筒井とギャル棋士   作:ようぺい

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3話 オラ子と筒井の後輩

「厚お兄ちゃーん、遊ぼー?」

 

「ダメ。明日の予想で忙しいから」

 

 丸々と太った中学生の兄と、まだ小学校低学年くらいの妹。夕飯を食べ終わり、兄の部屋のドアを開けて声を掛けた妹であったが、返事はノーだ。

 

 部屋の床には競馬新聞や競馬雑誌、それからデータをまとめた自作ノートなどなど。床にあぐらをかいている少年は、それらを眺めながら難しい顔でうんうんと唸っている。

 

 

 よく遊んでくれた兄はここ半年ほどずっとこんな調子で、オマケに土日も場外馬券売り場に行ってしまうので妹は面白くなかった。

 

 

 そんな妹は碁が打てた。兄が金も賭けない競馬に狂ってしまっている間、ちょくちょく遊びに行っていた児童館で、高学年の人達に教わったのだ。

 

 

 妹は驚くべき速さで上達した。児童館だけでしか打っていないにも関わらず、数ヶ月程でアマ初段格である高学年の子ともそこそこの勝負が出来るようになっていったのだ。

 

 だがその高学年の人達も卒業や塾通いを始め児童館に来てくれなくなり、妹には対局相手がいなくなってしまった。だが折角覚えた碁をもっと続けたかった。

 

「ママー、囲碁セット買ってー?」

 

「良いけどママ囲碁わからないわよ?」

 

「学校の友達に教えてあげるの。そうしたらみんなで打てるもん」

 

 母親におねだりして碁盤と碁石を手に入れた妹。さっそくクラスの女子達へ、

 

「ねぇ、あたしん家で囲碁やろうよ!」

 

「イゴ? 何それ?」

 

「私知ってるー。おじいちゃんの遊びだよねー」

 

「えー、そんなジジババゲー絶対やだー。ジャコスでアイキャツやりたーい」

 

 が、女子達は女児向けゲームに夢中で碁など見向きもしなかった。

 

 それでも折角買って貰った囲碁セットだ。ひとり寂しく自分の部屋で石を並べていると、兄がドスドスと床を踏み鳴らし怒鳴り込んで来た。

 

「うるせーよ、パチパチパチパチ! 今週は難しいレースが多いのに、予想に集中出来ないだろ!」

 

「厚お兄ちゃん、ごめんなさい……」

 

「ん? お前何やってんだ? 五目並べ?」

 

 妹の部屋に見慣れぬ物があり、兄は尋ねた。

 

「い、囲碁ってゲーム……」

 

「ああ、何かテレビで見た事あるかも。でもどっちが勝ってるとか、どうやったら終わるとか、見ててもそういうの全然わからないんだよな」

 

「簡単だよ? 教えるからやらない?」

 

 妹は久しぶりに兄が競馬以外に興味を示してくれて嬉しかった。それに碁なら2人で遊べるのだ。

 

 兄は妹と同じくらい才能があり、競馬も辞めてメキメキと上達していった。兄が強くなり良い勝負が出来ると妹もそれが楽しくなり、2人ともあっという間に十分アマ三段以上を名乗れる実力となっていった。

 

 才能は互角、だが2人には決定的な差があった。

 

 友達と遊んだり、ちゃんと学校の勉強をしたりの妹と違い、兄は碁へ全力投球。授業中も隠れて碁の本を読んでおり、睡眠と食事以外の時間は全て碁に注ぎ込んでいた。

 

 同じテレビゲームをやるにしても、1日30分しかゲームが出来ない子供と、1日に好きなだけ出来る大人のようなものだ。

 

 気が付けば妹はまるで手も足も出なくなっていた。どう頑張っても勝てない兄との対局が段々と苦痛になっていった。

 

 それでも追い付こうと必死に碁の勉強をしたのだが、1日に碁に費やせる時間は兄の比ではなかった。

 

 そして妹が高学年になった頃には、兄はプロ棋士になっていた。兄が碁を始めてたったの2年だ。

 

 まるで別の世界に行かれたような虚しさを覚えた妹は、兄と碁を一緒に打てて楽しかった気持ちなど完全に消え失せ、以来スッパリと辞めてしまった。

 

 

 そして数年が経ち──。

 

 

「起きろ豚ッ! とっくにメシ出来てんぞ!」

 

 制服にエプロン姿、金髪ショートの長身黒ギャル。オラ子だ。

 

 オラ子はベッドの上、布団を被った巨大な物体にがしがしと蹴りをかましている。

 

「起きてるって……」

 

「起きてねぇだろ! 殺すぞデブ!」

 

 もそもそと布団から出て来たのはかなり、いや相当太った青年だ。寝ぼけ眼でベッドを軋ませながら「どっこいしょ……」と何とか立ち上がった。

 

「今日対局日だろーが。アタシも学校あんだから早くしろっ」

 

 吐き捨てるように背中を向けたオラ子。乱暴にドアを閉めた後には乱暴な足音が届いて来た。

 

 

 リビングのテーブルには朝っぱらから様々な料理が並んでいる。ソーセージの添えられた綺麗な出来栄えのオムレツ、とろけたチーズたっぷりのフレンチトースト、香ばしさ漂うグリルチキンサラダ、具たっぷりのクラムチャウダー、他にもフルーツの盛り合わせやケーキなどなど。

 

 特大サイズのスーツズボンと白シャツ姿でやって来た兄は目を輝かせる。豪華メニューは対局日朝の楽しみなのだ。

 

 早速ガツガツと食い始めた兄。うまいうまい、とみるみる内に料理が減っていく。

 

 そんな見た目通り大食漢な兄に対して、向かい席で長い脚を組み、朝刊を広げているオラ子が不機嫌そうな顔を向けた。

 

「つーかさぁ、また太ってね? 何とかしろよ、恥ずかしくて友達も呼べねぇじゃねぇか」

 

「感謝しろよ? 俺が太る遺伝子お前の分まで母さんから貰ってやったんだぞ」

 

 互いに口の減らない兄妹。両親は長期海外出張中なので、実質兄妹2人暮らしである。

 

「オラ子、学校はどうなんだよ」

 

「普通」

 

 兄として一応こういう事も聞いておくのだが、返されたのはありがちなパターン。

 

「普通じゃわかんねぇだろ。部活とか入らねぇのかよ」

 

「部活? どうしよっかな。ギャル子が昨日囲碁部入ったって言ってたけど。大会出たいからとかそんなんで」

 

 昨日のカラオケでの出来事を思い出すように、少し上を向いたオラ子。

 

「へえ、あいつ囲碁部か。打ってやるから連れて来いよ。て言うかお前も入ればいいじゃん」

 

「やだよ。ウチら親友だけど、そういうダサい仲良し付き合いはしねぇの」

 

 実際昨日はギャル子から入部を誘われたが、1度断ったら互いにそれでおしまいであった。もちろんそれで関係にヒビが入る事はない。

 

 そんな他とは違う友情アピールをされた兄は「ふぅん」とつまらなそうな顔で勢い良く料理をかき込み始めた。

 

 

 ◆

 

 

 オラ子が登校すると、校門にあるのはビラ配りをしている筒井の姿。だが今朝はもうひとりギャル子も一緒だ。

 

「囲碁部でーす! よろしくお願いしゃーすっ! しゃーすっ!」

 

 普段はビラを渡されるのが面倒で素通りやら遠回りやらしている他の生徒達。しかしいつもとは違う光景に少しばかり関心を向け始めていた。

 

「おっす。やってんじゃん」

 

 彼女も普段は筒井をスルーしている立場なのだが、ギャル子もいるので声を掛けてみる事にした。

 

「オラ子、おはようっ」

 

 部員が増えた筒井は楽しそうだ。部設立へリーチを掛けた状態なので気合いも入るだろう。

 

「打倒海王だからね!」

 

 そしてギャル子はさらに気合いが入っている。朝は強くないはずで、いつも予鈴ギリギリ登校にも関わらずこの場にいるのがその証拠だ。

 

 

 昨日カラオケで喧嘩を売られた海王の日高由梨。彼女と戦うために部を作り、海王が主催する1年生のみの団体戦『若鶏戦』に出ようと言うのだ。

 

「んで、大会はいつなんよ」

 

「うん。帰って調べたら5月10日だったんだ。だから早くもうひとり集めて、学校に部として認めて貰って申し込みしないと」

 

「ウチら超忙しいよねー、ヤバくない?」

 

 筒井の言葉にオラ子は他人事ながら眉をひそめた。今日が4月の半ばなので、残りたったの3週間だ。部設立に加え練習だってしなければならないのだ。

 

 

 

 そんなこんなでギャル子が忙しくなってしまい、親友のオラ子は少しばかり寂しさを覚え始めた。

 

「何だよ、時間無いのはわかるけど、メシくらいゆっくり食えっての」

 

 昼休み。ギャル子はさっさと弁当を食べて、筒井と共にまだ部活を決めていない生徒を当たりにいってしまった。

 

 机を向かい合わせにして昼食中のオラ子、そして代表。

 

 彼女達にギャル子を加えた同じ中学出身の3人が基本グループなのだが、この日は勧誘を優先されてしまいオラ子が不貞腐れている。

 

「じゃあオラ子も入ったら? みんなでわいわいするのって楽しそうじゃない」

 

 可愛らしくサンドイッチをぱくつきながら小首を傾げた代表。

 

「ウチのアニキと同じ事言うなよ。アタシは碁なんて好きじゃねぇんだから、そんな奴が入ったってしょうがねぇだろ」

 

「久しぶりにやったら面白いかもよ?」

 

「……いや、いいよ。つか部活とかだりぃし」

 

 昔は面白かったはずなのだ。だが何が面白かったのか思い出せない。

 

 そんな感傷を小さく首を横に振って捨て去り、視線を正面へと戻した。

 

「そういやギャル子が倒したいって言う海王って強いわけ?」

 

「うん。全国優勝だってした事あるんじゃないかな」

 

「マジで? 相手1年坊だけっつっても、そんな学校あいつらが勝てるわけねぇじゃん」

 

 もはや見えてしまった結果に「あーあ」と残念そうに食事を再開。そんな中で、チラリと何か期待するようか目を代表に向けた。

 

 意図は伝わっているはずなのだが、代表は何も応えようとはせず「これ美味し〜♡」とサンドイッチに舌鼓を打っている。

 

 その飄々(ひょうひょう)とした態度に舌打ちをひとつ入れ、弁当の残りをガツガツとかき込み始めた。

 

 ほとんど噛まずに飲み込む食べ方に代表は肩をすくめ、

 

「コラ、ちゃんと噛んで食べないとお兄さんみたいになっちゃうわよ?」

 

「あぁ? アニキがデブだって言いてぇのかよ。お前でもアニキの悪口言ったら殺すぞ」

 

 ギロリと恐ろしい眼付きで睨まれた代表。しかし萎縮するどころかおかしそうに笑い始めた。

 

「オラ子って本当お兄ちゃん大好きっ子ね。オラ子じゃなくてブラコンのブラ子って呼んであげようかしら」

 

 

 ◆

 

 

 電車通学のオラ子であるが、その日の放課後は駅を通り過ぎてプラプラとまだ良く知らない葉瀬の町を散歩していた。

 

 暇なのだ。高校に入ってからも同じ中学のギャル子と代表とつるんでいたのが災いし、放課後一緒に遊べる友達はまだ出来ていなかった。

 

 登校する時は高校がある北口、そして今足を踏み入れているのは南口の繁華街エリア。色々と遊べる場所がありそうだし、穴場の喫茶店なんかがあれば、程度の気持ちで視線を周囲へ泳がせる。

 

「お、ラーメン屋発見」

 

 目に付いたのは『中華そば』の看板。取り敢えず頭に入れておき、他を眺めていくと「ん?」と思ったのはすぐそこのビルの階案内。最近よく縁のある碁の文字だ。

 

「碁会所か。行った事ねぇけど、何か雰囲気ヤバそ。金が動いてそうな匂いがする」

 

 古臭いビルの地下へ続く階段を覗き込むと、薄暗くいかにも不健全なオーラが漂っていた。

 

 どちらにせよ用は無いとして、踵を返す。

 

 これと言ってめぼしい店も無く、気が付けば繁華街を抜けてしまい住宅地。歩き過ぎたかと引き返そうとしたところで、ふと気になるモノを数メートル先に見掛けた。

 

 太い街路樹を見上げている学ラン姿の少年だ。クセの強い赤っぽい髪に、ボタン全開の上着の中には襟を立てたこれまた赤いシャツ。ちょいワル気取りといったところか。

 

 少年のナリはともかくとして、木なんかを見上げて何をしているのかと思ったオラ子は、それとなく近寄ってみた。

 

 猫だ。木の枝に降りられないらしい小猫がいるのだ。

 

(んー。登れそうだけど、絶対下着見えちまうしなぁ……)

 

 周囲には少年以外誰もいないので、その少年も消えたら助けてやるつもりであったが──。

 

 少年は歩き去るどころか、鞄をガードレールに立て掛けると幹に手足を掛け登り始めたのだ。

 

(ふーん。ちょいワルの癖に感心な奴)

 

 オラ子はこっそり後ろで応援。しかしそれも虚しくズルリと滑り、両足は地面へ帰還してしまった。2、3度トライしたが結果は同じ。

 

 少年は木登りが苦手なようで、彼ひとりで猫を助けるのは簡単にはいかなそうな雰囲気だ。

 

 はあ、と疲れた息を吐いた少年がふと後ろのオラ子へと振り返った。ずっと見られていた事に気が付き、恥ずかしさにカァァッと顔を赤らめてしまった。

 

「み、見てんじゃねぇよ」

 

「悪い悪い、アタシが肩車してやるよ。そうすりゃ多分届くだろ?」

 

 

 

 

 女に肩車される事に大分渋られたが、どうにかこうにか猫を助け離してやった2人。そして今は勝利の祝杯として公園のベンチでジュースを飲んでいる。と言っても帰りたそうな少年をオラ子が無理矢理付き合わせたのだが。

 

 背中を丸めて座る少年と、背中を思い切りベンチに預け、短いスカートで脚を組んでいるオラ子。

 

 少年はそんな大柄(おおへい)なオラ子を下から覗き込むように見上げた。

 

「悪いな。奢って貰って。あと、猫も」

 

「良いって。ガキンチョが気にすんなよ。それにアタシが付き合わせてるんだから」

 

 オラ子とは対照的に、少年はクールっぽさを思わせる抑揚の無い声で話す。

 

「あんた、その制服葉瀬高だろ?」

 

「ああ、そうだけど? アニキでも通ってるか?」

 

「いや……。1年で囲碁部の筒井さんって知ってる?」

 

 少し聞く事を躊躇(ためら)うような間を見せた少年。

 

「知ってるよ。同じクラスだし。じゃあお前あいつの後輩か」

 

「……まあ、そんなところ」

 

 またまた少年は変な間を置いた。後輩と名乗って良いものだろうか、のような感じだ。

 

 思わぬところで接点があり、オラ子は高笑いと共に少年の背中をバシバシ叩き始めた。

 

「筒井の後輩って事はアタシの後輩同然ってこった!」

 

「いってぇなぁ、何でそうなるんだよ……」

 

 ウザそうに手を払いのけた少年。また叩かれないようにと深く座り直し、丸めていた背中をベンチの背もたれに預けた。

 

「筒井さん、どうしてる? 噂でひとりで囲碁部作ろうとしてるって聞いたんだけど」

 

「ひとり、いや今日からはふたりで勧誘頑張ってるぜ? つーか、アタシの親友が筒井に取られちゃってよォ。おかげで放課後暇になっちまったじゃねぇか、テメェ後輩として責任取れよコラァ」

 

「……そっか。ひとり入ったんだ」

 

 カッカッカ、と笑うオラ子から知らされた近況に、安心したように僅かに口元を緩ませた少年。

 

「んでさぁ、あとひとり集めて打倒海王つってんの。あ、海王高校って知ってるか? マジ強いらしいとこな」

 

「……知ってる。中学も強いとこだし」

 

「そうなん? つかお前、中学で囲碁部だったりすんの? 筒井、中学でも囲碁部作ってたんだってな」

 

「……俺はもう辞めたから」

 

「何で?」

 

「別にどうだって良いだろ」

 

「わかった、女子部員に変な事して居づらくなったんだ。部室で女子の体操着の匂い嗅いでるのがバレたとか。そうだべ? なあ、おい、エロガキ君よぉ」

 

 肩に腕を回され、抱き寄せられそうになった少年は抵抗しながら声を大にする。

 

「ちっげぇよ! 大会メンバーにするために俺を無理矢理入部させた奴が、先にケツ捲って辞めやがったんだよ! だから──」

 

「だから? もうそいつはいないんだろ? 別に問題無くね? それとも元々碁が嫌いで、部にいた間もずっと嫌々やってたのか? だったら全然構わねぇけど」

 

 少年は沈黙。嘘でも嫌いと言うつもりはないらしい。

 

「じゃあ戻れば良いだろ。ああ、でも今さら恥ずかしくて無理か。どうせその場の勢いで『辞めてやるよ! 囲碁部なんかよォッ!』みたいにやっちまったんだろ」

 

「……うっせぇな。あんたに関係ねぇだろ」

 

 図星のようで、少年はぷいっと顔を背けた。そんな少年に頭の後ろから声が届く。大らかだった先ほどまでとは打って変わった、何か切なそうな声だ。

 

「そうだな……。だけど本当はやりたい事を、何やかんや理由付けてやらねぇ奴をアタシ見てるのが苦しいんだ」

 

 くせっ毛の頭を掻きながら、面倒臭そうにオラ子に目を戻した少年。

 

「別にそこまでやりたい訳じゃ……。それに部の連中なんてヘボ揃いで相手にならねぇし」

 

「ん? お前強いわけ? そんなちょいワル気取りの癖に」

 

「海王以外は敵じゃないね」

 

 自信を思わせるニヤリとした不敵な笑み。オラ子は同じ表情をぶつけ返す。

 

「へぇ。じゃあさ、アタシと打てよ。そんで負けたら囲碁部に戻れ。そしたら『勘違いするな! 綺麗なお姉さんとの賭けに負けて戻って来ただけだ!』って言い訳出来るだろ?」

 

 

「何言ってんだよ……。つかあんたと? 碁、打てんの?」

 

 少年はオラ子のギャルギャルしい見てくれに訝しげな表情だ。とても碁を知っているとは思えない。

 

「これでも小4か小5くらいまでやってたぜ?」

 

「何だ、じゃあ勝負にならねぇよ。俺も半年くらい打ってないけど、さすがにそれはプランクあり過ぎ」

 

「お、逃げるか?」

 

 オラ子の挑発を鼻で笑い飛ばす少年。仮に長いブランクでも腕が鈍っていないにせよ、実質小学生を相手にするのと変わらないのだ。

 

「なら俺が勝ったらあんた、筒井さんの囲碁部に入れ。互いに賭けないとフェアじゃねぇだろ?」

 

「嫌だよ、碁は打てるけど嫌いだし。その代わりアタシが負けたらちょっとパンツ見せてやるからさ、それで手ぇ打ってくれよ」

 

「んじゃ、ジュースごっそさん」

 

 オラ子がエッチなお姉さんっぽくスカートをチラチラ持ち上げたのだが、少年は交渉決裂と言わんばかりに、空になった缶を手に腰を浮かせてしまう。

 

「待てよッ。あーもう、じゃあ負けたら入ってやるよ! アタシに二言は無い!」

 

 半ば投げやりに賭けを承諾。少年は「約束だぜ」と口角を上げ座り直した。

 

「つーかさ、やけに筒井の事気にしてるけど、あいつの事そんなに尊敬してんの?」

 

 筒井の事はまだよく知らないが、そこまでとは思えない。

 

「別に。碁は弱いし、急にキレるし……。でも俺が途中で部辞めちまってあの人とはそれっきりで……。卒業の時も祝いのひと言も言えなかったから……」

 

 照れ臭いのか、小さな声でボソボソ喋る少年。筒井に対して心残りがあるようだ。

 

 そんな少年の言葉に少しばかり心を打たれたオラ子は、

 

「お、お前良い奴だなぁ……。猫も助けようとしてたし。名前、何だっけ?」

 

「三谷。……あんたは?」

 

「オラ子」

 

 親指で自身を指したドヤ顔のセリフに「ぶほっ」と吹き出した少年、三谷。

 

「オラ子って……。嘘つけよ……」

 

「あだ名だって。なら倉田で良いよ。さっき碁会所見つけたんだ、そこで打とうぜ」

 

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