椛はげんなりした。
「どうした?」
「いや……」
顔には出さないが、げんなりした。
目の前にいる同僚が、見慣れないかんざしをつけていたので。それも上機嫌で。
「三ツ葉……そのシロツメクサのかんざしは?」
「ああ、これか……どうかな。久々につけたものだから、やり方が間違っていないかどうか」
「んーいや、合ってると思うけど……」
そうではなく、誰に貰ったのかを聞きたかったのだが。
しかし答えを聞いたところで、予想を裏切るものではあるまい。椛は深く追求することもなかった。
「近頃は定例会が多いな」
「ええ、確かに。長引かないと良いけど」
「大天狗様にそれとなく伝えてみようか」
「やめなさいよ」
これから始まるのは、天狗たちの集会である。
集会そのものは定例会だの会議だの呼ばれているが、毎回行われるものでもなかった。
何かあれば決まった日に実施される、非常に緩いものである。
やらない時は一月も空くことがあるこの集いだが、最近では週か十日に一度か、その程度の周期で必ず行われていた。
「また見知らぬ妖怪が増えている。外からきたのか、内より出でたのか」
「狂暴化されては諭しようもない。厄介だぞ」
「また巫女に荒らされるのでは……」
「退治屋が力をつけてきたそうじゃないか。息巻いて山に攻め入るのでは」
「縄張りを侵されているのは人里も同じ、ということだわな」
話の中心は、少し前から数を増やし始めた凶暴な妖怪についてだ。
妖怪の山にはさまざまな妖怪が暮らしているが、ある程度の秩序は保たれていた。それが最近、理性のない低級妖怪の頻出によってそれなりに脅かされているのだという。
会議には多くの天狗が集まるが、話すのは主に大天狗達など高位の天狗だ。
その他の天狗、特に白狼天狗などは下っ端なので、雰囲気的な発言権はない。壁際で神妙な顔をし、何か聞かれたら神妙に答える。あるとすれば、それが彼ら彼女らの仕事だった。
要は、暇なのである。
「椛」
「……ん? 小声でお願いね。何? 三ツ葉」
「椛が買いに行った団子屋は、なんという名前だったかな」
なんだって今ここでそんな世間話をするのか。
根が真面目な椛は頭が痛かった。
「……竹串屋。覚えといてよ」
「ああ、ありがとう」
「それと、今はあんまり話しかけないで。失礼なんだから」
「む、すまない」
天狗の会議は、形だけのもの。決定権もある会だが、ほぼそのような格好だった。
元々が保守的な種族であるためだろう。彼らは大きな変化を好まず、既定路線を保持することを好んでいた。というより、その方が楽だった。
一部の天狗には新たな風を好む向きもあるが、大勢としては保守が大多数である。
「とはいえ、これまで通りというわけにもいくまい」
「哨戒を増やすか。今の里には、油断ならぬ者がいるとも聞く」
「馬鹿馬鹿しい! ……だが、理性のない妖怪を鎮めるには手っ取り早いやり方だ」
保守。しかし、頭が硬すぎるわけでもない。
己の身を守ることに関して、天狗達は決して遅れを取るような真似をしない。
彼らは鼻が高いだけでなく、目端がきく。妖怪の山の最大勢力に繰り上がったのも、そんな理由と無関係ではない。
やがて話の流れは警備の増量、哨戒範囲の拡大に及んだ。
もはやこの流れで決するだろう。
「……どうするの、三ツ葉」
「ん」
真面目な顔で会議を眺めたまま、椛が訊ねる。
三ツ葉は小さく頷くと、沈黙した。
「……三ツ葉?」
「ん。すまない、なんの話だ?」
「は? 会議の話が……」
「いや。すまない。会議は聞いていなかった」
「……」
何故自分だけがこの頭の緩んだ白狼天狗のお気に入りであるらしい人間の心配をしなくてはならないのだ?
椛は内心でキレ散らかした。が、顔には出さない。
「……哨戒範囲、変わるそうよ」
「……困ったな」
「三ツ葉、あなたはもっと危機感を持った方が良いよ」
「うむ……」
言われてようやく悩み始める。真面目な椛にとって、三ツ葉は話しているだけで疲れる手合いだ。
「それと、間欠泉だったか。そこで人がなんぞ企んでいるという話だが」
「今は捨て置け。それより、土砂崩れのあった場所の整備を」
「河童どもがゴミを増やしている。あまりにも……」
議論は進む。大天狗は好き勝手に喋る。書記だけは大仕事である。好きでなくてはとても務まらない役職だ。走る筆にも淀みはない。
「あれ……」
「む、いかがした。書き損じたか?」
「いえ、ちょいと昔のに、描き覚えのない議題が」
「なに?」
「どれどれ」
大天狗達は立ち上がり、帳簿の指差された場所を見た。
そこにはこう書かれていた。
“散らばったカードについて”。
「……? カードとは?」
「スペルカードルールのことであろうが」
「議論した覚えはないな。消しておくが良い」
「はい」
こうして、それは誰の意識からもひっそりと姿を消してゆく。
幻想郷に散らばるカード。
それらの多くは未だ、この幻想郷の各地で眠りについていた。