デッドマンズN・A:『取り戻した』者の転生録   作:enigma

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こんなに長い期間開けていたのに、たくさんの感想ありがとうございます。
返信を返す余裕はないですが、コメントは全部拝見させていただいております。
主人公の対魔忍としての本格的な活動は、もうあと数話お待ちください。


この一時の憩いを大事にするのが、裏家業で長生きするコツだと思う(対魔忍)

寮外から大声で呼びだすという次姉の暴挙を諫めた後、俺は久々の姉二人との食事や先生方への挨拶、これから先半年近く使うことになる教科書などの学校生活での必需品の受け取り、学校内の案内等を恙無く済ませ、夕方には報告書のチェックと必要物品や資金の手配を行った。

個人的な意見だが、案内された施設の中でも、俺としては体育館やその他の訓練場で使われている最新の訓練設備は、改めて見ても圧巻の一言に尽きた。

あそこは訓練施設は高度なホログラム、温調設備、障害物を再現する可変式の床を備え、あらゆる状況を再現する事が可能となっている。

偶々井河アサギ(校長)の訓練中の様子を見させてもらったが、巨大な真っ白の立方体の空間が端末に入力プログラムに従って内部構造を変え、本物と見間違うほどの立体映像で時には東京の外に存在する人魔入り乱れる魔界都市に、ある時はどこかの地下水路に、またある時はいずこかの研究施設に、はたまたどこかの山間部に・・・・とにかく様々な姿に変化していくんだ。

またその中で出てくる敵も、現場でよく出てくるであろう米連の兵士やオーク、オーガ、その他の下級魔族なんかは、戦闘のパターンや能力は限りなく本物に近い再限度だと思う。

俺のところでは人里離れた山の中を刳り貫いて作った地下空間や天然の洞穴、人気のない離島とかで実験を行ったり、ダンジョンからとらえてきた敵や訓練用に作ったドローン、ロボットを使って戦闘訓練を行うに留まっていて、シミュレーターの開発はここほど進んでいないからなぁ・・・動員できる人員が少ないためそこまで手が回らないともいうが。

 

あ、でも学校の訓練所で一つ気になることはあった。

この学校、手裏剣や忍者刀、苦無、弓等の、いわゆる忍者らしい古い武器や暗器は豊富なんだが、現代の銃火器やドローンのような諜報活動に有用な機械道具の種類はやたら少ないんだ。

取扱い方の指導プログラムなんかも、前者は十二分に充実していてとても分かりやすいけど後者は正直頭を抱えたくなるほどに乏しい。

これから先、基本的に銃火器や化学兵器をメインに使っていく予定だからこの辺りは何とかしてほしかったと思う。

まあこの辺は、自分で何とか自己学習なり調達していくなりする他ないだろう。

 

 

===7月23日 AM04:30 五車町学生寮===

 

---ピピピッ ピピピッ ピピピッ ピピバチンッ!

 

「・・・・・・・朝か・・・」

 

枕元でけたたましく鳴り響く目覚まし時計の音に刺激され、寝惚け眼で目を覚ます。

・・・・・・・・あ、そうか。今日から対魔忍として引っ越して来たんだっけ。

 

「・・・・・・正直いろんな意味で不貞寝したいけどそうも言ってられねえ、さっさと起きねえと。」

 

今まで以上の憂鬱な気持ちを払い除け、未だ日が昇らず真っ暗な部屋の中を歩いてキッチンに向かう。

・・・・この流れも、もはやすっかりルーチンワークになったな・・・

 

「アライブ。」

 

水道の前に立ち、俺は自分の内側に向けて呼びかける。

それをきっかけにし、俺の内側から現れたのは・・・異形の姿をしたもう一人の俺。

俺の生命と精神エネルギーを基に生み出されるパワーあるヴィジョン・・・すなわち『スタンド(側に立つモノ/立ち向かうモノ)』だ。

 

『イヒヒヒヒヒヒヒヒ、今度ハ何ノ用ダますたー?』

「水・・・」

『おーけーおーけー、イマズハ目覚メノ一杯ッテワケダ・・・・・ウェエエエエエエエエ!』

 

そういうと異形・・・アライブは腹に手を置き、何度かえずきながら、赤い宝石のついた一本のカギを取り出し、その宝石部分に右手を突っ込む。

数秒後、突っ込んだ手を引き抜くと、ついさっきまで冷蔵庫に入っていたかのようにキンキンに冷えたミネラルウォーターのペットボトルが一本が握られていた。

俺はそれらを受け取り、『パキッ』という乾いた音とともに開いたペットボトルの口から自分の口に水を流し込んでいく。

都会ほどじゃないが、高い湿度と温度の中の飲むキンキンに冷えた水は、寝起きで靄のかかった俺の思考をあっという間に澄み渡らせていく。

 

「ング、ング、ング・・・・・ハァ。よし。」

『とれーにんぐニャコイツガツキモノッテナァ~~。』

 

空になったペットボトルと引き換えに、アライブが倉庫から取り出したマスクとマン・イン・ザ・ミラーのディスク、トレーニングウェア(重り30kg付き)を受け取り、それぞれ装備していく。

マスクはジョジョの奇妙な冒険の若い頃のジョセフが師匠のリサリサ先生につけさせられていたものを再現したもので、原作と同じように波紋法のリズムでの呼吸以外が出来なくなる、いわば呼吸矯正マスクだ。

この世界に来て3歳の時、何とか金と材料を工面して作り、以来俺はアクトゥン・ベイビーで透明にしたりして、可能な限り毎日これをつけて生活するようにしている。

まあ基本的には、第二部ジョセフと同じように睡眠時と食事時、歯磨きの時以外の時間だな。

 

「じゃ、さっそく始めていくか・・・マン・イン・ザ・ミラー、俺だけが鏡の中に入ることを許可しろ。」

 

鏡のように俺の顔を映すキッチンの蛇口を見ながらそう言うと、左隣に現れたマン・イン・ザ・ミラーが俺の左手の指先から体を鏡面部分を通じて現実と鏡合わせになった世界へと転送する。

転送が完了したことを確認したら、俺はいつもこなしているトレーニングメニューを行っていく。

 

「1,2,3,4,5,6,7,8・・・」

 

まずはラジオ体操の1番と2番を脳内で流しながら実施。

それが終わったら腕立て、上体起こし、スクワットをそれぞれ50回×3セットずつ行い、それが終わり次第窓側の鍵だけ開けておいてから、外に出て20kmのランニングを行う。

そして、以上の一連の作業を7時30分までに終えて一先ず寮に帰還する。

 

「あ゛~~~~~、やっぱ夏場の熱気はきつい・・・よっこらせ。」

 

疲労で体を震わせながら、プールに飛び込んできたのかってくらいに汗で濡れたトレーニングウェアを脱ぎ、重りの部分をどけてベランダで乾かしながら残った布部分を備え付けの洗濯機に放り込む。

その後は風呂場のシャワーで汗を流し、疲労回復のため作り置きしてエニグマで紙にしていたパール・ジャム入りの朝食をとる。

 

「あ゛ぁ~~~~~、肉じゃがの旨味が体に染み渡るぅ~~~~~!!ホイル焼きも程良い焼き加減で身が柔らかくなってて、良い塩梅になってるじゃあねえか・・・!」

 

因みに本日の献立は玄米ご飯、自家製肉じゃが、鮭と茸のホイル焼き、鶏ササミたっぷりシーザーサラダ、カブの千枚漬け、林檎と蜜柑のヨーグルト和えだ。

至福・・・!一切の暇がなくなるだろうこれからを思えば、この時だけが至福の時間だ・・・!

 

 

 

「ごちそうさまでした・・・えっと、次は確か和葉と亜希羽が町の案内をしてくれるんだったな。10時までは・・・まだ一時間半はあるな。」

 

後に控えている予定を思い出し、一度時計で時間を確認する。

本当ならこの後、目をつけておいた次の修行に使えそうな場所に急行するんだが・・・残念ながら今日は姉二人と五車町の散策に行くことになっている。

ぶっちゃけ町の構造や施設なんて既に全て把握しているし、二人には悪いが俺には久々の家族サービスを楽しむ精神的な余裕も割とない。が、そんなこと知る由もない二人に同行を拒否するようなことをしたらそれはそれで明らかに不自然すぎるし、今日一日くらいは我慢して行くしかない。

とりあえず使った食器を手早く洗って乾燥機にかけ、食後の歯磨きを行い、十分に水分補給をした後再びマスクを装着する。

そして、体に日焼け止めを塗りこみ、更に今日は日差しがきついため、倉庫からシンプルな日除け傘を一本取り出して玄関に立てかけたら、パソコンと報告書のデータが入ったUSBを取り出し、待ち合わせの時間まで昨日の報告書をまた閲覧して武装に対する理解を深めることにする。

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

---ピーンポーン! ピーンポーン!

 

「ぬ、来たか。」

 

玄関のチャイムが鳴る音で、パソコンに集中していた状態から現実へと引き戻される。

 

「はーい!今出ますよー!」

 

また大声で呼び出し食らうような真似は避けたかったため、直ぐに玄関に声かけをしておいてパソコンをスリープモードにしてから収納する。

同時に用意しておいたアクトゥン・ベイビーのディスクを装備してマスクを透明にし、鏡を見て不自然に見えないことを確認してから日傘を手に持って玄関を開ける。

 

「{ガチャッ}お待たせ。二人ともおはよう。」

「おはよ!」

「おはよう。とはいえ、もうあと2時間で昼になるけどね。」

 

外に出ると、鍔の広い白い帽子、薄地の白のワンピース、薄青色の膝まであるスカートを身に着けた和葉と、鍔の広い麦わら帽子に白い半袖のシャツと何かの花をあしらった黒いアロハシャツ、ハーフパンツを身に着けた亜希羽が立っていた。

二人とも気温と気候の所為か、所々服がほんのり汗で透けているように見える。

 

「こまけえこたぁいいんだよ。それより二人とも、今日はよろしく。」

「ああ、いろいろと紹介するからしっかり覚えるんだぞ?」

「途中でおいしい駄菓子屋さんもあるから、そこでいろいろ奢ってあげるわよ♪・・・・・・ところでさ、日傘って予備のあったりする?ほら、今日って陽射しが結構きついし?このままだとお姉さんの玉のお肌がこんがり焼けちゃうなぁ~~、なんて・・・」

「わりぃが用意はこれ一本だけだ。大きさ的に一緒に入るのも無理だし、今度学校に行って準備してもらえよ。」

 

因みにこれは意地悪とかではなく、マジで自分用の一本しか用意がないだけだ。まあ基本的に日傘なんてオシャレ目的じゃなきゃそう何本も持っておくものじゃないし。

 

「うぐぐ・・・弟のくせになんて冷たい奴・・・」

「色々と忙しかったから用意なんてこれくらいしかなかったんだよ。二人とも一応日焼け止めは塗ってあるんだろ?帽子で陽射しだってカバーできてるみたいだし、それでいいじゃあねえか。」

「むむむ・・・・・この、この!」

「おい、こらやめろ!暑苦し・・・アツゥイ!!」

 

反論に困ったのかヘッドロックを極めてくる亜希羽の腕をタップしながら外そうと抵抗する。

ただでさえ気温が高いってのにこいつは・・・和葉も笑ってないで止めてほしいんだが。

 

「{パンパンッ}さあ二人とも、あんまりここで騒いでいても迷惑だろうし、早く外に行くぞ?」

「はぁ~い。」

「あいよ。」

 

手拍子しながらそう呼びかける和葉に、ふざけるのをやめて二人でついていく。

 

 

 

 

 

「ここは秋山さんの家よ。昔から優秀な対魔忍を輩出してる家柄で、同時に対魔忍に古くから伝わる『逸刀流』っていう剣術を教えてるのよ。」

 

まず連れてこられたのは、かなり広い敷地を持つ武家屋敷のような家だった。

表札には【秋山】と書かれており、敷地の奥からは男女両方の気合の入った掛け声が定期的に聞こえてくる。

 

「でかい家だな、奥のは道場か?」

「ああ。私もここに来た時から、友達に勧められてここで剣術を学んでいるんだ。」

「ほぉ~ん。」

「聞いた話じゃそろそろ免き・・・モゴモゴモゴッ!」

「亜希羽?」

 

なんか言いかけた亜希羽を、和葉がどこか寒気を感じさせる微笑みとともに口を押さえて黙らせる。

大体何言いかけたか見当はつくが、ここは言わぬが花ってヤツだろう。後どうでもいいけど、人の家の前なんだから程々にしとけよ?

 

「ん゛ん゛!!・・・泰寛、お前もよかったらここで体術を学んでみないか?ここは多くの対魔忍が自らを高めるべく門戸を叩いていて、現場で活躍している先輩方にも個々の流派を習得している人は多いぞ。」

「ん~~~~、まあとりあえず学校の授業で基礎を固めてから改めて決めてもいい?」

 

いつになく力の入った姉の勧誘に、曖昧な返事で返す。

というのも、近接戦闘も普段から訓練はしているが、この業界の住人はただでさえダンジョン世界の吸血鬼や究極生命体連中レベルの身体能力をデフォルトで持ち合わせている奴ばっかりな上に、下級魔族でもスタンド能力並に非常識的な手札を幾つも握っているような連中がいたりする。

俺自身、剣術に関してはダンジョン徘徊時代に身についた斬り覚えの喧嘩殺法で定着してしまっているし、それよりも、そういったやつらに対応できるように、もっと一方的に始末できるような手段の確保に注力したいというのが本音だ。

昨日渡されたドライバーやメモリも、まだ試運転すらしていない状態だから、あれもさっさと使い慣らして扱いをものにしておかなくちゃならないし。

 

「そうか・・・・まあ確かに、お前はまだここに来たばかりだ。まだ基礎的な部分も身についていない状態だし、お前自身の忍法との兼ね合いもある。まずは土台となる部分を整えてから自分に合った戦法を探すのが先決か。」

 

俺の言い分に納得しているようで、ちょっとしょんぼりした様子の和葉。

 

「そうそう、まずは基礎固めだよ。将来的にはどうするかはわからないけど、とりあえず学校に入るまでにもらった教科書で予習したり、体力作りに専念しておくよ、俺は。」

「そうか・・・・・わかった。その気があったらいつでも声をかけてくれ。」

「うん。他にも頼みたいこととか、わからないこととかあったら俺の方から二人に声かけに行くよ。」

「オッケー!まあいつでもってわけにはいかないけど出来るだけ時間を開けておけるようにするわね。」

「ありがとう。」

 

・・・・・よし、これで俺が夏休み中は俺が自己鍛錬に集中すると二人には伝わっただろう。何かあれば俺から声をかけると宣言したし、少なくとも夏休み中に俺に声がかかる頻度は多少減るはず。

 

「どうする?一応中も見ておく?あんたの同年代もここで修行してるだろうし、入学前に顔見知りの一人や二人いた方がやりやすいんじゃない?」

「・・・いや、やめとくよ。皆一生懸命やってるみたいだし、態々中断してもらうのも悪いからな。」

「そう?じゃあそろそろ次のとこにも行こっか。」

 

亜希羽の言葉に応じ、次の場所を目指してまた三人で歩いていく。

 

 

「あれが御車神社よ。初詣や夏のお祭りの時とかは皆ここに集まっていろんな行事をするの。」

「五車町が出来るよりもずっと昔からある歴史ある神社で、祭神ははっきりしていないが忍達の信仰対象になっているらしい。“ごしゃ”とも読めることから町の由来になっているともされている。」

「ほぉー・・・あ、オオクワガタ。」

 

主に町の名所を見て回ったり・・・

 

 

「町を囲っている森や山には、先生が手懐けている忍蛇や忍熊などの動物が徘徊しているんだ。」

「毎年何人か、調子に乗って山奥に入っていった学生が大怪我負って見つかったり、時には行方不明になったりすることもあるから。あんたも気をつけなさいよ。」

「おk。というか対魔忍も襲われるのかよ。」

 

この地域で注意することを教えてもらったり・・・

 

 

「あ!亜希羽ちゃんじゃん!やっほ!和葉先輩もこんにちわ!」

「紅羽ちゃん!」

「こんにちわ、蘇我さん。こんな暑い中散歩?」

「あはは、実はちょっと学校に用事があって・・・ところでそっちのちびっこは?ひょっとして前に言ってた弟君?」

「うん、昨日からこっちに引っ越してきた泰寛よ。」

「梶原泰寛です、よろしくお願いします。」

「お、礼儀正しくていい子だねぇ~。私は蘇我 紅羽。亜希羽ちゃんのクラスメイトなんだ、よろしくね!」

 

時には姉のクラスメイトと遭遇し、世間話に花を咲かせたり・・・

 

 

「ここは稲毛屋だな。よく学生達の憩いの場となっていて、帰宅途中に寄り道して買い食いやおしゃべりに興じる者も多いんだ。」

「ここはソフトアイスクリームと白玉あんみつがとってもおいしいのよ!あんまりおいしくて、ここでついお小遣いを使い切っちゃう子もいるくらいなんだから。」

「なるほど。(ここのばあさんは確か房術でかなりの地位を築き上げた対魔忍だったからな。こっそりマスクを外しとかないとうっかりばれたらまずい。)」

「今日は私が奢ってあげるわ。ごめんくださーい!おばちゃん、アイスクリーム3つお願ーい!」

 

軽く昼食をとった後、駄菓子屋で三人仲良くデザートを満喫したりした。

因みにソフトクリームは二人が言う通りマジでうまかった。

あんなに濃厚で深い味わいなのに、後味は凄くあっさりしていて、気が付いたらいくらでも注文してそうだ。

食べてる途中、姉の知り合いも含めて何人もの学生や、俺と同年代と思わしき子供が駄菓子目当てに訪ねていたことからも人気の高さがよくわかる。

・・・・・・ばあさんのどことなくこちらを品定めしているような視線は少々戴けなかったけどな。やっぱり事前にマスクを外しておいて正解だったと思う。

 

 

 

 

 

「ふう、大分周ったな。」

「そうねーー、気が付いたらもうこんな時間だし、そろそろ夕飯の支度もしないと。」

 

駄菓子屋の後も、色々と楽しみながら続いていた散歩。

気が付けば日が傾いており、薄くオレンジ色に染まった夕空を眺めながら俺と亜希羽が呟く。

こうして歩いていると、ただ対魔忍の本拠地として捉えて情報を集めていただけの時とはまた違う印象を受けるな。

人も魔も問わず混在する都会は、昼であろうと夜であろうと気の置けないことの方が多かったが、ここは田舎独特の風景や豊かな自然に恵まれている環境のおかげか、脳筋が玉に瑕とはいえ戦闘能力だけは傑出した対魔忍の本拠地だからだろうか、普段のピリピリと張りつめた精神状態がいつもよりは幾分か落ち着いている気がする。

なにより、姉二人が今のところうまく生活できていることが改めて実感できたのもよかったところだ。偶に様子を見に来てはいたけど、それは鏡の世界から眺めたりするだけで、こうして直に会って色々話しながら過ごす機会はなかなかないし。

・・・出来ればこういうことは、こんなクソみたいな事情抜きで気楽にやりたかったなぁ・・・

 

「泰寛は今晩はどうする?もしよければ私の部屋で三人で食べるか?」

「ん~~~~~~~・・・せっかくだけどやめとく。飯の後、残りの荷物の整理もしておきたいし。また今度お願いしてもいいかな?」

「わかった。あまり遅くならないようにな。」

「あいよ。」

「何なら後片付け手伝ってあげようか?」

「やめい、男のプライベートは女が考えてるより意外とデリケートなんだよ・・・・・・・じゃあな、二人とも。また明日。」

「ああ、また明日。」

 

そう言って、俺は学生寮前で二人と別れ、途中で何人かの同年代の対魔忍候補達とすれ違いながら自分の部屋に戻る。

時計を見てみれば、時刻は5時を既に回っている。とりあえず長時間の散策のせいでまたしても汗で濡れた服を脱ぎ、エアコンをつけて湯船にお湯を張りながらシャワーを浴びる。全身をしっかり洗い終えたら20分ほど湯につかり、程良く温まったところで風呂から上がり、水気を拭き取った後パンツだけ履いてリビングの椅子に座り寛ぐ。

 

「ふぅ・・・疲れた・・・」

(・・・ああ、そうそう。ドライバーとメモリの実験データもとって送らないといけないんだったな・・・明日、3番の実験場を使うか。予定が空いてるか研究所本部に確認をとらねえと。)

倉庫からPCを引っ張り出し、システムを立ち上げて無線LANの設定をする。

その後、専用のメールアプリで明日の5時から実験場を2時間程度使っても大丈夫かの確認メールを打ち込み、送信する。

後は向こうからの返信を待つだけだ。

 

「夕飯は・・・カツ丼でいいか。」

 

クーラーの風にあたって少しだけ涼んでからキッチンに行き、保存しておいたとんかつと炊き立て玄米、甘辛風味の特性だし醤油、刻みネギ、スライスた玉葱、カイワレ大根、それと生卵を二つ取り出し、キッチンで簡単に卵とじしたカツ丼を作る。

そして、別に保存していた豆腐、玉ねぎ、大根、ネギで作った味噌汁と千枚漬けの残りを器に盛り、報告書用のUSBメモリをパソコンのコネクターに挿してドライバーに関する記述を再度確認しつつゆっくり食べていく。

 

「・・・・・・・・・まあ、今日は悪くなかったな。なんというかこう、久々に真面に休んだ気がする。」

 

食事が終わり、爪楊枝で歯の掃除をしながら、ふと、今日一日を振り返る。

・・・・・この世界の事情を知ってから、基本的に毎日のトレーニングと、ドライバーとかの装備開発のために奔走してばっかりだったからな。

祝い事とか、家族や学校の行事とか、その時の人付き合い中でも気が付くと何かしらの呼び出しが掛かったりするし、偶に気を抜いて楽しむこと優先で過ごそうかと思えば、今回みたいなどこぞの馬鹿共の襲撃のせいでこのザマだし・・・・・嗚呼、前世で適当にフリーターやってた頃が懐かしい。

マジであの頃はすごく楽だったのに・・・・・・・・よし、改めて決意が固まったわ。絶対に平穏無事にここから抜け出す。

 

---ピロリンッ♪

 

「お、返信が返ってきた。どれどれ・・・OKか。」

 

それじゃあ今日は早めに寝ておくか。

 


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