長すぎて、どこで区切ればいいのか分からなかったので……。
このためタイトルを【A】【B】とさせて頂きました。
読みやすい別け方が思いついた方がおられたら、教えてもらえると嬉しいです。
地球から遙か遠く、大地を見下ろす荒野に立てられた巨大な建築物。
その場所の外れに、クレーターのひとつと見まごうほど巨大な円形の構造物が鈍い光を明滅させていた。
その荒野には音がなく、建築物の周囲には無数の艦艇が出入りを繰り返している光景を、無音の内に静かに、密やかに沈黙の中で続けられている。
その景色はまるで、あらゆる人の営みが滅び去り、音を出す者がいなくなった世界に残された機械たちが定められた規則通りの動きを繰り返している、無人となった後に残された世界の残骸であるかのようにも見えたかもしれない。
だが無論、その場所は無人ではなく、今の時代は世界を滅ぼし残骸に変えようとして失敗した男が敗者となり、彼を倒すため力を使い果たした勝者たちも失敗者となった後の世界が広がっているだけ。
敵も味方も、勝者も敗者も、失敗者ばかりとなって迷走している世界の中。
最も失敗して、全てを失いかけながらも尚、勝利を確信し続けられている希有な人物が、その場所の地下で一つの映像を眺めて不吉な笑いを広大な空間に響かせていた。
『その方の姿に、惑わされないでください。
わたくしは―――ラクス・クラインです』
「フッ――はははッ、これはまた・・・・・・面白いことになってきたじゃないか」
足下の地上で発信されているものと同じ映像が、正面の巨大スクリーンに映し出されている光景を、地球連合軍の軍服をまとった将官クラスの軍人たちを侍らせている人物が、豪奢なイスから半ば身を乗り出しつつ危険な表情で笑い声を上げる。
ロード・ジブリールというのが、彼の名だった。
反コーディネイター思想を掲げて、各地でテロ活動をおこなう思想結社ブルーコスモスの“現”盟主という『肩書き』の方が、この男への評価としては適切だったかもしれない。
彼の近くには、合流して忠誠を誓わせた新たな拠点《月面基地ダイダロス》の司令官をはじめとして、ボディーガードとして同行した傭兵のフェイ・ウォンの姿がある。
その中の一角に、小心そうな表情を浮かべて窮屈そうに身を縮ませた姿をした、『オーブ連合首長国』の高官服を着た小太りの中年と側近たちの姿もあった。
混乱した戦況を利用して脱出に成功していた彼ら、オーブ宰相だった『ウナト・エマ・セイラン』と護衛役の私兵たちは、宇宙に逃げ出すことには成功したものの、亡命先の当てがあって逃げてきたというわけでもない。
結局はジブリールに助けを求めて、庇護してくれるよう命乞いして、居候の立場に甘んじる以外に選べる道などなかったのが、国を追われた彼らの立場だったのである。
その彼に向かってジブリールが、愉快そうに笑顔で振り返ってきたのは珍しいことだった。
庇護はしてくれたものの、『まるで期待していない』という露骨な態度でしか接してくれることはなかったのが昨今だったのだが・・・・・・
「ウナト・セイラン殿。すぐに古巣であるオーブに残ったお仲間へと連絡をとって頂きたい。
賢明なあなたのことだ。政治家の端くれとして、ご自身の勢力が国内に一人も残っていないなどという事は、よもやありますまい?」
「え? ええ、それは勿論ですが・・・・・・一体何の目的で・・・?」
唐突な問いかけにウナトは戸惑いながらも、そう返答する。
ザフト軍侵攻を受けて、国外逃亡を余儀なくされたオーブの“元”支配者として落ちぶれてしまった彼らではあったものの、ではオーブ国内の政治中枢からセイラン家の派閥が一掃されて残っていないかといえば、そんなことは有り得ない。
未だ勢力としては余喘を保っていられる数と力を、カガリ政権へと移行した今なお残した状態にあるのが彼らセイラン家が行ってきた派閥政治の結果だった。
腐敗して、癒着による太いパイプで結ばれ合った政治家や官僚、企業経営者たちの繋がりとはそういうものだ。表面は綺麗に一掃できたとしても、汚職の根はむしろ地下深くに張り巡らされ複雑に入り組み合い、そう簡単に解きほぐせないように出来ている。
無理矢理にでも解いてしまえば、他の健全な部位まで巻き添えになってしまうよう、意図的に絡め合わせた繋がりを、短時間で容易に解く術などない。
それが汚職政治を維持するために彼らのような人間たちがとる防衛策だった。だからカガリも、逃げ出したウナトたちの派閥や、裏でロゴスと繋がりを持っていた国内企業を完全に排除する道を選ぶことができず、半端な応急処置をするだけで放置せざるを得ない状況にしか至れていないのだ。
無論いずれは時間をかけて解きほぐし、長期療法によって健全な部位に損害を“可能な限り”与えることなく、腐った患部のみを摘出していく抜本的な外科手術に打ってでることになるのは確実だったが・・・・・・さすがに今は、その余裕は彼女にはない。
率いる頭を失って、機能停止状態のまま放置されているだけのオーブ国内セイラン勢力に引き込んである各分野ごとのメンバーたちに連絡を取るのは容易い。
何割かは裏切るかもしれないが、汚職の深みに浸かりすぎて抜け出しようがなくなっている者も少なくないのだから、彼らに命じて動かすことも不可能ではないだろう。
――だが、そもそも何をするのか? させる気でいるのか?
残念ながら現状のオーブは、カガリ率いるアスハ政権によって完全に中枢を押さえられてしまっており、あの『厄介者の船』と妙な新型MSの力は侮りがたいものがある。
半端な陽動やちょっかいを出すだけの介入では、今の彼女らには掠り傷つけることも出来そうになく、今更カガリが自分たちの力を求めて袖にすがりついてきてくれるとは思うことが出来ない程度には、自覚もあれば後ろめたさも感じているのが凡人の官僚政治家でしかないウナト・エマ・セイランの限界だった。
だがジブリールは彼らではない。腹心のセレニアとも異なるタイプの人間だ。彼には彼なりの世界戦略と計画性というものがある。
たとえそれが、信じて任せるに足る軍司令官から、『次の一月で収支が倍になる可能性を買うため10年分の借金を背負い込みたがる貧乏人の発想』と酷評されている事実を知らぬからこその考えだったとしても。
本人にとっては、現実味のある魅力的なアイデアのように思えてしまうのも世の鉄則。
だが幸いなことに、今回だけはその危険は未発に終わってくれるらしい。
「失礼いたします。ジブリール氏宛てとして、地上から緊急連絡が入っておりますが・・・」
「・・・・・・なに? セレニア君から?」
まるで見ていたかのようなタイミングの良さに、ジブリールの瞳が「ギラリ」とした光を浮かべたが、一方で好奇心と期待が優っている色を感じさせる目つきでもある。
そして結局、最後に優ったのは今回もまた彼自身の『欲望』だったらしい。
「――構わん。読み上げてくれたまえ」
「ハッ、では読みます。
“今回のバカ騒ぎを見て、面白そうなアイデアが思いついたのですが、サインして頂けると有り難く思います”――以上です」
「・・・・・・なるほど。私のサインを、ね・・・・・・フフフフ」
持ち込まれた短すぎる内容の電文を聞き終えたときには、ジブリールは一瞬前に自分が下した決定の記憶は消滅した後になっていた。
今の彼の中に広がっているのは、今回もまた理想的な結果を労せずして手にして玉座に君臨する自分自身。
そして遠くない将来に全地球圏の覇者となり、傍らに美しく成長した親衛隊長を侍らせる自分自身の光輝に満ちた英雄像という未来の風景のみ――
「許可する、とセレニア君に伝えてくれたまえ。ただし、次に私のサインを求めるときには、前もってファンレターを送っておくようにと、注意事項を明記した上でね。フフフ」
「・・・・・・それが、お噂の“秘蔵っ子”からのお手紙ですかな? 確かに噂通り、なかなか面白い御仁なようで」
「ん・・・?」
返答して通信士官を下がらせたジブリールの横合いから、むっつりとした陰気そうな声をかけられて振り向いた先に、このダイダロス基地の面長で陰気そうな顔立ちをした司令官が、陰気そうな顔でイスに座す自分を見下ろしている姿がある。
普段であれば、気分に水を差されたように感じて不機嫌さを刺激されたのは確実なジブリールだったが・・・・・・たまさか運が良かったのだろう。それ以外の理由は特に思いつかない。
ジブリールは陰気そうな顔つきの司令官の言葉に対して、気分よさげな口調と表情を浮かべたまま、諧謔のような言葉を返事として笑いながら返してやることにする。
「ああ、如何にも。なかなかの名将だよ。君らに使わせた戦術と『MAパルティアンショット』も、もともと彼女が考案したものだったぐらいだからね」
「な・・・っ!? あ、あの戦法を・・・でありますか・・・・・・?」
「君たちには、私の発案したアイデアとして伝授して欲しいと頼まれていたのだがね。だが私とて、部下の手柄を横取りするかの如き行為を恥じる思いはある。
君らには悪いが、ここで言ったことは本人には内緒にしておいてくれると有り難い」
「――承知しました。ジブリール氏の意に添えるよう、部下にも言い含めておきましょう」
陰気そうな表情を、軍帽を深くかぶって隠しながら奉答する基地司令の面長な顔つきをジブリールは「ちらり」と見下ろす。
そして初老の指揮官の老いた瞳に、陰気でありながら隠しようのない『嫉妬』と『ひがみ』の暗い光が灯ったことを確認し、その上でモニター画面へと視線を戻して一人笑う。
――なるほど。これがセレニア君が『自分の作戦』としてではなく、私からの命令という形で伝えてくれるよう頼んだ理由か、と納得した心地を胸に抱きながら。
むしろジブリールにとっては、彼のような人物の方が使いやすく、扱いやすい。部下たちの嫉妬と競争意識を煽ることで、より戦果を出しやすくなるようコントロールするのは自分の得意とするところだと、ジブリール自身は自己評価している。
まだまだ戦乱の終わりは見えない・・・・・・少なくとも、多くの愚民共はそう思っているはず。
なればこそ、今が好機だった。この無意味な戦乱を終わらせられる絶好の機会。
ただ、存在してはならぬ者たちを生み出してしまった愚かな結果の後始末という、不毛で無意味な戦争を一発で終結させることが可能な切り札を、今の自分はようやく手に入れたのだ。
勝ちが見えたからには、終わった後のことを考えておくのも、指導者たる者の勤めというもの。
まだまだ自分には老人たちのように楽隠居させてもらえる日は訪れそうにない・・・・・・
そう考え、早くも戦後を夢想し始めていたジブリールの耳に、ラクス・クラインの訴えと、デュランダル議長の答弁は入ってきてはいない。
聞こえてはいるが、意識する価値も必要性を感じていないため、言葉として意味を成せずに胡散霧消するだけなのだ。
どのみち何を喚いていたところで全てが、もうじき無駄になる。
彼らのために奏でられる『レクイエム』によって全てが終わり、全てが始まる日がもうすぐに――――
「やれやれ――何とか、あっちで勝手に動いて予定をご破算させられる事態だけは避けられたようで」
部下の通信士官からもたらされた返答を聞かされて、地上にとどまっている軍司令の――正確には海上に停泊して放送を聞いていた連合軍司令セレニアは、ホッと安堵の息を吐いて指揮官席に身を沈めていた。
美味しそうな餌を目前にブラ下げられると、それまで進めていた予定や計画をオジャンにしてでも飛びつきたい衝動を抑えられなくなるのが、ジブリールが持つ大きすぎる欠点だった。
それをセレニアは懸念して、月基地に緊急連絡を入れざるを得なかった
『ユニウスセブン落下事件』などは、その最たる例と言えるだろう。
あの事件の詳しい報告をもたらしたのは『ネオ・ロアノーク大佐』が率いる『ファントム・ペイン』の《ガーティー・ルー》だった。
・・・・・・だが、あの艦と部隊はもともと再戦のための準備として、ザフト軍が開発した新型可変MSを奪取しにいっただけが任務だった。
先の戦争で大きな損害を負わされ、《JOSH-A》での謀略など不祥事が露見し、核ミサイル攻撃の再使用によって敵にも《ジェネシス》を撃たせる口実を与えてしまった大西洋連邦を中核とする地球連合軍が負った傷はあまりにも大きく深く、終戦から数年が経過した今もなお開戦前の状態まで回復しているとは言いがたい。
それらを口実にザフト軍の支援のもと、南米など多くの地域に独立を許してしまってもいる。
戦乱に巻き込まれ、オーブなど地球各国のほとんどが疲弊していたからこそ、大西洋連邦一極体制が可能になっていた状況だったとはいえ、現実には新型の《Xナンバー》を新たに開発させる力も余裕も、技術力の上昇すらも為し得ていないのが地球軍の実情だったのだ。
《ウィンダム》のように高性能な量産型MSを開発することだけは何とか成し遂げたものの、《フェイズシフト装甲》や《トランスフェイズ装甲》装備を前提とした高性能な新型MSを0から設計開発するなど地球連合には不可能だった。
せいぜいが、《ストライク・ノワール》や《ヴェルデバスター》など前大戦時の機体をレストアしたリサイクルMSが限界というレベル。
《ザムザザー》などの巨大MAは、単価こそ高いものの一騎当千を想定して設計されており、複数人で一機を操縦する分、パイロット込みで錬成しなければならない新型のMS部隊を大量に造って全滅されるより安上がりなのだ。
だからこそ、ザフト軍が開発した『ユニウス条約下での使用を前提とした可変型MS』を連合軍は欲したはずだった。様々な戦局に対応可能な可変MSは、条約によって数の優位だけは確保していた地球軍にこそ有意義な存在だったのだから。
・・・・・・が、蓋を開けてみれば今の惨状に、というのが今次大戦の顛末だった。
全ては始まりの『ユニウスセブン落下がザフト軍離反部隊の犯行だった』という証拠写真を入手してしまった為に・・・・・・いや、落下する寸前にはロゴス幹部会で方針変更を決定していたらしいから、それさえ今更だったのか―――
「下手に敵の不和に飛びついて、またデュランダル議長に『幸運だった』とか笑われるのは避けたい場面ですからね。とりあえずは、それを阻止できるだけで今は良しとしときましょう」
「盟主ドノのおもり、ご苦労さまデス。司令官どノ☆」
『戦う者は悪くない。戦わない者も悪くはない・・・・・・悪いのは全て戦わせようとする者だけ。
死の商人「ロゴス」のみ。――議長の仰るそれは本当でしょうか? それが真実なのでしょうか?
わたくしには、そうは思えません』
傍らに立って皮肉と共に笑いかけてくる護衛の傭兵と、モニターの映像から流れてくるラクス・クラインの声がハモって聞こえる。
彼にとっては笑い話だろうし、敵側にとっても味方同士の厄介事など愚か者の内輪揉めとして嗤われるものでしかないのだろうが、嗤われる側としては馬鹿らしい出来事と笑って済ませるわけにはいかないのが、戦争の茶番じみた一側面。
何かしら対処する必要性はあるだろう。
当初に考えた配役を、やはりやるべきかもしれない―――
「正直あまり大した効果を望める人ではないとは思いましたが・・・・・・他に人もないですし、仕方がありませんね。
彼に頼むといたしましょう。もう少し世界を混ぜっ返すための、一要素となってもらうために」
肩をすくめながら、セレニアは一度は破棄する方向に傾きかけていた計画を、やはり始動させることを決定させることにした。
彼女が今の世界に望み求めているのは、『より多くの勢力と意見の乱立』だったからだ。
彼女から見て、今の世界はあまりにも『単純にまとまり過ぎている』ことが前々から不満だったのである。
敵か?味方か? ナチュラルか?コーディネイターか?
ブルーコスモスか?ロゴスか?ザフト軍か? セイラン家か?アスハ政権か?
今回そこに前大戦時の終盤に現れ、終戦と同時に消滅した『クライン派』が復活した程度のもの。
一見すると複雑そうに見えながら、実際には『二つの勢力どちらに賛成して信じるか?』という大別された判断基準だけで人々の行動と思考は選ばれてしまっているのが現状の社会の有り様。
クライン派の登場によって、三番目の選択肢が新たに示されたようにも見えなくはないものの、まだまだ脆弱な新興勢力なのもまた事実。
――もっと色々な選択肢がある世界で、人々の意見や正しいと信じて選ぶ答えが大量にある状況の方が、彼女としては好ましい。
もっと悩んで欲しいし、もっと意見対立してくれた方が乗じやすくて楽でいい。
「その為の一助―――と言うより、その状況へ至らせるための前座ぐらいの端役でしかないですが、彼のレベル的には周囲からの信頼度も含めて、ちょうど合っていると言えなくもなし。
さっさと茶番劇はやって終わらせて、次のステージに行けるようにしてもらおうじゃないですか。楽しいステージになれるかは、役者たちの力量次第になるでしょうがね・・・」
「・・・・・・・そうだ。シャトルをもう一機、私とは違う場所に向かえるものを、大至急だ」
激動の一日を失意の中で終えて、入り口で待ち構えているジャーナリズムたちの取材攻勢を避けるため裏口を使って、私服のSPたちに姿を隠されながら密かに脱出して連れて行かれた先の建物で、ミーアは目前に立つデュランダルの電話する声を聞かされていた。
その声が、さほど苛立ったものへと変貌していなかったことには安堵させられたものの、それで自分の犯した失態がなかったことに出来るわけではない。
―――まさか、こんな事態になってしまうなんて・・・・・・!
自分はやってしまったのだ。失敗してしまった。
ギリギリのところで議長の機転で救われたものの、これまでと同じ立場には二度と戻ることは出来ないだろう。
今までずっと、渡された原稿に従って演技をしていればいい。それだけに全力を尽くして、議長のすることを手伝うのが自分に与えられた役割だと信じて頑張ってきたのに・・・。
そうやって、自分たちプラントが正しいことをするのに、戦争を終わらせるため役立つことが出来れば良いと、信じて続けるため努力してきたのに・・・・・・それなのに・・・!!
・・・・・・いや、まだ終わりじゃない。やり直せるチャンスはある。
議長がその機会を作ってくれたから、それならば――!!
「あ、あのっ・・・・・・ごっ、ごめんなさい! あたし―――」
「――いや、とんだアクシデントだったね」
自分から謝罪するため声をかけたミーアに対して、デュランダルは優しい声と笑顔で微笑みながら、怒りをまるで感じさせない対応の仕方で彼女の声に返事を返しながら―――謝罪の言葉を最後まで聞き終えることは拒絶する。
「君も驚いただろうが、私も流石に驚かされてしまったよ。いや、致命的な事態に至ることだけでも避けられたのは、幸運だったと言うしかない。
すまなかったね、気まずい思いをさせてしまって」
「あ・・・・・・」
なめらかな口調で、苦笑するように言われた言葉を聞かされた瞬間。
ミーアは何の理由もなく、相手の言った言葉の意味を正確に理解する。させられてしまう。
彼は今、自分に向かってこう言ったことを。
―――自分のおかげで助かっただけだ。
お前はもう、余計なことはしなくていい―――という意味での発言を・・・。
「いったい何故こんなことになったのか・・・・・・。だがこのような状態になってしまっては、さすがに少し予定を変更せざるを得ないだろうな」
相手からの指摘に対して、ミーアとしては返す言葉がない。
事実その通りの状況だったのだ。
マスコミから叩かれ、賛否両論で話題の的となり、まるで犯罪を犯したように取材陣から追い立てられ、犯罪者かなにかのように人目を避けて移動せざるを得なくなる・・・・・・あまりにも今までのスポットライトの光りを浴びて、輝いてきた生活からは懸け離れすぎた過酷すぎる境遇に、ミーアの心は一日にしてズタズタに引き裂かれた。
―――休みが、必要だ・・・・・・。
本心から素直に、今の彼女はそう思う。
今までのラクス・クラインを演じていたときに、仕事疲れを癒やすためリゾート地へ休暇を過ごしに行ったときとは違い、傷ついた心と体を癒やすための休暇の時間を、今のミーアは本心から欲しいと感じるようになっていた。
だからこそ、
「心配はいらないと思うが、少しの間きみは姿を隠した方がいいかもしれない」
「え・・・・・・!?」
相手から言われた言葉の内容に、心の内側を読まれたのではないかと本気で驚き声を荒げてしまったが、声をかけた側には当然そんな能力を使えるわけもない。
もっとも――だからと言って彼にミーアの内心が読み取ることができないと決まっているわけでもなかったが。
「そう驚かなくても大丈夫だよ。ほとぼりが冷めるまでの間の辛抱だ。
君には世界を本当に救うためにも、まだまだ働いてもらう必要があるのだから」
微笑みながら優しげな口調で、そう言い切られてしまってはミーアの側に反論する余地はない。
「では、サラ。君にはラクスの――ミーアのためにマスコミ対策の方を頼む。休暇先における彼女の世話は別の者にやらせよう」
「はい。すぐに代理の者を用意いたします。・・・さ、“ラクス”様」
「・・・・・・・・・・・・はい」
そう言って、ラクス・クラインを演じるようになってからマネージャーとして支え続けてきてくれた「サラ」という名の、シャープな印象をもつ眼鏡の女性に示されたとおりトボトボと歩き出して背中を向け。
その背中が通路の向こう側に消えた後。
「・・・・・・どうされますか? やはり――」
「いや・・・・・・今さら彼女を殺しても意味はない」
氷のような冷たい瞳と声音でデュランダルに向かって問いかけながら、サラと呼ばれる女性とプラント現議長はミーアという名の『失敗者の処遇』について、一先ずの結論を出す。
現時点では保留、という判定を、だ。
たしかに半端な対応だったかもしれないが、完全にミーアが偽物だったことが証明されてしまうより少しはマシな結果でもあった。
また、『本物だと信じられている偽物のラクス』という彼女の利用価値は、まだ完全に消えたわけではない。
状況次第ではあるものの―――『本物と偽物のラクスが同時にいる場所』で、「本物が死んで」「偽物が生き残る」という状況が発生できた場合には、再び彼女が舞台上へと復活する機会も訪れるだろう。
その際に、おそらく本物と一緒に行動しているであろう、オーブ・クライン同盟の何者かに罪をなすりつける事ができたなら、より完全なハッピーエンドに至れることにもなる。彼女自身のためにも完全なカタチで――だ。
「それより、連合軍の方はどうしている?
彼らの動き次第で、こちらへの評価も風向きが大きく変えることができるのだが・・・・・・」
話題を変えて、傍らに立つ私的な秘書へと問いかけた時にはデュランダルの声と表情は別のものになっていた。流石に声が固い。
「まだ目立った動きは何も」というサラからの返答にも、思わず舌打ちしたい欲求に駆られたような雰囲気が漂う。
自分への支持が、『連合とロゴスの悪行への憎しみ』で成り立っていることを、デュランダルは自覚している人物だった。
相手が悪ければ悪いほど、その者たちの悪行を正して対立する自分への成果と評判は高まる。
ヘブンズ・ベース以来、敵の策略によって下降傾向をたどるのを余儀なくされていた世論の評価だったが、オーブ海戦で再び連合艦隊が『核兵器』を使用してくれたことで、風は自分に再び吹き始めたと思ったからこそミーアを前面に出したのだが。
正面の敵に集中しすぎる余り、横合いに潜む別の相手から突き出されるナイフの危険性を失念してしまうとは……。
ラクスの存在暴露によって生じさせられているザフト軍内部の不和に乗じて“アレ”を使う好機と安易に先走ってくれたなら、確実に世論は再び自分のものになるところではあるが、敵の司令官はジブリールと違って中々に小賢しい。
こちらの望んだ通りに踊ることで、敵に協力してくれる気はないらしい。困ったものだった。
「しかし、こうなってくると些か手が足りなくなるか・・・・・・やはり“彼ら”を呼び寄せるべきだったか――いや」
デュランダルは正規兵とは異なる、自分が私的に使える優秀な手駒として使えそうな、『心当たりの子供たち』の存在を頭の中で想定したが、すぐに自分自身でその案を却下する。
たしかに“彼ら”を直属の戦力として新たに参戦させれば、ザフト軍は今より遙かに強力な軍隊へと変わることが出来るだろう。
だが、無理だ。時間的に不可能な選択肢だった。
彼らは、自分が今の世界を終わらせた後に、新たに創り出した世界を導く役割を担ってもらうため、時間をかけた教育を行っている途上にある。
彼らが成長し、その任に堪えられる精神と能力を得るまでには、まだまだ時間が必要だった。
能力的には優秀な数値を出してはいるが、精神的に未熟な面が強いのだ。
急くがあまり事をし損じては意味がない。今の段階では、まだ彼らを戦力として前線に出すには早すぎる。
早急な錬成は、必然的に無理を生じさせる。
成長途上にある今の彼らを、『優秀な部分だけ』を評価して、戦闘技能のみを上昇させて戦場に連れ出したところで、『過酷な戦争の現実』も知らない『温室育ちの優等生』は、今まで激戦を潜り抜け続けてきた猛者たち相手に最終的な勝利者となるのは難しいだろう。
「・・・・・・いや、たしか1人――2人だけ現時点でも合格点に達した個体があると、“彼女”からの話にあったはず。
最高性能のものを危険な戦場に投入するわけにはいかないが、あるいは―――」
つづく