東方片道切符 遭難登山者ラスボス撃破チャート   作:ほよ

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◾︎立ち止まらない天狗

 

 濱千代は山に迷い込んできた人間を撃退し、見事に追い払った。

 上に回した報告にはそのように書き記しておいた。

 

 濱千代の上役らしい射命丸 文は報告を受け取ると、定型的に軽く私を労っただけで、それ以上の追及はなかった。

 日頃の報告などそんなものである。大事なければことも無し。

 だが、いつもは手柄に小うるさい濱千代が自分から顔を出さなかった辺りに勘付かれることはあるやもしれん。そこまでいくと私にはどうしようもないことだ。

 

 私は別段、この報告が危険なものとは思っていない。

 バレたところで、濱千代が人間にやられたと思われたくなくて報告の中で強がったことが露見する程度だ。天狗はそのくらいの真実で満足するだろう。そんな意味では、濱千代の道化ぶりには感謝しなくてはならないかもしれん。

 

「三ツ葉、あんた私に対して失礼なこと考えているんじゃないでしょうね」

「いいえ特には」

「いだっ……!? ちょ、ちょっともっと優しく塗りなさいよ!」

 

 濱千代はしばらくの間、療養を続けている。

 鈴木にこっぴどくやられた際の傷が、特に霊力を帯びた火傷がしぶとく残っていたのだ。

 天狗も頑丈とはいえ、退魔の炎をまともに受ければ話は変わってくる。完治はもう少し時を要するだろう。

 

 私は鈴木との別れの後、あの事件の内々の事情を詳しく知る者として、彼女の看病をすることになった。

 濱千代は私を疎ましく思っているだろうし不本意なのだろうが、わざわざ他の連中にまで今の怪我を知られたくはあるまい。私も鈴木を育てたことをひた隠しにしている手前、一握か一つまみくらいの罪悪感はある。

 数日間真面目に見回りと看病をしているのには、そんな理由もあった。

 

「……なんであんたは、私を助けたのよ」

 

 ふと、濱千代が変な言葉を発した。

 何故助けたのかと言ったのか。

 驚いた。この高慢ちきな鴉天狗からそのような遜った物言いが飛び出してくるとは。

 鴉天狗が低く飛んだということは、今日の天気は嵐にでもなるのか。

 

「人間の退治屋ごときにやられるような情けない天狗、放っておけばよかったじゃないの」

「……ふむ」

 

 これはどうやら、本格的に病の類らしい。濱千代にあるまじき姿だ。

 さすがは鈴木。濱千代の毒気を一切討ち祓ってみせたか。

 

 ……そんな戯言はさておき。

 これはこれで、さすがの私も気色が悪いというものだ。

 

「同族が襲われているのを見て、助け出すのは当然のこと。同胞を守るのは生物として当たり前。我々白狼天狗の役目としてもです」

「……鴉天狗のくせに弱い奴だと、笑えばいいわ」

「不覚や不意を突かれることなど、闘いの中では珍しくもありません。それに、あの時は一合だけ打ち合っただけですが、相手はかなりの力を持つ人間でした。あれに押し込まれることを恥じ入ることもないでしょう」

「……えらく私の肩を持つじゃない」

 

 どちらかといえば鈴木の腕前を褒めたのだが。

 別段濱千代を褒めたわけではない。

 

「まあ……それに。私も、深く傷付いた時に助けられた経験がありますから。その時の感謝の念を思えば、いけすかない上司といえど、見捨てることはできません」

「今いけすかないって言った?」

「傷付いたところを甲斐甲斐しく助けられたからといって、私に惚れるのはよしてくださいね。気持ち悪いので」

「死ねっ!」

「おっと」

 

 元気よく投げられた枕を、すんでのところでひょいと避ける。

 うむ、この様子ならば全快もそう遠いことではないだろう。

 

 

 

 さて、鈴木は山を去っていった。

 そのことはもちろん、事情を知る椛にも伝えてある。

 濱千代がやられたことについては、彼女の名誉をいくらか考慮し、ぼかしてあるが。

 

「山もこの厳戒態勢だからね。あの人間も、わざわざ戻ろうとはしないんじゃないかな」

「椛もそう思うか」

「ええ。今頃人里にでもいるんでしょう。鈴木だっけ。彼にとってもその方が幸せだよ」

 

 ……そうだな。人間ならば、人間の里にいることこそが一番の幸せだ。

 己にあった土を踏むのが何よりだろう。

 

「……まぁ、その、ね。けど彼も、相当修行を積んでいるんでしょ。ならまたどこかで会うことだってあるんじゃない? 別に三ツ葉が嫌われたわけではないんでしょ」

「……」

 

 嫌われ……うむ、そうだな。

 あの時は、別れた時は敵対していたかもしれないが、あれは成り行きでそうなっただけのこと。私も不本意だったし、鈴木もそう思って退いていったと思う。……いや、これは私の願望だ。やめておこう。

 

 けど、私は少なくとも鈴木を嫌ってなどいない。

 同族をやられたことについて思うところはあるが、それだけだ。

 ……それだけのことでしかないんだ。

 

「椛。鈴木は戻ってこないのかな」

「私にはわからないって。そんなに会いたいなら、三ツ葉の方から会いにいけばいいじゃない……」

 

 私から……? 

 

「その手があったか」

「あ」

「どうした椛。何かを踏み抜いたような顔をして」

「いやなんでも……」

「うむ。では少し、山を後にするよ。人里へ行ってくる」

 

 なぜこんな簡単なことに気付かなかったのか。

 鈴木が来なければ会いにいけば良いのだ。実に明朗ではないか。

 

「ああもう……ちょっとちょっと、三ツ葉。勝手に持ち場を捨てて動くのは良くないでしょう」

「……確かに。どうしよう」

「山を離れるにも理由がいるわ。人里の様子を偵察にいくなり、人を追うなり、とにかく適当な理由をつけないとダメだって」

 

 なるほど、言い訳か。言い訳は必要だ。

 

「ありがとう、椛。椛のおかげで私は、とても助けられているよ」

「……そうですか。そりゃ良かったですよ。まあ、無茶はしないでね。人間相手とはいえ、私たちは天狗。人間と仲良しってわけでもないんだから」

 

 わかっている。人と天狗はそのようなものだ。

 でも、だからこそ惹かれるのだよ。口に出しはしないがね。

 

 

 

「それでは濱千代、私はしばらく人里に行ってきます。目的は偵察です」

「……前後がわからないんだけど」

「傷もおおよそ治ったでしょう。その万年床を片付けて、今日から見回りを再開してください。ついでに私のいた地域の警邏もお願いします」

「あの、ちょっとね。あなたね」

「報告はしたので、そのように取り計らっていただきたい。お土産は草団子でもお持ちしますので、楽しみに待っていてください。それでは」

「ちょっと三ツ葉ぁー!」

 

 こうして上司に話を通した私は、正式に人里へと赴くことになった。

 表向きの目的は人里の偵察。裏の目的は……鈴木との再会だ。

 

「久しぶりだな、人里……」

 

 私は人ならざる耳を隠す笠を深く被り、朝霧の漂う斜面を駆け下りて行くのであった。

 

 

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