最近オリジナル展開の練習をしており、著作の中で一番オリジナル要素強いのは今作だったので書いた感覚。
こんな感じでいいのかどうかが不明瞭なのだけは心配の種ですが…
ザフト軍によるオーブ攻撃作戦は、ザフト軍優位のまま戦況は変わることなく推移していた。
飛び交う火線が空を覆い、沖合に並ぶ艦隊から打ち上がったミサイルが国防本部や防衛施設に降り注いでいる。
上空をモビルスーツが交錯し、海岸線にはザフト軍の水陸両用モビルスーツ隊が上陸してオーブ軍のアストレイ隊と交戦している。
オーブ軍は、よく持ち堪えていたが総司令官自身が混乱から脱しきれていない状態とあっては目に見える効果は期待できない。
軍事面での臨時司令官であるソガ一佐が、権限の範囲内で出せる指示だけを出して対応していたものの、それでは全体の反攻作戦に繋げられる戦略までは打ち出せない。
オーブ軍は善戦しつつも徐々に後退させられ、確実に亡国の淵へと追い詰められていた。
結果として、命の灯火を少しずつ削ぎ落とされていくような延命療法にしかなれていないのが、オーブ軍による善戦の実態だったのである。
だがザフト軍の側も、決定打には欠けてもいた。
宇宙の民であるザフト軍にとって地の利はオーブ側にあったし、諸島連合という特殊環境は水陸両用部隊の足を阻ませ、上空のザフト機から浴びせられる地上への支援砲撃も森の木々などが遮蔽物となって効果を薄めさせてくる。
民間人を出来るだけ巻き込まぬよう配慮した攻撃であることも影響していたが、それを差し引いてもオーブ軍はよく支えていた。・・・・・・ただ、全体の勝敗を覆すほどのものではなかったというだけで・・・・・・。
ジブラルタルから遙々派遣されてきたミネルバが、オーブを完全包囲下においていたザフト艦隊の援軍として到着したのは、丁度そんな戦況になった時でのことだった。
「艦長、オーブ派遣艦隊旗艦セントヘレズ発令所と通信つながりました」
「分かったわ。艦隊司令へのコンタクトを要請してちょうだい」
「了解」
ブリッジクルーの少女兵士アビー・ウィンザーからの報告に応じて、ミネルバの艦長タリア・グラディスは指示をだし、相手は命令を実行するため機器を操作する。
その動きは微妙につたないながらも確実な成長が見受けられ、最初の頃より仕事も速い。
そんな彼女の動きを背中から見たグラディス艦長は、不意に申し訳なさを感じさせられ顔を伏せる。
アビーは、アスランとともに軍を脱走してロゴスのスパイだったという公式発表がなされたメイリン・ホークに代わって通信管制の担当に回されてきた新米兵士だったが、最も困難な戦況での戦いを潜り抜けた経験が少ない彼女は配属当初、能力面で他のブリッジクルーたちより大きく見劣りしてしまい、タリアも何度か叱責した記憶がある。
だが、ヘブンズベース攻防戦における思わぬ苦戦と敗退を生き延びることに成功した彼女は、少なくとも着任した当初よりは大分マシな働きを見せるようになり、徐々にだが仕事も板について来つつある。
それは頼もしいことであると同時に、そうなった原因を思うとグラディスの心を重くせずにはいられなくさせるものでもあった。・・・・・・ザフト軍が手にした優勢を維持できなくなっているからだ。
思えば彼女が初めてミネルバに来た当時のザフト軍は、希望の光に輝いていた。
むろん幾つもの気になる部分を有していたのは別の大問題として存在していたが、ロゴスの存在を公表して地球市民の支持を得て、連合という組織自体は事実上解体に追い込み、残るは残党軍とブルーコスモス盟主が立てこもっている一大拠点を落とすだけ―――ザフト軍が地球軍に対して数の上でも圧倒的優位に立っていた頃に彼女は配属してきた少女だった。
だが、それが今ではどうだ?
相次ぐ対ロゴス大同盟から地球各国の離反、市民たちの間で囁かれるデュランダルへの不信、善と悪の最終決戦を掲げて行われたヘブンズベースでの軍事的敗北。
・・・・・・様々に発生したイレギュラーな事態に対処しきれず、当時に夢を見せられた人々の心は急速にザフト軍から離れつつある。
全世界に向けて『すべての元凶ロゴス』の存在を大々的に報道した日から、まだ半年も経っていないというのに。
そう思えば、楽をさせてあげられるはずだった少女の世代にまで苦労を残してしまった大人として申し訳ない気持ちの一つぐらいは湧いてくるのが人情というものだろう。
何かしら近い内に慰労の声でもかけてやるべきかと、タリアが心の中で予定を決した時。
艦長席から正面に向き合う位置に映し出されるモニター画面に、セントヘレズ発令所に立つ壮年の艦隊司令が姿を映し出される。
「お初にお目にかかります、司令。ミネルバ艦長タリア・グラディスであります。司令部からの命により及ばずながら加勢に参りました」
『応、噂に轟くミネルバが来てくれるとは頼もしい。遠路ご苦労だったな、グラディス艦長』
「いえ、任務ですから。早速ですが現在の戦況をお聞かせいただいても宜しいでしょうか?」
互いに立場に応じて必要となる社交辞令を述べ合った後、グラディスは単刀直入に状況説明を相手に求め、艦隊司令も少し苦さの混じった口調ながらも情報そのものは正確に説明してもらえた。
その結果として判明した現在の戦況における要点はと言えば。
『――つまり目標は、まだ抑えられていないという事でしょうか?』
「ああ・・・・・・戦況報告としては、そうなるのだろうな」
アッサリと尋ねてしまった質問に、あけすけすぎる内容で少々気分を害されたらしい艦隊司令から、苦い顔での回答をもらったタリアは一つ頷くと――気付いた点があったため言葉を付け足す。
「民間人への被害を最小限に抑えるため、軍施設に攻撃を集中させる安全策をとられた司令の判断は、戦後オーブの市民感情や外交関係を思えば有効手だったと小官にも思われます。ザフト軍司令部がどう判断するかまでは予測できかねますが、小官は司令の判断を支持します」
現地軍司令官への配慮のため言った内容が6割を占めている言葉であったが、モニターに映る司令の顔がほんの僅かに「ほっ」としたように綻んだところから見て、間違った対応ではなかったらしい。
『・・・・・・歴戦の英雄艦の艦長から、そう言ってもらえると安心する。
最初は、味方が減れば総崩れになるものと思って攻め込んだ身としては特にな。立て直しまでは許しておらんが、崩しきるところまでもいけていない。さすがの底力というところだ』
言いながら、艦隊司令の心中は少し複雑だった。
彼個人としてはミネルバに対して必ずしも悪感情を懐いている訳ではないし、各地で友軍を支援するため奔走したミネルバに対して素直な感謝と敬意を懐いてもいる。
・・・・・・だが、オーブとの交渉役と、受け入れられなかったときの攻撃隊責任者に任じられていた者として、一隻だけの援軍として送られてきた英雄艦に対して何の蟠りも懐かずに接するのは難しいのも事実だったのが、彼の立場でもありはした。
考えてみれば、当然の反応だった。
ミネルバ一隻だけがオーブと交渉している艦隊の援軍として派遣されてきたと言うことは、交渉が成功するにしろ、失敗して戦闘に突入するにせよ、艦隊戦力よりも『戦艦一隻の有無が結果に影響を与える』と司令部からは判断されてしまっていることを示しているからだ。
議長たちは、『我々も本気であることを示さねば交渉にもならない』と賢しげに理由を説明していたが、あれは裏を返せば『艦隊だけ派遣しても本気だと示せない程度の戦力』という評価を味方の艦隊に下していることを意味するものにも成り得るのだ。
現場の艦隊司令たちとしては、自分たち一般兵士たちによるザフト軍よりも、特別機を与えられた一部の少年パイロットたちと、彼らの母艦である新型戦艦一隻の方が頼りになると言われているようなものだ。
彼らとしては、『それでは我々軍人はいったい何のためにいるのか?』と、つい考えてしまう。
そういう思いを懐かされる存在なのだ。英雄艦ミネルバと、その直援機である新型のワンオフMSを与えられた少年たちは・・・・・・。
「当艦は援軍として、司令の指揮下に入ります。どうぞご自由にお使い下さい」
『助かる。ではミネルバは左翼にポジションを取り、クリート隊を支援してやってくれ。追い詰められて自棄になったらしい敵部隊に苦戦していると先ほど連絡があった』
「了解しました。すぐ支援に向かいます。――アーサー!
取舵10、機関減速、着水用意。最前線でなくとも、この艦だけ飛んでいれば狙い撃ちされかねないわ。急いで!!」
「は、ハッ!!」
命令を受けて、慌てて指示を実行しに行く副長の声に、好ましげな笑顔で敬礼を返しながら画面から上官が姿を消すと、
「・・・・・・はぁ」
タリアは椅子に深く座り直しながら、疲れたように溜息を吐く。
咄嗟に自分たちが置かれている現在の立場と状況について、他人から見ればどう思われるかについて考えつくことが出来たのは、ただの幸運だったとは言え助かったことだけは事実でもあったようだ。
「・・・あまり歓迎されていないようですね、本艦は。
まぁ、嫌われている訳でもなさそうでしたけど・・・・・・」
指示を実行し終えたらしいアーサーが戻ってきて、いつも通りの小心そうな表情のまま臆病そうな声音で感想を口にする。
彼は彼で開戦当初から、頼りない言動などの表面的な部分は些かも代わり映えしたようには見えないが、仕事の速さと正確さは比べものにならないほど熟練した副長へと成長を果たしている。
これも戦争が続いて、ゴール地点を未だ見いだせていない故の結果かと思えば複雑な気持ちになるが、と言って弱いままで許される情勢下に至れてないのも事実ではある。
「当然の反応でしょうね。私たちの艦は、あまりにも今まで目立ちすぎてしまった。
先の大戦で戦果を上げてた頃の“アークエンジェル”も、連合軍内部からは良い扱いを受けられなかったという話もあるしね。私たちも気をつけなければ、明日は我が身かもしれない。
そうならない為、あなたも社交辞令の一つも覚えるよう努力しなさい、アーサー」
「お、脅かさないで下さいよ艦長・・・私にそんな、社交辞令とかやれって言われたってその・・・わ、私はほら、軍人ですから・・・・・・」
冗談めかしていった言葉に、本気で怯えを感じさせられたらしくアーサーは目に見えてビクついて、誰に対して言っているのか言い訳じみた言い分を、どこかの誰かに向かって主張し始める。
その姿に苦笑しながらタリア自身も、出来ればそんな事やらないでいられる純粋な軍人のままでいられたらいいなと、素直にそう思っているのが本心でもあった。
昔の自分なら絶対に先のような言葉は言わなかっただろうし、艦隊司令に対してウソは吐かないまでも「お世辞」が混じった褒め言葉で機嫌をとるような行為とも無縁でいられた。
・・・だが現在の情勢は、何時まで今のままの自分で居続けるのを許してくれるだろうか・・・?
地位が上がり、周囲からの評判が良くなっていくにつれ、段々と自分が自分らしい発言や行動をとることを、自分自身で制限するようになっている自分を自覚して、タリア・グラディスは僅かな時間、愕然とさせられる。
開戦当初は、若い美人の艦長が議長との情事で得た地位と陰口をたたかれ、主要クルーの大半は士官学校を出たばかりで実戦経験のない新米兵士ばかりだったミネルバが、今ではザフト軍全体のなかでも死闘の経験と激戦を潜り抜けてきた回数において肩を並べられる者を数えた方が早くなってしまっている。
歴戦の古参戦艦として勇名を馳せる立場に、今日ではなっているのだ。
まだ何年も過ぎた訳でもないと言うのに、ずいぶん遠いところまで来てしまった・・・・・・そんな気までしてくる程に。
(・・・・・・一体どうして私たちは、こんな所まで来てしまったのかしらね・・・?)
ふと、そんな事まで思ってしまう。
かつてオーブ代表のお姫様に対して、単純さだけでは国は治まらないと、遠慮なく気楽に無責任に論評していた頃のことを思い出して小さく苦笑してしまった――その時だった。
「艦長! レーダーが新手と思しきモビルスーツ隊を感知しました! オノゴロ島の部隊を支援するため真っ直ぐ向かっていると思われますッ!」
「今ごろ新しい敵!? 位置はッ! どこから発進した部隊なのッ?」
「オーブから提供されていた地図によれば《アカツキ島》と表記されている小島の付近からです、数は十数機ほど。我が軍が《Sー0戦区》と名付けて区分した一角から現れたものと思われます」
おそらくは、島の地下に造られていた基地施設から発した部隊だ。オーブには国を構成している各島々の地下に、衛星から探知されにくい地下ドックや出撃拠点を多く築いているという話は先の大戦時代からザフト軍の間でも噂になっていた。
むしろ地上部分の施設より中枢部は地下にあると見られており、ザフトの航空戦力による攻撃が致命傷になりえない理由にもなっている部分だ。
それは解る。だが問題なのは、なぜ今になって出撃してきたかということだ。
事実上の勝敗は既に決しており、決着までに時間がかかりはしても今からの挽回は不可能に近い。
不利になった戦況を変えるためには、敵の頭である大将を潰すしかないが、敵部隊が向かっているのはオノゴロ本島で、司令官が座乗している潜水艦とは真逆の方向だ。
あるいは、司令官が替わることで味方が踏みとどまり、体勢を立て直させた例も戦史上には実在しているが、それが可能な将が今のオーブ軍にいたのだろうか?
「・・・・・・まさか―――」
イヤな予感に襲われて、彼女はブリッジから遠すぎて見ることは叶わないオノゴロ島のオーブ軍国防本部がある方向を睨みつける。
――子供らしい単純な性格をしていて、気持ちだけは真っ直ぐだが、それでは国が治まらないからこそ、一度は母国を棄てて逃げ出したと思しき人物。
だが今ならば―――大人らしく賢しい性格をして、気持ちが歪んでいて言ってることがコロコロ変わり、そんな奴らが取って代わっても結局は国が治まられなかったという生きた証拠が示されてしまっている、今この時のオーブ連合首長国という状況ならば。
彼女はむしろ、前任者と違って《真に理想的な指導者だった》というイメージ補正を得て歓呼の声で迎えられ、一瞬にして政権の最奪取と軍からの全面的な支持を同時に得ることが可能になるのではないだろうか――?
果たして、敵であるザフト軍の艦長が気付かされた危険な可能性は、オーブ本島のオノゴロ島にある国防本部において現実の光景として実演されようとしていた。
ただし、いながらにして事態を形成される理由まで推察しきった敵将と違って、味方の将は事態が起きることまでは理解しつつも、それが起きるのに必要となる条件までは理解せぬまま、“オーブ国を”救うために舞い降りてきた黄金の大鷲から伝えられた一報によって、混乱と困惑と期待に覆い尽くされた状況に陥っていた。
見たことのない、だが登録はされていた黄金の味方機から彼らは告げられる。
『私はウズミ・ナラ・アスハの子、カガリ・ユラ・アスハ。国防本部、聞こえるかッ!?』
「――ッ!! カガリさま!?」
その声を聞かされた途端、司令室を電流のような驚きと衝撃が走り抜けた。
セイラン家との結婚式場からフリーダムによって浚われて以来、国に残る者にとっては初めて聞くことが出来た無事に健在だった先々代国家元首の娘の声に、現在の元首へ不平不満を高め続けてきていた兵たちが色めき立つ。
一方で、顔色を悪くして舌打ちする者までいたのが、司令室背後の壁際に並んで整列したまま微動だにせず、部屋全体を監視し続けていたセイラン家が擁する私兵部隊のメンバーたちだった。
同じオーブ人であっても、荒事を得意として高給を食む彼らのような人種にとって、先々代の元首も娘も戻ってきたのを歓迎してやる理由は些かもない疫病神でしかない存在。
だが現状における司令室内で、自分たちが圧倒的少数派になってしまった事だけは事実として認めざるを得ない。認めなければ袋叩きにあって私刑に処されてしまう末路が待つのみである事ぐらい、言われずとも解る経験を持った連中だからだ。
(・・・・・・潮時だな)
私兵部隊の隊長は、サングラスに隠された目の奥で、そう判断した。
もはやオーブの陥落は免れないだろうし、仮に免れたとしてもユウナたちセイラン家の居場所は刑務所の中しかない。
本来の国家代表であるカガリが戻ってきてしまい、ユウナたちが戦時下の指導者としては無能であることを曝け出してしまった現状において、国民や軍がカガリよりもユウナたちの方が「マシだ」と思って支持してくれる可能性は天文学的だろう。
金勘定においては決して無能な者たちではなかったと思っているが、戦争状態に陥った国の国民たちが指導者に求めるのは、力強さであって金儲けの才ではないことを、彼は自分たち自身の職業的によく理解している男でもあったのだ。
とは言え、ユウナたちに此処で死なれてもらっても困る。見捨てる気もない。
自分たちのような者を必要とする雇い主で、金の成る木でもあるお坊ちゃん。
他に国がなく、戦後はプラントの世になることが確定しているなら別として、世界にはまだ奴らと敵対している別の勢力が残っており、彼らにとってユウナたちセイラン家の存在はまだ必要なはず・・・・・・そのおこぼれに預かるぐらいの特権は自分たち程度の社会的弱者にも許されてよかろう・・・・・・。
そう思い、他の者に気付かれぬよう一歩前に出てユウナの傍らに近付き、唇を寄せ――
「――ユウナ様。お父君様から先ほど連絡をいただきました。急ぎシャトルへ向かいますので脱出のご準備を――」
「か、カガリぃぃ~~~~ッ☆☆」
だが、部下からのそんな気遣いに気付く素振りすら一切見せることなく、ユウナ・ロマ・セイランは花を周囲に舞い散らせる幻覚でも纏わせたかのような足取りで画面に向かって、スキップしながら猛スピードで走っていってしまい、私兵部隊の隊長はあまりの光景に思考が停止してしまって呆然としたまま後ろ姿を見送るだけのマヌケ面を晒す羽目になってしまったのだった。
『突然のことで、真偽を問われるかもしれないが、指揮官と話がしたい。どうか――』
「カガリぃッ! 来てくれたんだね、ボクの大事なマイハニ~♡
ありがとう、ボクの女神! 指揮官はボク! ボクだよォ! キミの婚約者で、お父様からキミを託されたユウナ・ロマ・セイランはここにいるよォ~~♡♡」
「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」
そのあまりにも速すぎる変わり身の素早さに、私兵部隊の隊長だけでなく、室内にいた他のオーブ正規軍の軍人たちでさえ残らず唖然として絶句させられるしかない。
この時ばかりは、前線から途切れることなく続いていた戦況報告を完全に聞き流してしまって、誰一人報告の重要性を思い出すものがいなかったとしても、臨時指揮官だったソガ一佐は怒ろうという気には今も後になってからも、なる事ができなかった。
自分自身が、それらの人々を構成していた一人だったからである。
しばらく呆然として、数瞬前まで自分の傍らに立って命令になっていない命令か、朝令暮改を一日のうちに何度も行うような愚鈍すぎる無能さを披露しているだけだった男が、いきなり人が変わったように機敏な動きと判断の速さで掌を返して見せたのだから、誰だって少しぐらい茫然自失してしまっても罰までは当たらないだろうと信じたい程に。
――今は亡きトダカ一佐からはユウナが、ダーダネスにおいてカガリが乗る《ストライク・ルージュ》を認めながら、「あれは偽物だ」と言い張っていたと聞かされていたのだが・・・・・・。
この男は、自分が愛するマイハニーとやらを殺すよう部下に命じた己の過去さえ覚えておく事ができないのだろうか?
「今思えば何故、あの厚顔無恥な手の平返しと図々しい詭弁家っぷりを、プラントから要求を受けた時に発揮できなかったのか・・・」
後にソガ一佐は、この時の事を思い出して述懐する事になる。
だが今はまだその時には至っておらず、この時の出来事を「過去」として思い出せるようになるためには「今」が「過去」になった未来まで生き残れるため、やるべき事が現時点でも多数あるのだ。
その中で最も重要なものの一つ。
それが―――信頼できる証言による『無実の証明』と、第三者による『身元確認』
そして、『犯人自身からの自白』という三つである。
『・・・・・・ユウナ、私を本物と―――オーブ連合首長国代表首長、カガリ・ユラ・アスハと認めてくれるのか?』
いささか、わざとらしい程にこやかに、優しい口調でカガリが問う。念を押す。
ユウナがかつてダーダネスで、カガリが乗る《ストライク・ルージュ》を認めながら、「あれは偽物だ」と言い張ったことについて確認していることは、その時の一件について知っている者なら誰でも分かる。
「もちろん! もちろんだよ! ああ、もちろんだとも!! ボクにはちゃぁんと分かっているよマイハニーぃッ♡♡」
その質問に対して、ユウナは嬉々とした猫なで声で全面肯定を返す。返してしまう。
無論ユウナとて、健忘症の患者でもなければ、若年性の痴呆症にかかっていた訳でもない以上は、当然の事として自分がカガリが乗る《ルージュ》にしてしまった事ぐらい覚えている。忘れられるはずもない。
むしろ、この場にいる中で最も当時のことを忘れることが出来なかったのはユウナだったろう。
特に―――自分が殺すよう命じてしまった相手に助けてもらおうと縋り付いている身としては絶対に、忘れたくても忘れられない過去の記憶がそれなのだから当然のことだった。
下手をすれば、国は助けるが自分は復讐されて処刑されかねない。そういう立場に今のユウナは追い詰められているのである。
だから最大限カガリのご機嫌は取りたいし、耳障りのいい言葉だけを口にして、不快な思いをさせるような言葉や話題を一切彼女の耳に入れたくない。――そう思っていた。
ユウナとて、あの時の件については悪かったと思ってはいるのだ。謝罪して許しを請うべき立場であることも重々承知している。
だが今は“そういう話をする時ではない”だろう。
今はザフト軍の脅威から母国を守り抜くことこそ急務であり、その為には新旧のオーブ政権が力を合わせて外敵から国を守り抜く姿勢を示すことが統治者としての務めであり、国内で指導者同士の意見が割れて対立しているどという弱味を部下たちの前で示すべきではない。
そう考えたからこそ、自ら率先して勇躍して、カガリの前に飛び出して通信機をひったくり、直接カガリとの友好関係を大々的にアピールして部下たちの前で見せつけたのである。
正論ではあろう。この時の理屈に限らずユウナの言ってることは基本的には正しいものの方が圧倒的に多かったのが、この青年の特徴の一つだ。
だが仮に、ユウナの言っていることが正しく真実で、彼自身が嘘偽りなく自分の言葉の正当性を信じて言っていたものだったと証明できたとしても。
・・・・・・彼の理屈が正しいことで得をするのが『自分たちばかり』で、損する役を押しつけられるのが他人ばかりという状況が続けば、彼の信じる正しさの中身がなんであるか。
分からないままの者は、流石に誰もいなくなる。
ただ一人、それを分からないまま、信じ続けていることが最も都合よく利益に直結しているユウナだけを除いた全員が。
そのユウナが、自ら信じる正しい行動のため、正論を実行するため、カガリの主張を浮き浮きした口調で認め。
オーブ宰相の息子としてオーブ軍最高司令官の権限でもって、彼はソガたち部下一同の前で大声で保証する。してしまった。
「彼女はホンモノだ!! 本物のカガリ・ユラ・アスハ本人で間違いないよ!!!
そう断言した事によって、ユウナは―――国家反逆罪を犯して国を乗っ取っていた政治犯が自分たちだった事実をも、カガリの素性とともに自ら保証してしまう事になる。
当然の判決だろう。
国家元首であるカガリの死去を、婚約者であり宰相の息子が確認したからこそ公表され、カガリの婚約者だった彼と議会のトップだった父親が臨時代行としてオーブ国の最高権力を委譲されることが公的に認められていたのだから、それが生きていたとなれば簒奪以外の何物でもない。
仮にダーダネスで偽物だと保証したカガリは本当に偽物だと思っていて、今の通信相手であるカガリだけが本物だと確信していたからこその発言だったと強弁したとしても。
代表が生存していた事実を確信しながら、代表は死んだと国民たちに嘘をついて国政を壟断してきた一件はダーダネスとは別問題として、一体どのような理屈で言い逃れするつもりでいたのだろう?
その計画性のなさと、近視眼的な見通しの甘さ。
今の自分にとって都合の良さそうに見えるものを見つけると、すぐ飛びついてしまって心の底から正しさを信じ込んでしまえる性格によって、彼自身が報いを受けさせられる日がついに訪れる。
『ならばその権限において――オーブ連合首長国国家代表首長の権限によって命ずる。
オーブ軍の将兵たちよ! ただちにユウナ・ロマ・セイランを国家反逆罪で逮捕、拘束せよ!!』
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・へっ?」
その命令に対して、先ほどとは打って変わってユウナの反応は鈍く、そして遅く。
変わって、先ほどは出遅れてしまったソガ一佐の方が今度ばかりは素早く反応して、命令の遂行という『大義名分』を得たことから遠慮容赦なく私怨も晴らせる懲罰の一撃をユウナの顔面に叩きつける!!
「命令により、拘束させていただきます!!」
「・・・・・・へ?え? ちょ、ちょっと待―――へぶひぶばァッ!?」
言うが早いが拳をユウナのニヤけ笑いを浮かべていた顔面にめり込ませ、部屋の端まで殴り飛ばす。
ついでとして、セイラン家の取り巻きだった私兵部隊も拘束しようと視線を向けたが既にそこには黒服たちの不気味な姿はなく、落ち目になった飼い主を見捨てて自分たちだけ逃げ出したものと判断してソガは小さく舌を打つ。
「チッ! 主と同じで変わり身だけは素早い奴らが・・・っ」
『ユウナからウナトたちがいる現在地を聞き出せ! 行政府にも人をやれ!
それと全軍にも聞こえるよう回線を開くんだ! オーブ全軍は、コレより私の指揮下に入ってもらう! この決定に対して異存はあるか!? ソガ一佐!!』
「ハッ! 我らオーブ軍一同、正当なるオーブの国家元首の指示に従うことに、何の異存もございません!! カガリ様、どうかご命令を!!」
カガリからの怒鳴るような反問に対して、司令室にいたユウナ以外の全員が席を立って敬礼で応じた。
先の大戦以降数年ぶりに、オーブ全軍がカガリの指揮下に戻った瞬間だった。
そして――これによって、儀式は完全な形で完成を見る。
たとえ簒奪者であろうと、現在までオーブを政治面から守り続けて統治していたのはセイラン家であって、誰の許可も得ず後釜も用意することなく職務を投げ出し家出をしていたカガリには、開戦以降は政治家としてオーブの国にも国民にも何らの貢献も成していた訳でもない。
また、ダーダネスで派遣軍が半壊させられたオーブ艦隊を、早急に再建したのもセイラン家で、その時に補充された将兵たちは必ずしもカガリとの縁や知識が深い者たちばかりではないはずで、そういった者たちからすればカガリのやっていることは先任者が、力ずくで自分が持っていた地位と権力を取り戻すため舞い戻る、所謂『軍事クーデター』なのだ。それ以外の何物でもない。
ユウナたち、今日までオーブを支えてきた指導者一族セイラン家をいきなり放逐して、勝手に国を捨てて出て行ってしまった立場の国家元首が戦闘のドサクサに紛れて復権を成し遂げるというのは、火事場泥棒に近いものがある。
だからこそ、大勢の人々が見ている前で、誰が正しく、誰が間違っていて、正当性があるのがどちらかで、卑怯な簒奪者でしかなかったのが誰であったかを印象づけるためのイメージ作戦をやる必要があったのである。
(これでは道化だな・・・・・・)
カガリとしても内心で、そう思わないわけではない。
だが、短時間でオーブ軍をまとめ上げ、政権移行を可能にするには儀式が必要だった。今はとにかく時間がなかった。
自分に非があり、罪があるなら後日、オーブ国の法によって裁かれよう。
その為にもまず、オーブ国の法で裁かれることができる明日を守るため、今日オーブ国が滅ぼされてしまうことだけは何としても避けねばならない!!
『残存のアストレイ隊はタケミカヅチに集結しろ! ムラサメの2個小隊を、その上空援護に!!
そして、それらと同時並行してザフト軍に通達し続けるんだ!
“我が国は貴国の要請を全面的に受け入れ、ユウナ・ロマ・セイランとウナト・エマ・セイランを引き渡しに応じる用意がある”と。
“ウナトの身柄拘束には捜索のため今少し時間がかかるが、息子のユウナだけなら即座に引き渡すことが可能である”と。
“我がオーブ連合首長国はロゴスを支持せず同盟を破棄する”と。
そうザフト軍に通達して、彼らからオーブを攻めるための大義名分を奪い取るんだ!!急げッ!! 大至急だ!!
オーブの国を、民たちを、国土を守るんだ!! どうかみんな、私に力をぉぉ――ッ!!』
この軍司令部の一室だけで発生し、オーブ国全体の旗色まで返させてしまった突然すぎる政変は、当然ながらオーブを取り囲むように配置されているザフト軍艦隊よりも更に外側から密かに接近して、オーブ近海で進軍を停止させていたセレニア率いる地球連合からの援軍艦隊には知るよしもなく確認しようもない、遙か遠くにある海の向こうの出来事だった。
だが持ち前の、事態が変化する理由を洞察する能力に長けていた連合軍司令セレニアは、カガリがザフト艦隊との停戦に向けて選び取った選択肢に対し。
相手が顔を引きつらされた、オーブ国にとっては最悪すぎる声明を、オーブへの援軍として派遣されてきた地球連合軍の司令官としての権限によって発表することになる。
「我が地球軍艦隊は、セイラン政権からの要請によってオーブへの援軍として派遣されたものである。
我々は、軍事クーデターという非合法手段によってオーブの支配権を力ずくで簒奪した、クーデター政権を決して認めない。
何故ならクーデター政権は、カガリ・ユラ・アスハを名乗る“売国奴”によって簒奪された偽りの政権であることは誰の目にも明らかである。
我々は、些かも遠征の目的を見失ってはいない。
それはオーブ国民の総意によって誕生したセイラン政権を正統なるオーブ政府として遇し、偽物のカガリ代表を僭称するクーデター政権を協力して打倒し、オーブ国セイラン政権を再興することによって証明されるであろう。
我が軍はこれより、クーデター軍に捕らわれたと見られるウナト・エマ・セイラン氏と、ユウナ・ロマ・セイラン氏救出のための作戦を開始する。
繰り返す。
我が地球連合軍は、オーブ国を不当に占拠した偽物のカガリ代表率いるクーデター政権を認めない! テロリストたちよ、速やかにお二方を解放して降伏せよ。無駄死にはするな」
こうしてオーブを巡る攻防戦は、まだ終われない継戦の道を選ばせられることになる―――。
つづく