【完結】増殖少女よ、地を埋め尽くせ   作:豚ゴリラ

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質問文 文字数はどのぐらいが良いでしょうか?

(5) ~3000
(33) 3001~5000
(43) 5001~8000
(55) 8000~
(304) うるせえ枕営業しろ


………しゃぶらなきゃ……!!(使命感)
とりあえず文字数は8000字を目標にしてしゃぶりますねじゅぽぽ……!!


白兵戦

アダムにとって、アリシアという少女は常に己の側にいてくれた最愛の人だ。

何者にも代えがたい最も大事な存在。

血縁など無いにも関わらず、如何な考えの元か自分を育ててくれた偉大な人――そう思う程だ。

どこかおっちょこちょいで、危なっかしいが――スレープと協力して必死に愛情を注ぐ姿に、アダム自身も愛情を向けていた。

 

 

アダムは、己がアリシアに託された瞬間の事を覚えている。

己を大事に大事に守り、彼女に託した忠節の執事の事を覚えている。

己を産み、守ろうとした――刹那の時を共にした両親の事を覚えている。

己が生まれた東の土地を、遥かなる海の向こうの事を覚えている。

 

 

赤子でありながら、確かに自我が存在していたのだ。

思考の伴わない意識ではあるが、確かにそれは在った。故に記憶が刻まれ続ける。

 

そんなアダムだからこそ――アリシアと、スレープと共に生きた全てを記憶しているからこそ、日常のすべてが愛おしくて仕方がない。

 

 

アダムの記憶には星のように煌めく宝物でいっぱいだ。

初めて抱きしめられたぬくもり。

産みの両親から初めて注がれた愛情の原型。

忠節に生きた執事から得た原初の生命賛歌。

アリシアと出会い、その真紅の瞳に宿()()()()()()赫灼の熱。

 

その出会いから始まった平穏な日々のなんと麗しいことか。

 

 

同盟者の背の上で慣れぬ手付きで抱え上げられて、ゆらゆらと揺れる中他者の腕の中で眠りについたあの瞬間。

森の中、凄まじい効率で切り拓かれていく木々の姿に歓声を上げた自分に、少女は初めて笑顔をみせてくれた。

そうして街が造られていって、魔族であるが故にさほど必要としていなかった食事を求めた時――初めて口にした『食事』。未知を既知に変えたのはなんとも不思議な体験だった。

 

――そうして目まぐるしく日々は移り変わっていく。

街は加速的に建築を推し進め、その様をアリシアの腕の中で声にならぬ応援を繰り返した。

 

 

それからしばらく。

騒音から逃れるために臨時で造られていた仮住まいから街の中心に居を移した頃だ。

 

スレープが何処かに外出した段階でアダムは空腹を訴えた。

ああ。もちろん、食料の供給元であるスレープが存在しない時点で解決法など無い。

あの時、アダムの泣きように凄まじく慌てていたアリシアの姿は今思い出しても面白くて、なんだか可愛らしかった。

 

……それはそうとしてもアダムの空腹を満たす乳を口にする事ができない状況に変わりはない。

ただただ泣き叫ぶ。ともかく泣いてどんどん泣いて、必死に乳を求めていた自分にどうすることも出来ず右往左往とするアリシアの姿は特に印象深い。

 

 

 

――そこは地下深く。

秘匿された通路の片隅でその姿を思い出したアダムは、思わずクスリと笑みをこぼした。

座り込んでいる岩肌はとても冷たくて、体の芯を震わせるように無機質だが――この思い出を眺めている内は……胸がぽかぽかと熱を発して、この寒さはまるで気にならない。

 

持たされたランタンの明かりのじっと見つめて、その光に過去の情景を重ね合わせる。

とにかく今はそのぬくもりにすがりたいのだ。

 

 

……そうだ、それから……それから……。

そう、そういえば。

それまでのアダムはアリシアの事を母と認識していなかった。

あくまで己を世話する人。あやふやな思考でそう考えていた。

 

――が。それでも必死に慰めようと彼女の乳房を口に含まされた時――生命の本能か、赤子のあやふやな認知機能が故か。アダムはその時になって自分の()が彼女であると朧気な意識で認識したのだったか。

その後、のっそのっそと巨体を揺らして姿を表したスレープに乳を与えられた時――あの時には特になんの感傷も抱いてなかったというのに、不思議なことである。

 

それからもアダムはアリシアやスレープと共に暮らし、あやふやな意識の中に日常の光景を蓄積し続けた。

アダムのおしめを慣れぬ手付きで替えて、下手な子守唄で寝かしつけられ、起きると空腹を訴えて泣き叫び、乳を与えられ、また寝る。

そんな生活の中で言語や情動を学び、人間の赤子と同じように成長していった。

 

 

最初の一年はそれのみで時間が過ぎる。

当然だ。

アリシア達に守られる以上――それが完遂される限りは大きな事件など無い平穏が約束されるのだから。

 

 

ともあれ、そうやって年を重ねるとすぐに歯が生え揃い、離乳食に切り替えられた。

アダムは知らぬことだが、アリシアは外部に置いている拠点――ハイデラの街で教えを請うていた。

時折料理教室などに通っては赤子の胃にも優しい食事を学び、それを拠点の一軒家で暮らすアダムに振る舞う。

アダムの食育とは、アリシアの成長の証でもある。

 

 

時折誤って手を傷つけながらも、頑張って用意された豪勢なグラタンの味を覚えている。

誕生日を祝った時、街に住む数十万のアリシアが華やかなお祭りを開いた日を覚えている。

奇っ怪な仏像が並べられた棚を崩した時――叱られるかも知れないと思って泣きそうになったアダムを、「怪我がなくて良かった」と強く抱きしめられたあのぬくもりを覚えている。

アリシアが繋いでくれた手の感触を、覚えている。

 

 

共に過ごした日々は宝物。

まこと貴い宝珠は傷一つなく輝いていた。

 

 

ああ。そんな宝物を、傷付けようとしている輩が――愚かな古い()()()が、酷く憎らしい。

それまで、母と同盟者に対する愛情のみで構成されていたアダムの深層心理が、初めて憎悪の味を覚えた。

 

 

 

この仄暗い地下通路。

隠れ潜むアダムを守るため、地表のいたる所で走り回る母の足音を聞いた。

僅かな痕跡や地下通路という存在につながる材料を隠すため、入り口を隠して陰ながらに守っているアリシアの存在を微かに感じる。

アダムを守るために母たちは戦っているのだ。

自分に、力がないから。

その事実が歯痒くて仕方がない。

 

 

俯いていた頭を持ち上げ、虹色に輝く瞳で天井を見つめた。

暗い土壁を――その奥の奥を、深淵を魔性の眼力で射抜く。

 

土の向こう。

街の向こう。

空の向こう。

 

――世界の向こう。

 

 

肥大化した自意識を表すかのように綺羅びやかな白い世界。

背に翼を持つ人々が飛び回る美しい世界――その中心に坐する、愚かな模倣者。

 

この世を造り、全てを愛しているなどと嘯くこの世界に於ける『唯一神』。

嘗て時空の狭間にて見た外なる神を模倣しただけのソレ(・・)は、まるで己こそがこの現状を掌の上で弄んでいるといわんばかりに微笑んでいる。

 

己が産み出した人間や――その試作品(プロトタイプ)であり完全調整品(フルチューンモデル)である彼等を自分勝手に操り、多数の犠牲を出してでもアダムを消してしまおうとしている。

母を、奪おうとしている。

 

アダムは悪人というものを知らない。

これまで一切触れることが出来なかった故の未知の存在だが――どうしても、()()が悪人と呼ばれる存在よりも上等なモノとは思えない。

人の意を無視するような、人を道具としか見ることが出来ないような神なぞ、どうして上等な、高潔で貴いものと崇めることができようか。

 

 

なんと、なんと醜い事か。

 

……あれが、己の前身とは思いたくない。

()()()()()が未来の自分と同格で同類で、()()を成す存在とは……。

 

 

「嫌だなぁ」

 

 

地下通路に、そんな呟きが染み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

雨あられと降り注いだ殺意は、本当の戦の前の小さな衝突――そういわんばかりに騎士達は「ようやっと戦が始まる」と告げ、地を揺らす大きな鬨の声を上げた。

 

 

そうだとも。

今この瞬間、ようやく本格的な戦が始まった。

 

……それまでの()()()()()で防壁に穴が空き、侵入ルートが出来たというのは……ああ、控えめに言って最悪だな。

しかしアリシアとて今更「じゃあ降伏します」とは言えない。言うつもりもない。

何が何でも、何を対価にしても奴等を退ける。

 

 

「発射ァ!!」

 

 

剛!と再び大砲が鉄の塊を吐き出した。

騎士達が存在する場所目掛けて撃てる大砲は当然ながら限られており、総数の内1割程度。

しかし、それでも90門。されど90門。

加えて50の投石機と、防壁の上に立つ2000の弓兵。

 

その数のみを見るなら強大な防衛力とも思えるが……しかし、未だ増え続けていく数万の騎士を相手取るには不足に過ぎる。

 

彼等はどんどんと広場をその物量で押し拡げ、最初は数百メートルしか無かった空間は今では数キロメートルにも及ぶ騎士達の通り道へと変貌している。

召喚主はどこにいるのか、広場の端から湧き出る大勢の騎士に隠れてその姿は影すら捉えられない。

 

……しかし、だ。ここで重要なのはそれではない。

問題なのは()()()()()()()()()()()()()()()と言う事だ。

先程までなら木々で鈍っていた足運びは迅速になり、戦列を組む空間が生まれた事で規律だった動きを取るものが増えた。

いくらかの騎士はそれにとらわれずに自由に動き回っているが――それもまた戦略か。

 

そんな、次第に勢力を増していく騎士達を封じるには……あまりにも無理があり過ぎた。

 

殺意の雨を多くの鎧を砕くが、いくらかの騎士は損傷を負いながらも防壁へ走る足を止めない。止められない。

 

 

『―――おおおおおおぉッ!!』

 

「くそっ!」

 

 

ダン!

強かな踏み込みの音が響く。

……その音は、防壁の裂け目――侵入経路から発生していた。

 

そいつは拳の一振りで岩の壁を割ったバケモノ。

他の騎士達とは一線を画する運動性能を誇る。

 

故に、何よりも迅速に……どんないくら命を使い潰してでも排除しなくてはならない。

アリシアの鋭敏な本能がそう絶叫を繰り返している。

 

 

「死ねェ!!」

 

『おお!!』

 

 

アリシアはその叫びに従い、十振りの剣を手に騎士へ襲いかかった。

数多の鉄球や投石を身に受け続けていたと思われる大きな騎士――『大騎士』は身体の至る所に欠損を孕みつつも、その威容に陰りはない。

気味が悪いほどに溢れた活力のままに背負った大剣を抜き放ち――

 

 

 

――アリシアが気付いた瞬間には、十の肉体が切り捨てられていた。

 

 

「くそったれ……!」

 

『…………』

 

 

恐怖で顔が歪みそうだ。

恐ろしい。

悍ましい。

吐きそうだ。

 

……でも、それでも。

 

ギリギリと奥歯を噛み締めて、必死に己を奮い立たせる。

事ここに至って退路など存在しない。

 

嫌でも、苦しくても、悲しくても。

何があっても前に、とにかく前に進まなければ。

 

 

「ああああぁ!!!」

 

『――墳ッ!!』

 

 

剣を振るう。

あらん限りの力と技を込め、強かに大地を踏みつけた。

反動で生じた力を流れに乗せて身体へ通し、剣に乗せる。

その切っ先は時速300キロメートルをも超える……!

 

 

が、無駄だ。

 

 

キラリと白刃が煌めいた。

アリシアの瞳には残影としか捉えられなかった切っ先。

 

それは、また五つの肉体を屠った。

じくりと総体に走る痛みがアリシアを小さく揺さぶる。

 

 

――      。  、    。    !

 

『……御意』

 

 

剣を振り抜いた体勢の大騎士は何事かを小さく呟く。

アリシアの耳では音として認識できても、実際に言葉として咀嚼することが出来なかった。

 

 

が。

 

ゾワリ、と背筋に震えが走る。

これ迄の比ではない。

意味がわからない。

訳がわからない。

 

しかし……しかし、ああ!

アリシアの脳裏で、見知らぬ(見覚えがある)男の微笑みが浮かんで張り付く。

綺麗で、優しげで、しかし()()()()()!!

 

 

『破ァ!!』

 

「  あ 」

 

 

白刃が、また輝いた。

微かに見えるようになった切っ先は、一つの肉体に集中して放たれ――

 

その四肢のみを奪い取った。

 

 

「あ、ああああああああ■ぁ■■――ッ!?」

 

 

……しかし死なない。死ねない。

手加減された剣技はアリシアを甚振り、しかし『死』をいう逃げ道を奪い取られたが故に、ただ痛みのみを総体に振りまく。

アリシアはたまらず絶叫した。

 

大騎士はそんなアリシア達に見向きもせず、失われた四肢――その断面部に手を添え、ぐじゅり。と指を突き刺す。

侵入した指先は淡く輝き――悍ましい熱を残して抜き取る。

 

 

「あ、あ?」

 

 

――反響する。

脳内を電流が駆けずり回り無駄に神経の訴えを伝えて回る。

 

痛みが、苦しみが、喪失感が!!余すことなくアリシアの総体を這いずり回った。

 

ああ、ああああ。と言葉にならない吐息が漏れる。漏らすことしか出来ない。

アリシアの思考の内は――ああ、ああ。苦しい。それのみが脳内を埋め尽くす。ただそれだけしか、感じられない!

 

カッと目を見開いた。

ギリギリと噛み締められた奥歯が軋みを上げる。

無意識内に犬歯で切り裂いた唇から赤い血が流れていく。

 

その流れていく血の中に、失われてはならないモノを見た。

 

 

「いいいぃいいぃぃ」

 

 

怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!

 

俺の、足が。

腕が腕が が四 肢が身 が

震 る

無く っていく

身体が ――! !?

 

 

「ブフッ!!」

 

「あ、ああぁ……?」

 

 

頬を生暖かい何かが掠めていった。いや、舐め取った。

何だ。

何なんだろう。

 

分からない。苦しいんだ。

俺の魂が震えて仕方がない。

痛い、苦しい、寒い。

 

何かが、何かが俺の身体から()()()()()

どんどん失われていって――ああ、違う。駄目だ。

許されない。

駄目だ、駄目だ駄目だ!

 

それは、駄目だ……『それ』は無くしてはならない……!!

 

そいつを無くしたら――その『霊薬』を魂から抜いてしまえば、思い出してしまう。

思い出してはならない。忘れていなければならない。

もう不要なものなんだ。

 

俺はもう、『試作品』なんかじゃ……『道具』なんかじゃない。

過去なんていらない。

今の俺はただの『母親』なんだ。

それだけで十分なんだ。

だから、もう思い出さなくていい。

 

それがあったら、俺は――!!

 

 

「ブルルッ!!!」

 

「す、れぇー……ぷ」

 

 

バチン!

横から受けた衝撃に視界が大きく揺れた。

重く沈んだ心が僅かに浮かび上がる。

横を見ると、心配そうな眼差しを向けてくるスレープがいた。

少し、痛みが和らぐ。

 

接触部分からじんわりと広がるぬくもり――癒やしの魔法の熱は優しくアリシアの心を包み、そのおかげか曖昧ながらも確りとした意識が再生を始めた。

 

スレープは再び嘶き、しっかりしろ、危ないぞと警句を発する。

確かにその通りだ。ぼんやりと納得した。

それに従ってアリシアは凝り固まった身体を動かし、未だに混濁した思考のままに俯いていた顔を上げる。

 

 

『救いを、救いを』

 

『哀れな娘に、救いを』

 

『愚かな反逆者に、罰を』

 

『愚かな後継に、死を』

 

 

防壁の裂け目。

そこから覗く視界一面に、白く輝く騎士達が犇めいていた。

見えていたはずの広場など見えないほどに埋め尽くされ、その先頭には生き血が滴る大剣を担ぐ大騎士が一人。

彼はダルマとなったアリシアを抱え上げ、迅速に後方へ走り去った。

 

 

……嫌な予感が、アリシアの脳裏を締め付ける。

 

しかし、だからといってそれを阻止することなど出来ない。

騎士達は裂け目に到達し、今にも襲いかかろうと剣を抜いている。

これは、つまり。距離という有利な条件は失われたという事。

 

ここからは攻城兵器など使えない。

純粋な兵と兵のぶつかり合い。

 

 

「……ふぅ……は、ぁ」

 

 

痛む頭を押さえつける。

あの大騎士が傷口に指を差し込んだあの瞬間だ。

一体如何な魔法を行使したのか……アリシアは、己の魂から抜け始める薬を知覚した。

そのせいで大きく揺らめく視界と意識は、未だに総身に染み込んだ痛みを訴え続ける。

離脱症状、というやつだろう。

そう言うにはあまりにも強すぎる痛みだが……ああ、頭が冴えてきた。

 

 

……そうだ。

あの日、アダムと出会った瞬間――アリシアは北の大地にもいた。

そして……そう、目があった瞬間だ。寸前に手に入れたある『霊薬』を己に打ち込んだのだったか。

 

それは魂を根本から縛り付ける『禁薬』。

その効果は……効果は、なんだっけ。

まだ薬が抜けきってないが故に復元された記憶はまばらだ。

うつらうつらと未だに夢心地な頭では、まだ思い出せない。

 

けれど断片を繋ぎ合わせると――。

 

 

『救いをッ!!』

 

「考える暇はくれないか……!!」

 

 

思考が中断させられる。

大きな声を発した騎士達は剣を振り被り、人外の脚力を持って疾走する。

アリシアはそれに対応するべく、負けじと剣を抜き、槍を構えた。

 

 

「はァ!!」

 

 

強引に風を引き裂いて剣先を突き立てる。

優美さの欠片もない無骨な一閃は先頭を走る旗を背負った騎士に襲いかかり――盾のように翳された左腕を半ばまで切断して、そこで止まった。

 

つまり、殺しきれなかった。

幽かな光が騎士の左腕を癒そうと包み込むのを睨みつけ、アリシアは小さく毒突く。

 

 

『おお!!』

 

 

騎士はお返しとでもいうように、無傷な片腕で剣を振りかぶる。

明らかにアリシアよりも高い膂力によって振るわれ、最初からトップスピード。

いや、きっと実際に斬りつける瞬間であればもっと加速するのだろう。

 

……で、あれば。アリシアは寸分の抵抗もなく切り捨てられるのだろう。

 

 

その剣が振るわれるのならば。

 

 

「死ね!!」

 

『何!?』

 

 

無関係な横合いから伸びた剣が騎士の右腕を寸断する。

攻撃の手段は完全に失われ、召喚者によって修復される前に命を絶たんと返す刃で首を狙う。

騎士は人外であり、命を持つわけではない。だから弱点は分からない。

分からないが……人の形をしているならば弱点は似通っている筈だ……!!

 

 

『舐め、るなァ!!』

 

 

右方から攻め立てていたアリシアは、既の所で放たれた前蹴りによって吹き飛ばされた。

蹴りつけられた腹が、内臓が、軋む。

 

 

――しかし、アリシアは一人ではない。

 

 

「ヒヒィィンッ!!」

 

 

足を前に突き出し硬直している瞬間。

後ろから突進してきたスレープが蹄で地面へと叩き付け、全体重を掛けて押し潰す。

最初に相対した肉体を操作し、完全に身動きが取れなくなった騎士の首へ断頭の刃を振るった。

 

 

『……主、よ……』

 

 

輝く兜が宙を舞う。

それは小さく懺悔の言葉を残して、砂へと解けるように存在の全てを消し去った。

 

その姿を見送ったアリシアは僅かに生まれた猶予時間で周囲を見渡す。

 

 

「……もう、こんなに侵入してるのか……!」

 

 

アリシア二体が旗持ちの騎士と戦っている僅かな時間。

たった一分足らず程度で裂け目から数多くの騎士が侵入していた。

アリシアの街の西側でじわりじわりと陣取りゲームのように侵略し、交戦している騎士の数を数えると――おおよそ8000程度か。

 

 

……そしてそのうち100箇所。

先程から鳴り始めたドン、ドォンという破壊音の元凶がそこにいる。

彼等は防壁を強かに殴りつけ、遠慮なしに穴を開けていく。

そうして生まれた新たな割れ目からアリシアの街へと侵入し、各地で戦闘態勢で待機していたアリシアと交戦を開始しているのだ。

その比率、驚くべきことに1対500。

 

戦って数が減るたびに人員を移動させ、再び戦列を配置して戦う。

市街地で、相手はいくらか大きい程度の人型だ。

同時に戦える人数はそう多くない。

故に前線に立つものと後衛から弓を引くものに分かれて、徹底して効率的に立ち回るが――大騎士はいとも容易くアリシアを斬り殺し、或いは四肢を切り落とす。

 

 

それは、如何な理由か。

大騎士は余裕さえあればアリシアを身動き取れなくし、その状態のアリシアを抱えあげては町の外に放り投げるのだ。

それらは死が確定していないが故に未だ総体の一部である肉体。失血に霞む視界で見てみると着地地点では別の騎士が待機しており、アリシアを受け止めると簡易的な止血の魔法と……恐らく状態異常系統の魔法を使って眠らされる。

 

 

……一体、何故だろうか。

アリシアは聡明であれど、それは平凡の中の聡明。

あくまでも常識の内側にある為、その目的はわからない。

 

 

しかし……しかしだ。

 

 

これは、()()()

本能が声高らかに主張している。

いや、本能がなくとも理性が備わっていれば分かるだろう。

己を攫っていくなど――どう考えても碌な理由にならない。

 

もし、もしも。

あの騎士達の残り香……あれが、己の予想する人物なのだとしたら。

朧気ながらにも思い出してきた、あの超常の存在が関わっているのだとしたら。

俺が地球に暮らしていた過去――その原点、原因であるあの神が、嘗てのように()()()()()裏で糸を引いているのだとしたら。

 

 

……きっと、()()()存在を縛り付けるなんて芸当も可能だろう。

 

 

嫌な予想だ。

 

けれど……ああ、ああ。思い出してきた。

思い出したくなかったし、そもそも思い出せないように根本から消されていた筈だが――それでも思い出してしまった。

幾千年も昔の記憶、その中の人物が今更自分に関わってくるなんて……そんな事思いたくはないのに。

 

アリシアは聡明だ。

だからこそ、その影響を逃れるために何でもした。

あの男は、あの()はなんだって出来る。

その気になれば一人の人間の根本から改変し、己が思うままの傀儡にだって作り変えられるだろう。

人間の試作品程度――多少の手間はあれども弄り回すだけなら簡単だ。

 

そして()()()、己は見つかってしまった。

だから手を加えられるよりも先に、自分で自分の魂を縛り付けたのだ。

 

 

そのために、青褪めた薬を飲み込んだ。

 

 

薬――『北の霊薬』は服用者の状態を過去、最も幸せだった時期の精神に永遠に固定(・・)する。が、もし薬の効果が打ち消されてしまえば最も不幸だった頃の記憶を強引に呼び覚ます。

 

 

例え、それが()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

『愚かな、我が娘に、救済を』

 

 

咄嗟にあの霊薬を飲み込んだのは、無垢な赤子に抱いた(抱かされた)殺意を消すため。

その行為自体に後悔は無いが――今は、なんとも憎らしい。

『霊薬』の効果によって失われていた()()が、再びアリシアの総身を満たしていく。

常人の規格を超えた極大の熱量を灯し、赤い瞳で天を射抜いた。

 

 

 

 

なあ、おとうさん。

(わたし)を、人類の『多様性』の獲得の礎にして捨て去った――愛おしい(憎らしい)神さま。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






<TIPS>
「北の霊薬」
大陸の最北端。
忌み地と呼ばれる村にのみ製法が伝わる、ただ北の霊薬とだけ呼称される聖物。
嘗て『異端』と呼ばれた『第四聖女』が製法を確立し、この村に残して去っていった。

その効能は「幸せだった時間に魂を縛り付ける」。
離脱症状は「不幸だった時間に魂を縛り付ける」。


人々が幸せを感じていたいのは、当然の願い。それこそは、ある種最も純粋な願望。
だからこそ、『第四聖女』である私はその願いを叶えなくては。
何を対価にしてでも、それを追い求めるのが人間で御座いましょう?





主な素材は、無垢なる赤子の心臓である。



新しい小説タイトル!!!

  • 増殖少女よ、地を埋めつくせ(現状維持)
  • 物量さえあればなんてもできんだよぉ!!!
  • 神様絶対殺すTS娘24時
  • 屍の山によろしく

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