【完結】増殖少女よ、地を埋め尽くせ   作:豚ゴリラ

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この作品は……続きませぇん…………!!!!


増える少女

揺らめく夕日。

赤く染まる天蓋の下を多くの人間が行き交う。

 

黒いスーツに身を包んだ青年。

学生服を着こなす三人組の少女。

赤いランドセルと黒いランドセルを背に仲良く駆け出した幼子。

 

連なるビルの合間を走り回る大きな道路の上は、彼らでいっぱいいっぱいだ。

今、この時刻は逢魔が時とも言って、人ならざる魑魅魍魎が世に現れるらしいが――この光景を見る限り、まったくの無関係だろう。

平和極まりない、現代日本の街によく見られる姿で、それ以上でも以下でもないし、意味深な裏側も存在しない。

 

世界のどこかでは今この瞬間にも命が失われているというが、この国、この街にはそれさえも一切関係ないのだ。

 

ただ普通に生まれて、普通に育って、普通に生きて、普通に死ぬ。

きっと人口の九割程度はそんな一生を送るだろう。

 

 

……何故こんな事を考えているのだろうか。

些か――いや、それどころではなく意味不明だし脈絡のないことだ。

間違いなく今の俺はちょっとどころではなくおかしい。

 

思考回路はめちゃくちゃだし、過度なストレスを受け続けた神経はチリチリと焦げ付くように悲鳴を上げている。

ついさっきまで会社のデスクに張り付いて社畜らしくセコセコとプログラムを書いていたのだが、一時的に仕事から解放されたせいで考える余裕が生まれてしまった。

きっとそのせいだ。

 

ほんとは考えたくなんて無いし、暗い思考なんて害にしかならない。

そう分かってはいるが、俺の足が帰路につくことを止められないように、嫌な考えはただただ回り続けている。

 

 

「……一旦家に帰ったら、飯食って、風呂入って、寝袋持って……また、会社かぁ……」

 

 

口に出せば、尚更現状が嫌になってきた。

多くの人が帰宅する電車に乗る中、俺は出勤のために電車に揺られなきゃならんのだ。これのなんと恐ろしいことか。

俺は何故ここまでして働いているのだろう。

 

 

……………。

 

………ほんと、なんでだろうなぁ……。

 

 

理由なんて、『生きるため』とか、そんな程度のことしか無い。

それ以外はないし、それ以上も求めていない。

現代に生きる他の社畜達はどうやってモチベーションを保っているんだろう?

 

俺は既に心が折れそうだ。

 

正直金がほしいわけでもないし、趣味だって精々ゲームを少しやるぐらい――最近は忙しいせいでパソコンもコンシューマ(据え置き機)も起動していないが――かといって、仕事に熱意があるわけでもない。

ぶっちゃけ、偶々適正があったから今の仕事を勤めているだけ。

 

他に理由なんて無いのだ。

 

 

「あー!駄目だ駄目だ……!もっと心に優しいことを考えよう……!」

 

 

心に活を入れる。

周囲に迷惑をかけないようボリュームは小さくしてあるが、自分に対して言う分には十分だ……!

これ以上心を荒ませてしまえば、まだまだ残っている業務に支障をきたしてしまう。

だから心に優しいことで癒すんだ……。

 

心に優しいこと……そう、何かあったはずだ……。

 

……たしか、そう。この前の友人との会話は心が安らいだ……。

 

 

『うんち!』

 

『うんちっち?』

 

『おちんちんランド開演』

 

『わぁい^^』

 

 

――ろくな会話がねえ!!

今時小学生中学生でももっとマシな会話してるわ!!

 

待て、もっと理知的な会話があったはずだ!!

そう、例えば――!

 

 

『俺の利き玉*1どっちだと思うー?』

 

『右!右!!!右ィ!!!!』

 

『ざぁんねぇえん!!!左でしたああああぁ!!!!ぷぷぷ!ざああぁこぉ!!!』

 

 

「よし、飯買って帰るか」

 

 

思考に無理やり蓋をして脳髄で満面に咲くお花畑を隠す。

全国展開中――と、店長が思い込んでいるだけの個人経営のスーパーの自動ドアを潜る。

 

生暖かい風を顔で受け止めつつ、少しばかり密度の薄い陳列棚を物色した。

ここは気持ちよさを求めて750ミリリットルのウォッカ――と言いたいが、まだまだ仕事が残っている。

ノンアルコールのビールと生ハム、唐揚げ弁当を会計してもらい、若干瞳孔が開ききっている目での見送りを背に再び自宅へ向かった。

 

 

 

……そういえば、気付けば心が軽やかになっている気がする。

首筋は未だチリチリと焦がされているみたいだし、胸の強すぎる鼓動は変わっていないが――なんとなく……軽く……なってる、のか?

 

 

……けどまぁ、気分が晴れたことに違いはない。

これで責任や義務や納期と言った言葉が世界から失われてくれればもっとハッピーなんだけどなぁ。そんな世の中になってくれるのなら衆目が見守る中でのアヘ顔ダブルピースだって熟してみせる。

 

もっともそんな事ありえないし、俺が社畜から解放されることもありえない訳で。

今みたいに騙し騙しでなんとか生きていくしか無いんだろうなぁ……。

 

――やっぱ、現実って糞だわ、と。

口の中で何度も零した。

 

 

 

「あっぶなぁぁぁい!!!!」

 

「は?」

 

 

後方から声が響く。

しわがれた爺さんの声なのに随分と元気だなあ……。

というかそもそも誰に向かって言って―――。

 

 

「―――は?」

 

 

巨大な黒馬が、走っている。

4つの蹄でアスファルトを蹴り砕きながら、その巨体は驚くべき速度で大きく――――いや、違うわこれ。

こいつ俺の方に向かってきてる――!?

 

 

「ヒヒイイイイィィィンッッ!!!!」

 

 

ゴリュ!

何か、水を含んだものが潰れた音が鼓膜を通り越す。

いつの間にか、視界は真っ暗で、意識も――黒――――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「は?」

 

 

コマ送り。

まるでページを飛ばしたように目に映る色がまったくの別物に成り代わった。

ビルの群れはどこへやら、いつの間にかマイナスイオン的な爽やかな空気に満ちた草原が足元から四方八方に広がっている。

いやあ、馬に引かれた時はどうなるかと………?

 

 

…………うん?

………………………うん?

 

 

「…………?」

 

 

目を擦る。

いや、だってこれおかしいでしょ。

きっと俺は疲れているんだ。

3日間のデスマーチ、ダース単位で消化した栄養ドリンク。寝心地の悪い椅子の上で、申し訳程度にしか取れなかった仮眠――きっと、そのせいで疲れすぎて一時的な幻覚を見ているだけだ。

だから、心を落ち着かせて。

 

ゆっくりと、息を吐いて。

爽やか極まりない空気を肺に入れてリフレッシュ。

さあ、もう一度目を開けば元通り―――

 

 

 

じゃねえわ。

 

 

「って、なんか手ちっさ!?」

 

 

更に思考が混乱する。

先程までの比じゃないほどの焦りが脳髄を蹂躙した。

両手の平を凝視すると、やはりどう見ても白く細い――これ迄のモンゴロイドの肉体ではなく、コーカソイドの血を如実に感じる色彩を放っている。

造形だって、なんとも言い表し難いが――こんな柔らかさを備えていた記憶なんて無い。

 

………手だけではない。

二の腕も、足も、腰も、胸も。

どこもかしこも根底からデザインが変わっている。

というか、服も着てねえ。

小さく膨らんだ胸部が視界に映る。

 

 

「……ふぅ」

 

 

……思わず天を仰ぐ。

 

だって、こんなの聞いてないよ、俺。

馬との交通事故って皆こうなるの?

 

お天道様に問いかけ――え、お天道様三人居るじゃん……。

 

 

「えぇ………」

 

 

ふぁっきゅーお馬さん。

ここ、日本どころか地球じゃないのかよ。

ああ、うん。転生馬なんて初めて聞いたわ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

だだっ広い草原に背を預け、ぼんやりと空を眺める。

どこまでも広がった青色で瞳を休め、これからの展望に思考を巡らせる。

 

とはいえ、するべき事がなんなのか、我が身の変化と空の変容しか知らぬ身ではどうともいえない。 

 

 

「……よ」

 

 

上半身を起こした。

背中に突き刺さるチクチクとした感触から離れ、なんとなしに体を見下ろす。

 

…………まさか、初めて見た女体が自分のものとはなあ……。

しかも興奮さえ覚えることが出来ず、ただ未来に対する不安しか感じることができない。

 

 

「まずは、移動するかぁ……」

 

 

ため息が口腔から溢れる。

異世界なのは確定として、せめて人類や文明が存在することを祈るしかない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

空に浮かぶ3つの日輪が照らす中、草原の隅にある木々との境界線に男達の姿があった。

粗末な布地の服に身を包み、一様に清潔感を欠いた身なりではあるが、それ以上にギラギラと熱気を放つ瞳に比べれば印象に残らない。

彼等は皆薄汚れた短剣を腰に帯びており、それらの印象を統合すると『盗賊』というにピッタリだった。

 

森に紛れ込むように野営地を作り、少しばかり離れた位置にある、森の内部から平原の彼方まで伸びる大きな道を睨みつけている。

 

 

 

 

――彼等の視界から逃れるように大きく迂回し、その小さな体をさらに縮こませて移動する少女の姿があった。

 

コソコソ、カサカサと影を残し、何も身に纏わぬ姿を晒さぬよう集中しながら歩みを進める。

 

 

――視線の先には、『盗賊』達の野営地。

 

彼女は、何も持たない現状に危機感を抱いていた。

遠目も遠目、遥か遠方から『盗賊』達を発見し、そして彼等がお世辞にも善人と呼べぬことをその所業から知る事ができた時点で一つの方針を固めた。

 

少なくとも人間が存在し、そして製鉄が可能な文明を有することは確定した。

故に、少なくとも彼等の中に紛れ込めるだけの『身なり』が必要だ。

 

だから、盗む。

盗賊から服や金銭を手にする事。

それが異世界生活の第一歩だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

――残り、三十メートル。

 

 

カサカサに乾いた唇を舐める。

森に紛れ込めない白い肌を、なるべく物陰に隠すように慎重に動いた。

 

視線の先、野営地には八人程度の男たちが屯していた。

三人は少しばかり離れた所にある大きめの木の陰から獲物を探し、五人は思い思いの行動を取る。

ボロボロのテントが円形を作るように並び、その中央にある焚き火を囲んで談笑しているだけで、野営地そのものを守る見張り番がいる訳ではないようだ。

 

程々には統率が取れているようだが、これから盗みに入ろうとしても然程苦労するとは思えない。

 

 

「は、は……っ」

 

 

小さく小さく呼気を漏らす。

野営地の端辺りまでは侵入できた。

目的のテントはもう目と鼻の先だ。

 

よし、入り口の垂れ幕は―――あれは駄目だな。

焚き火を囲む男達に見られてしまいそうで、とてもではないが回り込んでいられない。

 

……しかし、裏側には人一人が通れるだけの穴が開いているようだ。

 

なるべく男達の視線が通らない様に物陰を選びつつ、靭やかな動作でもってボロのテントに空いた穴を潜る。

 

 

 

「ここは、食料庫……か?臭いな……」

 

 

思わず眉を顰めた。

ここには目的とする金銭や衣服の類は無いだろう。狙うならば、彼等が略奪の果てに得た収穫物を蓄えた物置きだ。

 

再び穴を潜り、木やテント、空箱を盾に歩みを進める。

 

 

「このテントはまだ綺麗だな……入ってみるか」

 

 

入り口も、間に積まれた木箱のおかげでいい具合に隠れている。

 

するり。

 

軽やかに差し出した足は音も無く体を運び、野営地の端っこにある大きなテントへ入り込んだ。

 

 

「当たりだ……!ここなら服もあるかな……」

 

 

大きな木箱が所狭しと並び、中身を覗き見た後なのか、開け放たれた蓋を覗けば壺や銀貨、銅貨などの貨幣が詰まっている。

 

隅に積まれた革袋を持ち上げると、ズッシリとした重みを感じた。

少し口を緩めてみると、中には銀貨がぎっしりと詰まっている。

 

これは役に立つ。頂戴しておこう。

 

 

「あとは服だな」

 

 

木箱を漁る。

 

壺。

 

壺。

 

壺。

 

そして壺。

 

次々と覗いていくが壺しかない。

壺商人でも襲ったのか?

 

……ご愁傷様だな。

 

 

「……これも違うな……こっちは……財布か。貰っておこう……」

 

 

そうして物色を続けた結果、5つ目の箱に入っていたそれなりに上質と思わしき布地の白い服を見つけた。

サイズはそれ程大きくないし、ささやかな装飾をなされた形を見るに町娘向けの服なのだろう。きっと不幸にもこの近辺の道を通り掛かってしまった服飾商人などの積み荷か。

 

 

「よし、サイズもピッタリだ」

 

 

そういうデザインなのか、腹は出ているし片袖しかない奇抜な物だったが……俺からすると服の体をなしているだけで十分過ぎるものだ。

さすがに素っ裸のままでは恥ずかし過ぎる。

 

とりあえず服を身に纏い、ちょっとばかりお裾分けを頂いたおかげで文明人に立ち返ることができた。

 

小さく安堵の息を吐き、そろそろここから離れようと出口へ足を向け―――

 

 

 

 

 

振り向いたのとたった今テントに入ってきた男がこちらに気づいたのは同時だった。

 

 

「えっ」

 

「な!?」

 

 

驚きに目を剥き、困惑と動揺の視線がぶつかり合う。

 

 

マズイ――!!

 

 

冷たい水が背筋を滴るような感覚を覚えた。

現代日本で培った平和ボケした危機管理能力でさえ、この現状があまりにも危険である事は嫌でも理解できる。

 

急速に稼働を始めた思考は時間を引き伸ばす。

 

ゆっくりと、嫌に焦らされたような感覚で男の口が開かれる。

きっと――否、間違いなくこの事を知らせようとしているのだろう。

そうなると、ああ。

最悪な未来しか見えない。

まだ己の顔も知らないが、体の状態からして十代半ばだろうか。

年若い少女が盗賊に捕まって――その未来が明るいとは、どう見ても考えられる筈もない。

 

ならどうする、どうやって口をふさぐ?

走り寄って――無理、距離は10メートルほどある。間に合わない。

物を投げる――無駄、周囲には乱雑に積まれた木箱や、中に入った壺を投げようにも、持ち上げて投げるのでが間に合わない。

なら、腰の取り付けた財布を投げてみては?

………いや、無理だ。この重さのものを投げつけたところで、怯ませる程度にしかならないだろう。

 

他には、他には?なにか無いのか!?

 

 

「―――侵にゅ――」

 

 

まずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずい――!!

 

 

早く黙らせないと、転生してはやくもバッドエンドを迎えてしまう。

そんなの認められるか――!

 

 

 

―――だから、後ろからぶん殴って気絶させた。

 

 

 

「「……あれ?」」

 

 

握り締めた右手を刺激する、思った以上に強かに打ち付けた感触に呆然とし――それ以上に、いつの間にか視界が二つに増えている事態に思考が鈍化する。

それぞれの視界には、金の髪と赤い瞳を持つ少女が映っていた。

 

…………後ろから男をぶん殴った俺は、とりあえず右手を上げてみた。

すると、箱を漁っていた俺の眼の前にいる少女――俺の右手が上がる。

 

 

箱を漁っていた俺に歩み寄って頬を抓る。

痛い。

 

……………。

 

………………俺が、()()()

 

 

………………?

 

 

?????

 

 

「……う、ううん……まずは服を着て」

 

「金を持って逃げて……それから考えよう」

 

 

2つに増えた体は、淀みなくキチンと動いた。

俺は4つの手に金や服を抱えて、盗賊達に見つかる事なく逃げ出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

枝や大きな葉っぱを組み合わせて作った簡単なテントを作って、その下で円陣を組む五人(移動していると何故か増えた)の俺は思考を巡らせる。

 

 

傍から見ている分には同じ顔の少女が相対していることになるのだろうか?

けれど、どの俺も『俺』だ。

体が増えていようが、『俺』という意思が動かす肉体が一つから五つになっただけ……だと、思う。

まだ頭が混乱している。

…………ほんと、何でこうなったのだろうか。

思わずそれぞれ隣の体の目頭を押さえた。

 

 

けれど、まあ悪い事ではない。

単純に労働力が増えたと思えばいい事だ。

これが他人であれば意思の疎通や思いやりが必要だけれど、どの体も俺が動かす肉体なのだから何も問題ない。

言ってしまえば動かす手が二つから十に増えただけだ。

 

しかも三人目以降の体には増えた瞬間から同じ服を身に纏っていた。

これで裸のままであれば風邪を引いてしまうという苦痛を味わう羽目になったが………うん、ほんと助かった。

 

とにかく、五人であれば五つ子なりで誤魔化せる。

増える条件がいまいち分からないのが少し恐ろしいが、少なくとも現段階なら……まあ、行けるだろう。

 

スッカスカのテントを通り抜ける冷たい風に殺意を覚えつつ、隙間から見える陽光の具合から日が落ち始めていることを知った。

 

 

……5つの身体を寄せ合う。

 

 

明日は人里を探そう。

まだ一日しか経っていないが、俺は寂しがり屋だったのだろうか。

なんとなく孤独でいる事が嫌でたまらない。

 

 

 

自分の熱に包まれて、静かに五対の瞼をおろした。

 

 

 

*1
利き手、利き足、利き金玉




ゴリラ的にはね、男が女になったらね、そいつはもうメスだと思う
メスがオスに恋することは別に普通では……?

新しい小説タイトル!!!

  • 増殖少女よ、地を埋めつくせ(現状維持)
  • 物量さえあればなんてもできんだよぉ!!!
  • 神様絶対殺すTS娘24時
  • 屍の山によろしく

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