Let's Go! サイトウ   作:柴猫侍

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#3

 

 ジムチャレンジに挑戦するトレーナーの数は、最初こそそれなりに居るものの、後半のジムへと向かっていくにつれどんどん数を減らしていく。

 中でも、序盤の壁となっているのがエンジンスタジアムのカブだ。

 

 長年トレーナーを務めてきた経験を存分に活かし、これまで奮ってきた挑戦者を打ち負かす。真正面からの力勝負は勿論、搦め手も用い、これまで力任せに戦ってきたトレーナーの足下も掬っていくのである。

 彼に勝利すれば、まさしくトレーナーとして一皮むけたと言っても過言ではない。

 

 しかし、サイトウはこれを撃破。

 直前のジムリーダー・ルリナを倒したこともあり、獲得したジムバッジは合計三つとなった。

 

 そして次なるジムのある場所はサイトウの故郷―――ラテラルタウン。

 ジムリーダーを務めるのは、【ゴースト】タイプのエキスパート・エシャロットという名の妙齢の女性だ。

 何より、彼女こそがサイトウに推薦状を与えたトレーナーである。

 

 生まれ故郷で繰り広げられるであろうバトル。ある者は奮い立ち、ある者は緊張するかもしれない。

 サイトウは―――後者であった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「っ……」

 

 控室。

 ジムリーダーに挑む為のジムチャレンジを難なく制覇したサイトウであったが、その表情はどこか浮かない。

 普段ならば平常心を保ち、万全を期した状態でジム戦に挑んでいただろう。

 しかし、今はどうだ?

 どれだけ深呼吸しても、試合前のローテーションをしても緊張が解れない。

 体中の筋肉が強張り、震えと汗も止まらない。いつの間にか握っていた拳の中は汗でぐっしょりと濡れてしまっている。

 これではイケないと「193」と刻まれたユニフォームで汗を拭うものの、汗が止まってくれる気配は微塵もない。

 

「すぅ……ふぅぅぅうう……」

 

 今一度深呼吸する。

 己を落ち着かせようとする度、胸の鼓動が異常な程に速いことを自覚せざるを得ないが、ようやく自分が平静で居られない理由を察する。

 

(父と母が観ているかもしれません)

 

 そう、両親の存在だ。

 両親のことをよく知っているサイトウからしてみれば、彼等が既にスタジアムで待機し、娘のジム戦を観戦せんと待っているに違いない。

 その事実がどうしようもなくサイトウを落ち着かせなくさせていた。

 

―――不甲斐ないバトルは見せられない。

 

 怖い。ミスをしてしまうことが。

 耐えられない。惨めな戦いぶりを晒してしまうことが。

 許されない。万が一にも負けることなど……。

 

 昔から滅多に褒めてくれなかった両親。だからこそ、褒められた時は人一倍嬉しかったのは事実だ。

 しかし、それ以上に叱られたり怒られたりした場面の方がずっと多い。

 こうした場面では、特にそういった経験が脳裏を過ってしまう。

 

 思考がどうしてもネガティブだ。

 心なしかボールの中のポケモン達も、そんなサイトウの心境を察してか動揺してしまっている。

 

(ダメだ、これでは……)

 

 そろそろ戦場に赴かなければなるまい。

 定刻となる直前、何をすべきか思案を巡らせた彼女は―――頭に着けていたカチューシャを外すや否や、大事な物を隠すようにポケットにしまった。

 大切な友人から借りた装身具であるが、両親が見たら「何を現を抜かしているんだ」と叱るかもしれない。

 

―――出来る限り()は摘み取っておきたい。

 

 後ろ向きな考えが彼女を保守的な方向へと走らせる。

 この時既に彼女は()()()()を考えてしまっていた。柄にもなく、それこそあの日誓った夢等頭から抜け落ちてしまう程に。

 

 そうした心境のまま、サイトウは大歓声に包まれるスタジアムへ足を運ぶ。

 どっちに転んだとしても自分のポケモントレーナーとしての人生を別つ分岐点になる―――その予感を覚えながら。

 

 

 

 ***

 

 

 

 ガラル地方におけるジムチャレンジは、それこそ地方を盛り上がらせる一大イベントに違いない。

 その一役を担っているのがサポーターの存在だ。

 彼等は自分が応援しているトレーナーが―――ジムリーダーであってもチャレンジャーであっても―――勝利を掴んでくれるようにと声を張り上げる。

 

 サイトウもまた、最初の壁ことカブを打ち倒した話題が広がるにつれ、その人気を飛躍的に高め、サポーターを増やしていたのだが―――。

 

(サーちゃん……)

 

 観客席でバトルを観ていたメープルは、チャレンジャーを応援する雰囲気が徐々に落ち込んでいく空気を肌で感じ取っていた。

 理由は単純だ。

 

(2対4……ここから巻き返すのはアタシでも難しいって分かっちゃうよ……)

 

 圧倒的ジムリーダーの優勢。チャレンジャーへの蹂躙と言ってもいいだろう。

 通常、ジムリーダーはジムチャレンジの順番を鑑みて適切な強さのポケモンを繰り出しているはずなのだが、それを踏まえてもここまでのバトルは散々たる流れであった。

 すでに4体の手持ちの内、カポエラーもゴーリキーも倒されてしまっている。

 【ゴースト】への切り札でもあるゴロンダも、ジムリーダーの一体目であるミミッキュを前に苦戦を強いられており、状況は芳しくない。

 

(なんだか……いつもと違う?)

 

 何も知らない観客からすれば、苦手なタイプ相手に劣勢を強いられているようにしか見えないだろうが、メープルにはそうは見えなかった。

 全力を出せていない。というよりも、普段の絶対に勝利を掴み取りに行く気迫を感じ取れない。

 彼女の背中越しからでも分かる気迫は、観客を震え上がらせるだけでなく、格上であるはずのジムリーダーさえ慄く程の凄まじいものだ。

 

(どーしたの、このままじゃ……)

 

 もし近くに居てあげられたならば、激励の言葉の一つや二つ投げかけて発破をかけられたことだろうに。生憎、スタジアムでは熱狂する歓声に自分の応援が掻き消されてしまう。

 なんとかしてあげたいというもどかしさと、なにもしてあげられないという虚無感が、メープルの胸中で焦燥となって渦巻く。

 

 と、この間にもゴロンダはミミッキュに倒されてしまった。

 

『ワアアアアアアッ!!!』

『またもやミミッキュがサイトウ選手のポケモンを撃破ァ!!! 残す所1体となったサイトウ選手が繰り出したのは……おーっと、カモネギだぁ!!! これまたゴーストポケモンには相性が悪いが、ここから巻き返せるのでしょうかァ!!?』

 

 ジムリーダー側の歓声が怒涛の波となってスタジアム中に轟く反面、最初こそサイトウを応援していたサポーター側は、不気味に思える程静まり返っている。

 

 すると、不意に聞こえてきた。

 

「あー、もうダメかなぁ……」

「だなー。こっから巻き返すのは無理だろ」

 

 若い男性二人の会話だった。

 察するに窮地に追いやられたサイトウの敗北を確信したのだろう。

 が、それがメープルの心に火を付けた。

 店頭販売されていたメガホンを手に取り、勢いよく立ち上がった。

 それだけならば兎も角、靴を脱いで席に立ち上がったのだ。マナー違反。よいこは真似してはいけない。

 ちょうど観客席を撮っていたカメラも彼女を捉え、スタジアムの大画面には怒りの形相で吼えるメープルの姿が映し出される。

 

「なぁーにやってんのぉぉぉおおお!!? ダンデさんに勝ってチャンピオンになるんでしょぉぉぉおおお!!!」

 

 ピクリとサイトウの肩が動いた―――気がした。

 メープルは続ける。

 

「ジムチャレンジぐらい無敗で勝ち進めなきゃ、チャンピオンに勝てないよぉぉぉおおお!!! もう負けた気にッ……なってんじゃねええええええぞおおおおおおおゴホっ、う゛え゛ぉっほ!!?」

 

 余りの絶叫に喉をやられ、ついには咳き込んでしまったメープル。

 サイトウにまで聞こえたかは分からない。

 しかしながら、()()()()()()()()()()()()には火を付けられた。

 

「そうだー、頑張れぇー!!」

「こっから勝ってみせろぉー!!」

「負けないでサイトウ選手!!」

「1体から巻き返したら最高過ぎるだろ、あんた!!」

「どんでん返し見せてくれーッ!!」

「サ! イ! ト! ウ! サ! イ! ト! ウ!」

 

 瞬く間に観客席は熱狂の渦へと化す。

 

『オオオオー、オーオオー!!! オオオオオー、オオオー!!!』

 

 ブブゼラを鳴らし、タオルを回し、一糸乱れぬ声援を挙げてチャレンジャーの背中を押すサポーター達。

 背水の陣? 馬鹿を言え。背中を押してくれる歓声がある状況が、絶体絶命であるものか。

 

「サーちゃん、ファイトォォォオオオ!!!」

 

 どうか彼女が勝ちますように。

 スタジアムは今まさに、興奮の坩堝を化すのだった。

 

 

 

 ***

 

 

 

(メープル……)

 

 声援に気がついて振り返った。

同時に、自分がどれだけ小さなものに囚われて試合に臨んでしまっていたかを理解した。

 

 今まではいい意味で彼等―――観客が見えていなかった。それはバトルにだけ集中していたからこそ。

 しかし、今日のバトルはどうだろう?

 

 自分しか見えていなかったのだ。相手はおろか、自分のポケモンでさえも。

 これまで自然とできたことが、敗北する恐怖に囚われてしまったことで、十分な実力を発揮できなかった。これを未熟者と言わずして何と言う。

 だが、そんな未熟者の自分を立ち上がらせてくれる活力を彼等が与えてくれた。

 

(皆……)

 

 恐怖より来る震えではない。これは武者震いだ。

 震える拳を握り、いざバトルコートへと視線を戻すサイトウ。

 刹那、視界がネギに染まった。

 

▼カモネギの はたきおとす!

 

「~~~ッ!?」

 

 声にもならない悲鳴を上げ、その場に蹲る。

 

「な、なんのつもりですかカモネギ……!?」

「クワッ」

「え?」

 

 突然の反逆に困惑していれば、とある物をカモネギが差し出してくる。

 それはジム戦直前に外したカチューシャだ。

 たった今、叩き落とされたことでポケットから零れ落ちてしまったのだろう。

 

―――ああ、そういうことですか。

 

 カモネギが言わんとしていることを察し、サイトウは頬を緩ませる。

 そのままカチューシャを受け取った彼女は、何の迷いもなく頭に身につけた。

 カモネギは爽やかな笑みを湛えたまま、親指―――もとい、翼でサムズアップしてくれる。

 

「……確かに貴方からしてみれば、こうじゃなきゃ恰好がついていませんからね」

 

 他の3体とは違い、カモネギだけはカチューシャを身に着けているサイトウこそがあるべき姿。自然体である主の正装なのである。

 

―――王が王冠を被らないでどうする。

 

 カモネギの瞳は暗にそう訴えかけていた。

 

「……ごめんなさい。それと……ありがとうございます」

 

 僅かに潤んでいたサイトウの瞳の色が瞬時に切り替わる。

 さらには履いていた靴も放り投げ、裸足でバトルコートに足を着けた。

 今日までに何千、何万と繰り返してきたガラル空手の構えをして。

 そんなサイトウに合わせてか、カモネギも剣のような茎を構える。

 

「行きましょう、カモネギ。この場に居る全ての方々に尊敬を込めて」

「クワッ」

 

 雰囲気が一変。

 熱の高まる観客席とは打って変わり、バトルコートには得も言われぬ寒気が迸る。

 思わず総毛立つ程の気迫だ。闘志とも言えよう。

 真正面から肌身で感じ取ったエシャロットは、ようやく見たかった彼女の姿に口元を緩ませる。

 

―――そうだ。この少女と戦いたかったのだ。

 

 次の瞬間、バトルコートで閃光が奔った。

 カモネギの“つじぎり”とミミッキュの“シャドークロー”が激突したのだ。

 余りに一瞬の出来事に観客も騒然とするが、カモネギと交差したミミッキュが力なく倒れる姿を目の当たりに、すぐに大歓声が空へと向かって轟く。

 

『サイトウ選手、ついにジムリーダーのポケモンを撃破ぁぁぁあああ!!! この流れに乗って行けるかァ!!?』

「カモネギ!!! まだまだ行きます!!!」

「クワァ!!!」

 

 続いて繰り出されたのはデスマスだ。

 ガラル地方の姿―――いわばリージョンフォームと呼ばれる形態のデスマスに対し、サイトウが指示するのは只一つ。

 

「“つじぎり”!!!」

 

 研ぎ澄まされた一閃が鈍足なデスマスを一刀両断。

 急所に命中させたかの如く強烈な一撃は、出てきたばかりのデスマスをそのまま撃破せしめた。

 

 だが、快進撃はまだ終わらない。

 

「カモネギ、“つじぎり”!!!」

『な、な、なんとォ!!? サイトウ選手のカモネギが、続いて繰り出されたサニゴーンまでをも一発ノックアウトォォォオオオ!!! まさかまさかの同数まで持ち込んだぁぁぁあああ!!!』

『ワアアアアアアアアッ!!!!!』

 

 ミミッキュ、デスマスに続き、3体目のサニゴーンまでをも“つじぎり”で撃破するカモネギ。

 3体連続撃破にはスタジアムも大盛り上がりという言葉では収まりきらぬ程にヒートアップし、途中は静まり返っていたサイトウ側のサポーターも、今は歓喜の涙を流しながらコールをしていた。

 

 大きなダメージを負うことなく、ほぼ無傷で最後の一体であるゲンガーを引き摺りだすことが叶ったカモネギ。

 すると、不意に神秘の光が彼の体を包み込んだ。

 

 それは偶然が重なり生まれた必然。

 否、サイトウと彼女を応援する者達の願いが届いた結果とも言えよう。

 

『こ、これはあああッ!!?』

「……貴方も皆さんの期待に応えたいんですね。私も同じ気持ちです、カモネギ。いえ―――」

『進化の光だあああああああああああッ!!!!!』

「ネギガナイト!!! 出し惜しみなんて今更無用です!!! 行きましょう……ダイマックス!!!」

『そして来たアアアアアア!!!!! ダイマックスだあああああああ!!!!!』

 

 3体を急所で仕留め、進化を果たしたカモネギの進化系―――ネギガナイト。

 より鋭くなり槍と盾の如きネギを構え純白の羽毛に包まれた彼を、迷うことなくボールに戻したサイトウは、ダイマックスバンドに溜まっていた力を解放し、巨大になったボールを放り投げる。

 そして繰り出されたのはビルと見間違う巨躯のネギガナイトだ。

 対して、ジムリーダーのエシャロットもまたゲンガーをダイマックスさせる。

 けれども、それはただのダイマックスではない。特殊な個体のみに許される特異な巨神への変貌。

 

『ゲンガーもキョダイマックスで対抗だああああああッ!!! 圧巻の光景です!!! 一体どちらが勝利を掴むのでしょうか!!?』

「ネギガナイト!!!」

「ゲンガー!!!」

 

 相対する2対の巨大ポケモン。

 逃げ場等ない。逃げるつもり等、毛頭ないが。

 いよいよ訪れる決着の瞬間を前に、スタジアムのボルテージは最高潮に達している。

 そして、

 

「“ダイアーク”!!!!!」

「“キョダイゲンエイ”!!!!!」

 

 二つの技がぶつかり合った。

 

 

 

 ***

 

 

 

 興奮冷めやらぬスタジアムの帰り道、サイトウは勝ち取ったゴーストバッジを感極まった表情で眺めていた。

 隣にいるメープルもまた、そんな彼女に釣られては胸を押さえている。

 

「よかったねぇ、サーちゃん」

「はい……今日のジム戦は、私にとって得るものがとても多い試合でした」

 

 晴れ晴れとした笑顔だ。

 このような100点満点の笑顔、旅の途中では見たことが無い。

 それだけに一瞬目を見開いたメープルは、いいものを見たと言わんばかりに彼女の笑顔を胸に焼き付ける。

 

「ねえねえ」

「はい?」

「この後、祝勝会にスイーツでも食べに行かない?」

「え!? 祝勝会だなんて、そんな大層な……」

「なに言ってるの! ささやかでも自分にご褒美をあげるのが女子の嗜みってものだよ」

「そ、そういうものですか……?」

「ほらほら! アタシ、いちごショートケーキが食べた~い! サーちゃんは何? チーズケーキ? フルーツタルト? モンブランとかも捨て難いよねぇ~!」

「わ、私は……ごくり!」

 

 次々に出される甘味の名に、思わず腹の虫が鳴ってしまうサイトウ。

 

―――今日ぐらいは……いいかな。

 

 激闘を制覇し疲弊した心身には糖分が必要不可欠だ。

 抗えぬ衝動に身を任せ、先行くメープルを追いかけるサイトウは、待ち受けている甘味に思いを馳せて駆け出すのだった。

 

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