機動戦士ガンダム 死のデスティニー   作:ひきがやもとまち

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本来だったら今話で終わらせるつもりで書いてたところ、気付いたら文字数がスゴイことになってたので途中ですが投稿しました。
他の更新が止まってる作品も書きながらでやってたため分からず、読みにくかった方には申し訳ございません。


PHASE-22

 スティング・オークレーやステラ・ルーシェなどの《エクステンデッド》は元々、先の大戦で投入された《ブーステッドマン》の問題点を改善するため誕生した存在だった。

 大戦末期のオーブ侵攻時にはじめて配備された彼らは、インプラントと薬物投与によって凄まじい性能を引き出すことに成功し、スペック上では並のコーディネイターなど問題にならぬほどの威力を発揮している。

 

 だが、その威力を得られる代償は大きく、薬物投与による悪影響によって恐怖心のみならず正常な判断能力や思考能力まで破壊してしまい、単独での戦闘力ならともかく部隊単位での作戦遂行という面では落第点しか与えようのない惨憺たるものだった。

 

 連合軍によるオーブ侵攻作戦において、第二波攻撃の失敗はコレに起因している。

 予期せぬ敵新型の参戦があったとは言え、2機が彼らを足止めしている間に残る1機が敵司令部を殲滅してしまえば、戦闘そのものの勝利は連合軍の手にするところだったが、薬によって戦闘意欲を刺激されすぎた彼らは目の前の強敵を放置して進むことが出来ず、あまつさえ邪魔な味方を退けようと同士討ちまではじめる始末。

 これでは到底、集団行動を前提とする近代戦での軍事行動に兵器として用いるには問題がありすぎた。どうにか自ら判断して思考し、集団行動が可能なように調整する必要性がどうしてもあったのである。

 

 そうした試行錯誤の末に生み出されたのが、スティングたち《エクステンデッド》だった。

 スペック的には多少ブーステッドマンより低下する部分が出てくるものの、作戦内容を理解して命令を実行可能になり、共同作戦が可能になれるメリットにより相殺できる。

 少なくとも、開発されて実戦配備された当初の頃は、その前提で造られ運用されていた人間兵器たちだったのだ。

 

 しかし、相次ぐ敗北と戦況悪化がエクステンデッドたちの運用計画を大きく狂わせていくことになる。

 調整に次ぐ調整。仲間の戦死による心理的影響が性能を低下させぬための記憶操作。ヘブンズベースを死守させるため限界まで性能を引き上げさせる薬物投与・・・・・・。

 

 当初の想定は忘れ去られ、今や当時のブーステッドマンと名前以外は違いがなくなったに等しい状態へと陥らされていたスティングたちの暴走と、強化しすぎた脳と思考の記憶混乱は、ここまで来てしまった彼らにとっては必然的な結実でしかなかったと評すべき現象だったのかもしれない。

 

 まして、自分を含めた《X-1デストロイ》部隊がオーブ海到着より先に撃滅するため接近してきているのが、あのザフト艦《ミネルバ》とくれば―――

 

「ヒっ、ひッ、ハぁ・・・いやがった・・・ッ。

 見つけたぜェっ ザフトの強いフネぇッ!!」

 

 レーダーによって感知された光点から、表示されたデータを読み取ったスティング・オークレー“だった者”の瞳に危険な色が浮かび上がる。

 アウルを殺され、ステラをも殺した憎むべき敵艦と撃ち合い続けた激闘の記憶――だがそれは今のスティングからは消し去られ、『かつて仲間だった少年と少女』を奪われたことへの怨みと憎しみは彼の頭には残っていない。

 

 だが、だからと言って『殺された仲間“だった”者たち』の記憶以外まで、敗北と屈辱を消去して無かったことにしてやる義理など、連合軍の研究所職員たちにある訳がない。

 むしろ仲間たちを殺されたという過去が『最初から仲間などいなかったこと』に変えられてしまっていたスティングの心にとって、ミネルバという敵戦艦は出会った時からずっと『自分を傷つけて退けてきた怨敵』という存在へと記憶の辻褄合わせで書き換えられ。

 

 『自分個人にとっての復讐対象』『自分の怨みをぶつけるべき私怨の相手』として、最大級の怨恨と憎しみとを掻き立てられて仕方が無い・・・・・・そんな存在になっていたのが、今のスティングにとっての《ミネルバ》という憎むべきザフト軍の戦艦。その存在の全てだった。

 

「いい具合に、ヘブンズベースの《赤いの》も揃ってやがるしよォ・・・ッ!! まとめてコイツで踏み潰してやるぜッ!! 行くぞウおラぁァァァァァァァッ!!!!」

 

 そして、個人的憎しみに駆られたが故に放たれる最初の砲撃。

 まだ敵との相対距離は、射程範囲内にギリギリ入って“いない位置”にある地点からの攻撃開始だったが、生体CPUとしても、エクステンデッドとしても既に破綻するか否かの狭間に陥りつつある状態のスティングには、『感情』と『抑制』の妥協点には、これが限界の距離でもあった。

 

 折しもレーダーには、ヘブンズベースで初めて出会ってケチをつけられた機体《O2デスティニー》のコードも表示されていたという事情もある。

 二つ纏めて、自分に屈辱と痛みを味あわせた『自分から奪いに来るだけの連中』に、不意打ちで復讐してやる好機だと、彼はそう感じて唇を邪悪な形に歪ませて嗤う。

 

 ディスティニーと重なるように映っている光点は味方機の反応を示しており、その光が自分の脳味噌に刷り込まれた攻撃衝動の抑制を強く訴えかけてきてはいたものの・・・・・・今となっては構う気もない。

 

 痛みは感じなくなりつつある。苦しみもない。苦しくも痛くもない『命令違反のオシオキ』だったら、怖くもなければ守る必要なんて少しも感じられるモノにはなれない。

 

 ――どのみち自分には、『この機体だけ』しか守るべき味方なんていないのだから――

 ――自分以外の世界中すべてが自分を殺しに来る敵。コイツを奪いに来る奴ら――

 

 だから殺す。今の自分にとって、唯一の守るべき最高のオモチャを奪いに来る奴らは皆殺す。殺す殺す殺して殺して殺しまくって、皆コロシてみなコロスッ!!

 

 最初から『仲間』など1度も持ったことがない彼にとって、自分から奪うものへの復讐こそが怨みの全て。

 『仇討ち』は殺された守るべき他人がいなければ成立しない怨みの在り方。

 だが『復讐』は、自分一人だけで成立できる【自分の怨みを自分が晴らすためだけ】に行う行為の名前なのだから・・・・・・!!!

 

 

 

 

 

 

 

 だが、しかし。

 彼らによって放たれた、4門の巨砲を束ねた大口径の長長射程ビームキャノン《アウフプラール・ドライツェーン》によって、最も被害を被らされ、災禍と呼ぶに相応しい存在と化してしまっていたのは敵ではなく、味方であった。

 

 ロゴスに雇われた傭兵キョウヤ・ヒグチというのが、その被害者が有する姓名である。

 

 ビーッ! ビーッ!ビーッ!!

 突如として赤いランプが点灯し、棺桶よりも狭いコクピットを血のように真っ赤な色で染め上げる中、鼓膜を叩いて響き渡った警告音が示す方向に《カミナシ》のパイロットであるキョウヤ・ヒグチは、表情を青ざめさせて驚愕させられることになる。

 

「――!? 背後から高エネルギー反応・・・・・・まさか!?」

『このぉぉッ! お前なんかに好きにさせて堪る――な、なにッ!?』

 

 デスティニーとの幾度かに渡って交わり合った、刃と刃、ビームの矢とビームの矢の応報が交わされ続けながら高速で移動し続けていたキョウヤは、丁度ザフトのパイロットから何度目かになる急速接近しての斬撃を迎え撃つため構える操作をしたばかりのことだった。

 

 思わず無駄と承知で振り返りながら叫んでしまった言葉を、悲鳴のように放ったときには既に本能的な恐怖感のレベルでレバーを動かし、機体に回避運動を強引に取り直させ。

 

 彼を倒すため、得意の《アロンダイト対艦刀》による突撃からの一撃必殺の斬撃を放つ寸前にあった敵機《デスティニー》のパイロットであるシン・アスカも、自分が落とそうとしている敵の背後から近づいてくる巨大な危険に遅れて気づくと、慌てて機動を攻撃から回避に切り替えさせて、接近したばかりだった敵機との距離を取り直す。

 

 その直後、膨大な量のエネルギーの太い束が、二人の視界すべてを覆い尽くすサイズで互いの機体の目前を通り過ぎていく圧倒的な光景を目にすることとなる。

 

『うっ! ぐ・・・っ』

「チィッ! あの粗悪な実験品ども! ヤクで脳までヤラレたか!?」

 

 敵味方で違う罵り言葉と呻き声を、同じ一機の敵味方を対象として放たれ合う。

 戦場故に生じる歪な光景が、そこにはあった。

 

 『コーディネイターを殺すためナチュラルに雇われた傭兵』と、『ナチュラルに殺される人を守るため銃を手にしたコーディネイター』が、『ナチュラルがコーディネイターを殺すために改造したナチュラル』からの攻撃によって命の危機に晒され、その怨みと怒りを互いに知ることなく改造ナチュラルへとぶつけ合う。・・・皮肉極まる現実が、そこにはある。

 

 

 しかし、逆に言えば彼らにとって自らを巻き込んで殺しかけた一撃は、ただ通り過ぎていったものの直線上に自分たちが立っていただけのことで、当たっていれば死ぬ危険があった背後から不意の一撃も気づいて交わしてしまった後では、どうという程のものではない。

 

 シンやキョウジたち、攻撃に巻き込まれかかって、ビームが真横を過ぎ去っていった直後のパイロットたちにとっては終わってしまった出来事だったデストロイ部隊からの砲撃は、だが狙われたターゲットである戦艦ミネルバにとって、シンたちが躱した後こそが本番だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――!! 高エネルギー反応、急速接近中! 本艦に向かって真っ直ぐ直進してきます!」

「なんですって!?」

 

 ミネルバの艦橋で艦長席に座りながら、タンホイザーの発射準備を進めさせていたタリア・グラディスは、アビーからの報告を聞いた瞬間、我が耳を疑い一瞬だけ呆然とさせられることになる。

 

 ――敵からの砲撃!? しかもこの距離から!

 

 今までの戦闘データから推測された連合の巨大MAが有する巨砲の射程距離から見て、明らかに遠すぎる位置から放たれている一斉射撃。

 現在のザフト軍において、最もエクステンデッドとの戦闘経験が多い艦長は間違いなくタリアだ。また彼女には過去に、ロドニアの研究所を調査して直接エクステンデッドに関するデータを閲覧した経験もある。

 

 だからこそタリアは、他の者より大きな精神的衝撃を受けさせられていた。

 

「取り舵ッ! 少しでも艦を左に寄せるのよっ!! 総員、衝撃に備えて何かに掴まりなさい! 早くッ!!」

「り、了解!!って、うわぁぁッ!?」

 

 一瞬の自失を半舜で終わらせたタリアは、瞬時にレーダーに映る光点の位置を確認しながら、ほぼ確認すると同時に指示を飛ばして回避行動をとるべき方角を示した瞬間。

 

 ビシューン!!という大気の摩擦で激しく周囲を燃やす音が響いたと思った時には、艦のすぐ側に巨大な水柱が上がって轟音と衝撃が艦内を激しく揺さぶり、クルーたちに各所で悲鳴と怒号を轟かせる!

 

「チィッ! 狂ったか!? こんな攻撃で、敵は死ぬ気なのッ!?」

 

 舌打ちしながらも、思わずタリアは敵の暴挙を罵らずにはいられない。

 エクステンデッドたちは、ブルーコスモスに都合のいい兵士になるよう改造され調整された少年少女たちの集団であり、そのぶんコントロールを脱して自主的な行動を取ることが極めて難しい状態にされてしまっているのが彼らであることを、今の彼女は理解している。

 

 だが一方で、「ステラ・ルーシェ」という名前らしいエクステンデッドの少女が、単身で特攻まがいの攻撃を仕掛けてきて捕縛した場面の一部始終をリアルに目撃してきた経験があるのも彼女で、敵からの攻撃が必ずしも完全に理性なり、あるいは上位者の命令でコントロール仕切れているわけではないことも理解してはいた。

 

 だが今回のコレは、やや常軌を逸し過ぎていた。

 確かにヘブンズベースで同盟艦隊を焼き払った、あの巨砲の威力なら射程距離外から撃とうと掠っただけで相当なダメージは期待できるだろう。それは分かる。

 

 ――しかし爆走状態にある今の機体状況で、あれほどの大出力ビームキャノン砲を、射程距離外にいる敵を狙える威力で発射するなど正気の沙汰とは到底思えない。

 下手をしなくとも、オーブから遙か遠い現在地で自爆して、随行している味方部隊ごと纏めて消滅して果てて、死ぬのは自分たちだけという為体で終わる危険性さえ低くない、自殺願望としか思えない異常な行動が、先の砲撃だったのだから。

 

 正直タリアとしては、敵が勝手に自滅してくれるだけなら有り難いぐらいの状況だったが、自滅ならば尚のこと、そんな行為の道連れにされる側には堪ったものではない。

 明らかに敵パイロットは、今までのエクステンデッドたちとは異なる、異常すぎる心理状態で常軌を逸した戦闘行為をおこなうようになっていた。

 その敵と戦って倒すか? それとも退いて自滅を促すか? ・・・・・・タリアにとっても悩み所はここだったと言えただろう。

 

「た、助かった・・・・・・ですが、艦長。こんな距離から撃って、これほど近くに着弾させてこれるとは、敵は今までと異なる装備を追加されているのではないでしょうか・・・? もしそうだった時には、我が艦は非常な危険に身を晒すことになってしまいます、ここは一旦――」

「・・・・・・いいえ、ここは前進よ。当初の予定通り、最大船速で真っ直ぐ敵に向かって接近し、有効射程に入った直後に《タンホイザー》を発射、然る後全速力でこの場を離脱。それしかないわ」

「か、艦長ッ!?」

「分かっているわ、アーサー。―――だから言わないでちょうだい」

 

 悲鳴じみた――いや、悲鳴そのものでしかない副長からの呼びかけに、タリアは苦虫を噛みつぶすような表情と口調で、それ以上の進言と提案を黙らせるための言葉を発する。

 理性としては副長の言い分に理を感じないわけではなく、むしろ今のような状態の敵を相手にまともな理屈で挑もうという方がどーかしていると自分でも思う。

 

 それでもタリアが攻撃続行を決意したのは、地球各国への影響を懸念せざるを得ない現在の情勢をおもんばかったからだった。

 今のデストロイ部隊は、パイロットも機体も暴走状態にあり、何をしでかすので全く予測できない状態に陥る寸前にある。

 このまま進んで、オーブを焼き滅ぼすかも知れないし、ザフト艦隊を無視してオーブ近海で核自爆する危険性もあるだろう。

 

 この際タリアの個人的感情としてオーブへの親近感や同情の念は除外するとして、『自国の領土を核攻撃で焼かれた国の反応』という点だけで考えても、コーディネイターであるタリアには自明の理としか思いようがない。

 『ユニウス・セブンの悲劇』を被らされた後、プラント国内の世論はどういう流れを辿ったか? 先々代のパトリック・ザラが議長になることができた主張はなんだったか?

 

「・・・議長直々の決定として、現オーブのアスハ政権とは関係修復の方向に持って行くとの方針変更が示されてる以上は、私たちザフト軍としても相応の誠意ぐらいは示すのが筋というものでしょうね」

「しかし、艦長・・・既にそのようなことを気にしていられる状況では・・・」

「そうね。意気揚々とロゴス退治すると出張ってきた挙げ句、鼻っ柱に一発食らっただけでスゴスゴと退却しただけだったとなれば、敵を喜ばせるだけでしょうからね。

 『議長が世界に示したシナリオはコメディーだったのか?』――って。地球各国がどんな反応を示してどう動くのか、ロゴスの老害たちが大喜びする結果にならなければいいのだけれど」

「!! わ、分かりました・・・・・・っ。機関最大、全速前進ッ! 《タンホイザー》、チャージ完了急げッ。命令があり次第、すぐ発射できるよう準備を完了させて待機ッ!!」

 

 上官の意図する状況の厄介さを理解した副長のアーサーは、表情を引きつらせながらではあったものの、命令には逆らわずにキビキビと動いて危険地帯へと自ら進んでいく旅程の手助けに全力を尽くしてくれている。

 そんな気弱だが忠実な副長に心の中で謝罪しながら、タリアの心中は穏やかになれない。

 

 

 ―――先の一撃は、明らかに射程距離外からの砲撃であったにも関わらず、当たる寸前の位置に着弾していた。

 幸いと言うよりも、不幸中の幸いと言うべきなのか、シンが発砲前に接敵していたロゴス軍の新型と戦闘状態に陥っていた結果として、デストロイ部隊目指して真っ直ぐ直進していた彼のデスティニーは当初の位置より、やや右寄りの位置まで移動させられながら戦闘を継続していたことが『一発で双方共に仕留めようと放った巨大ビーム』の射程内から互いを外させることになったのだ。

 

 タリアは回避行動を命じる瞬間に、レーダーに映る光点から彼我の位置と、今までの戦闘で得たデータから算出された敵ビーム砲の射程範囲とを即座に計算して避けれるという自信を込めて、回避命令を下していた。

 

 だが現実には、敵のビーム砲は完全に避けれたはずのミネルバに、、大きく威力を削がれながらも至近距離の位置に着弾して水柱を上げている。

 

(・・・・・・今までの私たちが相手にしてきた部隊のエクステンデッドたちより、腕が上がっている。

 《ボギーワン》の部隊以外にも、彼ら以上の隊がいたということか・・・・・・だとしたら果たして今回はどう転ぶか・・・)

 

 内心冷や汗を浮かべながら、タリアは初めて遭遇した敵の強敵だと『自分の中では信じた敵』の能力と、自分が立案した作戦との整合性を取るための思考パズルを懸命に続けながら、自らの達した結論自体は疑いを抱くことなく、新たな敵対策の案を頭の中で練り続ける。

 

 今の自分たちが相手をしているのが、《アーモリーワン》を襲撃して新型MSを奪取していった内の1機である《カオス》のパイロット『スティング・オークレー』だという事実にまるで気付くことができなかった。

 

 これはタリアが、かつてレイ・ザ・バレルが《エンジェル・ダウン作戦》でアーク・エンジェル撃沈のため、敵搭載MSフリーダムの戦闘データから検証した行動予測シミュレートをシンに渡していたのと同じようなことを自分なりにやってきていた故での盲点だった。

 

 過去を失い続けながら、仲間たちと連携してきた戦いの記憶を奪われながら、過去の戦闘データの蓄積とスペック向上のみで対処し続けた結実として、今のスティングが発揮している能力値が既に当初のものとは懸け離れたものへと至っていた証左だったが、それを認識できる者は敵側にしかなく、味方は彼の今までの過去を知らぬ者たちばかりになって久しい現状。

 

 孤独になった《名も知らぬ強敵》を倒すため、タリアは自らが持つ唯一の駒であるキングを、敵ルークにぶつけるため盤上を進ませてゆく。

 一見すると無謀と呼ぶ者もおろうが、彼女も勝算なしに進むほど愚かでなければ、お人好しでもない。

 

 ミネルバで《デストロイ》に挑む側にとっての勝算は、この戦場そのものにあると彼女は考えていた。

 敵が接近してきているオーブは島国だ。当然ながら周囲は海に囲まれていて、到着するまで陸地はない。

 あの巨大兵器は、火力・防御力ともに抜きん出た威力を有し、拠点攻撃や対艦兵器としては絶大な力を発揮できる代物ではあるが・・・・・・反面。

 

 その防御力の一端を担う、敵からのビーム射撃を防ぐための装備らしき《ドラグーン》に似た《アルミューレ・リュミエール》の機能を付与された機動兵装は、MS形態でしか使用することができず、巨体故に飛行可能なMA形態でしか海上を進むことはできないようなのだ。

 

 無論あれだけの巨大さだけあって、機体周囲にもバリアーは展開しているようではあるが、流石に《タンホイザー》を直撃されて耐え凌ぐことができる《ザムザザー》の陽電子リフレクターほどの防御は実現できていないらしくもある。

 

 そこにこそ、タリアたちの勝機はあった。

 あの巨体に近づき、有効射程距離内からタンホイザーを、核エンジン部に直撃させて誘爆させる。

 あの巨大だ。3機編隊で接近しつつある中の1機だけでも大爆発を起こさせることさえできれば、残りは巻き込まれて誘爆するしかない。

 1機落とすか、爆発させれば全てが終わるのだ。その上で即座に離脱する。

 デスティニーが未だに、敵の直援機に手こずらされている戦況では、それが最も有効な手だとタリアはそう判断していた。

 

「レイとの連絡は、まだ取れないの!? 彼のレジェントがあの敵機を押さえることさえできれば、シンはフリーハンドを得ることができる! 通信回復急げ!」

「了解っ、全力を尽くしま―――あッ!? 今、繋がりました! レイ・ザ・バレルとの通信回線、開きますッ!」

「レイっ! 聞こえているのねっ!?」

 

 その上でタリアは、デスティニーに敵の防御を突破できるよう支援する術も抜かる気はない。打てる手は全て打っておくべきなのだ。

 先程から電波障害によるものか、出撃して大分経つレイとの連絡が取れないままになっていたのだが、それがようやく繋がったことでホッとする想いがあったが、どうやら状況はそれほど改善してくれないものらしい。

 

『・・・こち・・・・・・レイ・ザ・・・・・・レジェ・・・・・・ミネルバ、応答願いま・・・・・・』

「レイッ! レイ、どうしたの!? シンが大変な状況にあるわ! 位置座標を送るから、すぐに援護に向かってちょうだいッ!」

『・・・・・・了か・・・・・・敵の攻げ・・・・・・通信状態が悪――――』

「レイ!? レイッ!! ちょっとレイ! 返事をしなさいレイッ!!」

「・・・・・・駄目です。通信が再び途絶しました。何者かによる電波妨害を受けていることは間違いありません」

「くっ! こんな時に・・・・・・っ」

 

 歯嚙みしながらもタリアは、選択肢の一つを諦めざるを得ない事実を受け入れ、次の手を考え出すため脳をフル回転させ、智謀の限りを尽くさんと努力する。

 その努力も、実践で鍛え上げられた彼女の知能も、多くのコーディネイターたちを上回る優れた性能を発揮するレベルの代物で、他者に劣るようなものでは決してなかったが―――神ならぬ人の身では、千里眼とまでは行かぬのも無理はなかった。

 

 

 

 彼女たちがいる海域から、一定の距離が離れた位置で滞空していた通信相手が、自機のコクピットに座りながら。

 指先で、通信を切るためのスイッチを自ら押して、冷めた表情を浮かべながら静かに眼下の光景を見下ろしながら話していたという状況を、声だけしか聞こえないタリアには予測することは不可能技でしかなかったから・・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

「――そうか。シンはまだ手こずっているか・・・・・・どうやら厄介な敵がいるようだな」

 

 そう言いながらも、レイが静かな視線を外すことなく見つめ続けている存在は、複数の名を複数の人々から与えられた由来を持つ者。

 

 ある者は『足つき』またある者は『大天使』

 『帰りたい場所』と言って、最期まで還ってくることができなかった少女もいた事がある。

 

 その船の名は、元地球連合脱走艦《アークエンジェル》

 中立国オーブの技術が多く用いられながら、連合軍の所属艦として建艦され、オーブが有した工業コロニー《ヘリオポリス》で建造され、連合軍士官たちを中心に未だ運用され続けている異形の軍船。

 いったい誰の敵で、どっちの軍の味方なのか―――ザフト軍からも連合軍から《グレーゾーン》の判定を突きつけられ続けてきた特殊な存在。

 

 レイは、蘇ったフリーダムとの決着に固執しようとするシンを先に行かせた後、ただ一人その場に留まり、彼の白き戦艦を見続けていたのである。

 

 アークエンジェルから仕掛けさせて、“撃沈するため”に。

 

 

「議長が命じたのはセイラン家の捕縛で、オーブを侵略する気はないと言っている以上、政権を取り戻したアスハを公然と討つことはできない。

 ・・・・・・だがギルは、本心でそう望んでいる訳じゃない・・・・・・」

 

 暗い色を宿した静かな瞳を向けたまま、レイは誰にともなく孤独なコクピットの中で、そう呟く。

 デュランダルは表向き、ロゴスと結託したセイラン家の専横からの解放を大義名分として掲げている。オーブ侵攻はセイランが保身に走った故の結果論だったことにせねばならない。

 だからこそセイラン家を捕縛し、ロゴスとの関係を切ることを宣言して講和を申し込んできたカガリ・ユラ・アスハの提案を無碍にはできなかった。

 元はロゴス傘下にあった地球各国にも『全ての罪はロゴスにある』という論法で、今までの罪は問わないことを確約しながら、オーブだけを例外として裁く訳にもいかないからだ。

 

 ・・・・・・しかしデュランダルは内心で、オーブの姫君の行動を苦々しく感じている。

 長く彼と――“彼ら”と一緒に過ごしてきた自分には、それが分かる。

 そしてグラディス艦長も、それを察している。

 

 察した上で、議長の意をくんで動くか否かは独自判断で決めてしまうのが彼女という人間だ。 

 「ハッキリと明言されたわけではないから」という建前を武器に、動くべきと判断したときには勝手に動くが、動くべきではないと判断すれば素知らぬ顔で忖度を無視する。

 

 だが自分は、レイ・ザ・バレルは彼女とは違う。

 議長は正しい。――その一つの信心だけで、自分は己自身さえも捨てる覚悟がある。

 

 彼が示す『新しき世界』の為に必要なら、自分の後を託すべき存在と認めた唯一の『友人』でさえ危険に晒す。それが自分の覚悟であり強さ。

 それ故にレイは、この戦闘でアークエンジェルとフリーダムを共に討ち果たすつもりでいた。その為に今もこうして現地に留まっているのだ。

 

 それに――

 

「倒したはずのフリーダムは生きていた・・・・・・ならヤツが死に損なっていれば、古巣に戻っている可能性は高い―――やはりいたッ!!」

 

 カメラの視界をズームさせ、アークエンジェルのMSハンガー付近の一角を視認していたレイは、映されていた映像内に見覚えのある機影を発見して瞳を鋭く光らせるっ。

 

 特徴のあるリフターを背負った真紅の機体。

 だが各所に配色の異なる部位を持ち、新装備と思しき武装が追加されるなど細部に違いが見られるものの、全体としてのシルエットは紛れもなく前大戦のそれを踏襲した造りになっているXナンバー系のMS。

 

 オリジナルの機体そのものは《ヤキン・ドゥーエ攻防戦》で失われているため、レイが実物を見る機会にめぐまれていた訳では無論ない。

 しかし『重要人物の愛機』としてデュランダルからは資料を見せられ、レイ個人にとっては憎むべき『仇』と呼んでいい人物が乗る機体の一つ。

 

 間違いない―――《ジャスティス》!!

 乗っているのは、『アスラン・ザラ』!!!

 

「死に損ないの『裏切り者』がッ! やはりノコノコと! 俺は許さないと言ったはずだ、ギルを裏切る者など許さないとッ!!」

 

 シンに倒されたはずの奴が生きているなら、現状のオーブが陥っている危機的状況を黙って見ていられる性格ではないことは分かっていた。

 奴を討つのを、フリーダムもまた黙ってはいまい。

 そしてフリーダムが戦いに加わればアークエンジェルが――戦線は拡大を続けて泥沼に陥る。そうなればオーブも巻き込めるだろう。

 

 後顧の憂いを絶つためにも、奴らの全てを、今ここで葬っておく必要がある!

 

 セイランが排除され、建前上の侵攻目的がなくなった戦闘のために、これ以上の犠牲は無意味であると判断したからこそ、タリアは議長の思いを意訳した上で、連合軍を撃退はしてもオーブとの戦闘継続は選ばない道を選択した。

 

 だがレイにとって、真に倒すべき敵は連合でもロゴスでもない。

 キラ・ヤマトと、奴の母艦であるアークエンジェル。そして奴らの国オーブだ!!

 自らの半身の仇でもある奴らは決して、デュランダル議長の示す世界を受け入れることはない。敵は討てる時に討たなければ、銃を手に再び撃ってくる! だから殺さねばならないのだ! 今ここで自分の手によって!

 

 幸運にも、シンによって撃墜されてから日が浅いせいか、前大戦のエース機の後継にしては動きがギコチなく、仕草は緩慢だ。パイロットの負傷が癒えていない証拠である。

 そんな機体に向かってレイは、情け容赦なくビームライフルの銃口を向けて安全装置を解除する。

 戦闘停止が通達された講和相手に属している船で、パイロットが味方の裏切り者で脱走兵と決まったわけではなかったが構いはしない。

 

「人はもう、本当に変わらなければならないッ!

 議長が目指す誰もが幸福に生きられる世界を創るためにっ! もう二度と戦争など起きない世界に変えるためにッ!! それが俺たちが果たすべき使命! 俺たちの運命!

 だと言うのにお前は逃げたッ! 世界と人が生まれ持つ運命を洞察できない輩は排除すべきなんだッ!! ここから居なくなってしまえ――ッ!!!」

 

 勝てる! 今の奴なら確実に! 自分自身の、この腕でッ!!

 確信と共にレイは機体のトリガーを引き絞り、ビームライフルの銃口は光を放つ!

 

 閃光が煌めき、小さな爆光が視界を焼き、マイクロサイズの太陽が瞬間的に地球上で発生して、オリジナルより遙かに短命の短い寿命を終えて消滅した後。

 後に残っていたのは、飛び散った機体の残骸。そして勝者の姿のみ。

 

 ズボォォォッン!!

 

「ぐわぁぁぁぁッ!? な、なんだッ!! いったい誰が・・・っ!?」

 

 背面から直撃を受けさせられ、吹き飛ばされた機体の中で衝撃に揺さぶられながら、レイ・ザ・バレルの鼓膜を、遅まきながら敵接近を知らせる警告音がうるさく叩き、秀麗な顔を屈辱と怒りの朱色に染め上げる。

 

 ――無意識のうちに目前のジャスティスの姿とアスランの存在に集中しすぎて、索敵がレーダー頼りになっていたとは何という失態か! 周囲に敵影が見当たらぬからと油断しきっていた自分自身の愚かしさが腹立たしくて仕方がない!!

 

 素人じみた初歩的ミスによって好機を逸してしまった、己自身の未熟さに怒りを通り越して憎しみすら抱きかけていたレイの視界を、ほんの一瞬かすめるように通り過ぎていく機影が横切る。

 おそらく自分に奇襲の一撃を食らわせたであろう敵の姿を、優れた視力で見逃すことなく視認したレイは、驚愕に声と瞳をいっぱいに押し上げる。

 

「!? 戦闘機・・・・・・だと!? あんな物で俺をやったというのか! チィッ! 戦争博物館でもあるまいに!!」 

 

 歯軋りしながらレイは、小生意気な青と白で色分けされた旧式戦闘機にしてやられたと知ったことで、更なる二重三重の屈辱にレバーを握る指先が真っ白になるまで強く拳を握りしめるほど強い怒りに身を震わせた。

 太陽を背にして、直滑降で急降下しながら背後からミサイル攻撃を至近距離から食らわされたとは言え、間抜けにも程がある無様な醜態。

 

 前大戦初期のザフト兵と異なり、空中でもMS同士の戦いが一般的となった今大戦から参加していたレイにとって、戦闘機相手のドッグファイトに慣れがなかったこと。

 敵パイロットの腕が、他の連合軍パイロットとは比べものにならぬほど優れていたこと。

 彼が使っている機体が、オールレンジ攻撃を前提とするドラグーン装備の、宇宙戦闘向けな《レジェンド》だったことなど様々な条件が重なった故での失態ではあったものの・・・・・・それらの理由で、戦闘機相手に後れを取ったレイの自尊心が癒やせるというものでもない。

 

「貴様っ! よくも!!」

 

 即座に撃ち返そうと、Uターンして再攻撃しようとしている小癪な敵の通り過ぎていった背中めがけてビームライフルの引き金を引き――

 

 キィィィッン!!

 

「――っく!? なんだ!」

『うっ!? コイツまさか・・・、あの時のヤツかッ!!』

 

 突如として脳裏に閃いた、雷光のような衝撃に意識と視界は完全に、謎の現象を引き起こした連合軍機らしき旧式戦闘機に奪われた結果。

 

 ビシューン!

 猛スピードで視界の脇をかすめて飛び去っていく、真紅の稲妻のごとき影の移動に気付いたのは、既に手遅れになった後だった。

 

「しまった!? ヤツが・・・!! えぇいッ、あの裏切り者! 今度こそ落としてみせる!!」

 

 慌ててレイは、小癪なだけの弱敵であしかない戦闘機から本来の倒すべき敵機へと意識を切り替え、全速力で去りゆく背中を追尾し始める!

 敵の行き先は分かっていた。ならば後は、どのタイミングで仕留めれるかの問題だけしかない。

 

 

 

 一方で、この時の攻撃によって最も衝撃を受けていたのは、実のところレイではなかった。

 

 

「えッ!? あの機体は・・・っ」

「《スカイグラスパー》っ!? なんで!」

 

 アークエンジェルの艦橋から、その光景を目撃した2人。

 索敵を担っていたダリダ・ローラハ・チャンドラⅡ世と、そして戦闘機が誰に渡した物であったかを最もよく記憶せざるを得ない艦長のマリュー・ラミアスの2人こそが、この思わぬ援護射撃に最も驚かされた人物たちだった。

 

 特にマリューの驚き――あるいは、期待は大きなものがある。

 

「あ、貴男なんで・・・っ!?」

『ハハッ、すまんな。余計なことしちゃったかい?』

 

 距離が近づいて通信画面が開かれ、コクピットに座っていたオーブ軍用のヘルメットを被って、連合軍の士官服をまとい、顔に大きな傷跡を刻みつけている異相と言っていい伊達男が、癖のある笑顔と共に自分を捕虜の身から解放したばかりのアンノウン艦クルーたちに笑いかける姿を映し出す。

 

「だけど貴男は・・・っ! だって・・・」

『実は俺、あのミネルバって船、嫌いでね。部下たちも大勢ヤってくれた奴らで、仇ぐらい討ってやらなきゃ浮かばれないガキ共もいる。

 まっ、一応は今も俺、連合軍大佐だから。条約には当たらないって事で』

「あ・・・」

 

 それがオーブの立場に配慮してくれた上での発言であることは、マリューにも理解できる。

 それは同時に、相手が『本当の自分自身』を思い出したわけではない事実を示しているものでもあったが・・・・・・何故なのだろう。どうしてなんだろう。どうして・・・・・・っ

 

「・・・・・・どうして・・・っ、あなたが帰ってきた訳じゃないのに・・・、なんで・・・・・・ッ」

 

 何故、こんなにも涙が溢れてきて止まらない自分がいるのだろう・・・?

 マリュー・ラミアスには、自分の心が分からない。分かりたくない・・・・・・ッ

 

 

 そのパイロットの名は『ネオ・ロアノーク』

 Xー1デストロイが初めて世に放たれて地獄を現出させた、ベルリンでの戦いの中で負傷していたところを回収して捕虜にした地球連合軍所属の大佐で、ミネルバにとっては因縁深い連合軍所属の遊撃部隊の隊長にして、思想結社ブルーコスモス盟主ロード・ジブリール子飼いの私兵集団とも呼ぶべき《ファントム・ペイン》の指揮官だった男。

 

 そして、先の大戦ではアークエンジェルを守って戦死したと思われていた『ムゥ・ラ・フラガ』その人こそが彼の正体であることが、ほぼ確定している人物が彼だった。

 戦闘開始に先立ち、彼は一応ながら捕虜ということで、旧式の戦闘機スカイグライスパーを与えられて解放されていた。

 前大戦中に同じような立場となった経験を持つザフト軍の『ディアッカ・エルスマン』と異なり、クルーたちの多くが彼の正体を知る知古の間柄だったことから、戦闘中に寝返られるのではといった懸念する要素は少なかったものの、艦長と彼が恋仲だったことを知る者にとっては気まずい事この上ない人物であり、気が散って仕方がない。

 

 どちらかと言えば、厄介者と言うより恋人同士の間に割り込んできた『間男』のような立場として放り出されただけの彼であったが・・・・・・どうやらアークエンジェルに搭乗するクルーたちにとって、気まずい男女関係に気を遣わなければならない時間は今しばらく続くことになったらしい。

 

 尤も、それはあくまで、この戦闘で死なずに済んだ者たちだけが被ることを許される、特権的な被害という厄介な代物でもあるのだが――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、レイが向かった先。

 レイが全速力で追尾を開始した真紅の機体が向かっている先の空域でも、一つの戦闘と一つの葛藤が同時発生している。

 

 

「ちっ・・・所詮は安物。思ったより壊れる時期が早かったようですネ。

 まぁ、もう時間は充分に稼げましたし、今さら構わないとも言えなくもないのデスが・・・」

 

 独りごちながら、背後から味方の砲撃で殺されかかった直後に怨みを忘れていないキョウヤ・ヒグチは、震えるほどの怒りを殺してでも冷静に戦況を分析しながらデスティニーとの戦闘を継続させるか思案している最中だった。

 

 オーブ海域をめぐって行われている連合軍の一大作戦。

 その計画の中でも一際派手で、耳目を集めやすく、計画の締めを完全なものとするためオーブに向かって放たれた【3機のMA型核弾頭Xー1デストロイ部隊】

 

 その護衛という名の“おもり”を申し使っていたことは、キョウヤ・ヒグチにとって不快なものとは必ずしも思っていない。むしろ楽な仕事で金儲けできてしまったと、内心では悦んでいた程に。

 

 今では有名になった「悪役」に世間の注目を集めさせるため、信憑性を与えられるよう直援機として、デストロイ破壊のため向かっていたシン・アスカと足止めのため戦い合う。それだけで大金が保証された楽な任務。

 

 

 だが、大前提として敵のパイロットであるシン・アスカは、彼より強かったのだ。

 自分の斬撃は躱され、相手の攻撃は掠り、言葉とトラウマによって生じた隙を突いた一撃でさえエネルギーを消耗しただけで完全に防ぎきられてしまった。

 

 これらの微細な違いは、パイロットとして純粋にシンの方がキョウヤよりも僅かに、だが確実に上回っていることを示唆するものである。

 機体の性能差もあるが、それ以上にキョウヤが生まれ持ったスペックと経験値を合計しても、今のシンには一歩届かない。それが与えられた攻撃ダメージの差として現れている。

 

 戦闘中にしゃべり続けて、余裕を見せつけ続けてはいたものの、実際にはそうすることによって相手を惑わし、自分の精神状態を安定させることで戦線を維持していたのがキョウジとシンによる戦いの裏に隠れた実情だった。

 

「・・・・・・コイツはおそらく、私より少しだけとは言え強いかもしれません。背後から撃ってくる危険なお荷物を背負いながら倒せる相手ではない。

 そろそろワタシも逃げるべき時か、それとも・・・・・・」

 

 プライドの高いキョウヤにとって、その事実を認めることは屈辱の極みではあったが、認めなければ今この場で殺されて死んでしまう可能性が高すぎる以上は、認めたくなくても認めるしかない。

 

 雇い主であるセレニアからの依頼さであるところの『予定時刻』は、既に過ぎていることを鑑みれば、この状況から自分がエクステンデッドの成れの果てを置き去りにして撤退し、デストロイ部隊が早期に全滅させられることになったとしても然程の問題はないと思うが・・・・・・問題はやはり、目の前で戦っている相手のボウヤある。

 

 自分が逃げるため背中を晒せば、ブシドー精神とやらで見逃してくれると決まっているなら、現時点で撤退するのもやぶさかではないのだが、生憎と相手は自分のことを殺したくて殺したくてウズウズしているらしい。

 殺気じみた怒りの情が、機体の動きの端々からビンビン伝わってくる。

 

 そうなると、ただ逃げるだけでも、強敵相手には厄介なことになる。流石にデストロイ部隊の撃退よりも自分一人に怒りをぶつけるのを優先するとまでは思えないが、逃げようとする敵機を背中から撃ってすらこないで先を急ぐほど、お優しくて恨みがましくないヒューマニストの理想主義者とは到底思えない。

 

 それでいて、向かってきてる途中のデストロイ部隊が、アレはアレで厄介だった。

 もし逃げようとして撃たれた結果、命は助かったが飛行機能に異常を来して着水などした日には、アレが近く起こす核爆発に巻き込まれて死ぬ結果になるのは明らかだ。逃げ延びるためにも危険を承知で、五体満足を維持する必要がある。

 

 そして、その為には単独で戦うよりも、危なっかしくて味方殺しのポンコツ機械人形共が動かしているだけとはいえ、支援砲撃と囮役のデカい的があった方が何かと選択肢が増えるのは戦闘の常識でしかない。

 

 そう考えたからこそ、キョウヤは今この場に、こうして此処にいる。

 敵であるパイロット、シン・アスカと愛機デスティニーと共に、この戦場に。帰るべき場所に。

 敵である少年が最も強く願い求めた場所まで、来たいと言うから越させてやって此処に来た!!

 

 

 

「良いでしょう! 来なさい! お嬢様には後で追加請求書を倍額で要求するためにもネっ!

 ワタシの飢えを満たすためにッ! ワタシに今より金を! 更なる財力を!! 豊かで贅沢な暮らしをもっともっと愉しむためにッ!!」

 

『うわぁぁぁッ!!! お前らみたいなヤツがいるからぁぁぁッ!! 消えろォォォッ!!!』

 

「そうです! その怒り! それこそがアナタを議長に選ばせ、力を与えられる理由になったモノ!

 アナタは他の誰よりも強く、怒りを抱いている!

 誰もが幸福に生きられる世界を強く愛し、二度と戦争など起きない世界を望み、それを壊された!

 だから怒っている! 殺したい! 理不尽な理屈で自分の愛した者たちは壊した奴らを許せない!

 あなたは誰よりも幸福を愛して平和を望んだが故に、それを壊されたことを誰よりも怒って、怒りをぶつける場所を求めたのでしょう!? だからザフトに入った! 怒りを発散する場所を与えてくれるのがザフト軍だったカラ! だから殺したい! 連合軍に怒りをぶつけたい!

 そんなアナタにとって、ワタシのような人間は特に許せないタイプのはず!

 議長殿の人形に成り下がるのを正当化するには最高の口実! それがアナタにとってのワタシという存在!

 戦争への怒りと欲求不満を戦争にぶつけたいだけのお子様は、さぞ議長殿にとっては都合が良い、求めたとおりの『愛する平和を壊した怒りの強さ』を持ってる子供だったでしょうネェ!! アーハッハハハハハハ!!☆☆☆!!!」

 

『~~~ッ!!! 貴様っていうヤツはぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!』

 

 

 

 キョウヤの煽り文句に、シンの心は怒りの炎を燃えたぎらせ、それと同時に冷静な計算と思考力が研ぎ澄まされていく度を強化させていく。

 

 『愛情』といい、【愛憎】という。

 

 誰かのことを、誰かたちのことを、あるいは人類や世界すべての存在を、心から愛して慈しみ、そこに生きる全ての者に幸せをもたらす平和を何よりも尊ぶ求められる心を持った人の感情。

 

 それ程までに強い愛情を感じられる相手と自分だからこそ。

 時々―――自分が愛するその者たちを、メチャクチャにしてやりたくて仕方がない激情へと変化する!!

 

 それが【愛情という名】の【怒り】と【憎しみ】でもあるという事実を、シンたち少年の年齢はまだ知らない。

 知らない少年たちだからこそ、知っている大人は誤認させて利用しやすいものだという現実を知らぬピュアな少年たちの戦いが、辿り着いてしまう場所は―――

 

 

 

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