黒の魔女の居城。そこにはメイベルとよばれる悪逆非道の魔女がおりましたとさ。

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メリディエをオマージュしたSS。
賛否両論あるとは思いますけど。


私と貴女の「物語」

 ペラリ。ペラリ。

 ページをめくる。

 ペラリ。ペラリ。

 

 

 私が、全身を黒く染めた少女に連れて来られたのは、王城とも見紛わられる豪華な城だった。

 華美の限りを尽くした内装。今、私が手に触れている食器で、今まで私が食べてきた物がいったい何回食べられるのだろう。

 そんなことを考えていると、黒の少女がカップを傾けつつ問いかけてきた。

「貴女は七人目の少女。ここで保護している他の六人の少女と同じく、黒の魔女メイベル様に導かれた」

 私には身に覚えがないことだ。両親の死を境に、生活が苦しくなることなど、あの国にはありふれていた。貴族の娘として、厳しく教育を受けてはいたものの、まだ幼い私が一人孤独に生きていけるほど、この世界は優しくはできていない。しかし、それは私以外の誰でも同じはずだった。

 なんで私なの。

 その疑問に黒の少女は薄く笑い、優しげな声音で告げる。

「貴女は選ばれたのよ。メイベル様に、選ばれたの」

 そこで一度唇を潤し、柔らかな瞳で私のことを見つめ、その小さく可愛らしい口を開いた。

「この城に導かれた少女は皆、その背に不幸を抱えている。貴女も、あのままでいたら、宰相様の可笑しな遊戯に使われていたのよ」

 宰相の遊戯については色々な噂が流れていた。可愛らしい孤児を引き取り、その気に入った身体のパーツだけを集め、理想の少女を作るのだと。自らの幼き姫を、自らの手で組み上げるのだと。

 その噂を耳にしたのは、社交界での一角であった。はるか昔に降嫁した王族が起源の由緒ある貴族の娘が、父から聞かされたのだそうだ。宰相の前では面を上げず、視線を交わしてはならない。そう語っていたのを覚えている。

「そのことを哀れに思ったメイベル様が、貴女をこの場所にお導きになったの。この場所でなら、権力もしがらみもなく、病に冒されることも大きな怪我を負うこともない。花を愛で、歌を愛し、お茶を嗜む。そんな楽園に、貴女は導かれたのよ」

 そこには偽りも誇大な妄想もなかった。

 ふと視線を庭に走らせると、二人のよく似た少女が、美しく咲き誇る花を目の前に歌を奏でていた。

 さらに目を滑らせると、金の髪を持つ少女と黒い髪の少女が、仲良さげに本を広げ、湖を眺めていた。

 黒の少女が言うことは本当のことだろう。私は今日からここで暮らすことになるのだろう。

 黒の少女の言うように、ここでは、そんな夢物語な生活できるのだろう。それでも、私は。例え、宰相の玩具として使われようとも、両親と共に過ごした家から追い出されようとも、思い出の詰まった街で辛い目に逢おうとも。私は、魔女になんて関わり合いたくなかった。

 その考えを読んだのか、それとも、沈んだ私の顔を見て慰めようとしたのか、黒の少女は咲き誇るような笑顔で語った。

「確かに、この世の魔女はいい印象を持たれないかもしれない。けれど、メイベル様は他の魔女とは違う。青の魔女シスのように、人の心を失くしてなんかいない。赤の魔女ティレアのように、人間を見下し酷い扱いをすることもない。その他の魔女たちの噂に騙されないで。メイベル様は、貴女を大切にしてくれるわ」

 青の魔女も、赤の魔女も、その他の魔女も残酷なことで知られている。この世界で、魔女に関心を持たれたら、その手から逃れることはない。私も、魔女メイベルからは逃れることは、できない。

「ふう、今日は貴女も疲れたでしょう。お茶会は終わりにしましょう。今から貴女の部屋に案内するわ。今はゆっくり休みなさい。今夜は貴女の歓迎会をするわ。晩餐会の時間になったら迎えに行くわ。それまでは部屋でおやすみ」

 そう言った黒の少女は、食器をテーブルの脇に避け、私を促して廊下を歩く。一つ階段を登り、陽光が差し込む暖かい部屋に案内される。黒の彼女は部屋の説明を軽くした後、窓際のテーブルに先ほどのお茶受けのお菓子の包みを置き、笑顔を見せた後、退室していった。

 私はふわふわのベッドに倒れるように寝転ぶと、目を閉じた。晩餐会まで少し眠ろうか。

 

 

 ペラリ。ペラリ。

 ページをめくる。

 彼女は黒の少女に連れられて来たけれど、本当に帰りたかったのかしら。

 蝶よ花よと育てられた貴族の一人娘が、身寄りもなく、広く寂しい屋敷で一人、本当にそんな暮らしがしたかったのかしら。

 自分の身の回りのことも、家事も、領地の運営も、孤独に頑張るつもりだったのかしらね。

 私なら、魔女のお城で明るく楽しく暮らしていきたいわ。

 ページをめくる。

 ペラリ。ペラリ。

 

 

 晩餐会の準備ができたわ。さあ、行きましょう。扉越しに聞こえる黒の彼女の声に身を起こす。

 髪を手櫛で撫ぜ、服を整えてから扉を開ける。すると、お茶をした時と寸分違わぬ黒の彼女がいた。

「後は貴女を待つばかりよ。貴女を案内してから、メイベル様をお連れするわ。食事はメイベル様がお席に着かれてから始めるから、それまでは静かに席に座っていてね」

 そうして、地上階の中央、一番大きな両扉を開ける。中には六人の可憐な少女が、行儀良く座っていた。

 私は一つだけ空いている席に腰を落ち着けると、周囲に座る少女に目を向ける。向かいに座るのは、二人のよく似た少女。内緒話に花を咲かせているのか、二人顔を合わせてクスクスと笑っている。左隣に座るのは、長く黒い髪を一つにまとめた少女。彼女は姿勢よく座り、目を瞑っている。その少女の向かいに座っているのは金の髪が輝きを放つ少女。私と目が合うと、にっこりと笑った。その隣に座っているのは、湖の色を思わせる髪を携えた少女。マニッシュな雰囲気の彼女は、誰かを探しているかのように部屋を見回している。最後に目を向けた少女は、柔らかな白銀の髪に、小さなティアラを乗せた少女。彼女は部屋から持ち込んだのか、手元の本に視線を落としている。

 六人の少女たちは、誰もが美しく、きれいな衣服に身を包んでいる。黒の少女が言っていたように、魔女メイベルは、少なくとも、現時点ではやさしいのだろう。

 けれど、そのやさしさが私に向けられるかはわからない。

 彼女たちの衣服に比べたら粗末な衣服ではあるが、母が手ずから作ってくれた服を握りしめ、私はどうにかして魔女から逃れてみせると決意する。

 そこへ、全身を黒く染めた、けれど、どこか跪きたくなるような気配を纏わせた美しい女性が入ってきた。

「あら、待たせてしまったかしら」

 そう言って上座に腰を下ろす女。その瞬間、周りの少女から、メイベル様と賛美の声が上がる。魔女は笑顔で話を聞いていたが、少女たちの声がまばらになると、黒の少女に目を向けてから一つ頷き、右手を掲げ、天井に据えられた大きな鏡を見つめた。

「さぁ、魔女への祈りを捧げなさい。食事を始めましょう」

 そう言った魔女がグラスを傾け、酒を口にしたところで、少女たちは魔女と同じように天井に据えられた鏡を見つめてから手を組み、魔女への感謝と祈りを述べる。それから食事に手を付け始める。

 私も食事に手を付けようとするが、私のお皿には何も乗っていない。周りの少女たちはいつの間に運ばれたのか、おいしそうに野菜のスープを口にしてから、柔らかなパンを口に運んでいる。私が声を上げようとすると、私のすぐ後ろに黒の少女が立っていた。肩に手を置き、耳に顔を寄せてくると、小さな声で囁いた。

「メイベル様に感謝と祈りを捧げるのよ。心のうちから湧き上がる、貴女の言葉で捧げればいいわ。そうすれば、食事を始めることができるのよ」

 魔女なんかに、祈りも感謝も捧げようとは思わないが、ここで和を乱すことがあっては、これからの行動を制限されるかもしれない。そう考えた私は、黒の少女の言うままに、天を見上げ、鏡に映る私と目を合わせる。手を組み、魔女への祈りを捧げようとしたその瞬間、鏡の中の私がひとりでに動きだした。

 鏡の中の私は、かつて私が暮らしていた屋敷で、一人、床掃除をしている。周囲に人影はなく、また、屋敷にも、どこか重苦しい気持ちが蔓延しているように見えた。私が着ている服も、いつも身に着けていた服ではあるけれど、薄汚れていて、裾はほつれが目立ち初めていた。今までは使用人たちがしていた掃除を、私一人が従事していることから、これは黒の少女に連れられて、魔女の城を訪れなかった私の未来なんだと気が付いた。家事に追われ、仕事に追われ、そのうち家から追われることになっていた。そこに現れたのが、宰相だった。彼は私のことを見つけると、愛おしそうに、そしてどこか歪な感情を宿した視線をよこした。それは鏡の中の私が向けられているはずなのに、私の背筋が凍るほどの何かを含んでいて、あぁ、私はこの男の玩具になるんだ、私の身体を命を弄ばれるのだと、初めて理解した。そして気が付けば、宰相の家に招かれていて、母が褒めてくれた髪を嘗めるかのように撫ぜ、奥へ奥へと案内されていく。彼の一挙手一投足に怖気が走り、逃れようとするも身体が震えて動かない。そうしてたどり着いた部屋の拘束具に手足を繋がれ、宰相が大きな鉈を振り下ろし――

 

 はっと息を吐き出す。両の手で自らを確かめるかのように抱きしめる。私は生きている。私は鏡の中の私ではない。けれど、鏡の中の私は私だったんだ。

「大丈夫かしら。あの鏡はね、貴女の不幸を教えてくれるのよ。双子の少女も金髪の少女も隣の少女も彼女もあの子も、皆、その背に不幸を重ねているって言ったでしょう。」

 こちらの肩をさすってくれてはいるものの、黒の少女は満面の笑みで私を見つめる。

 私以外の少女たちも、食前に祈るたびに、感謝を捧げるたびに、あの恐怖を、己の不幸を追体験しているのだろうか。もしそうであるならば、なぜ笑っていられるのだろうか。私にはとても無理だ。

「安心なさい。ここにいる限りは、メイベル様が守ってくださるわ。あの子たちも、それが分かっているから笑って生きられるのよ。貴女も、あのような経験はしたくないでしょう。さあ、メイベル様に感謝と祈りを捧げ、食事をいただくとしましょう」

 そういうと、黒の少女は私から離れ、魔女の側に侍る。それを目で追っていた私は、魔女と視線が合った。思わず見つめてしまったが、魔女は花が咲き誇るかのような笑みを見せた。

 私はさりげなく視線を下げ、そして魔女への感謝と祈りを捧げる。今だけは、今日だけは、温かい思い出に浸っていたかった。

 

 

 ペラリ。ペラリ。

 ページをめくる。

 彼女は魔女から逃れようとしているけれど、なぜ逃げ出したいのかしら。赤の魔女や青の魔女ならまだしも、黒の魔女はやさしくしてくれているじゃない。

 それに、宰相の遊び道具になるのはいやだわ。あんな目に逢うというのならば、私は自らの手で死んでしまいたい。

 そして、彼女は魔女のことが嫌いみたいだけれど、何がそんなに嫌いなのかしら。それでも、感謝と祈りを捧げてしまうくらい、辛い追体験をしたのでしょうけれど。

 彼女のこれからは、魔女によって庇護される優しい世界になるのかしら。そうであるならば、私は嬉しいと思うわ。

 ページをめくる。

 ペラリ。ペラリ。

 

 

 温かい陽光が、カーテンの隙間から差し込んでいる。小鳥はさえずり、花は瑞々しく輝き、風に揺れている。

 朝靄が包む湖は、日の光を反射し、虹がかかっていた。

 起きているかしら、という黒の少女の声に返事をする。昨日は精神的に疲れていたこともあり、着替えずに寝てしまったらしい。汗はかいてないみたいだから、寝つきはよかったみたいだ。

 衣装棚を開けると、華美に彩られた衣服がたくさんしまわれていた。その中から、適当に目についたもの着込む。普段は使用人に着付けてもらっていたから、多少は手間取るかと思ったが、案外、簡単に着ることができた。あの魔女が用意したであろう服は、着用者が着やすいように工夫されているのだろう。

「準備はできたかしら。そろそろ朝食の時間よ。朝はメイベル様は召し上がらないから、席に着いたら、好きに食べていいわ」

 昨日の大広間で朝食よと、扉の外からの声を最後に、足音は遠ざかっていった。

 化粧台で身だしなみを軽くチェックして、朝食に向かう。

 昨日と同じ席に座ると、金の髪をなびかせて少女が広間へと入ってきた。目が合うと、にっこりとほほ笑まれたので会釈を返す。湖を映したような髪の少女は、食後のお茶を飲んでいるみたいであった。

 金の髪の少女が席に着き、お祈りを始めると、私には昨日のあの光景が脳裏に浮かびあがってくる。

 宰相が歪んだ瞳でこちらを見つめ、鉈を振り下ろ――

 とっさに両腕で身体を掻き抱き、呼吸を落ち着ける。そして、目をきつく閉じて、あの時の光景をできるだけ思い出さないようにしながら、お祈りを始める。それでも、追体験は収まらなかったが、昨日よりは冷静に受け止めることができたように思う。

 一度、深呼吸してから、目を開けると、食器に盛られた柔らかそうな白いパンと、甘い香りのジャム、そして、温かいミルクが用意されていた。

 いつもの朝食のように、まずミルクから口につけると、ふんわりと甘い香りが口内に広がり、はちみつが溶かされているのだと気が付いた。

 気が付けば、涙がこぼれていた。これは、この温かさは、もう口にすることなんてできないって思っていた――

 

「――お母さんの味だ……」

 

 声を漏らさぬよう、唇をかみしめ、うつむいて泣いていると、青い髪の少女が肩を抱いてくれた。

「貴女の思い出の味なのね。ここは、メイベル様の居城では、思い出がふと私たちの目の前に現れることがあるの。今日の貴女は朝食だったのね。でも、泣いてはいけないわ。笑いなさい。貴女にとって、幸せな思い出と巡り合うたびに、精一杯、笑いなさい」

 そう言うと、柔らかな微笑を浮かべ、私が泣き止むまで頭を撫でてくれていた。まるで、かつての私がそうしてもらったときのように。

 涙も止まったころ、だいじょうぶかしらと問いかけられる。それに頷くと、彼女は満足そうに頷き、自分の席へと戻る。まだ視界は涙で歪んでいたけれど、おいしいと感じる気持ち表現できるように、笑顔で食べる。一口一口かみしめるように。思い出を忘れないように。

 もしかしたら、太陽のように笑う金色の彼女は、幸せな気持ちを笑顔で表現していたのかもしれない。彼女がいつも笑っているのは、私の思い出は笑顔になるくらい幸せだったんだと、周りのみんなに伝えたかったんじゃないだろうか。そんな風に感じた。

 食事を終え、直後にもう一杯ミルクを飲む。今度ははちみつは入っていない。それでも、どこか懐かしい香りがした。

 ふと視線を上げると、湖の髪が扉の向こうに消えていくところだった。

 お礼の一つも言えていないと、あわてて追いかけるも、扉の先には、すでに姿はなかった。探そうと一歩目を踏み出したとき、背後から声をかけられる。

「アネモネちゃんならお庭にいるんじゃないかな。今日はお散歩しながら、お花のお世話をすると思うよ」

 振り返ると、満面の笑みを浮かべ、蒼穹の少女と思われる少女の居場所を教えてくれる。一瞬驚いたものの、内容が理解できると笑顔を浮かべることができた。そして、向日葵の少女に頭を下げてから歩き出した。

 歩き始めてすぐ、黒の少女とすれ違う。彼女はこちらに視線を向けると立ち止まり、顔くらい洗ってから行きなさいと、声をかけ、歩み去っていった。何のことを言われてるのかわからなかったけれど、すぐに朝食のときの涙を思い出し、あわてて部屋へと戻る。

 顔を洗い、化粧台の三面鏡でじっと自分の顔を見つめる。涙の乾いた後がなくなったことを確認して、私は再び外へと向けて歩き出した。

 大きな庭園に出てすぐ、向かいから空色を髪に宿した少女が歩いてきた。

 彼女もこちらに気が付いたようで、進路を変え、こちらに近づいてくる。

「笑顔でいられるようになったのね。よかったわ」

 そう言って笑う少女は美しかった。

 そこで彼女にお礼を言う。すると、大丈夫よと、返してくれた。

 その後は二人で何も話すこともなく一緒に歩く。気が付けば、湖のほとりまで来ていた。

 こっちにいい場所があるの。そう話す彼女のあとについて歩く。陽の光を反射する水面と同じ色をした髪が、目の前で跳ねていた。

 彼女が立ち止まったとき、目の前には青く輝く広大な湖。水鳥が遊び、魚が跳ねる。美しい景色が迎え入れてくれた。

「ここ、私のお気に入りなの。座りましょう。お菓子も少し持ってきたの」

 そう言って、彼女はスカートの裾を抑え、草原に座り込む。私もその横に並んだ。

 しばらく時間が経ち、何か話したほうがいいのかと、口を開こうとしたとき、彼女が口火を切った。

「私はね、幼いころ、海辺の村で暮らしていたの。漁を生業としていた父と、食堂を営んでいた母、母の手伝いをしていた姉と四人で暮らしていたわ」

 幸せそうに語る彼女は、やっぱり笑顔だった。当時のことを思い出していたのだろうか、柔らかな笑みを浮かべていた。

「けれど、あるとき赤の魔女が現れた。赤の魔女は女子供を殺し、若い男だけを連れ去っていった。自分の好みの男を死ぬまで酷使して、死んだら魔女の力で人形として使役するのだと聞いたわ」

 衝撃的な告白を受け、彼女の顔を見つめる。顔は何の表情を浮かべてはいなかったけれど、視線が絡み合うと、瞳の奥に深い深い感情が眠っているのが見て取れた。

 黒の少女の話を思い出す。

――この城に導かれた少女は皆、その背に不幸を抱えている。――

 私は彼女を直視できなかった。

 魔女に肉親を、大切な人を殺されたのは、私だけではなかったのだと知ってしまったから。私の中にある、根強い怨嗟の声を、魔女に対する憎しみを、表に出してしまいそうだったから。

「でもね、今は幸せよ。メイベル様に導かれ、当時、死を免れただけだった私は、ここでこうして生きているのだから」

 そう言う彼女は、すでに笑顔を浮かべていた。何の偽りもない、幸せだからこそ浮かべられる笑顔。そんな、笑みを身体全体で表現していた。

「私はね、あの時生まれ変わったのよ。メイベル様に導かれたとき、生まれ変わったの。だから、かつての名を捨て、今はメイベル様に授けられた『アネモネ』を名乗っているわ」

 私から視線を外し、城を見上げるアネモネ。まるで、視線の先に魔女メイベルがいるかのように、愛おしそうに目を細め、微笑んでいた。

 私は彼女のように幸せな笑みを浮かべることができるようになるのだろうか。そんな考えが脳裏をよぎる。

 あの日、私の暮らしていた屋敷には、父の友人一家が遊びに来ていた。

 私は下級といえど貴族の一人娘で、両親にも大事に愛されていたように思う。そんな田舎暮らしの箱入りお嬢様に、外の世界のことを教え、何かと面倒を見てくれたのが、父の友人の長兄であった。彼は私に様々なことを語ってくれた。花や鳥のこと。町や王都のこと。そして、ちょっとした外の世界の冒険のこと。

 私の知らない、世界のキラキラしたものを次々に与えてくれた彼に、だんたんと惹かれていくのは仕方がなかったことだと思う。今思うと、幼いながらも恋をしていたのだと自覚する。傍から見たら、幼い子供のかわいいわがままだったのだろうが、当時の私は真剣だったのだ。

 あの日、魔女が突然現れた。一瞬のうちに窓を破壊し、私の目の前で、両親を、使用人たちを、父の友人を、そして、彼の首までも落としていった。

 私は悲鳴を上げることしかできず、腰が抜けて床にへたり込み、次に殺されるばかりなのを、震えてうずくまっていた。

 魔女はそんな私を見ると、口を醜く歪めてこう言い放った。

「お前は殺さないわ。いつか、私に復讐しにきなさい。いつまでも、待ってるわ」

 そして、両親の死体を蹴り飛ばしてから、彼の亡骸を引きずり、私を一瞥し哄笑した。その歩き去る姿を、私は声を上げ追いかけることもできず、ただただ見つめていることしかできなかった。

 あの時、何もできなかった自分が憎くて、ただ泣き叫ぶしかできなかった無力な私が憎くて、それでも、私の大事なものをすべて壊していった魔女はもっと憎くかった。

 あの魔女を、いつか絶対殺してやる。そう決意したとき、黒の少女が現れた。

 黒の少女は、辺りの惨状を目の当たりにすると、私を見て手を差し伸べた。

「あの魔女に抗う術を教えてあげる。私についてらっしゃい。けれど、今は心の休息が必要ね」

 そう言って、私の手を取り、手を引き歩いてゆく。

 そうして連れて来られたのが、この城だ。

 私は幸せに暮らすためにここに来たんじゃない。復讐するために、ここに来たんだ。復讐が成ればきっと、私も幸せな笑みを浮かべることができるんだ。

「貴女も魔女に大事なものを奪われたのね。でもね、だいじょうぶ。この城にいれば、もうだいじょうぶよ。メイベル様は私たちから大事なものを奪っていったりなんかはしないわ」

 言い終わらないうちにアネモネに抱きしめられる。彼女、温かな体温と、優しい香りが私の身を包む。

 少しずつ、心の怨嗟が、魔女への憎しみが、燃え滾るほどの衝動が、落ち着いてくるのがわかる。

「でもね、青の魔女への復讐はやめたほうがいいわ。青の魔女は、自らに復讐をする人間が来るのを待っているのよ。大事なものを奪われた人間が復讐に来るのを待っているの。そして、人間を痛めつけて、憎しみと恐怖、絶望に歪む顔を見るのが、何よりも好んでいるのだといっていたわ」

 私が落ち着いたころを見計らって、私の身体を両腕から話す。

 彼女は私をじっとみつめていたかと思うと、スッと視線を外し、立ち上がった。

 「長くここにいると、身体が冷えるわ」

 あんまり長居はしないようにねと、言い残し、彼女は去って行った。

 私を一人にしてくれたんだろう。そんな優しさに心が少し温かくなった。

 私は陽が暮れるまで、じっとそこに座り、湖を眺めていた。

 

 

 ペラリ。ペラリ。

 ページをめくる。

 彼女は、彼女たちは、本当に不幸な経験をしてきたのね。

 けれど、彼女たちは魔女への復讐を考えなかったのかしら。彼女は復讐をする気みたいだけれど、本当に復讐できるのかしら。

 復讐しなくても、幸せな思い出を抱きしめ、笑顔に暮らせれば何も言うことはないわね。

 彼女には、この黒い魔女の城で幸せに暮らしていて欲しいものだわ。

 ページをめくる。

 ペラリ。ペラリ。

 

 

 水面が紅に染まるころ、私は部屋に戻り、ベッドに横たわっていた。

 宙空を見つめ、思案に暮れていると、扉の外から、黒の少女の声がする。

「そろそろ夕食の時間よ。大広間にいらっしゃい。それから、食後にメイベル様がお話したいそうなの。夕食後に案内するから、食事が終わったら迎えに行くまで、部屋にいてちょうだいね」

 そう言って歩み去る。おそらく魔女メイベルを迎えに行ったのだろう。

 魔女より遅れると、何を言われるか分からない。早めに行っておこう。身支度を整えて、部屋を出る。

 広間に向かう途中で、アネモネと会った。二人して顔を見合わせると笑い、並んで広間へと向かう。

 アネモネと私が席に腰を落ち着けたとき、魔女メイベルが現れた。

 そして、優雅に上座に腰を落とすと、周りの少女から、賛美の声が上がる。魔女は笑顔で話を聞いていたが、やがて右手を掲げ、天の鏡に目を向けた。

「さぁ、魔女への祈りを捧げなさい。食事を始めましょう」

 そう言った魔女がグラスを傾け、酒を口にしたところで、少女たちは魔女と同じように天井に据えられた鏡を見つめてから手を組み、魔女への感謝と祈りを述べる。それから食事に手を付け始める。

 なんだか昨日を繰り返しているみたいだ。けれど、決定的に違うところもある。それは私が、他のみんなと一緒に魔女への感謝と祈りを告げたことだ。もちろん、気休めではあるが、目はギュッと瞑っていたけれど。

 そして、食事を始めた私たちをみて、魔女はにっこりほほ笑んだ。

 食事も終わり、食後のお茶をいただいているとき、ふと、魔女がこちらを見つめていることに気が付いた。私が視線だけを向けると、魔女はサッと逸らしてしまう。私と魔女の視線が絡み合うことはなかったものの、それでも、魔女がずっとこちらを見つめていたような気がした。

 部屋に戻り、窓から星を眺めていると、黒の少女がやってきた。

「メイベル様の準備ができたわ。さあメイベル様の下へまいりましょう」

 そう言って背を向け歩き出す。黒の少女の後を追いかけ、階段を二つのぼり、最上階と思しき場所にやってきた。

 最上階は階段の正面に扉が一つあるだけで、他に何もない。その扉を三度叩き、黒の少女は中へと入っていった。

 私も遅れずに着いていく。

 中には豪奢な天蓋が付いたベッドに、天井に映し出された星々、そして、玉座よりも絢爛な高御座に腰かけた黒の魔女メイベルがいた。

 魔女の傍で跪き控えている黒の少女。その漆黒の髪を愛おしそうに撫ぜる。

「ようこそいらっしゃい。私の居城へ。この子から聞いたわ。貴女、大事なものを青の魔女に奪われたそうじゃない」

 その問いに私は肯定も否定もしなかった。けれど、魔女から視線を逸らすこともしなかった。

「そんなに緊張しないでほしいわ。私は貴女を取って食べようというわけではないもの」

 そうは言うが、相手は魔女。緊張するなということが無理というものだ。それに、ここで間違うと、私はあの魔女に復讐ができなくなる。

 私は、ここで、止まるわけにはいかないの。

「はぁ、仕方がないわね」

 ため息を吐き、傍に控える黒の少女にお茶を持ってこさせる。魔女は優雅なしぐさでお茶を飲むと、ペロリと唇を舐め、口角を上げた。

「青の魔女に復讐がしたいのでしょう。この子にその術を教えてもらいに、この城まで来たのでしょう」

 笑った顔のまま、魔女は言う。貴女じゃ無理よ。

 私はそんなことは分からないというも、魔女はただ笑うだけ。

 しびれを切らした私が魔女に一歩近づこうとしたとき、背後から扉が開く音が聞こえた。

 中へと入ってきたのは、私以外の六人の少女たち。だが、どこか空虚な表情を浮かべ、空を見つめている。内緒話でクスクス笑っていた子たちも。太陽の笑顔のあの子も。アネモネも。みんな生気のない顔で、フラフラと立ちすくんでいる。

「貴女にはこの子たちがなんなのか分からないでしょう。それじゃあ魔女を相手にはできないわ」

 魔女の言いたいことが理解できない。それがなんだというのだ。どうせ、魔女の力を使って、この子たちになんかしたのでしょう。

 そう言い放つと、魔女はもう耐えられないとでもいうように、大きく笑った。

「えぇ、そうよ。この子たちの魂は私がいただいたわ。でも、死んだとしても、身体は綺麗なのよ。それなら使ってあげたほうがいいでしょう。」

 そして、カップを傾け、喉を潤すと、固まっていた私に向かって歩み寄り、にっこり笑ってこういった。

 

――さて、問題です。この子たちはいったいいつから私の力で動いていたでしょうか。

 

 そんなの、私がここに来る前に、食事に加工でもしておいたんだろう。だって、それまで、アネモネも金の子も、白い子も、黒い子も、双子も、さっきまでは生きていたというのに。

 そう言った私を見て、魔女は何も言わない。ただ笑顔を浮かべ、私を眺めているだけ。

 なんだかそれが、うすら寒かった。私が言っていることは間違いではないのに、決定的に間違っているかのような、そんな、背反した考えが思い浮かんでしまうくらいに。

 じっと魔女を見つめる私に、魔女は飽きたのか、笑みを消して話出す。

「ここにいる子たちは、みんな、みぃんな、貴女がここに来る、ずぅーっと前に、死んじゃっているのよ」

 あはははは、と高笑いする魔女を後目に、私は立ち尽くす。今まで私が信じていたものってなんだったのだろう。すべてすべてすべて、魔女のせいで、何もかもを失った私は!

「ここにいる子たちは全部、私の力で動いているだけ。入れ物が綺麗だったから、再利用したのよ」

 ……それじゃあ、あのとき歌を歌っていたあの子も、あのときにっこり笑ったあの子も、あのとき肩を抱き慰めてくれた湖の髪の子も、あのとき、私とお話ししたアネモネも! みんなみんな、嘘だったっていうの!

 すべては魔女の手のひらの上、暇つぶしの人形劇の悲劇のヒロイン。そんな役をやらされていたってことなの……!

「貴女も綺麗な入れ物ね。青の子が殺さなかったのも分かるわぁ。貴女の顔が絶望で醜く歪むとしたら、いったいどれだけ美しいものになるのかしら」

 そう言って立ち上がる魔女。付き従う黒の少女も扉への逃げ道を塞ぐように立ちふさがる。

 魔女が右手を振り上げ、人差し指を立てると、私の手足が拘束され、大の字に固定されてしまう。いくらもがこうとも外れない拘束。それでも、抵抗の意思だけは捨て去らないと、魔女を睨みつける。

 魔女はそんな私を見て破顔し、私の顔を撫でつける。

「貴女、とても美しいわ。これは私の愛の告白よ」

 そして顎を持ち上げられ、顔を近づけられる。魔女と視線が交じり合う。その瞳の奥にはどうやっても消せないほどの感情の炎が渦巻いていた。

――わたしは

 

 

 ペラリ。ペラリ。

 ページをめくる。

 やっぱり彼女は復讐を諦めきれなかったのね。

 諦めて黒の魔女の庇護下で、幸せに暮らすと決めたのなら、黒の魔女に、その手で手折られることも、真実を知ることも、そして、本当に大切なものを失うこともなかったのだわ。

 ページをめく……

 あら、もうこの物語は終わりなのかしら。これからが面白くなっていくところだったのに。

 これからの彼女は黒の魔女のおもちゃになって、弄ばれることになるの。

 あるときは青の魔女に抵抗しに行ったり。あるときは街に行って不幸な少女を導いてみたり。

 うふふ。これからが、本当の物語なのに。

 

「そろそろ夕食の時間よ。大広間に集まってちょうだい」

 あら、もうそんな時間かしら。私はいつまで経っても、夕食の時間を覚えられないわね。

 これからも、メイメイに呼んでもらわないといけないのかしら。

「分かったわ。メイメイはメイベル様をお呼びに行くのね」

「そうよ。今日は新しい子が入るんだから、おとなしくしていなさいね」

 貴女が連れてきたんでしょう。メイメイはそう言うと、部屋から立ち去る。

「そうね。私が連れてきたんだもの。今度はもう間違えないわ」

 

(了)




少女病の二次創作です。
お目汚し失礼しました。

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