「これで終わりだ……」
黒の剣が機体を貫く。
「馬鹿な、俺はここで終わるわけには……」
爆発音に虚しく掻き消され、その声は飲み込まれていった。
『Battle・end winner Kurobara・Reito』システムが静かにバトルの終了を告げる。
歓声が巻き上がる中、一人呆然としていた。
「良いバトルだった、ありがとう」
遠くに消えかけた意識が対戦者の声で戻ってきた。挨拶をするために、互いの健闘を称え合おうと手を差し伸べてきた。
その差し伸べられた手は、傷だらけになった手だった。
思い知る、相手がそれだけこのガンプラバトルに懸けている、その思いが伝わってくる。お互いに握手を交わし、称えあった。
けれど勝利したはずなのに、何も感じられなかった……。
どれだけ戦おうと、何も感じられない。色のない、味気ない世界で戦っている。
だからこそ、相手の本気の思いに答えられているのだろうか……。悶々とする感情が心を支配しているのに、このガンプラバトルは辞めることが出来ずにいた。
リューゲ・フェイカー、このパイロット名でGBNに登録してから、現在デュエルマッチで通算・666戦666勝。
フォース戦に関しては、フォースと呼ばれるチームを組んでいない為、参加しておらず結果は無い。
勝負の中に、感情を、戦いの色を見出せない俺が、最近あるクエストを請け負うことに成った。受付カウンターで何か骨のあるクエストは無いかと探していた時、
「貴方が、リューゲ・フェイカーさんで間違いないですね?」
見知らぬアバターから声を掛けられた。
GBNの世界では、皆がアバターで交流をしている。顔も性別も不明なままに、が、俺は絶対に嫌だ。怖いし、誰だか判らないし。
だから、知らないアバターに声を掛けられる事があっても反応しないようにしてきた。
正直な事を言えば、ただの人見知りです。そのせいでフォースを組めません。
「いや、人違いだ……」
素っ気なく断りをいれて、一刻も早くその場から立ち去ろうとする。
「待ってください、とぼけても無駄です」
その言葉に反応しなければ良かったものを、つい振り返ってしまった。
「私はこのGBNの管理責任者の一人です」
「……」
血の通ってないアバターなのに、冷や汗が噴き出そうになった。俺、何かしたかな?頭の中を最初に過ぎったものがそれだった。
しかし、よく考えてみると俺にはこの世界で知り合いはいない。精々、受付のNPCと話すくらいだし。
「で、なんのようだ……?」
覚悟を決めて聞くことにした。
「単刀直入に言います、貴方に直接依頼を申し込みたいのです」
運営の管理者と名乗るそのアバターは、真っ直ぐこちらを見つめていた。
「何で俺なんだ?俺以外にも他に良い奴は居るはずだが?」
俯きながら、目を合わせることは出来なかった。それでも返事は返せた、コミュ障でよくやった。
「いえ、貴方にやってもらいたいのです。ですので、とりあえず来てもらいます」
言い終わると同時に、別のフィールドに来ていた。
そこは、真っ白な壁に窓一つさえない密室だった。部屋の中央に、小さなテーブルと二人分の椅子が置かれていた。
「まぁ、掛けてください。何か飲み物は?」
「いや、結構……。それより早く依頼についての話をしよう」早く帰りたい。
「そうですか。では、リューゲ・フェイカー。貴方に初心者殺しを、早急に撃退して欲しいのです」
初心者殺し《ビギナーキラー》だと……。正直拍子抜けした、運営からの依頼と聞いて何かと思ったが……。
初心者殺し《ビギナーキラー》、駆除しても駆除してもまた行われる下賤な行為。自分の強さを示すために、弱者を狩る屑共の行為だ。
しかし、なんでそんな連中の事を運営が問題視しているんだ今更。
「質問していいか」
胸に渦巻く感情モヤモヤとした感覚。
「何でしょう」
「初心者狩りがそこまで問題な行為では無い筈だ、GBNっていうのはそういう物だからな。
精々、少ないポイントを得るのと他のプレイヤーから嫌われるだけの行為。時々上位の者が目撃しては撃退しているが、それとはまた別の行為なのか?」
「いえ、合っています。初心者を倒し少量のポイントを稼ぐだけの者です」
「ならなんで?」
「ですが、始めたばかりのプレイヤーを挫折に追い込んでしまう事もあります」
挫折だと、笑わせるなよ。
「だから、何だ。その程度でGBNをやめるなら最初からやるなって話だ」
「しかし、運営側としてはより多くの人にガンプラバトルの楽しさを」
ガンプラバトルだと……。
「これが、ガンプラバトルだと……。ふざけるな、こんな偽物と一緒にするな。
本当のガンプラバトルは、相手のガンプラと自分のガンプラが、実際にぶつかり合い凌ぎを削る。戦いの中でガンプラがボロボロになりながら、大切なガンプラが負けて砕けちることもある。その時は心が砕け散るように苦しい、それでも何回でも作り直して戦うんだ。
それが、俺が、俺たちが戦ってきたガンプラバトルなんだよ。
こんなガンプラをデータで擬似的に再現しただけの紛い物の戦いで、どれだけ傷つこうと簡単にデータとして修復できてしまう。そんなガンプラバトルを一緒にするな」
あれ、俺はなんで……。普段の自分では考えられない行為だった、初対面の相手にここまで反論するなんて。
するとそれを聞いた運営は、
「あなたの気持ちは判りました。ですがこのGBNはあなたのように現実世界で、体が健康で動ける人間だけがやっているんじゃないんですよ!
体の一部が動かない、激しい運動が出来ない、部屋から出ることが出来ない、そんな人たちが自由にアバターを使って現実世界で出来なかったことを体験してもらう。そういう意味も持ち合わせているんですよ。
だから、これはそんな彼らにとっての、本物のガンプラバトルなんですよ」
机を、バンッと叩き、大きく揺れた。
「っく、だとしても俺は認めない。真のガンプラバトルはここじゃ無い」
それだけは譲れない、俺たちが戦っていたのはこんな物じゃない。
「たとえ貴方が、認めなくて多くのGBNプレイヤーが本物と言うでしょ」
しばらくの間お互いに、沈黙が起きた。
「それで話が逸れましたが、初心者殺しについてですが」
運営は静かな顔で話を続けた。
「過去にランキング上位50位から1位の精鋭を集め討伐に向いました。しかし結果は全滅でした」
「待て、何でそんな大事に成るんだよ。それに全滅だと、そんな馬鹿な。ランキング1位までの者ならかなりの実力者じゃないのかよ」
机をバッアンと叩き、前のめりになるもすぐに戻る。
「初心者殺しは、他にも過去に各フォースのフォースネストに、単身で乗り込み次々にその圧倒的な力でフォースネストを壊滅させてきた余罪もあります。
そのため運営側で、初心者殺しを討伐することが決定しました。だから、ランキング上位で討伐隊を組みました。ただの寄せ集めでは無く、指揮官としてチャンピオン、ロンメルに参加してもらい指揮系統を整えて討伐に向いました」
「おいおい、それは可笑しくないか。チャンピオンが居てか、笑わせるな。集団戦闘に長けているロンメルの指揮もあってそれなら、残りのメンバーが使えないって事か」
「そんなことはありません、彼らは勇敢にも立ち向かっていきました。これをご覧下さい、彼らの戦闘の記録です」
「ふん、見てやるよ」
見せられた映像を見て、言葉が出てこなかった。
圧倒的過ぎる……。数の差なんて関係ないほどの力。何なんだ、こいつは。今まで見たことの無い的確な攻撃。
しかも関節を徹底的に潰してくるところが下衆だ。手足を動けない状態にしてから、まるで敵パイロットに刻み付けるかのように何度も何度も、機体を剣で突き刺していく。
再起不能で、もう動けないところに最後に銃を取り出し、頭を一発打ち抜くとか、とんだサイコ野郎だ。
「こいつは、酷いな……」
この一言しか出てこなかった……。
「この戦闘の影響からか、彼らの中ではGBNを去る者も出てきました」
「そりゃ、自分の機体をここまで壊されれば、心も砕け散るわ」
「なんで、そんなに楽しそうなんですか?」
聞かれて気づいた、今自分が最高に興奮していることを。
「なんだろうな?多分こんなバトルを見た所為か、少し昔の記憶がふとよぎってな」
何時ぶりだろう?こんなにも戦いを望むだなんて。
「何故です、あんなにも卑劣は戦いをするのに?」
「はぁ、あれが卑劣だ。確かに酷いとは言ったが、あれの何処が卑劣だ。馬鹿言うな、これは戦いだ。ガンプラって言う、モビルスーツに乗り込んでいる時点で戦闘は始まっているんだよ、戦闘に卑劣もあるかっての」
「これはガンプラバトルという遊びなのですよ」
「遊びだからこそ本気でやるんだよ。卑劣だろうと、何だろうと勝つために」
今まで戦ってきた奴はみんなそうだった。手が傷だらけで、ボロボロに成って、それでもその一戦ために全てをかけているんだから。
「あなたは一体……」
「俺か、ただの色の見えないファイターだよ。この依頼俺が、受ける」
「本当ですか?」
「ただし、他のファイターには手を出させるな。こいつは俺の標的だ」
「分かりました、では早急に上位ランカーに伝えます」
久しぶりに楽しめそうだ。
「そうだ、これを訊いていなかったな」
最初から疑問に思っていたことを確認する。
「何で俺に依頼を申し込んだんだ……」
沈黙が支配する空気を断ち切るように、淡々と答えた。
「貴方が、初心者殺しと同じGPD上がりのプレイヤーだからです」
「俺と同じGPDプレイヤー」
「そうです、貴方がかつてある名前で活躍していた頃のです」
「……」
俺の経歴まで調べ上げて、この依頼をしてきたのか。
「これが貴方を指名した理由です。それと、貴方はこのGBNで唯一のフォースを組んでいないプレイヤーだからです」
それが俺を呼んだ理由……。俺が、この初心者殺しと同じGPDプレイヤーだったから。俺が、このGBNでフォースを組んでいないプレイヤーだから。理由はそれだけ……。
「今すぐ行きたい……、コンテナに送ってくれ」
溢れかえる感情を全て押し殺し、逃げるように。
「今ですか、わかりました」
即座にコンテナルームに転送された。
自機の前にあるコンソールパネルで、装備品をチェックし完全武装を整える。
「俺はただ、アイツと同じ世界に居たから呼ばれた……」
心の中で沸々と沸き立つ何かが、滾り、疼いていた。
「久しぶり暴れるぞ、相棒」
吐き捨てるように、コックピットに乗り込む。
「リューゲ・フェイカー ガンダムバルバトス・リューゲ出る」
握った操作レバーは固く握られ、偽りの空を舞った。
「場所をお伝えしておきます、現在初心者殺しはペリシア・エリアの砂漠で戦闘の模様直ちに向かってください」
オープン回線で、運営が場所と状況を伝えてくれた。
「おい、なんで戦闘が始まっているんだよ、さっき連絡したんじゃないのかよ」
「それが、連絡を入れる数分前に、チャンピオンが自ら討伐を開始したようで」
ふざけるなよ、俺の標的を。
「今すぐに向かう、だから待っていろ」
オープン回線を切り、全速力で向った。
砂漠地帯に着くや否や、すぐに発見できた。爆発の轟音と、激しい砂埃の嵐。
見つけた、あいも変わらず護衛を引き連れて戦闘を行っていた。
「俺の邪魔をするな」
目に付いた護衛の機体を腹部から蹴り飛ばした。
「おい、チャンピオンだったか。そいつは俺の標的だ、だから手を出すな」
すぐにオープン回線を開き、怒鳴り込んだ。
「何だい君は、それに『俺の標的って』」
困惑するチャンピオン、するともう一方の護衛のほうが。
「キョウヤ、ここは私とこの馬鹿で引き受けます。ですから、戦闘に集中を」
「ありがとう、じゃぁここは任せたよ」
こちらを振り向くも、再び標的に向っていった。
「貴方、無礼にも程があるわ。チャンピオンである、キョウヤになんて口を」
もう一方の護衛が言ってきた。
「俺たちに何の用ですか、人の機体に傷をつけて」
飛ばされた護衛の方もすぐに飛んできた。
「邪魔だよ、邪魔なんだって言っているだろう……」
「なんですって」
「だから、何回も言わせるな。邪魔だと言っているんだ」
「話にならないは、カルナ。このファイターをここで食い止めるわよ」
「分かりましたよ、さっきの御礼もありますしね」
チャンピオンの護衛を二機、相手にすることに成ったが……。
「たったの二機かよ、そんな中途半端な数じゃ俺は攻略出来ないぜ」
「何を言っているんだ、こいつは。お前、名前を名乗れ」
男のほうが吼えてきた、全く駄犬が。
「人に名を尋ねる時は、自らが先に名乗ることが礼儀だろう。この駄犬が」
「お前……」
「そう言われれば、そうですね。では、私はAVALON(アヴァロン)のエミリア」
「仕方がない、同じくAVALON(アヴァロン)のカルナだ」
「ようやく名乗ったか、お前らを地獄に葬り去る者の名だ、心に刻め。
リューゲ・フェイカー、ただの色の見えない偽者だ」
名乗り終えると同時に、カルナと言った男の機体は消し炭とかした。
「そ……、そんな一撃で……」
一瞬で消し炭になった仲間を隣で直視した、エミリアと言った女は驚きの余り硬直していた。
「駄犬が、キャンキャン騒ぐから。黙らせただけだぞ」
コロニーを一撃で破壊してしまう程の威力を持つツインバスターライフルの技術に、GNドライブからのGN粒子を圧縮し放出する『GNキャノンⅡ』の技術を盛り込んだ物。
形こそ二挺のライフルを平行連結した物に、焔の形をした剣が左右に付いている様に見えるが、この剣が一種の超電磁方のレールの役割を果たし粒子を圧縮しそれをバスターライフルの力でさらに加速させ放出する物。
それがこのツインシュレイ・バスターライフルだ。
だから、機体の一つや二つは一瞬で消し炭になる。ただし、一発撃つたびにGN粒子を大幅に消費するため、打ってからの行動は鈍くなってしまう弱点がある。
「カルナの仇は……、私が撃つ」
エミリアが静かに言葉紡ぎ出す。インパルスを基本とした機体が向かってくる。機動性は抜群でさらにカスタマイズが施されていることで機体の機動性が凄まじい。
「おお、威勢がいいな。なら、やってみろよ」
言葉通り俺を殺しにかかって来た。空中での機動性を活かした的確な射撃、そして至近距離で攻撃を仕掛けるタイミングでの腰のビーム砲の砲撃。その場その場での対応が的確で、さすがと言ったところだが。
「そこ……」
隙を突いてカルナの残した武装・ジャベリンで急接近しとどめを刺しに来た。
「俺の機体を、よく見てみろ」
そのジャベリンの攻撃は手に持った、巨大な大剣によって防がれていた。
「この攻撃を防いだ」
そうこの感じ、倒せると思った瞬間、プレイヤーの動きは単純に成りやすい。そこをついて、絶望の淵に叩き込む。本当に、最高だよ。
「俺の機体は、バルバトスルプスを主軸に作っているんだよ。だからこそ、近距離戦は俺の十八番なんだよ」
手に持った巨大な大剣・フェルゼンソードメイスで、殴り飛ばした。
殴り飛ばされた衝撃で、地面に撃墜。そのまま地面と機体が重なり合って滑走していく、我ながらナイスホームラン。間接部分に砂が入り込み、ダメージと重なって動きがさらに鈍くなっていた。
「今すぐ送ってやるよ、仲間の元へ。さぁ選べ、殴り殺されるか・切り刻まれるか。お前はどっちを選ぶ?」
「私はまだ負けてない……」
腰に備え付けたビーム砲を撃とうとする。
「そうか……、お前の選択はこれか。残念だよ」
腰のビーム砲を足で踏み潰して破壊し、
「さぁ、これが偽者からの贈り物だ。有難く受け取れ」
頭部にフェルゼンソードメイスを当て、頭から体を真っ二つに叩き切った。
「こんな物か、チャンピオンが率いるフォースなんて……」
正直残念だ、メイスに付着した残骸を振り払いその場を後にした。
未だチャンピオンと、標的の戦闘は続いていたが観戦する事にした。標的が一体どんな武装を使っているのか興味があった。
それに、今の状態で戦うのは厳しい。
「来い、『デュラハン・グレシア』」
自分のコンテナルームから、支援機を転送する。転送されてきたのは、メガライダーを改造したバイクだ。
「システム作動、GN粒子の供給開始」
バイクから伸びたコードと機体を接続させ、機体を完全状態に戻す。
「GN粒子供給完了」
準備は整った。バイクに跨り、標的とチャンピオンの元へ向った。
今回の作品は前後編の2話で完結する予定です。
もしかしたら、その先があるかもしれませんが……。
その時が見ていただけたら、ありがたいです。
今回もご閲覧いただきありがとう御座います。