東方片道切符 遭難登山者ラスボス撃破チャート   作:ほよ

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◾︎白狼天狗のお気に入り

 

 ある時、ふらりと山に現れた男。

 名を、鈴木というらしい。

 近頃の私は不真面目天狗にあるまじき真面目さで、その男の監視を続けているのだった。

 

 鈴木は人間であるにも関わらず、私のような妖怪を恐れない変わった男だった。

 弱っていた私を看病して何か勘違いしているのかとも思ったが、快復した私が飛び去る姿を見ても何ら反応がなかったところからして、侮っているわけではない。

 しばらくの間、離れた場所から彼の生活を覗き見ていたが、その他の妖怪に対して警戒心が無い風でもない。

 むしろ、手本通りと言ってもいいくらいには警戒心が強い。妖怪の山での動きに慣れた姿は、まるで野生のようだ。

 

 鈴木は山小屋を拠点に自給自足生活を送る、素朴な暮らしを送っていた。

 朝起きて、水場を目指し、その途中で食料や燃料を集める。

 その日その日に必要な分だけ集め、使う。まるで大昔の人間のように、ゆるやかな暮らしぶり。近頃の先端技術にかまけた河童にも見せてやりたいほどの、自然に即したものである。

 私は鈴木の来歴を知らないが、なるほど確かに、あのような暮らしを好む者は人里には向かないかもしれん。理由があって、あの山小屋に暮らしているのだろう。

 

 だが、不憫だった。

 奴のような優しい男が、日がな採取に明け暮れる生活のために人生を費やすなど。

 不器用な性格と言ってしまえばそれまでだが、鈴木は私にとっての恩人だ。

 このまま冬を目前に飢えて死ぬような暮らしをさせておくのは……そんな姿を見るのは、嫌だった。

 

 

 

「三ツ葉、最近真面目になったわね」

 

 笑みを噛み締めながら近づいてきたのは、烏天狗の女だった。

 どこにでもいるような、一山いくらの烏天狗。歳は私よりも若く、今こうして突っかかってくるところから、まだまだ青い。

 だが、役職の上では私よりも高い女だった。

 

「私はもとより真面目ですが」

「哨戒してるフリをするのに、釣竿は必要ないでしょ。最近はしてないみたいだけど」

 

 ふむ、バレていたか。さすがは烏天狗。

 

「いつも屯してる沢にいないようだけど、何をしてるわけ?」

「私が仕事をこなしているのが気に障りますか」

「そうとは言ってない」

 

 この烏天狗の女は、ことあるごとに私に突っかかってくる。

 名前は知らない。射命丸の下で働いていたことがあると自慢していたのは覚えている。

 なんでも足の速さに自信があるようなのだが、以前に速さ競べをした際に私に負けたことを根に持っているのだそうな。そちらは覚えていない。

 

「あなたの哨戒区域に、何かあるのかしら」

「……」

「新しい遊びでも見つけた?」

「……ひとつ、聞いてもよろしいですか」

「ええ、どうぞ? 露骨に逸らしたわね?」

 

 ああ、私はあまり嘘が得意ではない。だからお前の質問は困るのだ。

 だから異なる真実で覆い隠すしかない。

 

「貴女の名前を忘れてしまった。教えていただけますか」

「……!」

 

 女に怒鳴られたのは言うまでもない。

 奴は叫ぶように己の名を主張したが、かえってそれは聞き取りずらかった。結局覚えられなかった。

 

 散々な目にあったが、まぁ、ほどほどに尋問からは逃れられた。

 だがそれから女は憤慨に任せて飛び去っていった。私が最近目をつけたものを見つけ出してやろうと、躍起になったのかもしれない。

 

 ……まずいことになった。

 鈴木が、天狗たちに見つからなければいいのだが。

 私を目の敵にしている奴のことだ。鈴木を見つけ、あいつと私の関連性を見出したならば、きっと嫌がらせのために……惨いことをするだろう。

 私の不始末のために鈴木が傷付くなど、私には許容できない。あまりにも彼が不憫だ。

 

 どうにかしなければならないか。

 けど、どうやって? 

 

「……鈴木を守ってやらなくては」

 

 山の妖怪が、人を守る。

 この簡単な矛盾はさすがの私もわかってはいたが、長らく枯れ果てていたはずの母性が蘇った今では、些細なことである。

 

 

 

 私は鈴木に稽古をつけることにした。

 見た限り、奴の戦闘能力は低い。特に杖の扱いなど酷いものだった。

 突きよりも蹴りの方が優れている様を見るのは、同じ杖持ちとしては許せなかった。

 鈴木は私の提案に少し迷ったようだったが、快諾した。奴も自身の不足をわかっているのだろう。

 妖怪の山は、人里とは違う。凶悪な妖怪は物騒だし、人間に情けをかけることはない。

 鈴木には、力を与えなくてはならん。少なくとも、山の烏天狗から逃れられるだけの力を……。

 

 模擬戦をしてみると、意外と言うべきか、鈴木の才覚を目の当たりにできた。

 私に手傷を負わせた猿妖怪を倒したであろう男だ。只者ではないと思っていたが、こうして正面から打ち合ってみるとはっきりわかる。

 

 こいつは強い。いや、強くなる。

 今は弱い。技もない。力も、速さも、足りないものばかりだ。

 しかし鈴木は今己にあるものをいっぱいに利用して、私に食らいついている。

 今その時にこなせる最善を、彼は示したのだと思う。

 最終的に鈴木はボロボロになったが、まさかここまで食らいつくとは思わなかった。

 

 驚きだ。そして……なにより、楽しみだ。

 こいつは、育ててやればどれほどの男になるのだろう? 

 どれだけ巧く、逞しく……強くなるのだろう? 

 

 あるいはいずれ、この私を圧倒し、組み伏せる日がくるのだろうか? 

 

 

「さすがは私が見込んだ男……ますます気に入った」

 

 

 見てみたい。お前の強くなった姿を。

 人間が妖怪を超え、妖怪を倒す姿を。

 

 長らく退屈な生だったが……気が向いてきた。

 

 鈴木。しばらく私のわがままに、つきあっておくれ。

 

 

 

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