真・女神転生 D.D.D. -Digital Devil Desire- 作:J.D.(旧名:年老いた青年)
例のダウンロード事件から一週間が経った。
大学側は依然としてこのアプリの解析に難航し、遂に情報処理科の教授やコンピ技研(コンピュータ技術研究会)をはじめとした学生の力も借り始める始末。
専門業者を雇えば良いのではないのか、などといった声も挙がった。しかし、都内各地で似た様な事件が相次いでいた為に殆どのコンピュータ業者は官公庁や大企業を優先した結果……たかが無名の一私立校に回す人手がないのが現状だった。
「やあ。ここ、いいかい?」
学生食堂のカウンター席にてラーメン相手に孤独なグルメを気取っていた俺の、隣に現れた一人の影。見遣れば175cmはありそうなスタイルの良い優男……コンピ技研会長・
「朱島先輩ですか……どうぞ、座る人間もいないんで」
噂をすれば影が差すとは言うが、まさか当の学生側の指揮を執っている本人が現れるとは思っても見なかった。彼は失礼と一声掛けて椅子に座ると小脇に抱えていた年代物のネットブックをカウンターに開き、反対側の手に提げていたレジ袋からコンビニおにぎりを頬張りながら作業を始めた。
「例のアプリですか」
「まあね。誰がやったかは分からないけど、就職活動が終わった身からすれば社会人になるまでのいい暇潰しにはなるよ」
皮肉にしか聞こえないそんな軽口を叩きながら、彼の影のある紅顔はコンピュータのモニターから全く動かない。
ダカダカと音を立てながらキーボード上に指を走らせ、白黒のモニターに現れる幾つもの文章が下から上へ流れていく。
「このプログラムが面白いのはね、プロテクトの堅牢さに対して明らかに異常と思えるくらい保護領域が少ない所なんだよ。それこそ、ブラックボックス化された一部を除いてほぼ全てのデータを弄る事が出来るくらいに」
「それは、有害アプリとしての機能をそこだけに集約しているからでは?」
俺の回答に先輩は笑う……それは微笑みというより苦笑に近く、どうやらこの答えは彼の持ち合わせる答えと違うらしい。
「それもそうだね……だけど、わざわざダミーデータと本命部分の扱いをあからさまに分けているのはどう説明しようか」
「……破ってみせろという、挑戦状?」
更なる質問に対する俺の答えに彼は頷く。
「犯人が営利犯であれ愉快犯であれ、多分その推測は間違っていない……では、何故犯人はこのアプリを破らせようと思う?」
単純に、ハッカーをスカウトする為?企業と官公庁の中にまで無差別に手を伸ばして、敵に回す様な組織に好んで入りたがる奴なんているのか?よくありそうな大義や理想なんかを持っている手合の仕業とは考え難いし、無秩序な混乱を招くだけでは人が集まらないだろうに。
それとも喧伝が目的?いやいや、有り得ない。ならプロテクトを掛けるよりも視覚効果に訴えた方が効果的だし、電光掲示板やもっと大きな情報媒体をハッキングすればチマチマと個人攻撃するよりも圧倒的にメディア映えする筈だ。
……まさかとは思うが、やっぱり実は本当にウイルスか何かを仕込んでいるキャリアー?いや、それこそ先輩の言うようにプログラムそのものを表に出すメリットがない……プロテクトだって自分から破らなければ問題ないのに、それに時間稼ぎにしても目に付く位置に置かない方がよっぽど効率的だ。
「……判りません」
「だろうね。それで教授もボランティアも攻めあぐねててさ(下手に弄って吹っ飛んだら嫌だし)……まあ学内PCには動作感知用のプログラムを仕込んでるから、何か動いたら通知が届く様にはしてある。安心してくれ」
それじゃ、と言い残すと彼はそのままコンピュータを抱えて食堂を後にして行った。
この分だと事件の解決にはまだかなり掛かる……というより、下手をすれば四年次にまで響くかも知れないな。
準備期間が延びるのは一向に構わないが、それで就活自体に悪影響が及ぶのは勘弁して欲しい。来年度の新卒と一緒に就活してね、とか圧倒的不利を押し付けてくれるなよ。
——目の前のラーメンは先輩との会話に集中し過ぎたお陰で完全に伸び切ってしまっていて、俺はゼリーみたいな食感の膨れた麺を啜る羽目になった。これも全部、事件が悪いとだけ言っておこう。
「——で、あるからして。ここの構文はこうなる……ココとココとココ、それとココを書き直して再提出だ、君」
「うぅ、はい……」
「次!学籍番号XXXX番——」
午後の授業は、非常に不愉快な気分の中で進行している。
昼飯の伸びた麺が腹に重くのし掛かり、壇上に立つ教授は出した課題の内容に事細かくケチを付ける(それが仕事なのは分かっているし、期末テストに向けて見直しやすいのは有り難いのだが)タイプだったからさあ大変。胃腸が瞬く間に荒れていく光景を幻視するくらいに心身へストレスが加わるのを感じるぞ。
「はあ……」
腹の中でぐるぐると渦巻く負の感情と共に肺の中に溜まった息を吐くと、俺は教授から見えない様に辞書や鞄を盾にしながら少しでも現実を遠ざけるべくスマホを弄り始めた。
そしてその画面に映る“D.D.D.”のアイコンに指を添えて、止まる。
——突然で悪いが、“カリギュラ効果”という言葉をご存知だろうか。
嘗てアメリカで公開禁止となった事により却って有名となった米伊合作映画のタイトルから名付けられた言葉なのだが、簡潔に言えばこれは「禁止された行為に対して、反抗する様にそれを実行したいと思ってしまう心理状態」の事を指す。
——これを起動したら、どうなるだろう。
「げっ!?」
「誰だ、私の講義中に機械など弄っている奴は!」
マナーモードにも関わらず響き渡る警告音に慌ててスマホを覆い隠そうとしたが、時既に遅し。教授の怒号と共に周囲の視線が自分へと突き刺さる。
『Caution! Caution!……
不活性状態ノ“生体マグネタイト”ガ検知出来マセン……
アカウントNo.ヲ確認……No.0-007108-20・確認完了
該当アカウントニ“MAG・Wallet”ヲ発行……完了
……アプリケーションヲ強制終了シマス』
アプリが突然、今時アニメでも聞かない様な片言の機械音声で訳の分からない事をベラベラ喋り出したかと思うと、これまた突然にスマホの電源を落とされた。
スマホを壊されたとパニックになった俺はあの手この手で回復を試みたが、元より人並み程度にしか機械に詳しくない知識では碌な対処など望める筈もない。
「——そこの君、講義中の携帯機器操作は禁止していた筈だ。学部学科と学籍番号を言いなさい」
「は、はい……」
そして目の前には講義を妨害した
——畜生。昼飯の件といいスマホといいコレといい、今日はとことんツイてない。
前回は相手の話に耳を傾け過ぎなければ避けられた事だし、今回の二つは完全に自業自得なのだが今の俺にはそんな事は関係ない。
ただ解消されないストレスの上に更に大きなストレスを抱えた自分が腹立たしくて仕方がなかった。
そんな最悪の精神状態で心が自己中心的な邪悪さに染まりつつある中、再び俺にあの弦を弾く様な
いつもは手遅れの状態から背筋を震わせるだけの、対して役に立たない直感擬きが今回は何を知らせるつもりだ。
俺のそんな疑問に、回答は拙速を以て応えられた。
——ォォォォォォッ……!!
「(何だ……こりゃ……!?)」
最初の異変は、奇妙な耳鳴りから始まった。
喩えるならば、阿鼻叫喚——苦悶や悲鳴の集合体に近い……聴く者の精神を直接に嬲り、冒し、揺さぶるが如き魔笛の音色。
「痛ぅ……っ」「耳が……!」
他の学生達にもこれは聞こえている様で、ある者は顔を盛大に顰めながらも講義への集中に努め、ある者は耳を塞ぎ机面に顔を伏せる事で耐え、ある者は音の出処を探ろうと辺りを見回す。
だがそんな策を講じた所で音を防ぐ事も消す事も出来ず、それどころか次第に耳鳴りはより高く強く響いていく。
「(頭が、割れる……!)」
異変はそれだけに留まらない。
「うわ、わあっ……!?」「地震だ、かなりデカいぞ!」「助けて、ぐえぇっ!」「ぜ、全員、速やかに机の下へっ!」
耳鳴りに続いて起きたのは、大講堂全体を揺らす様な地震だった。それも普通の地震の様に波長の長い揺れではない、言うなればミキサーの中に放り込まれた食材よろしく俺を含む内部の人間は、その身体を盛大にシェイクされた。
一瞬の油断から手に込めた力が緩んだ隙に、固定机の脚から冷や汗に湿る指先がぬるりと滑り抜ける。慌てて振り回した腕も抵抗虚しく空を切り、机の下からその身を落とす。
宙に放り出される自分の身体。
無力にも抗えず空中を揺蕩う、血塗れの顔を晒す学生の姿。
先程までの自分と同じ様に、机の脚部へと必死にしがみ付く者達。
そして、眼前に迫って来るリノリウムの床面。
——ああ、これは……大事故に遭う寸前で周りがスローモーになるとかいう、アレだ。
無限にも感じられる一瞬に、俺の脳は周囲の異常な惨状を悟る。地震で天地が引っ繰り返る、なんて表現する事はあるかもしれないが……まさか文字通り
……物語のキャラクターなんかであればこの一瞬に素晴らしいアイデアを閃いて、この窮地を切り抜けられただろうが。生憎と俺はただの一般人で、この僅かな機会さえ活かす事など出来なかった。
無情にも時間は再び動き始め、猛烈な勢いで床に叩き付けられた俺の後頭部に痛烈な一撃が疾る。
「あ、がッ……!!」
——最初に感じたのは、痛みと言うより、熱だった。
じわりと湿り気を帯びた熱が患部に集中する。それと同時に瞬く間に全身を倦怠感が覆い尽くし、呼吸困難による苦しさや全身を強打した痛みに身体を捩るどころか指先さえまともに動かせない。
視界と共に、思考が滲む。脳裏に浮かぶ言葉が意味を成さない文字の羅列へと変わっていく。
——自我が死んでいくのは、きっとこういう状態の事を言うのだろう。
その感覚に俺は恐怖を覚えた。自分という存在が消えていく、意志を持つ生命として受け入れる事の出来ない、しかしそれから逃れられない現象に俺は無駄と知りながら必死に言葉を紡ごうとする事で抗う。
——俺は、死ぬのか?
死にたくない一心で紡いだ、その言葉を最後に……俺の意識はプツリと途切れた。
後書きスペースの活用法について
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次回予告
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登場悪魔のアナライズ図鑑
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