東方片道切符 遭難登山者ラスボス撃破チャート   作:ほよ

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初登校


◾︎貴公子との邂逅

 

 一瞬の攻防であった。

 灰色の影がその場に居合わせた多くの者の虚を突いて飛び出したかと思えば、乾いた音が一度鳴って、その後には既に一人の男が床に倒れ伏していたのである。

 

「勝負あり!」

 

 師範代の老人が声を張り、その勝負とも言えない勝負に幕を引いた。

 彼を含め何人かの退治人は一連の全てを見ていたので、勝敗は明らかだった。

 

 まずは杖によって相手の木刀を跳ね上げた。得物を強く握る間も与えずに武装を解除、その後に杖が二発打ち込まれ、決着と相成ったのである。

 

「なんだ今のは!」

「卑怯ではないか!」

 

 見えなかった者らの中には、今しがた行われた奇襲に不満を持っている若者が多くいた。

 確かに初撃は虚を突いていただろう。

 

「たわけ! 八助は位置について始めると言った。この男はそれに従い動いたに過ぎん。八助は気の緩みを突かれて負けたのだ。それがわからなかったか!?」

 

 騒ぎ立てていた一同が押し黙る。

 床に倒れていた八助はバツの悪そうな顔で起き上がり、痛む身体を押さえていた。

 

「お前らは妖怪相手に正々堂々の一騎打ちを申し込むために退治屋になったのか? 奴らは今よりずっと狡猾に仕掛けてくるぞ? ……腑抜けた態度を改めよ!」

 

 叱責する師範代と、口を噤む弟子たち。

 その光景を尻目に、一人の若者は小さく笑っていた。

 

「まあまあ、師範代。それくらいにしてやってください。常在戦場の心構えも、三日三晩と続くわけではありません。皆も近頃の退治続きで気が緩んでいたのでしょう」

 

 若者の擁護に、師範代は困ったように眉を歪めた。

 

「……御剣よ。お前の実力はよくわかっているがな。お前はちと、皆に甘すぎるぞ」

「ははは、よく言われます」

「褒めておらん」

「まあ、とにかくです」

 

 御剣が男の前に立つ。

 山伏の杖に、古びた着物。屈強な肉体に厳しい目つき。

 だが御剣は、そんな彼に物怖じしない。

 

「彼の実力は証明された。師範代に言わせれば気構えも充分。なら、もう決まりじゃないか?」

「……御剣、こいつを気に入ったのか」

「ええ、まあ」

 

 刃のように切れ長の目が、仏頂面を観察する。

 

「君、名前は?」

「……鈴木だ」

「鈴木、会えて嬉しいよ。俺の名は御剣だ。今日から同じ退治屋の同志として、よろしく頼むぜ」

 

 

 

 退治屋に所属する御剣は、近頃めざましい活躍を見せる若手の美男子だ。

 町の女の視線を寄せ集める優れた容姿、どこか超然とした髪色に、神秘的な瞳。一度見かけたら忘れようもない男のはずだったが、里の人間は誰も彼のことを知らなかった。

 御剣はある日、ふらりと退治屋の詰所にやってきては、腕試しにと立ちふさがった大男の三人を軽く床に沈め、とんとん拍子に組織に入り込んだ。

 

 彼の優れた戦闘技能、とりわけ刀を用いた絶技は師範代すら圧倒するもので、退治屋の事実上の頂点に立つのに時間はかからなかった。

 彼の活躍は魅力的な容姿も相まって、すぐさま里の有名人となる。

 人を守る職務につく、若き美男子。噂にならないはずもない。

 御剣が里を歩けばほぼ常に黄色い声がそこらじゅうで降りかかってくるが、彼はそれに鼻の下を伸ばすことも、誰かになびくことも無かった。町一番と名高い美人に言い寄られても困った顔をしてなだめるように断るばかり。

 彼が笑顔で手を振る女といえば、10にもならないくらいの、色恋も知らない小さな童の声援くらいだという。

 そんないやらしさのない清廉さもまた、御剣の人気に拍車をかけていた。

 

 完璧超人と言って差し支えないこの男に女の影が多ければ妬み嫉みもあっただろうが、圧倒的な強さに人当たりの良い御剣を嫌う者は退治屋にはいなかった。

 彼はここへやってきて一月もすることなく人心を掴み、既に中心的な人物へと上り詰めていたのである。

 

 

 

「なんとなく、見ればわかるんだ。いや、“あいつ”は俺たちにそんな機能はつけなかったから、これは俺の勘なんだけどな?」

 

 御剣は道場の壁に背を預けながら、隣で仁王立ちする鈴木に語りかける。

 他の者は稽古に励み、二人はそれを眺めている格好だ。

 騒がしい稽古の中で、二人の会話は誰に聞かれることもない。

 

「お前……尖兵だろ?」

 

 御剣の笑みと、鈴木の無表情が交錯する。

 

「そうだ」

 

 鈴木は10f以上の間髪を入れずに答えた。

 

 


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