ゴールデンウィーク万歳です。
その場所では、のどかな田園風景の向こうに美しい景色が点在していた。
太陽光を採取するためのミラーから反射光を受けてきらめく海と、そこに浮かぶ幾つかの蒼い島々。
地上から見上げた先に広がる空には、天頂部分を大地の上で暮らしている市民たちの視界から隠すように薄い雲が幾重にも連なっている。
彼らが暮らす大地の下には、生命の生存を許さぬ宇宙空間が果てしなく広がっているとは思えないほど、のどかで穏やかな景色。
――それらの風景を奇跡のように美しいと感じるのは、自分が無機的な景色だけで埋め尽くされた軍艦の中だけで何週間も生活し続ける職業軍人だから・・・・・・というだけが理由ではないだろう。
白銀に煙る自己修復ガラスの外には、絶対零度の非情なる空間だけが広がる宇宙。その中にポッカリと浮かんだ浮島のように小さな世界。
――そこで生きる儚い人々の営みは、だからこそ偉大で、そして美しい――
彼はそう思い、そう感じ、その風景を守るために戦う自分たちの職務に誇らしい想いに満たされながら、この風景を破壊しようとする悪逆なる者達への慟哭で胸が熱くなる。
「しかし、とんでもない事態になったものですね」
外に広がる景色を眺めていた彼の背中に、集まっていた者達の一人が呟くように言った言葉が届く。
彼の背後には、9人ほどの精悍な顔立ちをした壮年の男たちが集まっていた。復員した退役軍人たちによる軍人会の会合でもあった後なのか、全員が異なる服装をした私服姿でそれぞれの格好で寛ぐように屯している。
・・・もっとも、この場所にいる誰もが寛いだ気分にも、穏やかな心地で楽しめるような心地にもなれるはずがない精神の持ち主でもなければ、過去を共有できてもいないことは彼自身が誰よりも深く知っている事だったのだが。
「先日、ロゴスと結託したオーブのセイラン家が率いている【オーブ愛国平和義勇軍】だかいう連中に対して、【サトー・フリート】だかと自称している者共――まぁ十中八九、地球軍の騙りでしかないでしょうが、攻撃を仕掛けて戦端を開いたそうです。
もっとも、小競り合いだけで大した損害も出さない内に、双方が部隊を退いたようですが」
「オーブからの――地球のオーブからの対応は? 」
「すぐにも声明を発表してきました。『今回の一件はオーブ政府の制御下にはなくセイラン家の独断で行われた暴走である』と。
また議長に対しては、『セイラン家捕縛のためオーブはロゴス勢力と対峙しているザフト軍を支援する用意がある』とも」
そこは、白銀の砂時計の中心部近くにある一角だった。
ヨーク型と呼ばれる、対になった二つの円錐と太陽光を採取する三枚のミラーから構成された、宇宙に浮かぶ巨大な構造物―――スペースコロニー群、《プラント・コロニー》
その中の一つである政治中枢エリア《アプリリウス》
そんなコロニー内部に造られた人工の海に点在する島々の一つに、小さな庭園が存在して奥には東屋があった。その一角に彼らは集まって非定期的な会合を今日まで続けている。
ここが宇宙空間に浮かぶ人工の小島である事実を忘れさせてくれるほど、滴るような緑に囲まれた隠れ家のような場所は、彼らが集まる目的にとっては最適な条件だった。
その場所で柱にもたれ、公式文書の無許可での写しに目を落としていた人物から聞かされた最新の情報に、東屋に集まっていた男たちの雰囲気が一気に険悪化する。
「オーブから援軍派兵を提案、だとッ!?」
その話は初耳だったらしく、長椅子に座っていた一人が激高して立ち上がり声を荒げる。
ユウナたちセイラン家の討伐を決定したオーブ新政権ではあるが、無論のこと『専守防衛』を国是としている中立国である以上、自国が攻撃を受けているわけでもない勢力に戦いを仕掛けることは出来ない。
だからこそ搦め手としての『援軍派兵の申し入れ』だった。
今までは政治的に不可能な選択肢だったが、今は情勢が変化している。
先日のオーブ沖合での戦闘の後、『侵略が目的ではない国防のための制圧』を名目として掲げて地球各所への降下と統治を受け入れさせてきたデュランダル議長は、セイラン政権はともかく再建なったアスハ政権に対しては友好関係を結び直すための提案をおこなった。
何より『2人のラクス・クライン』の件がある。
自分から『生き別れの姉妹で手の取り合い』を提案しておきながら、当の本人から協力を申し込まれたら拒絶する、というのでは流石に筋が通らない。自らの行動で『偽物だった事実を誤魔化しただけだった』と証明するようなものだ。
――もっとも、まさか本物である本人から、そういう手に利用されるとは想像していなかったのも事実だが。
秘書官から報告がもたらされた瞬間に、デュランダルは呆気にとられ、思わず「やはり彼女の出方だけは読み切れないか・・・」と苦笑を漏らしたほどだ。
だからこそ、『彼女こそ』が最も排除すべき危険な存在だという認識を、新たにすることになるのだが――
「相変わらず小賢しく立ち回る、卑劣な国だ。カナーバの後継の若造は、その提案を受ける気なのか?」
「いや、もう既に受け入れることを打診したそうだ。近日中に月の《コペルニクス》へと援軍の第一陣としてオーブ所属艦が到着するらしい」
「チッ、素早い対応だったな。我々の動きを封じる腹か、先日の件で動揺している市民たちの混乱を抑えるためにか・・・・・・いずれにしろ、今からでは阻止するのは難しい」
「では今回の件は、やはり本当に地球のオーブとは関係のない暴走として処理される、という事にするしかないか・・・」
「いや、そんなことは、もうどうでもいい些事でしかない事柄なのだ」
話し合いの中、それまで黙って外の景色を眺めていた人物が初めて口を開いて声を上げる。
彼らの中でも最も年嵩の世代に属し、小さな口髭を生やして若い頃には持てなかった威厳と貫禄を付与されるよう演出した、軍官僚めいた雰囲気をもつ男。
彼こそが、この会合の主催者にして会合場所を提供した現役のザフト軍高官でもある人物。
その彼は、ゆったりとした歩調で場の中央へと歩み寄りながら、此度の『バカ騒ぎ』が始まった最初の日から胸に抱き続けてきた計画と想定を、はじめて仲間たちの前で開陳すべき時がきたことを確信していた。
「重要なのは今回も含めて予期せぬ事態の連続で、動揺している市民たちに対して我らが『答え』を与えることで、『唯一正しき道』とは誰の示した道であったか――それを気付かせるには絶好の機会だ、ということなのだ」
彼の発言に一同はざわめくことなく、静かに頷くのみ。
その反応には、驚きや憤り、批判や否定といった負の感情は微塵も感じさせるものはなく、ただただ純粋な悪徳への怒りと正義感、義務感、そして―――何より強い『復讐心』に燃えたぎった、失われたモノのみを見つめる『過去』だけがある。
「確かにな。犯人の正体がなんであれ、地上のナチュラル共が月面基地と合流したということは、艦隊を我らがプラントへと進撃させてくる危険性が高まったということだ。先の大戦終盤と同じように・・・・・・。
あの無様で馬鹿なミサイルが、再び我らの頭上に発射されてくる恐れが復活した――それだけは確実な事実なのだから」
「そうですね・・・あんなモノのために、我らの娘や同胞たちが核の炎で焼かれるなどという屈辱は、もう二度と繰り返してはいけない・・・・・・」
「繰り返さないだけで済むかっ!? この屈辱と、死者たちの無念はどうあっても晴らさねばならない義務が我らにはあるのだ! 誰に対してか?――当然、あんなものをドカドカと我らが住む大地に撃ち込んできた、旧世界の腐ったエリート共だ!! 違うかッ!?」
「ふむ・・・・・・」
話し合いが進んでいく過程で、徐々に感情が高まってきたのか、それとも過去の恨みと屈辱の記憶がフラッシュバックしているのか、普段は合理的で理性を重んじるとされるコーディネイターの中でも優秀な部類にはいると評価されている彼らだが、その発言と口調は狂信者たちを煽る教祖の激烈さを帯びたモノへとなっていく。
「軟弱なクラインの後継者どもに騙されて変わってしまったとは言え、デュランダルの若造が率いる現在のザフト軍も捨てた者達ばかりではありますまい。
今までは、『自衛のための必要性』という理由での妥協案とはいえ、地球侵攻を許可してきたからこそ我らも従ってきましたが、この期に及んで尻込みするというなら、いざという時には・・・・・・」
「今回のオーブからの援軍派兵という提案も、見方を変えれば好機とも言えます。
かつては同盟を結び、戦後は亡命者たちと生活を共にし、ロゴスと結託したセイランに騙されていた故だったことが明らかになったとは言え、市民たちの中でオーブへの不信感が完全に消えたわけではない。
この状況でオーブ軍が、我が軍の制御を振り切って暴走し、プラント関連施設を攻撃する・・・・・・などという“事故”が生じた時にはどうなるか・・・」
一同がいちおうの協議を済ませるのを聞き届けると、一番格上の口髭を生やした男が意見をまとめるように口を開く。
「みな、作戦に異存はないようだな。では次の事態まで各々はそれぞれに務めを果たし、同士たちを集めるため最善を尽くすのだ。
パトリック・ザラが示した道こそ、我らにとって唯一正しき道であることを、全ての者達が気付く日は近い。その時にこそ我らは立つ。その日のために我らは今日まで準備を続けてきたのだから」
「仮にデュランダルが、我らの行く先を妨げる道を選ぶことになろうとも、これは決して反逆ではないという事実を、よく心得て欲しい。
我らは逆賊ではなく、我々こそがザフト軍なのだと。プラントの未来を担う正統なるザフト軍なのだという事実を―――決して忘れてはならないのだ。
死者たちの涙と恨みが、無駄にならない世界を創るために・・・・・・ッ!!!」
プラントの一角で勢力を衰えさせた者達が、再起のための軍事行動を起こさんと蠢きはじめていたのと同じ頃。
地球にある小さな島国の一角にあるドックの片隅でも、異なる軍事行動を始めようとする者達が船出のときを迎えようとしていた。
「では、ネオ・ロアノーク一佐、マリュー・ラミアス艦長。貴官らには本体とは離れた遊軍としての役割を頼む」
「ハッ! 任務、謹んで受領しました」
「おまかせを」
オーブ連合首長国の代表首長としての制服をまとった姿で、カガリ・ユラ・アスハは出航しようとしている艦を預かる、軍服をまとった二人の指揮官たちから敬礼を受けていた。
元大西洋連邦所属のアーク・エンジェル艦長マリュー・ラミアス少佐と、元大西洋連邦第八一独立機動群隊長のネオ・ロアノーク大佐。
新たにオーブ軍人の軍服姿でオーブ軍の一員として、『セイラン家捕縛』を目的としたザフトへの援軍へ赴く皮肉な立場となったアークエンジェル隊の最上位者として、全体の指揮を執るのは彼ら二人ということになるだろう。
元の所属だけでなく、今までの経緯もあることから、正規軍部隊と同道させるわけにはいかない彼らではあるが、実力の方は折り紙付きであることを知らぬ者はオーブ軍にも多くない。
数こそ最も少ない超少数派の遊軍部隊ではあるものの、事実上アークエンジェル隊が今回の任務で最も重要な役目を担う最高戦力であることは、公式見解とは別にほとんどの者達が疑っていない既成事実となってしまっている。
「また、書類上のことでしかないが、アークエンジェルには正式にオーブ軍第二宇宙艦隊の所属という立場を与えさせることが正式に決定された。
時期が時期なので何のトラブルもなく、とまでは保証できないが、正規軍にも出来る限りのサポートさせることを約束する」
「お心遣いに感謝いたします」
「まっ、補給の心配をしなくていいことだけは助かりますな。確かに」
軍服が変わった後も飄々とした雰囲気までは崩そうとしないネオが、カガリから与えられた地位身分にともなうメリットを口にして、マリューの表情をかすかに歪ませる。
それは彼の発言が不快なものだったから――という理由によるものではなく、単に昔の苦い記憶を思い出させられた故での反射的な行動だった。
・・・・・・補給が得られない孤立無援の船旅というのは、確かに心底イヤなもので、時に死者たちの墓場まで荒らして水や食料を盗み出す、盗掘まがいのことまでしなければならない惨めな思いをする事すらありえる苦しい立場なのだ。
前大戦時と異なり、早い段階から国という縛りから脱して無所属の私兵集団と化していた此度の大戦におけるアークエンジェルは、前代表首長ウズミの頃から友好関係にあったスカンジナビア王国の王家が個人的に支援してくれたから自分たちが飢えることはなかったが、それも無ければ今頃どうなっていたことか・・・・・・。
それを思い、改めて軍隊というものが国家という所属なしでは維持することすら難しくなる、武力だけしか持たない存在なのだということを再確認したマリューは、カガリの骨折りで与えられた身分をありがたく受け取ることになる。
「改めて言うまでもないが、今回の任務はプラントへの援軍としてユウナたちセイラン家の一派を『オーブが指名手配した国事犯』として拿捕し、今の宇宙で起きているバカ騒ぎを止めることだ。
知っているだろうが、制宙権を取り戻した地球軍は《パナマ》《ビクトリア》などロゴスの存在暴露後もザフト軍に抵抗の意思を示していた地球軍の主要基地と合流し、先の演説で再び反旗を翻したプラントに非好意的な国々を後方拠点として、地上での勢力を急速に取り戻しつつある。
これを阻止するためにも、我がオーブは地球の一国としてプラントと連携し、ロゴスとブルーコスモスに与する過激な連合軍の一派の動きを掣肘しなければならない」
そこまで語っていく内に、カガリの表情は苦々しいものへと変わらざるを得ない。
彼女の懸念は的中し、ユウナが結成したと宣言してのけた《オーブ愛国平和義勇軍》やらいう怪しげな名前の集団に属していると主張する部隊に対して、同じく《サトー・フリート》などと称するザフト軍離反部隊の一部が攻撃を仕掛け、各所で散発的な戦闘になっているという報告がカガリのもとに幾つももたらされるようになってきている。
これに対してプラント側の公式見解は『バカげた茶番』として意に介さず、当然のように『ザフト軍の部隊による戦闘ではない』と断言してもいる。
――だが、人の誰しもが『本当は誰がやったのか?『何のためにやったのか?』という疑問への正しい答えを求めている、とは限らない事実を彼女たちは今次大戦でイヤというほど思い知らされていた。
そして、そういった心理は地球に生きるナチュラルだけの問題ではなかったらしい。プラント内でも盛んに『ブルーコスモスの共犯者オーブを討つべし!』とする主張が叫ばれるようになってしまったと、今朝方に報告を受けている。
それに伴って、怪しげな情報や出所が不明な暴露話などが、あちこちの情報ソースなどに拡散されるようにもなってきている。
「・・・おそらく今回の件を仕組んだロゴスの司令官は、こうなることを最初から狙ってユウナをスポークスマンに仕立て上げたんだとオーブ政府は推察している・・・。
地球だけでなくプラントに暮らしている多くの人々が、真実ではなく『自分たちが信じることを肯定してくれる情報』をこそ求めていると承知の上で、こんな茶番をわざと演じて見せた・・・・・・。
こういう事ができる人間というのは、怖いぞ。気をつけて任務に当たって欲しい」
「ハッ! お気遣いに感謝します。この恩に報いるためにも、必ずやユウナ・セイラン氏およびウナト・セイラン氏を捕縛して帰還してご覧に入れます」
マリューが再度の敬礼をして、表向きの訓示と出航前の挨拶は終わりということになる。
彼らは今から宇宙へと飛び立ち、ジブリールが合流したことを確認されたという月の裏側にある地球軍の月面基地《ダイダロス》に対して『セイラン家の身柄引き渡し要求』をおこなうことが予定されている。
ロゴスにとっても、ザフト軍だけでなくオーブ宇宙艦隊や“あの”アークエンジェルまで敵に回してまでセイラン家を庇ってやる義理も価値も感じていないはず。
専守防衛を国是とするオーブにとっては、『オーブの国事犯』となったとはいえ国の宰相一族だった人物たちが『国の名前』を勝手に使って他国の領土内で戦闘行為を繰り返し、あまつさえ相手国側の過激な軍人たちまで挑発に乗った結果として被害がもたらされている―――そんな馬鹿げたことへの責任追及で国内世論を沸騰されて関係悪化などされては堪ったものではない。
「頼む。デュランダル議長からの了承は既に取ってあるので、オーブ軍所属となった今のアークエンジェルなら月面都市《コペルニクス》にも問題なく寄港できるはずだ。
・・・・・・もっとも、あの議長がこうも簡単に申し入れを受けてくれたのには、何か裏があると見た方がいいかもしれないが・・・・・・」
「・・・・・・(コクリ)」
言葉の後半だけ声量を落として小声になったカガリの言葉に、マリューは黙って頷きだけを返し、ネオはふざけた口調ながら大声で冗談を言い、周囲から苦笑を向けられる道化を演じてバリアーを張る。
彼としては、元の雇い主の人格をよく知っている者として、傷が癒えたからと素直に部隊へ帰る気にもなれず。
生きて帰っても怪しまれた挙げ句、『裏切って情報を売り渡したから殺されずに帰ってこれたに違いない』と決めつけられて、利敵行為の罪で処刑されるだけなのがオチなのは分かりきっているため、当面はアークエンジェルおよび新しい勤務先となったオーブ軍で自歩を確立するしかないというわけだ。
それに・・・・・・妙な懐かしさを感じさせてくる戦艦だということも気になりはする。
少なくとも今の彼は、ロゴス側に戻って今の仲間たちと戦うつもりはない。それだけは確実な立場に彼はある。
「それとラクスの一件だが、その件についても議長は歓迎する意思を示してきている。
プラント市民たちの中には、『悲劇の歌姫姉妹による運命の再会』として、ちょっとした騒ぎになっている者達もいるんだそうだ。
コペルニクスで寄港した時には、サイン攻めに会うかもしれないな?」
「VIPならともかく、有名芸能人の護衛任務は、軍人の役目ではないはずなのですけどね」
冗談めかして言ったカガリの言葉に、マリューもまた苦笑しながらジョークで下手な返すしかない。
・・・・・・だが、言われた内容は言葉から考えるより重い意味が込められたものだった。
言った者の言葉は、ラクスが『偽物と再会される前』に『コペルニクスで暗殺される危険性』を示唆するものだったからだ。
デュランダルにとってみれば、折角ごまかしに辛うじて成功した『偽物のラクスを造って利用していた真相』を、本人たちが直接顔合わせすることによって明かされてしまっては何の意味もなくなってしまうのだから。
それを未然に防ぐためには、本人たち同士が出会うより前に、いずれか片方を、欲を言えば双方ともに殺して真相を闇へと葬り去るしか道はない。
あるいはデュランダルは、そのためにこそオーブからの申し入れを快く受け入れたのかもしれない。
『生き別れになった双子の妹』として喧伝した「偽のラクス」と、本物のラクス・クライン本人との感動の再会を『両国の新たな絆と有効の証』として実現させたいと言われてしまえば、プラントに頭を下げて援軍派兵を許してもらう立場のオーブには拒絶する道はなくなるしかない。
そこまで計算した上で、敢えて危険人物たちを懐の内側深くまで入り込むのを容認したのだとしたら・・・・・・やはりデュランダル議長は決して侮っていい相手ではない。
月まで無事に到着した後も、警戒を緩めることは出来そうにない緊張した日々を送ることになりそうだった。
「オーブがなにより望みたいのは平和だが、それは、自由、自立の中でのこと。屈服や従属は選べない。
また、自分たちから生じた問題の処理を他国に押しつけて、自国の自由と中立だけは尊んでもらえる、とも思ってはいない。
だから難しいとは思うがアークエンジェルも、その守り手として力を貸して欲しい・・・」
その言葉を最後の訓示として、アークエンジェルはそれから三十分の後、宇宙へと向かって飛び立つことになる。
その間に、多くの者達が別れの惜しみと、想いの確かめ合いと、再会の誓い――それぞれで異なるラブロマンスを終えた後、戦場へと向かう船のクルーとして戻ってくる。
・・・・・・だが彼らが――いや、この船出そのものにとって不幸だったのは、彼らが拿捕せんとする『ウナト・エマ・セイラン』は別として、『ユウナ・ロマ・セイラン』の居場所を勘違いしてしまっていたことに端を発していた。
先のオーブ本島を戦場にして行われたザフト軍との戦闘で、地球軍が本格介入を始める前に行方不明となっていたユウナの所在を、カガリたちは正確に把握することが出来ていなかったのである。
また、先日の全地球向けの放送が宇宙から届けられた電波によるものだったという事情もある。
このためオーブ政府は、現在のユウナたちセイラン家は、ジブリールが合流したという月面のダイダロス基地にいるものだとばかり信じ込んでしまっていたのだ。
そう信じられるよう、敢えて宇宙からの仲介という間接的な手段によって発信場所を特定しづらくした連合軍司令セレニアの意図に、オーブ政府は遂に気付くことが出来ぬまま、相手が望んだとおりの戦場である宇宙へと『第三勢力』として引きずり込まれてく道を選ば“された”事実を知らぬままに―――
「そうですか。つまりオーブから一隻だけで宇宙へ向かう戦艦の打ち上げを確認できたんですね?」
「ハッ、司令! 申し訳ありません。制宙権を奪還できたとは言え、オーブ上空の宙域は守りが厚く、打ち上げ直後の撃沈は不可能であるとの報告が・・・・・・」
懲罰に怯えているらしい報告役の下士官に、安心するよう苦笑とともに言葉を添えながらセレニアは、自らも宇宙へ上がる時期がきたことを自覚する。
今の今までジブリールからの合流を求める催促の山を、のらりくらりと地球上での勢力回復を口実に交わし続けてきたが、『強敵たち』が揃って宇宙へと戦場を変えてしまったらしい現状では、彼らが思わぬ動きに出たときへの備えとして地上に留まる意味もない。
オーブのお姫様だけなら、勢力をある程度までは復活させた地上部隊だけでも対応できるはずだ。
以前よりは成長したようだが、頼りになる手駒たち全てと別行動を取っている状態では、自分の判断だけで単独行動ができるまでには、今はまだ至っていないだろう。最低でも後数年はかかるはず。
現時点では、せいぜいが国内の混乱を抑えて、ドッシリと構えるぐらいが精一杯だろう。
それだけでも大したものだったが、地上と宇宙に二つの戦線を抱えることになった今の地球軍のような軍を相手取る勢力の長としては、二正面作戦を強いることができないようでは力不足なのである。
そこまで思って、ふとセレニアは“もう一人のオーブVIP”のことを今更に思い出したので聞いてみる。
「ユウナさんは、どうしておられるのです? あまり姿も声も見かけなくなってた気がしたんですけど・・・・・」
「はい、お部屋にこもられたまま女性たちと一緒に楽しんでおられます。
司令官閣下から、最高のおもてなしで遇するようにとの事でしたので、そのようにと」
「ああ、そう・・・ですか」
曖昧な返事を返しながら、そう言えばそんな指示を出したんだったなと、忙しさの中で忘れていた過去の些事を今更になって思い出す。
ユウナの人格は悪人ではなく、好きこのんで悪行に手を貸す人柄の持ち主ではないものの、彼は見た目通り世俗的な欲望が少ない人間では特になく、比較的に強い部類に入るだろう。
そんな彼に対して、美女と美酒と美食とを、求められれば求めるだけ提供してやることで元が強固ではなかった精神は、甘いマスクの顔立ちと同じようにクリームのごとく蕩けるまでに要した時間は長いものではなかった。
大体30分ぐらいだったろうか?
古い時代のインスタント食品よりは10倍も長く堅さを保っていた計算になるが、それを軟弱と取るか軟派と解釈するかは人それぞれの自由意志に任せるしかない。
・・・もっとも、要望に応えるため雇い入れた『高級“少女”娼婦』から、『お姫様風の衣装』をまとっての『ウェディングプレイ』がお気に入りらしいと報告されたときには、流石の彼女も苦笑する以外に対応する術を思いつくことが出来なくなってしまったが・・・・・・まぁ趣味首肯や、個人の性癖がどういうものかも個人の権利として尊ぶべきかと割り切った。
「・・・まぁ、現実世界の冷たさを避けて、酒池肉林に引きこもってくれるなら、それはそれで一つの人生って奴でしょ多分。彼にはそのまま、好きにさせ続けてあげてください。
求められたら情報以外のものは、求められるだけ与え続けてあげてくださいな。彼の支払い分ぐらいはジブリールさんから、ご褒美にもらってきてあげますからさ」
「はぁ、それは構いませんが・・・その、お連れなさいませんので? てっきりセレニア様とご一緒に行かれるのだとばかり・・・・・・」
「構いません。今となっては彼は、“生きていること自体”に価値がある状況になってくれましたからね。安全な地上に置いていった方が役に立つでしょう、多分ですけどね?」
クスクスと、可愛らしい笑い方で意地悪な笑みを浮かべながら言い切られては、遙か格下の身分でしかない相手に否やはない。
そんな彼に向かって、表情を改めた上官でもあるロゴスの姫君は、
「こちらも予定通り、宇宙への艦隊打ち上げを三十分後に開始してください。
私自身が直属部隊とともに乗船する専用艦の発進準備は、スタンバイさせたまま待機してますね? 即座に出立しますので、準備完了次第こちらへ報告を。
準備が整い次第、専用艦は他に先行して、月面都市《コペルニクス》付近の宙域に向かいます」
「――なにしろ私たち人間は、弱い生き物だそうですからね・・・だから強い牙をもつ者達は閉じ込めておくか繋いでおかないと、宇宙に野放しにしたままでは危ないそうです。
頑張って退治できるよう努力してみましょう。
“地球の敵”を、ね――」
つづく