真・女神転生 D.D.D. -Digital Devil Desire-   作:J.D.(旧名:年老いた青年)

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 拙作を楽しみにしていただいた読者の方々へ。
 長らくお待たせしてしまい、本当に申し訳ありませんでした。


≫009 Fight to Survive, with Digital Devils.(3)

 

 

 

◇  ◆  ◇  ◆  ◇

 幽鬼 ガキ    が 3体 出た!

 外道 スライム  が 1体 出た!

◇  ◆  ◇  ◆  ◇

 

 

 

 「こんっ……のおぉっ!!」

 『ガアアッ!“マハ・ラギ”!』

 

 『ギャヒィイイィィッ……!』

 

 両手で振りかぶった消火器の横凪ぎ攻撃が複数の【幽鬼 ガキ】に炸裂し、その小柄な肉体を撥ね飛ばす。そこにゴウッと音を立ててヘルハウンドから噴き出す魔の炎が俺を器用に避けつつ、襲い来る悪魔達ごと広い廊下を舐めていく。

 

 

 「ああもうクソッタレ!お前が背中に乗せてくれりゃ一々止まらずに済むだろうに!」

 『ガアアッ! サマナー セナカ アズケルニハ マダマダ ヨワスギル!』

 塵になった悪魔達を尻目に、俺とヘルハウンドは互いに罵り合いながらも共に廊下を走っていく。

 

 

 今更ながら黒沢の挑発にまんまと乗せられた形になっている——そう気付いてはいるが、やはり飛び出した手前「やっぱり止めます」なんてのはあまりにも格好が付かない。

 これも込みで俺に発破を掛けたとしたらアイツ、トコトン性格が捻くれてる大悪党だろ……

 

 『マグ、マグネタイトぉおぉぉ』

 「うるせぇクソバカ!そんなに食いたきゃこれでも喰らって、ろッ!」

 苛立ちを交えた渾身のかち上げ攻撃が【外道 スライム】のヘドロ体を宙に打ち上げ、そこに五体の捻りと遠心力を籠めて打ち込まれたノックが奴をリノリウムに広がる三日月型の染みへと還す。

 

 

 「ウオオオオオォォッ!!!」

 最初に完膚なきまでの敗北を喫した悪魔を相手に、仲魔と共にとはいえ易々と屠っていく事に違和感など皆無。徐々に高揚していく気分のまま、雄叫びと共に敵中へと飛び込み消火器を振り回して暴れ狂う。

 

◇  ◆  ◇  ◆  ◇

 凶鳥 オンモラキ    が 3体

 悪霊 ポルターガイスト が 2体

 妖魔 アガシオン    が 2体 出た!

 

 タダノたちは うしろからおそわれた!

◇  ◆  ◇  ◆  ◇

 

 『このこのこのーっ!』

 「くっ——ぅグッ!?」

 飛来する悪魔の鉤爪を振り上げた消火器で受けた瞬間、バシュウウウ、という気の抜けた噴出音と共に視界を覆う“白の壁”に思わず目を瞑る——消火剤と高圧の気体を蓄えた鉄の容器が爪を突き立てられた事で内側から掛かる圧力に耐え切れず破裂したのだ。

 

 しかし破損した消火器から辺りに消火剤が撒き散らされ、周囲の視界を僅かに塞いだ事で敵陣から抜け出すチャンスが出来たのは幸運でもあった。

 俺は顔を乱雑に拭い、すっかり軽くなって武器としての体を為さない消火器を下手人である【凶鳥 オンモラキ】に投げつけると仲魔の下へ素早く滑り込む。

 

 「——ヘルハウンド、まだやれるか?」

 正気を取り戻すと同時に、ぶわりと全身の毛穴から汗が噴き出し先程までの高揚感と疲労感がひっくり返った俺はヘルハウンドの隣で片膝を突きながらそう問うと、その獰猛さを隠そうともせず牙を剥きながらも荒い息遣いで応えた。

 

 『グルルル……オレサマ ツカレタ サマナー ドウダ?』

 

 ——最初は弱いだのなんだの散々馬鹿にしてくれた癖に、ちょっと一緒に戦ったくらいなのにこっちの心配して来るとか……急なデレとか元から期待してないんだがな。美人とかなら兎も角、見た目は完全に猛獣だし誰も得しないだろこう云うのは。

 

 

 ……否。今はそんな事、どうでもいい。

 

 この場を生き延びて、少しでも早く目的を達成して、生きて戻る。

 

 

 「俺もお前とどっこい、って所さ……しょうがないが一旦仕切り直しだ、突破するぞ」

 

 

 

 もう一踏ん張り、宜しく頼む。と背中を叩いて鼓舞する。

 

 

 

 『……アオオオーーーーン!!』

 通路に轟く咆哮、それに続く衝撃波。

 

 

 

 正に“電光石火”。

 

 黒紅の稲妻と化したヘルハウンドが悪魔達(点と点)を繋ぐ様に奔り、華が散るが如くマグネタイトの淡い光が弾けた。

 

 廊下の中央部が一気に拓け、周囲の悪魔が退いたタイミングを見逃さず俺は我武者羅に走る。

 後ろから奴等の罵声と魔法が飛んで来るが、知った事か……少し前までは一撃を受けただけで半身が凍りつき、防いだ腕は感覚を失うまでに至ったそれらも今では霊格(レベル)が向上した為か急所を守りながら回避に専念すれば十二分に耐える事が出来た。

 疲労も限界の所で全力を出し切ったのだろう、少し先で待っていたアイツ(ヘルハウンド)が光と共にスマホへ戻るのを確認しながら廊下を突っ切っていく。

 

 

 地図もなく、もう殆ど目的の場所は判らない、ただ己の方向感覚に従いながら走る。

 

 そしてその道すがらで目に付くのは死体、死体、死体。床や壁を彩る黒ずんだ血の華、臓物と骨の絨毯、肉塊の中に僅かに原型を残す手足。

 

 大部分が食い荒らされていたとはいえ、中でもまだ残っていた“人間らしき”死体から最期の抵抗に使ったと思しき壊れかけの裁ち鋏を千切れた腕ごと拾い上げ、強張った指を毟り奪い取る。

 

 その勢いで放り捨てた腕を見て、僅かに視線だけが逡巡するも足は止まらない。この程度であれば、身体を止める事もないと冷え切った思考が心とは別の判断を下す。

 

 

 

 鼻を突く噎せ返る様な血腥さも、視界に映る平和とは程遠い惨劇も、耳にこびり付く悲鳴や断末魔の残響も、気付けば既に肉体が反応する事が少なくなっていた。

 

 心は怯え・痛み・悲しむが、体はまるでそれらと繋がっていないかの様に自然体に——自然体過ぎる程に動いてしまう(・・・・・・・・・・・・・・)

 

 

 

 死にたくない、生きていたい(その為に地獄を許容する)

 

 それが人間として当然だ。

 

 ——生きていなければ、恨み言の一つだって言えはしないのだから。

 

 

 

 

 

<鵬聖大学 1F 教室棟エリア>  

 

 そうして暫く進む内に、見覚えのある場所に出て来た。

 最奥が全面ガラス張りになった一本道の廊下と左右に並ぶ教室の扉と、先程までの迷宮然とした道程に比べてここは以前の大学の様相を多分に残している。

 

 「101、102、103……」

 各部屋の扉に挿入されているルームプレートから見るに、一階教室棟エリアの一部がここに配置されたのだろう。俺は独り言ちながら、それでも仲魔が行動不能な今は警戒は緩めずナイフの様に鋏を握り締めて一歩一歩を着実に進む。

 

 

 「があ゛あ゛あ゛ああっ!!」

 「ヒッ!?」

 

 105教室悲痛な叫び声から続け様に銃声と思しき短い爆発音が三度響き、すぐ先の扉から二つの人影が飛び出して来た。

 

 突然の事態に驚いた俺は慌てて飛び退き鋏を突き付けるが——今までとは別の意味で一線を画すその光景に判断に戸惑う。

 

 まず第一に、目の前で揉み合っているのは同じ警察官の服装をした二人の人間だ。

 片方は馬乗りになりながら相手の首を締め上げていて、もう片方は仰向けの状態で拳銃を手に握りながら相手を引き剥がそうと踠いている。

 

 「ぎぎぎぎっ……!」

 「くっ……ぉぉおお……!」

 

 何が原因でそうなったのか、お互い血塗れな上に猛烈な勢いで暴れており双方共に正気を失っているのかすら判断が付かない。

 

 

 「ッ、うう、クソ……ぅわあっ!?」

 そうして手を(こまね)いている内に拳銃が更に火を噴き、弾丸は馬乗りになった警官の肩を掠めて天井に突き刺さった。

 

 

 ——拙い状況だ。

 

 

 銃を取り上げようにも位置が悪く、下手に手を出せばそのまま撃たれかねない……かと言って馬乗りになっている警官を引き剥がせば、これもまた自由となった下敷きの警官が銃口を何処へ向けるか判らない。

 

 そんな緊迫した状況の中で唐突に、馬乗りになった警官が頭を退け反らせる。

 

 頭突きでもする気か?という考えは、彼が大笑いする様に口が開いた瞬間に消え失せた。その口の中から覗く黄色の乱杭歯が嫌な輝きを放つ。

 

 待て。待て待て待て——!!

 それが活性化したMAGの光だと気付いた俺は慌てて駆け出すも——一歩間に合わず、ぞぶりと音を立てて歯が肩に突き立つ。

 「——ッあ゛あ゛あ゛あっーーーっ!!」

 「ウウウオアアーーーッ!!!」

 ブチブチと肉を食い千切る嫌な音と共にドロップキックが警官……いや、警官もどきの顔面を捉え、数メートルの距離を吹き飛ばす。

 

 

 「ゔーーっ、うゔゔーーっ、ううーーっ……」

 「し、しっかり……気を、意識を保って!頑張って下さい!」

 強かに床へと打ち付けてしまい痛む身体を気にする間もなく噛まれた警官の方の様子を窺う。

 しかし彼の瞳は焦点が合わずグラグラと揺れ続け、口からダラダラと泡混じりの涎を垂れ流しながら譫言のように呻くだけ。肩の傷口はあまりにもグロテスクで、見ている方の頭がおかしくなるくらいに血が溢れ出していて……痛みで失神出来ていない事が地獄に思える様な状態だ。

 

 「死なせて堪るか……!」

 応急処置の為に自分が着ていたロングTシャツを脱いで帯状に巻き、厚くなった部分を肩の傷へと宛てがいそのまま襷掛けのように反対側の脇へ両腕部分を回してきつく縛る。

 シャツには汗が染み込んでいて不衛生な上に固定も甘いが、他に適切な道具も回復魔法もない今の状況でこれ以上は手の施しようがなかった。

 

 そしてそうした不足のツケは警官本人へと向かい、3分と経たず彼の顔色はみるみると血の気を失い呻き声の一つさえ上げず呼吸も浅く短いものへと変わる。

 

 

 死。

 

 

 猛烈な“死”のイメージが、出血を抑える為に患部へ押し当てた掌から滴る血液と共に脳裏へとこびり付く。そして、同時にこれ以上の打つ手がない事も理解してしまった。

 

 此処まで来るのでさえ命懸けだったのに、怪我人を抱えながら戻るのは無理だ。唯一の仲魔であるヘルハウンドは回復魔法を使えない上に満身創痍で、戦闘に耐えられる状態とは言い難い。

 

 

 冷たい汗が頬を伝う。

 

 

 間に合った筈なのに——自分の僅かな油断と迷いが一人の人間を死に追いやってしまいつつあるという現実が重石の様にじわじわと心を圧し潰していく。

 

 

 

 「畜生……畜生、畜生畜生畜生!どうすりゃ——どうすりゃあいいんだよっ、俺はっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——俺は余りにも……無力だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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