SNSサイトにて、ツイ廃と化したガラルジムリーダー総勢一名   作:暁刀魚

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ターニング・ポイント

「アリシアー、ちょっと見てほしいものがあるんだけどー」

 

 扉越しに、ノックの音。声の主はアリシアの母だ。今、アリシアは自室の部屋で、ぼーっとPoketterを眺めている状況だ。

 部屋は、なんというべきか、一言でいえば「もこもこ」に支配されていた。もこもこの絨毯に、もこもこのベッド、椅子ももこもこのカバーで、なんというべきか、ウールーを想起させる部屋だ。そんな部屋の中に、中央に人を駄目にしそうなクッションに身を預けたアリシアと、その周囲をのんびり這い回るサッチムシとキャタピー、という状況だ。

 

 時折、サッチムシとキャタピーがかまってほしいのか、アリシアをつついては、かまってもらって喜んで、またのんびりとしている。そんな芋虫三匹の楽園に、ふと入り込んできたのが母親というわけだ。

 

「いいですよー」

 

 ぼんやりPoketterを見たまま入出を許可すると、美人な母がはいってくる。それをんー、とアリシアは見上げると、母親は手にロトフォンの端末を持っている。見てほしいものとは、これのことだろう。

 

「リーグのことなんだけどー」

 

「あー、はい、はい。そっちのほうですね」

 

 母の言葉に、アリシアは大体の経緯を察したため、うなずく。こういったことは、これまでにも何度もあったことだ。

 今、アリシアが見てほしいといわれているものは、ガラルのプロリーグに関する記事だ。アリシアの母は大手の出版社に務めている。本人の部署はファッション雑誌の編集だが、同じ出版社には、主にリーグの情報を提供する雑誌の編集部もあった。

 

 アリシアは、仮にも優秀なガラルのジムリーダーである。

 そんなアリシアの唯一にして最大のスポンサーは、母の務める出版社だ。身内が務めているということと、アリシア自身がプロになってから、安定してメジャークラスを狙えるジムリーダーであることから、お互いかなり良好な関係を築いている。

 アリシアが出版社に対してする仕事はいくつかあるが、そのうちの一つに、出版社のプロリーグ記事に対する意見の提供がある。

 出版社に関わる人間で、もっともポケモンバトルに精通していることを、身を以て証明する立場にあるのだから、当然といえば当然だ。

 

 今回は、そんな仕事の一環というわけだが、母の顔をみると、少し難しそうな顔をしている。そんなに妙な記事なのだろうか。

 

「編集部の若手の記者くんがね、最近、これを記事にしたいってずっと言ってるの。ちょっと突飛すぎる内容で、部内でもかなり揉めてるみたいなんだけど、本人は間違いないって言って聞かなくて」

 

 どうも、その若手の子は、かなり新進気鋭で、優秀らしい。普段の彼の仕事ぶりは部外にも聞こえてくるほど評判なため、無下にはできないそうなのだ。

 

「どれどれー」

 

 と、ロトフォンを受け取ったアリシアが、その記事をつらつらと軽くななめ読みをする。それから、ふむ、と少しだけ視線を鋭くして、詳しく内容を読んでいく。

 母としては、その姿は少し意外だったようで、眼を丸くしてアリシアの様子を眺めていた。

 

「……この記者さん、凄いですねぇ」

 

「そんなに凄いものなの?」

 

 内容は、実際のところ、アリシアにしても突飛だとは思う。今、これを言ったところで、誰からも信じてもらえないだろう、ということは。

 きっと、記者さんが優秀だから読んでもらえただけで、普通に話題にだしても、一笑に付されるのが関の山だ。とはいえ……

 

「私もそうだろうな、と思っていたことを、ピタリと当ててきてるんです。ただ一言でいうなら……時期尚早でしょうね」

 

「……なるほど?」

 

「ほとんど未来予知みたいな内容なんですよ。私自身、同じことを思ってはいるのですが、黙っているのは今言うことではないからです」

 

「なるほど」

 

 その言葉に、母は合点がいった様子でうなずいた。アリシアが言うからには、この記事の内容は正しいのだろう。自分の中ではありえないことだが、アリシアが言うなら信じる。娘のことを、間近でみてきたからこその判断だった。

 

 それほどまでに、突飛と言える記事の内容。それは――

 

 

『キバナ失墜、昇格戦参加か!?』

 

 

 時期は、コンテスト終了の二ヶ月と少し前。プロリーグも始まってすぐ。このときのキバナの順位は二位、トップのアリシア含め、五位のヤローまでが団子の状態ではあるが、昇格戦参加など、ありえない順位だった。

 

 そもそも昇格戦は、メジャージムリーダー八人のうち、プロリーグ期間、及びタイトル戦での勝率が、下位だった四名が参加することになる。

 キバナはジムリーダー就任から十年間、一度としてこの昇格戦に参加したことのない、ジムリーダー最強といっていい立ち位置の人間だった。

 ごく一部の例外を除いて、常にあらゆるジムリーダーに対して優勢を誇る実力の持ち主。彼が昇格戦に参加するなど、今まで誰も考えたことがなかったのだ。

 

 確かにここ最近は、アリシアの台頭で、最強のジムリーダーの座は危うくなっているものの――少なくとも、来年のジムリーダー八番手は勢いのあるアリシアだろうと思われているものの――それはキバナと同レベルの才能をもった天才が、きちんと実力を発揮しているだけのことで、キバナの実力自体が劣り始めたわけではない。そういう認識だった。

 だが、昇格戦に参加する。つまりジムリーダーの中で五番手に甘んじることがあれば、それもまた変わってくる。

 

「でも、本当にそんなことがありうるの?」

 

「ありうるというか、この人の記事を読めば分かる通りですよ。私と同じです」

 

 記事では、キバナが失墜する根拠として、ファイナルトーナメントにて、キバナがダンデに勝利した後、アリシアに嘘のようにボロ負けしたことを根拠として語っている。

 この状況は、四年前のアリシアの件と酷似しているのだと。

 そして、アリシアがかつてPoketterで語っていた「限界を越えた」という話が、これに重なるのだと。

 

「私はその後、半年後あたりから一気に調子を落として、マイナーリーグ落ち、復調まで一年かかりました。いやぁひどかったですねあの頃」

 

「それは貴方がのんきにPoketterしてたからでしょ!」

 

 そうですね。と気にもしない様子で頷いた後、アリシアは自分のPoketterに目を落とす。

 

「キバナ様の場合は、更にまずいですよ。復調までに数年はかかるかもしれませんね、それくらい、あの限界突破はやばいです。普通の人なら、もう二度とかつての調子には戻れないくらいです」

 

「そんなに凄いものなの?」

 

「人生に一度、見れるか見れないか、ってレベルですよ。機会がある、ないの問題ではなく。周囲にそんな人が現れるかどうか、というレベルです。伝説のポケモンと遭遇する確率のほうが高いんじゃないですか?」

 

 それがキバナにも、アリシアにも訪れたのだ。大舞台で、大決戦の場で。

 なんとも、運命的な話だが、楽観的なことは言っていられない。

 

「予言します。今年のキバナ様はプロリーグを五位で終えます。そしてタイトル戦で調子を更に落とし、昇格戦に参加。ここは問題なくメジャーのまま終えるでしょうが、不調は目に見えたものとなることでしょう」

 

「……具体的ね」

 

「経験則ですから」

 

 ぼんやりとPoketterでつぶやきながら、アリシアは言う。完全に確信している様子で、疑いすら抱いていないようだった。

 

「とはいえ、今はまだ早いです。私が言っても、燃えて終わりでしょうし。ただの雑誌の一記事では、信じてはもらえないでしょう」

 

「そこは間違いないのね。じゃあ、いつ頃にすべきかしら」

 

「合宿の終わり頃なんてどうでしょう。結構センセーショナルな記事で、その頃ならば、もしかしてそうかもしれない、と思う人は増えているはずです」

 

 それに……とアリシアは少し考える。

 

「それに、楽しいことの邪魔にはしたくない……かしら?」

 

「……はい」

 

 水を差したくない。アリシアはそう考えていた。ただ、それはアリシア個人のワガママで、本来ならもっとふさわしい時期があるかもしれない。

 そんな気持ちも、アリシアの中にはあった。

 

「別に、貴方は何も気負わなくたっていいのよ。貴方の言葉で、世界のすべてが変わってしまうわけじゃない。コンテストをガラルに持ち込むなんて、大きなことをしていると、不安になってしまうのもわかるけどね」

 

 ぽん、ぽん、とアリシアの頭をなでて、母は微笑むと、それから力強く頷いた。

 

「今は、何よりもこの記事を書いた彼が救われるのが、一番大事なことなのよ。貴方が認めてくれたといえば、彼はとても喜ぶはずだわ」

 

「そうなんですか?」

 

「貴方の勇姿を見て、うちに入社したいって言ってくれた子なんだもの。当然よ!」

 

 ほええ、とアリシアが感心したように声を漏らす。これまで、プロとして四年活動してきた。それを考えれば、そんな人が出てくるのも、不思議ではないのかもしれない。

 なんとも実感の沸かない話ではあるのだが。

 

「そういえば、他に面白そうな話で、Poketterでつぶやいてないものって、ない?」

 

「ん? んー、そうですねぇ」

 

 少し考えて、あれでもない、これでもないとアリシアはぶつぶつ呟く。そして、ふと何か一つ思いついたように、ぴん、と人差し指を立てた。

 

「マリィちゃんの話、とかはしてなかったと思います」

 

 うんうん、と母親がうなずく。

 

「今、マリィちゃんってコンテストで舞い上がってるでしょう? じゃあコンテストが終わった後はどうなるのか? って話ですよ。多分、最初は灰になって、色々手が付かないと思うんですが」

 

「あー、ありそうねぇ……貴方は大丈夫なの?」

 

「シングルカップまでには戻すから大丈夫です」

 

 自己分析完璧少女が断言した。断言したのだから、問題ないと母も同意する。

 

「……昇格戦、マリィちゃんにとっても勝負になると思います。多分、色々と開放されて自由になってるビートくんとは正反対なくらい、色んなものに縛られていると思います、その時のマリィちゃん」

 

 ビートとマリィ。コンテストに異様なまでに情熱を傾ける二人だ。

 そのうち、ビートはコンテストの終了とともに解放されるとアリシアは見ている。しかし、マリィの前に待っているのは、解放ではなく現実だ。

 

「なる……ほど、ねえ」

 

「ただ――」

 

 ただ? 母は首を傾げて続きを促した。

 

 

「……ただ。マリィちゃんって、背負っているものが多いほど強くなるタイプだって、私は思ってます」

 

 

 だから大丈夫だと、言外に言葉を添えて。

 友人の健闘を、アリシアは祈った。

 

「それにしても、キバナ様……キバナ様かぁ」

 

 ぼんやりと、ぼやくようにアリシアはつぶやく。

 

「……ほんっと、しょうがないですねぇ」

 

 その言葉の真意は、母ですらもわからないものだった。

 

 

 ――それから二ヶ月。

 コンテストを終えた後、そこにはプロトレーナーたちの現実が待っていた。好調のままトップを走り抜けたアリシアは、若干蚊帳の外と言えるくらいに。

 

 対して、マリィは健闘の結果、プロリーグを八位で抜ける。昇格戦に望みを残す結果となった。

 

 そして対照的に、キバナは最終戦での不運もあったが、自身としては初めて、プロリーグを五位で終えた。他にもチャンピオンカップなどの戦績を加味して、今のところは昇格戦の圏内から外れているものの、もしタイトル戦で、これまで無敗を貫いていたダブルカップを落とすようなことでもあれば――状況は変わってくる。

 

 タイトル期間で、主となる公式戦は二つ。

 シングルカップ。

 ダブルカップ。

 

 それぞれ文字通り、シングルバトルの最強と、ダブルバトルの最強を決めるトーナメント戦だ。

 他にも、ポケスロンの大会や、クリスマス特別イベント、クリスマスカップなども存在する、このタイトル戦期間。

 プロトレーナーたちの総仕上げ。一年の締めくくりは、もうすぐそこまで迫っていた――




次回から新章に入ります。
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