ガラル地方にて行われるジムチャレンジでは、挑戦するジムに順番が存在している。
第一のジムは、【くさ】タイプ使いのヤローがジムリーダーを務めるターフスタジアムだ。
【かくとう】との相性は可もなく不可もなくと言ったところであるが、サイトウはこれに快勝。
続くジム、【みず】タイプ使いのルリナがジムリーダーのバウスタジアムを目指すサイトウとメープルの二人であったが、その道中―――5番道路でとあるポケモンに出会った。
「カモネギだー」
「カモネギですね」
かるがもポケモン、カモネギ。
ネギのような植物の茎を持って戦う鳥ポケモンの一種であるが、メープルはどうにも自分の知っているカモネギとの違いに、マジマジと凝視して観察する。
「アタシの知ってるカモネギより凛々しい……」
「そうですか? こちらでは割と普通な見た目のように見えますが」
「だってアタシの中のカモネギは、えーっと……そう、これ!」
スマホロトムを弄って調べたメープルが見せてくる画面には、今目の前に居るカモネギよりも茶色が淡く、茎もそこまで大きくないカモネギが映し出されていた。
「あぁ、確かに違いますね。って、このカモネギは【ノーマル】と【ひこう】なんですか?」
「あれ、ガラルのは違うの?」
「はい。ガラルのカモネギは【かくとう】ですね。進化したらネギガナイトというポケモンになりまして……」
「進化もするの!?」
「カルチャーショック!」と驚愕を受けるメープルを余所に、暫し思索にふけっていたサイトウは、懐から空のモンスターボールを取り出した。
「捕獲しましょう」
「するの? シンパシー感じたから?」
「どこにですか」
「どこにって……」
メープルの視線の指し示す先は―――瞳。
「目つき、かな」
「……そこまで似てますか?」
反応に困るサイトウは今一度カモネギを―――特に目つきを観察する。
果たして本当に似ているのだろうか。例え百歩譲って似ていたとしても、ここまで爽やかな雰囲気は出ていないはずだ。
と、思った時であった。
「クワッ」
「え?」
視線を交わしていた最中、徐に歩み寄って来たカモネギが自分の前で膝をつき、頭を垂れたではないか。
その丁寧な所作には思わずサイトウも驚き、メープルも「行儀が良い子~」と呑気な声を上げるばかりだった。
「こ、これは一体……」
「貴方を主人として認めました! みたいな?」
「えぇ……」
流石にバトルもせず捕まえられるといった都合の良い話等あるものかと思ったが、どうにもそれを否定できない空気が場には流れている。
このまま何もせずカモネギに頭を垂れさせるのも気が引ける。
まだ主従関係も結んでいないのに、そこまでさせていいものか?
生真面目なサイトウは、最低限の礼儀として己も膝を地面につけては話しかける。
「カモネギ。私の手持ち……いえ、相棒として共に来てくれますか?」
「クワッ」
「……その気概、心より感謝いたします。共に参りましょう、カモネギ」
傍から見れば、一種の厳格な儀式にも見えなくない光景。
そんなやり取りを経て、見事カモネギを手持ちに加えたサイトウは、拍子抜けしながらもどこか嬉しそうな面持ちでカモネギの入ったボールを見つめていた。
「不思議な感覚です。自分でポケモンを捕まえるというのは……」
「あれ? サーちゃん、ポケモン捕まえるの初めてだったの?」
「はい。元々の手持ちは、昔から家に居た子達ですから」
ワンリキーもバルキーもヤンチャムも、元々親が用意してくれた三体。
幼い頃より厳しい英才教育を受けて挫けそうになった時、乗り越えられてきたのは彼等が居てこそだった。
しかし、その弊害と言ってはなんだが、自分で野生のポケモンを捕まえる機会というのは一度たりともなかった。それこそこうしてジムチャレンジという名目で旅に出るまでは……。
歓喜に打ち震えるサイトウ。
そんな彼女の胸中を察したメープルは、喉まで出かかっていた言葉を一旦飲み込み、別の言葉を何とか絞り出す。
「サーちゃん……それじゃあポケモンと仲良くなれるとっておきのお菓子を教えてあげようぞ♪」
「はい?」
役者のような言い回しをするメープルに、怪訝そうにするサイトウ。
と、二人は日も暮れてきた為、キャンプを設営する。
いつも通りカレーを作り、舌鼓を打った後、ようやく出て来たそのお菓子はと言えば……。
「ジャ~ン♪ ポフレ~!」
「ポフレ?」
「カロスの方で有名なお菓子だよ。はい、食べてみて」
サイトウは渡されるがまま、洒落た見た目のケーキを頬張る。
たっぷりとホイップクリームが乗ったポフレの味は、
「美味しい……!」
甘くてフワフワでトロトロで。
今まで食べた経験のない舌触りと味わいの菓子に舌鼓を打つサイトウは、褐色の頬に白いクリームをつけたまま、パクパクと二口、三口と食べ進めていった。
「ふっふっふ、どうよサーちゃん。お味は」
「甘くて……甘いです!」
「語彙が無くなってるねぇ~。ちなみにそれ、ポケモン用のお菓子だよ」
「え……?」
ちょうど食べ終わり、指に付いていたクリームを舐めていた頃にメープルが告げる。
―――食べてしまった。
硬直するサイトウ。
次の瞬間、固まっていた彼女は神速の如き速さでメープルの眼前に詰め寄った。
「どういうつもりですか、メープル?」
「ウソウソウソウソウソッキー! ポフレはポケモンも人間も美味しく食べられるお菓子なんだって!」
「本当ですか?」
「本当だってもぉ~サーちゃんは可愛いなぁ~あっはっは!!」
「……そうですか。貴方の言葉を信じ、一旦この場は納めましょう」
―――流石に死の予感が過った。
後にメープルは語る。
とそれはさておき、確たる証拠こそ無いが、あれだけ美味しく平らげてしまったのは事実だ。
自分の舌を信じるサイトウは、ポケモン達の為にもと用意されたポフレを手持ちへと配っていく。
「ほら、皆。甘い甘いお菓子ですよ」
渡すや否や、ポケモン達は嬉しそうな表情を浮かべながら、これまた頬にクリームをつけるのも厭わず、ポフレを食べ進めていく。
「やっぱりポケモンってトレーナーに似るものだねぇ」
「……どういう意味ですか?」
「甘い物好きでしょ?」
「……否定はできません」
「でしょでしょ~」
身体だけではなく表情筋も鍛え過ぎた結果、表情の変化に乏しくなってしまったと錯覚しかねないサイトウの顔も、ポフレを食べている時はワンパチの如く口元が緩んでいた。
やはり彼女も女の子だ。甘い物が大好きという訳である。
ならば、好きなスイーツ談義でもしようか―――そう考えていたメープルを遮るように、「でも」とサイトウが口を開いた。
「スイーツは好きですが……時たまにしか食べられないんですよね」
「およ? それはなんで?」
「親の方針のようなものでして。食べられるのは、それこそ誕生日や何かのご褒美ぐらいで」
少し寂しそうな色を滲ませた瞳で、澄んだ夜空を見上げる。
「……厳しいんだね」
「私を思ってこそだとは理解しています」
英才教育とは、ある意味子供が子供らしく居られる時間を削る行為だ。
友達を作り、ポケモンとも遊び、泣いては笑ってを繰り返し学んでいく。
そういう時期の時間を学びに傾倒されるのは、子供であったならば堪らないはずだろう。
それでも彼女は、自分に幸せになってもらいたいと願う両親の想いを汲んだ上で、今や夢の舞台に立つ為のチケットを手にしている。
まさに幼少期の苦労があってこその今だ。
しかしながら、彼女の中では今もまだ同年代の少女が辿ったであろう道のりに羨望を抱いている。
どんなポケモンが可愛いか。どんな洋服が好きか。どんなスイーツが好みか。
大人から見れば生産性のない会話でも、その中に含まれている夢を友と語らう時間が、まさに幼かった頃のサイトウには少なかった。
「……メープルはどうして旅に出たんですか?」
「アタシ? んー、そうだなー……10歳になったら大抵旅に出るのが普通みたいな雰囲気だったし、その流れで? まあ、なんやかんや楽しんでるよ」
「そう……ですか」
ポフレも食べ終え、じゃれ合っているポケモン達を眺めるサイトウが小さな声で零す。
「少し……羨ましいです」
豊かさがそのまま幸福に直結する訳ではない。
彼女は生まれながら、他人よりも恵まれた環境に居た。
それは親であり、お金であり、設備であり、地位であり……。
ジムチャレンジの推薦状を貰ったのも、そうした豊かさが結集したからこそであろう。
「サーちゃん……」
メープルも何とか気の利く言葉を告げようとするも、中々正解が見いだせずに居た。
慰めるのは少し違う。現在、サイトウが置かれている状況は、彼女が望んだとも言えるし言えなくもない。下手に慰めるような言葉を投げかければ、彼女の過去を否定することにもつながりかねないだろう。
だからこそ、メープルが口に出した答えは―――。
「―――きっと報われるよ」
「……え?」
「そんなに頑張ってきたんだもの。アタシにはどれくらい大変だったとかはさ、まったく分からないけれど……それでもたくさん努力してきたなら報われるよ。
「……」
「って、人生甘く見てるアタシからの応援~♪」
「……ぷっ、ふふ。なんですか、それは」
しんみりとしていた雰囲気を台無しにするような締めに、思わず吹き出してしまうサイトウ。
ニヤニヤと笑うメープルは、どこか柄にもない言葉を口走った故に湧き上がる羞恥心を誤魔化そうとしている節が見られる。
そんな彼女から視線を逸らし、今一度相棒であるポケモン達を眺めるサイトウは、
「でも……ありがとうございます」
隣の友人にギリギリ聞こえるか聞こえないか……そんな小さな声量で感謝を告げるのであった。
(正面から言うのは……なんだか気恥ずかしいです)
面と向かって「ありがとう」を伝える相手は、この友人が初めてかもしれない。
その後、ポケモン達がじゃれ合う音に耳を傾ける二人。
ようやく気恥ずかしさが紛れてきた頃を見計らってメープルが口を開けば、つい先ほどまでの雰囲気が嘘のように溌剌とした声音で問いかけてくる。
「ねえ、サーちゃんの目標は何?」
「何って……勿論、まずは次のジムを制覇することですよ」
「次じゃなくて、最終目標だよ。ゴールはどこなの?」
「ゴール……ですか?」
ゴールが無いと言えば嘘になる。
しかし、それを達成するのは余りにも険しい道のりであり、口に出すのも恐れ多いと感じてしまう。
だが、嘘は言えない。
偽れない。
自分を信じてくれるポケモンと、この友人の前では―――。
「私の目標は……チャンピオンのダンデさんに勝ってガラルチャンピオンになることです!」
「ヨッ! ガラル1のポケモントレーナー!」
「まだなってませんが……」
調子のいいメープルの声援を受け、こそばゆさを覚えながらも嬉しく思うサイトウは、星が煌く空を見渡してから瞼を閉じる。
―――そうだ、あの日もこんな……。
全ての始まりと言ってもいい。
まだ幼かった頃。その時既にガラル地方のチャンピオンはダンデであり、順調に無敗記録を伸ばしては世間を盛り上げている時期だ。
自分もあんなポケモントレーナーになりたい。
無邪気にそう願うサイトウは、夜空に声を奔らせた。
すると、不意に流れ星のように一つの塊が目の前に降ってきたのだ。
それこそが、今現在彼女が身に着けているダイマックスバンドの下となったねがいぼしである。
思えば、それから本格的に両親の英才教育が始まったのだ。
ねがいぼしを手に納める程、強い願いを胸に抱いた娘の夢を叶えさせてあげる為に―――。
(……もっと頑張らなくちゃですね)
このダイマックスバンドに込められた願いが自分だけのものではない。
父の。母の。そして今は友人の願いも込められている。
是が非でも勝ち進みたい。サイトウは強く心に言い聞かせる。
「あ、そうだ。もし頑張ったらたくさんスイーツ奢ってあげるよっ♪」
「ほ、本当ですか!?」
もう一つの負けられない理由も胸に刻みつつ、その日は床に就くサイトウなのであった。