ソードアート・オンライン ある鍛冶屋の物語   作:DNA

8 / 8
 強さを求める少女に、強さを求めた成れの果てが語る。引かれた線の先にあるものを...。



 シリカさん好きにはもしかしたら受け入れられない話かもしれません。
 万全を期して警告タグに「アンチ・ヘイト」を追加しました。
 作者のエゴで彼女を汚してしまったことを先にお詫びします。


第七話 あなたは答えがでたの?

「私は...強くなるためにここに来たんです!」

 

 決意に満ちた表情で言い放つシリカに冷ややかな視線を送るスパロー。

 

 嗚呼、この娘はきっと勘違いをしている。

 

「ふーん、何で?」

 

 抑揚の無いスパローの問いに対し、彼女は過去を語りだす。

 自分の慢心から相棒であるピナを殺してしまい、運良くあるソロプレイヤーに助けられた。その経験から彼のように強くなって、他人を助けられるだけの強さを身に着けたいと思うようになった。そしてパーティに頼らずソロで修練するようになったという。

 ここに来たのも修練と、そして噂に聞いたレア素材を手に入れて装備を充実させるのが目的だと。

 

 しかし話の中に登場する人物について語るときの彼女の表情は熱を帯びていた。傍から見ても分かる、助けてもらった王子様に彼女は恋をしているのだ。

 

 俺は焚き火代わりに使用しているコンロの燃料が少なくなった事を確認すると継ぎ足した。今夜は長くなるだろう。何、燃料に使う油は俺とスパローで合わせると二週間分は持ってきてある。

 

「強さとは、手段だ」

 

 味わうことを拒否し、胃袋へと捨てるかのごとく紅茶を飲み干すとスパローが話し始める。

 

「お嬢ちゃん、君は勘違いをしている」

 

 容赦無く言い放つスパロー。コンロの炎に照らされた顔は、炎の揺らぎと相まって険しさを増す。

 

 コイツは昔からこういう男だった。一見すると能天気で、自己中心的で、好い加減で、根拠の無い自信に溢れていて...

 

「助けてもらった王子様に憧憬するのはいい。だが、お前の行動理念はまやかしだ」

 

 だが誰よりも現実主義者で、困っている人間がいれば不器用ながら手を差し伸べる事を惜しまず...

 

「お前は単に彼と自分を重ねたいだけだ。彼に相応しい女になりたいだけだ。他者を助けたい?自分も禄に守れねー雑魚がよく言うぜ」

 

 そして苛烈なまでに容赦が無い。

 

「いいか、そもそもソロプレイってのは強くなるために行うプレイスタイルじゃねーんだ。他人の存在が邪魔な人間がしょうがなく行うスタイルなんだよ!」

 

 数多の死線を越えてきた[冒険家/ソロプレイヤー]はソロを舐めんじゃねぇ!と怒気を強める。

 

「それに本当の強さってゆーのはな、レベルやステータスじゃねー。コイツのように安全マージンをとっていてもだ、慣れない場所に行く際は入念に事前準備をし、起こりうる最悪の事態を常に想定し、自分の力量を弁えて素直に他者に助けを求める事が出来る人間のことを言うんだよ...」

 

 スパローの口撃はシリカの自己意識を守る外殻はおろか内部にまで容赦無く刺し貫く。

赤の他人に自分の理想を蹂躙された彼女も黙ってはいない。認められる訳が無いのだ、コイツの言うことを認めたならばそれは自分の理想を自分で否定することになる。

 

「でも、彼は<戦闘回復(バトルヒーリング)スキル>を持っていたんですよ!極限まで自分を追い込んだからそこまで強くなったんじゃないんですか!?」

 

 高みとは、強さとはそういうものじゃないんですか!とシリカは叫ぶ。

 

「馬鹿かお前は!?<戦闘回復スキル(アレ)>は自ら取るもんじゃねー!己の馬鹿さ加減の結果取っちまうものなんだよ!」

 

 そうして昔スパローがそのスキルを取った時のことを語ったように、後悔と痛みが入り混じった顔で彼女に伝える。

 

「俺は自分の力に胡坐をかいていた、他人を助けられる強さがあると思い込んでいた。モンスターの大群に囲まれ窮地に陥っていたパーティを意気揚々と助けに飛び込んで、結局助けられなかった。他人を助けるどころじゃない、自分を守るのに必死で助けに入ったパーティは結局全滅した。アレはそんときの愚かな俺への戒めだ!」

 

 死線とはそういうものだ。それを越えてしまった人間に憧憬を覚えるのは越えたことの無い人間だけ、<越えてしまった人間(英雄)>は逆に<向こう側(人間)>を羨み、この身に堕ちた自分の過去を呪うのだ。

 

「それはあなたが彼を知らないから!」

「確かに俺はそいつを知らねーよ?だが他の奴も似たようなもんさ、友人見捨てて生き残っちまった奴や自暴自棄に陥って、死ぬつもりでモンスターの群れに飛び込み、その結果他人に迷惑と心配をかけた奴がそんときに手に入れたと暗い顔で言うものなんだよ、“アレ”は!だから隠すのさ!その噂の彼も、何か後ろめたいことがある顔はしてなかったか?えぇ?」

 

 その言葉にシリカは詰まる。勝敗は決した。彼女の理想は砕かれた。だが、彼女が悪いわけではない。これが“遊び”だったなら、その姿勢は非難されるべきものではない。

 人間は誰でも強者に憧れ、自分を磨く、そして周囲に、より特別な人間に認めて欲しいものだ。

 

 だが、この世界は“遊び”ではなくなってしまった。

 

 人があっけなく死に、人をあっけなく殺せるこの世界で、取り返しのつかない事態の度合いは現実以上となった。だから、一線を越えてしまった俺達は彼女に同じ思いをさせたくないのだ。

 

「強くなって他人を助ける?お前は自身の力量の無さから他人を見殺しにしちまうよーな環境に自分から飛び込む気か?それとも自分は違うと全員助け出せると思い上がってるのか?こんなことしてる暇があったら素直に自分の気持ちを伝えに行った方がよっぽど有意義だと思うぜ!」

 

 涙すら浮かべられないシリカを見ると鼻を鳴らし、「外で飲んでくる」とスパローは雪洞を出て行った。

 スパローの言もまた間違ってはいない。だが、彼は強者故に弱者を理解することが出来ない。

 

「あいつは無茶な行いは自身とその周囲を滅ぼし、他人を助けるためには他人を見捨てることを覚悟しなければいけないという事を言いたかったんだと思う」

 

 あいつは口が悪くてなと俺は苦笑いを浮かべながら呟くように言う。

 

「俺も昔、強さを求めていた時期があった。レベルやステータスじゃなくて鍛冶屋だったからもっと強い武器、もっと効率の良い武器を求め、作り続けていた」

 

 ポッドの中に残っていた最後のチャイをブリキ製のコップに入れて飲む。既に茶葉からはえぐ味が染み出していたが構わず口に流し込む。

 今はこのえぐ味が心地よい。

 

「そして、ある日俺の作った剣が人殺しに使われた。俺とスパローの共通の友達も俺の作った剣で死んだ」

 

 何人も、何人も死んだ。

 モンスターを殺し、人間を守る為の剣はあろうことが守るべき者を殺めた。

 

「俺が作り上げたのは普通の剣じゃない、使われた者に恐怖と苦痛を与える魔剣だった。人に対して使われるなんて考えなかった。いや違うな、これは嘘だ。もし人に使われたらと頭を過ぎることはあった。だけど、探究心が勝り、そういった考えを頭の片隅に追いやったんだよ」

 

 まるで原爆を作った人間達の様に...。端くれと言えど、科学の道を進む者があろうことか最も忘れてはならないことを忘れてしまっていたのだ。

 

「強さ、英知、力への憧れが悪だとは俺も思わない、それが人間をここまで進化させてきた。だが、憧れだけで力を求めるのは危険なことだ」

 

 彼女に言うのではない、俺は自分に言っているのだ。

 

「何故力を求めるのか、本当にその力は必要なのか、それを自分に対してよく問い詰める必要がある」

 

“今からお前が行おうとしていることは本当に必要なことなのか?”と。

 

「あなたは答えがでたの?」

 

 震える声が耳に届く。

 

「嗚呼、結構かかっちまったがな...」

「私も見つかるかな」

「分からん、明日にでも見つかるかもしれないし、年単位の時間をかけて見つかるかもしれない。もしかしたら死ぬまで分からないかもな」

「ふふ、ひっどいんだぁ」

「俺もまだまだ餓鬼だってことさ、長くなったな。疲れただろ、もう寝ろ」

 

 そういってコンロの火を止め、唯一この雪洞を照らすランタンをシリカに渡すと俺もスパローが居るであろう外へと向かおうとする。

 だが、忘れていたことを思い出して立ち止まる。

 

「俺の本当の名前はオイレという、梟という意味だ。騙して悪かった」

「気にしないよ、ウソツキフクローさん」

 

 ふふっと笑う彼女を背に俺はスパローの元へと向かった。

 

 

 星明りを反射して煌く雪原を見ながら、酒瓶で豪快に酒を飲んでいる男を見つける。

 

「言い過ぎたと後悔しているのか?」

 

 その声に振り返りもせず、更に酒を呷る。酔うことなど出来ない仕様にも関わらず浴びる様に飲むスパローに呆れつつ俺も懐からスキットルを取り出した。

 

「悪い癖だと自覚はしている」

「まぁ、俺たちも人にどうこう言えるほど大人ではないな」

 

 嬉々として購入したゲームに捕らわれた情けない大学生二人。社会人にもなってない人間が子供に説教できるとは思えない。だが、放っておくことが出来なかったのだ、例え余計なお節介と罵られようが...。

 

「彼女の明日へ...」

「俺達の過去へ...」

 

「「乾杯」」

 

 

 男二人、酔えぬ酒を呷って夜は耽る。こんな恥ずかしい姿を、少女には見せられないとせめてもの格好付け。

 だが、それを観る視線に気がつかない馬鹿な男達を少女は笑った。




 この駄文に最後まで目を通して頂き感謝感激、恐悦至極。

 色々なシリカを書きたいという欲望に負け、書いてしまったこの話。
 話の中の「今からお前が行おうとしていることは本当に必要なことなのか?」は俺に向けられての言。
 他人の土俵で相撲を取っている癖に、土俵に向かって唾を吐いてもいいものか...考えすぎでしょうか?

 また次話にて御目にかかれれば幸い。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。