ロイヤルより愛をこめて   作:加賀崎 美咲

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1話

 柔らかい陽光に照らされた中庭、整えられた庭草に囲まれたその場所に小さなテーブルが設けられていた。処女雪のように汚れ一つないテーブルクロスが敷かれ、繊細な模様を描かれた食器の上には、食欲をそそるサンドイッチや焼き菓子が並べられていた。

 

 そんな昼食の席に座っている二人はメイドと主人であった。椅子に座らされた主人は優雅な手つきで紅茶を淹れるメイドをぼんやりと見ていた。メイドが紅茶を煎れ終えて主人と自分、二人のための薄茶色の紅茶をテーブルに並べて、見ていた主人が少し得意げに口を開いた。

 

「あぁ、これは知っている。『ロイヤル』ミルクティーだね?」

 

 そんな主人の得意げな表情をメイドは可愛らしいものでも見たように、貴婦人を連想させる笑みを浮かべて肯定した。

 

「はい、その通りでございますご主人様。……ただ、ロイヤルのメイドとして一つだけ注釈を入れさせて頂くと、こうしてミルクで煮出したものはシチュード・ティー、ロイヤルミルクティーと呼ぶのは重桜の文化でございます」

 

「そうだったんだ。君は博識だね。ものを知らない自分が恥ずかしくなってくる」

 

「もったいないなき言葉。浅学の身、ただ仕事に関わることでしたから知っていただけで。それより、ご主人様からわたくしたちのことを知ろうとしていただけただけでも、このベルファスト、天にも登る気持ちでございます」

 

「ベルファストは私をおだてるのが相変わらず上手だ。あまりそう褒められると、そのうち得意になって木登りでも始めてしまいそうだ」

 

「それは重桜のことわざでございますね」

 

 今度はメイドが得意げな顔を見せる。主人は我のことのように嬉しそうにして、小さく手を叩いて拍手を鳴らしていた。そしてメイドの顔を覗き込み、イタズラを企む少年のような顔で彼女に問うた。

 

「正解だ。さすがだね。それでは正解者には何を進呈したらいいだろう?」

 

「いえ、ご主人様。メイドに報酬など不要。あなたに仕えることこそが最上の喜びを与えてくれる報酬でございますとも」

 

 微笑み、心の底から思っていると言うように、メイドは小さくお辞儀をした。しかし主人はそれを面白くなさそうに唇を尖らせて、彼女に突っかかる。

 

「ベルファスト。そう、遠慮ばかりしてしまうのは君の良いところだけれど、欠点だね。私は君の主人なのに与えられるばかりで、君の主人が私である必要がないんじゃないかって思ってしまうよ」

 

 主人の愚痴のような小言に、メイドは困ったような笑みを浮かべる。子供の主張のような文句にメイドは必要とされて嬉しく思う反面、最低限以上に求められていることに起因する複雑な感情を持て余していた。

 

 彼女はでしたらと湯気が立つ紅茶を示して。

 

「では、せっかく煎れた紅茶の感想などを、できましたら冷めてしまう前に」

 

「君は安上がりなメイドさんだ」

 

 嘆息と共に紅茶に口をつけた主人は一言、美味しいとだけ感想を述べた。熱い紅茶を少しづつすする静かな音だけが二人の間を流れる。険悪といかないでも、少し居心地が悪いことには変わりない。

 

 先に折れたのはメイドの方だった。嬉しさと困った様子をごちゃ混ぜにした顔で、彼女は主人のご機嫌をうかがって慎重になっていた。

 

「ご主人様。感謝の気持ちを示したいという、ご主人様のお気持ちは嬉しいのですが、私は一介のメイドでございます。一人だけ特別扱いされては他の者に顔向けできません。ですから……」

 

 目に見えて特別だと分かってしまうお礼などされてしまうと困ると、メイドは言う。いつも良くしてくれる彼女へ、その気持ちを伝えようとしていた主人はそんな彼女のメイドとしての吟味を煩わしいと思いつつ、そんな職務に忠実な彼女らしいとも見ていた。

 

 うまい着地点が見つからず、主人は小さくうなっていた。それはそうと紅茶は相変わらず美味しい。煎れた茶葉、用意された茶菓子、テーブルの装飾、どれをとってもメイドの仕事は完璧だった。

 

 そこでふと気がついた。テーブルの中央、薄い色の花をつけた花が置かれている。生花ではなく、色あせる事がないプリザードフラワーだ。それを見て主人はいいことを思いついたと自分の発想を自賛しつつ、浮き足だつ表情でメイドを見た。

 

「ベルファスト。今度のアフタヌーンティーは、私が花を用意しよう。それくらいはいいだろう?」

 

「花でございますか? そのような些事、私がいつものように……」

 

「違うんだ。ベルファスト」

 

 主人は笑みを深くして、メイドの手をそっと優しい手つきで取り、宣誓を行う騎士のようにひざまづいて、メイドの顔を見上げている。

 

「君が用意してくれるお茶会に、今度は私が花を送るよ」

 

「そのような、ご主人様の手を煩わせることなど」

 

「君とのお茶会にトネリコの花を置こう。白くて可愛らしい花が咲く。もうすぐそんな季節だ。お茶会には相応しくない花かもしれないけれど、いいだろうか?」

 

 そんな主人のねだりにメイドは少しの合間、らしくもなく面食らった顔をした。その花の意味を思い出していたからだ。すぐに惚けた顔を直して姿勢を正して毅然と構えて、普段通りに戻ろうと努める。

 

「ご主人様がそうおっしゃるのでしたら、一介のメイドに拒否をする権限などございません。ええ、ありませんとも」

 

 そう話す声は喟然とした普段通りの調子だけれど。それ以外の表情は緩んでいて。感情を隠しきれないのか耳が小さく動き、紅茶のおかわりを入れる手つきは弾んで軽やかだ。

 

 メイドは主人の気持ちと、それを他のメイドには分からないようにそれを示す気遣いに彼女は小さく笑っていた。つられて主人も小さく笑っている。二人でいる素朴な幸福を感じながら。

 

 季節は冬が明けて、春になろうとしている。新緑が芽吹き、蕾をつけた花が花開こうとその時をただ静かに待っていた。

 

 

 

 ●

 

 

 

 その鎮守府は周囲を小高い丘に囲まれた地形にある軍港にあった。今世紀に入り、昔ながらの古都から近代的な戦いのための港に作り替えられたため、そこへ続く道のりは少し荒い砂利道を経由してのものだった。鎮守府へ向かう軍用車は士官用の、比較して高価な車両が砂利道にタイヤを汚しながら、目的地へと向かっている。

 

 高級な皮の背もたれに背中を預けている人物は、そんな軍用車には似つかわしくない人物だった。隣には手提げの鞄を置き、取り出したのであろう書類の束ををめくって読んでいた。優雅ささえ感じる所作を見せる彼女だが、その服装は珍妙の一言だ。俗にメイド服と呼ばれる給餌服に彼女は身を包んでいた。

 

 公務の軍用車とメイド。実に不自然な組み合わせだが、そのような感想を持つ者はいない。むしろ、この組み合わせこそが自然であると人々は口にするだろう。それはひとえに、彼女の存在があまりにも有名すぎるからだ。

 

 エディンバラ級二番艦『ベルファスト』。過去に存在した軍艦と同じ名を彼女は与えられ、彼女が人ではなく戦うために作られた道具に他ならないことを意味していた。

 

 かつてこの水の星で人々は文明を発展させていた。しかし永遠に続いていくと無邪気に信じられていた輝かしい未来は、突如現れた『セイレーン』を名乗る異形の敵によって破壊された。シーレーンは破壊され、陸地の奥に移住を迫られて、人類はあわや根絶を目前にしてしまう。

 

 その人類の敵に対抗するように現れたのがベルファストと同じ、過去の軍艦を模して作られた『KAN―SEN』たちであった。彼女らは反セイレーン勢力、『アズールレーン』の組織立ち上げを狼煙に、セイレーンへの反撃を開始した。度重なる戦いにより、人類はなんとか生存圏を維持できる程度には世界を取り戻していく。

 

 しかし苛烈極まる攻防の中でいくつものKAN―SENの命が果てていった。各鎮守府で欠員ができると、大本営から新たに建造されたKAN―SENが補充されていて、人類は生存圏を崩壊寸でのところで維持することができていた。

 

 そして今、軍用車に揺られているベルファストもそんな補充要員の一人だった。手元の資料をパラパラとめくり、ベルファストはこれから自分が所属することになる鎮守府の詳細を見ていた。

 

「保有するKAN―SENは中規模ながら、東部方面海域において優秀な戦績。特に半年前に決行された侵攻作戦では、最小限の損害でセイレーンに占拠されていた島々を制圧し、海域を奪還、功績を評価され叙勲までされている。なるほど、とても優秀な指揮官のようです」

 

 そう言いながら、ベルファストは期待に少なからず胸を膨らます。あくまで戦うための軍艦であるはずの彼女だが、メイド服を着ているが故か、それとも生来の気質か彼女には指揮官となる者への奉仕の欲求が少なからず存在した。そして使える主人が優秀であればあるほど、大きな満足感と充足を得られると、ベルファストは本能的に理解していた。

 

 そうした性質は建造された全てのベルファスト共通のキャラクターであり、他の鎮守府に所属するベルファストも同じように指揮官への奉仕を日々完璧にこなしていた。

 

 これから世話になる鎮守府での自分の働きを想像して、早く車が到着しないかとベルファストは車窓から外の景色を眺めた。あいにくと空模様は薄暗く、今にも雨が降ることを予感させる気持ちの良いものではなかった。

 

 

 

 ●

 

 

 

 車が鎮守府の正門に到着したのは昼過ぎだった。高く厚い正門の前には憲兵が立ち、ベルファストが軍用車から降りてくるのを認めると、敬礼して彼女を迎え入れた。少し待つように言われ、ぼんやりと去っていく軍用車を見送っていると、先ほど眺めていた建物の方から歩いてくる人影が見えた。

 

 やって来た人物はベルファストとデザインの違うメイド服を着ており、ベルファストは初対面ではあったが、記憶からそれが誰なのか見覚えがあった。ベルファストの姉妹艦であるエディンバラだ。ベルファストにとっては姉に当たる存在である彼女も、ベルファイトの姿を見ると驚いたような顔をして、すぐに親しい姉妹にするような笑みを浮かべて彼女はベルファイトの前へと立った。

 

 対面すると二人は鏡写しのようであった。妹であるベルファストはどちらかというと綺麗な女性であり、長い睫毛や切れ長な瞳が知性や独り立ちした強い女性を思わせる。対して姉であるエディンバラは妹と比べて愛らしい女性であり、少し度の強い丸メガネや困ったような形の眉は庇護欲を引き立て、守ってあげたくなる女性像を作り出している。しかし鏡合わせのような二人も、姉妹であるからか顔立ちや表情の雰囲気は近しいものがあって、二人が姉妹だということに疑念を抱かせる余地はないように思える。初めての対面だけれど、長年連れ添った姉妹のように彼女らはやりとりを行う。

 

「お久しぶりです姉さん。ご息災で何よりでございます。本日より私もこの鎮守府でお世話になる身、ご指導よろしくお願いします」

 

「あなたとは、はじめましてになるのね。ええ、これからよろしくねベル。さ、指揮官がお待ちだわ。指揮官のいらっしゃる執務室まで案内するからついてらっしゃい」

 

 それに天気も崩れそうだわ、とエディンバラがベルファストを急かしつつ、二人は先ほどから見えていた官舎へと歩みを進み出した。官舎はベルファストが思っていたよりもさらに大きな建物だった。お堅い軍の建物という雰囲気はあまりなく、どちらかというと大学の新しいキャンパスを思わせる見通しの良い建物であった。しかしそこへ一歩足を踏み入れ、ベルファストはらしくもなく、面食らって動きを止めてしまう。

 

 目線だ。それまで官舎の中では何人ものKAN―SENが思い思いに過ごしていた。だがベルファストが官舎に足を踏み入れる姿を認めると、その顔を見て驚いたような、どこか引っ掛かりを覚えたような顔をしていた。

 

「——ねぇ、あれって……」

 

「指揮官はやっぱり……」

 

 幼い外見の駆逐艦たちは集まって、聞こえないような小さな声で何かを相談して、ベルファストと目が合うと一目散に雲子を散らすように何処かへ姿を隠した。

 

 どこか暗い影が鎮守府の空気にはあった。しかし前を歩くエディンバラは特に気にした様子もなく、もしくは気がついていないのか軽い足取りで廊下を進んでいく。しかしそんなエディンバラの様子にどこか彼女らしさがないように感じたベルファストは、エディンバラを呼び止めた。

 

「姉さん、一つ聞いてもよろしいでしょうか?」

 

「はい? どうしましたベル? 大したことでなければ、早く指揮官の元まであなたをお連れしたいのだけれど……」

 

「その……。どうして皆さまは、ああいう……」

 

 暗い雰囲気なのか、とは言葉が続かなかった。直接的な言葉を避けてしまったために言い淀んでいると、何かを察したらしいエディンバラが微笑み、大丈夫だと言う。

 

「ああ、そうね。ベルはまだ来たばかりだから知らないわよね。お姉ちゃんうっかりしていたわ」

 

「と、言うと?」

 

「ついこの間までロイヤルの総力を上げた、セイレーンへの大規模侵攻作戦があってね。もうすぐ最終攻略作戦を控えてるの。だからみんな少しピリピリしてる。きっとすぐにみんなもあなたも慣れるわ」

 

「……そうですか」

 

 エディンバラの言うことにひとまず納得したようにベルファストはうなずいて見せた。だが、この鎮守府の妙な雰囲気は、その説明だけでは足りないことは明らかだった。しこりのような、問題を後回しにしてしまった後悔が残るベルファストとは反対に、エディンバラは軽やかな足取りで進んでいくと官舎の中央、指揮官の待つ執務室に到着していた。

 

 部屋をノックし、先導していたエディンバラが返事も待たずに扉を開く。そのようなメイドにあるまじき所作を見て何か言おうとしたベルファストだったが、それはそれ以上の衝撃に遮られることとなった。扉を開け中の様子を見てベルファストが最初に思ったのは、そこが酷く簡素な部屋であることだった。執務室には指揮官の使う木製の机と応接用のソファーがいくつかあるのみで、他には執務に必要な道具や書類があるばかりだった。

 

 そのような無機質な部屋の中で彼は扉の開いた音を気にした様子もなく、手元の書類を処理している。その横で黙って姿勢を正して控えていた、栗色の髪をしたメイド服のKAN―SEN、ベルファストと同じロイヤルに属するタウン級軽巡洋艦、シェフィールドが目を開いてベルファストの顔を見ていた。

 

「指揮官、どうやら連絡のあったベルファストがいらっしゃったようです」

 

「——あぁ、もうそんな時間か」

 

 返事に使われたのは気怠げな声。そこでやっと彼は初めて書類から顔を上げて前を見た。待ちに待った指揮官との対面に思い描いていたものはなく、ベルファストはそれまで持っていた淡い期待が冷や水をかけられたように失われたのを感じる。指揮官と目が合い、ベルファストは少し恐ろしくなった。

 

 その目だ。そこの読み取ることのできない暗い一対の瞳がベルファストを見ている。それはまるで勇者ペルセウスを石に変えてしまいそうになった怪物ゴルゴンの呪いの視線のように彼女を釘付けにしてしまった。

 

 そのまま部屋の中で誰も言葉を発さず、長い沈黙が続いた。そんな停滞を破ったのはエディンバラだった。彼女ははにかんで見せて、何も言わない指揮官をたしなめた。

 

「指揮官? 新たに着任したベルファストですよ? 歓迎の言葉など如何でしょう?」

 

「そうだな、エディンバラ。君のいう通りだ。……はじめまして、ベルファスト。私はこの鎮守府を預かり、KAN―SENの指揮を一任されている、君たちの指揮官だ」

 

「ご機嫌麗しゅうご主人様。すでに聞き及んでのことだとは承知の上で。エディンバラ級二番艦のベルファストでございます。今後とも武勲と奉公、両方の面からご主人様を支える所存でございます」

 

 少し面食らいながらも、何度か心の中で行った練習通りの挨拶ができたと、内心でベルファストは会心の出来に手応えを感じていた。これからKAN―SENとメイド、双方の役割から指揮官に仕えよう、そう思っていたところで、そのベルファストの思いは呆気なく潰えることになった。ベルファストの宣言を聞いて、指揮官は首を振る。

 

「いや、ベルファスト。きみには今後予定されているセイレーンが制圧している海域での攻略作戦における活躍だけを期待している。私は君にメイドとしての働きは一切望んでいない」

 

「それは一体どういった……」

 

 指揮官の拒絶と取れる言葉にベルファストは少なからず動揺していた。KAN―SENはその人型の軍艦としての機能をこなす上で、人とより密に接することができるようにある程度のキャラクター付けが意図的に行われていた。ロイヤルであれば貴族社会から選択されたそれを、鉄血であれば殺戮の担い手としての個性を、他勢力もそのモデルに準じて個性付けが行われている。

 

 人とのコミュニケーションのための用意されたそれはKAN―SENにとってもある種のアイデンティティーに相当するものであり、それを不要というのは人のようなKAN―SENをただの兵器、破壊の道具と同じように扱うと言うのに等しかった。それをKAN―SENを指揮する指揮官が自ら行おうとしている事実は、ベルファストに少なくない混乱をぶつけていた。

 

「指揮官、昼食の時間です」

 

「……ああ、もうそんな時間か。——失礼する」

 

 何も言わなかったシェフィールドが手元から懐中時計を取り出し、時刻を確認して指揮官に伝えた。シェフィールド言われ、指揮官は執務机の影から少し年季を感じるランチバスケットを取り出して中身を出した。机の上に並べられたのは黒い水筒と携行用の軍用食、俗にレーションと呼ばれるものであった。

 

 水筒の蓋を外し、蓋をコップ代わりに中身を注ぐ。流れ出てきたのは真っ黒なコーヒーである。それを軽く口に含んで口の中を湿らせ、ビスケット状のレーションを食していく。食事はものの数分で終わった。出たゴミと空になった水筒をランチバスケットに戻し、何事もなかったように指揮官は仕事を再開していた。その光景にベルファストは唖然としていた。そして気がつくと、彼女は怒りを持って怒鳴り声を上げていた。

 

「シェフィールド! エディンバラ! これは一体どういうことですか!」

 

 流石に叫ばれては無視できず、指揮官は手を止めて顔を上げ、隣にいたエディンバラは驚きに少し体を浮かせ、黙っていたシェフィールドも彼女を一瞥していた。煩しそうに顔を歪ませて、シェフィールドが確認するようにベルファストをにらんだ。

 

「どういうこと、とは一体どのことを指したのでしょうかベルファスト。今あなたが怒りを露わにする必要がどこにありました?」

 

「なぜロイヤルのメイド隊たの一員たる者が、ご主人様にそのような冷や飯を食すことを許しているのですか。そのようなことを許すあなたではないでしょう? なぜそのようなことがまかり通っているのですか、説明なさい!」

 

「指揮官は周囲のことを自ら行なっています。我々に与えられた職務は戦場での戦争行為のみ、秘書艦である私はこうして指揮官に時間の経過を正確に伝えることが職務です」

 

「それがロイヤルのメイドの言葉ですか!」

 

 シェフィールドの主張にベルファストが自分が怒りで頭が充満されていくことを自覚して、それでなお止められそうになかった。叫び、今にもシェフィールドに掴みがかりそうな勢いのベルファストを制止したのは指揮官であった。どこか謝るような口調で話しかけてる指揮官の表情は暗い。

 

「いいんだベルファスト。先ほども言っただろう? 私は君にメイドとしての働きは望んでいない。君だけじゃない、すべてのロイヤルのメイドにはその業務を無期限に停止させている」

 

「そんな……、一体どうして」

 

「セイレーンとの戦争に立つため。私は道具以上の働き、行動を、君たちの望んでいない。君たちは命令される道具として、敵を殺す仕事だけに専念してくれていればそれでいい」

 

 そう言った指揮官の声色はベルファストがなんと言おうと、意見を変えるつもりはないのだと言外に伝えていた。主人をたてるメイドとしての吟味が自分自身を縛りつけ、それ以上の追求をベルファストにさせなかった。

 

 もう言うことはないと、指揮官はベルファストに退室を促して 、無言になったベルファストはエディンバラに連れられて、執務室を出て行かされた。

 

 

 

 ●

 

 

 

 執務室から退室させられたエディンバラは、これからベルファストが使うことになる自室へと連れていくと言った。官舎に併設された宿舎に行く道は石畳が敷かれ、葉脈のように広がって続いていく。整備された道の一つ一つが母校の端々へ伸びていくが、行先が建物の影に隠して目的地を見せない。そんなロイヤルらしい景観演出が、見たことのない記憶だけのロイヤル感の故郷をベルファストに連想させた。

 

 ベルファストには訪れたことのない、自身の名前の由来となった國の風景の記憶があった。メイドとして、艦船としての知識もある。これはすべてのKAN―SENに共通する仕様であった。誰もが当たり前のように経験のない、KAN―SENとして機能するための知識や記憶を与えられていた。ベルファストをはじめとする全てのKAN―SENは兵器としての揺らぎのなさ、人に使われるが故のキャラクター性を求められ、そうした仕様を皆一律に同じ機能、同じ人格を有して、各母港に配属される。

 

 そんな自分のもので、同時に自分のものではない記憶を持った同一の存在に思うKAN―SENたちではあったが、大本営により同じ母港には同じ艦は一体のみという方針が取られていることで強く意識する機会もそれほどない。

 

 そんな思索にふけっていると前を歩いていたエディンバラが申し訳なさそうな表情でベルファストに見せながらふり返った。

 

「ごめんなさいベル。でも指揮官を許して欲しいの。普段はもっと優しい人なのよ。だけどもうすぐ海域の攻略も佳境だから……」

 

「ですがあのような……。それに私たちメイドは主人に仕え、必要とされる前から動くことこそ至上。それを、あまつさえ、ご主人様にあのような粗末な食事を許すなど」

 

「でも指揮官がいらないと言っているのだから、私たちのしたいことを無理やり押しつけるわけにもいかないわ」

 

「そうかもしれませんが、私は……」

 

 ないもしない自分を許せない。鳥が空を飛び、魚が水の中を泳ぐように、ベルは指揮官に仕えることで初めて自分が自然体でいられると思っていた。だからこうして仕事を振られず、待機を強いられた現状はベルファストには受け入れがたい。

 

「きっとそのうち、また指揮官が私たちの作った食事をいただいてくれる日がまた来るわ」

 

「それまではメイドではなく、ただの兵器でいろと?」

 

「少なくとも指揮官はそう望んでいらっしゃってる。ならその要望に寄り添うのもメイドの務めでなくて、ベルファスト?」

 

 そうベルファストを説得しようとするエディンバラには、疲れたような諦観をその声に滲ませていた。疲れ切った笑みを浮かべる姉に、ベルファストがしてあげられることは何もなかった。

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 


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