ソードアート・オンライン ある鍛冶屋の物語   作:DNA

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 声が聴こえたと言うスパローと共に、その主の下へと走るオイレとスパロー。
 これはある鍛冶屋と冒険家による物語。



第六話 私は...

 駆ける、ただひたすらに雪道を転げるように駆ける。

 自分の俊敏性で走れる限界速度で走っているのだがスパローには追いつけない。それどころか時折こちらを気にするような仕草を見せるところから察するに俺に歩調を合わせてくれているらしい。慣れない雪山に一人で置いていく訳にはいかないと思っているのか。

 

「お前が当たりをつけたマップ情報をくれ、後で追いつく!」

「雪山なめんな!レベル的に安全だからって油断してると死ぬぞ!」

「俺を舐めるな!お前だけでも間に合えば助けられる場合もあるだろうに!」

 

 数瞬の思慮の後、「無理するな」とだけ呟いてスパローは速度を上げる。タンク型とは思えないその速度に自分とコイツとのレベル差を思い知らされる。

 

「かなり差がついちまったな」

 

 スパローの背中を見送りながら呟く。

 いやレベル差だけではない、数多の層を一人で探索してきたのだ。踏んでいる場数、プレイヤースキルの差、それを悔しいと感じるのは同じゲーマーとしてのプライドだ。

 俺は走る速度は緩めずに送られてきたマップ情報を再確認しながら周囲の状況を想定を開始する。現場に到着してスパローの足を引っ張ることだけは避けたい。

 <スパローとの別行動(こういう場合)>も想定して第五十五層に来る前に1日かけてエギルに相談し、装備とマップ情報を収集と整理を行ったのだ。

 主戦闘タイプのプレイヤーではないからこそ、俺は素材収集等でダンジョンに赴く際は入念に準備を行う。

 ゲームというものは装備やステータスだけでその優劣が決まるものではない。情報と思索、この二つが無ければ如何に装備とステータスが優れていようとも宝の持ち腐れとなろう。

 

(等高線をみるとずいぶん傾斜がきつい場所の様だが...)

 

 赤い印に囲まれた場所は俺たちが登頂していたルートとは違い比較的険しい山道だ。主にレベル上げやモンスターからのドロップ品を収集する為にこのルートを選択するパーティは多いと聞く。

 

 モンスターが大沸きしてパーティが対処できなくなったのか?否、このエリアはモンスターが大量に沸くことは無い。安全マージンをしっかりと考慮しているプレイヤーならば問題は起きないはず。

 誤って崖から転落したのか?否、マップを見ると傾斜こそきついが崖や穴などは存在していない。

 ならば、一体何であろうか?

 

(雪山、傾斜...まさか、このゲームでそんなことがありえるのか?)

 

 SAOの環境管理プログラムには最新の物理エンジンが搭載されている。これは元々気象予測等に開発された代物だったと聞く。

 この世界は擬似的ながらも現実と同じように気候があるのだ。ならば“ソレ”も十二分に起こりうる事態であった。

 

 スパローに遅れること数分、現場付近に到着するとこのエリア特有の水晶を模したマップ配置物がまったく存在しないことに気がついた。ところどころ露出した岩場のようなものも見て取れる。

 マップ上でスパローがいる直前の曲がり角を曲がると、そこに広がっていた光景は俺が想像していた通りのものだった。

 

「雪崩か...」

 

 未だに晴れぬ舞い上がった雪は煙のように周囲に立ち込め、自然の暴力が振るわれた場所は美しく穏やかな雪原とは違い、雪の塊と押し流された障害物による荒々しい凹凸が目立つ。

 崩れた場所を確認し、下手にもう一度雪崩を起こさないよう慎重に歩みを進める。

 

「フクロー!こっちだ!手を貸してくれ!」

 

 スパローの呼ぶ声が聞こえた。その声の他にもなにやらピーピーと動物の鳴き声のようなものも聴こえる。それらが発せられた場所を凝視すると白い物体がなにやらモソモソと動いているのが分かった。

 なまじ雪上迷彩染みた格好をしているため目視での発見は難しい。マップ表示されたマーカーが無ければ気がつかないだろう。

 

「どうした、何か見つけたのか?」

「俺が聴いた声の正体とご対面出来そうだ!掘り出すの手伝ってくれ!」

 

 駆け寄るとそこにはスパローの他に小さな竜がいた。モンスターだが、敵対行動をとっているわけではない。噂で聞いたことがあるがこれがテイムモンスターなのだろうか?

 小さな竜はなにやら必死に訴えるかのごとく鳴いている。どうやらコレのご主人様が雪崩に巻き込まれたようだ。

 スパローに掘り返された場所に短剣の柄が見える。俺も必死に雪を掘る。

 現実では雪崩に巻き込まれた人間の生存率は15分を境に急激に落ちると聞く。これは圧死や凍傷よりも呼吸空間が確保できずに窒息してしまうからだ。

 勿論このゲームでどのように再現されているかは分からない、だからといって悠長にしていられるとは思えなかった。何故ならこのゲームの製作者はフェアだが意地が悪い。

 声を聴き、ここに駆けつけるまでかかった時間はおよそ8分、あと7分でデッドラインに入る。

 

 大急ぎで掘り出すことに成功したのは10分後、雪中に埋もれていたのはまだ顔にあどけなさが残る少女だった。彼女は気絶こそしているものの命に別状は無いように思える。

「素材探しは後回しだ、早めにビバークするが構わんよな?」という問いに当たり前だと返答するとスパローは俺達を安全な場所に誘導した後に彼女のパーティメンバーがいないかどうか一人で確認しに向かった。

 彼女一人を救助して安心した表情を見せた俺と違い、スパローの表情は未だに緊張を続けていた。

 俺も手伝うと言ったが、彼女の面倒を誰が見る気だ?と言われれば引き下がるしかない。

 

 雪を掘って作った雪洞の中、ツェルト(小型のテント)を張り居住スペースを確保した後に持ってきた俺の愛用品である小型の携帯コンロで赤銅色に輝く銅製のポッドを火にかける。

 そこいらの雪を少量とシナモンに似た風味が特徴のヘイナスの実や、生姜に似たパスケラの葉というスパイスを投入して紅茶を煮出す。すぐさま狭い雪洞にアッサムが発する柔らかい香りとシナモンと生姜が奏でるスパイシーな香りが充満する。

これらが合わさることで西洋の中世風情が漂うアインクラッドでは珍しいエスニックな香りが場を支配する。

 下手な装備よりも高価だった秘蔵っ子、最高品質と名高いセカンド・フラッシュの茶葉だ。

 俺はコーヒーよりも紅茶派である、この世界に紅茶が、しかも茶葉名もそのままで存在したことを罵倒しながら茅場晶彦に感謝したものだ。付け加えるならば俺よりも更に紅茶党のスパローは俺以上に汚い罵倒をしながら感謝していた。

 本来は旧友との再会を祝して淹れるつもりだったが、こういう時に出し惜しみをするつもりは無い。

 不幸な目に遭った女性には優しくするのが<英国紳士(ジョンブル)>だと聞く。いや、生粋の日本人だけどね、最近の連中とは異なり生粋の農耕民族顔をしているけれどもね。

 三分後、アイテムストレージから牛乳を取り出してポッドに入れ、更に煮出す。英国紳士と言っておきながら作るのはインドのチャイだ。旧植民地だからいいか、別に...。

 本来ならば今煮出している茶葉はチャイには向いていない。埃の様に細かい、どちらかといえば低品質の茶葉で作る方が美味しいのだ。しかしながら今そういった茶葉は持っておらず、先ほどまで雪に埋もれて寒い思いをした人間には普通のミルクティーよりも暖まるこちらの方が良いと判断した結果だ。

 ポッドの中身が再沸騰したことを確認すると火から降ろす。後は少し蒸らせば完成である。

 その香りのせいかどうかは分からんが毛布に包み、先ほどまで寝息を立てていた少女がゴソゴソと起き上がる。

 

「お、目が覚めたか」

 

 そういって茶漉しを通しブリキ製のカップにチャイを注ぎ、多めの砂糖を入れて渡す。

 

「...ここは?...ピナ!ピナは...小さいドラゴンの子供はどこですか!?」

 

 微睡んでいた意識が即座に吹っ飛び覚醒した少女は狂乱気味にテイムモンスターの名前叫んだ。現在の自分の状況よりもAIである使い魔の安否を気にする少女に少々呆れて彼女の膝がある場所を指差す。そこにはとぐろを巻いて眠る竜がいた。

 

「君の位置を知らせる為に必死に叫んでいた、疲れているようだし寝かせておいてやれ」

 

 そういってもう一度カップを差し出すと自分もチャイを啜る。鼻腔に広がる豊かな香りは緊張を解し、暖かい液体は冷えた身体を暖める。

 彼女が触る直前に熱いぞ、と警告しておいた。銅ほどじゃないにしろ、陶器と違い熱伝導率が高いブリキ製のカップ故にもち手も熱くなっていることが多い。しかし陶器と違って割れず、頑丈で、そのまま火にかけることも出来る為旅のお供には最適だ。

 

「た、助けてくださってありがとうございます!突然雪崩に巻き込まれて転移結晶を使おうとしたんですが岩に頭をぶつけてしまって...」

 

 第一声に謝辞が出なかったことを恥じるかのように捲くし立てる彼女に手を左右で振り、構わないことを告げる。

 ようやくチャイに口をつけた彼女はしばしの驚愕の後、ほっとしたのか緊張が解けて肩が下がる。

 

「オ...梟だ。君の存在に気がついたのは今はいない連れのスパロー。帰ってきたらそいつに礼を言ってやってくれ」

「はい、いえでも倒れていた私を介抱して下さって、さらにこんなに美味しいミルクティーをご馳走して頂いてありがとうございます。私はシリカと言います。この子はピナ、私の大切な友達です」

 

 そういって眠っている竜をやさしく撫でるシリカ。その光景を見て俺はAI制御されている単なるモンスターとして彼女が接していないことが分かる。このゲームが始まって約2年、決して短くない時間の中で彼女はこの竜と様々な経験をしてきたことが伝わる。シリカにとってのピナは体のいい使い魔ではなく衣食を共にし、死線を潜り抜けた相棒なのだろう。

 

「雪崩に巻き込まれたのは君一人?他に巻き込まれたパーティメンバーがいると思ってスパローがまだ捜索しているんだ。転移結晶使って脱出してるなら君も結晶使って帰るといい」

 

 無いなら俺の予備を渡そうと言ったがシリカはそれを丁重に断った。

 

「いえまだちゃんと転移結晶は持ってます。それとここにはソロで来ていました。他に巻き込まれた人はいないと思います、周囲は私とピナしかいませんでしたから」

 

 安全マージンはとっていたのですがこんな目に遭うなんて...と呟く彼女。スパローの言葉を思い出す。レベル的に安全だからといって絶対ではないのだ。俺たちは常にこの世界で薄氷渡りをしていることを忘れてはならない。

 

「どーりで他に人がいる形跡がねーと思った。お嬢ちゃん一人だったんか」

 

 噂の人物、スパローは雪洞の入り口に立っていた。

 

「いつから居た?」

「ついさっき。お?チャイかー、フレーバーに負けないこの香り...オータムナル・フラッシュと見た!」

「ハズレ、セカンド・フラッシュだ。ほらよ」

 

 マジかよ!大盤振る舞いだな!と応え、俺が差し出したチャイを啜るスパロー。五臓六腑に染み渡るぜぇとオヤジ臭く床に胡坐をかく。

 

「こいつがさっき言ってた君を発見した俺の連れ」

「スパローだ、この世界を歩いて回ってる。冒険家だと思ってくれてかまわないぜ」

「シリカといいます、今回は助けてくださってありがとうございました」

 

 自己紹介を済ませると俺はアイテムストレージから保存食を取り出すと携帯コンロに銅で出来た鍋を載せ、他の食材と一緒に放り込み蓋をして煮込む。

 そのままでも食すことは出来る物しか持ってこなかったが、一手間加えれば味は段違いに良くなる。

 SAOは味覚エンジンといって様々な味を脳みそに直接信号を送ることで感じることが出来るシステムがある。

 娯楽が少ないSAOにおいて食事とはプレイヤーの数少ない楽しみの一つと言っても過言ではない。数少ない楽しみを得る機会を手間を惜しんで棒に振ることは愚か者のすることだ。

 それに調理といっても多少の下ごしらえこそあれ現実世界と異なり基本はアイテムを放り込んで終いだ。一人暮らしではないが多少なりとも自炊が出来る人間からすれば大した手間ではない。料理が出来る人間からすると料理のしがいがないと言っていたが...。

 

 鍋に放り込んで5分と経たずして、目の前にはグツグツと煮えたぎるインド風のサラサラとしたスープカレーが姿を表す。

 最初はホワイトシチューにするかと思ったが、食前に出したのがチャイだったのでそれに合わせることにした。

 先ほどまでのチャイの香りに代わって12種類のスパイスが奏でる食欲を刺激する独特の香りが場を支配する。これを保存食系のアイテムで再現するまでに数多の食材を生贄に捧げ続けた、ある意味俺の森篭り(?)の成果である。

 どこからとも無く、誰からとも無く腹のなる音が聞こえる。詮索するのは野暮というものだろう。火を止めて先ほどまでチャイが入っていたブリキ製のコップと同型のものにそれに盛り付ける。後は保存食の中から硬いパンを取り出して各自に配った。

 

 無言、各々が疲労と空腹を癒すためにただ只管に喰らう。まるで蟹を食べるときのように食べ物を食べる音だけが雪洞に木霊する。

 そうしてひと段落し、落ち着いた二人から食事に関しての礼と感想を述べられる。二人の食べっぷりを見ていれば言うまでも無いことだが、こうして改めて言われると嬉しいものだ。それも野郎だけでなく可愛らしい少女から言われれば自然と頬も緩むというもの。

 

「さてと、腹も満ちたし話をしよう。安全マージンはとってるみたいだけど、お嬢ちゃんは何で一人でこんな雪山下りまできてたんだ?」

「その雪山下りに来てる俺たちが言うのもあれな話だが、場慣れしてないなら信頼できる人間の一人や二人連れてこないと駄目だぜ?コイツみたいにな」

 

 食後のお茶を飲みながら疑問を口にする二人。

 SAOプレイヤーの実力に年齢は関係無いことを先日否が応でも味わった俺だが、目の前にいる彼女は余りに幼く、装備を見るに俺よりも下のように思える。

 そんな子供がこんな場所に居るのは正気の沙汰ではない、場合によっては彼女を連れて即座に山を降りるつもりだ。

 俺達二人の疑問を聞いたシリカの顔が若干曇る。ややあってから彼女は口を開いた。

 

「私は...強くなるためにここに来たんです!」




 この駄文に最後まで目を通して頂き感謝感激、恐悦至極。

 さて、ここまでお読みいただけた諸兄姉の皆様ならもうお分かりでしょう。
 「MORE DEBAN」のDEBAN担当シリカさんにご登場いただきました。
 基本的にこの二人の話が作りたくて書き始めたこの物語。これである意味初期目標は遂行できました。
 あとは完結するまでこれ以上私めが原作と彼女達を汚さぬように頑張るだけですね。

 また次話にて御目にかかれれば幸い。
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