『オーブ首長国連邦』と書いてましたが、正しくは『オーブ連合首長国』でした。
今後は統一して、今までのは徐々に直しときます。
「もはや、どうにもならんようだな。
この状況の中、こんな茶番に付き合い続ける余裕は我らにもない。私は誠意と、切なる平和への願いを以て、彼らの虚偽に立ち向かう。
ウナト・ユマ・セイランとユウナ・ロナ・セイランを、オーブから引きずり出せ!!」
通告した時刻にいたって尚、最初に送られてきた言い逃れにもならぬ回答以外に何らの対応も見せようとせず、セイラン家の引き渡し要求に応じるという連絡もなく、武装解除の気配すらないという状況に至り、遂に決断せざるを得なくなったデュランダル議長からの決定がオーブ沖に展開していた艦隊に伝えられたことで、ザフト軍によるオーブ攻略戦は開始された。
一方で、ザフト艦隊によるオーブ本土への攻撃が開始されたという情報を、先行して侵入させていた少数の艦隊から伝えられたことで、オーブへの援軍艦隊を率いるセレニアも作戦開始の時がきたことを確認し、二分させていた貴下の艦隊の片割れにジブラルタル基地への攻撃を開始させるに至る。
オーブへ向けた援軍を率いるセレニアが、ジブラルタル基地への攻撃隊と、自ら指揮する援軍本体とに戦力を二分させ、二つの戦場で二つの異なる戦闘を開始させたのには理由があった。
『オーブ連合首長国の位置』が、その理由である。
デュランダルが分析したとおり、ヘブンズベースからオーブへと大規模な援軍を派兵するには、カーペンタリアとジブラルタル両基地の索敵網を完全に潜り抜けて到達することは物理的に不可能であり、仮に出来たとしても気付かれた途端に前後を挟まれ危機的状況に陥るだけで意味がない。
その危険を避けるため、プラント最高指導者が座するジブラルタル基地を攻撃させることで後方を扼するリスクを軽減させる。二正面作戦を強いるしか手段がなかったのである。
「“オペレーション・ヒューリー”、開封承認」
「コンディションレッド発令、コンディションレッド発令」
「攻撃目標を確認。オーブ本島セイラン家邸宅、国防本部、オーブ行政府・・・・・・」
そのザフト軍のオーブ派遣艦隊にあって、旗艦となっていたボスゴロフ級潜水艦《セントヘレンズ》の発令所において、艦隊司令は多少の苦さを感じながら命令書を開封させて各艦に警報を発令するよう指示を下していた。
彼とて、憎むべき怨敵であるブルーコスモス盟主を含めたロゴスと未だに手を組み続け、庇い立てし続ける不誠実な対応に終始する現オーブ政府に対して憤りを感じていたザフト兵の一人だ。
今回の命令でも、民間人への被害を最小限にとどめるよう“努力する”という以上の感情は抱くことが出来そうにないというのが正直な心地ではあったのだ。
・・・少なくとも、先日まではそうだった。
だが今は、迷いと躊躇いが生じている。
「ですが司令。セイラン家の屋敷や行政府の周囲には、千人近くの民間人が抗議活動に押しかけているはずですが・・・」
「む・・・」
副長からの言葉と数を聞かされて、思わず司令は眉をひそめて、口をへの字にひん曲げる。
先の大戦に参加した世代である彼らもまた、ザラ議長の語る『守るためには必要』という言葉を信じ、そして今では『先の大戦最大の戦犯』として否定することに疑問を感じなくなっていた現在がある身なのである。
人は誰でも過ちを犯す。
そして過ちを犯している間は、己の過ちを気づくことができないものなのだ。
それは苦い経験となって司令の心に深く根付いた感慨。・・・そのはずだった。この大戦が始まった頃までは、まだ・・・。
(彼らもまた、過去の我ら自身と同じく騙されている被害者か・・・・・・そうなのかもしれんな。
議長から聞かされるまでは考えようともしなかったが、今は確かに思い当たる節がある)
そう思い、何も真相を知らされぬまま、権力者の個人的感情に巻き込まれているであろうオーブの一般市民たちに対してだけは同情的な想いと同族意識とを、強く抱かされるようになっていたのが、彼がオーブへの攻撃に躊躇いと迷いを感じるようになった理由だった。
そんな彼に決断を迫るように届けられる、一通の通信文。
「ジブラルタル基地より緊急通信ッ。“連合軍艦隊より来襲を受け、交戦を開始”」
「・・・・・・向こうでも始まったか、やむを得んな。
だが市街地および行政府の関連施設は後回しにして、軍施設への攻撃に戦力を集中させ、すみやかにこれらの排除を優先させるよう厳命しろ。
自分たちを守る軍が失われれば、セイランに与する現オーブ政府は彼らを見放し、降伏を求めてくる者も出てくるだろう。出てこないなら来ないで内輪揉めの火種にはなるはずだ」
そう付け足すことで、心のわだかまりに区切りをつけさせ、『対話による解決』を主張するデュランダル議長の方針から逸れない程度の作戦内容の微調整を加えた上で、彼は待機していたパイロットたちにモビルスーツへの搭乗と出撃を命じる。
「とにかく民間人への被害を最小限に抑えるよう留意せよ! 彼らもまた、我らの新たな同胞となるべき人々だからな。
我らの目標は、あくまでウナト・エマ・セイランと、ユウナ・ロマ・セイランの確保だけだ!!」
『『了解ッ!!』』
小気味よい返事を、発令所にはとどかぬ狭いコクピットの中でパイロットたち個々人が艦隊司令の意に賛成して声を上げる。
彼らの多くは既に、先の大戦経験者は少数派となり、むしろ今次大戦で武勲を挙げてエースとなった者も多く混じるようになってはいたが、それ故に『身勝手でバカな権力者』と『そいつらの欲望に振り回される哀れな民衆』という単純明快な図式は彼らにとってシンパシーが得やすいデュランダル時代のザフト軍における特徴となってもいた。
なんと言っても自分たちは、『世界の敵と戦う正義のザフト軍』なのだ。
セレニアの宣伝戦略によって連合からの離反組からは支持と信頼を失いつつあったデュランダルの虚構だが、ザフト軍内部においては未だ議長への支持は根強く残っており、『敵が自分たちを混乱させるため打ってきた卑怯な手』としか解釈していない者の方が多数派を占めている程だったのだから。
こうしてザフトによる、オーブ軍への攻撃作戦が開始されてしまう運びとなる。
結果的に、この時の司令官が下した作戦内容の微調整は、オーブ軍への攻撃を強化する方向へと繋がり、ただでさえ劣勢なオーブ軍を追い詰めるまでの時間短縮に結実することにもなっていく。
――そして、ほぼ時を同じくしてオーブ沖から遙か西方の海域でも動きが生じていた。
「“オペレーション・ブルーコスモス”、開封承認」
「コンディションレッド発令、コンディションレッド発令」
「攻撃目標を確認。ジブラルタル基地司令部、守備隊発令所、VIP用貴賓室一帯・・・・・・」
攻撃隊の旗艦となっていた空母の艦橋で命令書が開封され、その内容に従って各艦からモビルスーツ隊とミサイルが敵基地へ向けて飛び立っていく。
「連合艦よりモビルスーツおよびモビルアーマーの発進を確認!」
「《ウィンダム》《フォビドゥン・ブルー》《ゲルズゲー》《ザムザザー》を展開ッ! 侵攻してきますっ」
「狼狽えるなッ! 第一から第二防衛小隊出動せよ! 奴らの侵攻を許すなッ!!
モビルスーツ隊を発進、迎撃開始。侵攻してくる敵脅威を速やかに排除するのだッ!」
『了解ッ!!』
ヘブンズベース戦とは真逆に攻められる側に立たされたジブラルタル基地のザフト軍部隊は、背後にいるプラント最高指導者を守ることを優先し、攻撃よりも守備を重視した作戦を採用して、これを迎え撃つ。
「目標は敵艦隊の排除だ。しかし無理して突出することなく、要塞砲が支援できる範囲内まで入り込んできた敵だけと戦うのだ。被害を最小限にとどめるよう留意せよッ。
そうすれば、オーブでの始末を終えたミネルバが戻ってきて挟み撃ちにできるッ!
守り続けさえすれば我らの勝利は疑いないぞ!! 」
基地司令は、そう言って兵たちを鼓舞して戦意を上げ、常勝艦の帰還まで基地と議長とを守り抜くことが自分たちの使命であり、果たすべき目標であることを強く胸に刻みつけて銃口を構えさせる。
基地司令が語った決定は、ザフト軍なりの事情が影響してのものだった。
現在、地球上の各国は半独立の中立状態にあり、彼らが再び裏切らぬよう監視と警戒のための一定の戦力を貼り付けておかざるを得ない状況に陥っていた。
デュランダルの身に危険が迫るほどの大兵力に攻められたなら別として、そこまでの数ではない敵攻撃から防衛するため、各地の戦力を引き剥がして呼び寄せるにはリスクが大きかったというのが、その一つだ。
今一つは、オーブへの長交信を送った後から、ロード・ジブリールの所在を見失ってしまったという厄介事が、ザフト軍上層部の間では懸念されていたことである。
もし彼が、宇宙に上がることを優先するならオーブに向かった援軍艦隊に同乗している可能性が高い。
だがヘブンズベースの時と同様デュランダルの首を取って一気に決着をつけたがっていた場合にはジブラルタル攻撃隊と行動を共にしている可能性も出てくる。
あるいは彼の性格を加味するなら、安全なヘブンズベースの貴賓室へと戻って、下々の戦いぶりを高みから観戦していても不思議ではなく、部下たちを置き去りにして単身でパナマかビクトリアの連合軍基地と合流して宇宙へ上がろうとする危険性も棄てきれない。
何でも有りな相手なのだ。執りうる手段がある限り、どんな理由で何を使ってきたとしても不思議ではなく、犠牲やリスクなど全く頓着しない恐れが常にある。
「敵の動きから見て、彼らの目的が我々をジブラルタルに封じ込めることで、オーブへの援軍派兵を邪魔されないことにあるのは明白だ。
だが、それが彼らの作戦の要というのなら、逆にオーブを落とされてしまえば奴らは総崩れを避けるため、撤退せざるを得なくなるということの証でもある」
そう分析して、デュランダルも基地守備隊の兵たちを鼓舞する。
実際その分析は的中しており、名目でしかないとは言えオーブ・セイラン政権が援軍の到着より先に倒れてしまえば、内側と外側からの挟撃が不可能となったセレニアたちはヘブンズベースへと引き返す以外に道がない。
ザフト軍艦隊を排除するだけならオーブ政権の有無は関係なくとも、オーブ国内にあるマスドライバーを使用するため確保するとなれば、内部に協力者がいるのといないのとで難易度に差が生じすぎてしまう。
戦闘の勝敗では勝ちを収めながらも、マスドライバーの確保とモルゲンレーテの接収という遠征目的をなんら果たせぬまま、ただ『オーブ軍を蹴散らして自爆されただけ』で終わった先代ブルーコスモス盟主ムルタ・アズラエルと同じ、無様な醜態を重ねるのは避けたかった。
「やむを得ぬ情勢とは言え、各地からの救援を期待できない中で敵を迎え撃つ、厳しい戦いであることは重々承知している。
だが、諸君らの力を持ってすれば―――いや、我々ならできるッ!!」
力強く、自分の声を基地中に流れるようスピーカーに乗せてデュランダルは宣言する。
彼個人としても戦闘開始を直前にして、ジブリ―ルの正確な所在が不明になったことは想定外であり、慎重策をとるため適当な口実を必要としていたので渡りに船だったという事情があったからだ。
表向きの宣言とは裏腹にデュランダルは最初から、ジブリールを宇宙へと逃がしてやるつもりでいた。
ただし、出来るだけ戦力を削ってギリギリ逃亡に成功した、という程度には追い詰めた上でという条件付きで。
彼のプランを実現するためには、追い詰められたジブリールに“例の物”を使わせた後、アレを危険人物の手から奪い取るという形で確保する流れが必要不可欠だったからである。
“アレ”は、力こそ比類なく強大ではあるものの連続使用が効かず、物が巨大すぎるという欠点を有している。
自分のプランで用いるには、常に一定数は防衛用の戦力を貼り付けておく必要があるのだ。
確保するだけなら現時点でも可能ではあったが、今の時点で『アレ』を手にして戦争勝利のため使ってしまえば、自分こそがザラ議長と同じ『悪者』と思われかねない。
世界を一つに統合して、軍を解体し、アレ単体だけでも秩序維持が可能な状況を創り出せるまでは、自分に対する綺麗な幻想を壊させるわけにはいかなかったのだ。
「この混乱する戦況の中で、みなが懸命にがんばり、ようやくここまでの状況へと辿り着けるほどの力を手にした諸君らなら、必ずやれる!
我ら全ての人類が平和を求める、切なる祈りの絆が死の商人ロゴスの憎しみなどに劣るわけがない!! 彼らに皆の力を見せつけてやるのだ!
ザフトと! そして、世界のために!!」
『ザフトと世界のためにッ!!!』
熱烈なる平和な世界を求める唱和によって応えられながら、デュランダルは表面的な微笑みの下に、冷たい仮面の笑みを完全に覆い隠しながらミネルバ到着まで早まった真似に出ぬよう司令部へと改めて指示を出すのを忘れはしなかった。
――今ここで、ロード・ジブリールを倒してしまうリスクを冒されては困る。
彼が今どの部隊に紛れ込んでいようとも、確実に宇宙までは逃げ延びてもらわねば、他ならぬ自分にとってこそ迷惑なのだから―――
――一方で、ザフト軍基地を攻撃してみせることで押さえ込むことを目的とした攻撃艦隊の旗艦では、敵の消極的ながらも守りの堅い防衛戦略を対して、副長と艦長とが互いの感想を述べ合っていた。
「デュランダルめ・・・・・・どうあっても、あの船が戻るまで勝負に乗る気はないようだな」
「我々としては楽ですが、艦隊も要塞砲の射程内から出てきませんし、挑発にも乗ってきません。今までは弱腰な講話論者と侮ってきましたが、なかなかの良将なようですね」
攻撃隊の旗艦となっていた連合軍空母《J.Rジョーンズ》の艦長は、副長からの話を聞きながら『臨時の代行』として押しつけられてしまった慣れない艦隊司令としての役割に窮屈なものを感じさせられながら、それでも部下たちへの責任と指示だけは疎かにすることなくキチンと果たすことを忘れてはいない。
「どうされますか? 艦長。我らの力を若い新司令に見せつけるためにも艦隊を前に出させて、オーブに向かった本体の支援を――」
「慌てるな。自分たちの代わりに事実上の先鋒を担ってくれる味方がいる時には、後衛に徹した方が生き残れる確率は上がるものだ。
必死になって戦ったところで、敗れて死んだ者が賞賛されることは滅多にないのが戦争というものさ」
かつて艦長は、一時的ながらもファントム・ペインを率いる仮面の司令官と行動を共にした経験があり、その際には味方となっていた同盟国オーブ軍の勇者の壮絶な玉砕を間近で目撃する貴重な体験をしたことがあった。
その時の経験から、『目的を叶えるため』には時として勝ち負けより、派手な演出をしたパフォーマンスを優先した方が有効な場合もあるのだ――という事実を学ばされた希少な人材が彼でもあったのだ。
――恐らく、あの若い新司令が自分ごときを攻撃隊の臨時指揮官に抜擢したのは、そういう人選理由によるものだろうと推測していた艦長は、敵の消極策につけ込んでコチラは攻めに転ずるよりも、与えられた目的を叶えることを優先して部下たちに攻撃を控えるよう厳命する。
「今回の戦いで我々に課せられた目的は、ギルバート・デュランダル“ではない”。
デュランダルに尻尾を振って与したザフトのお偉いさん方も同様だ。わざわざ攻撃を遠慮してやる必要まではないが、配慮ぐらいはしておいてやれ。
我が軍兵員への被害を最小限にとどめるよう努力するのだ。それさえやれば、あとは上が勝てる算段をつけてくれている。負けさえしなければ、勝利は揺るがんよ」
そうマイクに向かって告げながら、艦長は内心で肩をすくめる。
あの時のオーブ軍将校と、今の自分たちとの立場の違いを比較せずにはいられなかったからである。
あの戦いで彼は、負けても死ぬことによって同情を買い、祖国を連合の圧力と敗北責任の追及から守り抜くという目的を達成させることが出来ていたが・・・・・・今の自分たちは死ぬことで守れるものが何一つとして存在していない。
守るため戦っている者にとっては、『死ねば守れる』というなら無意味な死ではないのだろうが・・・・・・『死んでも失うだけで得るものはない』という状況に追い詰められた自分たち連合軍将校にとっては、格好悪く卑怯とも思える手段でもやらざるを得ない境遇にあったのだ。『守るために』
(それにしても・・・・・・)
艦長は一つ帽子を脱いで、薄くなり始めた金髪をなで上げながら思わず唸る。
ザフトは、『全ての元凶ロゴスから世界を守るため』
オーブ・セイラン政権は、『オーブを先の戦争と同じ被害から守るため』
連合からの離反組は、『連合の都合から自分たち自身を守るため』
そして自分たち連合軍は、『ザフト軍と民衆に殺されないため自分の命を守るため』
誰しもが『守るため』に他人同士で殺し合うため、遠い異国の地まで赴いて現在に至っている。
艦長には、『ナニカを守りたいだけの者たち』が寄ってたかって世界を押しつぶそうとしている――そんな風に現状の世界を思うようになってしまっていたから・・・・・・。
「“何のために戦うかなどと考えるようになったら軍人は終わり”――か。確かにそうかもしれません。
そして、“記憶とはあった方が幸せなのか、ない方が幸せなのか”という疑問も仰るとおりでした。
あなたとは、やはり今少し仕事を共にしていた方が良かったかもしれませんな。ロアノーク大佐・・・」
――連合、オーブ、そしてザフト。それぞれに異なる思惑と事情を内部に抱えながら戦いあう三勢力によるオーブ攻略戦。
その中で、互いに遠く離れた二つの戦場の情報を双方共に知ることが出来る立場の人物が座する艦隊は、一路東へ東へと向かうミネルバの後ろを追尾する形でオーブ沖へと向かって進軍している途上にあった。
「どうやらデュランダルは黒海の時と違い、ジブラルタルへ向かう途上で艦隊を迎撃させずに、迎え撃つ構えをとったようですな」
オーブ派遣部隊の旗艦となった空母の艦長が、かつてオーブを攻めた時と同じくオブザーバーの席に座している、オーブを攻めた時とは異なるロゴスメンバーの少女に対して、報告しているのか皮肉っているのか判然としない口調と視線で声をかけてくる。
「司令の作戦が功を奏したと言うところですかな? ジブリール氏の所在を不明確にすれば、敵は警戒して戦力集中は困難になる。見事に的中されたわけです」
「そうかもしれませんし、別の理由によるものかもしれません」
自分自身で紅茶を煎れている最中だったセレニアは、紙コップに液体が満たされるまで手元に視線を集中させて、煎れ終わってから艦長へと視線を戻す。
この新司令は、趣味なのか味に頓着しない性格故なのか、戦場で陶器のティーカップを使うような真似はせず、もっぱらプラスチック製か紙コップで飲むことを愛用しており、上流階級らしからぬ態度は下級兵士たちからの評判は悪くない。
いずれ人気取りでしかないかもしれないが、前の時の客人は人気取りすらしなかった事と比べれば大分マシか・・・・・・その程度には艦長も彼女を評価してもいる。
「あるいは単にデュランダル議長が、“攻撃されることに慣れてないから迎撃作戦を上手くできる自信が無かっただけ”なのが理由かもしれませんけどね」
「――なんですと?」
だが、そんな彼でさえ遙か年下の司令官からの、この分析には驚いて腰を浮かせざるを得なくされる。
セレニアは平然としている。
「デュランダルさんは穏健派で有名な議長さんだそうですが・・・・・・実際のところ、彼は今次大戦が始まってから攻撃する側であり続けてきた根っからの主戦派で、タカ派でもある人物です。
“周囲に押し切られて仕方なく”という形を取ってはいましたが、全ての重要な攻撃作戦には必ずGOサインを出していますし、《ガルナハン・ゲート》に見られるように降伏した後の連合軍将兵たちを捕虜にはせず、民衆たちの復讐によって虐殺されるに任せてもいる。
“彼らの気持ちを慮ればナンチャラ”とか言ってたそうですけど、本気で講和を考えてる人なら、まずやらん手でしょうからね。
交渉カードか、さもなくば他の連合軍一般兵士たちに降伏を促すよう使った方が、筋も通りますから」
平然と、デュランダル議長に対して世間一般が抱いている認識とイメージとは懸け離れすぎた評価を口にしながら、その分析は相変わらず正鵠を射ている。
たしかにデュランダル議長は穏健派として知られてはいるものの、開戦から今日まで大規模な攻撃計画を『反対しただけ』で中止したことは一度もなく、常勝のまま軍を進め続けてきた人物だった。
スエズを落とす時にも、『領土的野心はない』という自らの方針を守らせるため軌道上から大降下作戦は許可しなかったが、代わりとしてミネルバを遙々オーストラリアから移動させて援軍に当てるよう直々に指示を出している。
手っ取り早く確実な大降下作戦はおこなわなかったとはいえ、結局は連合の領土をもぎ取ったことに変わりはなく、結果が同じなら自分の方針に基づく自分の指示で行った作戦で勝ち得た方が手柄は大きいのは自明の理だ。
「強いて言えば、開戦直前のアーモリーワン襲撃と、開戦直後の核攻撃隊だけが、今次大戦でデュランダルさん率いるザフト軍が、敵に攻め込まれて攻撃された迎撃作戦ってことになるのかもしれませんが・・・・・・アレも敵に情報を流して、わざと攻撃させたのだとしたら、大きな括りで見ると攻撃側に立っていたと表現することも可能にはなる。
敵に攻め込ませるため敢えて隙を作り、誘い込んだ敵を袋叩きにして追い返す戦法は、古来から続く用兵の常道でもありますからね」
「・・・・・・ですがデュランダルはプラント議会において、しばしば『話し合いでの解決』や『先の大戦を繰り返してはならない』といった言葉を多用し、綺麗事に弱い民衆の人気を集めていると、ジブリール氏からは聞かされている人物ですが・・・・・・」
半信半疑から脱しきれない艦長は、敵を弁護する気はないものの、セレニアの分析には重ねて疑義を提出してみせるが、
「そんなもの、最初から通らないと承知の上で主張して、妥協した風を装う小道具に利用すれば済む程度の話でしょう?
最初に無茶な値を提示してから、徐々に値を下げていって、最終的には予定していた額で購入させる。交渉に応じたように見せかける、商売ではよく使われる手ですよ。大して珍しいものでもありません」
バッサリである。
ここまで来ると堅物の自覚がある艦長も、いい加減この新司令との付き合い方を心得てこないと、やっていられない気持ちにさせられてくるしかない。
「では、本艦はこのままオーブへ派遣されたミネルバを追尾して、敵艦隊と合流した後、背後を襲う――という予定通りの行動をしてよろしいのですな?
デュランダル議長が我らの誘いに乗って、拠点から出てくることなく、各地からの援軍される恐れもない中で、オーブでの勝敗が全体の行方を決める状況を作り出した中へと突入してしまって本当に?」
「ええ、お願いします。細かいところは艦長の良きように。
・・・・・・私たちロゴスもそろそろ、陸の領土の一つも取り戻したいところですからねぇー。このままだと商売一つ出来ずに、兵士たちに支払う給料さえ不足しそうで怖い怖い」
おどけたような口調と内容で返され、艦長は揶揄されたと思ったのか不快そうに鼻を鳴らして前方を向き、クルーたちへの指示を出し始める姿を背中から見ながら、セレニアは内心で肩をすくめていた。
――艦長は冗談か、もしくは悪ふざけと受け取ったようだが、実際には真剣な悩み所をセレニアは彼に語っていたのである。
ロゴスは大手軍需産業の連合体とは言え、どこまで行っても営利企業であることに変わりはなく、金によって世界を裏から支配してきた商人たちの寄り合い所帯でしかない集団なのだ。
商人である以上は、商売ができなければ金は減る一方であり、蓄えにしても隠し金庫にしても無限ではない。
現在のところ、地下に張り巡らされた裏ルートを使って補給は賄えているが、それでさえ全盛期のロゴス総資産と比べれば三分の一にも満たぬ数でしかなく、どこかの領土と市場を早急に取り戻す必要性がセレニアたちには生じつつあったのだ。
思想テロ組織のトップや、礼儀正しく挨拶できるだけの武断的な議長でさえ、『世界を守るため』『理想社会建設のため』と嘯きながら口実に掲げている戦争の中でありながら、自分たちは『金が足りなくならないために』を目的として遠路はるばる戦争しに出張っていく。
「哲学者が言うには、“物事に偶然はなく、全ては必然によって成り立っている”だそうですけど・・・・・・。
だとしたら私たちが今“金がなければ戦争はできない”って理由で『自分の金を守るため』に戦争しに行くのも、必然の成せる業って事にしてもらえるんでしょうかねぇー・・・・・・やれやれ」
――「守るために」という目的を掲げる二つの武装勢力が、互いに他国の領土内へと軍を進め合う状況に、片方の勢力に属する一人の将校が皮肉な感慨を抱かされたオーブを巡って三勢力が相争う混戦。
だが『正義』や『正しさ』が人の数だけ存在するのと同じように。
あるいは『正義は人の数だけ存在する』と主張する人の数だけ正義が存在するのと同じように。
『守るために戦うこと』それ自体には何の疑いも皮肉も抱くことなく、純粋無垢に信じ切れる人物も存在するのが人の多様性というものであったのだろう。
「どういう事なんだ! これは! 一体っ!?」
短い金髪を振り乱し、その人物は親の敵でも見るようにモニターに映し出される光景を睨みつけ、燃えるような赤い瞳に怒りと情熱の炎を宿した一人の少女が、艦橋に仁王立ちになって雄叫びを上げていた。
「あんな言葉が、この状況の中で彼らに届かないことぐらいユウナたちにも理解できていたはずだ! それなのに何なんだ!? この状況はッ!?」
白い礼服のような軍服をまとい、『自分たちの祖国』が再び焼かれていく光景を目の当たりにさせられ、それを防ぎきれない動きの鈍い防衛部隊の醜態を見せつけられ、修復作業中のアークエンジェル艦橋から慟哭の叫び声を上げる少女。
『カガリ・ユラ・アスハ』というのが、彼女の名前だった。
先々代のオーブ元首ウズミ・ナラ・アスハの実娘であり、自身も先の大戦から復興なったオーブで新たな代表の地位に就いていた人物。
だが政府内部の不協和音と、現実の政治と理想との違いに打ちのめされ、誘拐されるという形をとってアークエンジェルと合流し、以後は行動を彼らと共にし続けている『元首の地位と国を棄てて逃げ出した少女』でもあるのが彼女であった。
「どう回答したところで、攻撃は避けられないと踏んでいたから、艦隊は出動させていたようだけど・・・・・・それにしては動きが鈍いわね。
味方同士での連携も取り切れていないみたいだし――司令部の意思がまとまり切れていない、ということかしら・・・?」
カガリが見ている横で、同じモニターを見上げていたマリュー・ラミアスも厳しい表情に成りながら、一方で不審そうに首をかしげてもいた。
いまいちオーブ軍の行動に一貫性を見いだすことが出来ず、戦力を軍事施設へと集中させてきたザフト軍モビルスーツ隊の好餌となってしまっている印象を感じさせられていたのが、その理由だ。
・・・・・・デュランダル直々の決定による『エンジェル・ダウン作戦』によって、フリーダムを失わされたアークエンジェルは、自らも撃沈を装うことで完全包囲の輪から抜け出すと、命からがらオーブ首長国の領海内まで辿り着き、傷ついたクルーたちと船の体とを癒やしている最中だった。
彼らの隠れ場所として選ばれた『アカツキ島』は、オーブを形成する中小の島々の一つで、そこの地下に建造された地下ドック内で修復作業に専念していたため、間近で開始されたオーブ攻略戦の状況推移をダイレクトに知ることが可能となっていたのである。
だが、それによって把握できた戦況は酷いものだった。
「オーブ本島に爆撃です!」
「ッ!! 被害はっ!? 避難などの状況は――っ!?」
「狙われたのは市街地から離れた軍事施設のみですから、今のところ民間人への被害は出てないようです。しかし・・・・・・」
先の大戦からアークエンジェルのクルーであり続け、通信傍受・情報解析を担当しているダリダ・ローラハ・チャンドラⅡ世からもたらされた情報は、本土攻撃による被害としては悲劇の度合いが少ないものではあったが――それに続く報告は悲劇と呼ぶにも生易しい悲喜劇とでも呼ぶべき惨状を呈するものだった。
「セイラン家の邸宅や行政府の周辺に集まっていた、オーブ市民たちによるデモ隊の一部が恐慌を来したらしく警官隊と衝突。・・・・・・未確認ながらも、多数の死傷者が出ている模様です・・・・・・」
「バカな・・・・・・」
余りにも余りな状況と被害に、カガリとしては呻くように呟くだけがやっとだった。
彼女が恐れていた最悪の予測は、ザフトが一気に政治・経済の中心地であるオーブ本土への攻撃を仕掛けることで、巻き込まれた一般市民たちに犠牲者が出てしまうという事態を想定していた。
その予測は、半ば的中し、半ば外れ、ザフト軍は一般市民たちへの配慮からか、もしくは完全に現オーブ政権を市民たちから孤立させることで分断を狙ってのものなのか、本土内の防衛施設のみに攻撃を集中させ、市街地には被害が及ばずに済んではいる。
だが、その被害を目の当たりにさせられたオーブ本土の市民たちは、完全にパニック状態へと陥らざるを得なくされてしまっていた。
――せっかく敵からの攻撃で死者が出るのを避けられたというのに、味方同士で、身内同士で互いに傷つけ合って、犠牲者まで出してどうするのか!? カガリとして憤るしかない。
「マードックさん! 本艦は、まだ出られないの!?」
見るに見かねて、マリュー・ラミアスは艦内通信に手を伸ばし、修復作業を指揮している整備班チーフのマードックを呼び出すと大声で呼びかける。
『無理ですよ! まだエンジンが終わってねぇんです!
せめて、あと三時間・・・・・・いや、二時間だけ待ってください!!』
「待てないわ! 攻撃はもう始まってるのよ、お願いだから急いで!!」
『分かってます! ですが、これが精一杯なんですよ!!』
「く・・・っ!」
相手からの返答を聞かされ、マリューとしては歯噛みするしかない。
彼女とて相手の修復作業が遅れていると思っていた訳ではない。それどころか今は、補修の応援に駆けつけてくれたモルゲンレーテの技術者である『エリカ・シモンズ』たちが艦の修復作業を手伝ってくれている。
あるいはアークエンジェルは、こと回復スピードという点では現在こそ、今までで最も速い速度で傷を癒やしている時期だったかもしれない程に。
それでも彼女が言わずにいられなかったのは、カガリの姿を見かねたという面が大きかったが、それ以外にも幾つかの事情を彼女も抱えていたことが理由にあった。
その中でも、主戦力であるキラ・ヤマトの不在、最高戦力たるフリーダムの損失は、彼女の心理に深く暗い陰を落とさずにはいられない要素となっている。
数だけで言えば黒海での戦闘の後、オーブ軍を離脱してアークエンジェルに合流してくれた可変MS《ムラサメ》の部隊が10機ほど増加しており、パイロットと兵員の数も充分に揃っていると言えないことはない。
だが彼らは一般兵であり、乗っている機体も高性能な方ではあるが、通常の量産機でしかない。
それだけなら、質でザフト軍を上回れる者は少なく、数の上では完全に負けている。
雲霞の如く押し寄せてくるザフト軍の量産型モビルスーツ群の前に、十数機の量産機が立ち塞がっただけでは勝ち目がない。
かろうじて通常機とは異なるフェイズ・シフト装甲を装備した機体として《ストライク・ルージュ》を確保し続けてきてはいたものの、その機体も先日にラクスの危機を知らされたキラ自身によって宇宙へと上がるために用いられ、どうやら大破撃墜されてしまったとの報告を受け取っている。
パイロットの面でも、キラと互角の敵手として戦い続けてきた元ザフト軍エースで親友同士でもあったアスラン・ザラを収容してはいるものの、負傷して漂流していたところを救出したばかりな重傷の身である。
ようやく意識が戻って間もないこともあり、戦力として期待するのは酷というものだった。
(こんな時、“彼”が“あの人”だったなら・・・・・・っ)
マリューは未練がましいと自覚しながらも、心の中でそう思わずにはいられなかった。
ベルリンの戦いの後に捕虜として収容した連合軍指揮官『ネオ・ロアノーク大佐』を自称する人物のことが頭をよぎったのだ。
彼は恐らく、いや確実にマリューがよく知る“彼”と同一人物だと確信している。
『不可能を可能にする男』を自認していた彼だったなら、この状況下であっても何かしら自分には思いつかないような機転を働かせることが可能だったかもしれない。
だが今の彼は、記憶を失って塗り替えられてしまっている。
全くの別人として生きてきた記憶しか、現在の本人は覚えていないのだ。
その事実が今のマリューの心理面に、更なる負担と影を落とさせている要因ともなっていた。
頼れるはずの人物が側にいるのに、頼ることが出来ない・・・・・・そんな彼女の心を『頼りたくても頼れる人はいない』と確定している時より不安定にさせてしまい、意識の集中を妨げていたのである。
モニターの中で、また一隻。オーブ軍所属のイージス艦が、ザフトのモビルスーツ隊から集中攻撃を浴びせられて撃沈される光景を見せつけられ、その艦と共に散ることになった人命が何人いたかを考え・・・・・・カガリの限界をとうに超えていた忍耐心は完全にはじける。
「ラミアス艦長、《スカイグラスパー》を私に貸してくれ」
「え?」
問われてマリュー・ラミアス艦長は一瞬、なんのことを問われているのか認識するまでに時間がかかった。
《スカイグラスパー》は、先の大戦の最中にアークエンジェルで地球へと降下した際、ハルバートン提督の第八艦隊から地上戦におけるストライクの支援機として受領した高性能戦闘機の機体名だった。
戦闘機とはいえ、当時の地球連合軍は量産型モビルスーツの開発に成功しておらず、機体不足だったアークエンジェル隊にとっては貴重な戦力となり得ていた存在であり、幾つかの戦いでも活躍を見せている。
・・・・・・だが、連合軍でも《ストライク・ダガー》が開発されて主力兵器となって以降の戦場においては時代遅れな戦闘機に出番はなくなり、アークエンジェル自身も宇宙へと上がって主戦場を移してしまったことから、オーブから連合本部アラスカまでの船旅を最後として事実上の戦力外扱いとなってしまっていた機体でもあった。
今次大戦まで身分を偽って居住していたオーブから脱出する際、フリーダム以外に戦力がなかった事から、なにかの役には立つだろうと倉庫の片隅に置かれたまま持ち込んできてしまったことを、マリューも今になって思い出した今の時代には旧式戦闘機にカテゴライズされる当時における戦闘機。
・・・・・・そんなものを貸してもらって、いったい彼女は何をするつもりなのか?
困惑する艦長に向かってカガリは一端、部下へと視線を移して質問した後、明確に答えを与えて断言する。
「アマギ、ムラサメ隊は出られるな?」
「はい!」
「なら、行こう。我々だけでもオーブ軍救援のため発進する」
自分には何の力もなく、キラやアークエンジェルに頼らねば何も出来ない己の無力さを自覚しながら、それでも尚この状況で修復作業が完了するのを黙って待っている己を許すこともできない少女の想いが、その決断に現れていた。
――がしかし、『想いだけ』で何が守れるという訳でもないのが戦争なのも、また事実である。
彼女からの回答を得て、マリューとしては目を丸くして慌てて静止せざるを得ない。
「そんな、無茶よ! あの混戦の中にスカイグラスパーで突入するなんて! せめてエリカさんに頼んで別の機体を――」
「オーブが再び焼かれようとしている時に、もう何もせず待ってなどいられない!!」
だがカガリは制止を振り切ると、格納庫へ続くエレベーターに足早で向かっていく。
もともと忍耐心が強い方では決してなく、感情の起伏が激しすぎるきらいのあるカガリは、落ち込みやすく、怒りやすい。そんな性質を持っている激情家の少女だ。
大人しくしている時には考えすぎて動けなくなりやすいが反面、いったん動くと決めたら徒手空拳でも敵に向かって突っ込んでいってしまう。
指揮官としては間違いなく、最前線の猛将タイプだったのが彼女である。
そのため単純明快な英雄を好む一般市民や前線兵士からは好かれやすいのだが、後方で内政をになう古株たちとは折り合いが悪い。
・・・・・・彼女が戦後オーブを上手く運営できなかった理由の一端はそこにあったのだが、それが分かったところで人の性格はそう簡単に変われるものでもないらしかった。
「行くぞアマギ! 機体をお借りする――うわっ!?」
「カガリ!?」
そんな彼女の足を止めたのは、マリューを始めとした人間たちの言葉ではなく、単なる筋肉の壁にぶつかって、虚しく自分だけが弾き飛ばされ尻餅をつかされた末の結果だった。
丁度カガリがエレベーターに飛び込もうとしていた寸前に扉が開いて、外からブリッジの中へと入ってきた二人の人物の内、大柄な男の方に正面衝突してしまったのである。
「キサカ一佐! 彼女を止めて! カガリさんを――」
「・・・ああ、なるほど。またか」
マリューから協力を求められ、エレベーターから出てきたばかりで状況が掴めていないはずの人物は一瞬で事情を理解したらしく、慣れた様子で横をすり抜けようとしていたカガリの肩を優しく掴むと、苦笑しながら翻意を促す。
“スカイグラスパーで出撃するなら”辞めておけ――と。
「待て、カガリ」
「もう待たんと言っている! 離せキサカ!!」
オーブ陸軍一佐のレドニル・キサカというのが、その大男の名であり役職名だった。
先の大戦からカガリの護衛役として様々な戦場を共にしてきた人物であり、それだけに彼もカガリを、そしてカガリも彼のことをよく知っている間柄の人物である。
だからこそ今のカガリにとっては、最も話を聞きたくない人物なのが彼でもあった。
相手の言いたいことは、言われるまでもなく理解している。
どーせ何時もの十八番であるところの、『こんなところで無駄死にしたら今後のオーブを護ることはできない』とか『まだデュランダル議長の意図が見えない今少し自制しろ』とか。
そんなお説教で自分を言いくるめて静止するだけに決まっているのだ!
そんな正論は、言われるまでもなく理解している! 分かっている! だが、それでも今は――!!
「お前の言いたいことは分かっている。分かっているからこそ、今は我々と一緒に来るんだ」
「嫌だッ! このままでここで見ているくらいなら、国と一緒にこの身を焼かれた方がマシだ!」
「分かっている。それでは困るから、お前のために来いと言ってるんだ」
「うるさい! 離せ! お説教はもう聞き飽きた!!」
「はいはいはい」
まるで駄々っ子のようなカガリの言い分と行動に呆れ果てた表情を浮かべていたキサカだったが、その途中で誠実ではあるが言葉足らずになりやすい彼に代わって、一緒にブリッジへと入室してきていたエリカ・シモンズが、優しい言葉と言い方でカガリにとって致命的な『静止の言葉』を口に出す。
「だから、行くのはいいけど――その前に、ウズミさまの言葉を・・・・・・遺言を聞いてから、と言いたいのよ。彼は。ね?」
「え――お父様の・・・・・・遺、言・・・・・・?」
こうして一度は国を棄てた少女もまた、自身の弟と似て非なる形で、『オーブの獅子』と言われた先々代国家元首から託された『想い』と『力』を与えられ、戦場へと舞い戻る翼を手にすることになる。
連合とザフト、そしてアークエンジェル隊とデュランダル議長。
様々な勢力の思惑が錯綜して絡み合い、元は同じ勢力だったはずの者同士が別の意図を持って戦場へと影響を及ぼす、混沌としたオーブ攻略戦。
その中で最も混乱していたのは、連合ザフト双方から当事国として見なされていたオーブ連合首長国そのものであったことは、歴史の皮肉であったのか必然の結果でしかなかったのか。
『マラマツバラ、突破されました!』
『戦線は既にメチャクチャな惨状を呈していますっ』
『こちらオーブ行政府警備隊! 暴徒化した市民たちが扉を破って議会内に突入してきました! このままでは対応手段をエスカレートせざるを得ません! どうか、指令を!!』
「う、ううぅ・・・・・・っ」
国防本部の司令部各所から集まってくる悲観的な報告を聞かされ続け、さしものユウナ・ロマ・セイランも焦燥も露わに呆然として、呻き声を上げるしかできない状況へと追い詰められつつあった。
彼の傍らに控えるソガ一佐も、表情こそ平素のままを保っているものの、内心では焦りと憤りを抑えつけるのに懸命で、最高司令官への礼儀さえ守るのが難しくなってきている程だった。
『本島防衛戦が総崩れです! 立て直さなければ全滅しますっ!!』
「だ、だったらやってよ! ほら、いいからもう! 早く!」
「ですから、その為のご命令は!? 何の作戦もなく敵の侵略を阻止することなど出来ないのですよ!?」
「う・・・、ぐ・・・・・・っ」
感情的に怒鳴りつけて対応を求めたソガ一佐から、強い口調で逆に『具体的な作戦指示』を求められ、ユウナは再び呻き声一つをあげるだけで黙りこまらざるを得なくなるしかない。
ソガとしては、自分が作戦案を進言すれば斥けられ、代替案となるような作戦を命令してくるわけでもなく、ただ「何とかしろ」と曖昧な命令形の言葉を怒鳴り続けるだけのヤツの、一体どこが司令官か!と殴りつけたい怒りを押さえつけるのに必死だったのだ。
だがユウナには、ユウナなりでしかないとは言え、彼なりの言い分もあるにはあった。
(こ、こんな状況を何とかできる作戦なんて思いつける訳ないじゃないか!? 無理だよ! 絶対に不可能だ!
しかも、それを僕の命令として実行しろだなんて、理不尽にも程があるだろう!?)
ユウナの本心としては、そう叫びたいのが素直な心境ではあったのだ。
彼も流石に、現状のままでは自分たちどころか国全てが危ういと言うことぐらいは理解している。あるいは理解“させられている”
先日の通信によってブルーコスモス盟主の口から、自分たちが危機的状況に陥っている現実を思い知らされていたのだから。
だが、自分たちの身が現実に危ないという事実を、事実として認識できたからといって、その対処法まで思いつけるようになれるというものでもない。
たしかにユウナは古今東西の戦史を研究し、日頃から戦略ゲームに興じてきた趣味を持ってはいる。
だが彼は、このような圧倒的不利な状況から逆転できる戦い方など知らない。
ゲームであれば、どこかに必ず勝てる方法が用意されており、それを見つけ出すことが勝利へ繋がる道と決まっている。
過去の戦史は、勝利者たちが勝った作戦での勝ち方を、敗者たちから敗北した要因を知るために学ぶ学問だ。
だが現実に、目の前の戦況は自分たちが圧倒的不利な条件を強いられた状態で始められ、英雄物語に出てくるような名将の奇策によってしか挽回しようのない危機的状況に陥りつつある。
ユウナが先程から自分の作戦案を口にしないだけでなく、ソガからの提案を却下し続けているのも、理由の一つはそこにあった。
たとえ部下から進言された作戦とはいえ、許可してしまえば『自分の命令』として実行されることになる。それがユウナには恐ろしかった。
だからこそユウナは、半ば壊れ始めた表情と精神の中で、ソガに向かって指を突きつけながら、こう叫ぶのだ。罵るのだ。
「そ、そんなこと言って! また負けたら貴様らのせいだからなッ!」
「な・・・っ!?」
自分の決定と命令の結果として、多くのものが失われ、国も自分たち自身の生命すらも左右することに直結する―――それが政治家の、そして指揮官の仕事であり義務であり責任というものだから致し方がない。
だがユウナは今の今まで、そんなことまで考えたことが一度もなかった。
だからユウナは、この状況下で何とかできるようにする作戦案を、自分に『命令しろ』と要求してくるソガ一佐のことを、今このとき心の底から憎悪していた。
相手にとっては理不尽極まりない恨みであり憎しみであり、有り体に言って『逆恨み』でしかない思いではあったが・・・・・・本人にとって恨みは恨みであり、憎しみである事実に変わりは無い。
――しかし皮肉なことに、ソガの方はユウナが抱くような屈折した政治家の『想い』を理解する思考がまるで持っていない人物だった。
彼の視点から見て、先のユウナが放った発言は、『この危機的状況にあっても責任を誰かに押しつけることしか頭にない』平和ボケした政治家の思考によるものとしか映ることはできていなかったのだ。
この辺りの上の者たちと下の者たちとの間に広がる精神的な断裂が、今次大戦でオーブの方針が状況に流され続けることしか出来なかった一因であったかもしれない・・・・・・その時だった。
「ソガ一佐! 沖合上空に、新手の友軍部隊が現れました! 識別コードはタケミカヅチ搭載機のムラサメ隊のものです。
加えて、機種不明のモビルスーツ1、ムラサメと共にこちらに向かってきます」
「何だと? 機種不明の機体がなぜ・・・・・・味方なのか?」
「見たことのないコードですが、コンピューターにはインプットされておりました。
味方機に間違いありません。登録されていた識別コードは―――」
オペレーターが、その機体の名を告げるより先に。その機体はザフト機を次々射落としながら国防司令部へと接近してきて、モニター画面に自らの異様を映し出す。
まばゆいまでに輝く金色のカラーリングをした機体が、画面いっぱいに映し出されるのと、オペレーターが告げる機体の名が、見る人と聞く者たちの心に同時に刻み込まれる瞬間だった。
オーブの危機に舞い降りてきた機体の名は―――《アカツキ》・・・・・・と。
つづく