さきりんはヒーローに憧れる   作:ドントクライ

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茶番です


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 *

 

 

「早霧」

「……な、何、お父さん」

 

 いつか聞いた様な、真面目腐った声音で、お父さんは私──淀川早霧を呼ぶ。私は今、着替えの真っ最中だった。

 

「体育祭、優勝するぞ」

「……え、無理でしょ」

「──知るかあああッ! 他の奴がどんだけ優れてようと、ウチのさきりんが負けるわけないだろ!?」

 

 それをその『さきりん』本人に言うのは、どうなんだろうか。私は妙なテンションに着いていけず、辟易とする。

 

 結局、チョコマシュマロ1年分を契約し、私はまたもや『すごい特訓』に挑むことになったのだ。少しは成長したと思っていたのに、流されやすさは相変わらずだった。

 

 

 *

 

 

「おはようさきりん! どしたの、元気ないね?」

「……おはようございます。筋肉痛です」

 

 さきりんと呼ばれたことに反応する余裕も無く、私は今ぎこちない動きで席に向かう。

 

「え? もしかして、体育祭に向けて特訓してる? もー、どんだけストイックなのさ」

「……約束、しましたから」

 

 チョコマシュマロ1年分を。物に釣られたとは言えず、私はそれっぽいフレーズを呟いた。葉隠さんは(恐らく)首を傾げ、私の荷物を持ってくれた。優しい。

 

「おはようございます、さ、さきりんさん」

「……おはようございます。で、さっきから何なんですか、その呼び方」

 

 とうとう、八百万さんにもそう呼ばれて、悪い気はしないのだが、この歳にもなってさきりんは少し恥ずかしい。すると、葉隠さんがスマホを開き、ある画面を見せてくれた。

 

「はい、これ見て」

「……何やってるのお父さん」

 

 どうやらお父さんが勝手にLINEを交換していたらしく、全員にこんなメッセージを送っていたようだ。

 

『どうもうちの娘がお世話になっております。体調管理に気をつけて、是非ともうちのさきりんと仲良くしてやってください。お願いします』

 

「……おや、葉隠さんのメッセージは私のと少し違いますのね」

「え? さきりんのお父さん、全員に違うメッセージ送ってるの? どれだけマメな人なの……」

 

 私は恥ずかしさで俯き、うなじを撫でる。本当に何やってるの。

 

「……おいチビ。これどういうことだ」

「えっ」

 

 唐突に現れた少年──爆豪君は、いつも以上に不機嫌そうにスマホを見せつけてきた。私が何事かと、恐る恐る覗くと、やはり父からのメッセージが。

 

『こんにちは。どうもうちの娘がお世話になっております。君のお母様とは仲良くさせて貰っています。とはいえ、流石にうちのさきりんとは釣り合わないと思うので、距離を置いて頂きたいと思っています。それと、コネで訓練の様子を見せてもらったのですが、君はとてもセンスがありますね。まぁうちのさきりんには劣りますがね(苦笑)。あとついでですが──』

 

「──長ぇ!! しかもやたらお前と比較してくるしッ! うぜェからやめさせろ! 昨日から通知がうるせぇんだよ!」

「……ご、ごめんなさい。本当に、よく言っときます」

 

 いやマジで申し訳ない。音読していたので、周りの何人かは爆笑している。笑いどころあったかな。

 

「……それと、俺はお前も踏み倒して、ここで1番になる。だからとっととその腕治せや」

「えっ、あ、はい……」

 

 不快げに顔を歪め、彼は緑谷君に腕を当ててから、席に戻った。緑谷君は腕を摩る。

 

 心配してくれた? よく分からない人だ。

 

「……ツンデレクソ下水煮込みか」

「何か言ったかモブ!」

「イエナニモ」

 

 上鳴君がボソリと言って、思いの外響いた。

 

 

「まぁ、言い方はアレだけど、私たちも負けないよ、さきりん!」

「そうですわね。団体戦ならともかく、戦う時は正々堂々やりましょう」

「……わ、わかりました。……おふぅ」

 

 こんなに人と話すことは普段ないので、私は脱力して机にへばりつく。

 

 

 天気が良い。私は顔をほころばせ、目を閉じた。

 

 

 

 *

 

 

 

「淀川。始業前に寝るとは何事だ?」

「……いえ、これは何と言うか、不可抗力と言いますか、天気が良すぎるのが悪いと思いますはい」

 

 爆睡してしまった私は、誰にも起こされることなく、始業の時間を迎えた。何でも、『寝顔があまりにも気持ちよさそうだったから』という訳らしいが、まるで意味がわからんぞ。

 

「言い訳は無用だ。……ったく、お前は大人しいヤツこと思ったら、緑谷や爆豪よりも問題児かもしれんな」

「……え? 僕問題児扱いなの?」

「うるせーデク」

 

 2人に睨まれ、黙り込む緑谷君。何だか可哀想だが、人のことを気にしている場合じゃない。問題児、か。言われ慣れていた為、あまり今の状況を深く考えていなかった。

 

 体育祭。それはかのオリンピックに代わる、大々的なイベント。そこには世界中から大手のヒーローを始め、様々な有名人、一般人が集まる。つまり、そこでアピール出来れば、プロヒーローになることも夢では無いのだ。

 

 ここで足踏みしていては、時間の無駄だ。私は頑張ろうと意気込む──つい、大勢の人の目に晒される、自分の姿を思い浮かべてしまう。

 

「──おい淀川。その顔をやめろ」

「……でた無心顔。さきりんの伝統芸だ」

「まるでFXで有り金を全て溶かした人みたいな顔だぁ……」

 

 何故そこまでピンポイントなんだ。

 

 

 *

 

 

「さきりんって、ペットとか飼ってないの?」

「ペットですか。……ハムスターを1匹飼ってます」

「へぇ、名前は何てつけてるの?」

 

 休み時間、他愛の無い雑談を、葉隠さんは進んでしてくれる。私は話を続けようと、頑張って答える。

 

「……ハムスターです」

「種族名!? な、何か、渋いね」

 

 渋い!? 私は無言で目を見開いた。すると、八百万さんが会話に加わる。

 

「では、可愛らしい名前をつけてあげましょう」

「……い、いいんですか?」

 

 私は正直、名前などどうでもいいのだが。あのハムスター、私が落ち込んでいる時にだけ元気になるという、畜生っぷりを見せつけてくるのだ。だから、あんなヤツの名前なんてハムスターで充分だと思っていた。

 

「……ハム」

「……思いつかなかったの?」

「じゃあ、スター」

「思いつかなかったんだよね!?」

 

 八百万さんが何のひねりもない名前をぼやくと、葉隠さんが驚く。私も少なからず驚いたが、別に悪くないと思った。

 

「じゃあ……サム」

「外人!?」

「……ベム」

「妖怪人間!?」

 

 雲行きが怪しくなってきた。

 

「南無!」

「成仏!?」

「……じゃあ、ベロ」

「結局妖怪人間じゃん! もう、真面目に考えてるの?」

 

 何を見せられているんだろう。私は真面目な様子の八百万さんと、ひたすらツッコミを入れる葉隠さんを、視線で往復する。

 

「……では、こうしましょう。さ、さきりんさん、貴方が試しにひとつ言って、そのニュアンスに似た名前を言っていきましょう」

「何か大喜利になった!?」

「……むぅ」

 

 これは、良いのか? あのハムスターにも、自分の名前を決める権利はあるはず。……いや、なくていいか。うん。よし、勝手に決めておこう。私は投げやりに、「じゃあペット」と告げる。

 

「……ペットってなんですの?」

「そこから!?」

 

 漫才を始める雰囲気に、私は少し期待してしまう。……ここって、ヒーロー育成の名門校だよね? 芸人育成する場所じゃないよね? 

 

「……い、いえ、勿論知ってますわ。アレですね、映画で場面が切り替わるやつですよね」

「それはカットだよ!」

「……?? 違うのですか。では、工事の時に頭を守る……」

「それはメット!」

「ボールを投げて、モンスターを捕まえる」

「ゲット!」

 

「おい、お前ら! いつまで漫才やってんだ! ちなみにペットはアレだ。湯を沸かすやつだ!」

「「それはポット!」」

 

 

 こんな感じで、切島君の乱入により、漫才師『ハガモモ』は解散したのだった。

 

 

 *

 

 

「──走れ! 風のように!」

「……ひぃぃ」

 

 入試の時よりもハードなトレーニング。封炎剣を出し、素振りをしながら、脚にタイヤを付けてランニングするという、何ともカオスなトレーニングだった。

 

「それ! ガンフレイムだ!」

「ガンフレイム! かかったな! ……もう、これ、いちいち技名言う必要あるの!?」

 

 前々から気になっていたことだった。一部の技──空中で身を翻し、炎の拳を突き出す『サイドワインダー』や、飛び上がり、燃えるアッパーを繰り出し、蹴りを浴びせる『ヴォルカニック・ヴァイパー』など──は、技名を叫ばなくてもちゃんと発動する。

 

 なら、訓練していけば叫ばなくてもいいのでは? しかし、お父さんの言葉はあまり嬉しいものではなかった。

 

「何を言っているんだ! ──その方がかっこいいだろ!」

「ひえぇ……」

 

 理不尽な怒りに、私は悲鳴を上げるしかなかった。

 

 

 

「よし、これで最後だ。……自分の個性と、対話しろ」

「……えっ」

 

 何その某鰤市(ぶりいち)みたいな訓練。私は眉を顰める。

 

「以前、お前は『個性が喋った』と言ったな。……勝手だが、お前のクラスの子達とLINEを交換したんだが……偶然、お前と同じく『喋る個性』、つまり自我を持った個性を持っている子が居た」

「……ほ、本当に?」

 

 初耳だった。お父さんは頷き、先を話す。

 

「詳しく聞くと、彼も個性を制御出来ない時があるらしい。だが、その訓練の仕方は、一族皆同じ──『自分の力だけでなく、個性と共に強くなることを意識する』、という物だった」

「……なるほど」

 

 とは言っても、だ。私は自由に個性と話し合えるわけじゃない。気付いたら乗っ取られていて、法則が掴めないでいた

 

「……でも、私は──」

「──だから、出てくるまで(・・・・・・)、叩けばいい」

 

 ──雰囲気が変わった。その顔つきは、まさに炎上(色々な意味で)ヒーロー『フレイムマン』の、力強き姿だった。

 

「……これは、俺が親として出来る最大の贔屓だ。感謝しろ。エンデヴァーに次ぐ『炎系最強』の俺と、本気で1戦交えることが出来るのだからな!」

「……や、やっぱり狂ってる」

 

 どうしてウチの家系は、戦う時に性格が変わるのだろう。よく分からない。

 

 でも、本気で行かなきゃ意味が無い。私は左腕を隠し、右手の封炎剣を構える。

 

「行くぞ!」

「……どうなっても、知らないからッ!」

 

 フレイムマンの拳は、自然界には存在しない温度。まともに喰らえば、火傷では済まない。勿論、今のフレイムマンはそんなことを気にしない。

 

 友人だろうと、恋人だろうと、その燃え盛る身体で打ち倒してきたヒーロー。彼に情けなど不要だ。

 

「──ガンフレイム!」

「温い!」

 

 炎の柱はいとも容易く弾かれる。その勢いのまま接近してくるフレイムマン。私はバックステップを入れて、片手で使える技を考える。

 

 拳で打ち上げ、莫大な熱波を放つ『タイランレイブ』は使えない。勿論、あの最終奥義も使えるわけがない。使えば最後、相手は確実に『即死』してしまうからだ。

 

 短期決戦が望ましい。私はひとつ、リミ(・・)ッター(・・)を外した(・・・・)

 

「──ドラゴンインストールッ!」

「──『火炎膨張波』!」

 

 私は赤いオーラの様な物を纏う。フレイムマンは合わせるように、掌から火球を放つ。それは徐々に膨れ上がり、大爆発を起こすだろう。

 

「──グランド……うおりゃッ!」

「ぬぐッ! 速い……ッ!」

 

 ”グランドヴァイパー”を1度止め、剣の柄で打ち上げる。フレイムマンは空中で、足から炎を噴射し、そのまま殴りかかってくる。

 

 だが、上から来るのは読めていた。

 

「──寝てろォ!」

「──うげッ!」

 

 空高く飛び上がりながら、炎の柱を描くようなアッパーを、空中に居たフレイムマンに直撃させる。

 

 

 そのまま蹴り落とし、地面に叩きつけた。フレイムマンは何とか受け身を取るが、ダメージが大きく、すぐには動けない。

 

「……。やるじゃねぇか。……手の内は(しま)いか?」

 

 私は漸く気付く。いつの間にか、私の声が変わっていたことに。フレイムマンは笑う。

 

「ふふ、やっと出てきたか。……なぁに、ここからが本番よ!」

「……ケッ。嬢ちゃん、見とけよ。──これが、俺の使い方だ」

 

 封炎剣の言葉に、私は心の中で頷いた。そして何より──父の無事を祈った。

 

 

 *

 

 

 

「──早霧ィ! 頑張れよ!」

「……うん、ありがとう。お父さん」

 

 とうとう、体育祭の日がやってきた。この3日間、とても辛い特訓をこなしてきた。私でも、少しはいい結果を残せるかも知れない。

 

 いや、それは違う。

 

「──絶対、優勝するから」

「……ふふ、立派だぞ。早霧」

「私ったら、最近涙脆くて……。早霧、頑張ってね!」

 

 お父さんとお母さんの激励を受け、私は今までのように遠慮せず、力強く頷いた。

 

 お父さんの怪我は無駄にはしない。私は完治した左手をぐっと握り、決意を新たにした。

 

 

 

「──淀川さんですね」

「……? そ、そうですけど」

 

 駅に向かう道。通りすがりの女性が、話しかけて来た。名前を知られていることに警戒しつつ、私は顔を隠している女性に答えた。

 

「……これは予言です。本当に起こるとは限りません。信じるも信じないもあなた次第です」

「……あの、一体貴方は──」

「──貴方は今日、大切な物をひとつ失うでしょう」

 

 不穏な言葉に、私は凍りつく。女は消えていた。その場から。何の痕跡も残さずに。

 

 

 今のは一体……? 私は唾を飲み込んだ。

 

 

 大切な物を失う。私はその言葉に後ろ髪を引かれる思いだが、遅れていく訳にもいかない。私は振り切るように、走った。

 

 

 何処かで何かが、割れたような錯覚を覚えた。

 

 

 

 

 




取るに足らない会話ほど、書いていて楽しいものは無いです。

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