独自解釈が入っていますのでご注意を。
あれから俺がエギルの店を出て第二十二層のねぐらに戻る頃には朝日が顔を出していた。昼前まで惰眠を貪った後、昨日渡されたメモに再び目を通す。
この時間なら大抵のプレイヤーは狩りに出ている頃合いだ。鍛冶屋や武器屋の繁盛時を外れていれば他人に発見される確率は低いのではないだろうかと頭を掻きながら思案する。
手早く寝袋を畳み、野宿アイテムを全部アイテムストレージに放り込むと足早に主街区に向けて歩き出した。
歩きながらコンソールを操作し、アイテムストレージから<砂漠の民のマント>を装備する。
多少の熱気耐性こそあれ、防御性能が無いに等しいが、全身を覆う深い茶色のフード付きのマントは容姿を隠すにはうってつけだ。
取引やパーティ結成要請、決闘など行わなければ基本的にプレイヤーの名前が割れる事は無いとはいえ、どこで俺の顔を知っている人間と出会うか分からないとあれば用心するに越したことは無い。
一見すると怪しさが勝る風体で注目を集めると思われる格好だが、自分の容姿にコンプレックスがある人間の数は多く、そういった人間はあの日を境にこのような格好で自身の姿を隠している事が少なくない為か現実ほど怪しまれない。
かくいう俺も自身の容姿にコンプレックスがあるのでこの格好は一石二鳥といえよう。
昼過ぎには主街区の転送広場に到着し、エギルのメモを見ながら目的の場所へ向かう。
第四十八層主街区<リンダース>、緑と街の随所に流れる小川、それを跨ぐ石造りのアーチ橋や水車付きの白塗り家屋が並ぶここは現代日本では到底お目にかかれない風景を作り出している。
この層に店を構えた主人はよっぽどこの景色を気にいったのだろう、どこの家屋を見ても売値は200~400万コルと顔が引き攣る価格設定だ。賃貸物件も俺の店の賃料の5倍はする。
当時は利益の殆どを素材費用に費やしていた俺には到底手が出せん...等と考えていると<リズベット武具店>と書かれた看板を発見する。
どうやら無事に目的の店に辿りつけたようだ。一応索敵スキルを使用して店内を窺い客がいない事を確認する。
静かに店の扉を開いた...つもりだったのだが壮大にドア・チャイムを鳴らしてしまう。
後悔先に立たず、フードの中の顔が自分でも分かるほど歪んだことを認識するのと店の奥から檜皮色のパフスリーブに純白のエプロンを着た童顔の少女がピンク色の髪をたなびかせ、笑顔と共に出てきたのはほぼ同時であった。
「リズベット武具店へようこそ!」
明るく利発そうな良く通る声が耳に届くと反射的にフードを深く被り直す。
これは反則だろ!女性に対して免疫の無い人間はひとたまりもない。無愛想に接客をこなしていた俺とは大違いだ。
「両手剣、それと鞭はどこに...」
たどたどしく訊ねると笑顔は崩さずにこちらになりますと案内される。
だが、同業者だから分かる。瞳の奥では冷静にこちらを値踏みしている。今頃彼女の頭脳は俺のおおよそのLvや所持金を計算している頃だろう。
案内された場所にあるのは比較的安価だが使い勝手が良さそうな武器が並んだ場所だった。品質も問題ない。この店舗を購入出来るだけの腕は伊達では無いようだが、安く見られたもんだ。
まぁ、間違いではないが...。
「すまないがここにあるよりも耐久と切れ味のバランスがいい両手剣と最高クラスの耐久度を持った鞭を見せてほしい」
武器から女店主に顔を向けると先ほどまでの笑顔はどこへいったのやら、怪訝そうな顔つきに変わった彼女が視界に入る。
「同業者相手に一方的に手の内を晒すほど私は御人好しじゃないわよ?」
なるほど、彼女の観察眼は大したものだ。
「どうして分かった?」
「鑑定が早すぎるのよ、これだけ上げてるとなると普通のプレイヤーじゃないわ」
後は鎌掛けね、あっさり認めてくれたみたいだけど、と続ける。これには両手を上げるしかなさそうだ。
「すまない、少し製造の現場から離れていてね。現状がどうなっているか見てみたかったんだ。帰れと言うなら引き上げるよ」
「別に見せないとは言ってないわ。そうね、私が納得するだけのあんたの製作物を見せてくれたなら良いわよ」
しばし思案を巡らす。俺の作った武器を見せるということは俺の銘も見せるということだ。
あの事件から大分時間が経過したとはいえ、未だに俺に恨みを抱いている人間はいるだろう。俺がここに来た事を彼女が誰かに知らせたら...。嫌な考えが頭を過ぎる。
「俺の知り合いの鍛冶屋だ、信用出来ると思うから覗いてみるといい」
エギルの言葉を思い出す。
それに彼女の作った武具を見れば彼女の人となりも多少は分かる。これが外れたなら俺に人を見る目が無いということだ。
「分かった、だが人目に付くのはあまり好きではない」
「いいわ、工房に案内する」
結局はエギルと自分を信じることに決めた。
長い隠遁生活のお陰で索敵と隠密スキルが鍛えられている。いざとなれば逃げ切る自信もあると自分に言い聞かせ、接客をNPCに任せた彼女に続いて店の奥へと足を踏み入れた。
明るくおしゃれな店内とは打って変わって石造りの無骨な部屋に通される。
恐らく外の水車から動力を得ているであろう回転砥石と良く使い込まれている金床、赫灼と炉が燃える光景は赤の他人の工房とはいえ強い郷愁を感じてしまう。
「本当に鍛冶からは離れていたみたいね、懐かしい?」
「俺の工房はこんなに小奇麗じゃなかった」
「そりゃどうも」
先ほどまで初対面だった人間同士だというのに、それを感じさせないのはひとえに彼女の能力だろう。
「さて、それじゃあ早速見せてもらいましょうか。あんたの自信作をさ!」
「それは構わんが、一つ約束してくれ」
「なによ」
「俺と関わった事は口外しないでくれ」
自分の為でもあるし、彼女の為でもある。
人間の憎悪というものはロジックから外れた動きをするものだ。何が起こるか分からないならば、何も起きないようにすることが安牌といえる。
訝しがる彼女も好奇心には勝てなかったのか、了承した。
「とはいっても手持ちは殆どなくてな、これともうひと振りしかないが...」
そういって背負っていた両手剣<インドミタブルソード>を差し出す。
「重いから気をつけて」
という忠告が意味を為したかどうか分からないが、彼女は取り落としそうになりながらもなんとか堪えることに成功した。
落としたところでコイツが壊れるとも思わないが、鍛冶屋の意地だろう、しっかりと保持したまま製作机に丁寧に置くと鑑定を始める。
「すっごい要求筋力値の割に大した事の無い攻撃性能ねぇ...ってなにこの耐久値!?まるで大盾、いや壁盾クラスじゃない!まったくどういう用途で製作したのよ...銘は...!?」
武器の性能が表示されたポップアップウィンドウから顔を上げ、驚愕の表情で俺を見る。
「あんたが...Eule(オイレ)だったの」
彼女の口から零れた、独語で梟を意味する俺のあだ名から作った名前。
福田一郎(ふくだいちろう)、略してフクロウ。
中学時代に今は亡き友人が俺をそう呼んでいた。俺もそれを気にいってハンドルネームとして採用したのだ。結果大学生となった今も相変わらず使用させてもらっている。
「俺の悪名もまだまだ轟いているようだ」
俺は自嘲気味に笑って答えると被っていたフードを脱ぐと仰々しく口を開き名乗りを上げる。
「では改めまして、私(わたくし)は梟奇剣廠(きょうきけんしょう)が主、オイレと申します。以後お見知りおきを」
SAOの武器製造方法はいくつかある。
一つめは素材から単純に製造する方法。二つめは既存武器に素材を放り込む事で強化・改造を施す方法。
そして俺が得意としている三つめ、複数の武器同士を掛け合わせることで別種の武器を製造する方法だ。
最初の二つと比べるとリスクの割に性能の伸び代が少なく、掛け合わせる前の武器よりも性能が下がる事が多いこの方法に手を出す鍛冶屋は少ない。
これの成否を決めるのは掛け合わせた武器同士の設計理念や構造を読み解く必要性がある。つまりある程度の設計能力が無ければ売り物レベルの武器は作れないのだ。
現実で工科大学に通っており、機械設計が多少は行える俺は他の一般的な鍛冶屋と比べるとこの能力に秀でていた。これも一種のシステム外スキルである。
俺はこれを利用して探究心任せに数多の奇剣・珍剣を作り販売していたのだ。
彼女は少し思いつめたような表情を浮かべると、ポッドから琥珀色の液体をカップに注ぐと俺の前に無造作に置いた。
「あんたに会ったら聞こうと思っていた事があるの」
そう言った彼女はアイテムストレージからひと振りの片手剣を取りだす。
俺はそれをエギルの店で飲んだものとは違う香りを漂わせるコーヒーを味わいながら机の向こう側にいる彼女の紡ぐ言葉を待つ。少し酸味が強く感じられたのは豆の違いか、それともこの場の空気のせいか。
「かなり前に知り合いの雑貨屋で手に入れた剣でね、私はメイス使いなんだけれど手に取った時、吃驚するほど手に馴染んだの」
彼女の手にある剣の刀身は薄い蒼色が滲んだ金属で、木製の柄はブラックウォールナットのような重硬で、美しい木理と艶を放っていた。
「なんでも中層クラスのプレイヤー用に何本か仕入れた扱いやすさ重視の片手剣って言うじゃない。私に話が来なかった悔しさもあったけど、持った瞬間に納得しちゃったわ」
そう言ってその剣を俺の前に差し出す。
「この剣を作った人はどんな人なんだろうって、銘を見て驚いたわ。普段はもっと違う武器を作っている人だったんだもの」
「懐かしいな、馴染みの店の主の依頼で作った物だ」
それは紛れもなく過去に俺が鍛えた剣だ。エギルからの依頼で十数本納めた、中層プレイヤーが使う為だけの、いつかは捨てられる為の剣だ。
「何故あんたはあんな禍々しい武器を作ってラフコフに売ったの?」
そう、それは彼女の様な人の為に武器を作る鍛冶屋には分からないであろう事、故に彼女は何故にと問うた。ならば俺は故にと答えるだけだ。
「その問いに見合う答えかどうかは分からないが...」
俺は手の中で遊んでいたカップを机に置く。
「元々は人に使われる事なんて考えてなかったんだよ。探究心から効率良くモンスターのヘイトを稼ぐ、効率良くモンスターを弱らせる、その為にどうすればいいかと考えて作った武器だった」
今度は彼女が黙って俺の話に耳を傾ける。コーヒーの入ったコップを掌で抱えながら。
「そのうち奇剣作りで名が売れて、天狗になった俺はひたすらに作った。作った後は勝手に売れていくものだと思うようになって、気がついたら工房に籠りきって客を見ることは少なくなっていった。...ラフコフの連中が愛用していたのを知ったのは全てが終わった後だ」
答え終えた俺は深い琥珀色の液体に視線を落とす。
「それで罪悪感から作るのを辞めていたのに、何故また武器を作ろうとしているの?」
同じ鍛冶屋だ、俺が消えた後の事はお見通しという訳か。
「俺の作った剣によって殺された友人と交わした約束を果たす為、アイツの墓前に供えるひと振りを作る為だ」
落としていた視線は気がつけば彼女の眼を見ていた。彼女も瞳をそらさず、こちらを覗き込んでいる。
「それで今の製造界隈がどうなっているかを調べる為にここに来たと...。これは光栄と思うべき事なのかしら?」
「腕のいい鍛冶屋がいるという紹介を受けてね。確かに評判通り、腕も心も、そして良く客を見る良い鍛冶屋だ」
俺も君のようになれたら違っていたのだろうかと出かかった台詞を飲み込むと彼女の顔に笑みが戻る。
「あんたが名乗って私が名乗らないってーのは失礼よね。リズベットよ」
店の名前見てるなら分かってる事だろうけどと続ける彼女の台詞を遮るように店舗側からドア・チャイムが鳴るが接客NPCがいるからか彼女は表に出ようとしなかった。
しかし、索敵スキルを上げている俺は気が付いている。今入店した人物は一直線に店の奥、つまりは俺達がいるここを目指しているプレイヤーだということに。
咄嗟にフードを被り直すと、部屋に入ってきた時に確認しておいた裏口へと駆ける。後ろで彼女が何かを叫んでいるようだが、俺の耳には入ってこない。
店を飛び出し、走りながらも隠密スキルを駆使して逃げる。
店に入ってきた人物は俺を追跡してはこないようだったが、別方向から接近するプレイヤーをギリギリ探知する事が出来た。俺の居場所を正確に把握して、かつ俺の探知にひっかかるかひっかからないかということは両方のスキルが相当高いプレイヤーのようだ。
これでは俊敏性があまり高くない俺では追いつかれるのも時間の問題だろう。
主街区でのPK行為は基本的に出来ないが、例外的な方法は既に何個か発見されている。
転移結晶は持っているが、これは緊急時以外は使用したくない。何分長い隠遁生活で貯金は裕福ではないのだ。
そしてここで今更ながら自分の迂闊さを呪った。リズベットの店にインドミタブルソードを忘れてきたのだ。
仕方なくアイテムストレージから俺が持っている最後のひと振りを呼び出し装備するべくコンソールに指を走らせ、<イミテイトソード>と表記された“鞭”を取りだした。
これは鍛冶屋時代に“蛇腹剣”に最もにじり寄った作品だ。
俺は雑木林に飛び込むとイミテイトソードを構え、すぐ後ろにまで迫った追跡者との遭遇に備えた。
この駄文に最後まで目を通して頂き感謝感激、恐悦至極。
ここで主人公の名前が登場します。
初対面の人には名乗らないと失礼ですからね。
また次話にて御目にかかれれば幸い。