筒井とギャル棋士   作:ようぺい

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8話 筒井と日高

 放課後の理科室からは碁を打つ音が幾重にも連なっている。筒井の作った葉瀬中囲碁部は彼が卒業した後も受け継がれ、しっかり活動中だ。

 

 理科室特有の黒い机で対局をしているのは共に2年男子、三谷祐輝と院生の進藤ヒカルだ。進藤は囲碁部を辞めたままだが、三谷が部に戻ってからはたまに部員の相手をしに来ている。

 

「まさかお前に教えられる日が来るなんてな……」

 

 三谷からため息が漏れる。去年の夏頃までなら三谷の方がかなり実力が上だったのだが、今ではそれが嘘だったかのように互いの実力が逆転してしまった。

 

「へへっ、俺強くなっただろ。5月の院生順位も1組16位に入れたんだぜ?」

 

「ギリギリじゃねぇかよ。て言うか、こんだけ強くても16位? 院生ってのはバケモンだらけだな」

 

「そうそう。俺より年下なのに全然敵わない奴だっているしさぁ」

 

 冷戦──、と言っても三谷が一方的に嫌っていたのだが、こうして2人が普通に会話している様子を、他のメンバー達は柔らかな表情で眺めていた。

 

「葉瀬中囲碁部盛り上がって来たって感じだよね」

 

 2人の女子に教えている大きな体につぶらな瞳の男子、夏目。2年生の彼が一応部長だ。一応と言うのは、彼が入部した日に三谷と進藤が辞め、まともに碁を打てるのが彼だけになってしまったからである。

 

 それでも自然消滅寸前にまで追い込まれた囲碁部を支えて来たのは、紛れもなくこの夏目であり、女子部員達も彼を慕っている。

 

 女子部員は髪の長い目がパッチリとした藤崎あかり。そしてミディアムヘアーでおっとりした雰囲気の津田久美子。この2人である。

 

 まだ腕はヘボだが、地道にコツコツ積み重ねて来たおかげでそれなりに打てるようにはなっている。

 

「良かったよね。潰しちゃってたら筒井さんに顔向け出来なかったもん」

 

「筒井さんと言えば、葉瀬高囲碁部もちゃんと部になったらしいよ? 今4人だって。部室も畳にして、テレビもあって何か凄いみたい」

 

 ホッとしたような藤崎の言葉に、津田が嬉しそうに口を開いた。

 

「え? 久美子がどうして知ってるの?」

 

「メ、メールで教えて貰って……。高校生活どうですか? ってメールしたらお返事くれて……」

 

 少し顔を赤くした津田。藤崎も連絡先は交換してあるが、そんな乙女な反応をされると女子として黙っていられない。

 

 藤崎はニヤニヤと笑みを浮かべ、

 

「えー? ちょっと、久美子〜? あやしい〜」

 

「ち、違うよ! 全然そんなんじゃないからっ!」

 

「もーう、卒業式の時に第2ボタン貰っとけば良かったじゃん」

 

「違うって! で、でも筒井さん優しくて素敵だなぁって……。本当にそのくらいだからっ」

 

 キャーキャー騒がしくなる女子2人。津田をちょっとだけ狙っていた夏目がしょんぼりしているのは誰も気付かない。

 

「うるせぇな。筒井さんがどうしたんだよ」

 

 ヘボの上にペチャクチャ喋っているものだから、進藤からお叱りが飛んで来た。

 

「高校で無事に囲碁部作れたって話だよ。もう4人になったんだって。またひとりで作っちゃうなんて筒井さん凄いよねっ」

 

 嬉しそうに話す藤崎に、部員集めに一枚噛んでいた三谷は人知れず「ふっ」と笑いを零す。

 

 皆が筒井ネタで盛り上がる中、津田がスマホのメール画面に目を落としながら、控えめな声で言った。

 

「あ、あと連休明けに海王主催の大会に出るらしいよ? 1年生だけが出られる団体戦で、それに向けて頑張ってるみたい」

 

「へぇ、大会か。そうだ、連休中に練習試合しようって誘ってみろよ。お前達も6月に大会だし、筒井さんも鍛えられて一石二鳥じゃん」

 

 進藤の案に誰も異を唱えなかった。筒井に会いたいと思う気持ちは皆一緒なのだ。

 

 

 ◆

 

 

 その頃葉瀬高囲碁部はと言うと、放課後の部室にて練習をしていた。

 

 部室を貰って約2週間、殆ど何も無かったこの部屋はすっかり立派に様変わりしていた。

 

 通販で買った安い畳セットとミニテーブル、ギャル子が持ち込んだテレビとゲーム機(DVD視聴可)、元々あった本棚には筒井が持ち込んだ囲碁の本が並んでいる。

 

「筒井君。そこは我慢して大石の安定を図った方が良いわ」

 

「でもここを利かされる前に、少しでも白地を減らしておきたいんだけど」

 

「ダメよそんなの。こうしてオサエられると、白に厚みを築かれた上に後手後手、ヒラキにも回られて一気に黒が悪くなるでしょ」

 

 筒井が代表に指導碁を打って貰っている。

 

 これまでは昼休みに教えていただけの彼女だが、昨日からは囲碁部の正式な部員となった。黒ギャル達と違い指導者のいない筒井には昨日も今日もマンツーマン状態だ。

 

「キミは読める力、すなわち碁の基礎体力はあるの。あとは力の使い方を覚えなさい。そうしたらもっと伸びるはずよ」

 

 中3までずっとひとりだった筒井はほとんどの時間を詰碁に費やして来た。対局数は長い碁歴の割に極端に少なく、指導者もいない我流のため、実戦で力を活かしきれていない状態だった。

 

 葉瀬中囲碁部に入った進藤ヒカルも今は院生だが最初はヘボ。後にアマ三段クラスの三谷が入り、進藤が筒井を超えた頃には、夏期講習や受験勉強であまり部には出られなくなっていた。

 

 とは言え、受験勉強の空き時間に自宅でネット碁や囲碁ソフトで対局数を重ね、中学卒業から高校入学までは廃ゲーマーの如くパソコンの前に座っていた。

 

 それでも若鶏戦に出てくる海王の1年生達には及ばないと思われる。目の前にあるのは凡人が我流で越えるには厳しいアマ三段の壁であり、大会に出てくる海王1年はおそらく全員突破しているはずだ。

 

 そんな筒井に代表の指導はガッチリハマった。代表はプロ三〜四段相当。そんな彼女の考えに触れて目から鱗が落ちまくりだ。一般的にはアマの棋力の壁は初段、三段、五段と言われており、筒井がアマ五段クラスになる日も近いかもしれない。

 

 

 皆でミニテーブルを囲み、お菓子を食べながらひと息。

 

「明日から5連休だ〜。幸せ〜」

 

 満面の笑顔のギャル子。今日はゴールデンウィーク前日。5月3日〜7日まで休み、10日が若鶏戦だ。

 

 スマホで連休中の天気をチェックしているオラ子が筒井へ顔を向けた。

 

「そういや部活の時間とかどうすんの?」

 

「任せるよ。僕は家近いし朝から部室(ここ)に来るつもりだけど」

 

 ちゃんとした顧問がいないので割と適当だ。皆やる気があるのでうるさく言わなくても来るだろうと思っている。

 

「明日も来んの? アタシら誰も来ないけど」

 

「どうだろ。家で集中出来なかったら来るかも」

 

 筒井が軽く考え込む仕草を見せると、お菓子の横に置かれている彼のスマホがブブッと震えた。

 

 ギャル子がチラリと覗き込めば、スマホはメール受信画面で差出人は津田久美子となっている。

 

「女の名前だ! 犯罪の匂いがする!」

 

 思わずスマホに手を伸ばしたギャル子へ、筒井から「コラッ」と注意が入った。

 

「人の勝手に見ようとするなよ」

 

 ひょいっとスマホを手に取った筒井を、ギャル子は「ぐぬぬ」と恨めしそうな目で睨む。

 

「メガネが美人局の被害に遭うのを未然に防ごうという、あたしの善意溢れる行為は、果たして怒られる程悪い事でしょうか?」

 

「キミは何を言ってるのさ……」

 

 ギャル子のバカな言い分に肩を竦め、筒井はメールを読み始めた。

 

「だって女っ気無しのメガネに女からメールって、そう思われて当然じゃん!」

 

 そうだよね? と女子達へ同意を求めるギャル子。オラ子は「うん」と即頷き、代表は「これ美味しい♡」と誤魔化した。

 

「失礼な奴らだな。中学の囲碁部の後輩からだよ。連休中のどこかで葉瀬中で練習試合しませんかってお誘い。どうする? 院生の進藤君も来てくれるらしいし、良い勉強になると思うよ」

 

 部員ひとりひとりへ目を移していく。卒業したばかりだが、筒井は行く気満々だ。

 

「アタシは良いぜ? 三谷にリベンジしたいし」

 

「あたしもー。部活(ここ)じゃ負けっぱなしだから、そろそろ勝ちを知りたい」

 

 黒ギャル達は参加表明。残るは代表だけなのだが、あまり明るいとは言えない顔をしている。

 

「もしかして行き辛いのか? お前院生バックれ同然で辞めたから」

 

 オラ子が言うと他の2人は「あぁ……」と納得するように声を漏らした。そんな下がり掛けた空気を払うように、代表は小さく首を横に振った。

 

「ううん、その子とは面識無いし、みんなが行くなら私も行きたい。でもOBとかって普通ウザがられそうなのに、あっちから誘ってくれるなんて、筒井君は後輩達に慕われてるのね」

 

「うん、うん……。僕には勿体無い後輩達だよ……」

 

 じわ……っと滲み出て来る涙。筒井は眼鏡を外し、目元を拭い始めた。

 

 

 ◆

 

 

 5月3日、早朝午前6時。普段ならまだ寝ている時間だ。起きたばかりの筒井は自宅玄関で旅行カバンを手にした、よそ行き姿の両親と妹を見送っていた。

 

「じゃあ公宏、3日間留守番よろしくね?」

 

 3人は遠く離れた祖父の家へ行くのだ。その間は筒井ひとりである。彼は「よーし、夜通しネット碁やっちゃうぞー!」とハイテンションを胸に秘めているのだが、

 

「夜通しネット碁したり、食事代削って碁の本とか買っちゃダメよ?」

 

「やらないし、買わないよっ」

 

 事前に渡されていた食費5千円。筒井はネット碁の他に「切り詰めまくって碁の本たくさん買っちゃお!」とも画策していたのだが、息子の考えなど全てお見通しのようで、母親から釘を刺されてしまった。

 

「お兄ちゃん、部活の女の子連れ込んだりして」

 

「あはは、ないないっ。あの子達が公宏なんか相手にする訳ないわよっ」

 

「言えてるー!」

 

 朝っぱらから言いたい放題の母と妹は、寡黙な父と共に出発して行った。

 

 

 リビングへ戻って用意されていた朝食を取り、時計に目を向ければまだ午前7時だ。軽く散歩でもして来るかと、ジャージ姿のまま家を出た。

 

 

 祝日だけあって人も車も少なく、街は静かだ。

 

 体育以外で運動などしない筒井がこうして散歩する事自体珍しい。学校で囲碁部の女子達と過ごしている時間が多いのが一番の理由だろう。

 

 ギャル子は部室で筋トレしてるし、オラ子は長身でスタイル抜群だし、代表は見た目完全無欠の美少女だしで、さすがの筒井もちょっぴり見た目や体型には気を付けようかなとは思い始めた次第である。

 

 丁度良くジャージにスニーカーだ。折角だしと、目的地の方向を見据えた。近所には小さなスポーツ公園があり、1周200メートル程の周回コースがあるのだ。

 

 

 

 来てみれば既に先客が5人程。部屋着代わりのジャージの筒井とは違い、サングラスにスパッツ姿のガチ勢っぽい方々も。

 

 思い付きで来たド素人で恥ずかしいが、軽く準備運動、目標は体育で走る1500メートルとして、ゆっくりと足を動かし始めた。

 

 筒井は凡人だ。ガリ勉眼鏡らしい見た目に反して特に頭も良くないし、その逆で運動神経も悪くはない。なのでそれなりに走れている。

 

 周回をカウントしていれば、もうすぐ1500メートルだが、まだまだ余裕がある。

 

(これならもう少し走れるかな)

 

 そう思い目標を5キロに変更。そうしてグルグルと走り続けていると、

 

「あら、おはよう」

 

 隣に並ばれたショートヘアーの女の子に声を掛けられた。目を向けると知った顔と言えば知った顔であった。

 

「お、おはよう……」

 

 どうしてここに? という驚きを残したまま返事を返す。挨拶を交わした相手は海王の女子部員、日高だ。筒井にとって天敵に近い存在である。

 

 ジャージ姿で首にタオルを掛けた彼女は軽く微笑み、

 

「いつも走ってるの? あなたってそういうタイプじゃないかと思ってたけど、見直したわ」

 

「今日が初めてだよ。別に続ける気も無いし」

 

「あらそう。少しは格好付けて見栄を張れば良いのに。どうせ普段格好良いところなんて無いんだろうし」

 

 薄ら笑いと相変わらずの毒舌にイラッと来る。

 

「うるさいな。さっさと行ったら?」

 

「残念、嫌われたものね。折角こんな場所で会ったんだし、何かお話したかったんだけど」

 

「嫌いも何もあるかよ。キミっていちいち口悪いんだもん。僕に何か恨みでもあるの?」

 

「えっ? 恨みなんてないわよ。それに本当の事しか言っていないつもりだけど?」

 

 目を丸くした日高。悪気が無い分余計タチが悪い。

 

「はいはい、格好良くないのも、海王の副将に勝ったのも大ポカのおかげのマグレだよ」

 

 筒井はここまでマイペースを貫いていたが、喋ってしまった事で呼吸が乱れ苦しくなり始めた。足を止めたくなったが、たとえ自分より後から走り始めた日高であっても、彼女より先に止まればまた何か嫌味を言われそうだ。

 

 例えば──、

 

『ふー、走った走った。さあ帰ろうっと』

 

『あら、もう終わり? やっぱり大した事無いのね。もう死んじゃえば?』

 

『何でだよ! 僕はキミが来る前からずっと走ってたんだからな!』

 

『ふふ、口では何とでも言えるわね。死んだ方が良いんじゃないかしら?』

 

 筒井のイメージではこんな感じだ。バカにされてすごすごとこの場を去るのも悔しいので、もう少し踏ん張ってみる事にした。

 

「……キミってこの辺に住んでたんだね。駅前のカラオケにもいたし」

 

「ええ。ハゼショーの近くよ」

 

「うわ、ご近所さんだ。見掛けた事無かったな」

 

「それより囲碁部出来たのね。遅くなったけどおめでとうと言っておくわ」

 

「何で知ってるのさ」

 

 驚く筒井をバカにするように日高は口角を上げた。

 

「若鶏戦のエントリー校に葉瀬高の名前があったもの」

 

「ああそっか」

 

「それで、出来たばかりの囲碁部は順調?」

 

「色々あって、ようやく動き始めたって感じかな。海王は?」

 

「そりゃもう毎日ビシバシやってるわ。悪いけど、若鶏戦は海王の優勝で決まってるから」

 

「海王には岸本君がいるし、他にも凄い人達ばかりでそりゃ厳しいけどさ。ウチだって出場するからには優勝を目指すよ」

 

 筒井にしては凛々しい顔付きに、日高の薄ら笑いが消える。

 

「気合いだけは入っているみたいね。なら良い事教えてあげる。岸本君を警戒しているようだけど、彼は1年生のトップじゃないわよ?」

 

「えッ!? 嘘でしょ!?」

 

 最強の代名詞岸本。出現した時点で勝ち確定のプレミアキャラだ。その彼より強い打ち手となると、院生上位クラス、下手をすればプロでもおかしくない。ここは是が非でも根掘り葉掘り聞いておきたいのだが、

 

「おっと、これ以上は企業秘密♡」

 

 人差し指を自身の口元に当てた日高。

 

「まさか留年──」

 

「違うわよっ。正真正銘の1年生っ」

 

 他校の囲碁部の人間と情報交換。これまで筒井はそういった経験が無かったため、日高と話すのは正直悪くなかった。

 

 

 互いに喋り過ぎたため、大分息が上がっている。それからしばらく無言で走り続けた。と言うか喋る気力すら無い。

 

 日高もいつもならばとっくに辞めている距離を走っているのだが、負けず嫌いな性格ゆえか、先に走っていた筒井より先に足を止めるつもりはなかった。

 

 コイツには負けない──。結局考えている事は互いに同じだ。

 

 それでも「いつまで走れば良いのか」という不安を払いたい気持ちから、筒井の様子を伺うべく日高から声を発した。

 

「ず、随分っ、走るっ、のね……っ」

 

「ふ、普通……っ、さ……っ」

 

 相手は女子。だが海王だ。海王には負けたくないという信念、いや執念が、筒井の足を前へ前へと突き動かしていた。

 

 日高にはそれに並び立つ想いなど持ち合わせていない。そして足を止める気配がまるで感じられない筒井の姿が、彼女の心を折り砕く──。

 

「も、もう無理……っ!」

 

 先に止まったのは日高。後から走り始めて先に止まった、これは筒井の完全大勝利と言って良いだろう。

 

 日高はよろよろとコースの内に入り、芝生の上にぐったり座り込んでしまった。それを見届けた筒井は死体を蹴るかのようにもう1周、ぜぇぜぇと死ぬ程息を切らしてのコース内。勝利を突き付けるようにタオルで首を拭いている日高のそばへ歩み寄って腰を下ろした。

 

「か、海王に……! 海王に勝った……!」

 

「ここで海王とか持ち出す? 大体女子相手に何ムキになってるのよ、バカみたい」

 

 心から喜ぶ筒井に呆れながら、日高が乱暴にタオルを投げて寄越した。

 

「な、なに……?」

 

「使いなさい。汗、凄いわよ」

 

 知っている。たった今の今までこのタオルで日高が自分の汗を拭いていた事も知っている。元々の匂いなのかわからないが、とても良い匂いがする。

 

(良いのかなこれ。女子的にやってはいけないんじゃ……)

 

 きっと健全な男子をエッチな気分にさせるアイテムだ。が、疲れ過ぎてムラムラもしないし、ドキドキも走り過ぎてこれ以上はしようがないので普通に使わせて貰った。

 

 日高へタオルを返そうするのだが、自分の汗をガッツリ拭いてしまったので少し気が引ける。

 

「あ、洗って返した方が良いかな……」

 

「別に構わないわ。それに一緒に汗を流した同士なんだから」

 

 日高としてはユニフォーム交換に似た意味があったのかもわからない。

 

 まだ息を整えるので精一杯の筒井を他所に、軽くストレッチを終えた日高は「お先に。次は若鶏戦で会いましょう」と去って行ったのだが──、

 

 

「あら、また会ったわね」

 

 日高の15分程後にスポーツ公園を後にした筒井は、帰り道に彼女とバッタリ出くわしてしまった。

 

「落とし物でもしたの?」

 

「お構いなく。行ってちょうだい」

 

 何やら視線を下に落としてキョロキョロしているのだ。余裕の口調とは裏腹に、彼女の表情からは焦りが読み取れた。

 

「そういう訳にも……。財布? 鍵?」

 

「家の鍵……。見てないわよね?」

 

「うん。一緒に走ってた時も落とした音しなかったと思う」

 

 日高は「そう」と言い残し、地面に目を向けながらスポーツ公園の方へ歩き始めた。

 

 少し迷いながらも筒井が後に続くと日高が振り返り、

 

「何かしら?」

 

「暇だし手伝うよ」

 

「余裕ね。大会も近いのに部活は休み?」

 

「今日は休み。他の部員3人は遊園地」

 

「あら、ひとりだけ仲間外れ? カワイソウに」

 

 実際そうだったらかなりヘコむかもしれないが、ちゃんと誘って貰っている。折角代表が母親の見舞い以外の事を出来るようになったのだ。水いらず、親友3人組で行かせてあげたかった。

 

「僕は良いんだよ。キミこそ練習あるんじゃないの?」

 

「明日から合宿だから今日は休み。だから鍵見つけなきゃマズイのよ。最悪窓割らないと」

 

 合宿──、その素晴らしい響きに憧れを覚えてしまうが、後の物騒な発言にそれも消えてしまった。

 

「割るって、家の人は?」

 

「昨日から旅行……、くしゅんっ、くしゅんっ。……(さむ)っ」

 

 くしゃみを2連、ぶるっと身を震わせた日高。走って汗びっしょりだったので無理もない。何しろ筒井自身も大分体が冷えて来ており、日高の感じている寒さが手に取るようにわかってしまう。

 

 

 日高の家から公園までの間を(くま)なく1時間程探したが結局鍵は見つからず、日高が公園のベンチに座り途方に暮れている。

 

 そばに立つ筒井が公園の時計に目をやると、まだ午前10時を回ったばかりだ。諦める時間ではない。

 

「風邪引いたら合宿どころじゃなくなっちゃうよ。まだ時間はあるし、お風呂と着替え貸すから一旦ウチに来たら? それでちょっと休んでまた探し直そう?」

 

 友達でもないのに自宅に誘うのは気が引ける。案の定ギョッとした顔が返って来た。

 

「あなたの家? ご家族もいるのに、そんな厚かましいマネ出来ないわよ」

 

「ウチも今朝から家族旅行に行ってて誰もいないし、変な気は使う必要ないけど」

 

「誰もいないのはそれはそれで……。一応男の子の家に上がるわけだし……」

 

 細めた目で心なし距離を取られたが、筒井の人畜無害性を見抜いたのか、背に腹は変えられないのかはわからないが、

 

「じゃあ、悪いけど……。お邪魔させて貰うわ……」

 

 

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