BLACKSOULSⅡ腹パンRTA 0:19:19:19 作:メアリィ・スーザン・ふ美子
この先、いい眺めがあるぞ(助言)
奉仕の盛り……もとい、胞子の森。
その名から察せられる通り、大量の茸が群生している森。
茸が巨大だと知覚してしまうのは胞子による幻覚だろうか?
それとも実際に巨大なのか? その謎かけはいま重要なことか? 勿論違う。
重要なのはアリスはどこかということだ。
アリスはどこだ?
役に立ちそうなアイテムを拾いながら走る私は、やがて篝火を見つけた。
手をかざし火をつける。
血のように赤い涙を流していた青ひげの嘆きはもう、私の耳には届かない。
『こっちにおいで』
ふと魂の奥底から滲み出てくるのは、胞子の森の地図だった。
宝の地図のように、ある一点に×印がついている。
ここにアリスがいるのか?
私は導き手のアリスから届けられた地図に従って走り始めた。
その地点で見つかったのは、またも指輪。
さっきから見つかるのは指輪ばかりだ。
邪魔なキノコ状の異形を避けながら私は考える。
果たしてアリスに指輪集めの趣味などあっただろうか?
いや、ない。
つまりこうだ。
最近新しい趣味に目覚めた。
これだ。
流石アリス。
なんて可愛いらしいんだ。
そうだね。
私のためなんだね。
そんなに私から薬指に指輪を突っ込んで欲しいんだね?
うふふあはは。
アリスの指には指輪が何本はいるかなぁ?
あはは。ういやつめ。
アリスは可愛いなあ。ありすはかわいいなぁ……
ああ、アリス、アリス、ありすありすありすありすあぁぁああぁぁぁああああぁぁぁぁあああぁぁあああああああありすはかわいいいいぃぃいいいいいいぃぃぃぃいいいいなああああぁぁぁあああああぁぁぁああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ
……はっ!
キノコの胞子にでもやられたのか、つかの間、正気を失っていたようだ。
気がつけば、キノコが飛び交わない胞子じゃない森。
私はそこで、死体が手にする短刀を剥ぎ取り、懐にしまっていた。
誰だこいつ。
そしてアリスはどこだ?
「シャーッ!」
むっ! 蛇だ!
飛びかかってきた蛇から一度距離をとり、ノコギリを手に『無視して』取らず腰に提げたまま逃げ出した。
[ドードー走り]の走法は容易く蛇を引き離す。
道無き道を進むとちょっとした段差があり、飛び降りると街道らしき道があった。
左へ道なりに駆ければ二体の蛇人。威嚇してくるがその間に通り過ぎる。
錠のない門を開ければ、そこには墓場が広がり、その先には大聖堂がある。
リデル墓地。
そしてリポン大聖堂。
死者が埋葬されているはずの墓地だが、今夜は亡者にとって祝福の時間だ。
屍が列をなし、生者に縋り付かんと彷徨い歩いている。
真直ぐに大聖堂に入ろうとするのはあまりにも無謀だ。
40……いや50にはなろうかという亡者の群れが直進の道を妨げているのだから。
大聖堂を目指すならば迂回したほうが良さそう『そのまま真直ぐ大聖堂に』まっすぐ!?
いや、しかし。
『
ああ。アリスが。
アリスが私に微笑んでいる。
見える! 私にも見える! アリス!
……ならば行こう。
君がそういうなら。
君が望むなら。
たかが亡者の群れごときに恐れをなしていてアリスが救えるか!
「おおおオオッ!!」
あえて雄たけびをあげて走り出し、亡者どもの意識をこちらに向ける。
気付かれているかいないかと判断できぬ亡者から唐突に襲われるよりも、全員が確実にこちらに気付いていると分かったほうが回避しやすかろう。なにせ、こっちに寄ってくるのだから。動きは読める。
亡者の動きは緩慢だ。
腕をふりあげ、振り下ろすという動作を終える前に、私はすでに駆け抜けている。
亡者は一人から五人がグループを組んでいるように見える。その数はざっくり十五グループといったところ。
全員が力を合わせて隙間無く隊列を組んでいたならとても抜くことはできなかっただろうが、そこまでの仲間意識……仲間遺識を残していない亡者どもの列をすり抜けるのは容易い。容易いとでも思わなければやってられない。
途中、進路上にいる亡者の一人が両腕を広げて私を捕らえようとしていた。
だが直前[ドードー走り]の歩幅を縮める事で、スピードを落とさずにブレーキを掛け進路を変更し抜き去る。
――――二列、三列、四列!
墓標の並びに合わせるように徘徊していた亡者達の隊列モドキの並びを抜き去り、私はリポン大聖堂の重厚な扉を開けて入った。鍵のかかっていない、素直な扉だった。
そこは今も神の教えを説いている寂れた教会。
信仰は現実を逃避する手段だ。だが、この国ではどこにも逃げられない。
出入り口周辺に人の姿はなく、肉を失った亡者スケルトンや腹部に冒涜的な施術が施された女ラミアの姿が見える。
ならばここも常人にとっては安らぎなき死地であろう。
扉を閉める。
ガンガンと亡者どもが扉を叩く音で大聖堂内にいるスケルトンやラミアがこちらへ振り返った。
『右』
魔物のいない左側へと駆けようとした私の足を止めたのはアリスの導き。
あえてラミアが這いずる右に向かえということか。
導きに従い、なにがしかをしようとしていたラミアの側面を駆け抜ける。
狭い通路を道なりに進み、二階に上がれば篝火が。
火を灯し、つかの間の休息を取る。
しかし……あの[ドードー走り]のちょっとした応用のような走法はなんだ?
自然と体が動いた。
継ぎ接ぎだらけの私の記憶。
そのどこかに、あの走法を身につける機会があったというのか?
まさか。
私が[ドードー走り]を身につけたのは体感時間にして一、二分前。
そんな暇はないはずだ。
きっかけがあれば蘇っていた記憶だが、この件に関しては全く何も思い浮かばない。
先ほどの亡者の群れの間を駆け抜ける行為は流石の私も精神的に疲れた。
ここではいつ魔物が寄って来るか分からない。
一度、比較的安全な図書室の夢に帰還し休息を『ああっ! 地下に! 地下に! 助けてほもっ!』アリス!
もはや休んでなど居られなかった。
私は急き立てられるかのように立ち上がり、篝火に背を向け走り出す。
ソウルの奥底からこの施設の内装が滲み出てくる。
とてつもなく急いでいるというのに、私はそこらにあるソウルを回収してしまう。
こんなことをやってる場合じゃないのに!
上階から見下ろす大聖堂の身廊には亡者が席に着き敬虔な信者のように祈っている。
なんたる冒涜的な光景か!
柵無き道を足を滑らさぬよう全力で駆け抜ける。
この先に
ソウルの奥底から滲み出る地図にはそう書いてある!
――――奥の懺悔室!
の、中に入る前に十字路を左に曲がって山羊の肉を手に入れるんだな! わかった!
言葉無きアリスの導きに従い、私はスケルトンが体を休める薄汚れた
果たして懺悔室には……懺悔室?
ただの待合所に見えるが……気にするほどのことでもないか。
残念ながらここにアリスはいなかった。
だがアリスの匂いがする。
わかるんだ。
くんかくんか。
ほおら、実に芳しい。
ならばやはり、この不思議の国のどこかにアリスを拉致する不埒者がいるのだ。
そのビーストは絶対殺す。
五体満足にいられると思うな。
私の獣狩りのノコギリで五体を裂いてキャロル川へバラバラに沈めてやる。
この部屋にはほかに、白骨化した死体とレバーがあるだけだ。
私は無造作にレバーを降ろし、死体がその手から取りこぼした帰還の骨粉が入った袋を取り上げて吸わせてもらう。
アリスがいないのならこんな場所に用は無い。
……アリスはいま、どこにいる?
帰還の骨粉。
それは不死者の必需品として有名な帰還の骨欠よりも圧倒的に儚く微かで、しかし私にとっては少女と共に暖めあった懐かしい篝火の暖を思い出す程度の効力がある。マッチ売りの少女が売るマッチのような中毒性も無い。合法骨粉だ。
目を開けば、そこは篝火。
リポン大聖堂の篝火だ。
立ち上がり、走る。
私はこの大聖堂の責任者にアリスの居場所を問いただしてやるつもりでいた。
控訴も辞さないし、場合によってはノコギリも辞さない。
先ほどクリプト目指して走る最中に、私は目ざとく小祭壇脇にあった仕掛け本棚に目をつけていた。
地下にあったあのレバーはこの仕掛け本棚を動かすものに相違あるまい。
実際に小祭壇まで駆け寄り下を覗き見れば、落下死しない程度の位置に本棚がずれている。
回廊内を駆けて魔物をかわすより幾らかマシに一階に向かえるはずだ。
私は本棚めがけて飛び降り、さらに一階めがけて飛び降りる。
身廊には肉無き亡者が祈りを捧げているが関係ない。
祭壇の間を目ざして走る。
私に気付いて追ってきたスケルトンどもは、あたかも祭壇の間には畏れ多くて立ち入れないというかのように立ち止まった。
ところどころ血に塗れた蛇神の祭壇の間。
そこは身廊と比較し月光の届かぬ暗がりであった。
蝋燭の仄かな明かりがともるそこには誰もいない。
いや、部屋の隅をよく見れば梯子に登り職台を弄る者が――――!!
ああ……いい眺めだ……
私はふりふりと左右に動くそれに心奪われ、がしりと……そう、がしりと梯子を抑える。
「わわわっ! なんですかぁ!?」
「いかん。危ない危ない危ない。
ああ、そうだ、実に、見ていてどうにも危なっかしい。私が梯子を支えよう」
「わぁ、どこのどなたか存じませんけどありがとうございます~。
えーとぉ、ここを……取り替えて、それからぁ……」
視線はもはや釘付けである。
私は、女子のスカートを覗いていた。
こんな……膝上二十センチ近くあるミニスカートで……高所作業!
危険だ。実に危険だ。
もしもここに訪れたのが理性無き亡者や性的強姦者であったならこの桃尻にむしゃぶりつき大変なことになっていたに違いない。
むちむちのふともも。
可愛らしいおぱんつ。
スカートとおぱんつをそれぞれ押しのけるかのように生える蜥蜴の尻尾。
ああ、なんていやらしいケツなんだ。
誘ってやがる。
顔をうずめたい。
【君もそうなんだろう?】
すぐ傍らにある血だまりのような陣から誰かが書き残したメッセージが浮かび上がる。ああ。そうだ。そうだとも。そんなことはしない。視姦だけなら大丈夫。視姦だけなら浮気じゃない。
「終わったぁ~っ」
はっ!
違うだろ!
違うだろうが!
なにが視姦だけなら、だ! 痴れ者め!
私は自らの劣情を叱咤しつつ梯子を支える位置をずらし、蜥蜴娘の降りる道を開ける。少女は梯子をおり、ぺこりと頭を下げた。
「手伝ってくれてありがとうございます~。
えーと貴方は……」
「ほもだ」
「へぇ~……ほもさんって言うんですねぇ」
少女は蠱惑的な笑みを浮かべた。
マズい。なにか、こう、この不思議の国全体に人が本能的にもつ淫らさを誘発するなにかがあるような気がしてならない。性に関しては清廉潔白だと自負しているこの私が、淫獣めいた思考に何度も支配されそうになるなど……あってはならないことだ。
何より私にはアリスがいるのだから。
「ぼくはビルっていいます~。
リポン大聖堂は初めてですか?
いろいろ教えて差し上げますよ、うふふ」
ビルと名乗った少女は自らを巫女だと自称し、自分はこの美しく残酷な不思議の国で絶えない争いから救いを差し伸べる者となったと語った。
ではこの美少女がこの大聖堂の責任者ということか?
ほかに司祭らしきものはいなかった。
……そもそも大聖堂に巫女が仕えるのもどうかと思うが、そこは不思議の国。
狂ったお茶会がいつ終わるのかを考えるかのように無味乾燥とした疑問だろう。
そう、トカゲのビルといえば不思議の国のアリスの登場人物である。
私の記憶によると彼は男であったが、実際にはこんな美少女だとは思わなかった。
不思議なこともあるものだが、性別が誤って伝わるのは伝承などでもままあること。
性別はさておき、彼女は端役ではありつつも実際にアリスを見た登場人物であるはずなのだから、この場にいたアリスの行方を知っている可能性がより一層高くなった。
「とは言ってもぉ……いきなりは困っちゃいますよねぇ?
気持ちの整理が付いたらまたぼくにご相談くださいね~」
結構です。
アリスはどこだ?
「えっと……ごめんなさい~存知ません」
知らない?
この大聖堂のクリプトにいたはずだが。
「そうなんですかぁ?
そうと知ってれば挨拶くらいしたんですけどねぇ?
あっ、でも、もしかしたらぁ……。
ハートの女王様なら、知ってるかも……」
……ふむ。
ベロリとビルの頬を舐める。
「うひゃおう!?
な、何するんですかぁ!?」
「ぺろぺろ……嘘はついていない味だな」
「えぇ……なんなんですかその変態的な特技……えっちです。ほもさんのえっち」
ビルは平坦な胸元とミニスカートを抑え、顔を真っ赤にして俯いた。
美少女に対して悪いことをしたという自覚はあるが、どちらかというと黒に近い相手の証言であるからして、真偽の確認は重要なのだ。ノコギリで真偽を確認しなかっただけマシだと思ってほしい。
結果は白。おぱんつの色も白。
少なくともアリスの行方に関して、彼女は嘘をついていない。
地下にいたことなど知らないし、ハートの女王様なる人物なら知っているかもしれないと本気で思っている。
ならばいい。続けて。
「えっ? あっはい。
ハートの女王様はこの国を治めている方です。
紅城フリッセルへ向かえばお逢いできるかとぉ……。
ただ……とっても理不尽で恐ろしい方なんです~」
「というと?」
「とりあえず死刑にしてから相手がどんな人か判断するような人ですね。
始めて会う人なら犯罪者でなくともそうするそうなんです~。
悪夢みたいな人だって皆思ってますよ? たぶんですけど。
もしかして行くんですか~?」
「そこにアリスがいるなら」
「……分かりました。ではこれをお持ちください~」
ビルが私に手葉書状のものを手渡してくる。
「それは通行証です~。
リポン大聖堂を右に出た先の庭園で、これを門兵さんに見せれば通してくれると思います~。
頭のおかしい二人組なので保証はできませんけど~……
あとできれば、入信の方も考えておいてくださいねぇ」
心遣い、感謝する。
だが信仰に関しては前向きに検討した結果、入信する理由が見あたらなった。以上。
「あの~……
もしいっぱいお布施ソウルしてくれたらぁ、ぼくがごほーし、しちゃうんですけどぉ。
ほもさんみたいな人ならぁ、ぼく、すっごく頑張りますよ?
きゃっ、いっちゃった///」
ビルはおもむろに私の耳元に口を近づけ、そうささやきかけてくる。
ごほーし……頑張る……ちろちろと誘う舌の動き……男心をくすぐる流し目……卑猥で官能的な両手の動き……なんというエア奉仕……体感したい……ええい煩悩退散!
アリス優先!
アリスの御奉仕の方が絶対だからな!
私は彼女の魅力的な誘いを拒絶し、背を向けて駆け出した。
「あっー! 待ってくださーい! 今ならお試しで一回くらい」「俺はアリス狂信者だ!」
捨て台詞に吐いた言葉はどこか滑舌が悪かったがそんなことを気にする余裕は無い。
蛇教の祭壇を出て行き、襲い掛かってくるスケルトンどもを意に介さず、リポン大聖堂を出てあても無く徘徊する亡者どもを無視して右に駆ける。
「シャーッ!」
また蛇か! 私に関わるな!
咬みつこうとしてきたそれを前に私は[ドードー走り]の歩幅を変え、飛びかかりの脇をすり抜けなお駆ける。
庭園の入り口だろう場所には濃霧がかかっていた。
【霧を見かけたら用心したまえ。
それはチェシャ猫の警戒サイン。
先には恐ろしい何かが待っているかもしれない】
朧げながら、狩人の先達者が語っていたであろう記憶がどこからか蘇ってきた。
恐ろしい何か? かまうものか。
相手がなんであろうと、私は引く気がない。
霧の中へ飛び込む。
霧はすぐに終わり、広がる光景は色とりどりの薔薇が植えられた庭園。
ここは……そう、心臓の庭園。
赤い薔薇が心臓の女王のお気に入りらしく、故にトランプ職人たちは血の赤で手ずから色を塗り替えるために迷路状の庭園のそこかしこにいる。職務怠慢で首を刎ねられぬように。そして届けられる絵の具を待ち構えているのだ。
「待たれよ」
庭園の迷路に足を踏み入れようとしたまさにそのとき、死角に隠れていた二人が姿を現す。
トランプ兵。
この二人がビルの言っていた門番というわけか?
「これより先はハートの女王陛下の私有地である。
通りたくば通行証を掲げてもらおうか!」
「あるいは、死ねっ!
我々に魂を捧げてもらおうか!
さすれば見なかった事にしてやろう」
私は無言で通行証を見せる。取り上げて検分する二人。
「……ふん。
文字から紙の原料まで見事に一致しているようだが。
果たしてこれが本物であるという証拠はあるのか?」
「証拠だ証拠ッ!
議論にならんな。おい貴様、首を刎ねてやろうか?
さもなくば胴体だけは通してやってもよいぞっ!」
「これはビルがくれたものだが」
「えっ、ビルちゃんが……?」
「なら通ってよし!」
トランプ兵の門番はその一言であっさりと退いた。
戦えば今のこの身では勝利を見出せないほどの強敵だっただろうが、通行証には逆らえぬようで塞いだ道を譲ってくれた。
彼らにもアリスの行方を尋ねようと思わなくも無いが、あの卑猥で破廉恥な誘惑エロ巫女ビル嬢曰く、頭のおかしい二人だ。先の誰何から察するにまともな会話になることはあるまい。
「ビルちゃんと来たらなんて度し難いんだ……
通行証という名のラブレターを我々に送ってくるなんて……」
「だが悲劇よな。
我々は女王様の駒。
両思いになることはないのだ」
どうやらこの二人はビル嬢の布教枕営業活動に引っかかっている者らしい。
悲劇よな。
うらやまけしからん。
私は二人の間をかけぬけ、庭園迷宮の中を『そっちじゃないよ……』アリスだ!
しかし、どうにもその声は弱弱しい。
どうしたのだ。何があったのだ。
あっ。そこにキャンディーがあるぞ。キャンディー舐めるか? いっぱい拾ったんだ。アリスが咥えきれないほど大きなアイスキャンディーもあるぞ。渡せないが。
『図書室の夢……それ、から、堕落部屋……』
意味深な言葉を呟いて導きの声は途切れる。
そんな。
アリス。
ああっ! アリスが!
あああっ! あああああっ! 何が! 一体何が!
私は何か無いかと周囲を見渡し、そして視界に映る範囲に篝火を見つけた。
篝火万歳!
私は急いで手をかざし、篝火の前に座りこみ、そして目を閉じ図書室の夢を思い浮かべる。
目を開ければ、篝火。
図書室の夢の篝火だ。
アリス……ここに一体何があると言うのだ。
「初めまして、ほも様。
私はノーデ。この図書室の司書を務めております」
「アリスはどこだ?」
「申し訳ありませんが存じません。
しかしお手伝いすることはできます。
ほも様。ソウルを集め、己の糧にしてください。
私が手を貸しましょう」
篝火から立ち上がり、振り向けばそこには兎耳の白い女性。
彼女はテーブルについて日誌らしきものを書いていた。
司書のノーデと名乗ったか。
短い距離だが、彼女の元に駆け寄る。
「心穏やかな鳥や獣の暮らす楽園であった不思議の国は、何の因果か今や狂気と暴力で染まっています。
何者にも侮られぬよう力をつけることが肝要かと」
始めてここにたどり着いたときはいなかったが何者だ?
手伝うと言ったが貴様になにができるというのだ。
私がアリスを救うのだ。
この役目は、誰にも譲るものか。
「貴方様の渇求を満たせるよう……
どうかこのノーデに、なんなりとお申し付けください」
「ならば力がほしい。くれ。人はこれをカツアゲという」
「……私はほも様のもつソウルをほも様の糧にすることができます。
誓約とは似て異なるものですが……」
「ソウルを欲しがるか。卑しい兎め。そんなものでよければ幾らでもくれてやる」
「えっと……あ、はい……卑しい兎のノーデに、貴方様のソウルを、お恵みください」
両頬を赤く染めて俯くノーデのしおらしい態度に私の精神的嗜虐性が昂ぶるが……今はそんなことにうつつを抜かしている場合ではない。
私はここまでの道程で手に入れた様々なアイテムの大半を売り払い、そしてその大半をノーデにくれてことにした。
私はここまで、逃げて、逃げて、逃げてきた。
情けない。それでも騎士か。いや、いまは狩人か。
少しでも速く全盛期のころの力を取り戻さなければ。
その力がどれほどのものだったかは記憶に無いが。
「それではほも様。私の手をお握りください。
貴方様の魂に祈りを捧げます……」
差し出された彼女の手を握り返す。
ふわふわで、もふもふだった。
その手を通して三万ソウルくれてやる。いや、正しくは私のソウルを私の身体的能力という糧に変えるのだから、彼女には渡していないのか?
ああ、そんな理屈はいいのだ。強くなれればそれでいい。
「……はい、確かに。
これでほも様の身にソウルの力が宿りました。ソウルレベルに換算するとレベル20ほどでしょうか?」
彼女から手を離し、ぐーぱーと力を確かめる。
確かに幾らかマシになった気もするが……いや、十分な力だ。
きっとアリスはノーデがここにいることを啓示してくれたのだ!
そして彼女から得られる力を得た以上、もうここに用は無い。
私は篝火の前に座りこむ。
堕落部屋。
目を閉じ、そして開けばそこには篝火。
堕落部屋の篝火だ。
……?
いま、何気なく転移してきたが。
私は堕落部屋の篝火に手をかざした覚えはない。
これは、一体全体どういうことだ?
不思議の国であるにしても、あまりにも不思議が過ぎる。
いや、待てよ。
私の頭の中身が何者かに弄られていることはもはや疑うべくも無い。
ならば私の記憶にないだけで、私はこの地の篝火に手をかざしていたのではないのだろうか?
しかしそれでは……ああ、そんな堂々巡りの謎に思考を割いている場合ではない。
アリスを探さなければ。
アリスはどこだ?
堕落部屋の階段は登りきったが、ここまでの道中にアリスはいない。
もっと上なのか?
ウサギ穴に繋がる扉を開ける。
相も変わらず狂った扉どもはガチャガチャバンバンと騒がしい。
脳が腐りそうだ。
人食い兎は飽きもせず死肉を喰らっている。
上へ。
もっと上へ。
そんなイメージがソウルの奥底から滲み出る。
声無きアリスからのメッセージに違いない。
上へいこう。
上へ。
救いの無い地の獄から、地上を目指して……
貴方に神の声が聞こえるのなら、その足を動かしなさい。
そしてこの世界に光を齎すのです
オルレアンより参りました。
今世界中で起きている、人間が魔獣化する異変は
ロストエンパイア城から発生している
霧が原因とされています
豊かで平和なこの国で何が起きたのか?
一体何が原因で霧が発生したのか?
それを調べる為にここまで来ました。
……安心してください。
まずは虜囚であった貴方の保護を優先します。
このアイバーン砦を下り、城下町を抜けた先に■■■■があるのです。
そこまで案内致しましょう
人とは相容れぬ存在だと教えられてきました。
■■さん……貴方の身体は、とても暖かいのですね……
■■さん。
私はこれより、貴方に忠義を尽くす事にします。
このジャンヌ・ダルク、貴方の盾となり、剣となりましょう。
どうか私をお使いください。
共にこの世界を救いましょう!
「やあ、君もアリスを探しに来たんだろう?」
「なに?」
アリスはどこだ?
「ならば迷わずさあ、奥へ進みなさいな。
あの御方の腹を好かせてごらんなさいな」
はて、ここは一体。内装を見るにウサギ穴のようだが。
つい先ほどまで、どこか懐かしい記憶を思い出していたような……
いや、思い出に耽っている場合ではない。
アリスを探さなければ。
私に語りかけたのは、人食いウサギ。私を喰らわず喋っている。
ろくに喰うところの無い亡者だとでも思ったか?
情報提供感謝する。お前を狩るのは最後にしてやる。
この先にアリスがいるんだな?
走った。
霧がある。
駆け込んだ。
こちらに背を向ける全身鎧の騎士がいる。
駆け寄った。
首が落ちた。
足が止まる。
「う゛き゛ゅ゛ーっ!」
全身鎧の騎士の首を落としたのは兎だった。
いや、騎士の首が落ちて兎となったというべきか。
摩訶不思議。この国では日常茶飯事だ。全身鎧は空気に溶けるようにして消えた。
濁った唸り声をあげる兎はぴょんぴょんとこちらに跳ね寄ってくる。
振り返れば私が通り抜けた霧はその濃さを増し、人を生きて通さぬ壁と化していた。
殺さねば、殺される。この部屋は、そういう場所だ――!
咄嗟に腰の獣狩りのノコギリを手に取り、大きな跳躍によって首を齧らんと飛びかかってきたその兎を半身になってかわす。
隙だらけとなったその身をノコギリで二つに削り落とす。獣の身により深く食い込み、より致命的に削り取れるよう考案された獣狩りのノコギリは、不思議なき鉄剣を弾く程度の強度でしかない柔らかな兎肉など簡単に真っ二つだ。
血が噴き出し溢れる。
質実剛健。
このノコギリはどこぞの工房のもののように仕掛け武器ではないが、ただただ獣を殺傷することに特化した作りをしている。
「削ればなんてこと……
っ!」
「ヴァジャァァァアアアアァァァ!!!」
変態だ!
兎の上半身は何かを堪えるかのようにその身を丸めさせると、内側から喰い破るようにして醜悪かつ巨大なビーストに作り変えたのだ!
ビースト。
そう、ビーストだ。
お前は、そう、お前の名は首狩りのビースト。
かつて邪竜のそっ首を断ち切るほどの武勇を見せた首狩り兎の英雄でありながら、その邪竜の呪いにより嘗ての勇士の面影はもはや無く、屍肉を貪る魔獣と化してしまった者。
私のソウルは! お前の狩り方を覚えているぞ!
何度今夜に蘇ろうと! もはやお前の飢えは満たされん!
私はいつだったかに拾った炭松脂を獣狩りのノコギリに塗りつける。
獣狩りのノコギリがその刃に炎を宿す。
炎を恐れる獣に振るえば十分な消毒作用を得られるだろう。
悠長な動きだが、悠長だからこそ首狩りのビーストの次の動きを引き出せる。
首狩りのビーストは爪を研いだ。
その予備動作から繰り出されるのは、数多の首を狩ってきた、一撃必殺の首狩りだ。
だが、読めている攻撃ほど単調なものはない。
首狩りのビーストは獅子の首を狩る時も全力を尽くす。
全力が出せるときは常に全力を出すビーストだ。
故にこそ逆に狩られるのだ。短銃が放つ弾丸に。その音と衝撃は首狩りのビーストの姿勢を崩す。
銃パリィ。いや、ガンブレイクと呼ばれる人間の技術の、格好の餌食である。
いまだ!
「はああああっ!」
肉削ぎの一閃。半ばほどまで削ぎ落とされる胴体。噴き出す血潮は私を染める。
真芯を喰えば、銃と炎の力と獣特効の合わせ技でその命ごと削ぎ落とせたはずなのだが。
今宵の一撃はちと甘いか。もう一撃ほしいならくれてやる! 死ねっ!
「ヴぉオオオオオオォォォォォォオオオオオオッ!!!」
二度目のノコギリにその身を削られ、首狩りのビーストは悲鳴をあげてぼろぼろと崩れていった。
悪夢のようなビースト狩りの夜に顕現し続けるだけの余力を失い消滅したのだ。
これでもう、この夜に蘇ることはない。
次に蘇るのは今宵のいつぐらいの時間だろうか? ともあれいずれ蘇る。
私は両手の武器を腰に提げなおし、先を……ん?
何故私は両手の指に二つずつ指輪をつけている?
身につけた覚えは無い。
しかし身につけている。
……まあいい。
肌身離さず身につければ、無くすことはあるまいよ。
私の皮膚は生者のそれを取り戻している。
強大な力を持つビーストを狩り、その返り血を直接浴びたことで息を吹き返したのだ。
これならば亡者と呼ばれることはあるまい。
私は地上へと繋がるだろう扉を開けた。
アリスを探さなければ。
アリスはどこだ?
2020/9/26 前書きが重複していた不具合を修正