BLACKSOULSⅡ腹パンRTA 0:19:19:19 作:メアリィ・スーザン・ふ美子
今回は図書室の夢で目覚めるところから
――――てやる!
暗転した視界は、数度の瞬きを挟めばあっさりと光を取り込み晴れていく。
体を跳ね起こして周囲を見れば、戦場の気配など欠片もない図書室であった。
グレートソードに叩き斬り潰されたかと思ったが、なんだただの夢か。いや悪夢か。
室内には本棚が並び、雑多なものがテーブルの上に溢れかえっていた。テーブルには筆を手に取り何かを書き込む白い女の姿。
私はここを知っている。
懐かしき図書室を模した夢の世界。
世界の全てと繋がっているが場所がどこにあるか分からない。
ふと体に引き攣りを感じ、手元に視線を落とす。
影の装衣の下の素肌は、生気を失ったかのように乾いていた。
ふん。亡者化か。
死ねば死にやすくなる。故に死に、更に訪れる死が心を磨り減らしていく。
その繰り返しの果て、いずれ心底からソウルに飢えたまことの亡者、魔獣となる……
不死者が罹患せざるをえない、悪質な病魔のようなもの。
力ある者のソウルを強奪するか、はたまた何らかの手段で確かな人間性を取り戻さなければ、元の身体に戻る事はない。肉体の死など不死者にとって真の死ではないが、一個人としての人格が思考停止し心折れたそのときこそ真の死が訪れるのだ。
ま、これまで一度も心折れた記憶のない私には、魔獣化など縁の無いことだがな。
私はすぐ近くにあったハーブ瓶二種を拝借しつつ、兎耳を生やした女に近づいた。
「初めまして、お兄さん様。
私はノーデ。この図書室の司書を務めております」
「何故その呼び名を?」
「……お兄さん様は私たちの大事なお客様です。
貴方様の渇求を満たせるよう
どうかこのノーデに、なんなりとお申し付けください」
立ち上がり、深々と頭を下げるノーデと名乗った白い兎女のことを私はパッと思い出せないが、どうやらこちらのことを知っているらしい。
ならば話は早い。
このイカレた不思議の国にある砂浜のありかを尋ねる。
「砂浜ですか? 私の故郷は海に囲まれていて、
潮風が本当に気持ちいいところでした」
「あんたの故郷に興味ないんだが」
私の返答にノーデの兎耳がしゅんと垂れ下がった。
なんだこの女。見ていてイライラする。
背後に回ってテーブルに上半身を押し付け、徹底的にぶち犯してやりたい。それが望みかと錯覚させるほどに嗜虐心をそそる。だがこのイラツキはメスガキアリスの分からせにぶつけると決めている。ここは我慢だ。
耐えよ我が魔羅、耐えるのだ。
ノーデは頭をあげつつこちらの股間に目を向けていたようだが、視線を外して改めて問いに答えなおした。
「…………この国には嘆きの浜辺、という場所があります。
お兄さん様がおっしゃる砂浜とはその地のことかと」
「どう行けばいい?」
「…………2つの道があります。
オイスターの腐死海から向かう道と、ビリングズゲート魚市場から向かう道です。
ですがどちらも尋常な道のりではないでしょう」
「ここからどう目指せばたどり着ける?」
「申し訳ありません……。
どうかこのノーデを罰してください。
私はいかなる処分も、甘んじてお受けします……」
クソっ。殊勝な態度で軽々しく頭を垂れやがって。
イライラするイライラ棒を露わにし、お前のせいだと詰り、責任を取らせてやりたい。そうして手篭めにしてしまえと性的欲求が叫んでいる。だがしかし、これをアリスにぶつければ絶対に気持ちがいい。
ぐっと本能を堪える。
頭をさげたまま、ノーデが言葉を続けた。
「お兄さん様。ソウルを集め、己の糧にしてください。
鳥や獣の暮らす楽園であった不思議の国は
今や狂気と暴力で染まっています
何者にも侮られぬよう力をつけることが肝要かと」
そういえばアリスは私が今際の時に白の兎に鍛えてもらえと言っていたな。もしやノーデは、私の保有するソウルを確かな力として昇華させる術を心得ているやもしれぬ。しかし鍛えてもらおうにも、申し訳程度に保持していた1000ソウルは失われてしまっている。
ボス霧の先に遺志のソウルを落としてしまったのですが!
と声を上げても無意味。こうなってしまっては回収は容易ではあるまい。
はて、こういうときに何か都合の良いアイテムがあった気がするが、なんだったかな……
いかん。頭が働かない。ソウル無き亡者頭では分かるものも分からん。
保有ソウルがないなら手持ちアイテムを売ると相場で決まっている。
早急にソウルを確保しなければ、徐々に意思なき亡者に、果てはソウルに飢えた魔獣と化してしまう。
私はここまでに拾い集めたアイテムを取り出し、ノーデに売買をもちかけた。
あらゆる相場を網羅しているわけではないが、提示される色のソウルの値が私の知る相場の半額だ。こいつこちらが亡者だとみて買い叩くつもりか? 綺麗な顔をしてなんてあさましい女なのだ。いやらしい。生意気な女は分からせてやらないと。そもそも私の渇求を満たせるよう何でも申し付けろなどと言い出したのはノーデではないか。
いや、待て、落ち着け、こんなところで発情するな。
イラツキはアリスにぶつければよい。
しかしこのノーデという女。なんて高度な誘い受けの使い手なのだ。アリスを懲らしめたいと思う心がなければ既に数度は犯しているぞ。危ない危ない。気をつけなければ。
さしあたって力無きうちには用が無い、色のソウルを2つ売り払う。
対価に流し込まれるソウルが骨身に染みる。
生き返るような心地だ。亡者化したままだが。
手元に残る価値あるものは兎の鍵なのだが、なんと25000ソウルで買い取ってくれるそうだ。用途は分からないがなにかしら価値のある鍵なのか? しかしアリスが持ってきて欲しいといった鍵だ。売るなどありえない。どれだけ分からせたかったとしても。
『雑魚は雑魚い頭してるから雑魚なんだよね。ざぁこ♡
それはお兄ちゃんがソウルと交換できるように拾ってもらったんだけだから!
さっさと売り払ってソウルの足しにしなよ』
悩む私の心に届くアリスの声。
ハッ! お前まさか……
まさか最初からそこまで考えて……っ!
くっ。なんて【兄】思いの優しい【妹】なんだ。
分からせ棒で徹底的にちょうきょげふんげふん躾けてやろうと思っていた自分が恥ずかしいなんだかんだと生意気言ってても実はツンデレだっただけの可愛い妹じゃないかあああああああああああああああああああああああああああアリスの心遣いは気持ちいいなああああああああああああああああああああああああああ!!
…………フー、スッとしたぜ。私はちと荒っぽい性格をしていてな。気が狂ってトチ狂いそうになるとあえて暴走して頭を冷静にするようにしているのだ。
アリスのおかげで迷いは晴れた。
頬を高潮させてめくれあがったスカートを整えんとするノーデを振り向かせ、手にした兎の鍵を売り渡し、事前に受け取った5000ソウルと合わせて30000ソウル確保した。さあ、私のソウルを鍛えろ。
「っ……ぁ……ありがとう、ございます…………
それではお兄さん様。私の手をお握りください。
貴方様の魂に祈りを捧げます」
差し出された彼女の手を握り返す。
肉球があるというわけでもないのに、ふわふわで、もふもふだった。
その手を通して……そうだな、九割ほど、おおよそ27000ソウルくれてやる。容易にソウルすべてを捧げることは出来ない。まずは敵から逃げ探索範囲が広げられる最低限の力があればよい。
「……はい、確かに。
これでお兄さん様の身にソウルの力が宿りました。ソウルレベルに換算するとレベル19ほどでしょうか?」
アリスの提案はありがたく思いつつ、己の意思に宿るソウルは確保させてもらう。保有ソウルが枯渇していると、だんだん物事がまともに考えられなくなるからな。後でいくらソウルを補充したとしても、その前に頭の中がイカれてしまえば手遅れで、ソウルに飢えるばかりになってしまう。ああ、何度も見てきた。良く知ってる。何度も、何度も何度も何度も何度も何度も何度も!
……落ち着け。KOOLになれ(((訳注・彼は狂っていた)))
思い出すべきでないことは、思い出す必要はない。
記憶を制御しろ。今を生きるために必要な思考があれば良い。
なにはともあれ、多少の力はついた。いくか。
……どこから行けばよいのやら。
まずは血涙の池からだな。
坂道を下れば海があるかもしれないというのは、死する前に思っていたことだ。
私は図書室内にあった篝火に手をかざし、座りこんで血涙の池を思い浮かべた。
篝火は不死者の寄る辺。
故郷を離れた人間がふとカントリーロードを思い浮かべるように、不死者が篝火に座りこみ過去に手をかざした篝火を思い浮かべれば、篝火間を行き来できる。
なにせここは不思議の国。
不死者の中でも選ばれた者にしか使えないだろうその権能は、この国でなら不思議と誰でも使えるのだ。
それにしても、アリスは一体どうしたというのだろう。
生意気ぶって【兄】の興味を引くにしても、あの言動は常軌を逸している。
戦闘の最中に負けろなどと、尋常ではあるまい。
不幸中の幸いか、常に生意気であり続けているというわけでは無いことは分かったが……
ハッ! もしや、誰かしらたちの悪い者の影響を受けてしまったのだろうか?
生意気なメスガキといえば……過去を振り返ろうという思考を反映したのか、篝火に揺れる炎の向こう側に、あるものの姿が思い浮かんだ。
よろしければ私を助けてくれませんかね
貴方の名前は…………
ふむ、■■■と言うのですか。覚えましたよ
薄汚い豚兄弟に捕まってしまい、このザマです
このままではあたしは魔姫■■■■■■に
どうにかしてここから逃げ出したいのです
ここ最近あの豚野郎共を見かけませんが、
いつ帰ってくるか分かりません
もちろんお礼はしますので
……間抜けで助かりましたよ
このソウルは大切に使わせて頂きますので
もう会う事もないでしょう。
さよなら■■■さん
ビキビキッ!
あんの女かぁ……?
まさか私の知らぬ間にアリスにあんなことやこんなことを吹き込んだ犯人では!?
許せない! ソウル取り逃げに飽き足らずアリスにまでその毒牙を!
これだから鳥類は!
気がつけば私は血涙の池の篝火にたどり着いていた。
まずは落ち着け。一旦座れ。むやみに意思を乱すな。魔獣のたぐいに成り果てるぞ。
……
…………
………………
よし、一旦リセットだ。切り替えろ。
私はアリスが待つと言う砂浜をめざす。
まずはそこからだ。
篝火から緩やかな下り坂を描く橋を進んでいく。
だが下り坂の先では橋が途切れており、処刑悪魔どもが群れをなして獲物が訪れるのを待っているようだった。
【この先、力が必要だ。】
【引き返せ。】
【この先、万能鍵が必要だ。】
血だまりのような陣から浮かびあがる複数のメッセージがこの先の過酷さを私に警告する。素直に引き返すべきだ。無謀に挑むは匹夫の勇。本当の勇気とは違うものだ。だがこの位置から分かったこともある。左手側に視線を向ければ、血涙の池は段差を挟んで二重構造になっていることがわかるのだ。アイテムが放つ仄かな煌きもところどころに見える。
上層から下層への落下防止のために柵が設けられているものの、一部分にだけ作られた放流口へ行けば、下層へと進むこともできそうだ。
名状しがたい海月のようなものどもにどうしようもなく追い詰められそうな位置にあるものは避け、無理しない範囲で手の届くアイテムを順次拾って下層を目指す。道中、万能鍵が手に入ったものの、これ一つあるからといって処刑悪魔の群れに飛び込みたいとは思わない。
血の流水を降った先の下層ではコーサス・レースが行われているようだった。
中央では人外なる魔乳をもつ身長2メートルはあろう巨大な女が飛び跳ねながらぐるぐると回転し、その周囲をいくらかの意思をもち比較的邪悪ではなさそうな獣どもが走っている。
「こけこけこけこけ
ぜんぶ虚仮脅し。
さらば愛しのマザー・グース」
「ぴーちくぱーちく ぴよぴよぴよ
クワガタ蒸し、食べたい」
「もうそろそろ家に帰らなければのう。
夜の空気は喉に触る!」
……あの群れの長に見える鳥類女ならばグースの居所を知っているかもしれない。
私は砂浜へつづく道のりを探すことと平行してグースについての情報を得るべく、コーサス・レースの間を割って入って女に声をかけた。
「さあ走れ! 地平線をぐるりと廻り!
さあ飛べ! 宇宙は空に在る!」
「そこのドードー鳥。少しいいか?」
「おや? 見ない顔だがどうしたんだい?
いやいやみなまで言う必要はない。賢い我が輩はちゃーんと分かっちゃったぞ!
君もコーサス・レースに参加したいのだろう?」
当然違う。
グースという旅商人を知っているかと尋ねる。
「まざーぐーすだって!?
ABCの歌? メアリー、メアリー、へそ曲がり? それともハートの女王かな?
もちろんぜーんぶ知っている!
なにせ我が輩に知らない事はなーいっ!
じょうずにおうたを歌って欲しいのであろう? そうであろう!
ふーんふふーんふふんふんふーん♪」
そのふんふん言うのやめろ。
「しょぼーん……
ええぇ? ぐーすって歌じゃないの?
いや知ってたけど? うん。
そう! 今のはオヌシを試したのだ!
ところできみ、鳥は三度回ると忘れてしまうという格言をご存知かい?
もしもその、グースという旅商人に会っていたとしても、とっくに忘れてしまったよ」
やはり鳥類はダメだな。信用できない。
失望した私はコーサス・レース会場から離れ、血涙の池下層のアイテムを拾い集めてまわる。
上層と異なり、名状しがたい海月のようなものどもは極少数だ。
先ほど群れていた連中が、コーサス・レース開催のために倒したのならたいしたものだが、さて、実際はどうなのだろうな? それほどの実力者たちには見えなかったが。
私は道なりに探索した先にあった洞窟に入っていく。
◇
洞窟の中は……酷いありさまだった。
壁という壁に血がこびりつき、地面にしみこんでいる。
血涙の池とは似て異なる、非現実的でありながらもどこか生々しい空間。
そのうえ上層で見た処刑悪魔……仮に人食いギロチンとでも名付けようか……が道の先に居座っているではないか。
まだ無理をしなければならないような状況ではない。
一度引き返そう。
ヘタに踏み込めば壁際に追い詰められ、処刑されかねない。
洞窟から下層の森へと続く橋を道なりに進んでいると、その道中に残されていた助言のメッセージが目に付いた。
【この先、ドードーがいるぞ。
つまり、誓約だ。】
ほう。誓約か。
人ならざるものとの間に結ぶそれは、人間が異形種にソウルを捧げる……口約束ではない魂からの誓いだということを示す……ことを対価に、人ならざる異能を引き出せるようになるもの。より多くのソウルを捧げ、より絆を深めればより強く力を引き出せるようになる。
私がいま保有するソウルは3000。
軽度の契約ならばできるかもしれない。
一つ試して見るのも悪くない。
コーサス・レース会場に意識を向ければ、ドードー鳥のドドの周りを走り回っていた連中は消えていた。彼女に近づいて声をかける。
「ああ……君か
コーカス・レースは無事に終わりを迎えたが、
賞品が無かったのでみんな怒って帰っちゃった……
しょぼん……」
「そうか、誓約はできるか?」
「我が輩と誓約を結びたいと……!?
ふ、ふふーんっ! いいぞぉっ!
聡明な我が輩の元で多くを学ぶがいいっ」
軽い口約束で誓約をかわす。
それで得られる恩恵は僅かなもの。
私は誓約レベルを高めたい胸の……もとい、旨の話をすると、感覚的に2000ソウルほど捧げればよいことが分かる。
保有ソウルが0にならなければ構わない。ソウルを捧げる。
「わははーっ!偉大な我が輩を称えよーっ!」
さて、ソウルを捧げたのだ。なんかくれ。
人はこれをカツアゲという。
「我が輩が効率の良い走り方を教えてあげようっ!」
ドドは荒唐無稽な大法螺を吹いてから、私に[ドードー走り]を伝授してくれた。
下半身を中心に巡る素晴らしい異能の力。
走力が一気に体感で2倍にまで跳ね上がったかのような感覚。
ありがたい。
感謝の気持ちをこめて胸を揉みしだく。
「なあに? 我が輩の胸肉を揉みたいの?
わははっ! おかしな奴!
脂肪の塊を揉むなど好き者だなっ!
だが良いだろうっ!
我が輩は謙虚なので思う存分揉むといいっ!
んっ………」
もにゅもにゅ。許可も貰ったので私は遠慮せずとてつもない柔らかさを堪能した。
だがいつまでもこうしてはいられない。
血涙の池の下層から入り込める森の中へ行こうか。
砂浜はどこにあるのやら、そしてグースは何処に?
だれ、ですか……? もう目が見えなくて……
どうやらあたしは、
■■■■としか見られてなかったようで……
でも…みんな、……
それで救われるなら……いい、かな……
あたしは、もう……
疲れ、ちゃいまし……ぁ……
そうだ。
そうだよ。
そうだったな。
探してもいるわけが無い。
グースは死んだ。
とっくの昔に、死んでいた。
ロストエンパイア城、絞首台。
グースは処刑悪魔の如きそれに首を括らされ、殺された。
何故、私はそんなことも忘れていたのだろう。
そもそもここはどこだ? 何故私はここにいる?
不思議の国だと?
ロストエンパイアではないのか?
私はあの箱庭の中で、地獄のような周回を繰り返していたはず。
グースに騙されたことも、彼女に救われたことも、グースを愛したことも、地下牢に閉じ込めたことも、挙句の果てに殺したこともあったはずだ。
いつ変わった? 何が変わった?
なにか、なにか認識に致命的な齟齬があるような気がしてならない。
私は何を忘れたというのかを、忘れた。
警戒に値する敵の気配を感じないためか、そんな瑣末事に気を取られる。
が、それも一旦ここまでだ。
唸る様な耳鳴りとは別に、鼾が聞こえる。
警戒しなければ。
月明かりだけが頼りの闇夜に目を凝らす。
生い茂る森の先に、火の消えた篝火があった。
道の先はちょっとした広場だ。
篝火の周囲に罠は無いはず。
まずは踏み込み、篝火に手をかざす。
さて、鼾の主は誰だ?
灯る篝火に暴かれる夜闇の空間には、紳士然とした衣類を着たカボチャ頭の男が倒木に腰掛け眠っていた。
すぐ横にアイテムの光。
それを拝借してから彼に道を尋ねるべく声をかける。
「起きろ」
「ぐおー…………」
「起きろ」
「ぐおー…………」
声をかけても起きない。蹴りをいれるか?
いや、篝火地殻にある小屋の屋根に腰掛けるチェシャ猫の笑みが嫌らしい。やめておく。
「??????????」
チェシャ猫はというと、戯言が過ぎて理解できない言語を口にする始末。
話にならんな。
視線を血塗られた井戸に向ければ、中からメェメェと鳴く声がする。私は絶対に覗かないぞ。絶対にだ。どうせ心をすり減らすようなタチの悪い童話がいるんだろう?
井戸に潜む声の主が「おーまーえーもーなーかーまーにーなーれー」とか言って引摺りこもうとしてきたりする心算か!? 騙されんぞ! 私は詳しいんだ!
「……はっ!
すまないっ! 少しうたた寝を……」
ふと振り替えると、カボチャ頭が目を覚ましたようだった。私は咄嗟に取り繕う。
良い夜だな。
「ん?
……ああ、まさにっ! 星々がいつも以上に輝いておるなっ」
私はカボチャ頭に、嘆きの浜辺への道筋を尋ねる。
「ふむ……すまない。
長らくここで居眠りをしていたせいでよく分からぬのだ」
「そうか」
「……卿はここの出身か?」
「いや……」
「そうか。いやな、原理は分からぬが
この国には外からの異邦人がよく迷い込んでくるものでなあ。
その多くが野垂れ死ぬか、あるいは狂人の仲間となるか……
せっかくの命だ。卿はそうなってはならぬぞ?」
「ああ。覚えておこう」
知りたいことは聞けなかったが、それとは別に、分かったこともある。
やはり私もアリスも異邦人なのだろう。
この国は間違いなくロストエンパイアではない。
残念ながら前後の記憶は全く思い出せそうにないが、私とアリスは何かがとにかくどうにかなってあの辛辣なる箱庭を抜け出し……そしてこの何もかもがイカレた不思議の国に囚われたに違いない。
早く彼女を保護し、躾けなおし、脱出しなければ。
「気をつけよう。忠告感謝する。
私はアリスと言う少女を探しているのだが、彼女を見かけることはなかったか?」
「こんな国で少女が一人とは……さぞかし心細いに違いない。
どうかこれを探索の役に立ててくれ」
男は見ず知らずであるはずの私にハーブ瓶を譲ってくれた。
良い人だな。
好感が持てる。
私にはとてもできない。
篝火に手を翳せば補充されるハーブ瓶は、不死者の生命線なのだから。
『ほんとおじさんって馬鹿だよねぇ~。
あたしはウサギ穴の赤い扉の先に進んだっていうのに。
ウロウロしちゃってバッカみたい♪
ば~か♪ 馬鹿丸出しっ♡』
ビキッ!
ア~リ~ス~……何故それを先に言わないんだっ!
私が無様にうろつく様を見るのは楽しかったかコラ?
不死者をからかうのもいい加減にしろっ!
隙あらばイラつかせやがってよぉ……やはり分からせが必要なのでは?
よし決めた。再会したら絶対に分からせる。もう決めた。
こんな強くて賢くてかっこよくて偉大なお兄様には勝てないよう、いままで生意気言ってごめんなさいでした。私の負けです、屈服しました。と、そんな風に詫びるまで徹底的に分からせてやろう。そうしよう。
怒りを込めて篝火に座りこみ、ウサギ穴を……いや、ウサギ穴の篝火に手を翳した覚えは無い。ならば堕落部屋を……不思議だ。堕落部屋の篝火に手をかざした覚えはないというのに、何故かしらソウルが繋がっているような感覚がある。
ならば行こう。
堕落部屋へ。
ちらりと見れば、カボチャ頭はまた眠りについていた。
よく眠る御仁だ。
篝火に座りこんで思いはせれば、数度の瞬きの間を挟み屍の山積み重なる堕落部屋の底に転移。
……血塗られた万能鍵を持っていた男は既に骨となっていた。
人食い兎にでも骨の髄まで食われたか? どうでもいいが。
さて、誓約の末に身につけた[ドードー走り]だが、ここでの出番は無い。イラつきながら駆け出せば、この粗末な階段から足を踏み外しかねない。そんなことがあってはアリスに笑われ馬鹿にされ『うわおじさんビビッてるダッサ』誰がダサいだコラァ! 走れるに決まってるだろ見てろよ!?
『わーお兄ちゃんすごーい♪
その調子であたしのいるところまで来てね♡』
ふふん(どやっどやっ)
どうやらアリスは【兄】のすごさを見せつければ【お兄ちゃん】と呼んでくれるようだな。連続して【兄】の偉大さを見せつければ【お兄様】と呼ばれることになるだろう。そうと思えばやる気もみなぎるというもの。
呼び方ひとつで私の心を操りやがって……小悪魔アリスか? この悪魔っ!
私は[ドードー走り]を維持して一気にウサギ穴を駆け、先ほどは通り過ぎた赤い扉に万能鍵を差し込む。鍵はあっさりと開き、万能鍵は失われた。さて、その先は?
赤い扉に入るとすぐに十字路になっていて、三方向に道が伸びていた。
左右に広がる断片的な自然の中に、首なし騎士が潜んでいるつもりのようだが……木のかげから体の一部がはみ出しているぞ。いや、そう油断させる罠かも知れぬ。見える待ち伏せを囮としたさらなる待ち伏せがある可能性を警戒した私は、正面にある細い通路へ直進することを選んだ。
【この先、悪夢霊に気を付けろ。】
助言のメッセージ。
悪夢霊とは?
魔獣とは、別の何か、なのか?
黒の裁判と関わりがあったような、なかったような……
だめだ、うまく思い出せない。また今度考えよう。
角を曲がれば冒涜的なワーウルフが死肉を喰らっているが、まさかあれが悪夢霊、というわけではあるまい。足音を潜ませれば気付きはしないだろう。
……ほらな。
おーいアリスー? 見てたかいまの?
すごいと言ってもいいんだぞ?
……まあ? 今のような探索時こそが盗賊の見せ場だし?
いまは気を引き締めねば。
無視されて寂しいだなんて断じて思っていない。
死肉の貪りを止めようとしない冒涜的なワーウルフから視線を外して辺りを見回せば、でたらめに崩れた居住区の様相。死角に潜むようなものはいないようだ。室内にある幾つかのアイテムを拝借し、奥へと続く細い通路に入り込む。
通路の先には首なし騎士。
左に駆け抜けかわす。
背後から響く汚らしい喘ぎ声をあげる胸像を無視して進めば、小さな図書室といった様子の小部屋につく。
?
……気のせいか。
兎が部屋の奥へ跳ねて行ったような……しかし影も形も無い。
【兎がいない。兎がいない。兎がいない。】
同じ疑問を抱いたらしい助言が本棚と本棚の間から浮かび上がっていた。
賛同したいところだが、はて、メッセージの評価とはどうやるのだったか。忘れた。
いまは先を急ごう。
図書室の奥には昇降機があり、地面には胞子の森で散見したキノコが無数にあった。
キノコ群の中央には『ステキな建築に皆は感謝する!』と書かれた看板。
これまで見てきた建築物は、ずいぶんと、その、ユニークだったが。
……いや、建築家のことなどどうでも良い。
アリスはどこにいる?
私は昇降機に乗り込むと、重量を感知したのか自動で戸が閉まり、昇降機は上に登っていく。
……下ではない、のか?
てっきり下へ降りるとばかり思っていたが、そうではないらしい。
はて? 私は何故、下に飛び降りると思ったのだろう?
ともかく、不思議の国と言えど空に海は無いだろう。
空にあるのは宇宙だ。
もしや砂浜から遠ざってしまったかもしれない。
いや、アリスがこの先にいるといったのだ。
私が信じるアリスを信じろ。
昇降機が止まる。
ひとまず降りて通路から外に出れば、そこには灼熱の川ができあがるほどの高温を維持する燻りの森にたどり着く。
永遠し夕火の刻が続く森。
灼溶に業荒れる其処は邪竜ジャバウォックの古郷であった。
その光景は、まさに不思議の国としかいいようがない。
何をどうすればウサギ穴の上層にマグマ流れる森ができあがるのだ?
意味が分からない。
イカレてやがる。
だが気にしていても仕方ない。
まずはアリスを探そう。
アリスはどこにいる?
この藁の中か?
……これは糞団子だ。アリスじゃない。あっちか?
【私の国では絵本がいっぱいよ。】
アリスだ!
私にはわかるぞこのメッセージはアリスだ! 評価!
……うまくいかない。何故?
うーむ。どうも、いかんな……徐々にアリス欠乏症が発症しつつある自覚がある。奉仕の森もとい胞子の森でアリスとあってから数分間、ずっとアリスと会ってないし。
もう少し保有ソウルを増やし、常識保護に努めたほうが良さそうだ。
ここまでの道中で回収した名も無き兵士のソウルを砕き気休めとする。
次の篝火が見つかったなら、一度図書室の夢に帰るのも良いだろう。
マグマへと足を踏み外さず道なりに進み、やや細い足場から確かな大地に変わる境目で足を止める。
道の先には首の長い馬のようなものや、腹がパンパンに膨れた背に翼をもつ蜥蜴、高速で飛び回る異形の鳥が存在しているようだ。溶岩の滝の先あたりには、人理滅却を望むような囃子歌を歌い、口とは異なる何処とも知れぬ場所からカチッ、カチッ、カチッ、と鳴き声をあげる、火達磨めいた理解しがたいものの姿。
あまりアイテムに気を取られていると異形の鳥に襲われそうだ。
無理に拾おうとしないほうが身のためだろう。
それに、あの火達磨めいた理解しがたいもの。
あれはそこらにいる通り一遍の雑魚とは別格の強さをもつとしか思えない。
駆け抜ければ捕まることはなさそうだが……何かの拍子に捕まれば絶対に死ぬ。
『なぁにぃ? おじさんビビってんのぉ?
ダサすぎて幻滅~どっかそこらへんで死んじゃえばあ?』
馬鹿野郎お前俺は勝つぞお前!!(天下無双)
どけお前! コラ!
及び腰で止まっていた足を一気にトップギアまでひきあげ[ドードー走り]で駆けだせば、私の気迫に圧倒されたのか、あれほど素早く飛び回っていた異形の鳥どもは近づけばその動きを鈍らせていく。っは! アリスに見下されることに比べれば貴様ら如き恐るるに足らんわ!
愛と勇気と希望を持って駆け抜けた先には篝火。
手を翳して火をともし、その前に座りこむ。
思い浮かべるは……いや、待てよ?
さっきは一度図書室の夢へ引き返そうと思ったが、颯爽とこの先を突破すればかなり格好いいのでは?
「暴犬と出遭った人間はあまりの恐怖に
衣服が真っ白になってしまうにゃ」
「うるさい黙れ」
篝火の傍ら、紅葉色に染まる木の上で寝そべるチェシャ猫が語りかけてくるが、無視して立ち上がる。
そうとも。
篝火を火をつけたのだ。
ソウルの寄る辺は確保したようなもの。
怖いものはなにもない。
いやある。
ダサいマネをしてアリスから軽蔑され、けちょんけちょんに貶されることだ。
あー興奮してきた。ぶっ愛してやりたい。
やってやる!
私は意を決し、先を急いだ。
森を抜ければ、マグマの川を渡らざるを得ない道に出る。
申し訳程度に作られた線路状の橋を渡った先には警告のメッセージ。そして濃霧。
【見えざる胡椒さえあれば……。】
【この先、ゴム犬に気を付けろ。】
『』
ゴム犬……一体何者なんだ……?
それはいまから分かる。
はじめは強く当たって、あとは流れでお願いします。
私は本には近づかず、線路状の橋の行く手を遮るように凝り固まる霧へと足を踏み入れた。
瞬間、それはくる。
「ぶっごるぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!」
尋常ならざる勢いで川上から飛び出してきたそれは、
「ぐっぎゃあぁあぁぁぁぁぁぁあぁぁぁッッッ!?」
線路に足をすべらせてマグマへと落ちた。
なんなんだぁ今のはぁ……?
『』
……? いまなにか……
いや、大したことじゃないか。
『』
愚かにも自滅した魔獣など放っておいて、先を急ごう。
2020/10/5 亡者状態であるにも関わらずバンスナ霧前に『不気味に浮遊する本』と記述してある不具合を修正し削除。
追記・2020/10/19 誤字報告を適応