♣︎ ♣︎ ♣︎ 博麗 霊夢 ♣︎ ♣︎ ♣︎
博麗霊夢個人としては、人里の殺人事件について痛ましく思う。
だけど博麗の巫女としては、人の事件にあまり深入りすべきではないと思う。
私は妖怪退治はするけれど、人が起こした事件まで取り締まりはしない。それは人里で暮らす彼らの領分だからだ。そこを奪ってはならないと、先代や口うるさい連中から酸っぱく言われている。
「だからさぁ霊夢ー、一度調べてくれってばー」
今こうして私に泣きついている魔理沙だってそうだ。
コイツの事件もきっと人によるもの。私は関知致しません。
「いやでも! 調合した材料からキノコに至るまで、ぜーんぶ無くなってるんだぞ!? ベッドもなんか知らない匂いしたし! おにぎりも消えてたし!」
こうも魔理沙がうるさいのには理由がある。
なんでも、彼女の家に空き巣が入ったのだそうだ。
人のものは遠慮なく掻っ攫っていくくせに、いざ自分がやられたら博麗の巫女に泣きつくってどうなのよ?
「あのねえ。別に魔理沙の家からお金や服が無くなってたわけじゃないんでしょ?」
「まぁ……消えたのはそこらへんで取れるものばっかりだったけど」
「そもそも、三日以上ほったらかしにしてたおにぎりなんて食べて貰った方が良いじゃない。その泥棒さんがいなかったら、きっと部屋にカビと虫が湧いてたんじゃないの」
「うっ……そ、そういうこと言うなよぉ」
魔理沙の家に泥棒に入るだなんて変わり者だなーとは思うけど、実害はなかったのだからそれでいいんじゃないかしら。紅魔館の本の虫なんかはむしろお灸が据えられたことにほくそ笑んでそうだわ。
それに、家に鍵をかけずに出て行った魔理沙も悪いのよ。
パチュリーのグリモワールが誰かの手に渡ったり盗まれてたりしたら、さすがのあいつも重すぎる腰を持ち上げてたかもしれない。
泥棒さんが不気味なだけで良かったじゃない。
「ううう〜……でもさぁ……なんか気持ち悪いんだよ〜」
近頃の魔理沙は、ずっとこんな感じである。
はぁ、やれやれ。さっさと元気出して、いつもの調子に戻らないかしら。
♠︎ ♠︎ ♠︎ 十六夜 咲夜 ♠︎ ♠︎ ♠︎
「あら、食器が増えたわね」
お嬢様は手元のスプーンをお行儀悪くいじりながら、そう言った。
ちなみにそのカトラリーは昨日もお出ししている。
「いかがでしょう?」
「うん、悪くない。この葡萄の紋様も気品に満ちている。これはフランスだったかしら……? いい買い物をしたわね、咲夜」
「あら、それはなによりですわ」
ちなみにその紋様は葡萄ではありません。
「レミィ。そのレリーフは葡萄ではなく葵じゃないのかしら」
ああ、パチュリー様。やめてさしあげてください。私は黙っていたのに。
ああ、お嬢様がプルプル震えておられる。
お嬢様、お気を確かに。これは職人の仕事が雑なせいで似通っているのです。お嬢様の見立ては限りなく正解に近いことをこの十六夜 咲夜、確信しておりますよ。
「けど、珍しく物が増えたのはその通りね。ごほっ……失礼。咲夜、どこからこんなものを仕入れているの?」
パチュリー様が手元のカップの裏側を覗き見ながら訊ねてきた。
「以前は私が里へ買い出しにいく片手間で買い集めていましたが、最近では人里の友人が届けにきてくれるのですよ」
「あら咲夜。貴女にも友人ができたのね。おめでとう」
「あらパチュリー様、変わった咳をされますね。よく聞き取れませんでしたわ」
「……ああ、友人ってあいつか。御剣とかいう」
葵をフランス産の葡萄と見間違えた紅い目を今更気障ったらしく細め、お嬢様はクックックッと滑稽に笑った。
「あいつは面白い奴だよ。そういえば、パチェはまだ会ってないんだったね」
「そうね、初耳。人間なの?」
「らしいわ。里の退治屋でね、美鈴と良い勝負ができるそうよ」
「へえ。それって本当に人間なの?」
「たまにそういう化け物じみた人間が現れるから面白いのさ」
そう。御剣さんは恐ろしく腕の立つ人間だ。
美鈴と戦っている姿を何度か見たけれど、あれは凄まじい迫力だった。
かの幻想郷のジャックザリッパーと名高い魂魄 妖夢にも劣らない刀さばきは、武芸に疎い私をして唸らせるほどの高みにあるように見える。
けど、彼の面白いところはそれだけではない。
あまり私や吸血鬼を恐れていないというか、変に肩に力を入れていないのだ。
私に対しても嫌らしい目線は送ってこないし、純粋に私との会話を楽しんでいるところがあって、一緒にいると落ち着く。
博麗の巫女や白黒の魔法使いとも交友はあるけど、彼女たちとはまた違った感覚だ。
そう……趣味と波長の合う友人。そう表現するのが的確なのかもしれない。
前にレミリア様と共に夕食を食べた時などもそうだ。
彼は私と同じくらいレミリア様に対して敬意を払ってくれて、少しだけ嬉しかった。
お嬢様も単純……純粋なので、御剣さんから寄せられる畏敬の念を受けてまんざらでもなかったようだ。
「へえ、咲夜にも春が来たのね。これは異変だわ」
「そんなんじゃありませんよ、パチュリー様」
そう。恋愛感情はない。
ただ、良い感じの友人。それが私と御剣さんとの関係だ。
「……ねえ、咲夜?」
「はい。なんでしょうか、お嬢様」
「葵ってなに?」
「葡萄の一種ですわ」
「ふふん、やはりね」
お嬢様はニヤリと笑った。