夢の王   作:せいたろう

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第十話 出撃!

 うだるような暑さの夜が終わり、雀のさえずりが朝の訪れを告げると、人々は起床を始める。この時、Dreedamu《ドリーダム》の住人は、夢の記憶を全て失った状態で目を覚ます。そのため、夢の世界で何が起きようとも、それから始まる日常生活に影響が及ぶ事は無い。

 だが、春一の場合はそうもいかない。

 

 - AM7:01。

 

 デギタル式置時計のアラーム音が鳴り響く中、春一は目を覚ました。しかし、目を覚ましたという感覚はない。先ほどまでのドリーダムの記憶が残っているせいで、『寝た』という実感がほとんどないのだ。それに加え、夢の終わりに感じていた胸騒ぎや不安がまだ消えずに残っている。

 「また、1日が始まるのか…」

 置時計のアラームを消し、春一は退屈そうにつぶやいた。

 Dreedam《ドリーダム》の記憶の引き継ぎは、精神的披露以外にも、春一に思わね実害を引き起こしていた。近頃、春一は現実世界でしばしば虚無感抱くようになった。新しい発見とスリルに満ちた夢の世界が、現実世界を味気なく感じさせてしまっていたのだ。

 「そう言えば…祐樹が家にいくんだっけ……でも、この時間じゃ起きてないな…」

 祝日の祐樹は大抵昼過ぎに起きる。春一はそれまで自宅で時間を潰す事にした。

春一が部屋を出ていくと、リビングルームのソファにパジャマ姿の伯母が座っていた。

 「あら、ハル。最近は日曜日も早いわねー」

 伯母はテレビの方を見たまま言った。まだ寝起きなのだろう。後ろに束ねた髪はまとまりきらず、あちこちからクセ毛ピンとハネている。

 「なんか、目が覚めちゃうんだ。あ、今日昼過ぎから祐樹の家に行ってくるよ」

 「お昼ご飯は?」

 「家で食べてく」

 「わかったー。それまではテレビでも見てる?」

 春一は少し悩んでから答えた。

 「……いや、いいや。部屋にいるよ」

 テレビを見る事自体にはなんら問題はなかったが、番組やCMの中に必ず出てくるであろう神条あかりの存在が気になった。これから戦うかもしれない相手を自宅のソファーに座って落ち着いて見てはいられない。

 

 

 朝食を済ました春一は、自室のベッドでシーツにくるまり、出撃の事を考えていた。いったい、あのマンションには何があるのか?本当に夢の王があそこにいるのか、ユメクイや神条あかりとは戦闘になるのか、そんな事に疑念を抱いていると時間はすぐに過ぎていった。

 そして、12時を過ぎたあたりで春一は自宅を出た。

 

 

 - ピンポーン。

 

 

 呼び鈴を押してしばらくすると、たった今起きたであろう祐樹が玄関の戸を開けた。いつも綺麗に逆立ててセットされている髪が、今は下に垂れ下がっており、トレードマークの丸渕眼鏡もかけていない。

 「なんだ、春一か、おはよー」

 「…おはようってもうお昼だよ?今まで寝てたの?」

 「あぁ。仕方ねぇだろー昨日深夜練だったんだから。それにしても、春一から家に来るなんて珍しいなぁ、まぁ上がってけよー」

 祐樹はまだ寝ぼけているのか、おぼつかない足取りのまま、春一を自宅に招き入れた。いつもならば、二階の祐樹の部屋に向かうところだが、今回は一階のリビングへと案内される。

 「ちょっと、そこで待ってて」と祐樹に言われ、春一は皮張りのソファーに座った。それから、10分もしないうちに、バッチリと髪がセットされ、い

つもの赤い眼鏡をかけた祐樹が戻って来た。その手にはすでにお湯の注がれたカップ麺が握られている。

 「お昼食うけど、春一も食べる?」

 そう聞くと、裕樹は春一の隣に座り、前にあった背の低いテーブルにカップ麺を置いた。

 「あ、大丈夫。食べて来たから……それにしても、またカップ麺?たまにはバランスの良いもの食べないと体壊すよ?」

 春一が優しく注意をすると、祐樹は得意げにカップ麺の容器の『野菜増量』の部分を見せつけた。

 「そういう事じゃないんだけどなぁ…」

 春一はまじまじとため息をつく。

 「なにがだよー?それより春一、わざわざ家まで来るなんて、何か用か?」

 「…あ!そうだった。祐樹、昨日の『矛盾の泉』って録画してたりする?」

 一応、春一は聞いておいた。録画をしている事は夢の中の祐樹から聞いていた為、確実なのだが、現実の彼はそれを春一に伝えたという記憶が消えている。事実関係が不自然にならない為にも必要な質問だ。

 「あぁ、もちろん!昨日の奴はあかりちゃんがゲストだったからな!バッチリ撮ってあるぜ!…まさか春一、昨日の『矛盾の泉』が見たくては家に

来たのか…?」

 「…うん、ま、まぁね」

 「へぇ、そうかそうか…ついに春一も…ニシシシ」

 祐樹は何やらにやにやしている。

 「…何が?」

 「とうとうあかりちゃんの良さがわかったか!」

 「ち、違うよ!」

 春一はムキになって否定したが、祐樹は聞く耳を持とうとせず、うん、うんと頷いた。

 「まぁまぁ、そう照れるなって。春一も100万人いるあかりちゃんファンの1人になっただけだ。なーんにも恥ずかしがる事はねぇよ。さ、2人

で昨日のあかりちゃんを見ようぜ!」

 上機嫌の祐樹はテレビのリモコンを取り出し、操作を始めた。

 「確か…昨日のはまだハードに残したまんま……にしてもさぁ、春一?」

 「ん?何?」

 「おまえ、何で俺が録画してるか確認もせずに来たんだ?いつもしてないから撮ってない可能性の方が高かったのに…」

 「え!?…あ、いや、別に…それだけが目的だったわけじゃないからさ…ほら、祐樹の家に最近遊びに行ってなかったし…」

 「…ふーん、ほんとにかぁ?」

 何か怪しいと、祐樹はジト目で春一を睨んだ。春一は平然を取り繕ってテレビ画面の方に視線を向ける。

 (……しまった。祐樹は変なとこ察しがいいんだった…もっと慎重に聞くべきだった…)

 「ま、取りあえず録画出来てたんだしいっか!ほら、始まるぜ」

 祐樹はリモコンの再生ボタンを押した。2人の前に置かれた50インチ大のテレビ画面に、昨日録画した番組が映し出される。

 

 

 バイオリン演奏のテーマソングが流れ、番組名が表示されると、スタジオの司会はハキハキした口調で進行を始めた。

 『さぁ、始まりました「矛盾の泉」!今週はどのような矛盾が科学技術によって解き明かされるのでしょうか』

 

 - 矛盾の泉。故事『矛盾』にちなみ相反する「絶対に○○なもの」同士を戦わせ、ゲストに決着を予想させるというバラエティ番組。最近では、機械製品などを戦わせる『最強対決』がメインになっている。

 

『今週の「矛盾」の前に、まずはゲストの紹介です!今週のゲストはなんと!今、女優や歌手業で大人気のこの方………神条あかりさんです!!』

 紹介と供にスタジオ中央の扉が開き、白いワンピース姿の神条あかりが姿を表した。スタジオが黄色い声援に包まれる。もちろん祐樹宅リビングでも、1名からだが、テレビの声援に負けないほどの歓喜の声が上がった。

 「うぉぉぉお!あかりちゃんかわいいぃぃ!!」

 「…はは、そうだね」

 

 

 『いやぁ~今、映画にドラマに歌と大忙しのあかりさんですが、この番組は見て下さっていますか?』

 司会者が質問を投げかけると、あかりはえくぼが綺麗に浮き上がるお手本のような微笑みで返した。

 『はい!毎週楽しみして見てます。でも、なかなか予想が当たらないんですよねぇ。でも今日は頑張りますよ!』

 

 

 小さな拳を握り締め、可愛らしく息巻く姿に、祐樹からはため息が漏れた。別の意味で春一もため息を着く。

 

 

  『それでは、今回検証する「矛盾」はこちら…お!これは以前に放送した「絶対に傷が付かない金属vsなんでも裁断するカッター」の続編ですね。前回は「絶対に傷つかない金属」が勝利を収めましたが、今回はその最強金属に挑戦者が現れました!!今回の相手はこちら、水の力でどんなものでも裁断する「ウォーターカッター」です!!!』

 

 

 「あ、そうそう。番組欄で見たけど、今回は面白そうな対決なんだよなぁ」

 祐樹は何気なく言った。一方、隣の春一は食い入るように画面を凝視位した。

 「水…!」

 「なんだよ…?そんなに食い入るように見つめて……水?そいえば、前にも水がどうのこうのいってネカフェで調べてたよな?」

 祐樹が話かけても春一は反応しなかった。さっきまでの呆れ顔は消え、今は真剣な表情で番組を見ている。

 

 

 『ウォーターカッターというのは、加圧された細い水を用いて、金属などを切断する技術の事です。今回は、ウォーターカッターの中でも特に威力の高いといわれるアブレシブジェット加工というものをさらに強化した最強ウォーターカッターで、最強金属に挑みます。まずは、一般的なウォーターカッターが通常の金属を切断する様子をご覧ください!』

 画面の中で、ウォーターカッターの実演映像が流れる。厚さ5mmほどの金属版が土台にセットされ、ボールペンの先のような噴射口が向けられた。

 『それでは実演です!』

 司会者の合図と共に、噴射口から加圧された水流が放たれる。マッハ3という速度で発射され、一筋の細い線に圧縮された流水は、意図も簡単に金属版を貫いてしまった。飛び散る水しぶきと、響き渡る摩擦音。そのまま噴射口が円を描くように移動し終えると、切り口の綺麗な円型の金属板が切り出された。

 

 

再び画面がスタジオに戻ると、春一はテレビから目を離し、祐樹の方を向いた。

 (ウォーターカッター……Dreedam《ドリーダム》の中で祐樹は、この事を言ってたのか……確かに、これをイマジンに生かせたらすごい事になりそうだけど……あと数時間後に出撃だっていうのにどうにかなるのか…?)

 頭を悩ませる春一をよそに、祐樹は画面の中のあかりに終始ご満悦な様子だった。

 

 

 その後、春一は夕飯まで祐樹の家で過ごした。ゲームをしたり、漫画を読んだり、普段祐樹の家で遊ぶ時と同じ事をしたが、春一はの頭にはずっとテレビで見たウォーターカッターの映像がチラついていた。それに加え、これから始まる出撃の事も不安でしょうがなかった。帰り際、そんな春一を心配してか、祐樹は玄関先まで見送りに来た。

 外はもう、日が暮れ出している。 

 「春一、やっぱ最近、おまえなんかおかしいぞ。いつもボーとしてさ、大丈夫か?」

 祐樹は春一を気遣った。

 「…うん、ここんとこ。なんかうわの空になっちゃう事が多くてさ。でも、体の方はなんともないから心配しないで。もし、続くようだったら病院にも行ってみるし」

 「そっか…」

 「あ、そうだ!祐樹、最近スケボーはしてるの?」

 「スケボー?いや、最近はダンスばっかで全然だなぁ…でも、なんで?」

 「やってないなら今日あたり練習したらどうかなぁって…」

 「え?あぁ…まぁ、そうだな。久しぶりに滑りに行くか…!」

 「うん、それがいいよ」

 春一はにっこりとほほ笑むと祐樹の家を後にした。

 裕樹のイマジンの『ホバーボード』はスケートボードの体験が想像力の根源となっている。出撃前に滑っておけば、イマジンの強化につながるかもしれない…。そう考えた春一は、せめてものお礼として練習を促したのだ。

 

 

 

 

 「ハル…あんた、明日テストでもあるの?」

 帰宅し、二人で夕食を食べている最中に叔母が尋ねた。

 「え?どうして?」

 「なんか、浮かない顔してるから。あんた、テストとか運動会とか、次の日になにかある時はそんな顔になんのよ。気づいてなかった?」

 祐樹に心配された事もあり、春一はなるべく不安な気持ちを察知されないように心掛けていたが、やはり、長い年月生活を共にした叔母には見破られてしまったようだ。

 「まぁ、そんなとこ…」

 流石に『夢の中で出空飛ぶマンションに突入する』とは言えず、春一は曖昧に答えた。それでも叔母は無理に追及はしようとはせず、

 「そう……じゃあ、今日は早く食べて、早く寝なさいね」と優しい言葉をかけた。

 「うん、そうするよ」

 春一は穏やかな笑顔で礼を言った。

 

 

 夕食を終え、風呂を済ませると、春一は習慣通り、歯を磨きながらリビングでテレビを見始めた。チャンネルを回すと、やはり画面には神条あかりが映った。テレビで見せる彼女の笑顔は、いつみても美しく魅力的だ。

 「夢の中でも…こうならいいのにな…」

 春一はハブラシの入った口で、もごもごとつぶやいた。

 そして、自室のベッドに潜り込む。不安な気持ち胸がいっぱいだというのに、春一をすぐに睡魔に襲われた。まるでDreedam《ドリーダム》が夢の世界へ誘い呼んでいるようだった。

 

 

 すぐに意識はなくなり、春一は夢の世界へ入り込む。

 

 

 

 - ザッパァアアアン。

 

 体は突き刺すような冷たさの水に包まれる。

 Dreedam《ドリーダム》に来るようになってから毎日見ている水の中へ落ちる夢。あまりにも同じ夢を見すぎてしまった為、春一は肌を刺す冷たさや胸を締め付ける痛みになれてしまった。最近では、薄れゆく意識の中で、自分の体を包む大量の水をなるべく感じようとしているくらいだ。春一のイマジンの原動力はこの夢にあるため、そうすることによって想像力の強化が図れる。

 

 視界が狭くなり、暗闇に包まれていく。

 

 もう、この夢は終わる。

 目覚めれば前回の夢で終わった本部の噴水だ…。

 そんな事を思っていると、意識は途切れた。

 

 

 

 

 

 

 春一は目を開いた。

 「………え?」

 思わず声が出る。

 春一の視界に移ったのは、そこにあると思っていたメトロポリスの空ではなく、うちっぱなしのコンクリートの天井だった。

 

 ゴホッ、ゴホッ、ゴホッゴホ

 

 気管に水が入ってむせってしまう。春一は慌てて体を四つん這いになると、無理矢理に水を吐き出した。口からぽたぽたと落ちた水滴が、コンクリートの床にしみこんでいった。湿った匂いと、生暖かい空気。四方をむき出しのコンクリートの壁に包まれた小部屋。春一は、すぐにその場所がどこだかわかった。Dreedan《ドリーダム》で最初に訪れた場所、プリズンマンションの一室だ。

 「どうなってるんだ…!?なんでこんなとこに…?」

 春一は、びしょ濡れの服も気にしないままドアの方へ向かく。出撃は一時間後、とにかく、この部屋から出なければいけない。

 「…鍵……鍵は確か…ポケットに…」

 今穿いているパンツの右のポケットをまさぐる。だが、そこには何も入っていなかった。すぐさま左のポケットも試すがこちらにも鍵は入っていない。

 「…どうして…?……服が変わったから…?」

 春一の中に焦りが生まれ始めた。もしかしたら、自分はこの部屋に閉じ込められたのかもしれない。このままでは出撃に間に合わないどころか、ずっと外には出れない可能性もある。

 額から流れ出した一滴の汗が、頬を伝って床に落ちる。

 

 ― ポチャン。

 

 「…水?……そうか!水か!」

 春一はひらめくと、右の手のひらをドアにかざした。イマジンによる水泡でドアを破ろうと思いついたのだ。

 心を落ち着かせ、頭の中のキャンバスを一度無にする。そして、鉄製のドアを弾き飛ばせるだけの高威力の水を想像した。

 

 ………………

 

 だが、何も起こらない。 

 ついさっきまで水の中に落ちる夢を見ていた事もあって、放水のイメージは完璧だった。それにもかかわらず、春一の手の平からは流水はおろか、水滴一つすら出て来なかった。

 「……なんで?」

 呆然と立ち尽くす春一、すると後ろから誰かが声をかけた。

 「開かないのかい?」

 「…!」

 春一は肩をギュッと上げて驚いた。だが、その不気味な声を聞いて、すぐに後ろにいるのが誰であるのかわかった。

 

 

 …振り返ると、そこにはあの男が立っていた。

 

 

 木製の黒椅子にまたがり、不敵な笑みを浮かべる制服の男。春一がDreedam《ドリーダム》で初めて会った人物だ。

 「ここは『プリズンマンション』。名の通り牢獄…ここではイマジンは使えないんだよ」

 男は以前と変わらず、大勢が同時に話したような奇妙な声と、それには不釣り合いなフランクな口調で話した。相変わらず、春一と同じ高校の制服を身に着けている。

 春一は前に男にあった時の事を思い出し、男の首元を見るようにした。

 「また、あんたか…なんで、あんたはそんな事知ってるんだ?それに、あんたはイマジンを使えてるじゃないか!……!まさか、あんた…」

 何かを悟った春一は目を見開き、一歩引き下がった。

 

 

 「夢の…王?」

 

 

 しばらく、沈黙が流れた。

 男はやれやれというジェスチャーで返す。

 「前にもいっただろう?正体は教えられないって。そんな事よりほら、どうなんだい?Dreedam《ドリーダム》での生活は?だいぶ慣れたんだろう?」

 男は話題を変えようとするが、春一は食って掛かった。

 「待ってよ!話を逸らさないで!あんた、夢の王なんだろ?なんで急にいなくなっちゃったの?もう戻っては来ないの?あんたがいなくなったからDreedam《ドリーダム》にはユメクイが…!」

 「だから、答えられないんだ…それに今私がしたいのは、普通の世間話なんだよ」

 「何言ってるんだよ!?そんなの、無理だよ!こんな状況で普通におしゃべりなんか出来ないよ!」

 軽くパニック状態の春一が畳み掛けると、男は肩をすくめた。

 「…やれやれ、仕方ないな。そんなに言うんなら、この部屋から早く出してあげよう。今回は鍵を持っていないようだし、私がなんとかするしかないか…」

 そう言った男の手には、いつの間にか天狗の面が握られていた。そして、その面をポイッと前に放り投げた。

 床に落ちた面は倒れることなく、まるで生き物のようにコロコロと転がっていき、春一の脇を通り過ぎる。

 

 ― コツン。

 

 天狗の面がドアにぶつかった。次の瞬間、ドアは勢いよく開き、前と同じように部屋中の空気が外へ一気に流れ出た。

 「うわっ!」

 春一は外に吹き飛ばされた。咄嗟に開いたドアにしがみ付く。もちろん、ドアの先は以前と同じで遥か高くの大空へと続いていた。

 男が立ち上がり、ゆっくりとドアに近づいていく。

 「な、なんで!?こんな事?」

 春一は必死に訴えた。部屋の中からはまだ風が吹き出している。

 「…いずれ、真実にいたる時が来る…早いか遅いかは君次第だ、岡野 春一君」

 「なんで、俺の名前を…?」

 「では、さようなら」

 男がそう言って、にこっと笑いかけると、部屋の中から一際大きい突風が吹きだした。

 「うわぁぁぁぁぁ!!」

 吹き飛ばされた春一は絶叫と共に大空を落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 再び春一が目を開けると、そこには祐樹の顔があった。

 「…あ!起きた!!アシム、起きたぞー!」

 いつにもまして馬鹿でかい声が春一の意識を一気に鮮明にする。

 「…祐樹」

 「何やってんだ!?早く起きろって!」

 祐樹は慌てた様子で春一の手を引いて起き上がらせた。そこは、春一の夢が前回終わった場所、本部エントランスの噴水脇だった。

 「…戻れたんだ」

 「ったく、なんでよりにもよってこんな時にタイムラグが長いんだよ?おまえ!もうみんな空中艦隊に乗り込んじまってるぞ!」

 祐樹はいつもより甲高く、早口でまくしたてた。大分、急いでいるようだ。これには春一も慌てだす。

 「え!?そうなの?どうしよう?!」

 「おーい、ハル坊、早く乗れ!まだ間に合うぞー!」

 奥でエアバイクにまたがったアシムが声を掛けてきた。いつも乗っている運搬用のものとは違い、今回は後ろに人を乗せられるスポーツタイプのバイクを用意したようだ。

 春一はアシムの元まで走っていき、バイクの後ろ部分にまたがった。途端にエンジンがふかされ、二人の乗ったエアバイクは空中高く舞い上がる。そして猛スピードでメトロポリスの空へ飛び去っていった。祐樹はイマジンによりホバーボードを出現させ、飛び乗って後を追った。

 アシムの運転するエアバイクは、混雑する空中車両を縫うように避けて進んで行く。しばらくして車通りの少ない空に出ると、後ろについていた祐樹がよこに回ってきて並走し出した。

 「なんで待っててくれたの?俺なんか置いて行ってもよかったのに」

 アシムの腰にしがみつきながら、春一は隣を飛ぶ祐樹に声をかけた。風圧が強く、なかなかに大きな声を出さないと届かない。

 「レイヴンがそうしろって!やっぱ、神条あかり対策として連れていきたいんじゃねぇか?」

 「そ、そうなのかなぁ?」

 春一は、レイヴンが自分の事について、何か感づいているのではないかと思った。Dreedam《ドリーダム》の前に別の夢を見る事、意識が現実に引き継がれる事、プリズンマンションで奇妙な男に会った事、はっきりと内容まででは無いとしても、自分が重大な情報を隠しているという事くらいはすでに気づいているのかもしれない。あの男なら十分にありえる。

 

 

 

 十分もしないうちに、春一たちは空中艦隊が収容されたユニバース外壁付近のドックへと到着した。サッカー場、数個分の広さはあるドックには、それに見劣りしない大きさの空中戦艦三隻が収納されていた。強化金属の装甲で覆われたラグビーボール状の船体に、無数の回転砲台。砲身は電柱ほどに太く、その他にもバルカン砲やミサイルが装備されていた。まるで空飛ぶ要塞だ。全体的に黒を基調として塗装されたその巨体は、鯨のようにも見て取れる。

 アシム、祐樹、春一は駆け足で戦艦の一隻に向かった。

 「これが空中艦隊!?すごいね!!」

 春一は、すぐ横の空中戦艦を見上げながら、目を輝かせて言った。

 祐樹が走りながら答える。

 「だろ?ここまで、でかい空中艇はユニバース全土を探し回ってもこの三つだけなんだ!」 

 「二人とも、じっくり眺める今度にして、今は一刻も早く乗り込まないと!作戦開始時間が迫ってるぞ!!」

 一番前を走るアシムは二人にそう告げると、走る速度を上げた。

 少し行くと、春一たちは、三隻並ぶ空中戦艦のうち、中央の一隻へと続くタラップにたどり着いた。本来なら乗り組みの際に、数本が地上へとのばされるのだが、その時はその一本しか残っていなかった。

 三人は、エスカレーター式のタラップに乗り混んだ。祐樹と春一は、走ったせいで息が切れ、ぜえぜえと息を漏らしながら上へ運ばれていく。

 「なんでぇ、おまえら。情けねえな」

 まったく息が乱れた様子のないアシムが二人向かって言った。

 「しょうがねぇだろ…普段ダンスとかスケボーはしてるけど、こういう持久力系の運動はしてないんだから…春一にいたっては帰宅部で運動なんかほぼしないし…」

 祐樹が膝に手をつき、苦しそうに返す。

 「そんな事言ったら俺だって運動なんてしてねぇよ?ただ、ここはDreedam《ドリーダム》だぜ?息切れなんて、イメージでどうにかなるだろ?」

 「…あ」

 「…あ」

 春一と祐樹は顔を合わせた。そして、目をつむってイメージすると、乱れた呼吸は途端に元へと戻った。

 戦艦に搭乗した三人はブリッジに向かった。船体上部に突起した、四方を見渡せるブリッジ。その内部では、すでにレイヴン、エリザ、マリーを含め数名の乗組員が持ち場につき、準備を進めていた。

 「……ハル…遅い…遅刻」

 春一がブリッジに入ってくるや否や、ふくれっ面のマリーが言った。

 「ご、ごめん…」

 「あら、春一君。間に合ったのね、良かったわ」

 エリザが声をかけた。エリザはブリッジ後部の一番高い席に座っており、周りをイマジンで生成された立体映像のモニター、キーボード、計器類が取り囲んでいた。彼女は、それらをせわしなく操作し、かなり忙しそうな様子だった。

 「いつものラグが今日は一段とひどくて…」

 春一が申し訳なそうに言う。

 「そう落ち込まなくても大丈夫よ。春一君達は、マンションの集合体に到着するまで特に仕事はないから。出撃にさえ間に合ってくれれば問題はないわ」

 エリザは春一の方は見ず、計器を眺めながら言った。右手では、目にも止まらぬ速さでキーボード入力を行っている。

 「さて、そろそろ出撃準備に入るわ。春一君達も心の準備くらいはしておいてね」

 エリザはさらに作業のペースを上げる。ブリッジ内のオブリビオン隊員達も慌ただしく動き出し、出撃に備え始めた。どの隊員も、春一にとっては始めて見る顔だ。

 「ねぇ、ここにいるのってみんなオブリビオンのメンバーなの?」

 春一が隣で大あくびをしていた祐樹に尋ねた。

 「ん?いや、正式なオブリビオンメンバーは数人だけだろうな。他のは多分、傘下の組織。ほら、うちは少数精鋭がモットーだろ?」

 「そうなんだ。きっと、戦艦内の他の場所にも沢山いるんでしょ?正直、びっくりだよ…」

 「まぁ、オブリビオンは未来界を統治する有力組織だからな。一声かけりゃ、こういう人員は簡単に集められるんだよ。それより、ビックリなのはこの空中艦隊の方。こんなの、数時間で用意で出来るようなしろもんじゃないぜ…」

 「へぇ…やっぱり、レイヴンの力?」

 「手配したのはエリザだろうけど、決め手になってるのはレイヴンの存在だろうな」

 「……」

 春一はブリッジ中央に佇むレイヴンに目をやった。その場の誰よりも高い身長に、細身だがガッチリとした体格。その立っているだけだというのに、充分な貫禄が出ていた。

 

 『作戦開始時間です。これより、出撃体制に入ります』

 エリザの声が拡大され、艦内放送として流れた。ブリッジ内がたちまち静かになる。三隻の乗組員全員が放送に耳をそば立てた。

 『まず、出撃前に本作戦の概要を確認します。作戦開始時刻は夢時間1:00。空中艦三隻を持ってドックより出撃、ユニバース上空に浮かぶプリズンマンションの集合体へ突入を決行。以降、マンションの集合体は目標地点αと呼びます。尚、予想されるユメクイの襲撃を正面より迎撃するため、出撃後は二キロ地点まで現状高度を維持し直進。その後、上昇・旋回して、高度を合わせた状態で接近します。目標地点αに到着後、探索班がマンション内に侵入。夢時間6:00を持って探索は終了とし、全探索員を収容後、帰還します。作戦にあたり、全指令系統はこの一号艦から伝達します。それでは、リーダーのレイヴンから出撃の号令を…』

 レイヴンはイメージによりヘッドセットを装着し、全乗組員に対しを語りりかけた。

 「……皆、短時間で準備、ご苦労だった……言わずともわかると思うが、今回の作戦はオブリビオンの…いや、ユニバースの命運をになうものになるかもしれない……心してかかってくれ」

 レイヴンはそこで振り返りエリザに視線を送った。エリザは口を和一文字に結んで小さく頷く。

 「……出撃!」

 レイヴンの号令がかかった。それを合図に乗組員達があわただしく動き始めた。

 エリザは、立体映像のキーボードやパネルを複数同時に操作し、空中艦隊発進の指揮を取る。

 「全艦、出力を50%に維持、半重力装置稼働!」

 モーターの回転音が、だんだんと速く大きくなっていき、艦内に響き渡る。そしてその音が最高潮に達した時、巨大な船体はわずかな振動と共に浮かび上がった。

 エリザは指令を続ける。

 「ドックゲート、開放!」

 戦艦正面の分厚いゲートが、地響きと共にゆっくりと開いた。ユニバース外界の晴れ渡った青空が姿を表す。

 「1号艦、発進!」

 エリザの声とともに、オブリビオンのメンバーを乗せた空中戦艦がDreedam《ドリーダム》の大空へ飛び立った。後を追うようにして残りの二隻が続いて発進した。

 

 

 空中戦艦が大空を航行する中、ブリッジ内の祐樹は、背中を丸めて武者震いをした。

 「くぅ~。もしかしたら、夢の王に会えるかもしんねぇのかぁ!なんかこう、テンション上がるな~」

 そんな祐樹とは対照的に、春一はどこか思い詰めた表情だった。

 「ん?どうした、春一?」

 祐樹が聞く。

 「確かめておきたい事があるんだ…」

 春一はそう答えると、デッキ中央のレイヴンの元まで歩いていき、横に並んだ。

 「レイヴン…こんな時になんだけど、聞きたいことがあるんだ」

 力のこもった強い言葉で尋ねる。

 「……何だ?」

 レイヴンは、その燃えるような瞳を真っ直ぐ進路に向けたまま応じた。

 「夢の王ってどんな人だったの?」

 そう聞くと、レイヴンは言葉に詰まり、眉をひそめた。

 

 『高度変更地点に到着、これより上昇旋回します』

 後ろでエリザの指示が飛ぶ。

 

 数秒の沈黙をおいて、レイヴンが口を開く。

 「……覚えていない。夢の王は消失の際にドリーダム《Dreedam》のすべて民の記憶から、自らの顔、背丈、声、性格といった人物を特定する全ての情報を消し去ってしまった。それ故、王がどのような人物だったか覚えている者は誰一人としていない…」

 「夢の王は、そんな事まで出来たの?」

 「あぁ……『忘却』……それは王の中でも特に優れた能力の一つ……故に我々は忘却《オブリビオン》なのだ」

 「そう…だったんだ……ねぇ、レイヴン。実は俺…」

 「レイヴン!」

 春一の声を、エリザがかき消した。艦内放送に切り替え、伝達を続ける。

 『前方にユメクイの集団を確認!500M先!』

 乗組員全員がブリッジのフロントガラスの外に注目する。上空1000Mを航行する三隻の空中艦隊、その前方に浮遊するマンション群から、黒い巨軍が吹き出し、艦隊の行く手を塞いだ。

 「…総員戦闘態勢」

 レイヴンがヘッドセット越しに命令を出す。

 

 

 - ユメクイの大群と、空中艦隊の戦闘が始まった。

 

 

 

 

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