壁に語りかけてまったく生徒のことを気にしないおまんが悪いんだからな!!!(´;ω;`)
もうすぐ就職しておさらばだから許せよ!!!(´;ω;`)
カチャリ。
少し古びた、所々の細工に綻びが見える鉄剣を右手に携えた。
アリシアはそれぞれの剣を軽く点検し、少なくとも今回の作戦中は問題ないと自答する。
彼女としてはそろそろ買い替えたい頃合い。だが森の拠点にある肉体用の装備品なんかの方に金銭を優先しているため、少なくとももうしばらくはこの装備品と付き合う事になる。口から溢れるため息を抑えきれなかった。
「よっ」
ギュッとベルトを引き締める。
五対の腕にそれぞれバックラーを固定し、警戒を厳かに森の外周へ足を踏み入れた。
「……よしっ。それでは只今より”掃討作戦”を開始いたします!!皆さんはそれぞれ事前に割り振られた区域に向かってください!!討伐証明は右耳となります!お忘れなきように採取してくださいね!!」
態々こんな場所までご苦労なことだ。
受付嬢というのは現場にまで出張ることが必要なのだろうか?彼女の労働環境に憂いを抱かざるを得ない。
アリシアの目には彼女が社畜に見えてしまう。同類かな?
ともあれ、先の要請に応じた91人の冒険者はそれぞれのパーティーと共に、はたまたお一人様であれば即席パーティーを組んで速やかに森の内部へ体を滑り込ませた。
今回は半強制のギルド発行依頼であるため、バックアップは万全で報酬金もとてもうまみが強い。彼らが喜び勇んで飛び込む事も頷ける。
「……ふぅ」
アリシアも遅れないよう行動を始める。
彼女に割り振られた区域はこの森の中でも特に奥深く。
それは彼女の
「よし、ご安全に……」
……その期待、平時であればアリシアとて考えなしに喜べたであろう。
それはつまりこれまでの頑張りが認められたということであり、野望に対する道のりをまた一歩踏み出せたことの証明だからだ。
――しかし、ああ。
不快感はこびりついて離れない。
ドロドロと蠢くナニカを忘れ去る事ができない。
喜ばしい事を喜べない。
つい先程の出来事が。
あの少女の息絶える姿が、瞼の裏側にいつまでも焼き付いている。
「――クソッ」
バサバサと枝葉を揺らし、ズンズンと森の奥深くへ向けて歩みを進める。
悩んだところでどうしようもないとは分かってる。
それでも――ああ、イライラする!
「ルルル……!」
唸り声が反響する。
森へ足を踏み入れてそう時間は経っておらず、まだまだ担当区域は程遠い。
にも関わらず畜生が四方より飛び出し、アリシアを取り囲んだ。
その数20。
唐突に現れたそれらに思わず鼻白む。
……けれど、と。
これは好都合でもある。
空から降り注ぐ木漏れ日の影で、鬱屈とした笑みを浮かべた。
これは八つ当たりだ。
彼女を殺した獣はもう既に居らず、正しく復讐は成されている。
それでもたった一つの命で精算などできない。
命は等価ではないのだから。
だから―――
「死ね」
五条の鈍色が疾走する。
5つの右腕左腕を駆使し、非才の剣に血を吸わせようと殺意を顕にした。
傷だらけの切っ先が宙を削り裂き、全くの同時に斬撃を放つ。
「ガアァア!!!」
――されど大人しく斬られるなどありえぬ。
そう云わんばかりに狼が吠える。
腹の底を叩くように図太い音が森の静寂を切り裂いた。
一際大きな個体であり、おそらくこのグループのリーダー格なのだろう。他を鼓舞するその一声に呼応し、狼達が取るはより効率的な連携行動。
5匹の狼がそれぞれのアリシアの肉体へ向け飛び掛かり、それを10の狼が補佐するように伴走した。
「ふぅ……!!」
ザシュ!!
三つの首が空を泳ぐ。
開戦の号砲たる斬撃を迎え撃った先鋒は無念にも命を散らし――しかしその背後より、その死を無駄にせぬようにと続々と現れる狼が牙を剥いた。
「つ!!」
躱された二条は宙を引き裂き、大ぶりに振った剣に体を持っていかれたように隙を晒す。
アリシアの背後。
体制を崩した彼女に機を見出し、我こそが喰い破らんと一匹の狼が輪より飛び出す。
「ガァ――!?」
ザン!!
また一つ、首が飛ぶ。
大きく前のめりになった器の隙を埋めるため、体制を崩した瞬間に放たれた投げナイフで狼の首に
また一つ命を散らした狼達は、しかし狼狽えることはなく再び攻勢に出る。
タッ、タッ、タッ!
小刻みにステップを踏み、間合いとタイミングを掴めないよう猿知恵を振り絞った。
「無駄」
「無意味」
「無謀」
「無情」
「無益」
ドン!!
地が割れんばかりの踏み込みの音が四方で鳴り響く。
狼達は、魔物としての常識外れな筋力で以て勝負に出た。
シャラン。
鉄剣が銀光を煌めかせ、同時ではなく連撃として斬撃を放つ。
「ギャン!?」
「ギイ!!」
「ガア!?」
隙間なく、呼気の合間さえ生み出さず僅かな隙を喰い破る連撃。
これは彼女の有する能力から導き出された最適解。
それはつまり、一切の隙を無くす程に徹底的に効率化をなされた戦運びだ。
二振り、アリシアが剣を振るい首が飛ぶ。
同胞が撒き散らした血潮を顔に受け、しかし生まれるだろう隙を突くために狼達は口腔を開いた。
――しかし、無駄。
「シャァ!!」
ガラ空きの脇の下。
隙間を縫うように投擲された投げナイフ。
それはひたすらに鋭く、竜は殺せず、人の鎧を貫けずとも狼の命を奪うには事足りる。
「ガルルル……!」
一つ首を撥ね飛ばす。二つ眼窩を刳り抜く。三つ心臓を串刺しに。
脇の下、首の横、股の間さえも道としナイフが宙を飛び回る。
それを10や20繰り返す頃には、自分の血で化粧を施した麗しい狼達が木の根すら見えぬ程に埋め尽くしていた。
「ルルゥ……!!」
最期に残ったリーダー格の狼は憎々しげに喉を鳴らす。
事ここに至ってはもはや打つ手なしと理解しているのか、覇気はなく。
――それでも、と。狼は、後ろ足に力を込めた。
「じゃあ、死ね」
それから。
たった一匹の狼がその首を落とすのに、そう時間は掛からなかった。
首を落とす。
首を落とす。
首を落とす。
首を落とす。
首を落とす。
首を落とす。
首を落とす。
首を落とす。
首を落とす。
首を落とす。
首を落とす。
首を落とす。
首を落とす。
首を落とす。
首を落とす。
首を落とす。
首を落とす。
担当区域に辿り着くまで、そして辿り着いた後になってもやる事は変わらない。
ただ殺す。
胸の内に澱んだモヤモヤを晴らすために、血で洗い流そうと剣を振るった。
拠点からも50ほど肉体を工面し、殺意の赴くままに徹底的に流血を強いる。
殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して―――――。
その数が200を超えた頃に、ようやく現状がおかしいことに気付いた。
――あまりにも多過ぎる。
この数は一つの区域に生息する魔物としては型破り。
本来同じ種族であろうとも群れの数にも
アリシアの背筋に、じっとりとした冷たい汗が流れた。
これはもはや自分やセイランの人々の手に負えない事態ではないのか?
――何か、熱に浮かされたようなチリチリと焦げ付く感覚が首筋に張り付く。
何かが。
どうしようもないような何かが胸の内で蠢いている。
「あ、アリシアさん!!ここに居ましたか!!」
「あなたは確か……隣の区域の」
「ええ、《大岩》のレースです!!他のパーティーの方は……!?」
「ああ、大丈夫。少し離れた場所にいるだけだ」
区域の外周を巡回し狼を殺していた二体組の器で、相対する黒髪の少女の要件を聞き出した。
態々別区域に来るなんて、一体何が――
「セイランが襲撃されているそうです!!私達も早く戻って加勢しないと………!!」
ヒリヒリ焦げ付く首筋が、今度は凍りついた様に冷たく感じられた。
「……遅かった、のか?」
「嘘だろ……!」
「そ、そんな……」
「嘘よ、嘘……こんなの……あぁ、夢でしょ?」
アリシアは呆然と膝をついた。
五対の視界は当然のように機能し、遠方にある惨劇を不足なく認識する。
――間に合わなかった。
――間に合わなかった。
――間に合わなかった。
脳内で自分の声が反響する。
森内部に住み着いた魔物討滅作戦を即座に中断し、行きの道よりもさらに急いで帰還して――それでもアリシア達は間に合わなかった。
大きな防壁から更に離れた茂みの影。
鈍い思考回路のままでも染み付いた癖を忘れず、自分達の安全を確保した上で都市の方向を覗き見た。
そこには数え切れない程大量の狼達が我が物顔で闊歩している。
門の付近では鎧を身に纏った男達が赤い河を作って――そして、その肉をもって獣達の空腹を癒やしていた。
一目見るだけでも千に迫るであろう数の獣が防壁周辺に屯しており、開かれた門の内側では――ああ、一体どれだけの数が蠢いて、そして人を喰らっているのか………考えたくもない。
「どうすんだ、これ……」
五つ子の隣で呆然と立ち尽くす大男はぼんやりと呟いた。
それはみなの総意でもある。
……現実を、受け止めきれないのだ。
自分達の帰る先が魔物の手に落ちたなど。大切な誰かが食われてしまったなど。
「……と、ともかく……冒険者、ギルドに……!」
「……ギルドがあるような街はこっから遠い……少なくとも3日……馬がなけりゃあ6日はかかるぞ」
「それよりも付近の村に身を寄せたほうがいいんじねえか……?」
「あんな奴等がセイランを落としてんだぞ?近くの村は無事なのか?」
ポツリポツリ。
小さく相談の言葉を重ねるが、それによって一層暗い未来が顔を覗かせた。
ここから6日も掛けて移動するには装備も物資もなく、無理行軍をするにも何人もの脱落者を出す茨の道。
そして近くの村――西の開拓村や南の農村を目指すにしてもそこが無事である保証はない。
いや、むしろこの規模の群れ――否、軍団なのだ。そのあまりにも多すぎる腹を癒やすために周囲の生物を――それこそ村々まで根こそぎ食らったとしてもおかしくない。
下手を打てばノコノコと狼の巣に乗り込むような事になる。
……だが、少なくともアリシア個人にしてみると現状はまだ最悪という訳でもない。
今現在、森の拠点はこれまでと同じ生活を送れており、少なくとも狼による襲撃は未だ無い。
それどころか存在さえもこの依頼によって気付いたほどなのだから。
彼等が姿を表さぬは人の匂いを感じ取ったからなのか――いや、そうであればセイランが墜ちた理由が分からない。
ともかく、己には食われぬだけのナニカがある……らしい。少なくともクモ糸よりは太い救いだろう。
「お、おい……アレ……!」
何かに気付いたのか、大男がわなわなと震える指先でいずこかを指し示す。
――そこで、大きな大きな――それこそ、巨人が如き体躯を誇る白い人狼が大地を踏み締めていた。
「何、あれ……あんなの知らない……!!」
緑髪の受付嬢は肩を震わせながら恐怖の眼差しを向ける。
前代未聞の事態にいよいよ処理能力を越えたのか、みな一様に黙り込んでしまった。
「……………」
アリシアは沈黙の中思考を回す。
自分の拠点は未だ安全だが、いつあの人狼達が牙を剥くのか分からない。
故に防備を固めるのは確定だが――はたして、それ以外に何をするべきなのか。
この先千の肉体が増えようとも二月程度は万全に稼働できるだけの蓄えがあり、今からでも自給自足の為に畑を作りでもすれば問題ないだろう。異世界に広く普及した芋は過酷な土地に有ろうとも豊穣を約束してくれている。
ならば――――ああ、言葉を濁さずに言おう。
アリシアは悩んでいる。
彼らを、拠点に迎え入れるか否か。
路頭に迷い、帰るべく場所を失ってしまった人々を救うのか。
そして、己の異常性を晒すのか?
「……………っ」
現代日本で培った論理感は糾弾する。
救えるのに救わないのか?
なんて愚か。許されぬ、と。
けれど、アリシアの心は悲痛に叫ぶ。
拒絶されたらどうする?恐怖の視線を向けられたら、罵られたら、石を投げつけられたなら?
……とてもではないが、弱々しい心が耐えきれるとは思えない。
そうなってしまえば、もう立ち直れない。
どうする?
どうする?
どうする?
どうする?
どうする?
カラカラと空転する思考は自分自身に問い掛ける。
左を見れば、悲しみのあまりぽろぽろと涙を流す黒髪の少女が蹲っていた。
右を向くと、苛立ちのままに地面の草を殴りつける大男がいた。
……前方には、目に光を宿す青年がいた。
「……よし、俺は……西の開拓村を目指す」
「……そう、か。そうだな……ああ、俺もそうしよう」
「私は、私は……うん。一つの村に詰めかけてもキャパシティオーバーになるわね。私は南の農村を目指すわ」
「……私、開拓村で馬を借りてギルドへ向かいます。まずは報告をしないと……」
彼らは強かった。
目一杯悲しんで、嘆いて、そしてすべてを吐き出したらまた立ち上がる。
とても強かった。
――俺とは違って。
アリシアは胸にポッカリと穴が空いたような寒さに震える。
一年という短い期間であれど、仲の良い人間は沢山いた。
酒場のマスターはよくエールやいちごミルクを奢ってくれた。恐ろしい凶相とは裏腹に優しい男だった。
出店のおじさんは美味しい串焼きを作ってくれた。向上心を忘れず工夫を凝らす彼の飯は旨かった。
よくりんごをくれたおばちゃんは優しかった。
まるで伯母のように俺を可愛がってくれた。忘れかけていた母の香りを思い出す。
ポーション売りの老婆は意地が悪かったが、同時にとても暖かかった。
何かに付けてアリシアを――ウーラソーン姉妹を心配してくれて。
彼女がくれる蜂蜜ジュースはとっても甘い。
……もう、味わえない。
彼らは死んだ。
間違いなく、死んだ。
――俺は。俺には。その死をすぐに消化し切ることなんて、できっこない。
それが現代に生きた彼女と異世界に産まれた彼らの決定的な違いだ。
「……よし、南を目指す連中とはお別れだな。気を付けろよ……また会おう」
「おう、またな!」
みな、目的を持って移動を開始した。
アリシアは、己が選択しなかったが故に彼等が歩む事になった茨の道から目を逸らし、自分の拠点へ帰る足を動かした。
テクテク、テクテク。
人目を盗む用に、誰にも見られぬままにその場を後にする。
その様はまるで、前を進む彼らとその場に踏みとどまる事しか出来ない愚か者の対比のようだ。
アリシアの胸の奥底。ドロドロとしたナニカは更に澱み、どうしようもなく心が痛む。
どろどろ、ぐつぐつ。
「ああ、ほんと」
俺は、どこまでいっても
<TIPS>
「老婆の蜂蜜ジュース」
要塞都市でポーションを売っている老婆が作った、特製の蜂蜜ジュース。
南の農村で取れた蜂蜜に手間を掛け、病弱だった孫に飲ませるために手ずから作った。
とても甘く、栄養豊富。老婆の愛が詰まっている。
でも、振る舞いたかった相手はもうどこにも居ない。
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