ずっと、この時間が続けばいいのに...私の心は夢心地だった。あいつと昼ご飯を食べれることがどれだけ幸せなことか。
こんな感情が起きるのもきっと、私の「恋」なんだろう。
何を隠そう、私はエレンのことが好きだ。
数ヶ月前であれば、私のこんな姿は考えられないことだった。小学校の頃なんか、男になんか殆ど気にもしなかったし、そもそもの女友達も少なかった。そのせいで、クラスの女子や男子に「氷の女」と影で呼ばれていた。あれはあれで傷つくもんだよ。
それでも、いとも簡単にエレンは氷のような私の心を溶かしてしまった。エレンのことを想えば想うほど、体の中がドクドクと熱くなってきて、心臓の動悸が止まらない。エレンの行動一つ一つに一喜一憂してしまう。
私は完全に心の底からエレンに骨抜きされてしまったのだ。
きっと、そんな気持ちにさせたのは"あの日"の出来事だ。
入学したての頃は、私はエレンのことが嫌いだった。あいつがチーハンが好きと自己紹介をしたせいで、私はみんなの前でチーハンが好きと恥ずかしくて言えなかった。そんな、小さなことからエレンを目の敵にして、「調査団の存続」を建前に私は彼に「たたいて被ってジャンケンポン」の勝負を挑んだ。
あの時は、私は単にエレンを自分と違って堂々と物事を言えることが羨ましかっただけなのかもしれない。それが引くに引けなくなって、半ば八つ当たり気味な行動を仕出かしたのかもしれない。
結果、私は全てエレンに負けた。ただ、エレンは私にトドメを刺さなかった。勝負よりも、私を必死に理解してくれようとした。
そんな必死なエレンに、私は目の敵にしていた理由を話すしかなかった。これを聞くことでエレンは怒るかもしれない、そんな思いが頭に過ったりした。
しかし、エレンは違った。あいつは、真っ直ぐで素直な目で私に謝った。私は拍子抜けすると共に、エレンの優しさに気づいたのだ。
今考えれば、この目と優しさが私の心に火をつけたのかもしれない。
「何故、アニ、あなたはそんなにエレンと一緒に食べたがるの?」
昼ご飯を食べながら、少々長い思索に耽っていると、怒気が混じった声が飛んできた。また、あの子か...。声の主は、ミカサ。エレンの幼なじみでエレンに毎回金魚のフンのようにくっついている。
「別にいいじゃないか。エレンはあんたのものじゃないだろう?」
私はすかさず言い返す。恐らく、この子もエレンのことが好きなんだろう。きっと、彼女は私のエレンに対する好意に気づいて噛みついてきてるんだ。私にとっては、邪魔者でしかないけどね。
「やめなよ、二人とも。いいじゃない、アニが一緒に弁当を食べるくらい...」
アルミンが、フォローに入る。アルミンもエレンとミカサの幼なじみらしい。
「おい、ミカサ!俺が良いって言ってんだからいいだろ。頼むから、仲良くしてくれよ...」
エレンもフォローしてくれた。何か、ミカサに勝ったみたいで少し嬉しい。ただ、ミカサはどうだろうね。落ち込んでるんじゃないか...
「ご、ごめんなさい...」
全く...この子は執着し過ぎなんだよ...。本当、鬱陶しいね。
「ミカサ、別にそんな怒ってないから俺はただ楽しく食べたいだけだからさ、仲良くしよーぜ」
ミカサの落ち込んだ顔を見て直ぐに、ミカサをフォローする。きっと無自覚なんだろうけど、こういう優しさを見てると罪な男だなとつくづく思う。
「まあ、いいよ。エレン、またチーハンあげよっか?」
「お、よっしゃ!ありがとな、アニ!」
「いいよ、今日は沢山あるし..」
パッとエレンの顔が輝く。好きな男の笑顔を見るのは格別だ。ずっと見ていたくなるくらい真っ直ぐな笑顔なんだ。まさに、これを見るためにチーハンを毎日沢山持ってきてるんだけどね
それと同時に、ミカサの私への視線も感じた。エレンに嫌われることを避けるためか、何も言わないが無言の圧力をかけてくる
十中八九、私がエレンに何かをあげることを警戒しているんだろう。まあ、ミカサに何か口を出そうもんなら、面倒くさいことになりそうだし、私も気づいていないフリをした。
昼ご飯を食べ終わり、私は授業を受けていた。しかし、恋の病とやらは正直厄介だ。授業中にも関わらず、エレンが頭から離れられない。
一緒にいたい、エレンを独占したい、そんな感情が頭の中をグルグルと駆け巡る。
もう、私は後には引けなかった。この想いを実現させるため、もう賭けに出るしかない、そう考えた私はエレンをどこかの休みにデートに誘うことにした。
どこに行くかさえも自分でもよく分からない。ただ、私はエレンと一緒にいたいんだ。エレンとなら、どこに行ったって楽しめる自信があるから...
授業が全て終わった後、私はエレンのいる1年4組に行くことにした。
「アニ、何故4組の前でうろちょろしてるの?」
やっぱり...。私から見てもミカサの警戒心はちょっと異常だよ。でも、そう簡単にエレンに接触すらさせて貰えないことは想定済みだ。
「私は、エレンに用があって来たんだけど...通してくれない...?」
「何か用?」
相変わらず、凄い殺気だ。これには、呆れて少し心の中で笑ってしまった。
「私はエレンと二人で話したいんだ...。アンタには関係ないんだけど」
「私から伝えておく。用件は何?」
「話聞いてるかい?アンタには関係ないんだよ」
いい加減にしなよ...。何で、アンタは毎回私の邪魔ばっかり...
「だから、用件を伝えておくと言っている。それとも私に言えないような不都合なことでもあるの?」
もう嫌だ...、幼なじみの癖に...
「エレン、ちょっとこっちに来て」
私は大きな声でエレンを呼んだ。これが、1番手っ取り早い
「どうした、アニ?」
直ぐに気づいたエレンは、私のところに向かってくる。
「エレンは関係ない、下がってて!」
半分キレ気味のミカサはエレンを制止しようとする。
「待てよ、ミカサ!アニは俺に用があるんだろ?別にいいじゃねーか。で、何だ、話って?」
エレン、ちゃんと私の話聞こうとしてくれてありがとう。
「ふ、二人っきりで話したいんだけど...」
言えた...ここからが本番なんだけどね。
「いいぜ...ア..」
「ダメ、エレン!!」
エレンが言い終わる前に、ミカサが止める。ミカサももはや分かっているだろう。だから、こんなにも必死で今私を妨害して、止めようとしているんだ。
でもね、私もアンタに負けないくらいエレンのことが好きなんだよ!
その位の妨害があることも覚悟してるし想定済みさ!
「もう、あんたはいいよ!エレン、ちょっとこっち来て!!!」
私はエレンの腕を引っ張った。これで、走ってミカサを撒ければ...
「エレン、走るよ!」
エレンの腕を引っ張って私は必死に走る。遠くからミカサの叫び声が聞こえた気がした。ただ、今はミカサが追って来ないことを祈るしかない
階段を降りて、1年4組のクラスからは大分離れた所で止まった。私は、辺りを見回し、ミカサが追って来ていないことを確認する。ミカサが追ってきてないってことは、大方アルミンに諭されて止められたかだろう。
問題はここからだ。
「ねえ、エレン...今度の日曜日空いてるかい?」
走ったせいで、息が荒い私は、何とか声を絞り出して言った。お願い...空いてて欲しい!
「ああ、空いてるが...」
第一関門クリア。後は、デートに誘うだけ...。ここが1番難しいんだよ。ここで断られたら、私は立ち直れないかもしれない。そんな悪夢が脳裏を過ぎる。
ふぅと一つ深呼吸。
「一緒に買い物に付き合ってくれないかい?」
私は覚悟して聞いた。
「おう!いいぜ!」
その答えは、OKだった。嬉しさより先に、ホッとして力が抜けてしまいそうになった。
「ありがとう、エレン...」
一つ心の憂いが消えた安心感からか、嬉しさも遅れて込み上げてくる。
「でも、何で俺なんだ?別のヤツはいなかったのか?」
「あ、あんたが1番暇そうだったんだよ!!あ、あの子には内緒ね!」
暇そうなんて、嘘...。エレンのことが大好きだからに決まってるじゃないかと私は心の中で自分を責める。
ここで、好きと言ってしまえば、早いのに...。でも、私はそんなことはできやしないだろう。だって、一番大好きなエレン、あんたに嫌われたくないから...
「あの子って....ミカサか?」
「そ、そうだよ。言うとまためんどくさい事になるし...」
ミカサにこのことが公に伝えられれば、また妨害されるに違いない。
「おう!分かった! アニとの買い物、楽しみにしてるぜ!」
エレンは嫌な顔1つせず、デートを引き受けてくれた。また、エレンの笑顔にドキッとしてしまった。
「う、うん!」
私は少し照れ気味に返事をすると、急いで自分のクラスに戻った。うっかりミカサに絡まれては、めんどくさいからね。
それにしても、嬉しいよ。あいつとデート出来るなんて...
今日は、本当に最高の一日だよ...神様ありがとう!!