機動戦士ガンダム 死のデスティニー   作:ひきがやもとまち

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少しぶりになってしまいましたが更新です。
自分的にはいまいちな出来で、何度も改正してたら時間かかってしまい、流石にキツクなってきたので一先ず投稿。
他の作品もあるので、反応を見せてもらって、さらなる改善目指すかを考える所存。
書きたかった内容だけは書けたと思われます。


PHASE-26(A)

 ギルバート・デュランダルが、ラクス・クラインのことを、何時どの時点から『敵』として脅威と見なすようになっていたのか、後の歴史家たちの多くは知らない。

 だが少なくとも、プラントと地球が再び戦火を交え合った大戦が始まった当初の時点では、すでに彼は彼女を【排除すべき強敵】と認識するようになっていた様ではある。

 

 

『ラクス・クライン暗殺未遂事件』

 

 

 地球プラント間で争われた最初の大戦の後、オーブ国内で隠遁生活を送っていた故シーゲル・クライン元プラント議長の娘ラクス・クラインが、MSを擁する武装集団に襲撃され、命を狙われるという事件が勃発した。

 真相は未だ不明だが、使用されていたMSが完成間もないザフト軍の新型機《アッシュ》であったことから、デュランダル議長の指示によって行われた可能性が高い事件として世間では知られている。

 

 歴史家の中には、この事件こそが『彼が犯した最大にして破滅の要因となる失策だった』と評する者までいる。

 

 確かに、この事件が起きるまで、キラ・ヤマトとラクス・クラインは再び開始された戦いに『不干渉』の立ち位置をとっており。

 連合と誼を通じたセイラン家の政略によって遠からず国を追われる身になろうとも、ザフトの軍事行動に介入する理由までは持っていなかったのは事実でもある。

 

 また、後にアスラン・ザラが離反した理由にも、この事件が大きく影響していたと指摘する歴史家も少なくはない。

 戦後に生き残ったミネルバクルーの証言から、彼が公には知られていない事件についての情報をアークエンジェル搭乗員から入手して、早い段階から聞き知っていたことが今では知られている。

 

 そのことをデュランダルの側が知らぬまま、不用意な発言をしてしまったことが、彼の疑いと疑惑を強める結果を招いてしまった可能性は否定できない。

 

 自らのスポークスマンとして、『ミーア・キャンベル』を『ラクス・クラインだ』と表向きは世間に紹介していた彼である。

 その前提で考えたとき、穏健派として知られる政治家ギルバート・デュランダルの言動は、その意味合いを大きく変貌してしまう。

 

 もし『本物のラクス・クライン』が死んだとすれば、彼の傍らにある『本物と名乗っている偽物』こそが、名実ともに本物とすることが可能な立場に彼があったのは事実だったから―――。

 

 

 

 

 

「私は、現プラント評議会議長ギルバート・デュランダルです。

 皆さん、突然の無礼を許していただきたい。

 ですが、どうしても申し上げずにはいられなかったのです。

 此度の出来事、その結末を。その真相を。

 そして――私が隠し続けることになってしまった、彼女“たちの”真実を。

 私は今ここで、全ての真相を全世界の人々に知っていただくために―――」

 

 

 その彼、ギルバート・デュランダルが今、オーブが全世界に向けて発信していた放送に割り込むことができたのは、偶然の産物によるものなのが理由の全てであった。

 彼としては、警戒していたのは『連合の小娘』からの介入であって、宇宙に上がるための特別便が確保されるまでの準備期間に余計なちゃちゃを入れられるのを阻止するためにこそ、彼は臨機応変に対処できる場所で控えていたのである。

 

 それが結果として、想定外の事態に対処する役として登壇する羽目に陥らされたのだ。

 彼としては不本意な事態と、不用意な状態での対処が求められる状況の展開に、内心で不快感を禁じ得ずにはいられない。

 まして台本や脚本が事前に用意できる時間的余裕があるわけもなく、情報の不足と用意の乏しい中で、ぶっつけ本番での対応を急遽しなければならなくなっていた。

 

「本来であれば、1から順を追って説明し、私自身もラクス嬢に謝罪し、誤りを伝えてしまった殊への償いをするのが筋なのでしょうが・・・・・・それらの前に。

 まず皆さんにとって、最も知りたがっておられるであろう情報を説明した上で、そこに至った事情を語らせていただきたく無礼を重ね重ね許して頂きたいのです。

 そう――彼女、私が『ラクス・クライン』として皆さんに紹介してきた少女が一体何者なのか、その正体を・・・・・・」

 

 沈痛な苦悩の表情を浮かべながら、言い訳めいた言葉を紡いでいく議長。

 だが――彼には勝算があった。

 情報は不足している状況で、用意も準備もろくに出来ていない突然の事態に対処する必要性と役割。

 

 だが殊、“彼女に関する話”では、自分は圧倒的に有利な地位にある男だった。

 たとえ本人自身であってさえ否定しようのない、知識的アドバンテージが彼にはあった。

 

 だからこそ、単なるアドリブ、不利になった情報戦をウヤムヤにする偽装、追及を躱すための詭弁でしかない言質と承知していながらも。

 彼の自信と勝利への確信は、いささかも揺らぐことがまるでないまま・・・・・・言葉を紡ぎだす。

 

 

「彼女の名は――彼女がもつ、本当の名は『ミーア・キャンベル』

 ラクス・クラインにとって、生き別れとなっていた実の妹にあたる少女です」

「―――えっ!?」

 

 

 その紹介を受け、最も驚いた表情と感情を浮かべ、傍らに歩み寄っていたデュランダルの顔を仰ぎ見るように見上げてきたのは、他の誰でもないミーア自身だった。

 聞いていない話であり、聞かされていない設定であり、台本には無いセリフの説明文。

 いったい相手が何を言っているのか理解できず、口をポカンと開けて目を丸く見開いたまま、自分の顔を見上げて驚いた顔で動きを止めている彼女に向かい。

 

「大丈夫だ。もう話してしまって構わない。

 彼女もまた、君のことを受け入れてくれる」

 

 と、優しい口調で笑顔で小さく語りかけながら、「ポン」と肩の上へと軽く手を置いて安心させる仕草を示すギルバート・デュランダル。

 

 

 ―――たったそれだけの仕草とセリフでしかなかったそれは、一瞬前まで「どちらのラクス・クラインが本物なのか?」で動揺し、議論する者が続出していた視聴者たちの心の中に。

 更に大きな動揺と混乱を与えさせ、議論すらできなくなって唖然としたままテレビ画面を注視する者たちを世界中に量産させることになる。

 

 

 ミーア・キャンベル―――ラクス・クラインの、生き別れの妹!?

 ラクスは双子だったと言うことか? だが、それならなぜ今までラクスの名を騙って自分たちに―――

 

 

 様々な理由と理屈で、いきなり与えられた情報を脳が受け入れるため、適度な理由付けの説明を探し求めて安心したがる多くの人々。

 とりあえず、「自分が納得できる理由説明」さえ得られればいいという人が多数派である彼らの願いは、それらの心理をよく理解している男によって望み通り与えられることとなる。

 

「彼女がなぜ、生まれたときにラクス・クラインと引き離されて育てられたのか。・・・・・・残念ながら私にも、そして彼女にも、それらの理由を知る術はもはやありません。

 それらの真実を知っているのは、今は亡きラクス・クラインの心優しきご両親であったクライン夫妻と、彼女――ミーア嬢に生まれの事情を、死の間際に語ってくれたという育て親の女性だけだからです・・・・・・」

 

 

 その説明を聞かされて、当のラクス・クライン自身が不快そうな表情を浮かべながらも、なにか言いたげに開こうとしていた唇を閉ざして、再び黙ったまま相手の話に耳を傾ける姿勢に戻る。

 

 彼女自身にも真相は分からない言い方になっていたことが、その理由だった。

 ラクスの母親は彼女が幼い頃に病死しており、父も地球との戦争の中で同じコーディネイターの手によって殺されてしまった。

 

 今となっては自分の生い立ちに、両親から聞かされていたものとは違う過去があったとしても確認する術がなく、まして『生き別れの姉妹』というのでは彼女自身に妹を認識できていなくとも不思議さは何もない。

 

 あるいは、プラントの技術力を用いた遺伝子検査でもおこなえば、自分と相手のみならず、仮に両親と血の繋がりがなかったとしても正確に診断することは可能かもしれないが・・・・・・『デュランダル評議会議長』が政府トップに君臨している今のプラント行政機関による調査結果の真偽など、大して意味のあるものとは到底思えない。

 

 だが、それでは相手の言っていることの真偽が何一つとして分からないことになるしかない。

 ラクスとしては、とにかく今は黙って話を聞く以外に対応するための選択肢が何も思いつかない。そういう状態に今の彼女は置かれていた。

 

「私が彼女の口から――ミーアから、自分の本当の名前と生まれの事情を初めて聞かされたのは、つい先日のことです。

 オーブでの戦いが終わり、その戦闘の最中『姉と縁の深い連合所属だった船』が再び姿を現したと知った彼女は、『これ以上秘密にし続けるのは耐えられない』――そう言って、私に全てを教えてくれたのです。

 今さら私の言葉が信じて頂けないのは当然の評価だと、私自身も思いますが・・・・・・しかし本当に、私はそのとき初めて彼女の素性と、今に至る経緯の全てを知ることが出来たのです」

 

 白々しく、誠実な態度でテレビの前の群衆に向かって語りかけるデュランダルの心には、しかしラクスと違い、過去の曖昧な箇所にまつわり不安を感じさせる部分が何もない。

 堂々とした精神を保ちながら、さも申し訳なさを感じていたたまれない、殊勝さを示すための態度で装ってやるだけでいい。

 

 それは『ラクスの過去』について、本人自身よりも詳しい情報を持ちうる者だからこその強み。

 『彼女』から、ラクスの情報は事細かに知らされている。

 亡きシーゲル・クラインと、その妻との間に生まれた娘でないことも、どのような理由で生まれてきた運命にあるのが歌姫ラクスなのかと言うことも、『本当の母親』が誰なのかも。

 もしラクスが、本当にクライン夫婦の娘だという確証を手にしていた場合には。

 もしラクスに、本当の両親というものが存在し、その者たちがプラント内に実在していた場合には。

 

 今の自分が語った話は、盛大な嘘だったという真実となって、ブーメランとなり自身の体と心と政府のメンツを切り刻む鋭い刃となって帰ってくる恐れがある。

 

 だが、そんなものは無い。

 ラクス・クラインには、幼い頃に生き別れた本当の両親などという存在は実在しない。

 ラクス・クライン出生の事情は、とある場所にいる『一部の者たち』以外は誰一人として知る者はない。

 

 

 誰も知らず、本人でさえ確認する手段のない、『己の過去』に纏わる情報ならば。

 整合性さえつけられる限り、幾らでも創り出すことが可能になる。その程度のものが、『人の過去』

 

 

「そしてそれは、今まで彼女の言動の端々に感じさせられることがあった違和感とともに、私の中で全ての糸が繋がりあった瞬間でもありました。

 そう・・・・・・あの日、私の元へきて協力を申し出てくれた時から感じ続けていた、ラクス・クラインと似て非なる想いの現れ方の違いを。

 『姉の代理』を果たしたいと強く願い続けていた、彼女の思いの内側にあるものを、あの時こそはっきりと―――」

 

 慈しむように、哀れむように、優しげな瞳で怯えたように戸惑い続けている『自分のラクス・クライン』を見下ろしながら、デュランダルの話は続く。

 彼が即興で考えた、『ラクス・クラインの生き別れた妹ミーア・キャンベル』が、姉に成り代わるまでの物語は単純なものだった。

 

 

 ―――幼い頃から、母親の手一つで育てられていた彼女は歌を学び、大人になったら歌手になるという夢を抱き。

 その過程で自分の目指す夢の象徴として『平和の歌姫』との出会いを、強く意識するようになっていく。

 やがて戦争が始まり、ラクスに関しても様々な噂が世間に流れる中、母親が心労も重なって病に倒れ、死ぬ間際に彼女の本当の素性を語って聞かせ、その夜の内に死んでいった。

 

 その話を聞いた彼女は、自分の髪色を染めた姿を鏡に写して、愕然とさせられることになる。

 テレビや雑誌で見続けた、憧れのラクス・クラインその人が、鏡の向こう側から自分自身を見つめ返してくる光景を前にして、彼女は自分の存在が何であるかを理解せざるを得なかった。

 

 だからと言って、いきなり現れた妹という存在に、姉が戸惑わぬはずはない。

 相手の家庭を壊したいとも思わなかった彼女は、姉の成功する姿を遠くから見れるだけで満足し、自分は自分の夢を追うことを選んで数年が経過し―――やがて、再び戦争が始まった。

 

 

「・・・・・・戦争が少しずつ激化する中、彼女はずいぶんと思い悩んだそうです。

 どういう理由であろうと、自分がやろうとすることは、『姉の手にしたものを盗むことだ』という事実を知っていたからです。

 たとえそれが平和のためであろうと、『姉の名と姿を利用すること』になる罪悪に自覚があったからです」

 

「それでも尚、彼女は悩み、やがて道を選びました。

 『何らかの事情で姿を現せない姉の代わり』を自分が果たそうと。

 『姉が帰ってくる日までプラントの人々に歌で想いを伝える役を担う』と」

 

「そう想い決めて彼女は―――ミーアは、私の元を『ラクス・クライン』として訪れたそうです・・・・・・。

 それが、私が彼女から伝え聞いた『ラクス・クラインの妹ミーア・キャンベル』に纏わる情報。その全て・・・・・・」

 

 

 

 顔を心持ちうつむかせ、沈痛な面持ちで締めくくられた言葉で、議長の語る『真実の告白』は幕が下りる。

 テレビ画面の向こう側から、その光景を見聞きして、平和の歌姫だと信じ続けてきた少女の真相を教えられたばかりの人々には声もなく、ただ画面に視線を集めたまま戸惑う想いを周囲の仲間たちと共有することしかできるものは誰もいない。

 

「・・・・・・」

 

 当のラクス・クライン本人自身でさえ、そんな者たちの一人だった。

 議長の話を聞き、否定すべき所は否定しようと思っていた彼女ではあったものの、語られた話の中には自身が否定できる「穴」となるべき箇所が見つけられず、黙って聞き役に徹する以外に選べる道を見つけ出すことが最後まで遂にできなかったのだ。

 

 

 ただ一つ。―――それがデュランダルの狙いである可能性だけは認識することができていたが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな状況の中。

 議長の話を聞かされていた全ての人々の中で一人だけ、他とは大分異なる感想を抱いて、口にしていた人物がいる場所がある。

 

 

 

「これはまた、何とも言えないほど・・・・・・意味の薄い情報ばかりが語られた、ミーアさんとやらの過去暴露話でしたねぇ」

 

 地球連合軍艦隊旗艦ブリッジ内。

 その場所に、オブサーバー用にも司令官用にも用途によって使い分けてきた逸話を持つ椅子に腰掛けている、軍服姿をした銀髪の少女が、茫洋とした表情のまま茫洋とした口調で辛辣な評価をデュランダルの語っていた暴露話に対して口にする。

 

 曰く、『大したことは何も言っていない真実だった』――と。

 

「――そうでしょうか? 意味が薄いと司令官はおっしゃいますが、あの少女はデュランダルが開戦以来ずっと広報の顔として重用し続けてきた、いわばプラント政権のスポークスマンのような存在です。

 その彼女の発言内容に、政治的な価値がなくなるか否かを左右させる話である以上、無視するわけにはいかないのではと、小官なら愚考しますが?」

「話の内容次第では、そうだったでしょうがね。

 ですが、話の重要部分に関わっているであろう大部分の関係者が死去してしまった後らしい今の状況下で、確認や裏取り調査ができる話とは思えません。

 “信じるか?信じないか?”という選択肢について、心情を理由としてではなく、理屈によって判断するための参考資料として用いる場合には、特に意味がない話だったとしか」

「ふむ・・・・・・まぁ、そうかもしれない話ではありましたからな。確かに」

 

 相手から返された可愛げのない返答の内容に、艦隊指揮官ダーレスは鼻を鳴らす表情をしながら「可愛げのない言い様だ」と、心の中だけで抱いた感想を声には出さずにしまいこむ。

 いつも通り、家族の情だの信頼感といった感傷的な分野と、物的証拠を示せるか否かが重要となる情報分析とをゴッチャにする意思がまるで感じられず、散文的すぎて面白味のない事この上ない。

 

 正直、テレビ画面の内側で落ち込んだように沈んだ表情を浮かべている、敵国元首のスポークスマン歌姫の方が「子供らしく」感じられ、個人的にはよほど好意が持てそうな程だ。

 

 

 ・・・・・・もっとも、語られた評価そのものには、納得できない訳でもない。

 たしかに今、デュランダルの口から語られらた『歌姫ミーア・キャンベル誕生の裏事情』には、当事者の数が少なく、関係者の多くが死亡しており、証言者から真偽について確認できない部分が多すぎる特徴があった。

 

 まして自分たちは彼らにとっての『敵国人』

 敵が敵を悪く言って罵り、主張の穴を突いてレッテルを貼ることで世論を刺激して支持低下を狙うのは、戦争中には全ての国同士で行われ合う程度のこと。

 

 

「まぁジブリールさんなら、何かしら敵の分断に利用できそうとか考えたかもしれませんけどね。

 それでさえ、ラクス・クラインさんの本物らしい人が傍らに立ってる相手国の重鎮を買収できてた場合にはの話にしかなれんでしょうが・・・・・・今となっては、ちょっとねぇ・・・」

 

『――私自身、知らなかったこととはいえ、結果として国民の皆様を騙し、心優しき本物のラクス嬢の名誉と尊厳に傷をつける行為に手を染めてしまっていたことは事実です。

 なにより私は・・・それが政治的に効果のある行為と認識しながら、今まで容認し続けてしまっている。

 偽りの自分を創り出し、人気取りに利用していたとして、被害者であるラクス嬢が私のことを不快に思うのは仕方のないこと――いえ、むしろ人として当然の怒りであり、正当な権利の主張だと私も思います』

 

 

 自嘲気味な口調と表情とで語られる、セレニアから自分たち勢力に対する酷評と、罪悪感と贖罪の念に苛まれたらしきデュランダルからの自己批判。

 偶然にも2つの音声が、代わる代わる交互に聞こえてきたのが印象的だった。

 

『ですが彼女の――ミーア・キャンベルの、姉が願い求める平和な世界への憧れと、それを助けたいと誓った想いに嘘偽りがないものだったことだけは、どうか信じてあげて頂きたい・・・ッ!

 彼女は切実に、姉であるラクス・クラインのプラント不在という危機的状況を放置していることが出来なかった―――それだけなのです!!』

 

「しかし・・・・・・奇縁というのは、こういうのも言うんですかねぇ。

 正直なところ、手にしたものの使い道をどーするかで悩んでいた古道具としか思ってなかったんですが・・・・・・」

 

 再び敵味方、2つの勢力の、軍と国とを率いる指導者たち同士の声が交差する。

 そして所属も年齢も立場も目指している世界も――おそらくは、勝利した後に続いているであろう世界さえ全く逆の未来へと続いているだろう2人の言葉は、このときにも最後の最後まで交わることなく。

 

 真逆の方向に向けてですらない、全く別々の方向に向けられながら、全く異なる意味を持った言葉と言葉を放ち合うことで―――終わりを迎えることになる。

 

 

『クライン嬢! 私を憎むのはいいッ!!

 ミーアの想いを、生き別れの姉である貴女に対する愛情を、政治のために用いてしまった私が恨まれるのは、否定されるのは、信じられなくなるのは自業自得の報いと受け入れよう!

 ですがどうか! ミーアだけは!! 貴女を想い続けた妹の言葉と想いだけが受け入れてあげて頂きたい!

 そして出来ることなら彼女と手を携えて、プラントと人類全ての未来を共に歩んでくれることを、私は心より願っているっ!

 信じられないかもしれませんが、それが嘘偽りのない私の本心ですッ!!』

 

「安全なところまで逃げ出して、すっかり安心して早くも女性士官のお尻に顔をとろかせてる、『オーブからの家出お坊ちゃん』に早速一働きして頂けるよう、ホルクロフトさんからお願いしてもらいますか。

 ・・・・・・まぁ、彼女自身とコーザさんに恨み買いそうなのが微妙ですが・・・・・・カル・バヤンさんにフォローを期待するのは無理そうですし・・・やれやれ、です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それら一連の放送は世界に衝撃を与えることになる。

 先の大戦中であったなら、プラント評議会議長シーゲル・クラインの娘でしかなかった『ラクス・クライン』が、本物か否かという程度の問題と笑い飛ばす者の方が圧倒的多数であったはずの地球市民たちでさえ、その議論に夢中になった。

 

 暴虐な連合の支配から開放された各地を回って慰問コンサートを実施させ続けてきた『デュランダル議長の後援者』として喧伝され、今では地球のナチュラルたちにも広く知られるようになっていた存在だったことが、オーブの助けになってしまう形となってしまったのだ。

 

 だが反面、それら宣伝の効果と影響は、必ずしもオーブ・クライン派連合が求めていた方向には進むことまでには至らなかった。

 

 

『どういうことなんだ!? これは!』

『ラクス・クラインが二人いたなんて・・・・・・』

 

『偽物だ! オーブはセイラン家と組んでた国なんだぞ!?』

『本物だったら、そんな奴らと一緒にいるはずがない!』

 

『お前らはデュランダル議長の話を聞いてなかったのか!? 彼の想いを! ラクスを想うミーアの気持ちを考えようとは考えないのか!?』

『ミーア・キャンベルはラクスを名乗っていた偽物なんだろう!? そんな奴の言葉なんか信じられるもんか!』

 

 

 困惑と動揺、疑惑と信頼。

 ミーア・キャンベルとデュランダル議長のおこなった行為に理解を示すもの。

 ラクスの賛成する言葉を信じて志願入隊した想いを裏切られたと罵るもの。

 オーブとロゴスとの繋がりが未だに影響しているのでは?と穿った視線で見つめるもの。

 

 ・・・・・・様々な意見がザフト兵の間で、ナチュラル兵士たちの間で、プラント市民たちの、地球市民たちの間で交わされ合ったが、『ミーア・キャンベルとラクス・クラインの関係性』『ミーアをラクスの偽物として使ったデュランダル議長』という部分にだけ焦点が当てられていた。

 『真のラクス・クライン』が世に訴えた『この戦争が起きた真の目的と理由』については置き去りにされてしまっていく。

 

 それらの話題は広く波及し、後方の市民層だけでなく、前線の軍人たちの間でも艦内各所や各基地内で近くにいる同僚たちと囁き交わし、不安と不信をぶつけ合うことへと発展していた。

 

 

「かっ、艦長! ごらんになりましたか? さっきの放送・・・・・・あ、あれはいったい・・・」

「聞かないでよ。私にだって、なにが何だか分からない状況なんだから」

 

 常に最前線に居続けてきた戦闘艦《ミネルバ》の艦橋さえ、それら兵士たちの間で短期間に流行してしまった風潮から無関係でいるのは不可能だった。

 いつも予定外の状況が発生するたびに動揺していたアーサー副長が、多くの者たちの予想通り、その一番手だった。

 困惑しきった表情と口調で、いつも通りに上官へ向かって問いかけてくる小心者な部下からの問いに辟易させられながら、タリア艦長もまた動揺を隠しきれない声で答えるしかない。

 

 いつも副長が先に動揺して自分に問いかけてくるから、自分まで動揺を表に出すわけにはいかなくなっているだけなのが、ミネルバ艦橋でパターン化しているやり取りだった。

 副長が訳の分からぬ状況に混乱して、艦長まで同じように惑乱している惨状になっては収拾などつけられない。

 

 正直タリアとしては、「なんでも自分に尋ねるのはやめて欲しい」というのが本音であり、「自分は辞典でもなければデータベースでもない」と言い返したい欲求に駆られることも0ではないのだが・・・・・・反面。

 

 いつも真っ先に副長が動揺して艦長に問いかけ、その問いに艦長が毅然と答えを返すことで『艦の方針全体が定まる』という流れが形作られていることも、ミネルバに定着しているパターンになっているのも自覚はしている。

 

 人間の生活とは、パターンの中で定着していくものらしく、副長が動揺する事態に自分が毅然とした答えを返せば、とりあえずは収まりが付いてしまうのだ。

 

 あるいは副長は、それを分かっていてやっているのかもしれないなとタリアは考えるようになっており、こういう場面で無碍にしたことだけは一度もない。

 ――もっとも、半ば本能的に理解しているだけで、計算してやっていると思ったことは一度もないのだけは、なんであったが・・・・・・

 

「現状において確実に確かなのは、『我々の上官はラクス・クラインじゃない』って事よ。

 彼女が偽物であろうとなかろうと、彼女の命令に従う義務は最初からない」

「あ・・・・・・」

 

 明快に言ってのけられ、その点を失念していたアーサーは一瞬ポカンとなり、やがて軍人としての己の立場に思い至り、そして納得する。

 そうなのだ。実のところ放送の中で語られていた、デュランダル側のラクスと、オーブ代表の傍らに立つラクスのいずれが本物であろうとなかろうと、ここにいる自分たちには最初から何の関係もない事柄ではあるのだ。

 

 自分たちザフト軍人はプラント評議国に仕える軍人であり、プラントは議会制を敷く民主国家だ。

 中世の専制国家ではあるまいし、彼女たちいずれかが本物のラクス・クラインだと信じたから戦っているわけではなく、近代国家の軍人として議会の決定に従い、上官の命令によって敵と戦えばいい存在。

 近代国家の軍人にとって、「信じること」と「行動の内容」には関係などない。――そのはずだ。

 

(――もっとも、そこまで単純な話でもないのが、現実なのでしょうけど・・・)

 

 艦長からの指摘に納得して、安心したらしい副長とブリッジクルーの面々とは裏腹に、当のタリア自身は内心で、自分の言った言葉とは真逆のことを思いながら苦々しい舌打ちを禁じ得ずにいる。

 

 形式としては自分の言ったとおりの理屈が正しいとは思う。だが現実は必ずしも、そうではない。

 軍人は議会の決定に従うだけ、とは言うものの、その議会決定を大きく左右するのが『世論』であり、その世論の流れを決めているのが『国民たちの多数派支持』

 そして、その国民たちの多数派が支持してきたのが、『本物のラクス・クラインの言葉』だった。だからこそデュランダルは偽物のラクスを作ってまで彼女を側に置いていたのだ。

 

 ならばプラントの軍人たちは、『本物のラクスと信じたから戦ったわけではない』ものの。

 『本物と信じたラクスが支持する政治家の意思』が世論の多数派を形成させ、そのまま議会の決定に結びつき、上官から軍への命令という流れで、下へ下へと降っていっただけの違いしかない。・・・・・・という事になってしまうのではないか?

 

 世論が、そのまま国全体の政治方針や軍の行動に直結するとは限らぬとはいえ、近代議会制を敷く政府としては無視できない要素なのは否定できない。それこそプラントは、中世の王制を敷く専制国家ではないのだから。

 

 とはいえ、自分の語った形式論で精神的安定を取り戻し、普段通りの業務に戻りつつある部下たちの気持ちに水を差す気にはなれなかったタリアは、あえて余計なことを言わず沈黙する道を選びことになる。

 丁度そのタイミングで艦隊司令部から指令が届けられ、彼女たちに新たな任務が与えられたことも口実としての理由にはなったのだろう。

 

 その任務の内容に、彼女自身や部下たちが、どういう思いを抱かされたかは別の問題の話として―――。

 

 

 

「艦長、艦隊司令部より電文です。

 ――“ミネルバはカーペンタリアへ帰投後、月艦隊と合流すべく発進せよ”と――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その命令が新たに届き、宇宙から地上へ、オーストラリアからジブラルタルへ、カーペンタリアからオーブへ、そして今度は地上から月へ打ち上げろ――と。

 地球をめぐる大冒険のような航海をやらされることが、『軍人』として『議会の決定』という形で行動するよう命じられてしまった自分たちの不幸に嘆きの悲鳴を上げる、その僅かに前の時刻。

 

「どういうことなんだよ一体、これは!?」

 

 ミネルバの艦内では、一人の少年が驚きと戸惑い、そして誰にでもない怒りの叫び声を放っていた。

 シン・アスカ。

 ザフトによる地球侵攻から防衛するため結成された地球連合軍によるオーブ侵略によって孤児となり、プラントへの亡命者としてザフト軍人となっていた少年兵。

 

 彼は突然に降りかかった脅威によって故郷と家族を奪われた過去の日と同じように、今もまた突然に降りかかった予想外の情報を前にして、叫ぶことしかできなくなっていたのである。

 

 ――自分たちが信じていたラクス・クラインが偽物!? 本物がオーブに現れて議長を否定した!?

 まさかそんな、一体なぜ!?・・・・・・彼がまず思うことが出来たのは、そんなことばかりだった。

 

 いや、彼だけではない。

 比較的に冷静なミネルバに乗船するクルーたちは多かれ少なかれ、彼と似たような感想を先の放送に抱かされていた。

 

「なんで・・・・・・ラクス・クラインが二人――いや、片方は偽物だったって言っちゃってるわけだけど・・・・・・」

 

 彼の傍らで同じように映像を見ていたルナマリア・ホークも、戸惑ったように呟きながら答えを求めるように士官学校で同級生だった少年の横顔を見つめてしまう。

 周囲では自分と同じように疑問と疑念と、賛成反対の賛否両論を言い合い始めた同僚たちで騒然となっている状況にレムルームは陥りつつあったが――ただ一人だけ。

 

 冷ややかな顔つきで押し黙ったまま、厳しい目つきでモニター画面を見つめていた金髪の少年は無言のままに踵を返すと、何も言わずにレクルームを去って行こうとする姿が視界に入ってきた。

 

 その姿に気づいた二人の同期生パイロットたちは、自分の抱いた疑念は一旦考えることをやめ、慌てて彼の後を追いかけ誰もいない廊下で声をかけることに成功する。

 

「レイ! レイ、待てよ!」

「・・・・・・何だ?」

 

 追いかけてきたシンから呼びかけられた相手の少年兵、レイ・ザ・バレルは振り返りつつも相手の調子に合わせることなく、常と同じく素っ気ない口調で逆に問いを返してくるだけ。

 まるで先までの出来事など何もなかったように、あるいは論じるほどの出来事ではないと割り切っているかのような超然とした態度での冷静な反応に、シンは少し鼻白みながらも探るように言葉を紡ぐ。

 

「あ・・・いや、えっと・・・・・・あのオーブの、ラクス・クラインのこと・・・・・・レイはどう思う? それに、議長が言ってたことだって・・・・・・」

「何だ、お前まで。――バカバカしい」

「え? だけど・・・・・・」

「そうやって、我々を混乱させるのが目的だろう? ――敵のな」

 

 氷のように端正な顔立ちで真っ直ぐ見つめ返しながら、レイ・ザ・バレルは2人の仲間たちに、そう断言する。

 

 ――敵の流した偽情報である。敵の言葉を信じるなかれ、と。

 

「もっとも、なかなかに穿った心理戦であることは認めざるを得ないがな。

 おそらく皆も、そうして本物だと信じていた相手の真偽を気にしているのだろう? 今のお前たちのように」

「・・・・・・あ」

「・・・・・・」

 

 相手の言葉で、初めてその可能性に思い当ったシンが、狐につままれたような表情になって小さく声を上げる。

 レイの言うとおりだと思ったからだった。こんな風に自分も動揺させられているのだから、他の仲間たちも同様だろう。それを狙って敵の仕掛けてきた策略である可能性を否定する理由は何もない。

 それは当たり前の解釈だったし、普段なら真っ先に思いつく可能性でもあったろう。それを思いつくことが出来なくなっていたのは、それだけシンも動揺していたということか。

 

 たしかに自分たちに『ラクス・クライン』として示されてきた「平和の歌姫」は偽物だったかもしれない。

 だが元々シンもレイもルナマリアも、他のザフト兵たちの多くは『ラクス・クラインに従って戦争に参加した』という訳ではない。

 

 デュランダル政権下のプラント正規軍として今次大戦に参加して地球軍と戦いはじめ、地球から再びの『核ミサイル攻撃』を受けさせられた事件の後から、彼女は今のザフト軍にとっても象徴的存在に返り咲いてきただけの人物だったはず。

 

 それが『ユニウスセブンの悲劇』を彷彿させる攻撃手段の再使用と、先の大戦を再開させてしまう恐怖とで混乱する民意を纏め上げるため『必要なカリスマだった』と言われたら、その通りの状況だったと理解できる。

 

 そうは思わせることなく、まるで『代理』を担わせて全体をまとめていた行為が悪意的な目的によるものだったかのように思い込ませるために、『ラクス・クライン』が語った議長へ疑念と糾弾。

 おそらくは、「自分の偽物」を政治に利用していたことに激怒した故の行為。

 しかも、「生き別れの妹」の存在を知らなかったからこそ余計に―――

 

 ・・・・・・だが・・・・・・

 

「――本当に、それだけだと良いって、私もシンたちも思ってるけどね」

「・・・・・・」

 

 安堵しかけて精神的安定を取り戻しかけていたシンの隣で、ふとルナマリアが独り言のように呟いた声を聞きとがめ、レイは責めるような視線で彼女を見つめ、やや冷めた表情で見返してくる彼女らしくない反応に内心、半歩だけ後ずさる。

 

 彼女が常ならぬ反応を返してきたのは、先ほどの映像を見ていたときには思い出せなかった『ある人物の一言』を今更ながらに思い出してしまったことに起因してのものだった。

 

 議長が乱入し、自らラクスと信じていた相手が『本物の妹だった偽物』だと自身の口から証言されたことによる衝撃に心奪われ、他のことに意識を回すことが出来なくなっていたのだが―――レイの氷のように冷静な対応によって、現実的思考を取りもどされていた結果だったのは皮肉な話だ。

 

 そう。彼女は思い出してしまっていたのである。

 先程の放送でデュランダル議長と、議長自身の言葉で『相手のラクス・クラインこそ本物だ』と聞かされてしまった後だったからこそ、どうしても頭から離れなくなってしまった記憶巣に染みついた「あの一言」

 

 

 ―――なんで、本物の彼女は、コーディネイターに殺されそうになるの?

 

 

 それはダーダネルスの海戦で、初めて今次大戦に《アークエンジェル》と《フリーダム》が介入してきた後、アスランが単独で彼らと接触するため秘密裏に会合したときに交わされていた会話の中で、キラ・ヤマトと思しき少年が発していた言葉の一つ。

 

 あのときタリア艦長は、アスランの行動に許可を与えつつも、密かに追跡と監視、会話内容を盗聴するよう命じられていたのが彼女、ルナマリア・ホークだったのである。

 

 そのときには報告後に艦長から、他言無用を言明され『見聞きした内容は全て忘れるよう』口止めされ、その命令は今も破るつもりは些かもなかったが・・・・・・それでも、今回の一件は彼女にとって無視するわけにはいかない部分を含んでいた。

 

 

 ―――あの会話の中で語られていた内容が、仮に事実だったと仮定した場合。

 アスランから「キラ」と呼ばれていた少年の言葉では、『ラクス・クライン』は自分たちが知らされぬ所で『コーディネイターの部隊に暗殺されかかっていた』という事になっていた。

 

 当時は「まさか」と思ったし、アスランが言っていたように「プラントにも色々な考えの者がいる」という意見には賛同できるものもある。

 客観的に見て当時の戦況はどう考えても連合にこそ多くの責任があり、プラントは正当防衛にとどまる範囲の反撃しかしていなかった時期という事情もあった。

 

 だからこそ、差して気にすることなく、艦長から言われたとおりに忘れ去り、思い出すことがあっても短時間だけで流してしまってきた。当のアスランに裏切られたことへの蟠りもある。

 

 

 ―――だが、それを差し引いても今回、デュランダル自身の口から表明された『敵側にいたラクス・クラインこそ本物だった』という事実を知らされた今では、彼女には到底あのときの話を聞き流し、「よくある敵の策略だ」という平凡な理屈で納得するなど出来るわけがない。

 

 

 何故なら―――『本物を殺す』ことで【偽物】を【偽物だ】と証明できる者は誰もいなくなるから。

 

 もし最初から『偽物だ』と知っていたら、【本物を殺して】自分の傀儡を【事実上の本物にしてしまう】・・・・・・ということが可能になってしまうから。

 

 

 

「・・・そうだろうな。だが、なぜだ? なぜ人は真偽を気にする? 本物なら全て正しくて、偽物は悪だと思うからか?」

 

 誤魔化しようのない疑いの想いを、デュランダル議長に抱くようになってしまっていたルナマリアの心に、レイの言葉が空しく響く。

 

 

 ―――違う。そういう話ではない。

 偽物が悪だから疑っている訳ではないし、本物だから、正しいからと、善悪を問題視している訳でもない。

 

「だが俺は・・・・・・俺にとって、それはどうでもいい」

「レイ・・・・・・俺、俺は――」

「議長は正しい。俺はそれでいい」

 

 最後にそれだけ言って切り捨てて、頑なな表情と口調のままレイはパイロットアラートに入っていった。

 

「れ、レイ・・・」

「・・・・・・」

 

 そんな友人の、自分以外全てを拒絶するかのような態度を見せつけられ、シンは呆然として閉じられた扉を見つめることしかできず、ルナマリアからの視線は冷たかった。

 シンには、分かることが出来なかった。

 

 もともと知能は高くとも、単純なものをこそ好み。

 感情を重視しやすいが、理屈ができないわけでは決してない、『極めて優秀なヤンチャ坊主』の一面をもつシンにとって、レイの屈折した心理はそれこそ『穿った心理戦』としての効果を与えるものだった。

 

 

 彼の言い分を、本心だと信じるなら、もし議長が嘘を吐いていると分かっても、レイは彼を信じるということになる。

 だが自分とて一度は、議長がラクス・クラインの偽物を本物だと偽って立てていたとしても、それで構わないのではないか?と思ったではないか。

 自分だけではない。誰だって、そう考える人は少なくないだろう。

 

 正しいことのためにやむなく、そうしていただけならば。

 正しい結果をもたらすために、偽物を本物だとするのが必要だっただけだなら。

 

 それは仕方のないことだし、本物か偽物だったかなんて、正しい結果が得られるなら大した問題じゃない。偽物だって本当に正しい結果に至れるなら構わないのではないか――

 

 

 そんな風に考えてしまうようになったシンは、自分の思考に気づくことが出来なくなっていた。

 自分が心の中で、『自分が信じた議長』が『偽物を使ってでも行う行動』のことを【正しい結果に至るに“決まっている”】という、前提条件を自分の中で設けてしまっている思考の偏りに。

 

 偽物を使っているか? 偽物を立てて皆を騙して嘘を吐いていたか否か?という要素は、根本的に『本物を使うこと』『皆を騙さず嘘を吐かないこと』と同じものでしかない。

 ただ、方向性が真逆なだけで、双方共に『単なる手段の一つ』でしかなく、どちらだろうと結果を約束してくれる条件では全くないもの。

 正しさとも、間違いとも、全くもって関係なきもの。その一要素。

 

 

 本物を前面に押し立てて軍を進めれば、虐殺が善行になるという事はない。

 嘘を吐かずに裏切り、正直にルールを犯せば、誠実な順法精神の持ち主になる訳でもない。

 

 偽物を使う場合も同じことだ。

 偽りの大義で兵を集め、暴君を打倒して公正な社会を築く者を悪人とは余り呼ばない。

 敵を騙し、敵将を寝返らせ、敵が敷いたルールを破って勝利するのは、戦争では当たり前の常識だ。

 

 

 そこは重要ではない。本物か偽物か?という限定的な問いかけは、差したる重要性を持つ者では全くない。

 『何の目的で偽物を使って人を騙したか?』『その嘘によって本人は何を得て失ったか?』

 

 ――それらの繋がりから、【その人物が偽物と嘘によって至ろうとしている結末】を予測して考えるための参考資料の一つでしかないのが、「偽物を本物と偽って信じさせていた」という行動なのである。

 

 だがシンは、ザフト軍の多くの兵たちは、プラントや地球の市民たちは、それらの事を考えない。目の前に与えられた事象ごとの善悪成否だけに限定してしか思考するのを自ら放棄する。

 

 そういう時代が、現在だった。

 そういう人々が、多数派を形作っていた世界がC.Eという時代だった。

 

 だからこそ、パトリック・ザラに、ラウ・ル・クルーゼに、ギルバート・デュランダルに、ラクス・クラインに、そして―――ロゴス司令セレニアに

 

 人々は延々と踊らされ、嘘によって、偽物によって、彼らの目的のために踊り狂う血塗れのピエロになりたがる道を、自ら選び続ける羽目になっているのが今という世界だったから・・・・・・

 

 

 

 

 そして。

 そんな嘘と真偽と正しさが好きすぎる人々の前に、新たな嘘つきが姿を現すのは、【オーブの本物ラクス・クライン】と【プラントの偽物ミーア・キャンベル】による話題が冷められぬ数日後のこと。

 

 

「ば、馬鹿な・・・・・・っ」

 

 オーブ代表主張の座に返り咲いていた少女のもとに、緊急報告を告げる使者によって告げられたテレビの映像によってのもの。

 それは数日前に自らが行った行為と酷似したものではあったかもしれないが・・・・・・まさか画面の中央に立って登壇した人物まで、自分と酷似したものとは想像すらしていなかった。

 

 

「何故だ!? なんでお前が、そんな所で・・・ッ!!」

 

 

 画面に映し出された、繊弱そうな美青年の姿。

 オーブ軍司令の礼服をまとって、オーブ軍旗を背後の壁に掲げさせ、数日前に自分自身が映し出されていた部屋と同じ内装のスタジオに立ち。

 

 悲しみと切なさに心底から心痛めている表情を、カガリに見覚えがあるのと同じ顔を浮かべた青年の言葉は・・・・・・新たな肩書きと共に全世界に向けて語られることになる。

 

 

 

 

『プラント・地球を問わず全世界に生きる全ての皆さん。そして無論、ボクの愛する祖国オーブの守るべき国民たち。

 今更言うまでもないでしょうが・・・・・・ボクの名は、ユウナ・ロマ・セイラン。

 【オーブ愛国平和義勇軍】の司令官として、種族の別なく平和に生きられる世界実現のために戦うことを誓った贖罪の戦士――』

 

 

 

 

 綺麗事の仮面をかぶった、嘘吐きの平和の名のもとに、新たな戦乱激化を告げる使者として、偽物の新勢力を誕生させながら。

 世界はまだ、偽物を立てて、嘘を吐いて、みんなを騙して戦争に導く者たちの戒めから解放される日は遠い―――。

 

 

 

 

つづく

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