原作との乖離が著しい二次創作ですのでご注意ください。
雨が降っている。
傘を僅かに傾け、
「父はこちらに……」
塀。白塗りの漆喰で固められた白塗りの塀に囲まれた日本家屋。
長い黒髪をした女性が、
首切り役人である彼がここと訪れた理由は一つ――介錯のためだ。
元は武家であり、今は市役所に努める彼女の父が乱心を起こし暴れたのは先日の話である。
これまで温厚で知られていた彼がなぜ乱心を起こしたのかはわからない。
ただ、日に日に悪夢にうなされやつれ、正気とは思えないことを言っているらしい。
――いわく、地下には神がいる。
――いわく、あのようなおぞましい死を遂げるぐらいならば。
なにが彼の正気を失わせたのかはわからないが、これ以上の醜態をさらすぐらいよりは、と本人のたっての希望で、首切り役人たる
江戸時代はすでに一世紀以上前に終わり、介錯は合法ではないが、しかし、武家の習いとして黙認されている。
さすが武家と呼ぶべきか。簡素な庭にたどりつくと作法はすでに住んでいた。
白い死に装束を着用し、落ち着いた様子で正座をしている。
沐浴はすでに住んでいるようで、痩せこけた頬には安堵の表情が浮かんでいる。
「西尾殿」
「来ましたか、山田殿」
「最後の食事はとられますか?」
「いえ、時間が惜しいので手早くすませてください」
「今生の別れとなりますが、それでよろしいのですか?」
「……お恥ずかしながら、これ以上、生を繋げて恐怖に晒され続けるよりも早く解放されたいのです」
「そうですか」
北面から娘が紙に包まれた短刀を
雨が強くなった。
傘を畳み、立てかけると、
しばし短刀を見つめる。
どれくらい時がたっただろうか、一刻、二刻、たんたんと過ぎていく。
娘は父の死にざまを見たくないのか、顔をそらして家屋へと走っていった。
やがて、
左手で腹を押すように撫で、手にした短刀を左腹に当てる。
苦悶の声が上がった。
八双に構えた
赤い血が垂れ下がる西尾の腹から、白くゼリー状の芋虫ののようなものが勢いよく放たれたのだ。
しかし、
深い呼吸を一つするとすぐに平静を取り戻し、一刀。
肉を裂き、見事に骨の間を通し、皮一枚を残して、介錯を終わらせた。
ゼリー状の芋虫たちの上におちた首を拾い、清める。
それを厳かに首桶に納める。
「……なんだ、これは?」
それは異形であった。
白く丸っこい身体に、複数の赤い目が頭部らしき場所についている。
複数の足でのろのろと動く姿は芋虫を連想させた。
さて、異形の怪物であるがどうするか、と迷い。
とりあえず、これらが
†
《帰らなくてもいいのですか?》
「さすがに今日は遅いからなぁ」
劔冑。契約者に超常の力を与え、纏えば鬼神の如き戦闘力を発揮する武装。
その劔冑を所有し、契約を持ち、纏うものを武者という。
無理をして歩けば帰れない距離ではないのだが、夜も更けてきたため、娘からの引き留めで今日はとまることとなった。
潜んでいる自らの劔冑――
《御堂、起きてください》
「……?」
千本切に起こされ、いそいそと布団から抜け出す
「どうした?」
《なにか巨大なものが近づいてきてるんですが……なんでしょう、これ?》
「俺に言われてもな……わからん」
《方角は
「西尾氏の書斎があったところだったかな」
ひょいと立ち上がると、山田がそっと襖を開けた。
とりあえず、確かめてみようという腹だった。
「娘さんの方は?」
《熱源感知を行う限り、……こちらに近づいてきてますね》
劔冑には感知能力があり、通常の視覚以外にも熱源を見る熱源感知、微弱な電波を放ち周囲を探索する信号探査などがある。
「音で目が覚めたのかね。まぁ、気づかれないようにな」
《ふふ、千さんの隠密能力に任せなさい》
「はいはい、頼んだぜ」
気配とは。
固有の感覚として気配というものがあるのではなく、音であったり、動きであったり、匂いであったり、それらの複合である。
それらの情報の複合であるが、この場合、気配を探るのはたやすかった。
廊下の端から歩いてくる足音、恐らく娘さんだろう。
こちらに気付いてるかわからないが、驚かせるのもしのびないので、軽く壁をノックし、
「もし、すいません」
「……! 起きてらしたのですか?」
「変な物音で起きたところさ、そっちもそんな感じかな」
「はい、泥棒じゃなければいいのですが……」
「まぁ、見てみましょうか」
そろりそろりと
近づくと、ごとごと、と音が鳴り響いていた。
「!!」
「ッ!」
襖を勢いよく開く。二人は息を飲んだ。
室内が緑色の光に包まれていたのだ。
謎の発行の原因は一枚の鏡であった。
置き鏡。
それは淡い緑色の光を放ち、室内は異様な雰囲気に包まれていた。
その鏡の向こうから、異形がはみ出ていた。
青白く醜い巨躯に、楕円形のぶよぶよとした目を無数に張りつけ、像のように厚く太い足を持っている。
咄嗟に娘を突き飛ばし、扉から距離を取らせる
突き飛ばされた娘は呆然としたまま、虚空をみつめ何事かぶつぶつとつぶやいている。
せめて、逃げてくれればと舌打ちする。
「――装甲だ、千人切ッ!」
《諒解。宣誓を》
装甲の構え。
武者が己の劔冑を纏うための動作。
紡がれるは己が劔冑を纏い一体化するための宣誓の言葉。
――
――世に永遠に生くるものはなし
途端、青い燕は甲鉄の渦となり分解され、
一瞬のあと、そこには青い装甲に包まれた武者がいた。
狭い廊下で太刀を構えれば、思わぬところに刺さり動きを阻害する可能性があるため、脇差を選んだ。
遅いな。というのが
飛んでくる銃弾であっても無造作に撃ち払える武者の反射速度からすれば問題なくさばける速度。
振るわれた触手を容赦なく切り落とす。落ちた触手は液状に溶解した。
このまま倒せるか?と疑問に思った目前、切り落とした触手が即座に再生した。
武者の強化された目をもってしても一瞬にしか見えない速度の再生。
「厄介極まるな。合当理を吹かせれば逃げれそうではあるが……」
部屋を全て覆うような巨体。
あの巨体で押しつぶしてこずに触手で打ち付けて来るだけにとどめてるのは、単純にまだこちらの部屋に完全に出て来れてないだけだろう。
《その場合、彼女は置いてけぼりになりますね》
「だよな。……となると、怪しいのはあの鏡か」
武者である彼としては完全な脅威とは言い難いが、それはまだ完全に出現しきれないからだ。
さすがにあの再生速度で迫ってこられたら、武者と言えど圧死する可能性はある。
つまり、いまのうち対処しなければならない、と
「――陰義だ、千人切」
《諒解です!
「刀気増強」
打ち振るわれる触手を切り捨て、踏み込む。
切先が淡く赤い光を放つ。
空いた手で太刀の濃い口を切る。脇差を納刀した。
水鴎流合戦剣法“
山田が地を蹴り、腰を切る。
この動作により重心が前方へと押し出され、鞘から太刀が抜かれた。
赤くゆらめく光を纏う太刀が月明かりに照らされる。
――“
触手を切り裂いた一刀は、そのままの威力で青白い巨躯を貫通し、今にも出ようとしていた鏡ごと一刀両断した。
陰義。一部の真打劔冑が持つ、超常の力である。
千人切が持つ陰義は「剣圧強化」
刀は切る際に対象物との間に圧力を発生させ、物理的に引き裂いていくわけだが、その剣先に発生する圧力を強化するだけの単純な陰義である。
しかし、単純であるゆえに威力は高く。部屋一つを覆っていた異形ごと鏡まで一刀で切り裂のも容易であった。
鏡が原因だったのだろう、青白い巨躯は消え去り、静かな夜が戻ってくる。
余波で破壊された壁の向こうからは月明かりが差し込んでいた。
†
「昨日はどうもありがとうございます……」
「いえ、こちらこそ。……劔冑のことは内密に」
「………はい」
劔冑狩り。
現政権である六波羅が行った政策であり、市制の劔冑所有を禁じ、劔冑の提出を強制する法律である。
役人である介錯人ではあるが、軍属ではない
「しかし、昨日は災難でしたが。あの化け物にはなにか心当たりはありますか?」
「いえ、私は何も知りません。ただ、あの鏡は父が知り合いからもらっていたと思います。
確かあの書斎に手紙とかあったと思いますが……」
「無事だといいなぁ……」
二人はしばし見つめ合い、苦虫を潰したような顔となったあと、困ったように首を傾げた。
『おや、昨夜はよく眠れましたか? いやぁ、こっちは昨日から月が綺麗で退屈しなかったですねー』
昨日から見張りをさせていたことに対して言外に恨み言を込めながら千人切が
『それはそれとして、この鏡に関係しそうなものを集めておきましたよ』
青色の燕が羽先でいくつかの文章と鏡を指した。
鏡は昨日の『
――知り合いの代官からもらった鏡を貰った日に、冒涜的な青白い神から幼虫を植え付けられた夢を見て、それ以来、夜な夜なうなされるようになった。
――あれは神だ。迷宮の奥深くに住む、まつろわぬ神。あれはもっと多くの供物を欲している。
このままであれば娘の綾も犠牲となってしまうだろう。
それよりも前に、この命を絶つことで神つながりを断つのだ。
綾よ、弱い父を許してくれ……。
「
最後に載っていた神の名前を読み上げる
「ああ、お父さん……」
口元を抑える娘――
彼女を慰めつつ、
「すいませんが、この案件、預かってもいいですか」
「どうしようというのですか……?」
「一応、
こくり、と娘はうなずいた。
「お願いします。このままだと父も浮かばれそうにないですので……」
「任せておいてください」
『で、安請け合いしたわけですけど、大丈夫ですかねー?』
「カッコつけるぐらいいだろう。それにまぁ、完全に他人のためってわけじゃないぞ」
『どういうことですか?』
「俺も巻き込まれてるからな。きっちり調べておかないと何があるかわかったもんじゃない」
『ま、それもそうですねー。それでどうしましょうか。首きり役人はたしかに公務員ではありますけど、代官との伝手なんてありましたっけー?』
「ないな。俺にはない……が、こういうときはある奴をうごかせばいいのさ」
家の蔵から持ち出した日本刀を一つ、
軽く濃い口を切り、刀身を空にかざし、確かめる。
「良し」
そして、頷いた。
†
御試御用。
刀の切れ味を確かめ、その鑑定を行い、銘を入れる職。
現在はすでに離れて久しいが、かつての家業であり、その縁か裕福であった代にいくつかの名刀を仕入れることができた。
そのうちの一本と引き換えに知人に、西尾家の資料にあった代官――
「いやぁ、忙しいところに、こんな介錯人のために時間をとってもらえるなんて有難い限りですね」
「いえいえ。それでどんなご用件で?」
「
砕けたガラスの破片を机の上に置いた。
「ばっさりと聞きますね。……これは一体なんなのですか、妖怪か化け物の類か?」
「神ですよ」
「神……?」
「ええ、迷宮の奥にいる虚ろな神様です。
正しくは外国の言葉で『アイホート』と申しまして、人類が生まれる遥か以前からこの地球に存在しているらしいですよ?」
「なにをいっている………ですか?」
「まぁまぁ、お聞きなさい。あなた、かの神の幼虫を殺しましたね」
「……なぜ、知っているんだ?」
「
宍戸は好々爺とした印象の老人だ。
胡麻塩頭に、眉間には深い皺が三本刻まれ、垂れ気味な目が人の好さそうな印象を与える。
年に似合わな張りのある声。肩幅は広く、見た目に反して体格はがっしりとしているのだが、小さく見えるのは歳のせいだろうか。
そんな普通の老人が、特に声を荒げる様子はなく、当たり前のように異常を語る姿はなんとも不気味であった。
「相手の腹に幼虫を孕ませるか、それとも押し物されて死ぬか、その選択を選ばせるのですよ。その上で、幼虫が孵れば死ぬ。いやはや、酷い話ですよね」
「……何の話を……?」
じんわりと嫌な予感がはしり、
あの時の記憶が思い出される。あのねじくれた異形はなんのために、あらわれようとしていたのか。
「もう一つ付け加えましょう。あの神は自らの子を殺されるとひどく立腹するのですよ。
たとえば、その仇が目の前に現れたら確実に殺すように命令するぐらいには、ね」
がたり、と音がした。
部屋の隅から現れたのは一体の劔冑。
新緑色に輝く、蝸牛であった。
『よそになど佛の道をたづぬらん我が心こそしるべなりけれ』
「千人切っ!!」
慌てて椅子から飛びのき、地を転がる。
その上を一閃が通り過ぎて行った。
装甲を終えた
新緑と藍色の武者が相対する。
「……飛んで火にいる夏の虫ってわけか」
「すいませんね。あなたにうらみはないのですが、神の命令に従わないと、私も腹の中に幼虫に貪り食われてしまうのですよ」
「そりゃ、つらかろうて。介錯は一ついかがかな、ご老体?」
「いえいえ、私もまだ若いものに負けるつもりはございませんよ」
じりじりと、じりじりと互いに構えを変えながら、すり足で距離を測っていく。
そして、新緑の武者が肩に担ぐように太刀を構えた。
来るか、と身構えた瞬間、
「そこではちょっと手狭でしてね。こっちの方へ行きましょう」
「あ、テメェ!?」
それを追い窓から飛び出した
武者の装甲は堅牢である。
戦車の正面装甲すらも凌駕し、戦車砲を無防備に喰らったとしても傷一つつかない。
その戦車装甲を一撃で切り裂ける膂力を所有者に与え、さらに強化された武者の力をもってしても装甲の上から斬り伏せることは困難である。
ならば、どうすれば、その装甲を超えて武者に損傷を与えることができるか。
主な方法は二つ。
一つ目はその装甲が覆っていない関節部などを狙う。
もう一つは高さだ。
空高く飛び上がり、高空からの位置エネルギーを太刀の乗せて生じる破壊力でその装甲を打ち破り致命傷を与える。
そのために武者の背中についているのが
騎航戦を行うために、熱量を推進力に変えて空を飛ぶための機関。
その合当理を吹かし二人の武者が空を飛ぶ。
先行しているのは、
『さすがは
「どっちかというと、
『敵機反転。双輪懸の態勢に入ります!』
「――さて」
空中戦において
上から降下しながらの攻撃であれば、重力に加速されそのまま威力は増加するが、逆に下を取られたものは重力に引かれ減速し、威力が減衰する。
それはそのまま白兵戦に置いて明確な差となる。
そのまますれ違おうとした
「――ッゥ、畜生ッ」
『腹部、損傷軽微』
「おや、ちょっと威力が殺されてしまいましたか。やりますねぇ」
「よく言うわ……!」
そのまま反転。お返しとばかりに、再び上昇を始めた
「ッ!?」
打つと見せかけて躱す、武の一撃。
空を切らされた
「あのたぬきジジイ!」
『うーん、相手のほうが一枚上手ですねぇ』
「手間取ってると六波羅とか来そうだしなぁ」
名目上、劔冑の所有は六波羅所属の軍人以外は禁止されており、それが街中で戦闘しているとあっては、放っておく通りはない。
条件は同じようだが、現在、ほぼ六波羅幕府の独裁下にある大和においては幕府の代官である
急旋回し、すぐに上昇を始め―――ようとしたとき、
『敵騎から膨大な熱量の消費を感知。陰義が来ます!』
「さて――このまま時間を稼いでいれば、恐らくは六波羅軍来るとは思いますが」
ちらり、と藍色の武者を見る。
「取り調べにでもなって、万が一にでも緑龍会とのつながりが露見しても困りますしね」
『御堂、それではいかがする?』
「いきますよ、池田。私も武者の端くれ、ブルファイトは望むところではないのですよ」
『承知』
仮初とはいえ、武者の騎航戦など滅多にないはずの地上では騒ぎとなっていたが、
その音に魂が抜けだしたように腰を抜かしたからだ。
合当理の強度と出力の強化、ただそれだけである。
空戦技術が主体の武者戦において、速度とはすなわち
それだけに強化された合当理から吹かれる威力の乗った太刀打ちは―――
「ぐおっ!?」
『胸部甲鉄損傷! 深刻な被害です!』
「厄介、極まる……なぁ!!」
「……ッ」
『肺にまで太刀が達してます。胸部の再生を優先します!』
「頼む……ッ」
『気を付けてください、熱量を使いすぎると
返事をする気力もなく、軽く頷いて
武者に超常の力を与える存在である劔冑。それが超常の力を与える源は武者の熱量である。
熱量が続く限りは装甲や武者本体の再生も可能ではあるが、熱量を使い付ければ
そして、空での
『敵騎、
「刀気……、増強!!」
千人切の刃に赤い光が宿る。
彼女の陰義は剣圧強化。その本質は圧力の強化である。
剣先に発生する圧力を強化し切断力を上げる陰義であるが、同時に圧力の強さであるゆえに、当たり強さも向上するのである。
「ッ―――オラァ!!」
「ほうほう、やりますねぇ……」
ぎりぎり受け流すことができたが、手傷を負うのは避けられなかった。
『……どうしますか、御堂。千さんに速度差を覆すような機構も陰義も備わってはいませんよー』
肺、胸部の再生をおえ、息ができるようになると思考が明瞭になってきた。
水底に引きずり込まれるような苦しみでは頭を動かすこともままならなかったからだ」
「白兵戦能力の高さが売りだもんな。装甲が厚くなかったら、さっきので一刀両断だわ」
『ええ、ですが、いま必要なのは剣戟の強さではない。斬った張ったが強いというのも無用の長物です、よよよ』
「魔剣、秘剣のたぐいでも習得しればよかったんだがね。っとぉ!」
急襲してくる
陰義が持続してる間は、受け流すことが可能だろうが、途切れた後は難しいだろう。
「しっかし、やっこさんの陰義はやたら長く続くな」
『かつての小竜景光は音を置き去りにするほどの速度が出たと聞きます。それほどの出力はでないかわりに持続性に特化してるのではないでしょうか』
「なるほどな……なら、削られ続けるこっちが不利すぎるってわけか」
それをハの字を描くように受け止めようとして、その動きをすかされる。
切りつけようとした動きは
「ッ、ぐぐ……ッ!」
『面部装甲被弾!』
頬を大きく切り裂かれ、面部に割れ目が入る。
このまま防戦一方ならば、遠からず削り殺されてしまうだろう。
「……速度か」
割れた面より上空を見ながら、
『どうかしましたか?』
「さっきの秘剣で思い出したのだが、一つだけ手があるかもしれない」
『ほぉー? どんな手品を見せてくれるのです?』
「なに……魔剣の真似ごとさ」
『敵騎、上昇』
「ふむ。追いつけそうでしょうか?」
『可能。しかし、高高度での陰義使用は推奨しない』
「まぁ、ですねぇ……。熱量もそろそろ厳しくなってきました。」
上空へと進み続ける
高度を上げれば上げるほど気圧の変化が激しく、それに伴い速度の制御は難しくなる。
しかも、さきほどから見る限り、敵手の陰義は撃剣を強化する類のようであり、速度を補うすべは持っていないようだ。
ならば、戦域からの離脱か。だが、離脱するにしても上空への離脱は悪手である。
上昇すればするほど速度を失い、せっかくの高度を取ったときにはすでに敵手は背後に迫っているであろう。
「追いますよ」
『御意』
それが分かっているゆえにこれを逃す手はなかった。
その背を追いながら訝し気に
太刀打ちのまま上昇を始めた
みるみるうちに
失速し、速度を失い、そのまま落ちてもおかしくない危険域。それでも、いまだ上昇を続ける山田。
こと、此処に至って速度差はゼロに近くなりつつある。
「
垂直降下からの反転落下攻撃。
完全に失速しきる頂点からのタイミングで、その頂を蹴ることで反転し、自分は速度を保ったまま、速度を失った相手に切りつける起死回生の一撃。
かつてこの魔技を用いて撃墜王の名をほしままとしたマックス・インメルマン中尉から名前が取られた魔剣である。
しかし、そのまま墜落する危険があるほどの低速域を制御した上で、刹那のタイミングを見切らなければ実現しないその剣技を操れるものは六波羅全盛期ですらいないだろう。
しかし、この詰みに近い状況で用いるということは習得してる可能性が……?と思ったところで、
「……買いかぶりすぎでしたか」
『敵騎失速。いまが好機だ、御堂』
すでに速度もほとんどなく、マトに等しい
わずかながら速度は保っており、完全に失速して墜落してない様は見事だが、それもあとわずか、奴が確実に体制を立て直す前に
自身も陰義の行使により熱量を大分つかっているため、
「さて、死んでください」
「――刀気収斂」
背に太刀を隠すように、大きく振り上げた。
赤く揺らめく光が刃に宿る。
あの構えから繰り出される太刀筋は一つだけ、大きく振りかぶった態勢からの一撃のみ。
あるいは速度が乗っているのなら、相手の防御をうちくだいて太刀をとどかせることができるかもしれないが、いまはそんな力はない。
苦し紛れの一撃か?
『敵騎、膨大な熱量を確認。陰義の行使を推測する』
「ふむ……? よいでしょう、こちらも陰義を発動します」
目がかすむものの、それでも
常軌を逸した推量が合当理から吐き出され、武者の常識を超えた速度が放たれた。
「いくぞ、千人切ぃ!!」
『はいさ!』
――水鴎流剣法“望月”が崩し、“酒呑”
しかし、予想通りの太刀筋に
「!!」
しかし、一瞬すら持たずに太刀を弾かれると、そのまま一気呵成に切り捨てられた。
「白兵戦なら負けねぇよ」
「……なるほど、そういうことですか」
「悪いな、爺さん。そういうことだ」
「私の
武者の身体強化でもってしても、空を縦横無尽にかけられると
なららばどうするか、あえて無茶な上昇を行い、自らの死地を作り、そこに誘い込むことで
そうなればあとは
「しかし、先ほどの強化ならば私が押し勝てたと思いますが」
「陰義の効果範囲を狭めて一点強化することで威力を高めたのさ」
「なるほど……しかし、無茶が過ぎるのではないでしょうか。こうなることはわかっていたでしょう?」
「装甲が堅いのが売りでね。そこは千人切を信じてたさ」
しかし、代償がないわけではなかった。
致命傷は与えたものの敵の突貫の速度を殺しきれたわけではなく、激突した。
千人切の装甲も拉げている。
「いやはや、やられてしまいましたか」
「遺言なら聞くぜ。アイホートについても教えてもらってないしな」
「実は一つ、あなたに謝ることがありまして。私もアイホートの雛に寄生されているのは言いましたね」
「ああ、……そういえばさっき切ってしまったな」
「ええ。それで、その後、自殺しようものならもしかすると一族の方にアイホートの怒りが向くのかと思って踏ん切りがつかなかったのですよ。
ですから、あなたを利用させていただきました」
「……つまりあれか、俺を殺せればよし。殺されれば解放されて良しってことか……?」
「はい、そのとおりです」
「まぁ、その罪滅ぼしというわけではないですが、自宅の私室を訪ねてください。魔導書や日記があなたの助けとなるでしょう」
「……この食えないジジイめ……」
「若者に言われると誉め言葉ですね。……そろそろ時間ですね、目が霞んできました」
「言い残すはことはあるかい?」
「私は神を見たかったですが、あんな神を見たくはなかったですね」
「なんで、んなもんにかかわることになったんだよ」
「先の世界大戦に負けて、六波羅が台頭してきて、世の中の移り変わりを見て……絶対的に変わらないものを見たかったのですよ。けれど、それがこのざまです。笑えますね?」
「笑わないさ。善であれ、悪であれ、通したいものはあっただろう」
「……ありがとうございます。優しいですね、
「どういたしまして。それじゃあ」
「ええ、それでは……さようなら」
「さようなら」
†
西尾家。
出迎えた
「大丈夫と思いますが、この首飾りと何か起こったらこの儀式を試してみてください」
「これは……?」
「あの奇妙な生物を寄せ付けないための首飾りと、それを封じるための呪いを描いたノートです。それにはあの生物を退散させる呪文が刻まれてるそうなので、できる限りつけておいてください」
「大丈夫なのでしょうか……?」
「恐らくは怒りは私に向かうはずなので、そちらにはいかないはずですよ。これはあくまで念のために渡してるに過ぎないので」
「では、あなたは……?」
「劔冑の所持やそのほかの罪で、ちょっと逃げないといけなくなったのでこれから旅に出ます。御息災を」
「あの、ありがとうございました!」
背後にかかる声に、後ろを向いたまま、手を振った。
『いやー、大変なことになっちゃいましたね。よかったのですか?』
「まぁ、武者と一般人なら武者が背負うべきだろう」
アイホートは子を殺したものに怒りを抱く。
普段は迷宮の奥に住み、『門』のようなものを他の場所につなぎ、その姿を現すのである。
それを退けるための首飾りは一つしかなかったのである。
であるゆえに、その一つを
同時に手に入れた魔導書を――信憑性はさておき――見る限り、一年単位で退ける呪文はあるが、それもどこまで効果があるかは不明である。
それよりはその“神”とやらを殺す方法を探すべきだろう。
「ま、やれるだけやってみますかね」
『はーい、それじゃあ頑張りましょうねー』
藍色の燕、千人切が宙を舞う。
その横で荷物を背負った