いのじゃな?」

 

今まで飄々とした態度を崩さなかった白夜叉が一転、口元をコミュニティの旗印が描かれた扇子で隠しながらその場にいるだけで全身を切り刻まれそうなほどの殺気を放ち、聞いただけで凍りつきそうなほど低い声で語りかけてきた。

生半可な奴ならこれだけで命を落としかねないな。だが・・・

 

「ああ、じゃなきゃアンタと戦うのは無理ってことだろう?あ、でも本当に命を奪うのは勘弁な。精々戦闘不能かどちらかが降参を宣言するまで。まあいいところ喧嘩の範囲で収まるようにしたいね。」

 

俺は肩の力を抜き、大きく息を吸い込み・・・

 

「という訳でだ・・・いっちょやりあうか?白夜叉さんよ。」

 

腹の底から声を出して、再度彼女にいった。

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・く、くくく、くっくっくっくっく。」

 

すると長い沈黙と睨み合いの後、まるで堪え切れなくなったかのように白夜叉が扇子の内側から笑い声を漏らし始める。

 

「はっはっはっはっはっはっはっはっはっは!まあよいじゃろう人間よ。その条件で勝負を受けてやろう。」

 

そして遂に、これでもかというくらいに大笑いしながら俺との決闘をゲームとして認めた。

さあ、これで後には引けなくなった。精々気張っていきますかねぇ・・・

 

「ゲーム成立・・・とりあえず先にやるか?それとも三人の挑戦が終わった後でやるか?」

「ふむ、それならばわしらは後でやろうではないか。おんしもその方が気兼ねなく戦えるのであろう?」

「違いないな。」

「おんしらもそれでよいかの?」

「あ、ああ、いいぜ。」

「私もそれでいいわ。」

「私もそれで構わない。」

 

三人は動揺しながらもなんとか返事を返した。それを聞いて、白夜叉は一層笑みを深める。

 

「{パシンッ}よし!それではさっそく挑戦の準備をしよう!誰を当てるのがよいかのう・・・」

 

白夜叉は持っていた扇子を小気味よく閉じると、顎に手を当てて試練の内容を考え始めた。

さて、俺は俺で決闘の準備をせねば・・・

 

 

「なぁあああああああにやってやがるんですかこのお馬鹿様ぁあああああああああああああああああああああ!!!!」

 

---ビュオンッ!! ヒョイッ

 

「あぶな!?おいてめ、なにしやがる!」

 

背後から唸りを上げて迫ってきた黒ウサギのハリセン打ちを避けて、俺は黒ウサギに文句を言う。

 

「何しやがるじゃないでしょうこのお馬鹿様!!あれほど厄介ごとは嫌いだと言っていたのになぜあの流れから白夜叉様に勝負を挑むなんてことになり得るんですかこのお馬鹿様!」

「言いたいことは切実に伝わってくるけどそれでもバカバカ言い過ぎじゃナイデスカネェ・・・」

「黙らっしゃい!白夜叉様は四桁以下にあるコミュニティでは並ぶものがいない最強の主催者ホストなんですよ!?最盛期よりも多少力が落ちているとはいえ一人の人間に勝てる相手ではありません!」

「あぁ~~~もぉ~~~~うるせぇなぁ~~~~~~~~~っ!お前が言ってるのはあくまでも予想であって結果じゃねえだろ!『人間に勝てる相手ではありません』?誰基準でもの言ってんだテメェは?」

「ですが!」

「というか互い既に賽は投げちまってるんだ。どうせなら向こうさんよりも良い目が出せるよう応援してほしいね。」

「うぅ~~~~~~~~・・・」

「黒ウサギよ。」

「なんですか!」

「わしへの応援はエロ二十割増しで頼むぞ♪」グッ

「しません!」

「俺の時はラウンドガール仕様、あざとさとエロと羞恥を三十割増しだぜ♪」グッ

「お主・・・天才か!」

「しないと言ってるでしょこのお馬鹿様方!」

 

黒ウサギは白夜叉と逆廻のアホな要求をばっさりと切り捨てる。

やれやれ、こいつらは・・・

 

---グギャアアアアア・・・

 

「!?」

「?」

 

二人に呆れていると、雪原の彼方に見える山脈から甲高い叫び声が聞こえてきた。

 

「何、今の鳴き声。初めて聞いた。」

 

大型の獣の雄叫びとも、野鳥の鳴き声ともとれるその叫び声に、春日部がいち早く反応する。

すると白夜叉がちょうどいいといった感じの態度をとり・・・

 

「ふむ・・・・・・あやつか。おんしら三人を試すには打って付けかもしれんの。」

 

湖畔を挟んだ向こう岸にある山脈に、チョイチョイと手招きをする白夜叉。

すると山の陰から体長五メートルはあろうかという巨大な獣が翼を広げて姿を現し、空を滑空しながら風の如く俺達の元に現れた。

 

「グリフォン・・・・・・うそ、本物!?」

「フフン、如何にも。あやつこそ鳥の王にして獣の王。“力”“知恵”“勇気”の全てを備えたギフトゲームを代表する獣だ。」

 

白夜叉が手招きすると、グリフォンは彼女の元に降り立ち、深く頭を下げて礼を示した。

 

「肝心の試練だがの。おんしら四人とこのグリフォンで“力”“知恵”“勇気”の何れかを比べ合い、背に跨って湖畔を舞うことが出来ればクリア、という事にしようか。」

 

すると虚空から“主催者権限”にのみ許された輝く羊皮紙が現れる。

白夜叉は白い指を奔らせて羊皮紙に記述する。

俺達はその書き込まれた羊皮紙を覗き込んだ。

 

【ギフトゲーム名:“鷲獅子の手綱”

 ・プレイヤー一覧 逆廻 十六夜

          久遠 飛鳥

          春日部 耀

          

・クリア条件 グリフォンの背に跨り、湖畔を舞う。

 ・クリア方法 “力”“知恵”“勇気”の何れかでグリフォンに認められる。

 ・敗北条件 降参か、プレイヤーが上記の勝利条件を満たせなくなった場合。

 宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗とホストマスターの名の下、ギフトゲームを開催します。

                              “サウザンドアイズ”印】

 

「私がやる。」

 

読み終わるや否や、春日部がピシ!と指先まで綺麗に伸ばして先陣を切った。彼女の瞳は尋常じゃないほどのやる気に満ち溢れていて、グリフォンを羨望の眼差しで見つめている。

 

「にゃ・・・・・・にゃ、にゃー『お、お嬢・・・・・・大丈夫か?なんや獅子の旦那より遥かに怖そうやしデカイけど』」

「大丈夫、問題ない。」

「あかん春日部さん、それフラグや。」

 

春日部の瞳は脇目もふらず、真っ直ぐにグリフォンを見ていた。

キラキラと光るその瞳は、冒険のネタを見つけた某海賊漫画の麦わら帽子をかぶった船長の如く輝いている。

それを見て、逆廻と久遠は隣で呆れたように苦笑いを漏らす。

 

「OK、先手は譲ってやる。失敗するなよ。」

「気を付けてね、春日部さん。」

「うん、頑張る。」

 

二人は耀に言葉をかけ送り出す・・・・・・ん?ちょっと待て。

春日部の格好:夏真っ盛りかと思うような薄着

周りの状況:北極圏かと思うような広大な雪景色

これからすること:多分グリフォンに乗ってあのスピードで空を駆け回る。あの子の目からしてたぶんやる。

結果:あっという間に凍りついてしまうレベルの寒波が春日部を襲う

 

    あ か ん ! !

 

「ちょっと待った春日部さん!」

「なに?」

 

俺は倉庫からダウンコートを取り出し、春日部に近寄る。

 

「さすがに女の子がこの環境下でいつまでもその恰好ってのはいろいろまずい。せめてこれを羽織って身体を暖めていきなよ。」

 

そう言いつつ、彼女にダウンコートをさしだす。

 

「今どこから出したの?」

「それはざっくり言うと俺の能力だ。詳細が聞きたい場合はゲームに勝った後でな。」

「・・・うん、ありがとう。必ず勝ってくる。そしていろいろ聞かせてもらう。」

 

春日部は表情により一層気合が入り、渡したコートを着てから準備運動を軽くした後グリフォンに駆け寄っていった。

 

「グルル・・・!」

 

するとグリフォンは春日部を威嚇するように大きく翼を広げ、巨大な瞳をぎらつかせながら大きく後ろに飛んで離れていく。

そんなグリフォンを追いかけるように春日部はさらに走り寄っていき、数メートルほどの距離で足を止め、まじまじとグリフォンを観察し続けた後慎重な雰囲気で話しかけた。

 

「え、えーと。初めまして、春日部耀です。」

「!?」

 

春日部の言葉にビクンッ!!とグリフォンの肢体が跳ねた。瞳から警戒心が薄れ、僅かに戸惑いの色が浮かぶ。

春日部のギフトが幻獣にも有効である事が分かった瞬間だった。

 

「ほう・・・・・・あの娘、グリフォンと言葉を交わすか。」

 

白夜叉は感心したように扇を広げる。

一方春日部は大きく息を吸い、一息に述べた。

 

「私を貴方の背に乗せ・・・・・誇りをかけて勝負しませんか?」

「・・・・・・グルル!?『・・・・・・何・・・・・・!?』」

 

グリフォンの瞳と声に闘志が宿った。

下手にプライドの高い奴に『誇りを賭けろ』という言い方は、かなり有効的な挑発だ。

良い具合に釣れた様子のグリフォンに、春日部はそのまま有無を言う暇のない勢いで続けていく。

 

「貴方が飛んできたあの山脈。あそこを白夜の地平から時計回りに大きく迂回し、この湖畔を終着点と定めます。貴方は強靭な翼と四肢で空を駆け、湖畔までに私を振るい落とせば勝ち。私が背に乗っていられたら私の勝ち・・・・・・どうかな?」

 

春日部は小首を傾げる。

確かに、この条件ならば力と勇気の双方を試すことができる。

 

「グルルル・・・?『娘よ。お前は私に“誇りを賭けろ”と持ちかけた。お前の述べるとおり、娘一人振るい落とせないならば、私の名誉は失墜するだろう。―――だがな娘。誇りの対価に、お前は何を賭す?』」

「命を賭けます。」

 

グリフォンが試すような眼で唸ると、即行で彼女はそう答えた。そのあまりに突飛な返答に黒ウサギと久遠から驚きが上がる。

 

「だ、駄目です!」

「か、春日部さん!? 本気なの!?」

「貴方は誇りを賭ける。私は命を賭ける。もし転落して生きていても、私は貴方の晩御飯になります・・・・・・それじゃ駄目かな?」

「・・・・・・『・・・・・・ふむ・・・・・・』」

 

春日部の提案にますます慌て、彼女を止めようとする久遠と黒ウサギ。

それを逆廻と白夜叉が鋭く制する。

 

「双方、下がらんか。これはあの娘から切り出した試練だぞ。」

「ああ、無粋な事はやめておけ。」

「そんな問題ではございません!! 同士にこんな分の悪いゲームをさせるわけには―――」

「大丈夫だよ。」

 

春日部が振り向きながら久遠と黒ウサギに頷く。その瞳からは負ける事なんて微塵も考えていない、強い覚悟と気迫が窺える。

 

「グルル・・・・・・『乗るがいい、若き勇者よ。鷲獅子の疾走に耐えられるか、その身で試してみよ』」

 

グリフォンが唸ると春日部は頷き、黒ウサギたちの心配そうな眼差しを背に受けながらグリフォンの体毛を掴んで背に乗りこむ。

鞍の類どころか手綱すら無いせいで見た目はかなり不安定だが、春日部はしっかりとグリフォンの雄雄しい体毛を握り締めて獅子の胴体に跨る。

 

「ん?」

 

すると春日部は手袋を片手だけ脱ぎ、鷲獅子の強靭で滑らかな肢体を擦りつつ、満足そうに囁いた。

 

「始める前に一言だけ・・・・・・私、貴方の背中に跨るのが夢の一つだったんだ。」

「グル。『―――そうか』」

 

それを聞いたグリフォンは苦笑するように声を上げ、こそばゆいとばかりに翼を三度羽ばたかせる。

そして前傾姿勢を取るや否や・・・

 

---ドォ―――ンッ!!!

 

「ぬお!?」

「「きゃあ!?」

 

一気に大地を踏み抜いて、その翼と四本の足で空を力強く叩きながら白夜と星の輝く空に飛び出した。

俺達はその衝撃で吹き付けられた雪を両腕で顔を庇って防ぎ、春日部とグリフォンの姿を探す。

 

「いた!・・・・・けど、あれは?」

 

春日部を背に乗せたグリフォンは、翼を大きく広げてその状態を維持しながら高速で雪に覆われた山脈へと空を駆けていく。

・・・あんまり翼使って無くね?

そんなことを考えていると、あっという間に春日部とグリフォンは山脈の陰に消えて行ってしまった。

(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

黒ウサギや久遠、ジンは春日部の無事を祈るように、白夜叉や逆廻、俺はただ黙って彼女の消えて行った山脈を眺め続ける・・・・・・

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・!きた!」

山脈の陰に消えて一分が経った頃、グリフォンがさっきのスピードにさらにえげつないほどのアクロバティックな動きを加えながら再び現れた。

グリフォンの背中には、春日部が振り落されまいと必死に捕まっている姿が見えた。

 

「春日部さん!」

 

再び姿を現した春日部の姿を見て、久遠が心配そうにそう叫ぶ。

鞍が無いグリフォンの背中は縋れるようなものいっさいは無く、掴まれるものは体毛だけだから春日部の下半身は空中に投げ出されるように泳いでいる。

しかしここまで振り回され続けてなお彼女がいまだに振り落されていないあたりを見ると、春日部の身体能力がいかに常識外れかもよくわかる。

 

「「春日部さん!!」」

 

春日部は必死に手綱を握り、グリフォンは必死に振り落とそうと旋回を繰り返す。

久遠と黒ウサギが春日部を応援するため叫ぶ。

するとグリフォンは、山脈から大分離れた辺りで突如地平ギリギリまで急降下して大地と水平になるように振り回す。

それが最後の山場だったのだろうか、後は振り落すような動きはせず、真っ直ぐにこっちに向かってきた。

そして・・・

 

---ビュォォオオオオオオオン!!

 

勢いをそのままに、湖畔の中心を渡ってついにグリフォンは春日部を背に乗せたまま最初のスタート地点上空まで戻ってきた。

春日部の勝利が、誰の目から見ても確定した。

 

「よし!」

「やった!」

「すごいです!」

 

久遠と黒ウサギが喜んで駆け寄ろうとする・・・・・・その時だった・・・

 

「「「え?」」」

 

―――春日部の手が掴んでいた体毛を放し、春日部の小さな体は慣性のまま打ち上げられた。

まさか気を失ったのか!?てかこのままじゃ・・・!

 

「!?『何!?』」

「春日部さん!?」

「おいおいマジか!」

 

落ち着いてる暇も称賛する暇もなく、グリフォンの体から離れた春日部が重力に従って落ちていく。

俺と黒ウサギは助けに行こうとするが・・・

 

---ガシッ

 

「うお!?」

「え!?」

 

俺達を止めるように逆廻が掴みかかってきた。

俺はその手を逃れるが、黒ウサギの方は捕まってしまう。

 

「は、離し―――」

「待て!まだ終わって―――」

 

俺は逆廻の制止を振り切って彼女の落下予測地点まで走っていく。

そして、その場所に遂に辿り着いたと同時に俺は落ちてきているであろう春日部を確認するために上を見た。

すると次の瞬間・・・

 

---フワァ・・・トン・・・トン・・・トン・・・

 

「・・・・・・えぇ~~?」

 

春日部の身体が突然動きを変え、ふわっと、まるで四肢で空気を捉えたかのように春日部の身体が翻った。

そして慣性を殺すような緩慢な動きはやがて彼女の落下速度を衰えさせ、遂には湖畔に触れることなく空間を踏みしめるように飛翔したのだ。

その光景を見て、その場にいた全員が絶句した。

先ほどまでそんな素振りをまったく見せなかった春日部が、湖畔の上で風を纏って浮いているのだ。

ふわふわと泳ぐように不慣れな飛翔を見せながら地上に降りてくる彼女を見て、呆れたように笑う逆廻が近づいた。

 

「やっぱりな。お前のギフトって、他の生き物の特性を手に入れる類だったんだな。」

 

軽薄な笑みに、むっとしたような声音で春日部が返す。

 

「・・・・・・違う。これは友達になった証。けど、いつから知ってたの?」

「ただの推測。お前黒ウサギと出会った時に“風上に立たれたら分かる”とか言ってたろ。そんな芸当は人間にはできない。だから春日部のギフトは他種とコミュニケーションをとるわけじゃなく、他種のギフトを何らかの形で手に入れたんじゃないか・・・・・・と推察したんだが、それだけじゃなさそうだな。あの速度で耐えられる生物は地球上にいないだろうし?」

 

興味津々な逆廻の視線をフイっと避ける。

 

(・・・・・・・・つうことは何?俺の心配って完全な徒労?うわぁ~~~~・・・・・・)

軽く頭をかきながら、俺もみんなのいるところまで歩いていく。

すると、春日部の傍に三毛猫が駆け寄っていくのが見えた。

 

「ニャー!『お嬢!怪我はないか!?』」

「うん、大丈夫。服のおかげで凍傷にもならずに済んだ。」

「そりゃあよかった。春日部さん、ゲームクリアおめでとう。」

「うん、ありがとう・・・・・・・・・・」

「?どした?」

「あ、ううん。どう呼べばいいのかちょっと迷って・・・」

「あぁ~なんかわかるわそれ。付き合いが浅い相手だと向こうが自己申告しないとわりと迷うよな。」

 

俺もよくあった事だから気持ちは痛いほどわかる。

 

「まあ呼びやすい呼び方をしてくれればいいさ。さすがに変なあだ名をつけられるのは勘弁だけどね。」

「そう・・・それじゃあ泰寛って呼ぶね。コートを貸してくれてありがとう。」

「どういたしまして・・・うわぁお、服の表面がパリパリ鳴ってる。」

 

春日部から服を返してもらい、いかに大変な状況を抜けたのか確認しているとグリフォンが近寄ってきた。

 

「グルルルル。『見事だ友よ。お前が得たギフトは、私に勝利した証として使って欲しい。』」

「うん。大事にする。」

「いやはや大したものだ。このゲームはおんしの勝利だの・・・・・・ところで、おんしの持つギフトだが。それは先天性か?」

「違う。父さんに貰った木彫りのおかげで話せるようになった。」

「木彫り?」

 

首を傾げる白夜叉に三毛猫が説明する。

 

「にゃにゃにゃ、にゃー。『お嬢の親父さんは彫刻家やっとります。親父さんの作品でワシらとお嬢は話せるんや』」

「ほほう・・・・・・彫刻家の父か。よかったらその木彫りというのを見せてくれんか?」

 

頷いた耀は、ペンダントにしていた丸い木彫り細工を取り出し、白夜叉に差し出す。

白夜叉は渡された手の平大の木彫りを見つめて、急に顔を顰めた。逆廻と久遠と俺もその隣から木彫りを覗き込む。

 

「複雑な模様ね。何か意味があるの?」

「意味はあるけど知らない。昔教えてもらったけど忘れた。」

「・・・・・・これは。」

 

木彫りは中心の空白を目指して幾何学線が延びるというもの。

白夜叉だけでなく、逆廻、黒ウサギも鑑定に参加する。

表と裏を何度も見直し、表面にある幾何学線を指でなぞる。

黒ウサギは首を傾げて春日部に問う。

 

「材質は楠の神木・・・・・・? 神格は残っていないようですが・・・・・・この中心を目指す幾何学線・・・・・・そして中心に円状の空白・・・・・・もしかしてお父様の知り合いには生物学者がおられるのでは?」

「うん。私の母さんがそうだった。」

「生物学者ってことは、やっぱりこの図形は系統樹を表しているのか白夜叉?」

「おそらくの・・・・・・ならこの図形はこうで・・・・・・この円形が収束するのは・・・・・・いや、これは・・・・・・これは、凄い! 本当に凄いぞ娘!!本当に人造ならばおんしの父は神代の大天才だ!まさか人の手で独自の系統樹を完成させ、しかもギフトとして確立させてしまうとは!これは正真正銘“生命の目録”と称して過言ない名品だ!」

「系統樹って、生物の発祥と進化の系譜とかを示すアレ? でも母さんが作った系統樹の図は、もっと樹の形をしていたと思うけど。」

「うむ、それはおんしの父が表現したいモノのセンスが成す業よ。この木彫りをわざわざ円形にしたのは生命の流転、輪廻を表現したもの。再生と滅び、輪廻を繰り返す生命の系譜が進化を遂げて進む円の中心、すなわち世界の中心を目指して進む様を表現している。中心が空白なのは、流転する世界の中心だからか、世界の完成が未だに視えぬからか、それともこの作品そのものが未完成の作品だからか。―――うぬぬ、凄い。凄いぞ。久しく想像力が刺激されとるぞ! 実にアーティスティックだ!おんしさえよければ私が買い取りたいぐらいだの!」

「ダメ。」

 

尋常じゃないほどに熱弁した白夜叉だったが、春日部はあっさり断って木彫り細工を取り上げる。

白夜叉は、お気に入りの玩具を取り上げられた子供のようにしょんぼりした。

「なぁ~るほど。春日部の父さんってマジですごい人なんだな。俺の知り合いに『天災』級の科学者とかいるけどさすがに木を掘っただけで能力を付加出来たりはしないわ。」

「えっへん。」

「で、これはどんな力を持ったギフトなんだ?」

 

逆廻に問われ、白夜叉は気を取り戻すが、首を捻った。

 

「それは分からん。今分かっとるのは異種族と会話できるのと、友になった種から特有のギフトを貰えるということぐらいだ。これ以上詳しく知りたいのなら店の鑑定士に頼むしかない。それも上層に住む者でなければ鑑定は不可能だろう。」

「え?白夜叉様でも鑑定できないのですか?今日は鑑定をお願いしたかったのですけど。」

 

黒ウサギの要求にゲッ、と気まずそうな顔になる白夜叉。

 

「よ、よりにもよってギフト鑑定か。専門外どころか無関係もいいところなのだがの。」

 

ゲームの褒章として依頼を無償で引き受けるつもりだったのだろう。

白夜叉は困ったように白髪を掻きあげ、着物の裾を引きずりながら四人の顔を両手で包んで見つめる。

 

「どれどれ・・・・・・ふむふむ・・・・・・うむ、三人ともに素養が高いのは分かる。しかしこれではなんとも言えんな。おんしらは自分のギフトをどの程度に把握している?」

「企業秘密」

「右に同じ」

「以下同文」

「うおおおおい?いやまあ、仮にも対戦相手だったものにギフトを教えるのが怖いのは分かるが、それじゃ話が進まんだろうに。」

「別に鑑定なんていらねえよ。人に値札張られるのは趣味じゃない。」

 

ハッキリと拒絶するような声音の逆廻と、同意するように頷く久遠や春日部。

困ったように頭を掻く白夜叉は、突如妙案が浮かんだとばかりにニヤリと笑った。

 

「ふむ。何にせよ“主催者”として、星霊のはしくれとして、試練をクリアしたおんしらには“恩恵”を与えねばならん。ちょいと贅沢な代物だが、コミュニティ復興の前祝いとしては丁度良かろう。」

 

---チラッ

 

「おんしとの決闘が終わった後での。」

 

俺に視線を向け、凄まじい気迫を放ちながらそう言ってきた。

 

「まあその方がキリは良いからな。じゃあやるか。」

 

 

俺がそう言うと、白夜叉と俺の間に春日部たちの時の様に一枚の羊皮紙が現れる。

 

【ギフトゲーム名 “太陽と超人の戯れ”

・ホスト一覧:白夜叉

・プレイヤー一覧:梶原 泰寛

・クリア条件:白夜叉と戦い、勝利する。

・クリア方法:同上。

・勝利条件:プレイヤー側がホスト側を戦闘不能、あるいは降参させる。

・敗北条件:プレイヤー側が戦闘不能、あるいは降参する。

 

宣誓:上記を尊重し、誇りと御旗とホストマスターの名の下、ギフトゲームを開催します。

                              “サウザンドアイズ”印】

「うむ。では皆の衆はここで待ってれ。」

 

白夜叉は先に、山脈の方向へと歩いていく。

 

「折角俺達より先に魔王と戦うんだ、盛大に逝って来い。」

「そうね、折角抜け駆けして挑戦するんだからできれば長く楽しませてほしいわ。」

「頑張って。」ニッコリ

「ヤベェ、全然応援されてる気がしねえ・・・」

「あの、頑張って下さい!」

「無理はしないでくださいね!」

「・・・ホントお前らだけが癒しだわ。」

「おいおいひでぇな、俺達だってこうして応援してやってるじゃねえか。」

「自分たちが楽しみたいだけじゃねえか!まったく・・・行ってくる。」

 

五人に背を向け、倉庫から腰用のガンベルトを取り出して身に着ける。

そして、白夜叉の後を追いながら空いているところにそれぞれ、鉄球二つ、閻魔刀とムラサマを取り付ける。

最後に、すっかり遠距離戦で重宝するになったリボルバーを二丁両手に持ち、鍵をアライブの腹の中に戻して俺の準備は終わる。

 

「ふむ、この辺りで良いじゃろう。」

 

皆から二百メートルは離れた位置で、白夜叉は歩くのをやめてこっちを見た。

 

「・・・またえらく凄まじいものを持ってきおったの。とくにその腰のものなんぞ人間には抜く事すら出来ん筈じゃが・・・」

「そんなことはどうでもいいだろ。それよりもさっさと始めようや、決闘を。」

「・・・それもそうじゃな。」

納得がいかない顔をしながら、白夜叉の言葉を皮切りにお互いに距離を取る。

 

そしてお互いに睨み合い・・・

 

 

 

 

 

 

 

「フゥ―――――――――――――――・・・・・・・・・ッ!」

 

---ダンッ!

 

「!」

 

気合を十分に入れた所でアライブを出して銃を投げ渡しながら、俺は白夜叉に向かって一直線に駈け出した。

 

 

 

 

 


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