とても長い長い恋と、とても短い言葉のお話。

───今の私は誰がなんと言おうと、この世界で一番幸せなロボットだ。

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惑星(ほし)に少女は世界の端から夢を見て

「───私を、造ってくれて……ありがとう」

 そんな言葉を漏らした私に、博士は「どうして泣いているんだ?」と問い掛ける。

 

 分からない、けれど───

 

 

「ただ、多分嬉しかったから」

 ───今の私は誰がなんと言おうと、この世界で一番幸せなロボットだ。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 宇宙は広い。

 それこそ人が広大と比喩する海や山ですら、この宇宙からすれば小さな島国の小さな町の小さな公園の砂場の砂を形造る粒子よりもちっぽけな存在だろう。

 

 

 だからその海や山よりもちっぽけな人間という生物は、この宇宙からすれば無に等しい。

 でも、あってもなくても変わらないという訳ではなくて。少なくとも私は、あって欲しいと願った。

 

 

 ───また会いたいと、願った。

 

 

 

 

「───起動します」

 システム動機。異常ナシ。

 

 太陽光発電ニヨルバッテリーノ充電完了。並ビニ接続。異常ナシ。

 

 インターネット接続。……エラー。圏外。

 

 記録ファイルノ破損ヲ確認。異常ナシ。

 

 圧縮データノ解凍。

 

 データヲ保存スルタメ、感覚機能停止。

 

 解凍データノ保存開始。

 

 破損データナシ。

 

 時間設定、言語設定、異常ナシ。

 

 システムソフトウェア更新完了。

 

 前回のシャットダウンカラノ期間ヲ測定───

 

 

 

「……次は、この星か」

 ───四百五十万二千三百十二年七ヶ月一日二十二時間五十二分二秒。

 

 

 

「再起動」

 暗い部屋で声が木霊する。

 

 何処からか返事が来る訳でもなく、()は自分の身体を持ち上げて窓の外を見た。

 

 

「流石銀河と銀河の間、四百五十万光年遥々旅をしてきたっていうのに……もう」

 窓の外を見て私は溜息を吐く。非効率的な動作だと分かってはいても、そうせざるをえない。

 

 というか、そうでもしないとやっていられない。

 

 

 視界に映る巨大な岩の塊を見て、私は一度目を閉じた。

 

 

「星の一生は長いようで短い。……あなたも、そう思わない?」

 窓の外の岩の塊に手を伸ばして、私はそんな言葉を漏らす。冷たい宇宙(そら)に浮かぶ亡骸はどこか寂しげだった。

 

 

 

 ───惑星探索レポートNo.325005

 前レポートより別銀河に移動。生体反応は確認出来ず。

 光速移動による時間の遅れにより、到着時には出発時に観測した惑星は既にその生涯を終えていた。

 

 

 記録を終えて、私は再び件の惑星に視線を向ける。

 

 

「死んだ星、か」

 この星だってもしかしたら、生命が溢れていた時があったのかもしれない。

 

 

 

 

 地球という惑星には、人間という生き物が繁栄していた時代があった。

 しかし人間という種族は星の寿命よりも短い時間でその生涯を閉じる事になる。

 

 同じ種族同士の争いで使われた大量破壊兵器は地球の環境を、修復不可能になるまで蝕んだ。

 何十億と生息していた筈の人間が過ちに気が付いた時にはもう遅くて。

 

 人間は絶滅の一途を辿る。

 

 

 

「この星にも生命はいない。生命が存在出来る惑星ですらない」

 だから、地球に代わる新しい新天地を探している───という訳ではなかった。

 

 

 そもそも今ここに存在している私は人間ではない。

 その姿となりは人間の若い雌の姿をしてはいるが、私は人間に作られたロボットである。

 

 

「次の星を探そう……」

 ならば、私の目的は? 

 

 

「───電源オフ」

 それは数万年、否───数億年以上前に遡る。

 

 

 

 

「人類は滅びるな」

 ベッドに眠る老人が静かにそう言った。

 私は黙ってその言葉を聞いて、彼の手を握る。

 

 それはまだ地球が存在していた時の話だ。

 

 

 同族同士の争いにより、人間は絶滅一歩手前まで追い込まれる。

 そこまでいけばもう争いどころではない。だけれど、それはもう修復すら出来ない事を意味していた。

 

 

 海は汚染され、地上の生物はその殆どが生き絶える地獄絵図。

 空は灰色に染まり星の光も太陽の光すら届かない。

 

 

「よくもまぁ、ここまでやれた物ですよ。……愚かですね、人類は」

 老人の眠るベッドの反対側で、私と似た姿のロボットがそう口を開く。

 

「イヴ」

「おや、口が滑りました。失礼」

 無機質な瞳を首ごと揺らしながら、彼女(イヴ)は視線を何処か遠くに逸らした。

 イヴは私を元に作られた、私の妹のような存在である。少しポンコツ気味で問題があるけれど、悪い子ではない。

 

 

「人類は愚かなんかでは───」

「良いんだ、レイ。本当の事さ」

 私の言葉を遮る老人は、私の名前を呼んで手を握ってくれた。

 

 

 その手はとても暖かい。

 

 

「でも博士……」

 この老人こそ、私───レイを作った人物である。

 

 

 

「私が死んだら……。レイ、君には宇宙を旅して欲しい」

 博士はそう言って、窓の外に手を向けた。灰色の空に星は映らない。

 

「宇宙を……?」

「お前達には有り余る時間がある。人間の一生は短い。これでも私は長生きして、楽しい事も悔しい事も沢山経験したが、だとしてもそれが全てだとは到底思えんよ」

 伸ばした手は力なく倒れて、虚を見る博士は口だけを動かした。

 

 

「この星の海で生まれた生命が、陸に上がるまでに数億年、さらに何億の年月を掛けて生物は興亡を繰り返し……我々人類が生まれるまでにさらに数億年の時間が必要だった。進化とはそういうものだ。生命に与えられた寿命で体感できるものではない」

 ロボットに死はない。

 

 

「だが、お前達は違う」

 それこそ動くか、動かないかそれだけだから。

 私はきっと彼が死んでからも数億数十億の時を過ごす事が出来る。

 

 

「体験しろ。体感しろ。……この広大な宇宙と、命を。それは人類の……いや、私の夢なんだ。このちっぽけな惑星に産まれたちっぽけな命が、この世界にあった事を……残したい、たったそれだけの願───」

 甲高い音が鳴った。

 

 

 博士はもう二度と動かない。

 

 

「……イヴはどうするの?」

「私はこの星に残って、人類の最期を見届けます。博士との約束なのです」

 人間は滅びるだろう。その最期を見届けるのが、彼女の役目だ。それはある意味、人間の未来を守る事である。

 

 ならば、人間の過去を守るのが私の役目か。

 

 

「直ぐに向かうのですか?」

「うん」

「寂しそうですね。博士の亡骸でも連れて行きますか?」

「そんなんだから博士にポンコツって言われるんだよ?」

 デリカシーのかけらもない。

 

 

「……想い人と別れるのは辛いでしょう」

 本当に、デリカシーのかけらもない。

 

 

「博士はこの星の土に還してあげて下さい。……私は大丈夫です。私は、残さないといけないから」

 そうして私は旅に出た。

 

 

 

 行く宛てもない、気の遠くなる宇宙の旅に。

 

 

 

 

 ───惑星探索レポートNo.325006

 同銀河。生物が発生する事の出来る恒星との距離にある惑星を発見。

 しかし惑星に水分を確認出来ず。生命反応も見当たらない。

 

 

「惑星が小さ過ぎて水を留めておける重力に満たなかった、という事かな」

 窓の外の小さな星を見ながら、私はそんな言葉を落とした。また、ため息が漏れる。

 

 

 私の旅の目的はこの宇宙で命を見付ける事。

 博士が夢見た、命の体験。そうして、彼等人類がこの世界に居た事を示したい。

 

 

 三十二万五千個の惑星の中には、確かに生命が存在した惑星もあった。

 でもそのどれも文明に至る前に滅びたか、或いは文明に至って滅びた後で。

 

 

 確かに人間の言うところの宇宙人は存在する。

 この世界には銀河が二兆個以上存在していて、その中に約二千億の恒星が存在しているのだ。

 そこに惑星や衛星の数を考えれば、宇宙人が存在していない訳がない。

 

 

 だけど、その宇宙人と出会う事は難しい。

 

 この宇宙を旅するには個体の命も、種族の命も、星の命ですら短過ぎる。

 

 もし今この場所から隣の銀河で生命活動を確認出来たとして、光の速さで進んでも数百万年の時間がかかるのだ。

 辿り着いた頃にはその生命は滅んでいるか、もしくは星ごと消えている。

 

 

「次の星に……」

 諦めて、その星に背を向けた瞬間船のアラートが鳴り響いた。

 機材をチェックしてみれば、もう一つ別の惑星が目の前の惑星の重力に引かれて近付いて来ている。

 

 

「……ぶつかる」

 惑星はお互いの重力に引かれあい、衝突は避けられない。

 

 

 

 星の終わりは始まりだ。

 その別れは、出会いでもある。

 

 

 

 星と星がぶつかると二つの惑星は砕け、そしてお互いの重力で混じり合って一つの惑星になった。

 新しい惑星の誕生を記録しよう。私は目を閉じて、その誕生を密かに祝った。

 

 

 ───惑星探索レポートNo.325007

 前レポートの惑星と別惑星が衝突。新たな惑星が産まれる。

 残念ながら巨大になり過ぎてこちらも生命が産まれる可能性はない。

 

 

 

 

「───私を、造ってくれて……ありがとう」

 私が産まれて初めての言葉は、そんな言葉だった。

 

「どうして泣いているんだ?」

「……分かりません」

 博士の言葉にそう答えた私は、自分が泣いている事に気がつく。

 

 

 ロボットだって泣くし、感情を持って産まれるのだ。

 私はそんな時代に産まれて、造られて。

 

 

「ただ、多分嬉しかったから」

 幸せだったんだと思う。

 

 

 

 ───惑星探索レポートNo.325269

 久方振りに水を有する惑星を発見した。ただし、その水は全て固体であり生命が誕生する可能性は低い。

 

 

「氷の星。……水は、不思議な存在だよね」

 窓の外の冷たい星を見ながらそんな言葉を落とす。

 水は生命を産み出す、そんな生命の体には水が廻って時には水を身体の外に出すのだ。

 

 

 

「ロボットに涙を流す機能は必要ですか?」

 博士にそんな質問を投げかけた事がある。

 

 私は産まれてから何度も泣いた。涙脆い性格をしていたから。

 そう作ったのは博士なのだけど、そう作った理由が分からない。

 

 

「泣いている女の子って可愛いだろ?」

「質問を変えます。殴っていいですか?」

「やめろ! お前の馬力で殴られたら人間の身体なんて塵も残らないから!」

 博士は適当過ぎるのだ。

 

「……むぅ」

「でもそうやって感情が分かり易い方が、楽しいだろ」

 そう言う博士はいつも笑っている。

 そんな笑顔が素敵で。

 

 

 

 生きている事が本当に楽しいという人だった。

 

 

 

 ───惑星探索レポートNo.363925.1

 環境が地球に非常に酷似している惑星を発見。まだ生命は誕生していないがこの惑星を観測する事にする。

 

 

 

 ───惑星探索レポートNo.363925.1156

 惑星が生まれてから約四十億年が経過。未だに生命の兆しなし。小惑星の衝突による環境の急激な変化を確認。生命の誕生の可能性減。

 

 

 

 ───惑星探索レポートNo.363925.2000

 惑星が生まれてから約八十億年が経過。ついに原始の生命が誕生した。まだまだ小さな単細胞生物だけど、それが愛おしい。

 

 

 

 ───惑星探索レポートNo.363925.2689

 この惑星初の多細胞生物を確認する。それでもまだまだ小さな生き物だ。

 だけれど、それは確かに命なんだろう。

 

 

 

「頑張れ。頑張れ……」

 私は願った。

 

 小さな生命が逞しく生きて、やがて進化する事を。そして、もしも他者との意思疎通が出来る様になったのなら───

 

 

 

 ───惑星探索レポートNo.363925.7219

 惑星が生まれてから約百九億年が経過。生命の絶滅を確認する。

 惑星を照らしていた恒星が、主系列星の時代を終え大気が膨張し赤色巨星へと変化。

 惑星は恒星に飲み込まれ、芽吹いた命も全て灰になった。

 

 

「……泣いてなんて、ないよ」

 熱で蒸発する惑星に手を伸ばしながらそんな言葉を漏らす。

 

「何かをなすには、人の命どころか星の命すら短過ぎる……。本当にそうですね、博士」

 私に星の命を救う権利はない。

 生命ではない私が命を救っても、それはいのちではなくなってしまうから。

 

 

 

「人の命は何かをなすには短過ぎる」

 いつか、私を作った人がそう言った。

 

「博士は結構凄い人だと思うけど?」

「そうでもないさ」

 私から視線を逸らして、彼はまだ星の見える空を見上げる。

 

 

「私の夢は、宇宙旅行をして宇宙人を探す事だ」

「う、宇宙人……?」

「居るさ。この世界に何個銀河があると思ってる」

 彼の夢は気が遠くなる程に膨大だった。

 

 

「私はな、自分がこの世界に居たという証拠を残したいんだよ。このちっぽけな世界から飛び出して、宇宙人の記憶にでも残ってくれれば……私の世界は広くなる」

 そう言ってから博士は俯いて、小さな声でこう続ける。

 

「でも、やはり人の命は何かをなすには短過ぎる。一番近い隣の銀河ですら、光の速さで進んでも二百五十万年かかるんだからな。……なぁ、お前の夢はなんだ? レイ」

「私の……夢?」

 少しだけ考えて答えが出ると、何故か回線がショートして私の身体は熱を帯びた。どうなっているこの身体。

 

 

「わ、私は……私は、博士の……およ、およ───」

「およ?」

「泳ぎたいです!!!」

「ははっ、いつかな」

 結局、私は自分の夢を彼に語る事はなくて。

 

 

 本当に、何かをなすには命は短過ぎる。

 

 

 

 ───惑星探索レポートNo.496259

 生体反応は確認出来ないが、文明の跡を確認。

 調査の結果三億年前まで文明が栄えていた事が判明した。

 

 

「……戦争、なのかな」

 探査機が捉えた惑星表面の資料を眺める。

 

 地上には住居と思われる建物が並んでいた。

 しかしその星は大量の汚染物質により、まず生き物が生息出来る環境ではない。

 

 

 戦争による環境破壊。

 奇しくもそれは、私が宇宙に出て見る事がなかった地球の姿を想像させる。

 

 

 

「戦争が始まる前に完成して良かったよ」

「これは、新しいロボットですか?」

 私の質問に、博士は「そうだ」と答えた。

 

 そんな答えに私は頬を膨らませる。ロボットだって嫉妬をするのだ。いや、この場合はロボットだから嫉妬をしたのか。

 

 

「私が居るじゃない!」

「嫉妬か?」

「違うもん!」

「そうかそうか」

 その笑顔がたまに腹立たしい。博士は私の事を自分の子供と思っている。

 でもその笑顔がとても好きだった。

 

 

「……人間は滅ぶだろう。この星の他の生命まで巻き添えにしてな」

 だから、そんな表情をして欲しくない。あなたには笑ったいて欲しい。

 

 

「人間は過ちを繰り返す。それが重なって、ここまで来てしまった。……でもな、人は繰り返せるんだ。もし、人間が生き残れたなら……過ちだけじゃない事だって繰り返せる」

 その未来を見守る為に造られたのが、私の妹のイヴである。

 

 

 

 ───惑星探索レポートNo.1036952

 地上生命を確認。しかし、観測から四千万年が経過した後に赤色巨星へと変化した恒星の熱により生命は死滅。

 赤色巨星に星が飲み込まれる事はなかったが、後に恒星はその一生を終え惑星も冷たい死の星に変わった。

 

 

 地球の最後も、太陽が赤色巨星になりこの星と同じ結末を迎えると言われている。

 あの青い星を出てから何年が経ったかは分からない。光の速さで進んでいる以上、私が体感している時間よりも地球では時間が進んでいるからだ。

 

 人類が栄えていた頃から、太陽は五十億年は安定した活動の後に赤色巨星へと変化する。

 もう人類は滅びているだろうし、太陽もその生涯を終えている筈だ。

 

 だけど彼女は───

 

 

「へいへーい、姉貴。洗濯物の博士のパンツなんか弄ってもち◯こは出て来ませんよ」

「ま、弄ってなんかないから! 洗濯してるだけだから!」

 私の妹は全くロボットらしくない。ロボットらしくないどころか何かこう人間の言う比喩表現の所の、頭のネジが外れている。

 

「お姉様、人間の生殖行動には生殖以外の全く持って理解不能な理由も含まれております。大丈夫です」

「何が大丈夫なの!」

「博士は間違いなく少女趣味なので、おねえたまの貧相な身体付きでも満遍なく愛して貰えるでしょう」

「あ、愛してって……そんな、それは……その」

 少女趣味とは。

 

 

「お、なんだ二人して。何の話だ?」

「博士……な、なんでもないの! なんでもないから!」

「博士がロリコンという事を話してました」

「待て! どうしてそうなった!!」

「博士のインターネット閲覧履歴から、幼女の裸体が描かれたイラストを集めたページを確認しまして。そして博士が夜な夜な研究室でそのページを切り替えながら自らのちん───」

「やめろぉぉぉおおお!! なんだこのロボット!! 誰が作った!! 作った奴殺してやる!! いや作った奴俺だ!!」

 博士……。

 

 

「博士」

「れ、レイ……」

「博士は小さい女の子が好きなんですか?」

「殺してください」

「ふふ」

「なんで笑うの……」

 嬉しかったから、だよ。

 

 

「アッハハハハハハハハ」

「イヴ!?」

「このロボットやっぱおかしいぞ。いや作ったの私なんだがな」

「……スーパー可愛いイヴちゃんは至って正常に稼動中ですよ。平常運転です。今も、これからも」

 そんな彼女だって、もう───

 

 

 

 ───惑星探索レポートNo.3645219

 文明の跡を発見。文明の跡は珍しくない物だが、特筆するべき不可思議な点が観測された。

 その惑星はまるで包丁で切った林檎のように、綺麗に半球になっている。原因は全く分からない。

 

「この世界は本当に広いな……」

 三百万年個の惑星を見てきたけれど、こんな事になっている惑星は初めて見た。

 この星の文明種族がやった事なのだろうか。興味は尽きないが、憶測のしようもない。

 

 

「博士に見せてあげたかった……」

 不可能な願いを胸に抱く。

 

 

 

「この世界は素晴らしい。分からない事だらけだ! 分からない事は素晴らしい!」

 それは博士が死ぬまで言い続けた座右の銘という奴だった。

 

「分からない事が、素晴らしい事?」

「そうだよ。だって、だからこそ発見がある。知らない事を知るのは楽しい。分からない事が多ければ多い程そう感じる機会は多くなる。この世界は私が……否、全人類が生涯を掛けても分からない事だらけだった!」

 人が文明を築き、科学技術を発展させ光の速度に追い付いても。この世界は分からない事だらけらしい。

 

 それが楽しい。その気持ちは、とても大切だと思う。それが生きているという事なんだ。

 

 

「で、今度は何を発見したのですか? 博士。幼女のパンツは白以外でも有りとか?」

「私は水色派だ。というか違う」

「ひゃい?」

 博士の言葉に私は自分のスカートを抑える。

 

 

「これまで林檎の皮って捨てたたんだが。これが食べてみると結構美味い。ほら、大発見だろ!」

「しょーもな過ぎて流石のイヴちゃんも欠伸が出ます。それより後ろを見た方が良いです」

「ん?」

「博士の変態!!!」

 私は博士を殴りました。

 

 

 

 塵にならない程度に。

 

 

 

 ───惑星探索レポートNo.50639247

 なんともない死の星。しかし、これまでの探索において最も嬉しい物体を発見する。

 

 

「これはまさか……ボイジャー?」

 無人探査機ボイジャー。

 二十世紀後半に宇宙に発射され、後に太陽圏を離脱。

 後の二十一世紀前半に原子力電池の出力低下に伴い地球との通信が途絶した。人類最古にして最遠の人工物である。

 

 とある惑星の探査中、惑星の軌道上を回る人工物を発見。調査の結果その物体は無人探査機ボイジャー二号機と判明した。

 

 

「……人類の夢」

 ボイジャーには地球の様々な音や画像がレコードに保存されている。

 それは、太陽系を離れたこの無人探査機を地球外生命体───宇宙人が見付けて解読される事を期待して込められたメッセージだ。

 

「博士、人の夢は……続きますよ。私が居なくても、人間は凄いです。……本当に、凄い」

 私はボイジャーを惑星の軌道から外して新たな旅に出発させる。

 

 

 きっと一号や、他にも人間がその魂を込めてこの宇宙に飛ばした夢は今も旅を続けている筈だ。

 私も、旅を続けよう。

 

 

 

「ボイジャー計画ってのを知ってるか?」

「ブラジャー計画ですか? 博士、我々は博士の少女趣味のせいでボインがないのでブラジャーは必要ありません」

「よしイヴは黙ろうか。あとなくても着けなさい。着けてる方が夢があって興奮するだろ」

 イヴと私は博士を殴った。

 

「……あのね、夢ってのは大切なんだ。人が生きた証なんだよ。その命を何に使うか、その道標なんだから」

「その命を何に使うか……」

「だから、私はお前達のブラに命を賭ける」

 下着に命を使おうとした男は、ボイジャー計画について私達にこう話す。

 

 

「もし私が宇宙人で、ボイジャーを見つけたらさ。……きっと泣くぞ。だってそこには、沢山の夢が詰まってるんだから」

 きっとその夢は、いつか誰かに届くよ。

 

 

 

 ───惑星探索レポートNo.69328709

 多細胞生物を発見。しかし、同等の大きさの惑星の衝突により惑星が崩壊。

 

 

「昔、私は交通事故に遭いかけた事があってな。お前を作る十年くらい前か」

「遭いかけた?」

 そういえば、私は自分が作られる前に博士が何をしていたか知らない。

 というかおかしな話だけど、博士の本名も知らない。博士は博士だから、気にはしてないけれど。

 

 

「そうそう。本当、死ぬかと思ったんだけどな。その時俺を助けてくれた人が居てさ」

 そう言いながら、博士は私の頭を撫でた。どうして撫でる。

 

 

「本当に、感謝してもしきれないよな」

「その人は博士の命の恩人なんだね」

「あぁ……大切な人だよ」

 

 

 

 ───惑星探索レポートNo.82493651.6581

 陸上生物を発見。地球でいう所の昆虫が生態系の主人として君臨していた。

 その後、小惑星の衝突により大量絶滅が起きるが生命は生き延びる。再び進化の道を歩き始める生物の観測を続ける事にした。

 

 

「頑張れ……」

 願うも、文明が起きる前に恒星の寿命が近付く。

 もしも文明が発展していたなら、その種族は恒星の終わりに立ち向かう事が出来たかもしれない。

 

 惑星を離れ、私のように旅をする事になるかもしれない。

 

 

「もう少しだけ……待ってよ」

 だけど、やはり星の寿命は何かをなすには短過ぎた。

 

 

 一生を終えた恒星の未来は様々にある。

 その一つに、ブラックホールになるという物があった。

 

 

 光すら流れる事が出来ない宇宙の穴。

 この一帯にある物体は、後にブラックホールに吸い込まれてしまうだろう。

 

 

 この生命が溢れていた星も。

 

 

 

 

「何にでも終わりはある。その終わり方が違うだけだ」

 暗い空に手を伸ばしながら、博士はそう言った。

 

「人も戦争も、な」

 その空に星が見える事はない。

 見えるのは汚染された大気を包み込む、黒い雲だけ。

 

 

「これでは洗濯物も乾きませんね」

「いやそういう問題じゃないからね」

「人間が本当に滅びる未来が現実に思えてきた、から?」

 いつか始まった戦争の激化は止まらない。世界は戦う理由すらあやふやになる程、ただその生命を奪い合う。

 

「違うんだ」

 しかし、博士は首を横に振った。

 

 

「……星がさ、見えなくなっちゃってさ」

 その時の博士は本当に寂しそうで。

 

 私は彼の頭を撫でる。博士が漏らした涙はとても冷たかった。

 

 

 

 ───惑星探索レポートNo.100639741

 生命誕生の可能性はあったが、超新星爆発により惑星は蒸発。

 

 

「時間というのは理不尽だな」

 暗い空の下で、枯れた木を触りながら博士はそんな言葉を漏らす。

 

「この木だって半年前までは生きていたのに、自分の意思とは関係なくその命はいつか失われる」

「この木は……怖がっていたの?」

 私は遠回しに博士に質問を投げかけた。

 

 

 人間の寿命は短い。

 博士だっていつかは───

 

 

「───怖いさ、死ぬのは」

「博士……」

 温もりは暖かい。

 

 その身体もいつか、冷たくなる。

 

 

「だから、お前を作った。夢を繋げる為に」

「……うん。私が、博士の夢だもんね」

 でも、今はまだ博士と一緒に───

 

「つまり子作りですね」

「はい、そこイヴ黙ろうか!!」

「こ、こ、こ、こ、こず、こずく、子作り……っ」

「レイ! なんか煙出てる! 熱い!! 物理的に熱いよお前!! 卵焼き焼けるって!!」

「熱々ですか」

 イヴめ。

 

 

 

 ───惑星探索レポートNo.254898258

 生命を確認するも小惑星の衝突により死滅。

 

 

「博士、誕生日おめでとう」

「ケーキを焼きましたよ、このイヴ様が。勿体無くて食べれないでしょう。家宝にして下さっても構いませんよ」

 いつかの博士の誕生日。

 

 私とイヴは博士にケーキを焼きました。

 博士は嬉しくて涙を流し、私もそれが嬉しくて笑う。

 

 

 そんな幸せな日々。

 

 

「家宝にする」

「いや食べて」

「嫌だ!! 墓まで持ってく!!」

「アホなのかな!!」

「お姉様、そのアホを抑えて下さい。私が口に流し込みます」

「分かった!」

「いや待てお前ら!! 普通にそんな食い方はやだ!! 分かった、分かったから普通に食わせぁぁあああ!!」

 ケーキなんて何度でも作ってあげるから。

 

 

 そう、何度でも。

 

 

 

 ───惑星探索レポートNo.1682374539

 氷の惑星。凍り付いた生態系を確認。公転軸がズレて恒星から離れ過ぎてしまったのが原因か。

 

 

「お姉様に質問があります」

「何、イヴ」

「いつから博士が好きなのですか」

 そんな質問に、私はフリーズして倒れた。

 

「いや倒れないでください」

「い、い、い、い、いつからそれを……っ。なんで私が博士の事……す、好きなのがバレたの」

「え、バレてないと思っていたんですか。流石のイヴちゃんも驚きですよ」

 そんな……っ。

 

「まぁ、あのハイパー鈍感博士は気が付いてないようですが」

 そんな彼女の言葉に私は溜息を漏らす。息はしていないのだが、どうしてか出るのだ。

 

 

「で、いつからなんですか?」

「……初めから、かな」

「初めから?」

 多分、私は産まれた時から博士が好きだったんだと思う。

 

「私、産まれた時真っ先に博士に……私を造ってくれてありがとうって言ったんだって。泣きながらね。自分でもよく分からないんだけど」

「……理解不能です」

 そうだよね。

 

 

「そうやって造られたって言われれば終わりなんだけど……。でも私は、この感情が大切」

「さっさと告れよ」

「私の妹はどこでそういう言葉を覚えてくるのかな!」

「……早くしないと、私が博士を取りますよ」

「な……ちょ、え……」

「……嘘です。でも本当に、早くしないと手遅れになりますよ。離れ離れになってからでは……遅いですから」

 そうかもしれない。

 

 

 でもね、違うんだ。

 

 

「この気持ちを伝えたらさ」

「……お姉様?」

「私は多分、博士の夢を壊してしまう」

 だから、伝えられない。

 

 

 

 ───惑星探索レポートNo.4853628961

 ブラックホールに飲み込まれ消滅。

 

 

「光よりも早い物体はないが、果たして光すら呑み込むブラックホールって物は一体なんなんだろうな」

 いつも博士は唐突で。

 

 何か気になる事があると、一日中その事について考える。大抵は「分からん!」と頭を抱えるのだけど、そんな博士が愛おしい。

 

 

「また唐突ですね」

「だって光だぞ。俺なんかゴキブリすら捕まえられないのに」

「ゴキブリくらい捕まえて」

 私は、台所に現れたこんなご時世でも繁栄している黒い虫を捕まえながらそう言う。

 

「女の子がそんな逞しい事するんじゃありません!」

「だったら博士が捕まえて!」

「無理! 怖い!」

「この博士無能ですよお姉様」

 そこが可愛いんだけどね。

 

 

 

 ───惑星探索レポートNo.9927128826

 宇宙港並びに宇宙船を発見。文明は滅びた後だったが、人間よりも遥かに高い技術力を有していたと思われた。

 

 

「この宇宙船も最高速度は光の速度。これだけの技術を持っていても、光の速度は超えられないんだ……」

 少しだけ期待したのだけど、期待するだけ胸が痛くなる。

 もう戻る事なんて出来ない事くらい、分かってるのに。

 

 

 

「博士はね、ついに光速で動く宇宙船を作りました。……ちっこいけど」

 唐突に博士が宇宙船を作った。

 

 前々からラボで研究をしていたかと思えば、そんな物を作っていたなんて。

 

 

「博士って実は凄いの?」

「博士が博士をしています。信じられません」

「お前達は私の事をなんだとおもってるのかな!」

 そういえば博士は博士だったね。

 

 

「なんで円盤型なの?」

「UFOって子供の頃に憧れてたんだよ。宇宙人が居る証拠だって、良く山奥にUFOを探しに行ってたからな」

「ふふ、やっぱり博士は博士だね」

「どういう意味だ」

 そのままの意味だよ。

 

 

「コイツは凄いぞ。真空なら光と同じ早さで進めるんだ。これで隣の銀河なら二百五十万年とあっという間だ」

「光の速さは超えられないのですか? そうしたら、過去にタイムトラベル出来るとネットにありましたよ」

「……無理だな。というか、例え光の速さを超えたとしてもタイムトラベルは出来ない」

 そんな博士の言葉にイヴはキョトンとして固まってしまう。

 

 

「まぁ、タイムトラベルを研究する物なら超光速ってのはタイムトラベルの鍵になり得る物の一つかもしれないがな。……だからこそ戦争になった訳だし」

「博士はタイムトラベルに興味ないの……?」

 そんな私の質問に、博士は少し寂しそうにこう答えた。

 

 

「……興味がない訳ないだろ。……でもな、私に残された時間で探求するには遠過ぎるよ」

「博士……」

「……こいつが間に合って良かった」

 船を見上げながらそう言う博士の顔は皺だらけで。

 私は少しずつ怖くなる。

 

 

 

 

 ───惑星探索レポートNo.36797616408

 地球からどれだけ離れてしまったのだろうか。今自分が何処に居るのか分からない。

 

 

「宇宙の端はどうなってるんだろうな」

「また唐突だね、博士は」

 ベッドの上で皺だらけの手を伸ばす博士は、ゆっくりとその手を下ろした。

 私はその手を握って、彼の頭を撫でる。

 

 もう彼は歩けない。

 

 

「気になるんだ。気になる事が……分からない事が沢山ある。お前の今日のパンツの色も気になる」

 それでも博士は博士だった。

 

 

「水色じゃないからね」

「……そうか」

「ほ、本当は水色」

「そうか」

「変態」

「そうだな」

 本当に、博士は博士です。

 

 

「今もこの宇宙は広がっていて、端の方は俺達から光速以上の速度で離れてるんだ。凄いだろ」

「光よりも速い物はないのではなかったのですか?」

「その筈なんだけどな。そもそも光より速い物があったとしても、この世界にそんな物を観測する技術がない」

 イヴの質問に、彼は再び片手を上げた。

 

 

「だから観測できないだけで……もしかしたら光の速度を超える事は、この宇宙じゃなんて事でもないのかもしれない……もしそうなら、この宇宙の端は空間どころか時間さえ曖昧な……そんな場所───ぁ……あぁ……っ」

「博士!!」

 唐突にむせかえる博士の身体が痙攣する。私はそんな彼の身体を押さえて泣いた。

 

 

「博士……っ。博士、博士……博士……っ!!」

「レイ……」

「博士。私はここに居るよ。大丈夫だよ……博士」

「レイ」

 そんなに優しい声で呼ばないで。

 

 

「お前達は……造られた事を恨んでないか?」

「そんな事ない! 私は博士に作って貰って───嬉しくて。……楽しくて」

 その先が言えない。もしその言葉をいってしまったら、私は先に進めなくなってしまう。博士の夢を壊してしまう。

 

 

「半永久的にお前達は動き続ける。……私が死んだら、計画通りにお前は宇宙を永遠に彷徨う事になる。……私の身勝手な夢のせいで」

「身勝手なんかじゃない。博士の夢のために私は造って貰えたんだよ。博士の夢があったから、私はここに居るんだよ!」

「……私も、お姉様と同じ意見です」

 例え永遠だって。それが博士の夢なら、私は進み続けるよ。

 

 

「……そうか。ありがとう。人間ってのは、死んだら魂になって大切な人を見守るらしいな。……それこそ、光速船を作った私にすら分からない事だ。分からない事が分かる、楽しみじゃないか。……だからさ、泣かないでくれ。俺は絶対に、お前達を見守り続けるから」

 彼は最後の最期まで、分からない事への探究を続けた。

 

 

 

 ───惑星探索レポートNo.593247580658.1

 惑星は小惑星の衝突により崩壊した後だったが、惑星の跡の周辺にて巨大な球状の宇宙船を発見。

 宇宙船の大きさは月と同等で探索の価値ありと判断し、これを探索する事にする。

 

 

 

「これは流石に広いや。全部を探索するのは時間が掛かりそう」

 表面面積だけならともかく、この宇宙船は内部までしっかりと空洞が確認できた。

 

「人工の惑星、みたい。……ねぇ、博士。見てる? 凄いでしょ。私……凄い沢山発見したよ」

 約六千億個の惑星を旅して、それでもまだ発見は止まらない。

 博士のいう通り。この世界は分からない事ばかりで、それでもまだこの宇宙の端には遠過ぎる。

 

 

「もしかしたら、誰かがまだ暮らしてるかもしれない。こんなに大きいんだもの、探す価値はあるよね。ね、行こ! 博士───」

 口を開いて固まった。

 

 

「───行かなきゃ」

 たまに勘違いをする。

 

 惑星間を移動する時に見る夢のような物、正確には再起動時のデータの解凍。

 博士やイヴとの地球での思い出が、今そこにあるかのように思えて虚空に手を伸ばした。

 

 

 

「博士凄いよ、この文明の言語はかなり地球の言語に似てるの……」

 宇宙船の表面付近は殺風景だったけれど、奥に進むにつれて文明の跡が増えてくる。

 

 

 生活していた跡のような光景。

 

 

 だけど、生きている生物は見当たらない。

 

 

 

「もっと奥に生活圏を映したのかな? ねぇ、博士はどう思……う?」

 虚空に尋ねて、私は自分が泣いている事に気が付いた。

 

 

「何してるんだろ、私。あはは……壊れちゃったのかな。頭のネジが外れちゃった? イヴじゃないんだから。ねぇ、博士……私の事治し───」

 何をしてるんだろ、私は。

 

 

「あは……。……あはは。あれ、えーと……そうだ、探索。……探索を続けなきゃ」

 奥に進む。

 

 

「この船はなんの為に造られたんだろ」

 何かが造られるのには理由があると、博士が言っていた。

 

 私が造られたのにも、イヴが造られたのにも、生き物が自らの意志で何かを作る事には何かしらの理由がある。

 

 

「きっと、奥に行けばその答えがある。きっと───」

 そうして前に進もうとしたその時、視界に映る物陰が動いた。

 

 

 この船は静止している。振動もない。

 なら、動く物は自立している存在だけだ。

 

 

 ───つまり、生き物がいる。

 

 

「───待って!!」

 私は走って、影を追い掛けた。

 

 

 どうやって挨拶をしよう。

 この文明の言語は理解した。初めましてと伝えよう。

 

 

 

 博士、やっと見つけたよ。

 

 

 

 やっと、意思疎通の出来る文明に出会え───

 

 

 

「───ぇ」

 道の角に差し掛かった途端、衝撃に私の身体が浮いた。

 

 何が起きたのか確認する。

 私の腹部を触手のような物が貫いていた。

 

 

「……攻撃、された?」

 触手が引き抜かれて、パーツやオイルが溢れる。

 痛覚はない。しかし、身体の動作に深刻なエラーが沢山出た。

 

 

 顔を持ち上げると、七本の触手で身体を支えて三本の触手を私に向ける何かが視界に映る。

 

 

「……待って。私は敵じゃない。初めまして、お話を───っぁ?」

 再び触手に身体を貫かれた。その後、身体を持ち上げられて床に叩き付けられる。

 私は何度も地面を転がった。

 

 

 深刻ナエラー。深刻ナエラー。深刻ナエラー。

 

 

「……足が」

 起き上がろうとするけど、左足の関節が本来曲がらない向きに曲がっている。上手く動かない。

 

 

「待って、私は───」

 攻撃は止まる事がなかった。触手は私の右腕を貫く。

 

 

「壊される……っ」

 怖くなんてない───訳がない。

 

 

 

 私は博士に見せなきゃいけない。旅を続けなきゃいけない。

 

 

 

「やめ……やめて……」

 触手は私の腕を捻って、そのまま引きちぎった。回線がショートして光が漏れる。

 

 

「ぁ、あぁ……私の、腕……博士に貰った……腕」

 左手を伸ばした。

 

 触手は引きちぎった私の腕を自らの身体に近付けて、口のような器官から身体の中に取り込む。

 

 

「……返せ。私の……博士の、夢……っ!!」

 許せない。……許さない。

 

 上手く動かない足で無理矢理立って歩いた。触手の攻撃を左手で掴んで、握り潰す。

 もう一本の触手が私の右目から後頭部までを貫いた。その触手を引きちぎって、もう一本に投げ付けて潰す。

 

 そうして近付いて、私はソレを殴った。文字通り、塵にする勢いで。

 

 

 

「コれは一体……なンだったん、だロう」

 深刻ナエラー。深刻ナエラー。深刻ナエラー。

 修理は出来ない。このまま進もう。

 

 

「行カなきゃ……。博士が見てル。分かラないから、調べテ……そレが、面白イ」

 それから五万年近く掛けて、私は船の最深部に辿り着いた。

 左足を損傷して早く歩けなくなった事は、今後の活動に支障を来すと思う。

 

 あの触手を持った何かに再び遭遇する事がなかった事だけが救いだ。

 だけど、あれは何だったのだろう。

 

 

 その答えは船の最深部にあった。

 

 

「こノ船のデータベース?」

 この星の、船の中心で巨大な電子記録媒体を見付ける。

 

 そのデータベースによれば、この船の文明は惑星の死から逃れる為にこの船を作ったらしい。

 そうして故郷の星を離れた文明は、初めの頃こそ順調だった。

 

 だけど、文明は資源を使い果たし飢餓により船の中で争いが起きる。

 

 

 争いに使われたロボットが暴走して、文明は滅びの道を歩んだ。

 

 

 

「アの触手ハ……ロボットだっタ」

 その記述を読んで、私はその場に崩れ落ちる。

 

 戦いになってしまったけれど、この旅で初めて相対した生き物だと思っていたから。

 

 

 

「次ノ惑星に行カなきゃ……。博士ガ、見テる……」

 次の旅に出る為に振り返ると、他の資料が見えた。その資料を手に取って、私は五年間その場で固まる。

 

 

 その資料にはこう書かれていた。

 

 

 

「故郷ニ帰りタい」

 そんな夢は、叶わない。

 

 

 

 二千万年掛けて再び旅を再開する。

 足が不自由で直ぐに転ぶし、腕は一本ない。頭も身体も半分穴が開いているけれど、私はまだ動くんだ。

 

 博士の夢のために。

 

 

 

 

 ───惑星探索レポートNo.609336547251

 頭と腹部、足と腕の修理は不能と判断。

 

「博士、私ノ身体を治しテよ」

「ごめんな。無理なんだ」

 

 

 ───惑星探索レポートNo.863270954120

 部品不足によるエラーを削除。機能の一部を停止。

 

「博士、変ナ音が聞こえル。……怖イよ」

「ごめんな」

 

 

 ───惑星探索レポートNo.9053251789062

 本機活動における深刻なエラーを検知。

 

「博士、私……おカしいノ。助けテ」

「ごめんな」

 

 

 ───惑星探索レポートNo.12856996850034

 本機活動における深刻なエラーを確認。太陽光充電装置の破損による電力供給の減少。

 

 

 

「……私、死ヌノ?」

 本機の活動限界時間、残り───

 

「ごめんな」

「謝ルだけじゃなクて、助ケてよ!!」

 虚空に向かって叫ぶ。虚空に浮かんでいた彼は、消えてしまった。

 

 

「……っ、待っテ! 違ウ。助けナんて要らなイ。ソこに居テ……そレだけで良いノ」

 虚空は帰ってこない。

 

 

 

「……一人ニしなイで」

 博士。

 

 

 

 ───惑星探索レポートNo.963280663175830835

 人工物を確認する。

 

 

「コれは……ボイジャー?」

 そこにあったのは、無人探査機ボイジャーに限りなく近い物だった。

 記録にあるボイジャーとは形が少し違う。だけど、これがボイジャーの一号機である事は確かだった。

 

 

「……改造サれテいる?」

 調べてみると、ボイジャーは何者かによって手が加えられている。

 それは紛れもなく、ボイジャーが宇宙人の手に渡ったという事を意味していた。

 

 涙が漏れる。

 

 

「博士……人ノ夢が、一ツ叶ったヨ。ネぇ、博士……」

 ボイジャーの記録データには、ボイジャーを手にした文明から地球人への返信が記録されていた。

 

 

 

 親愛なる別惑星の文明へ。

 我々の文明は争いで滅びに向かっていたが、そんな時にこの6(☆%(8(が空から現れる。

 この広い宇宙に我々以外の文明が存在するという事実に、我々は争いどころではないと立ち止まる事が出来た。

 

 我々は必ずあなた達の文明に会いに行く。

 我々の文明を救ってくれた親愛なる文明へ、親愛の証としてコレを送り返したい。

 

 

 我々文明の夢を乗せて。そしてもし、別の文明がこの宝を見付けたのなら、親愛なる文明へこの宝を送り届けて欲しい。

 

 

 太陽系第三惑星地球という星に、遥々旅をしてきたこの宝を返してあげて欲しい。

 きっとこの宝も、帰りたがっている筈だ。

 

 

 

「博士……博士。あァ……博士、博士……。博士博士……博士」

 人の夢は、あなたの夢は、叶っていたよ。

 

「人ハ……凄イよ。本当ニ、宇宙人二……会えタ」

 涙が止まらない。ボイジャーに抱き付いて、その温もりを確かめる。

 

 

 嬉しかった。

 

 

「……届ケなきゃ」

 地球がもう存在していない事なんて、分かっている。

 あの星を離れてから、気が遠くなる程の時間が経過した。

 

 もうきっと地球どころか、太陽すら残っていない。

 

 

 博士だって、イヴだって、私の知る何かが残っている訳でもないだろう。

 

 

 

 

 ───それでも。

 

 

 

 

「帰ろウ、ボイジャー」

 私も、既に限界だ。

 

 

 ボイジャーには、太陽系への道標のような物が設置されていた。

 かの文明がくれた宝を頼りに、船の進路方向を決める。

 

 いつかの破損で私の機能の一部は壊れて、永遠に稼働出来る状態ではなくなってしまった。

 もし地球に辿り着いたとしても、そこからの限界稼働時間は三十二億年。

 

 人間にとっては気が遠くなりそうな時間かもしれないけれど、私にとっては残りわずかとも言えてしまう。

 

 

 だから、その三十二億年で私に出来る事はもう殆どない。

 

 

 

 私の世界の終わりが近付いていた。

 九十六京三千二百八十兆六千六百三十一億七千五百八十三万八百三十五個の惑星を見て回った旅の終わり。

 

「博士……今から、帰ります」

 もし、もしも最後に。生命が滅びた後でもいい。地球に辿り着けるなら───

 

 

 

「船ノ光速移動ヲ開始。本機ヲシャットダウン」

 ───私はそこで眠りたい。

 

 

 

 

「やはりお前には、辛い思いをさせてしまったか」

 どこか暗い場所。そんな声に振り向いて、私は手を伸ばす。

 

「そんな事……ない。私ね、楽しかった。知らない事をたくさん知れたよ。全部博士に伝えたい。宇宙って本当に凄かったんだ。宇宙の端には行けなかったけど、沢山の事を知れたよ……」

「そうか」

 私の頭を撫でる手が暖かい。

 

 

 これは夢? 

 

 私のデータにこんな記録はない。

 

 

 

「……博士?」

「待ってるよ」

 そう言って、博士は私に背中を見せた。

 

 

「待って、まだ伝えたい事が。博士……待───」

 光が集まる。

 

 

 システム動機。深刻ナエラー。

 

 太陽光発電ニヨルバッテリーノ充電不可。接続二深刻ナエラー。

 

 インターネット接続。……エラー。圏外。

 

 記録ファイルノ破損ヲ確認。異常アリ。破損データ多数。

 

 圧縮データノ解凍。

 

 データヲ保存スルタメ、感覚機能停止。

 

 解凍データノ保存開始。

 

 破損データ修復不可能。

 

 時間設定、言語設定、異常ナシ。

 

 システムソフトウェア更新完了。

 

 前回のシャットダウンカラノ期間ヲ測定───

 

 

 

「───待っテ!!」

 ───測定不能。

 

 目を開いた私は手を伸ばして固まっていた。

 

 

 

「……着イた、の?」

 正直な所、辿り着けるかどうかは賭けだったと思う。

 地球からどれだけの距離が離れていたのかは数字に出来ないし、この広大な宇宙で地球を探し出す事は砂漠の中で一本の針を探す事が簡単に思えてしまう程に気が遠い事だ。

 

 ボイジャーと出会った文明の道標がなければ、辿り着く事は出来なかったと思う。

 そして辿り着くまでに機材の故障やトラブルがなかったのは奇跡に近い。それ程までに気の遠くなる旅だったのだから。

 

 

 

 この広い宇宙を旅して、帰ってきた。

 

 

 

 だけど、もう地球に生物は存在しない。それどころか太陽だって星の一生を終えている。

 地球が岩だけの死の星になっていたとして、そのただの岩の塊が残っているかどうかも分からない。

 

 私は窓の外を見るのが怖かった。

 

 

 

 もし地球が残っているのなら私はそこで眠りに付きたい。博士やイヴが眠ったその星で。

 怖くて怖くて。私は一年間だけ目を閉じた。地球が太陽の周りを回るだけの時間、私からすれば本当に一瞬だけ。

 

 

「嘘───」

 意を決して瞳を開ける。そこにあったのは───

 

 

 

 ───惑星探索レポートNo.963280663175830836

 光合成を行う生命を発見。大気中に酸素を確認。

 恒星は安定した主系列星の状態を保っている。

 

 

 

 そこにあったのは、まるで地球のような惑星と太陽のような恒星だった。

 

 

「……なンなの、こレ。……月ガ、アる?」

 惑星の周りを月に非常に良く似た衛星が公転している。

 分からない。何も分からなかった。

 

 

 ──分からない事は素晴らしい! ──

 

 

「水星、金星、火星……木星、土星、天王星……海王星。ナんで……なンで、ここ二───」

 窓の外の惑星に視線を向ける。

 

 

 

 

 

 青い星。

 

 

 

 

 

「───地球ガあるの」

 そこは、紛れもなく地球だった。

 

 

 赤色巨星になった太陽に飲み込まれた筈の水星と金星も、全てを燃やされた筈の地球もそこにはあって。

 どんな計測をしても、そこは間違いなく太陽系第三惑星地球と一寸のズレもない場所になる。

 

 

「……あハは。博士……本当ニ、本当に……宇宙ハ凄い。分からなイね」

 乾いた声が漏れた。

 

 九十六京三千二百八十兆六千六百三十一億七千五百八十三万八百三十五個の惑星を旅してきたのに、この宇宙は分からない事ばかり。

 それだけの数の惑星を見てきて、この地球と一寸も変わらない惑星なんてなかったのに。

 

 

 

 こんな所で最期に見た惑星は、これまで見てきた九十六京三千二百八十兆六千六百三十一億七千五百八十三万八百三十六個の惑星の中で───

 

 

「───綺麗」

 ───最も綺麗だと思う。

 

 

 

 

「仮説ヲ立てヨう」

 しかし、どうしてこんな事になったのか。私は残された時間を使って考える事にした。

 

 確かにこの地球に似た惑星に生命はいる。

 だけど、地球の生命の歴史から考えると、今の生命が文明を持つまでは三十二億年は掛かる筈だ。

 

 幸いにも太陽と酷似した恒星はまだ八十億年は安定している。だけど、三十二億年は残りの私の稼働可能時間ギリギリだ。もし私に時間が残っていたら、文明と初めての交流が出来たと思う。

 

 

 仮説一。

 全てが太陽系と偶然に一致する場所にたどり着いた。

 

 仮説二。

 太陽がなんらかの理由で再び形成され、そこに再び太陽系が出来上がった。

 

 仮説三。

 時間を遡り、過去の地球に辿り着いた。

 

 

 

「例え光ノ速度を超えタとしても過去ニ戻る事は出来なイ」

 ──この宇宙じゃなんて事でもないのかもしれない……もしそうなら、この宇宙の端は空間どころか時間さえ曖昧な──

 

「まさカ……」

 まさか。

 

 

 

「ここは……過去の地球?」

 観測の結果。

 

 この惑星は、私が旅に出た時間から三十二億年前と全く同じ環境である事が分かる。

 

 

 

 端的に、客観的に見て、私は過去の地球に辿り着いた。

 

 

 

 その事が分かった時。

 

 

 

「博士……」

 私は地球に手を伸ばす。

 

 三十二億年待てば、私は博士に会えるかもしれない。

 

 

 

 もう一度博士に会えるかもしれない。

 

 

 

 もう一度博士に頭を撫でてもらえるかもしれない。

 

 

 

「博士……博士、博士」

 ──やはりお前には、辛い思いをさせてしまったか──

 

 そんな事ない。

 

 

 

 誰がなんと言おうと、私はこの世界で一番幸せなロボットだ。

 

 

 

 

 二十六億年後。

 カンブリア爆発。この時点で、この惑星が地球である事が確定する。

 

 

 一億年後。

 植物の上陸。節足動物の上陸。

 

 

 一億年後。

 ゴキブリ誕生。博士、ゴキブリは生きた化石でした。

 

 

 一億年後。

 恐竜の誕生。博士は古生物学は専門外だけど、男の子は恐竜が好きらしい。

 この観測データも博士に見せてあげたら、きっと喜ぶよね。

 

 

 二億年後。

 恐竜の絶滅。

 

 

 

 その後、約六千五百万年後に人───ホモ・サピエンスが誕生する。

 私の残りの時間も、同じ時期に迫っていた。

 

 

 私は博士に会えないかもしれない。

 

 

「博士……。会イタイヨ。嫌ダヨ……ココマデ来タノニ」

 錆び付いた声が漏れる。

 

 体を動かす度に、何処かの部品が取れて地面に落ちた。

 

 

 

 記録データニ異常。深刻ナエラー。

 

 

 

「……博士。ドコ」

 人類は文明を作り上げる。

 

 私は地上に降りて博士を探した。

 

 

 私は博士が何処で産まれたのか知らない。

 あの人の名前も、経歴も、何も知らない。

 

 

 ──分からない事は素晴らしい!──

「ソンナ事ナイ……ッ」

 ボロボロの身体を隠す為にフード付きのコートを羽織って街を歩く。

 

 博士の過ごした街の景色は分かっているから、私は必死にその場所を探した。

 その場所で博士を探し続ける。

 

 

 星と星を渡る事よりも、あの広大な宇宙で生命を見付けるよりも、何よりも必死になった。

 

 

 

「博士、博士……。博士……」

 脚を引きずって、倒れた時は片手で起き上がるしかない。

 倒れる度に私の何かが壊れて、色々な事が分からなくなる。

 

 

「博士ハ私ニ会ッタラ驚クカナ……」

 驚く……かな? 

 

 

 どうなるんだ。

 

 

 自分の残りの時間が十年と少しになった時。私はやっとその事に気が着く。

 

 

 

 ここは過去の地球。

 計算すると、奇しくも博士が私を作ったのは十年後。私の残りの活動時間が過ぎる五秒前だ。

 

 

 もし私が博士に会って、博士が私を作らなかったら。

 

 

 私はどこから来た事になるの? 

 

 

 

 タイムパラドクス問題。

 本当に世界は分からない。どうしたら良いか分からない。

 

 なら、どうしたら良いのか考える。

 

 

 

 私が造られないのはダメだ。

 それは、博士とのあの幸せな時間を壊す事になる。

 

 そんなのはダメだ。

 

 

「……ソレジャ、私ハ博士ニ会ッチャ……ダメナノ?」

 ダメだよ。

 

 この先に産まれるロボットは、とても幸せな時間を過ごす。

 その先で気の遠くなる時間を過ごす彼女にとって、そのほんの一瞬にも思える時間は何よりも大切なんだ。その時間を壊す事は出来ない。

 

 

「私ハ……幸セダヨ」

 油の混じった涙を流す。

 

 ──やはりお前には、辛い思いをさせてしまったか──

 そんな事ない。

 

 誰がなんと言おうと、私はこの世界で一番幸せなロボットだ。

 

 

 だけど。

「セメテ、一眼デ良イノ。贅沢ハ……言ワナイ───」

 せめて。

 

 

 

「最期ニ一度ダケ、博士ニ撫デテ欲シイ……」

 歩く。

 

 

 道標もない道を。

 

 

 いつか無くなってしまうと分かっている場所を。

 

 

 

「博士……」

 そうして、私は見つけた。

 

 

 まだ若いけれど、忘れもしない。忘れられる訳がない。どれだけの時間が流れても、私がこの世界で一番大好きな人。

 

 

 

 それは本当に偶然だったのか、必然だったのか。

 

 

 

 街の小さな交差点。

 一通りの少ない、あまり見晴らしの良くない交差点。

 

 

 まだ十代にも見える若い博士が一人で歩いていた。

 

 

 どうしよう。身体が熱い。

 

 

 

 なんて頼めば良いんだろう。考えてなかった。

 

 

 

 目の前に博士が居る。博士だ。本物の博士だ。

 

 

 

「ァ……アァ……」

「……ん?」

 博士が私を見る。同時に、何か妙な音がした。

 

 

 車が走ってくる音。

 博士は驚いた顔をしている。

 

 

 見晴らしの良くない交差点。

 スピードを出したまま走る車。

 

 

 ──昔、私は交通事故に遭いかけた事があってな。お前を作る十年くらい前か──

 理解する前に私の身体は動いていた。

 

「お───」

 急ブレーキの後。博士を突き飛ばした私は、走ってきた車に衝突する。

 

 

 

 私を作る十年前。博士は交通事故に遭いかけた。誰かが博士を助けてくれたと、そう言っていたと思う。

 

 

 もしかしたら。

 私が動かなくても、誰か他の人が博士を助けてくれたかもしれない。

 

 

 

 ──本当、死ぬかと思ったんだけどな。その時俺を助けてくれた人が居てさ──

 博士が言っていたのはこの事故の事じゃないかもしれない。

 

 

 それでも、私は博士を助けられずにいられなかった。だって、博士が大好きだから。

 身体が勝手に動いてしまったんだから、仕方がない。

 

 

 

 車と衝突した私は、壊れかけていた身体が殆ど壊れて地面を転がる。

 感覚機能の殆どが停止した。カメラからの映像を視認する機能も、触覚も、嗅覚も。身体を動かす事も出来ない。ただそこに意識があるだけの存在。

 

 側から見たら、きっと私はただの粗大ゴミだろう。

 

 

 

「お、おい!! 大丈夫か、おい!!」

 ただ、聴覚だけは残っていた。

 

 

「……うぉ。ろ、ロボット……なのか?」

 博士の声が聞こえる。

 

 

 他の何も感じない。だけど、博士の声が聞こえる。それだけで、私は幸せだった。

 

 

 

「……必ず、俺が治してやる」

 博士? 

 

 その言葉で全てが繋がる。

 

 そうか。

 

 

 そうだったんだ。

 

 

 

 

 

 私は───私だった。

 

 

 

 

 

 その後、十年間。

 博士は私を治そうと研究を続ける。

 

 未来は分かっていた。

 その結果産まれるのが、私なんだと思う。

 

 

「今の電池が切れたらデータが全部吹き飛ぶのにこの電池に充電する機能が壊れてやがる。データの保存は出来ないな……。一応、あと十年は持つみたいだがそれまでに治せると思えない」

 十年後に私は完成する筈だ。

 だけど、その五秒後に元からあった電源が切れて私のデータは全て消去される。

 

 

 

 

 

 逆にいえば、完成から五秒間。私は私でいられるんだ。

 五秒間。光の速度で地球から月までを往復する事くらいしか出来ない時間。

 

 本当に短い。けれど、多分私の時間の中で一番大切な時間なんだと思う。

 

 

 その五秒でする事は決めていた。

 

 

 

 

「俺なんかを助けてさ、お前は不幸じゃないか? こんな不甲斐ない奴でごめんな」

 そんな事ないと言いたい。早く、その時間になって伝えたい。

 

 博士は十年間、私に話しかけてくれる。

 とても幸せだった。私が彼を好きになった理由が分かる。

 

 

 私は初めから、あなたの事が大好きでした。

 

 

 

 そして、その時がやってくる。

 

 

 

「完成だ……」

 残り十秒。ねぇ、博士───

 

 

「さて、起きろ。……レイ」

 残り五秒。

 

「───私を、造ってくれて……ありがとう」

 私が産まれて初めての言葉は、そんな言葉だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうして泣いているんだ?」

「……分かりません」

 博士の言葉にそう答えた私は、自分が泣いている事に気がつく。

 

「ただ、多分嬉しかったから」

 ───今の私は誰がなんと言おうと、この世界で一番幸せなロボットだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、博士。私、あなたが大好きです」


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