BLACKSOULSⅡ腹パンRTA 0:19:19:19   作:メアリィ・スーザン・ふ美子

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 時間切れはゲームオーバー
 這い寄る少女の代替として、愛しい彼に殺されるだけ


 


混沌虚無配信4【走れプリス】

 

 

 

 プリケットは、鏡の向こう側へ走りぬけ、もう曇っていて何も映さない鏡へ振り返ると、ホッと一安心し、身仕度をはじめた。手鏡を取り出し眺めたのである。それの名は"少女の手鏡"といい、世界で一番美しいお姫様も妬む特別な手鏡だ。変身。と、言うまでもなく、その権能は発揮した。こうでなくては始まらない。いままでは、まさに終わっていた。だからこれからやりなおすのだ。さあて、と気合をひとつ入れ、プリケットは矢の如く走り出た。

 

 

 私は、今宵、殺される。殺される為に走るのだ。身代わりの友を救う為に走るのだ。ニャリスの奸佞邪智を打ち破る為に走るのだ。なんとしても完走せねばならぬ。そして私は、殺されるのだ。私の命なぞは、問題ではない。死んでお詫び、などと気のいい事は言って居られぬ。私は、あの日得た信頼に報いなければならぬ。いまはただその一事だ。走れ! プリケット! 走れ!

 

 

 プリケットにはニャリスの企み全てはわからぬ。あまりにも迂遠が過ぎて、もはや手筋が読めぬのだ。プリケットは、かつて赤の女王(クイーンインレッド)であった。この化身は、その二代目だ。一代目の時分は、権力者を惑わし、戯れに国を傾けて暮らしてきた。それゆえ邪悪に対しては、ニャル一倍に敏感であった。

 

 

 そんな彼女はある日、自らとは異なる一側面から、次なる玩具にと紹介された相手は、誰であろう、アリス・リデルであった。その数奇な人生を知り、興が乗った赤の女王(クイーンインレッド)は、余命いくばくもなく、ただ夜空を見上げていた老女に近づいて、心を惑わし、道を誤らせ、ドリーム・ランドへと陥れた。しかしアリス・リデルは老いてなお、あらゆる濁流にも負けぬ愛と誠の偉大な力を発揮してみせ、大いなる者の奉仕種族を感服させた。そのうえ、支配に依らない交流――友愛を以て因幡兎と心を交わし、挙句の果てにはかつて愛し、しかし運命の悪戯か別れざるを得なかったものさえ取り戻してみせた。

 

 

 弱く非力で儚いままそのような運命を手繰り寄せた彼女の偉業を見届けた赤の女王(クイーンインレッド)は言った。「そなたらの望みは叶ったぞ。そなたらは、わしの心に勝ったのだ。信実とは、決して空虚な妄想ではなかった。どうか、わしをも仲間に入れてくれまいか。どうか、わしの願いを聞き入れて、そなたらの仲間の一人にしてほしい。」深紅の衣装を纏った威厳ある絶世の美女の肉体は改心することで崩壊し、彼女の望みを受け入れたアリス・リデルの内心に、赤の女王(クイーンインレッド)は宿った。

 

 

 今にして思えば。

 疑うべきだった。

 だが逆説的には。

 その時点ではまだ邪悪さは感じられなかった。

 けれどそれは幼き無貌のニャルラトホテプが策定していた、迂遠なる姦計の第一手であった。

 

――――書きかけの童話【走れプリス】より抜粋

 

 

 

 

 

 

 

 ――この先、ヒロインレース会場

 ――流れ弾に気をつけろよ? 下手コイてガバらねーようにな

 ――左は行き止まり。次のT字路を右で裏世界。

 

 

 プリケットの☆を描く瞳の奥の脳髄に、助言が右から左へと流れていく。彼女は観測者たちの案内に従い、次のT字路を右に曲がった。そこにいた壁にもたれかかる死体に触れると、世界は油絵が溶けるかのようにして歪み、ついに悪夢の入り口が開いた。

 

 ワンダーランドドリームの終焉には、少女の悪夢、という領域が用意されている。

 

 そこはソウルが黒く染まり穢れた者がワンダーランドを巡歴し、点在する"ヒント"を掻き集め、この世の理に"気付いた"時にだけ入り口が開く領域。

 

 罪穢を捨て、肉体と魂を浄化し、新たに生まれ変わる"胎内(くぐ)り"という概念を冒涜的に再現したその領域は、俗なる者から選ばれし者へと推移するための儀式の場でもある。誰が何を勘違いしているのか、狭い洞窟状の地形ではなく、あたかも巨大生物の内臓であるかのように肉壁で象られ、名状しがたい突起のようなものがそこかしこにあり、ところどころ強酸でまみれていた。

 

 ……などという、大仰な描写に頼らず、もっと簡潔に表現しよう。

 

 そこは冒涜的なヒロインレース(物理)会場であり。

 先着一名限りで、何でもあり(バーリトゥード)の障害物競走が行われている。

 

 駆けるプリケットの見目は"少女の手鏡"の効果によりアリス・リデルの如く変わっていた。長髪をまとめるアリスバンドはそのままに、髪の色は金髪に、☆のような輝きを秘めた瞳は碧眼に。赤いアイドル装束は青白いエプロンドレスに。

 

 それは全にして一、一にして全なる魔術的超能力を持つメイベルの中のクトゥルー神話的存在が、クイーン・ランド内にこっそり仕込んだ魔法の手鏡によって齎された権能だ。

 

 プリケットはそれを、友人のツテで手に入れた。

 

 道中において、誰もプリケットのことを気に止めなかった。

 精巧なアリス・リデルの化身を纏っているからだ。

 見えざる胡椒に頼るより、よほど路傍の石ころだ。

 

 ヒロインレースと銘打っていても、こんなものは出来レース。

 始めからニャリスが勝つよう様々な趣向が凝らされている

 かようなご都合主義を打ち破るためにも、それを逆に利用し、プリケットは駆け抜ける。

 

 

 ぐねぐねとまがりくねる道中には、時に恐るべきドリームマッチが繰り広げられていた。

 

 

 ――狩人に気をつけろ

 ――やつは無慈悲で、血に酔っている

 ――蛇どもに近づくな

 

 

「ぐげげっ……げげげげっ……。

 青褪めた血を寄越せ、医療を全うするために……。

 後継者がいないなら……私が救うしかないのだ……

 ぐげっ! 血を流せ!」

 

「ひいいぃぃぃ……やめて……死んじゃうぅぅ……助けてえぇ……」

 

 ペストマスクと烏羽のマントと半ば一体化し、魔獣と化した最初の女性医師ブラックウェルは、毒を制する毒を手に入れるため、メスのように鋭いかぎ爪を振るい蛇神イグへと襲い掛かっていた。姿なき者として噂に名高い蛇神イグであるが、首の長いアリスの化身(アバター)をまとっているため、今は実体化しているのだ。

 

 

 ――狩人こえー

 ――む……気のせいか。知り合いかと思ったが

 ――やっぱ医療委員会に登録してるエリート医者はメス捌きがハンパじゃないな。

 ――きみ人間に詳しいねえ

 

 

 イグはパニック状態なのか、うまくアバターが脱げないようにみえる。戦いこそ召喚したイグの戦士たちを任せて逃げ回っているが、慈悲深き一撃によって絶命し、全く相手になっていない……と思いきや、時折ブラックウェルは不自然に痙攣し、軽やかな動きを硬直している。[イグの呪い]によるものだろう。

 

 眷属たる聖なる蛇たちは隙を逃さず襲うが、ブラックウェルは距離を取り、その傷と正気を蝕む狂気を手製の輸血薬で同時に癒す。だが鎮静薬は打たない。いまの狂気をすべて失ってしまえば、たちまち無力な老婆となりさがり蹂躙されるからだ。彼女はどこぞの医療教会に属する狩人ではないのだ。

 

 ブラックウェルの輸血薬は無限にあるわけではない。ジリープアー(((訳注・徐々に不利)))だ。数の暴力に押され、劣勢である。輸血薬がアウト・オブ・アモーともなれば死を待つばかりであろう。

 

 プリケットはぐるりと大回りして、争う二組を無視して駆け抜けた。

 

 

 ――この先戦争中。

 ――妹の後ろが有効だ。

 ――駆け抜けろ!

 

 

 秘密の姫君クティと生意気なカキの両名はどちらも本性を顕わにし、人の等身でいうところの膝下まで海水に沈めた場を作り、ワンダーランドで作った家来を伴い争っていた。

 

 

「お馬鹿な雑魚人間が調子に乗りやがってッ!

 糞雑魚セイウチと組んでカキの仲間たちを食べるなんて舐め腐った愚かな真似をッ!

 こちとら遊びでメスカキやってるわけじゃねぇんだよおオッッ!!

 さあ、どんどんイクのよアンタたち!

 姉より優れたと思い込んでる精神異常妹を殺しなさい!」

 

「こんな海産ブツの為にクティを置き去りにした酷いお姉ちゃんは殺してやるッ!

 やっちゃえクティの騎士!

 クティの騎士が一番最強なんだっ!

 世界を海に沈めて、王子様を永遠に傍に置いて、クティがいちばんえらくなるのーっ!」

 

 

 深海の騎士ダイクは忠誠を捧げる己が姫君に従い、錨を振るって敵対する深きものどもを相手に無双している。だが広範を薙ぎ払う術をもたず、鎧袖一触とはいかない。クティはその隙を無数の触手を呼び出して補おうとするが、カキの石化の魔眼によって触手を無力化されていた。手にしたルルイエの杖を生かした魔法を唱えようにも、騎士の守護を抜けてきたマーメイドどもの妨害によって詠唱阻害されてしまい、範囲攻撃できないようだ。

 

 

 ――箱庭大戦争かな?

 ――戦いは数だよ兄貴!

 ――ここだけ別ゲー感あるよな。

 

 

 ならば生意気なカキが有利かと言えばそうではなく、一度でもクティの詠唱を許したなら、あっという間に数の暴力を失い、深海の騎士ダイクから繰り出される尋常ならざる一撃で葬られるだろう。それはひどく不安定な均衡であった。二人は狂っていた。少女の悪夢領域には狂気を招くジャブジャブの権能が充満しているのだ。確かな個を持たなければ、およそ正気ではいられない。

 

 プリケットは比較的安全な地帯を見抜いて駆け抜け、争う二組を無視した。

 

 

 ――この先雑魚ラッシュ

 ――暴魔に近づくな

 ――情にサスマタを突き刺せば、メイルストロームに流される

 

 

「じゃック……ジャっく、どこにっィるの……?

 怖い、怖いョぅ……助け……てェェぇ……」

 

「ご主人様が私を見守ってくれているみたいで……

 私の全ても見られていると思うと……ああ……っ♡」

 

 そこでは先を争う乞食の如き娼婦や学徒、欠損した紛い物に狂気の鼻歌を唄う貴婦人らが地味に殺しあっていた。乱戦の隅の方では鈍色の大鷲が恐怖に震え、メイドのビクトリアは力尽きた雑魚が肉壁に消化される前に屍喰しソウルを掻き集めている。

 

 

 ――娼婦狩りはどこにいる?

 ――その他モブ押し込める隔離部屋行きじゃない?

 

 

 プリケットは鈍色の大鷲を助けてあげたいという気持ちをグッと堪えて駆け抜けた。

 

 

 別の次元においては、このヒロインレース(物理)会場を更なる乱戦へと導いた屍竜ジャバウォック、狂鳥ジャブジャブ、燻り狂えるバンダースナッチの三悪夢がいたのだが、今宵は姿を見せず、どこか別の場所にいるようだ

 

 今更ながら、説明しよう。何故ニャリスは自身こそが勝者となるよう仕込んだとはいえ、このような出来レースを繰り広げさせているのか?

 

 サバトを始めとした邪悪なる儀式においてよく生贄が用いられるように、試練として必要なことだからだ。

 

 

 幸せな結末(ハッピーエンド)に辿り着くためには試練が必要であり。

 その過程において滴り落ちるべき血がある。

 敵は強敵であるほど良いし、冒涜的であるほど良い。

 残酷さは暗黒魔術的であり……それこそが邪神の望むところなのだ。

 

 結婚という地球文明の風習を完遂するには二人の誓約だけでは足らず、何よりも祝福が求められると聞きかじったニャリスは、そこに血の祝福を求めたのだろう。なんたる冒涜的結婚式会場であろうか!

 

 招きよせたクトゥルーの神々は生贄だ。

 まぎれこんだ下等な神話生物は生贄だ。

 どこぞから迷い込んだ異邦人は生贄だ。

 

 何らかの悪夢巡りの業によってこの場に潜り込んだブラックウェルの望みこそ違うが……どのような形であれこのワンダーランドに参加した者は、いずれ生贄になる運命。

 

 だからニャリスは節操無しに、次々と新規を誘うのだ。

 

 "別口"では夢から覚めかけた彼を引き止めるべく、異形の娘たちが足止めしていることだろう。

 

 愛し合う二人がそれぞれ、長く苦しい試練を乗り越えた先で巡り合うことでなんかこーいーかんじに(中略)……という言語化しかねる結末のようなものを目指すことこそニャリスが夢想するハッピーエンドなのだろう(と推察される)

 

 アリス・リデルの姿を模した今のプリケットならば。

 その役柄を、あるいは乗っ取ることもできるかもしれない。

 

 だがそれは……許されない。

 それは支配でしかないし。

 なにより、横恋慕でしかない。

 

 もううんざりなのだ。

 死者は起こさず、心安らかに眠らせるべきなのだ。

 

 訳あってこの星に墜ちてきたプリケットは。

 故あって老いてなお乙女心を忘れぬ少女の心と共に夢のような時間を過ごし。

 色々あって集まった三人の力を合わせ、様々な困難を乗り切り。

 

 恋というものを知って。

 愛というものを知って。

 少女こそが想われているのに、自分のことを想われている、だなんて勘違いして。

 

 自身の欲、自身のサガによってすべてを台無しにしそうになって。

 

 一人に裏切られ。

 一人が攫われて。

 二人で一役の彼女たちの仲は確信犯的に引き裂かれ。

 

 ああ。

 だから。

 この借り物の気持ちは。

 幼児退行してしまった"本人"に返してあげないといけない。

 

 プリケットは愛されるために走るのではない。

 この恋心を返しに行くために走るのだ。

 純白の牢獄に閉じ込められた、無垢なる少女のために走るのだ。

 自身の元には何も残らぬ無為なるもののために走るのだ。

 その心に同居した彼女の心根もまた好いたから走るのだ。

 

 プリケットは、名状しがたい、しかし尊く、とても儚いもののために駆けつづける。

 

 彼女は知っているのだ。

 知らぬままではないのだ。

 愚かで弱い人間たちの心に宿ることもある、本当に美しいものを。

 きっとノーデンスも紆余曲折の末、形は違えど似たようなものを感じたことだろう。

 過ぎ去りし日のお茶会の席で、因幡兎は蘊蓄混じりにこう言った。敵の敵は味方だと。

 ただその一点において、プリケットとノーデンスは共闘できる間柄にある。

 

 中途で倒れるのは、はじめから何もしないのと同じ事。

 信愛する友は、プリケットを信じたばかりに、粗製乱造がための型取りのような扱いだ。

 この不忠を謝罪するためならば、自らの心臓を捧げても良いとすら思う。

 彼女にだけは、何もかも計算済みの奸計であったなどと、思われたままでいたくない。

 

 だからプリケットは思いの限り走りに走り――――ついに愛というセンテンスが肉壁へと無数に刻み込まれた、"別口"にもあるチェックポイントにたどり着く。この先に、純白の牢獄へ繋がる道も、"別口"と合流できる道もある。

 

 ……心が弛緩しかけた直後、プリケットは助言に従い、バックステップすることで不意打ちを回避した。

 

 

 ――上から来るぞ! 気をつけろ!

 

「おいおいおいおい。なんの真似だそりゃ?

 テメー本当にチェスのルール知ってんのか?

 赤の女王(クイーンインレッド)がキャスリングだなんてどう考えてもルール違反だろうがよ」

 

「プリケットせんせぇ、そんなおめかししてどこに行くの?

 ……まさか一人でパパのところになんか行かないよね?

 ね?」

 

「あなたのような方を我が子のところには行かせませんわ。

 悪い子は滅っ! しますからね?

 プリケット嬢、どうぞお引取りを」

 

 

 アリス・シスター。

 アリス・ドーター。

 アリス・マザー。

 あるいは影の女悪魔マイノグーラ、黒きものイブ=ツトゥル、大鹿の女神イホウンデーと呼んでもよいだろう。

 

 狭き門前に待ち構えていたのは、偽りのアリスたちだ。

 

 たとえプリケットがそのアバターを差し替えたとしても見抜く、ニャリスにこそ忠実な者どもであり、彼女の願いを成就させるためには、避けては通れぬ障害となる三人。

 

 この三人はニャリス以外誰も通さぬよう、この門を守護っている。

 あまりにも主催者の優遇が過ぎる、とんだ障害物競走(ヒロインレース)(物理)だ。

 

 

 ――三人に勝てるわけないだろ!!

 ――残念! プリケットちゃんのRTAはここで終わってしまった!

 ――②仲間が来て助けてくれる。

 ――誰だそいつ

 

「その格好。オトモダチにちょちょいと助けてもらったみたいだが、アテが外れたな。

 ここがアンタの終着駅だよ! さっさと降りちまいなお客さん!」

 

 

 吼えたアリス・シスターが猛然とプリケットに襲い掛かる。その一撃こそ足取りも軽やかに回避するものの、彼女を囲むようにアリス・ドーターとアリス・マザーが左右に分かれる。三人がかりで連携されてしまえば回避不能の「そこだァー!」突如シャウトとともに[月光波]が降り注ぐ!

 

 おお! ゴウランガ! 見よ! 肉壁の死角となるポイントに潜み、そして姿を現した贖罪の騎士の姿を!

 

 

「どうも、偽りのアリスども。

 祈り主の息子、ヴァーナイです。

 さあ! 行ってくださいもう一人のアリスさん!! ここは俺が食い止める!」

 

 

 兎騎士ヴァーナイのエントリーだ! 彼とプリケットの間にどのような友好関係が築かれているのか、真相は謎に包まれているが……父の罪を贖うため、もう一人のアリスを救いに駆けつけたのだ!(注釈・二次創作限定イベント)

 

 二対三であれば、勝負らしい勝負になるかもしれない。

 しかしプリケットはタイムを優先すべく、ヴァーナイが文字通り斬り開いたルートを走り、無数のラヴが刻印された狭き門を潜りぬけた。

 

 情に流されればRTAは完走できない。

 そう、RTAは非情なのだ。

 

 

「ゴメンっ! 後よろしくっ!」

 

「プリスが逃げたぞ! 追え!」

 

「我が子の元に行かせるものかぁぁぁあああああ!!!」

 

「行かせる……と思ったか?

 この先の聖域は俺が守る!」

 

 

 勇猛なる聖域決戦のメロディが遠ざかる。プリスと呼ばれたプリケットの足は止まらない。

 

 明けぬ夜は今日明ける。

 覚めぬ悪夢は今日覚める。

 すべてを終焉()わらせるのだ。

 

 プリケットはますます必死に走った。ああ、この身に[ドードー走り]を身に付けられたなら、もっと速く辿り着けるのに! チョッキを着た兎のように、懐中時計をチラ見し、走る、走る、走る!

 

 

「さっきの白兎はどこに……?

 あらグリム……そうか。

 私たちは呼び寄せられたのね」

 

「まさに運命ってやつだねっ! くすくすっ!

 その身を突き動かすのは復讐? 執着?

 それとも……愛だったりしてっ!

 まあ! なァんて儚いのかしら~っ!

 ぜぇんぶ無意味なのにさっ! きゃひひっ♪」

 

 

 ノーデンスに導かれし紅ずきん。

 チャート通りといわんばかりに権能の一部を取り戻したメアリィ・アン。

 そして月光の大剣を手にする全身鎧の男。

 

 

 ――ヒロイン選択画面の三人が揃った!

 ――三人はどういう集まりなんだっけ?

 

 

 間に合った!

 

 メアリィ・アン側に付くか

 紅ずきん側に付くか

 

 その選択肢を確定させる前に、たどり着いた!

 

 

 プリケットは叫んだ。

 

 

「グリムさん! 追われているんです! 助けてください!」

 

 

 走りながらそう呼びかけることで『どちらも選ばない』という選択肢を、創った。

 

 

「?????????

 はぁぁぁぁっぁぁぁっっ?

 やめてよなにこれ知らないなんで本走中におきるの

 こんなのチャートにないんですがこれは」

 

「這い寄る、者? でも何か……様子がおかしいわね」

 

 

 ここに至るまで、様々なものどもの首を刎ねてきたほうちょうをプリケットに向けかけ、しかしどうにも全ての黒幕と呼称しかねる相手の様子に、その手を止める紅ずきん。けれどメアリィ・アンは迷わなかった。

 

 

「ここでオリチャー発動!

 良く分からん邪魔者は始末しとくのが安定イ゛ッダァァァアアア!!」

 

 

 グリムと呼ばれた男は[ソウルの連射]を唱えかけたメアリィ・アンの顔面を殴って黙らせた。メアリィは後頭部から壁に激突し、地に伏せる。まだ死んではいない。

 

 

 ――顔パンヤッター!!!!

 ――ありがとう……それしか言う言葉が見つからない(感涙)

 

 

「ば、ばがばァ……

 ここまでの乱数調整で、

 グリムはボクを選ぶはずなのにィ……

 どうして、こんな……」

 

「……で?

 あんたを追ってきてる、っていう連中は?」

 

 

 ちらりとメアリィの様子を気にながら紅ずきんがそう問いかけると、プリケットの背後からアリス・ドーターが遣わせたのだろう夜鬼が追ってきていた。ノーデンスの配下ではなく、イブ=ツトゥル小飼いの連中だ。

 

 事情を聞くためには邪魔だと判断した紅ずきんは有無を言わさず[氷結の魔弾]から[紅の惨劇]へと繋ぐ大変虐殺的なコンボでそれらをひとまず始末した。

 

 

「ほっ。すみません。ありがとうございます。

 ……私のことは、本物のアリスと区別のためにプリスと呼んでください。

 えーと、あなたのことは赤ずきんちゃん、と呼んでも大丈夫ですか?」

 

「…………アンタ、なにか根本的に違うわね。

 そういえば聞いたことがあるわ。

 這い寄る者には千の化身、別側面があって、必ずしも一枚岩ではないと

 助けたからって勘違いしないで。仲良くする気はないわ」

 

 

 こくこくと頷く敵意のない一挙手一投足に、紅ずきんはひとまず敵意の矛先を収めた。しかしメアリィ・アンは諦めない。

 

 

「騙されちゃダメだグリム!

 殺意を抱きつづけるン゛ゴッ……!」

 

 グリムはメアリィ・アンの脇腹に蹴りを入れて悶絶させた。

 

 ――サッカーしようぜ! お前ボールな!

 ――超! エキサイティン!

 ――もっとペナルティーキックが必要だと思った

 

 

 この地に至るまでどのような過程を経たかはさておき、今宵の彼はアリスよりメアリィ・アンに執着していることは間違いない様子である。しかし視野狭窄というわけでもないらしく、プリスが駆けてきた通路の奥を見やり、ぼそりと呟いた。

 

 

「……提案がある。

 俺たち全員で、あちらから来る三人をまず殺すというのはどうだ?」

 

「メアリィ・アンを先に始末したほうが良いと思うけど……ま、後ろから撃たれなければ別にいいわ」

 

「アレこれまだ終わってない? 続行チャンス!

 っしゃあ! ボクにお任せ~♪」

 

「ごめんなさい、まきこんで。でも、まずは彼女達を!」

 

 

 グリムの言葉に倣い、今宵限りの共闘関係が成り立つ。

 それはついほんの少し前に、黒の車掌ハインと食屍鬼メリフィリアを伴って三悪夢を打ち破ったことにも影響されているのだろう。緑髪のアンの独自調査により、そのイベントの消化はFエンド到達に必要と判断されたのだ。

 

 

 ――勝てる?

 ――そりゃあな。負ける理由がないし

 

「パパ、おいてかないでー」

 

「お兄様の癖に生意気だぜ」

 

「私の可愛い坊や……そんな阿婆擦れどもに騙されないで」

 

 

 プリケット……もといプリスを追跡して追い付いた三人のアリスたち。兎騎士ヴァーナイの姿はない。汚名を払拭するべく、一介の奉仕種族としての名誉に殉じたのだろう。邪竜狩りの勇士が知ったなら「天晴れ見事」と褒め称えるに違いない。もしくは「それでも汝は勇士なりや?」と叱咤するのかもしれない。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()辿()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ずいぶん、鍛えなおした様子のグリム。

 呪われし改変の恩恵によりやたら強い紅ずきん。

 化身を切り替えたとて、その強靭なる脚力は失われていないプリス。

 汚い二次創作者メアリィ・アン。

 

 はたして戦闘描写は必要だろうか? いや不要だ(オールカット)

 紅ずきんのペットである狼の不意打ちから始まった戦闘は、あまりにも呆気なく終わった。

 

 

「フンッザコカ」

 

「紅ずきん~っ!

 今の僕、かっこ良かったでしょーっ!

 えらかったでしょーーーっ!」

 

「えらいぞポロ。よしよし」

 

「大した連中じゃなかったな……」

 

「これで、あとは……」

 

 

 あとは。

 愛しい彼を、純白の牢獄まで案内し、この恋心をアリスに返して、終わり。

 

 

 ――この先、グニキのヒロイン選択画面

 ――(選択肢は)キャンセルだ。

 ――Uエンドに行くしかねえよなあ?

 ――ここまできてガバるなよ。

 

 

 えっ。

 と、プリケットは声が漏れそうになった。

 彼女をここまで導いてきてくれた助言が、あたかも網膜に張り付くかのように、右から左へ流れ消えていかないのだ。

 思わず両目を手で覆い、蹲るプリケット。

 

 

「おい、どうした」

 

「いえ、大丈夫、です。

 ちょっと、目が……」

 

「目が、どうした?」

 

「グリム! そいつの目を覗きこんじゃダメだ!

 洗脳関係の魔眼っぽイ゛ぎィ゛……ッ!」

 

「アンタも懲りないわね。

 グリム。コイツをどうするつもり?」

 

「……連れ帰って、家で飼ってもいいか?

 ちゃんと世話(虐待)するから」

 

「駄目に決まってるでしょう」

 

「そうか……」

 

「そうだよグリムっ!

 ペットなら僕がいるでしょっ!

 ……ねえグリム。僕のこと、覚えてる?」

 

「すまん。憶えてない。誰だ?」

 

「ええっ!? そんなぁ……」

 

 

 どこか気の抜けた会話。

 箱庭の支配者は死んでいないため、少女の悪夢が崩壊することはないとはいえ。

 ヒロインレース(物理)会場から、ゾンビー・パニックの如く何者がどれだけ迫ってくるかも分からない(それほど恐ろしいとは思えないのは実にナンセンスだが)

 プリスはその旨をなんとか伝え、脱出を急がせようとした。

 が、ここで彼女の想定外のことが起きる。

 男前にもグリムが、プリスを背負ったのだ。

 

 

「脱出しようにも道が分からん。案内しろ」

 

(やめてよっ! こんな……いまさら、夢見させるようなこと、しないでよ!)

 

 

 ……愛しい彼の背に、体重を預けることの、なんと心地よいことだろう。正義だの、信実だの、考えてみれば、くだらない。他者を蹴落とし寵愛を得る。それが人間世界の定法ではなかったか。ああ、何もかも、ばかばかしい。私は、醜い裏切り者だ。そうとも、勝手にさせてもらう。などと、悪しきに流されかける心に、善なる意思は抗う。それでいいのか。良い訳がなかろう。斯くも人外濁流を駆け抜け、偽りのアリス三人を討ち取り韋駄天、ついにここまで来たプリスよ。この期に及んで、心変わりとはなさけない。心の友は、おまえを信じたばかりに、長らく精神の虜囚よ。おまえは、それを、永久にするつもりか。ならばそなたは稀代の不信の存在、まさしくニャリスの思う壺だぞ。などと己を叱咤するものの、プリスの眼球は赤く染まり、全身萎えて、はらペコ芋虫ほどにも前進かなわぬ。もうどうにでもなあれ、などという、淑女に不似合いな、不貞腐れた根性が、彼女の心の隅に巣喰った。何か小さく囁きながら流れる清流でも見つけ、ホゥと一息つけたなら、魔が差す心を制し、気の迷いも晴れるだろうに、そんなものはなかった。

 

 

 ――理想郷【素晴らしい新世界】はすぐそこだ

 ――ああ、楽しみだなあ……

 ――プリス、プリス。見えているかい? 最後の演目の時間だよ。

 ――バッドエンドのない【グリムとプリケット】さ。

 ――きみはただ、彼の背に身を預け、台本の通り囀ればいい。

 ――こう言えば、みんなが幸せになれるのだ

 ――赤の偶像なら、できるだろ?

 ――さあ、言うんだ。

 ――ここまで俺の自演

 

 ――ああグリム、あなたはどうしてグリムなの?

 

 ――わたしにとっての最後の敵は、あなたを縛る名前だけ。

 

 ――その名にどれほどの意味があるというの?

 

 ――アリスがどんな姿をしていようとも、その香りに変わりはないはずよ。

 

 ――グリムさんだって同じこと。

 

 ――きっとみんな、その名でなくても惹かれているわ。

 

 ――名前が捨てられぬというなら、せめてそのソウルを解き放ってあげてくださいな

 

 ――きっとここならできるはずだわ

 

 ――だってあのとき、言ってたじゃない

 

 ――気持ちよければ、みんなアリスで良いじゃないか、って

 

 ――その言葉、そっくりそのままおかえしするわ

 

 ――気持ちよければ、みんなグリムでいいじゃない!

 

 

 

 




 



補足

この作品には独自解釈・独自設定がいっぱい!
黒く塗りつぶされた真っ赤な嘘に騙されないように気をつけてねっ!




追記・2020/10/29 誤字報告を適応

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