最高の性能を生まれ持ったスーパーコーディネイター、キラ・ヤマトは、アスラン・ザラやカガリ・ユラ・アスハと同じく、この時代に活躍した軍事的英雄の中でも評価が賛否分かれる人物の一人である。
その彼が一度はザフト軍のシン・アスカに敗れて後、初めて「会戦」と名のつく戦場に姿を現したのがザフト軍によるオーブ攻撃作戦だったことは、彼の代名詞とも呼ぶべき愛機《フリーダム》の後継機の超性能で叩き出した戦果とともに、後世の人々には知らぬ者のいない有名な話として知られている。
だが実のところ、『地球連合軍にとってのキラ・ヤマト』に対する認識は意外なほど高くない。
これは『平和の歌姫』ラクス・クラインや『スーパーコーディネイター』キラ・ヤマトといった存在を神聖視する者たちからは故意に無視されているが、おそらく事実だろう。
そのことを示す資料として、第三次オーブ海戦に先立ち連合軍から派遣された援軍艦隊の旗艦において、司令官セレニアと盟主ロード・ジブリールの間で交わされたとされるやり取りが今日に伝わっている。
そのやり取りは、この様な下りから始まっている――
「では、そのように作戦を進めて宜しいのですね? ジブリールさん」
「ああ、任せる。フフフ・・・キミの知謀に、私が持つ力を与えればコーディネイターごときなど――と言ったところかな? セレニア君」
ワイングラスを掲げながら上司から言われた“お褒めの言葉”に、セレニアは「そうでしょうね」と適当な相槌だけ打って背を向けて、空になった相手の器に注ぐためキャビネットを物色するのに集中している“フリ”をして愛想のなさを誤魔化していた。
もともと彼女の価値観では、二つの異なる勢力が対立する状態にあるとき、片方の勢力が相反する陣営に抱かされた悪感情や悪評といったものは、相手側からも自分たちに向けて同じようなことを思われ、同じような『悪口』を言い合っているものだと考えている皮肉屋な性格の持ち主でもある。
ジブリールが放った先の発言も、今までの以前か以後にザフトの誰かが『固有名詞だけを変えて』自分たちへの罵り言葉として使ってたことがあるのではないか、と思っていたのだが・・・・・・わざわざ上司の精神で一番過敏な部分を『敵との平等性』を主張するため刺激してやる義理をセレニアは感じなかった。
代わって彼女が口にしたのは、別の案件のことである。
「今回の作戦がある程度でも成功を収められれば、敵味方の区別は今少しハッキリして見分けやすくなると思われます。
それに・・・・・・もし“彼”が死んでいなければ、この戦いで出てこざるをえなくなるでしょう。今後の展開もそれ次第と言うところでしょうかねぇ・・・」
「・・・? “彼”とは、いったい何者のことを指しているのかね? セレニア君。勿体ぶらずに教えてくれたまえ」
不機嫌と言うほどではなくとも、口をやや不満そうな形にして問うてきた上司に対してセレニアは肩をすくめながら、その人物の名前だけを告げておく。
「《キラ・ヤマト》ですよ。覚えておられませんか?」
「きら・・・やまと・・・・・・?」
オウム返しに言われた名前を繰り返したジブリールの声と口調は、悪意的なものではなかったが特に好意がこもっているわけでもなく、ただ純粋に「誰の名前だったか?」と分からずに首をかしげているだけのようだった。
そんな上司の鈍い反応を見せつけられたセレニアは、だが相手を無能だとか罵る気持ちが沸いてくることはなかった。むしろ普通の反応か、と納得する思いの方が強かったようだ。
しばらく待って、相手が思い出せないようなら説明を付け加えるつもりでいたが、幸運にもその必要はなかったらしい。
首をかしげていたジブリールは、やがて「ああ、そう言えば」と呟くと顔を上げ、
「たしか、《Xー105ストライク》に偶然乗り合わせてパイロットになっていたオーブのコーディネイターが、そのような名前だったはずだな。
アズラエルの愚か者が生きていた頃に、連合の主導権を握るに当たって目障りな障害になる現地徴用兵がいると、グチとして聞かされねばならず不快だったので覚えている」
そう言って、答えを思い出して尚も不思議そうに首をかしげるだけで危機感を抱かされることがない。
それが今次大戦における地球連合軍の中での『キラ・ヤマト』に対する、圧倒的多数派から向けられていた認識であり評価だった。
・・・・・・後世を生きる人々や、すべての事象をリアルタイムで俯瞰して把握できる目を持つ超越者から見れば、些か意外に思える話だったが・・・・・・連合軍における《キラ・ヤマト》の存在は先の大戦の途中でMIAと認定された時点で停止している。
彼らの公式記録に基づくなら、《キラ・ヤマト“永久中尉”》は、オーブ近海の小島における戦闘でザフト軍クルーゼ隊に奪取されていた4機のXナンバーの1機である《X-303イージス》と交戦。追い詰められた敵機の自爆に巻き込まれ、連合軍本部アラスカ到着目前にて行方不明。
戦闘中行方不明――MIAと認定。名誉の戦死として昇進。
・・・・・・そこで終わっているのだ。その先はない。
オーブ攻略戦の際、突如現れてオーブ軍に味方した《フリーダム》は『ザフト軍の新型モビルスーツ』であり、今次大戦で幾度も連合軍とオーブ同盟軍の前に立ちはだかり敵味方関係なく攻撃してきた謎の機体のパイロットが誰なのかも、連合軍はまったく把握していないまま今日まで戦闘を継続してきていた。
現にデュランダルと違ってジブリールは、ラクス・クラインの名を口にすることはあってもキラ・ヤマトの名を語ったことは一度もなく、彼が語るラクス・クラインはミーア・キャンベルのことであって、キラと行動を共にしている平和の歌姫のことではなかった。
当然のこととして、オーブ近海の戦闘中に行方不明となった連合の現地徴用兵が、負傷の身をプラントへと移送され、平和の歌姫ラクス・クラインに匿われ、当時のザラ議長が極秘裏に開発させていた秘匿兵器を譲渡されてパイロットになった機体がフリーダムだった・・・・・・などという荒唐無稽な話を彼らが信じるはずもなく、そもそも聞いたことすらない物語なのが大半というのが連合軍におけるキラ・ヤマトへの認識だったのだ。
だからジブリールが知らないのも無理はなかったのだ。
セレニア自身とて、彼の存命とフリーダムとを結びつけて知ることが出来たのは単なる偶然に過ぎなかったぐらいなのだから――
「実は先日、過去の戦闘データを検証していて気になる操縦パターンの類似例を見つけましてね。確認を指示していた調査結果がようやく届きまして。
――《Xー105ストライク》のパイロットで、ストライク・ダガーなどに搭載されているOSのベースになっている戦闘データを叩き出していたコーディネイターの少年で、アークエンジェル所属のパイロットだったキラ・ヤマトこそが、黒海やインド洋で私たちを攻撃してきた謎の機体を操るパイロットのようでしてね。
前大戦ではオーブ残党軍とともに、我が軍の邪魔をしにきた機体に乗ってたのが彼である以上、今回もまた母国の危機を救うため出しゃばってくる可能性は大きいかと」
「なんだとッ!?」
ガタッと音を立てながら椅子から立ち上がり、微笑みから激変した険しい表情で憎々しげに過去の亡霊を睨みつける彼に対して、セレニアは面倒ごとを避けるためにも鎮静剤となるべき言葉の薬を投与する。
「ご安心を、ジブリールさん。彼が出てくる可能性が高いからこそ、今回の作戦は成立する算段が出来たわけですから織り込み済みの参戦です。
巣穴を突かれ、慌てて出てくる間抜けなコーディネイターの醜態ぶりを、特等席でごゆっくり見物してくださいませ」
その“お世辞”で上司の機嫌をアッサリ持ち直させてから、オーブへの援軍派兵は本格的に開始された。
味方部隊と救援相手である同盟国、そして通信を傍受した敵であるザフト軍に知らされていた《表向きのオペレーション・ブルーコスモス》とは別の《真のオペレーション・ブルーコスモス》は、この時になって初めて本格的に始まっていたのだ・・・・・・。
その真の作戦を実行するため、オーブ海まで出張ってきていたセレニアたち連合からの援軍艦隊は今、オーブ内で発生した政変によって些かの混乱が発生しつつなっていた。
「ザフト軍が戦闘を停止させ、一時後退しただと!? この体制下の中、この戦力差で攻めている最中にか!?」
連合軍艦隊本来の提督であるダーレスは、部下からの報告に驚愕の声を上げさせられる。
オーブを包囲下においているザフト軍艦隊より、更に外周に到達したばかりの地球軍艦隊からの距離ではオーブ内の現状は分かりようがなかったが、オーブを包囲しているザフト軍の動きだけなら、先行している少数の艦隊と自分たちが得られる情報とで最低限分からなくもない。
それらで得られた情報を集約して、総合的に判断して導き出された結論が先に放ったターレスの叫び声だったのだ。
「おかしいですね・・・・・・」
そんな本来の司令の戸惑いに応えるようにして、いつかと同じような位置に座って、同じような立場に立っている以前の時とは異なる人物から同じような発言を聞かされたとき。
ダーレスは思わず険しい目つきと表情になって、招かれざる客人を顧みる。・・・・・・あの時と同じく、また無理難題を吹っかけてくるのかと本能的に警戒させられたのだが、当時とは別の他人は当時とは別の反応をして言葉を続ける。
「まだ落とせないだけならともかく、一時だけでもザフト軍を後退に追い込むのは、今のオーブ軍だと無理なはずです。まして戦闘を停止させれる条件なんて現オーブ政府に出せるはずもない。
――よほどの異常事態でも起きない限りは絶対に。何か大きな変化がオーブ軍に起きたと見るのが妥当でしょう」
「・・・・・・分かりました、早急に調べさせます」
「お願いします」
短いやり取りの後、調査の方は現場に任せるしかないセレニアは椅子に座り直して腕を組み、自分なりに現在の状況が起きうる可能性について頭の中で幾つかのシミュレーションを開始させる。
――今のオーブ軍の中に、これだけの変化をもたらせる可能性を持った人材はいない。
優秀な指揮官や士官はいるが、軍人は政治に口出しすべきではないとする領分を守りすぎてしまって、上が腐っている時には体制維持の道具にしかなりようがない者たちばかりなのが彼らの限界になっているからだ。
軍人としては敬意に値する生き方ではあるが、政治が正常に機能していることを前提とする道でもある。
それでいてオーブの軍人たち自身は、自分たちの制度を守り抜いた結果としての亡国という結末を覚悟している訳でもないところが彼らの半端さを示している部分にもなっていた。
どちらの道を貫いた結果にも覚悟が持てぬまま諦め悪く、誰かが来てくれるのを待ち続けるだけしか出来ないところがオーブ軍人たちの弱点なのである。
そんな彼らに、政変レベルの変革でもない限りは不可能な状況を作り出す力はない。
無論のことセイラン家や、彼らに金で買われた取り巻きの閣僚たちに出来ることでもないだろう。
とすればオーブという国の性質上、こんなことが可能にできる資格を持った人間がいるとするなら――
「・・・・・・チッ、そうか。カガリ・ユラ・アスハ・・・・・・彼女がいましたか。
彼女がザフト軍に包囲されるより先に、オーブ本国内の近くに潜伏できていたのか・・・」
珍しく表情を歪めて舌打ちし、セレニアは自らの計算ミスを率直に認めざるをえない。
失念していた訳ではなかったが、重要人物でありながら無意識に軽視してしまっていた己の近視眼を思い知らされずにはいられなかった。
と言うのも、カガリ・ユラ・アスハの公的な地位身分は、代表の地位を放り捨てて家出をしていた今になって尚、オーブ連合首長国の正式な代表のままだったからだ。
ユウナ・ロマ・セイランとの結婚式場から“誘拐された”という家出の仕方が、それを可能にしていた。
“結婚式の途中で誘拐された”のがカガリなのだ。
まだユウナとセイラン家は、オーブ代表の夫にも代表一族にも加わることが出来ていないままなのである。
法的には、ユウナは『カガリ代表の婚約者』であるに過ぎず、ウナトとともにカガリ政権を支えるブレーンの一人に過ぎず、閣僚たちの筆頭として非常事態という名目のもとオーブの政治を牛耳ってきた。・・・・・・それだけの地位に過ぎないのが公的身分としてのユウナたちセイラン家だった。
だからユウナは今尚、『ユウナ・ロマ・セイラン』なのだ。『ユウナ・ロマ・アスハ』にはなれていない。
もし仮にカガリが、ユウナと正式に婚姻が結ばれた後に浚われていたなら、ユウナは国家代表の夫として不在となった妻の代理を果たしても問題は少なかったであろうが、『国家代表を結婚式の場からモビルスーツで強襲して浚っていく凶悪なテロリスト』に誘拐されたまま帰国していないことを『国の代表としての無責任だ!』などと責任追及して資格を剥奪するわけにもいかなかったのだ。
そのため、カガリが今さら母国に舞い戻り、父親の名前なり国家代表の地位を振りかざして国軍を指揮下に置いたとしても、法的には特に問題が発生しようがなかった。
一般市民と違ってオーブ軍兵士たちの多くは、彼女が家出した経緯をある程度は知っている者が多いようでもあるので、整合性をとるための茶番ぐらいは儀式として必要かも知れないが・・・・・・それさえやってしまえば、主の留守を守っていただけのセイラン家には何の価値もなくなるしかない。
どこまで行ってもセイラン家は、アスハ家の家臣筋でしかなく。
ロゴスと同盟し続けるセイラン家の確保を名分として掲げているザフト軍には、それを引き渡すと言われてしまえば攻撃を続行できる理由こそ無くなってしまう。
「司令、状況が判明しました。敵も混乱しているようで通信は入り乱れておりますが、どうやらオーブから何らかの提案がなされ、それを受けたデュランダルが一時戦闘停止命令を全軍に発したとのことで――」
「・・・マズいですね。このままだとコッチの予定より早く、コッチの予想より悪い形でオーブが勝ってしまいかねない・・・」
「はあ・・・?」
相手が言っていることの意味が分からず、ターレスは首をひねったがセレニアにとってはそれどころではなく、自らの思考に没頭して相手の顔も見てはいなかった。
戦略状況だけ見れば、オーブから撤退する事態は大して問題はない。もともと“ついでの援軍”でしかなかったのだから、確保に失敗しても致命傷になるほどではなく、有れば有難いが無いなら無いで補填は効く。
だが“ついで”だからこそ、本命の方がまだ完全になっていない時点で終結されるのはマズかった。
今回の隠し球とも呼ぶべきデストロイ部隊の到着予定時刻には間があったが、今のままではオーブ軍とザフト軍の双方を同時に相手取る羽目になりかねない。
どう取り繕おうとデュランダルの本音が、オーブ潰しであることは今までの流れから見て明らかで、今回の派兵でも名目上は戦闘停止を命じざるをえないだろうが口実さえあれば戦闘を再開したがっているのが実情だろう。
「・・・・・・やむを得ませんね。数も体勢も揃っていない状態で攻めるのは好みじゃ全くないですけど、今のまま放置すると更に不利な状況になりかねません。デストロイ部隊到着までの時間を稼ぎます。
通信士官! オーブに向けて至急の声明発表をッ。内容はこうです―――」
「では、ユウナの方は確保したが、ウナトはその避難通路を使ってシャトルに?」
VIP用の個室に設えられたモニターの中から、デュランダルの鋭い視線がセントヘレズ発令所の司令官に注がれ、相手はことさらに恐縮した体で、それに答える。
『は、ハッ! 確証はありませんし虚偽の可能性もありますが、オーブの新政権はそう申しております!!』
艦隊司令が座乗するセントヘレズは、まだオーブ近海の戦場にあったが、失脚したセイラン家に代わってオーブの新政権首班へと復権を果たしたカガリ・ユラ・アスハからプラント評議国へと正式に申し出られた提案を、艦隊司令の役目を任じられていた彼には議長閣下の裁断を仰ぐため報告する義務が当然あったのだ。
当たり前のことだが、一主権国家の代表から他国の主権者へと正式に申し込まれた要請は外交問題であり、現場の司令ごときが判断していいレベルの問題ではない。
そんな問題を現場の独断で判断しようとはせず、たとえ戦闘中であっても自国の主権者へと報告して判断を仰ぐのは軍人の義務であり、相手は誠実に職務を全うしただけだったのだが・・・・・・どういう訳だか報告を受けたデュランダルは表情こそ動かしはしないものの、棘のある口調でいたぶるように訊いてくる。
「いずれにしても、ウナトはまだ捕らえられておらず、ユウナも身柄引き渡しまでには至ってもおらず、君たちはオーブからの提案を受けて戦闘を停止させていた・・・・・・そういうことか?」
『は、はぁ・・・・・・そういう事になるのではと・・・』
予想外にするどい議長からの叱責とも受け取れる言いように、司令は明らかに怯みを見せ、傍らに控えている副官がギクリと身体を縮み上がらせる。
『そ、その・・・我が艦隊が命じられていた任務はセイラン家の捕縛であり、議長の掲げられる講和の方針から逸れぬためにも、オーブへの攻撃はできるだけ避けるべきかと愚考しまして、セイラン家さえ確保できるのであればオーブ侵攻とも取れる戦闘行為は無用なのでは、と・・・・・・な、なにか小官の判断には誤りがあったのでありましょうか・・・?』
「・・・・・・いや、いい」
相手の疑念と恐怖を取り払ってやるようにデュランダルは一度だけ息を吐くと、わざとらしい笑みを浮かべ直して、他人からは一時的な感情に駆られたように見えるよう取り繕う。
彼としては、そうせざるを得ない。
デュランダルがオーブ攻撃を命じたのは、『セイラン家がジブリールと同盟を結んだままでは彼がオーブの力で宇宙に上がってプラントを核攻撃する危険性が非常に高い』という懸念事項があったからこそであり、核ミサイルが放たれた後では手遅れになりかねない代物である以上、『積極的自衛権』の範疇に収まりうるものと議会でも承認されたからこそのものだ。
そのセイラン家をオーブが、プラントへ引き渡すと申し出てきたからには、これ以上の攻撃続行は『自衛』の適用範囲から完全に逸脱することを意味していた。
現時点でさえ、こじつけの部分をイメージ戦略で補強している要素が大きい状態にあるのだ。これ以上の無理強いは自分への支持を大幅に失いかねない恐れがあった。
「もともとオーブの民衆に無意味な犠牲をもたらすことは、我が軍の本意ではなかったからね。司令の判断は適切だったと私は思う。
いや、こちらも先ほどから敵の攻撃を受けて応戦に手間取っていてね。少々気が立っていたらしい、子供じみた八つ当たりをしてしまったようですまなかったね?」
『い、いえ。小官の方こそジブラルタルの戦況を知らぬまま、議長閣下に時間をとらせてしまったことを誠に申し訳なく思っておりますッ!』
「気を遣ってくれてありがとう、司令。君の言うとおりオーブ新政権から出された提案への対応は、我われ政治家の仕事だ。こちらで検討して決定を下そう。
――ただ、オーブの政情が完全に安定したわけではない以上、我らからも何かしら力添えする手段を考えた方がいいだろうが・・・・・・」
口でそう言いながら内心で舌打ちしつつ、デュランダルは厄介なことになった状況への対処方法を、何者よりも切れ味鋭い頭脳を使って早急に組み立てはじめていく。
彼としてはオーブを現時点で、セイラン家が権力を握っている内に潰しておきたいと願っていたのが本音だったからだ。
――オーブはどこまで行っても自国の理念を声高に叫び、圧倒的な力の押さえつけには強行に抗い、「自国は自国、他国は他国」というスタンスを取り続けることに固執し続ける独立独歩の理念が非常に強い国である。
そういう国の存在は、現在の体制に不満を持つ者たちの意思を糾合して、反体制派を勇気づけてしまう効果を強く持ってしまう特性がある。
個別の弱小勢力ごとに体勢への不満を抱く者が現れようと、力の差を前にして諦めずに声を出せる者は多くない。内心で不満を抱こうと、行動として恭順するなら迎合したのと同義であり、現在の体制維持の道具と成り下がるしか道はないだろう。
だがオーブのような国が残っていると、そういった者たちの意思が集まる器になりやすい。
後ろ盾になる国があると、体制に不満を持つ者たちは声を上げやすくなり、賛同する者は集まりやすくなる。
いささか奇妙な話ではあるが、オーブは平和国家を謳いながら『反体制の総意を集める器』としての機能を同時に有していたのだ。
先の大戦における、ウズミの自爆がそうだった。
連合による強権的な併呑に、力の差から主権を放棄せざるを得なかった中立国は、地球連合を恨み、大西洋連邦が君臨する連合の体制への不満を募らせ、その不満が『連合からの降伏を拒否した自爆』によって『連合の被害者代表オーブ』に対する同情へと転化させ、戦後にオーブ再興への可能性を残すことに成功している。
今次大戦におけるソガ一佐の玉砕特攻も、求めていた効果と得られた結果はウズミのときと同じものだった。
準備不足での開戦とゴリ押しで結んだ条約により、『地球連合とプラントの戦争』に無理やり協力させられたという被害者意識が強くなっていた地球各国は、『連合の命令を実行するため命を捨てさせられたオーブ艦隊』を見せつけられたことで、連合への不満が反転してオーブへの同情となり、ジブリールも敗戦の責任追求と更なる戦力提供の要求を自制せざるを得ない政治的窮状へと追い込んでいる。
「――とりあえず、アスハ代表からの御言葉と御提案を、プラント議長として受け入れることは確約しよう。
その上で、『我らザフト軍にもウナト・エマ・セイラン捜索を支援するためオーブ本島内への上陸をお許しいただきたい』と、そう伝えて欲しい。
彼女を信じていない訳ではないが、セイラン家とジブリールが既に合流を果たしていた場合には、我々プラントにとっても核攻撃の脅威にさらされる危険な状況であるのは事実なのだ」
近い過去の失敗例を思い出し、デュランダルは画面の向こうの司令に下すべき指示を選択する。
強引に口実を作ってオーブへと攻め込んだことで、相手に徹底抗戦を覚悟させて苦戦を強いられた先代のブルーコスモス盟主ムルタ・アズラエルの無能な失態を模倣するのはゴメンだった。
また直近の現実的課題として、『第三勢力の台頭を未然に抑止する』という軍事面での現実的思考も、デュランダルの判断には含まれていた。
連合とザフト、ナチュラルとコーディネイター、敵と味方。
一見するだけなら単純明快に二分されているように見えなくもないCEの世界構造だが、実際にはそれほど綺麗に別れれるほど単純でないのが現実の勢力図というものである。
現に地球連合から独立しようとしてプラントを頼ったヨーロッパ地方がデストロイの攻撃を受けたばかりだ。ユーラシア西側の紛争や南米での独立運動もロゴスの存在暴露以前から解決の目途は立っていなかった。
『宇宙からの脅威コーディネイター・ザフト・プラントから地球を護るため』という名目で強引に一つの巨大勢力に統合させ、内政問題を棚上げにさせての併呑が可能になっているだけでしかない。
一方のプラント側も、新興国故に連合より大分マシであっても内部に対立を抱えている。
ザラ派とクライン派、主戦派と講和派、タカ派とハト派。
出生率の低下という問題も絡んで、この戦争での方針を巡る意見は未だに完全一致を見たわけではない。
『全ての元凶ロゴス』を倒すことに集中させることで、意見の違いを超えて協力し合えてはいるものの、現実的には何も解決できていないのが実情なのだ。
【敵】の存在が、かろうじて地球連合・ザフト双方の内部対立を抑制させている。
それが現実の、この世界なのだ。
分かりやすく種族の違いによる大別だけで、同胞たち全てが手を取り合えるほど世の中は綺麗にできていない。
そんな世界の実態を、オーブの存在は他の国々の人々に気付かせてしまう危険性を持っていた。為政者たちが指し示す、分かりやすい世界の在り方に疑問を持った者たちを糾合されてしまう前に、将来の禍根は厄介になる前に潰しておくべきなのだ。
「“これは我々プラントにとって自衛の問題である”と。その辺りをアスハ代表に説明し、私の名代として納得していただけるよう交渉して欲しい。
彼女たちも我々と求めているものは同じなのだから、私たちと共に同じところへ迎えるはず・・・・・・難しい交渉と思うが、頼む。
オーブの民全てと、プラントの未来を君に委ねる」
『は、ハッ!! 承知いたしましたッ!!!』
議長からの熱弁に応えて、感動した面持ちで通信を切ると命令を実行し始めたらしい司令官。
―――これでいい。と、デュランダルは椅子に深く座り直す。
ひとまずは、ザフト軍艦隊をオーブ近郊の海域に駐留させ続ける口実としては十分だろう。
あとはオーブにとって受け入れがたいが無茶ぶりでもない要求を続けながら、混乱のドサクサの中で戦闘に応じざるを得ない状況を造り出すよう誘導していけばいい・・・・・・まだ状況はコチラが有利なままなのだから。
ブルーコスモス思想にせよ、コーディネイター新人類説にせよ、世界中を『一つの考えで統一された同じ世界にすること』を目標として掲げる者たちにとっては、邪魔者にしかなりようのない反体制派の象徴。それがオーブだったのだ。
当然それはデュランダルにとっても例外ではない。
地球連合を消滅させ、旧プラント勢力も一掃し、新旧の敵同士が一つになって敵がいなくなった新世界を実現した未来では、自分こそが新たなる体制の首班となり、全世界人類の価値観と善悪と正しさ間違いの倫理観とを一つだけに統合して、受け入れぬ者は排除するつもりでいるのだから、将来的にオーブとは対立するのは避けようがない。
どうせ敵になる未来は確定している相手がオーブなのである。
ならば自分に抗う者たちを糾合して、反体制派の盟主国となるより先に、潰せる内に潰しておいた方が被害少なく、犠牲者の数も激減する。オーブ一国をプランへの不参加国として粛正するだけなら、他の者たちから不満や非難も最小限に押さえられるだろう。
それに――と彼は思う。
キラ・ヤマトにラクス・クライン。
そして、アスラン・ザラと、フリーダム、ジャスティス。
・・・・・・あの国は現在の世界に不満を抱くようになった強者たちを引き寄せる『運命』にでも守護されているような印象がある。
政治的にも純軍事的にも、潰せるときに潰しておいた方がいい国なのだ。
あの国さえ亡くしてしまえば、国を家出したままの歌姫や、力はあっても世界を動かす影響力を持たない軍人達の集まりでしかない大天使は、事実上の脅威ではなくすことが出来る。
そう考え、戦略家として会心の笑みを浮かべたデュランダルの元に秘書官が一つの報告をもたらすのは、この5分後のことである。
その報告を受け取ったとき、デュランダルは嘘偽りなく歓喜の笑みを満面に浮かべた。
――口実が敵の手によって与えられるとは、運命が味方しているとしか思えない・・・!!
内心でそう呟いてからデュランダルは、秘書官に向かって命を下す。
「すまないが、通信と広報の担当者を呼んできてくれないか? 至急に発表したい声明があるんだ。
発表する公式声明は、こういう内容をね――――」
後半PHASEへ続く