鬱憤晴らしも兼ねて書いたため内容に感情が出過ぎてしまいましたが、大まかな内容としては予定通りです。
細かい所が気になる場合は後で直すとして、今年初の作品を何か出したかったので更新しました。
……ただ今考えたら、年明けに書く内容じゃなかったなと反省中…。どうも作者は空気を読むのが遅いようです…。
深海と宇宙とで二つのクライン派勢力が想定外の事態に驚愕し、セレニア率いる連合軍艦隊がオーブを来援するため一路南下を始めていた頃。
ジブラルタル基地まで撤退していたザフト軍司令部では、一つのセレモニーが催されていた。
シン・アスカとレイ・ザ・バレル、ルナマリア・ホークに対して、ヘブンズベース戦での功績を讃えてネビュラ勲章を授与する叙勲式である。
ヘブンズベース攻略戦で敗れ、対ロゴス大同盟軍は事実上崩壊させられた現状でやるような事ではなかったかもしれないが、ザフト軍首脳には戦いを前にしてもセレモニーを行っておくべき理由があったのだ。
負けたからである。
作戦に失敗し、戦に敗れて逃げ延びてきた敗残の身である以上、将兵たちの目を自軍の敗北から逸らすため、自軍の成功した部分に着目するよう誘導せねばならなかった。
その為には軍事的英雄が必須である。
また現実問題としてミネルバ隊は、表彰されるだけの功績を立て続けててきている。信賞必罰が軍隊の根幹だ。
忙しさにかまけて先送りし続けてきた人事を報いるべきとしたデュランダルの提案に皆が賛成したのは、必ずしも政略だけが理由ではなかった。
デュランダル個人の目的にとっても、シンに対して恩を売っておくことは、得にはなっても損はない。
戦時下の敵国内とあって叙勲式は、並み居る軍高官と議長が参列しただけで、軍楽隊の演奏も貴婦人たちと踊るパーティーもない質素なものであったが、質実剛健な軍隊らしさを演出するには十分でもあっただろう。
「ヘブンズベース戦での勇戦と、今までに成してきた数々の功績を讃え、シン・アスカにネビュラ勲章を授与するものとする。
貴官の活躍がなければ、あの戦いで我々と、我が軍将兵達の命はなかった」
微笑みながら感謝の言葉と共に基地指令から勲章を手渡され、握手を求められたシンは、はにかみながらも満更ではない表情を浮かべて、その手を握り返す。
その彼の背後には、レイとルナが微笑みながら僚友の晴れ姿を見つめて立っており、その胸にはシンに渡されたものと同じ金色の勲章が輝いている。
シン・アスカは元がオーブの一般市民故なのか、社会的な評価や地位身分といったものに高い価値を感じている部分を有しており、自分のやったことを上官から褒められた時には礼儀で返し、逆に怒鳴られた際には同僚から否定されたとき以上の怒鳴り声で返すことが多い少年で、アスランへの対応などで如実にそれが表れている部分があった。
また、意外にもこういった公的な式典で表彰されたり、高い地位にある人間たちから特別な場所に招かれたりと言った、分かり易い接待にも弱い部分をもっているため、そこに目を付けたデュランダルが今回の式典を開催しようと提案する理由の一端にもなっていたのだが―――本人がそのことに気付くにはプライドが邪魔になる。まず気付く日は来るまい。
もっとも、作戦自体は失敗に終わり、自身も新型機デスティニーを与えられながらジブリールを倒せなかったことに忸怩たる思いも抱えてはいたが……
「なにを言う。たしかに敗れた事は無念だったが、戦いに勝敗はつきもの。百戦して百勝といかずとも責められる類のものではあるまい。
それに君の立てた功績は、敵を倒した事ではなく、味方を守り、基地までの撤退を成功させてくれたことだ。これこそが最も讃えられるべき素晴らしい軍功だったと私は信じる。
なにも恥ずべき事はない、堂々と胸を張りなさい」
「あ、ありがとうございます。司令・・・・・・」
握手を求められただけでなく、笑顔と共に励まされ、シンとしては表情の選択に困るほど感情の選択に苦労させられていた。
その若者らしい実直な姿に、穏やかな空気が室内に集っていた高級軍人たちと2人のパイロットの心を満たす。
その光景を見つめながら、曇りなき笑みを讃えて拍手を送っていたデュランダルは心の中でも、満足の笑みを浮かべずにはいられなくなっていた。
(基地指令も無骨者な割に、なかなか上手い事を言う)
と、部下の新たな一面を発見して満足の意を表していたのである。
彼としても今回のセレモニーは当初からの予定にあったとはいえ、それはヘブンズベース攻略の功労者としての表彰であって、敗北から目を逸らさせる宣伝工作としてと言う口実では、【次のステップに移るための理由付け】として十分とは言い切れないことを自覚していた。
ザフト軍にとって必要性のあるセレモニーだったからこそ、デュランダル個人の目的達成のためには名分に欠けていた部分を、基地指令によって補填される形となったのである。
――既にオーブへの降伏勧告とウナト親子の引き渡しを要求するための艦隊は、先の戦いで無事だったものや損傷が軽微だった艦を再編して昨日までに出航させた後であり、残る者たちも整備が完了次第順次発進し、移動しながら合流と再編成を行える手はずは完了されていた。
駒を次に進めるべき時期が来たことを、デュランダルは確信した。
「それからコレを、私個人からの想いとして、シン・アスカとレイ・ザ・バレルに贈らせてもらいたい」
そう言いながら、軍事式典故に将官達の脇に並んでいた位置から進み出てきた議長は、小さな箱を取り出してシンたちの前に差し出すと蓋を開き、彼らの前で中に入っている物を示して見せた。
その箱の中身を見た瞬間、シンは思わず自分の目を疑ってしまった。
それは彼がかつて、上官“だった人物”の首元で光っているのを見せられた物。
戦死した、一時的ながらも気さくな上官が同じ物を付けていた徽章。
《フェイス》である事を示す徽章が、箱の中には収められていたのである。
「議長! これは・・・」
「不服かね?」
「い、いえっそんな! そんなことはありません! ――けど・・・・・・」
勢いよく首を振って不服などあり得ない事を示すシンは、だがその直後に自信なさげな声で言い淀む。
もともとはオーブの一般市民として中流家庭で生まれ育ってきたシンには、軍人としての出世に純粋な憧れを抱いてはいたものの、現実に自分の地位身分向上を前にすると尻込みしてしまう凡人臭いところが多分に残っていた。
また、この徽章と同じ物を付けていた人物を、この手で殺してから日が浅いという事情もある。
「これは我々が君たちの力を頼みとしている、ということの証だ。
どうか、それを誇りとし、今この瞬間を裏切ることなく今後も、その力を尽くしてほしいという私個人の願いも込めてだがね・・・・・・」
躊躇いの表情を浮かべたシンに対して、デュランダルは微笑みながらも優しく語りかけつつ、巧みに言い回しを選び取る。
「・・・・・・よくもまぁ、あれだけ色々な言葉と言い回しが出てくるものね」
その光景を見せつけられ、気にくわないものを感じた人物が一人だけいた。
シンたちの上官であり、所属艦ミネルバの艦長タリア・グラディスが、それである。
彼女は軍人としては室内でも若い部類に属していたが、デュランダルとの付き合いの長さは彼らの中で一番長い。
相手が言葉で言いくるめる場面を何度も目にしてきた過去を共有しているのである。純粋で真摯ではあっても、そのぶん甘い言葉や特別待遇で釣られやすい少年たちほど、「ご褒美」に弱い子供ではない。
―――議長である自分個人からしか贈ることの出来ない『議長直属の特務隊』であるフェイスの称号を、ザフト軍全体の願いとして授与することで、正規軍の命令系統に縛られない議長直属の私兵としても使えるようにするなど、本末転倒ではないのか?
タリアとしては、そう思わずにいられなかったからである。
少なくとも『我々が頼りとしている証』とやらの中に、彼女の意思は含まれていない。先程の式典で初めて知らされた人事なのだから。
だが、シンの功績を表彰する場で、それを言うのは些か以上に憚られた。
まして周囲の人間たちは皆、好意的な表情でこの人事を受け入れるつもりでいる。
軍高官が一堂に会している今この場で認められたこととなれば、事実上シンとレイのフェイス入隊は既成事実として確定したことを意味するものとなるだろう。
おまけに、トドメとして―――。
「光栄です。ベストを尽くします」
共にフェイスの徽章を贈られたレイが、逡巡するシンより先に落ち着き払った声で返事をして、フェイスとなる人事を受け入れることを表明してしまった。
自分よりも功績の低いレイが昇進を受け入れて、彼より高い戦果を上げてきたシンが拒否したのではレイの立場がない。
謙遜を理由に謝絶すれば、レイは自惚れた未熟者であると宣言する形となるし、フェイス内でも孤立させる立場にさせてしまうだろう。
根が善人で友人思いなシンとしては、レイが先に言ったことで退路を断たれた形となってしまっていたのだ。
「おれ――あ、いえ・・・・・・自分も、がんばります!」
躊躇いを振り切りながらシンは徽章を受け取り、集まっていた将官達から温かい拍手で包まれつつ、議長からは目元をほころばせて嬉しげに微笑みかけるのを目にしながら。
「・・・・・・やられたわね」
それだけを言って、後は笑顔で皆の唱和に合わせて拍手を送りながら、タリア一人だけは笑っていない目をしていた事実に、いったい気付いた人間がいたであろうか―――?
「それでは小官は、お先に失礼しますわ」
式典が終わり、上官としてシンたちに祝辞を一言ずつ述べた後、他の軍高官たちの誰より早くタリアは司令室を足早に出て行った一人になっていた。
彼女としては今回の叙勲式に、当初から気にくわないものを感じずにはいられなかったのが、その原因である。
シンたちの功績が評価されるのは良い。それだけの活躍を彼は今まで果たしてきている。
無論、問題行動や命令違反、独断専行など失態も山ほどある問題児だったのは事実だが、それをもって功績を否定する理由になり得るのなら、ザフト軍兵士の大半は永久グリーンで終わってしまう者たちだけで溢れかえってしまうだろう。
ルナマリアやレイにしても、シンの活躍に霞んで隠れがちではあっても、彼の活躍が彼女たちの尽力に支えられたものであることを把握しているタリアにとっては、ようやく日の目を見せられたようなもので気分が悪かろうはずもない。
シンが目の前の強敵を倒すことに集中できたのは、艦の直援を努めた彼女たち2機のザクがミネルバを守り抜いてくれたからこそ成し遂げられた偉業である。
現にミネルバには当初の時点で、《ゲイツR》が直援機としてパイロット込みで2機配属されていたが、かなり早い段階で戦死させられてしまっている。
あちらこちらを移動させられ続け、満足に補給や人員の補充を受けられる余裕も、受け取りにいく時間もなかったミネルバにとって、被弾しながらも生き延び続けて直援としての役目を交代なしで果たし続けてくれた、ルナマリアの功績は決して低いものではなかった。
これらの事情を鑑みれば、彼らに対してネビュラ勲章が授与されるのは当然の報償であり、むしろもっと早くに報いてやるべき所を忙しさ故に先送りし続けてきた人事がようやく叶っただけのこと。
満足こそあれ、不満など微塵もない。・・・・・・そのはずだった。
「タリアっ!」
廊下に出て、扉を閉めたばかりの彼女に声を掛けてくるものがいる。
その声を聞き間違えることはない。・・・だからこそ、忌々しく感じられる時が生まれてしまう理由にもなっているのだから・・・。
「君がなにも言わないのは怖いな、タリア」
「なにを今更・・・・・・」
ギルバート・デュランダル現プラント評議会議長。
自分にとっては恋人同士だった過去を持つ人物であり、世間的に俗っぽい言い方をすれば“昔の男”という奴になるのだろう。
「シンとレイをフェイスとしたことで、絶対なにか一言あると覚悟していたのだがね」
「言いたいことは山ほどありますが、迂闊に言える立場でもなければ情勢下でもないのは理解していますので、黙っているだけであります議長。聞く気がないのでしたら、放っておいていただけると有難いのですが?」
「いや、聞く気がないだなんて、そんなことは―――」
「そうですわね。では言い直しましょう」
殊更に礼儀正しい口調で辛辣な言葉を言うことによって、形式“だけ”を守っているという本心を間接的にデュランダルにぶつけながら、タリアは簡明に、かつ的確に今の話題が“無意味である”という証明を嘗ての恋人に証明して見せる。
「“聞き入れる気がない”のであれば、言ったところで無意味であります。
差し出口にしかならない言葉なら、最初から言わない方が互いのためかと存じますが?」
・・・・・・この会話の本質を突いた“昔の女”からの指摘に、デュランダルはホロ苦い笑みを浮かべて黙り込まされ―――否定の反論をしてくることはなかった。
それは無言によってタリアの指摘が正しいと、デュランダル自身が認めたことを意味するボディランゲージでもある行為だった。
彼女の言うとおり、今更タリアが何を言ったところでデュランダルに計画を変更する機など微塵もないのは事実だったのだから―――。
とは言え。
「・・・・・・今回のコレは些か、あざと過ぎません? シンたちは見世物ではないのに・・・」
「せざるを得なかった事だよ。この様な戦況になっては尚更にね」
言うだけ無駄だと分かっていても、互いに対する思い故に何も言わない訳にはいかないのもタリアの心情としてはある。
デュランダルの政治宣伝のため利用されたシンたちに対しての愛情と、デュランダル自身に未だ抱いてしまっている愛情故に。
―――今回の授与式について、タリアが当初から気にくわなかった理由は、まさにそれだった。
政治色が強くなりすぎるタイミングでの授与式だったこと。その一点だけが彼女の気分を甚だしく害していたのだ。
今まで報われなかったルナマリアやレイたちの功績も含めて、シンの功績への正統な評価を、ヘブンズベース攻略に失敗して議長のウソが全世界に公表された直後に、この様な軍事セレモニーの美談として活用されたとあっては、タリアでなくとも同じことを思って不快に感じる艦長は少なくはないだろう。
それが無かったとしても、シンとレイへの“フェイス”昇進には問題の方が大きなものとなるようにタリアは見ていた。
ネビュラ勲章は良い。それだけの功績を彼らは成している。
だがフェイスは、単なる昇進とは意味合いが大きく異なりすぎている代物なのだ。
“フェイス”は、議長直属の特務隊に選ばれた者にのみ与えられる称号で、通常の命令系統には属さない。
通常は指揮官の指示に従わねばならいが、指揮官の指示が現場に即したものではないと判断した場合などには、それに反する命令を出す権限がフェイスには公的に認められている。
タリアも一応アスランを介して同じ徽章を授与された者の一人ではあるが、自分やアスランは軍における立場を優先して権限を使うことを控えてきたため、事実上ただの称号としての意味しか有したことが今までなかった。
だがシンは、自分やアスランとは違う。
時に自分の方が軍の決定や命令よりも正しいと判断した際には、躊躇わずに自己の判断を優先してきた前科がありすぎる。
更にはカーペンタリアでの一件だけでなく、その後の戦闘で捕虜にした連合兵を民衆たちが公開処刑している光景を見ながら微笑みを浮かべるなど、彼には明らかに連合軍への復讐の念が強すぎる部分を持ってもいる。
そのような人物に、ネビュラ勲章だけならともかく“フェイス”の称号まで与えてしまうのは、軍の制御下にいれば有為な人材を、危険な野獣に変貌させるリスクを自ら生じさせるだけではないのか?
そのように考えているタリアにとって、今回の式典には素直に賞賛できない条件が付与されすぎてしまい、長居すると余計なことまで言ってしまいそうだったため早めに退散するのが賢明だと判断した故での選択だったのだが・・・・・・相変わらず男という生き物は、女の気遣いに気付きにくく出来ているらしい。
「そうですか。そうなると、アスラン・ザラとメイリン・ホーク撃墜の件も同じ理由だった可能性が出てきますわね。
“せざるを得なかったから”スパイという事にして使い終わった古道具を処分した。
・・・・・・そう取られて否定しても、信じてもらえる立場ではなくなっているのは自覚しておいでなのでしょう?」
「分かってるさ、それも。だが―――」
流石のデュランダルも不利を自覚せざるを得ない立ち位置だったため、その口調は偽善的ではあっても言い訳じみた空気を纏うようになり始めて、弁明のため焦れた調子が声に混じり始める。
それは冷徹で計算高い切れ者の議長というより、女の扱いだけには慣れていない優等生の学生じみた初々しさを残した部分をタリアに感じさせ、懐かしさと共に愛情が再発してきそうになる自分の『女という生き物が持つ欠陥』を強く自覚させられて、不快になる。
ここまでイヤなものを見せつけてきた男と一緒にいるのはイヤだと思いながら、昔と変わらぬ部分を見せてきた相手に安堵して離ればなれになるのを忌避する自分が確かにいる。
相矛盾する自分の中の葛藤にタリア自身で嫌気が差しつつある中で。
どちらの道を選ぶかで悩む葛藤の結論は、意外なところからもたらされる事となる。
「議長っ!!」
「――なんだ?」
黒の軍服を纏った将校が、自分たち全体の上司へと何かの報告を携えて駆け込んできてくれたことでデュランダルは普段通りの、優しくも厳しい表情と口調へと舞い戻り、タリアに選択肢で悩める制限時間が過ぎたことを通達してきたからである。
この報告者の登場は、二人の人物に対照的な反応をもたらしていた。
一人はタリアで、今さっきまで女の機嫌を取ろうと弁明を繰り返していた男が、部下の前でだけは格好付けたがる姿に白けたような視線を向ける。
もう一人は、議長に付き従う軍高官の一人で、比較的若い黒の軍服を着た人物だった。
彼は今回の戦乱で出世して、プラント議長の側で初めて仕える身になった人物であり、自分たちを率いる指導者が部下でしかない女性艦長の機嫌を取るため言い訳じみた言葉を並べ立てている姿を見せつけられたことでゲンナリした気分にさせられていたのである。
それなりに歳を食って、政治家も将軍もベッドの上では所詮は『男』という事実を、実体験として承知していた他の高官たちは見て見ぬフリを決め込んでいたが、まだ若い彼にはテレビで見るデュランダルの勇姿をプライベートでも期待してしまっていたらしい。
とは言え、そんな対照的すぎる二人の人物でさえも、全く同じ反応を返したくなる情報を、その報告者が持ってきたことで話は別次元のものへと一変することになる。
「地球連合軍が動き出しました。
またカーペンタリア情報部からの報告によると、ロード・ジブリ―ルの所在も、どうやらその中に」
「カーペンタリアから?」
解せぬと言いたげな口調でデュランダルは報告者に問いただす。
彼の疑問ももっともで、ザフト軍は連合が制宙権を手にするため軍事力によってマスドライバーの奪還を狙うとしたら、ビクトリアかパナマとの合流を目指すだろうと予測していたからだ。
オーブは確かに、今なおロゴスに友情を示している唯一の同盟国であったが、今大戦から連合傘下に加わっただけで、連合軍の駐留艦隊や基地が建てられていた訳ではない。
パナマやビクトリアは、ロゴスの存在暴露によって孤立し、降伏して武装解除したとは言え、連合軍の主力部隊が駐屯していた主要拠点だった場所だ。まだまだシンパは多く、外からの攻撃と内からの内応によって陥落と奪還は容易となる可能性は高い。
だがオーブに対して同じ手は使えない。
国土から遠くない位置に、ザフト軍の主要拠点カーペンタリア基地もある。
このためオーブのマスドライバーを連合が確保するとしても、政治面から同盟の再締結という形で目指してくるだろうというのが、ザフト軍首脳の予測だったのだ。
・・・・・・もっとも、予測を外したのは“ザフト軍首脳”であって“デュランダルの予測”は外れてはいない。
少なくとも、今この段階において敵の動きは、自分の予測を超えてはいない。
「で、彼らはどこに向かって軍を進めているのだ?」
「オーブです。セイラン家とジブリールによる直接通信の傍受にも成功しましたので、間違いありません」
「・・・えっ!?」
――そして、その会話内容はたまたま聞こえる位置で立ち止まっていたシン・アスカとレイ・ザ・バレル、ルナマリア・ホークの耳にも届いて驚きの声を上げるのをデュランダルは鼓膜に捉え、そして口元と目元に不敵な笑みを浮かべる。
だが、この時彼は知らなかった。考えてすらいなかっただろう。
自分の元へ届けられることのなかった、もう一つの『敵軍発見』の報告があったという事実を・・・・・・
それはオーブの遙か北の海域において、ザフト軍のMSが遭遇していた出来事だった。
霧の立ちこめている海域の上空を、一機の《ディン》が飛行しながらレーダーを頼りに遊軍の探索任務を行っている最中に、誰にも知られぬまま敵軍に撃墜されていたのである。
「こちらブラボー2、基地管制へ提示報告~。
降伏した連合の不満分子が決起する様子はなし、市民たちがゲリラ化したという報告も来ておりません。
海は至って穏やか、天気晴朗なれども波高くもなく、平凡な平和そのものであります管制官殿~」
だらけきった様子でパイロットからの報告に、流石の管制官も眉をひそめさせられたようで、業務内容としては適切ではなかろうが小うるさい説教をしてやりたい気分にさせられたようだった。
『・・・ブラボー2、任務中だぞ。今少し緊張感をもって任務をこなせ』
「そうは言いますがね、管制官殿~」
緑色のノーマルスーツを着た《ディン》のパイロットは、気怠げな口調はそのままに全くやる気を感じさせない声ながらも、それなりの痛切さを込めて自分の心情の説明だけはキチンとやってのける熱意は残っていたようでもあった。
「東のジブラルタル基地やマハムールの方では、主力部隊がロゴスの悪魔共を盛大に退治して、南のカーペンタリアは連合にへばり付いたままのオーブに思い切り熱いのブチ込んでやるため準備してるって噂じゃないですか?
なのに俺たちは、そんな時に何だってこんな場所でフラフラ飛んで、迷子の味方を探してにゃあいかんのです? 世の中の一大事なんですぜ? 今って時代はね」
『・・・・・・まぁ、気持ちは分からんでもないがね・・・』
相手の話を聞かされれば、管制官もまた強い口調で非難だけをすることは難しくなる。
現在、彼の乗るディンが飛行しているのは東アジア共和国にほど近い海域の上空で、南に下れば赤道連合が存在している。
どちらの国も旧連合傘下の加盟国で、ロゴスの存在暴露によって離反し、対ロゴス大同盟に寝返っていたのだが、ヘブンズベース後は梨の礫で敵対してもいなければ援軍を送ってくる訳でもなく、中立を表明したまま息を殺して日和見ているだけの状態が続いている。
ザフト軍としては、これらの国々を一度は味方として迎え入れて軍も駐屯させた後、大同盟が崩れて事実上は崩壊したとは言え、また敵対国家に戻ったという訳ではなく、かといって味方と呼ぶには敵に戻る可能性が不確定すぎて判断に苦慮している状態が続いていた。
敵に戻られても大した脅威にはならないかもしれないが、敵が紛れ込んでいたり、シンパが攻撃してきた時などに、周囲が呼応するより先に潰せた方が楽なのは当然なので、取りあえずの防衛用戦力による哨戒任務だけを行い続けている。・・・・・・その程度の戦略的価値しか残っていない。そんな地域。
『・・・分かった。基地指令には俺の方からも掛け合ってみる。だから今は任務に集中してくれ。
味方機の反応がロストしたのは、その一帯なんだ。敵が奇襲を掛けようとしてるのかもしれん。出来ればアリの子一匹たりとも見逃してほしくない』
「反応が消えたっつっても、所詮は《ディン》が1機だけでしょう?
今時その程度の量産機ならナチュラル共が造った中古の《ストライク・ダガー》だって不意打ちで撃たれりゃ落とされますよ。
どーせ、そこいらのブルーコスモス民兵か、連合のシンパかなんかにゲリラ戦で落とされただけってオチでしょう。やる気なんざ全く出なくなる理由にしかなりませんねぇ~」
その返答を聞いて処置なしと思ったのか、管制官はそれ以上なにも言わず、事務的な口調で義務の範疇に収まる言葉だけ言って通信を一方的に切ってしまう。
「あ~あ~・・・・・・カオシュンが懐かしいぜぇ」
再び一人旅での飛行となったパイロットは昔を思い出しながら、恍惚とした瞳で過去の栄光を想起する。
彼は先の大戦に参加して今まで生き残ってきた数少ないザフト軍パイロットの一人であり、戦傷から一時リタイアしていたが今次大戦の激化に伴い再び志願し、こうして辺境警備程度の閑職のみを与えられているロートルとして無為な日々を贈っている人物だった。少なくとも彼は自分の境遇を、そう解釈している。
カオシュンとは、先の大戦で開戦11ヶ月ぐらいにザフト軍によって陥落した、東アジア共和国駐留の連合軍部隊が守る戦線の一つだった場所の地名だ。
当時の連合軍にはまだMSは存在しておらず、戦車や戦闘機といった旧式兵器のみでザフト軍の侵攻に対抗せねばならなかった時代で、歩兵用の銃火器や戦闘車両の機銃など《ジン》の装甲には傷一つ付けられず、反撃されることなど気にする必要もないまま一方的に連合軍の兵士や町や人々を蹂躙できる、破壊と殺戮に酔っていられた時期の経験者でもあるのが彼だった。
今でこそベルリンで、ロゴスが造った《Xー1デストロイ》とかいう巨大MAこそが、敵の反撃をものともせず一方的に敵軍を踏み潰していく悪魔として名高いが、当時は《ジン》こそが其れだったのだ。
敵兵からの反撃で傷一つ付けられることなく、圧倒的な火力で多くの敵車両をなぎ払い、一方的に破壊と殺戮をもたらすだけで、自分たちは被害を負うことのない最強の巨人にして破壊神。
《モビル・ジン》という名を持つカオシュンの悪魔だった機体に、彼は搭乗して連合軍と戦っていたのである。
だが、時代は変わった。
《ストライク・ダガー》の開発と量産に成功したことで“牙”を得たナチュラルたちは、もはや一方的に狩られるだけの無力な獲物ではなくなって、多くのコーディネイターたちがMS戦で彼らに命を奪われていく対等な戦争へと形態を変化させてしまっていた。
今ではエースでもない限り一般兵同士での戦いで勝敗を分ける一番の要素は機体性能になってしまい、《グーン》と《フォビドゥン・ブルー》なら戦況とパイロット技量次第だが、《バビ》と《ウィンダム》ならば性能的には《ウィンダム》の方が勝算は高くなる計算に今日ではなってしまっている。
まして《ディン》は戦争の長期化に伴い、数合わせのため多少の改良が施されただけのロートルMSでしかない。
不意打ちであろうと流れ弾だろうとも、ビーム兵器で撃たれてしまえば装甲の薄さで確実に貫通させられ撃墜する羽目になるだろう。イヤな時代になったものだと、パイロットの緑服は心底から思わずにはいられない。
「あ~あ、だーからナチュラル共なんか要らねぇ連中は、条約無視してオモチャを作り出す前に殺しまくれっときゃよかったのによー・・・・・・ん? なんだ? 反応?」
突然レーダーが反応を捉えて光点を表示させ、センサーも何者かの接近を感知してブザーを鳴り響かせ始める。
「・・・この反応の大きさは、戦闘機ってこたぁなさそうだな。と言ってスピードから見て《ウィンダム》か《105ダガー》ってのも微妙ではある。・・・敵の新型ってことか?」
小首をかしげながらも彼は、計器類の数値を確認して一つだけ確かな結論を出し。
「何だかよく分からねぇが、大した高度は飛んでねぇようだ。とりあえず姿だけでも見てから報告するかい」
そう判断して機体の高度を下げさせて、レーダーに映っている表示上では海面から大した高さを飛んでいない、MSだったら先に感知されて撃たれても十分避けきれる高度を維持したまま慎重に接近していって・・・・・・そして。
「――なっ!? な、なな、なんだこのデカブツは!! ば、ばばば化け物かよオイッ!?」
突然モニター内に姿を現した、巨大すぎる“黒い物体”を目にしたパイロットは慌ててレバーを切り、牽制射撃を行いながら大急ぎで自分の愛機に上昇をかけさせるが―――その判断はもう、遅すぎていた。
ダダダダダダッ!!!と、火花と爆音のような連射音を響かせながら76mm重突撃機銃を乱射するも、黒い巨大物体の装甲には豆鉄砲ほどの威力にもならないのかカンッ、カンッ、カンッ、と間の抜けた音を響かせながら宙に空薬莢を飛び散らせるだけで何ほどの意味も生じさせないまま、とにかくも機体だけは狙撃用ビームライフルでも射程外になる高度まで逃げ延びることができた瞬間。
――グォン。・・・ジュバァァァッン!!!
巨大な砲口が、ディンが逃げ去った先にある、遙か高みの高空へと向けられ、超巨大なビーム光が発射されて彼の機体全てを余すところなく包み込み、チリ一つ残さず超高温で蒸発させてしまうまで要した時間はコンマ1秒未満という極短時間。
だから彼がこの時、自分が叫んだと認識していた言葉は錯覚か・・・・・・。
もしくは消滅した彼を見ていた“彼”が、相手はそう叫んで死んでいったと勝手に決めつけただけの事だったのだろう。
「うわぁぁぁぁッッ!! 母さァァァァァァッん!!!???」
「アーハッハッハッハ!!! 最高だぜッ! 最ッ高!!
マジ最高だよ、このオモチャはなァ!! 俺のモンだぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!
あーっははははハハハハハははははハハハハァッッ!!!!!」
黒色の巨大物体の中で哄笑をあげる、危険な眼をして、壊れかかった脳を持つ存在が哄笑をあげていた。
機体の各所からはスパークが生じ続け、航続距離の限界を超越した移動にリアクターが不可に耐えかねて悲鳴を叫び、曳航船で引かせることで負担を軽くしても2機が脱落して、残る3機もいつ限界が訪れてもおかしくない惨憺たる有様。
ヘブンズベース戦の前に最後の調整が施され、ジブリール直属の部隊としてセレニアの手が及ばなかった存在の中。
なんとかオーブ到着までは保たせられそうな残る3機の内の1機を操るための完全なパーツと化したパイロット。強制的に人間を辞めさせられた少年兵たち。
スティング・オークレー。
彼が率いると言うよりも、先頭に立って突き進んでいるだけと表現した方が正確であろう、3機からなる《Xー1デストロイ小隊》警戒網の薄いユーラシア北部を弧を描くルートで進みながら邪魔者を跳ね飛ばしながら南進を続けていたのである。
「ひひひひひひ、ヒハハハハハハ!!! ヒあーッハハハハハはははははっ!!!!
オレの物だッ! この機体はオレの物だァ!! 誰にも渡さネぇ!! 壊すことなんかできやしねェ!!
オレの! オレは!! オレはなァッ!? オレのモノなんだァァァァッ!!!!」
自分の機体に愛着を持たせすぎることで、デストロイを壊しに来る者たちへの攻撃衝動を加速させられ、今や機体から降ろすことさえ困難という状態にまで至らさせられた状態で。
臨界寸前の《Xー1デストロイ》部隊が、オーブを攻め込もうとするザフト軍艦隊に対して本体と挟撃するため、北側から襲いかかるために。
戻るための道も術も失わされ、破壊する以外に止められなくなってしまった超巨大なMA爆弾と化した状態で―――自爆特攻兵器として使い捨てられる運命を全うするために。
つづく
*分かり難かったかもしれませんので、今回の解説です。
今話でタリアが懸念しているのは、シンは危険な部分を持った少年ではあるけど、軍の制御下にある限り致命傷にはなり辛い存在でもある。
フェイスへの昇進は、彼に破滅への道を至らせやすくするだけシン自身のためにならないのではないか? という理由によるもの。
必要に迫られているなら別として、現時点では「いざという時」の指揮系統を増やすだけで意味があるとは思えない。
議長に対する入れ込みようと、主体性が薄く依存する傾向もあるシンをフェイスにしても、いざという時に『ザフト軍の命令』よりも『議長の指示』に『自主的に従えるようにしただけ』ではないか?
端的に言えば、【ステラを敵に返す方が正しく、返さないタリア艦長の方が間違っている】という場合には、合法的に返してよくなる権限を与えてしまった。
……そういう事態になるのを懸念していたのが、今話でのタリアという次第です。