情報量が多すぎて削り過ぎたため説明不足な部分が出ているかもしれませんが、今の私的には最善を尽くしたつもりでおります。では次回にでも!
シン・アスカが敵のパイロット、フェイ・ウォンの思わぬ言葉によって衝撃を受け立ち竦まされていたのと同じ頃。
彼は知らなかったが、最前線より遠く離れた『絶対安全なはず』の最後方にある大本営は、思わぬ苦戦のただ中に叩き落とされていた。
突如として敵の大艦隊が出現して背後を襲われ、集まった各国指揮官たちには自分たち対ロゴス同盟軍が罠にはまって挟撃されたように映っていたからである。
「落ち着いてください! これは敵の陽動作戦です! 乗せられてしまえば我々は本当に全滅させられてしまうのですよ!?
もっと冷静に敵を見て、正しい判断をお願いしたい!!」
怒号と悲鳴と対応を求める声が飛び交う、文字通りの戦場へと一変してしまったミネルバの艦橋にデュランダル議長の叫び声が木霊する。
それは崩れかかった軍の統制を回復するため、後方を含めた連合軍全体に届くよう全てのチャンネルを開いてデュランダル自身が呼びかけていた、正確な分析と正しい判断に基づく適切な応急処置方法。
「連合加盟国から離反して我が軍に参加を表明してくれた皆様方を失った敵に、短期間でこれだけの数の艦艇を揃えるなど不可能です!
敵の大半は偽装艦です! その証拠に敵は同一速度でゆっくりとしか接近しておりません! 嘘がバレないために必死だからです!」
その指摘は正しく、敵の作戦を完全に看破していたところは、流石に嘘と真実を武器として使ってロゴスを追い詰めたプラント最高評議会議長の手腕と称すべきものがあっただろう。
「敵は追い詰められています! ここを我々が耐え凌ぎ、味方のMS部隊がヘブンズ・ベースを攻略すれば本拠地を失った艦隊は抵抗を諦め降伏する道を選ぶに違いないのです!」
その予測もまた正しく、事実として背後に現れた敵艦隊を率いる指揮官セレニアは、「もしそうなった時にはそうするよう」副司令官たちには指示を出した上で出撃してきている。この時のデュランダルは、この戦いが始まって初めてセレニアの作戦を完全に見抜いて上回ったと誇ってもよかったのかもしれない。
―――しかし・・・・・・。
「あと少しなのです! ここでロゴスを討てなければ戦いは続き、今まで流してきた全ての同胞たちの血と犠牲は無駄になる!
今少しの我慢でロゴスは倒れ、犠牲は報われ、争いのない平和な世界が皆さんの手に入るのです! どうか皆さん、落ち着いて私の指示に従ってください。
平和な世界を手に入れるために、誰も戦争の犠牲にならなくてすむ世界にするために! 今一息! 皆様方の力を私に貸していただきたい!!」
誠実な思いと、切実な危機感。理想実現のために、勝つために、自分たち自身が生き延びるためにも嘘は何一つ吐かない必死の呼びかけと、正しく適切な指示。
―――だが、この時。彼の正しい指示は、味方に対して徹底しなかった。
今まで吐き続けてきた嘘が、彼の語る『正しい言葉』から説得力を奪い去ってしまっていたからである・・・。
今までの嘘はまだ許せた。世界と民衆を彼が騙していたのは確かだったが、別にその嘘で“自分たち個人個人が命の危険に”さらされた訳でもない。騙されたのは世界であり、騙されたせいで死んでいったのは民衆たちがほとんどだった。
指揮官たちや国家主権者たち、人々の上に立つ者たちにとっても騙されたのは許せないし賠償責任と説明とを求める気持ちに嘘はなかったが、別に彼らの誰かがデュランダルの嘘で殺されたという事例はない。
だが、今は違う。明確に自分たちの命が危険にさらされている状況に陥らされている。
真実は貴く、政治家が国民を騙すために嘘を吐いていたことを許すべきではない。――まして政治家の嘘を信じて“自分が死ぬかもしれない時”には尚更だ。
正しい判断のように聞こえるが、また何か隠しているのではないか? まだ何か言っていない部分があるのではないか?
彼だけが知っている真実を自分たちに隠して、何かの秘密を独り占めしようとしているだけなのではないだろうか・・・?
たとえば―――『自分たち連合の裏切り者国家をロゴスに売り渡す見返りとして、プラントに有利な条件での和平交渉をまとめるための材料に利用しようとしている』―――とか。
なまじ配属された国の違う各軍から離脱した義勇艦隊を無差別に味方として迎え入れてしまったことが、ここに来て徒となってしまっていた。
各参加者たちには全体の規模が把握できておらず、連合軍全体がどれほどの艦艇を保有していたのか、連合から寝返っても戦犯として処罰される恐れがない程度には奥の院がのぞける立場になかった彼らには確認する術がなく、デュランダルの語る言葉が真実であると判断する材料が不足していたのだ。
敵艦隊の頭上に投影されていた映像が切り替わり、前回流された内容が大音量とともに再び再上映され始めたという事情もある。
対ロゴス同盟軍の憎しみによって結ばれた偽りの握手は、実際の脅威という目に見える真実の登場によって砂の城よりも脆く崩れ去り、他人や世界よりも自身の安泰だけを求めて敵前逃亡を図るエゴイズムに取って代わられる寸前にまで追い詰められていたのだった。
「そんなものですよ、人々にとっての真実なんて代物の価値はね。
――今の人々が連合を見限り、デュランダル議長を支持している理由が分かりますか?」
今回の作戦計画について実行面での責任者に説明するとき、セレニアは相手に自分の意図について開陳している。
「今まで我々が隠していた真実をデュランダルが民衆に公開したからでありましょう。民衆という生き物は昔から権力者の隠していた不正だの陰謀だのが大好きなのが定番でしたから」
「違いますよ。彼が、私たちロゴスを殺してくれるからです」
民衆に対して露骨すぎる偏見でもって決めつけた相手さえ、思わずギョッとさせれてしまった回答を、セレニアは眉一つ動かすことなく普通の口調で詳しく解説してくれた。
「人々が議長に対して送っている声援は、私たち人々を殺して苦しめてきたロゴスと連合に対する憎悪と反感が裏返しになってるだけに過ぎません。
彼が信頼を裏切って人々を無駄死にさせるだけの為政者になったときには、たちまち彼を称えるバンザイの叫びは『独裁者を吊せ!』に一変するでしょう。
民衆は民衆の都合で支配者たちを支持し、裏切り、断罪して処刑する。――そんなものです、民衆の心理なんてものはね。この作戦は、その時に使える民衆側の武器を与えてあげようというだけの代物に過ぎませんよ」
・・・実のところ、デュランダルの隠していた真実と嘘のストックなら他に幾つかなら確保してある。それを使わずに二つだけ公開したのは、それ以上は必要なかっただけのことだ。
真実を教えてもらう側の民衆が、それ以上は必要としていないから。だから提供してやっても意味がない。
重要なのは、人々が議長に不審を抱いたときに使える『口実』を与えておくことだった。
彼らが議長の命令に従いたくなくなったとき、「お前だって俺たちを騙して利用してたじゃないか!」という正当性と証拠を全ての人々に持たせておくことだけだった。
あとは彼らそれぞれが勝手にやることだろう。サボタージュする者もいれば、敵前逃亡する者もいるかもしれないし、裏切る者も出てくるかもしれない。
・・・それだけでいい。それだけ人々の心に隙間があれば乗じられる自信が自分にはある。
だから公開する真相は、2つか3つで十分すぎるのだ。どうせ民衆は最初にすこし騒ぐだけで、すぐに飽きる。飽きて次の真実を求め出す。
一人だけで真実と正しさを貫き通すことには勇気と力がいるけど、皆で貫くなら怖くない。勇気百倍、正義と正しさのヒーローマンになれるのが民衆という生き物なのだから。
そんな連中にストック全てを出し尽くすなんて調べるのに掛かった費用と手間の無駄遣いでしかない・・・・・・。
「デスティニーの動きはどうか!?」
「先ほどまでと変化なし! 敵基地の頭上に到着してから動きを停止したままです! 連絡もつきません!!」
「レイたちのレジェンドとインパルスは!?」
「デスティニー支援のため発艦させてから三分が経過しました! 到着予測時間まで残り二十三秒!」
「く・・・ッ! 私としたことが敵の策に乗せられてしまうとは・・・ッ!!」
歯がみして、デュランダルは悔しがる。
シンだけを先行出撃させてしまった先の命令が悔やまれてならない。
もともと彼の理想実現のため最重要の駒として用いるつもりだった、あの少年は能力的にキラ・ヤマトを超えてもらう必要があったが、精神的には自分かレイに依存してくる程度に弱いままで居続けさせる必要が存在していた。
だからこそ彼はシンに対して、ザフト軍の綺麗な面だけを見せて、戦争の醜悪な部分はすべて連合とロゴスの責任に押しつけさせ、彼が正しいと信じて行う行動をすべて許させ、他者が彼を裁けば擁護し、この上ない後ろ盾となって彼の信じる正義も理想もすべて全肯定してスポイルし続けた。
そうすることでシンの中に、自分を神のように崇めて信じて疑わなくなるよう誘導して、洗脳してきたつもりであったが・・・どうやら敵の中に余計な“真実”を彼に語る者がいたらしい。
自分たち自身は綺麗なものしかないように見せ続けてきたから、自分たちにも薄汚い醜悪な側面がある事実を突きつけられると今のシンでは逆上して理も正義もなく斬りかかっていくことは出来ないだろう。『今はまだ』
(やはり、レイだけでも共に出撃できるまで思い止まらせるべきだったか・・・ッ。あの二人はもともとシンを補完させるために作り出したタッグだった。まだ一人で戦わせるには早すぎたと言うことか!)
自分が近くに来れない時にはレイが、シンにとっての精神安定剤になるよう調整する。そして大きく事態を動かさなければならない時には自分自身が赴いて全面的なオーバーホールを行う。
それが彼ら二人で考え出されたシン・アスカという名のデュランダル体制を支える最強兵器の作り方。それが完了していないうちに厄介な邪魔者に介入されてしまった。何重の意味でも腹立たしい!
「“アリゾナ”と“ペンシルバニア”を東アジア共和国艦の前に出してスペースを開けさせ、その隙間から彼らの艦を本隊と合流するために移動。“キャリホルニア”はそのまま待機。現状維持を厳命せよ。下手に動けば味方にぶつかって沈没すると付け加えておやりなさい!」
「りょ、了解しました艦長!」
タリアもまた、艦の命令権を持たないデュランダルの越権的な発言に対して特権乱用と苦言を呈する余裕もなく、各部署への指示に忙殺されていた。
只でさえ今までにない大軍勢を率いての大遠征。敵勢力最大の軍事拠点とはいえ、たった一つの基地を攻略するためには過剰なまでの兵力を統率しながらも実際に前線で戦っているのはモビルスーツ部隊ばかりで艦隊は後方に控えたまま開戦からこっち動いていない。
狭い海峡内に味方艦が足の踏み場もないほどひしめき合ってしまって、動くに動けない状況下で後背からの襲撃に対処するなど、いくらタリアが経験豊富な艦長とはいえ出来ることにも限度がある。
今の状況下では、その場しのぎの対処法的な指示を行い続けるだけの作業に没頭せざるを得ず、今は一刻も早く自由な行動を可能にしないと動くことさえままならないまま敗走する味方に巻き込まれかねない。
「それからデスティニーとの通信回復を急がせろ! ヘブンズ・ベース直上に到着しているシンが攻撃を再開してくれれば味方も勢いを取り戻せる!!」
「やっていますが、敵の妨害が激しすぎて我々の腕ではとても・・・」
「く・・・っ、電子戦とは時代錯誤な!!」
タリアが解決しようと悪戦苦闘している問題は幾つもあったが、その内の一つが最前線に到着した直後から、シンのデスティニーと連絡が途絶したことで。
これはセレニアの指示より、要塞の利を生かし持ちうる限りの情報士官を総動員してミネルバからデスティニーに発信されている通信の全てを妨害するため電子戦を仕掛けさせていたことが原因で生じている事態だった。
ザフト軍が前大戦初期において核攻撃を不可能にするため地上へ撃ち込んだ無数のニュートロンジャマーにより電波障害が発生してレーダーや無線などの電波装置が大幅に使用を制限されて久しい昨今だが、もともとニュートロンジャマーによる電波障害は予想外に発生した偶然の産物であり、ザフト軍がはじめから想定した上で撃ち込んだというわけでもない。
そのためザフト軍には、ニュートロンジャマーによりレーダーが無力化された状況下での戦術に熟練している反面、対電子戦の経験者がほとんどいないという目立ちづらい欠点を抱え込んでもいたのである。
またヤキン・ドゥーエ会戦や、サイクロプスによるアラスカの自爆、連合軍による核攻撃などで大人の軍人たちを大勢失わされたザフト軍は戦後、大規模な少年兵たちの徴募と増員をおこなっている。
大人不足に陥った軍隊が少年兵によって数の補充をおこなうとき、その教育課程で無駄と判断された部分は今まで使っていた教科書から削られるのは歴史の必然である。
まして数の差を質で補うコーディネーターの軍隊ザフト軍の戦艦に、余剰人員などいるわけもなく、当然のようにオペレーターも一人しか連れてきていない。
数百人単位で電子戦を仕掛けてきている連合軍の数の暴力に対して、たった一人のオペレーターで対電子戦をおこなうのは不可能に近く、他の者に頼ろうにも電子戦について知ってる者から探さなければならない状態ではどうにもならない。
それでも可能な限り呼びかけを行って人員を集めさせて入るものの、艦と艦との距離が近すぎる自陣営の状況下では人員を移送することさえままならない。
とにかく今は、艦の自由を回復するしかない。
そう考えることで自分を納得させ、最善を尽くすしかなくなっている。それが今のタリアの実情だった。
逃げるのに邪魔だからと昨日まで手を取り合っていた者たち同士が互いを罵倒し、罵り合い、その中で一部に人々が賢明に崩れゆく組織の屋台骨を支えようと苦闘している努力を無為にさせていく・・・・・・。
・・・・・・それら人間の浅ましさ醜さが形となって現出され、人の本性がぶつかり合い挽きつぶし合う戦場の光景というものは多くの人たちにとっては、あまり見ていて気持ちがよくなる景色ではなかったであろう。
――だが、世の中には例外というものが存在しているのが常である。
敵軍の無様すぎる醜態と、人間の浅ましさ愚かさこそが人の本性としてぶつかり合う戦場を俯瞰した映像を笑い転げながら楽しそうに見物できる人物も中に入る。
たとえば、このロード・ジブリールという見た目と肩書きだけは紳士風の人物は、その代表例と呼ぶべき存在だったと言えるだろう。
「素晴らしい! 素晴らしすぎるぞセレニア君! まさに芸術的と言って良いほどに!!」
大声で賞賛して激賞して、絶賛する言葉を惜しまない彼は、先ほどまで笑い転げすぎて浮かんだままになってしまっている目尻の涙を拭いもせぬまま、血走らせた眼で戦場を映すスクリーンを睨み付けるように凝視して、心から嬉しそうにけたたましく笑い転げる作業に再び舞い戻っていく。
『・・・・・・・・・』
もはやロゴスメンバーの老人たちには付いていけない若者の暴走というより、狂態と読んだ方が正しく思えてきたジブリールの姿に吐息すら漏らす気がなくなって、ただ黙然とお茶をすするか葉巻を吸うかのどちらかしか動かなくなって久しい。
そんな彼らの存在など綺麗サッパリ忘れ去り、ジブリールはこの世の春を謳歌していた。
今この瞬間こそが彼の人生の中での絶頂期。今を心の底から喜べなければ彼の人生に華はない。
あらためて自分だけでも逃げだそうとしていた艦の一隻が味方に衝突して、自分自身は無事で済んだが、衝突された艦の方は航行に重大な損傷を受けたらしく退艦準備を始めさせている姿が映った。
ジブリールの瞳がキラリと光る。自分の出番が訪れたことを彼は敏感に察知して、主演男優らしく颯爽と登壇して良いところを掻っ攫ってやろうと基地司令官に上から目線で尊大な口調で声がけを行いに赴いてくる。
「君、敵から逃げ出そうとしている艦たちに向かって通信回線を開く準備をしてくれたまえ。人の上に立つ者の義務として、私が直接彼らに正しき本道へ回帰するよう説得してやろうと思うのだよ」
大見得切って胸を反らし、今まで笑うばかりで何もやってこなかった自分のことなど過去の出来事として忘れ去り、その大らかな心を持って裏切り者共にも寛大な処置を施してやろうという器を見せつける。
――無論、罪を許してやるために必要な手土産として、デュランダルの首ぐらい取ってくるのが支配者に対しての礼儀というものではあったが、その程度のことは礼儀知らずのコーディネーター共を背中から撃ってでも持ってくるのが一度は王を裏切った謀反人として当然の義務であるだろう。
「ま、ちょっとはもののわかった人間ならね――すぐに見抜くはずだ。あんなデュランダルの欺瞞は。
たとえ、それが出来なかったもののわからない愚かな人間であろうとも、今の惨状を見せられれば流石に気づけるだろう。ヤツの支配する世界などになったら、今のヤツらにとっても居場所はすでにないことぐらいはね・・・・・・」
二度の裏切り、連合とロゴスを見限ってプラント側に回っても尚、危なくなったら自分だけでも生き延びるため逃げ出そうとする浅ましさ。
その姿を眺めてジブリールは内心、苦笑する。
まぁ所詮こういった連中は、世界のことより自身の安泰が重要なのだ。誰だって自分が一番かわいいものだ。決まっている。
なればこそ、そういった愚かな民衆共を正しく導いてやる指導者は、鞭だけでなく時に寛大さという飴をチラつかせて優しくあやしてやらねばならない義務がある・・・・・・。
「まあ、何にでも見込み違いということはある。ロアノークたちがミネルバを討ってくれていれば、彼らも今回のような軽挙妄動にはしる気にはなれなかったろうからね・・・。
仕える相手を選ぶチャンスを与えてやろうと思うのだよ」
「は、はぁ・・・。それが・・・そのぉ・・・」
「・・・・・・?? どうした? なにか私に意見でもあるのかね?」
今の今までセレニアの言うとおりにしか動こうとしなかった従順な基地の副司令から曖昧な反応を返されて、ジブリールは僅かに両眉を寄せて顔をしかめ、不機嫌そうな表情を浮かべたが彼の場合はただの癖であり、見た目ほど不快だったわけではなく意外に思った程度だったが見知らぬ人間が見て察せれるほど判りやすい愛嬌は持っていない。
「も、申し訳ありませんジブリール様ッ! じ、実はその・・・セレニア司令よりジブリール様からそのご命令をいただいた時には、しばしお待ちいただくよう言付かっておりまりして、私ごときの判断ではそのえーとぉ・・・」
「なに? セレニアからの命令だと?」
その返事を聞いてジブリールは、今度はハッキリと不快さを表す八の字に眉を寄せる。
彼は確かにセレニアの軍事面における作戦指揮能力を高く評価してはいるが、だからといって自分の命令を無視するよう先んじて部下に命じておくなど許しがたい越権行為と呼ぶべき増長だろう。
これは少し、身の程というものを教えてやった方が今後の彼女のためにもなるかもしれない・・・そうとまで考えていたとき、恐縮して頭を下げたままだった副司令から、眉の角度を正常に戻すだけの言付かっていた“続き”を聞かされる。
「し、司令はこう仰っておられました。“もし今しばらくの猶予をいただければ、より愉快な光景をご覧いただいてから登壇できます。主役は劇の一番最後のフィナーレを飾るものだと相場が決まっているものです”・・・とのことで御座いましで、そのあのえーとぉ・・・」
「・・・なるほど・・・。フフフ・・・やはり持つべきものは自分の身の程を弁えている部下と言うことだな・・・。ふふ、愛い奴だよ本当にね・・・」
そして、急下降しかけていた機嫌を一気に急上昇させ、楽しそうな笑顔で自分の席へと戻っていく。
「・・・・・・ん?」
そして戻る途中で、モニターの一つに映し出されていた光景を目にして完全に機嫌を直し、鷹揚な気持ちで開戦から始めて貴賓室のソファへと向かうと深く座り込み、満足の吐息と言葉を同時に放っていた。
「たしかに、私の判断は浅慮すぎたようだな。命令は取り消させてもらおう、セレニア君。
しかし・・・フフフ・・・、あまり大人をからかうのは感心しないぞ? 劇で一番盛り上がる瞬間にサプライズを持ち込むにしても度が過ぎているからな。私でなければ君を危険人物として粛正してしまうような映像だぞ? これはね・・・・・・ハハハ・・・ハァーハッハッハ!!!」
ヘブンズ・ベースの地下深くで狂人が一人芝居にうつつを抜かし、開戦から始めて同席する羽目になってしまったロゴスメンバーの老人たちを迷惑がらせていた時も尚、基地の外側の海上では激戦が続いていた。
タリアが適切な指示を飛ばしているとはいえ、恐怖と混乱によって通信が入り乱れ、矛盾した指示が飛び交う状況に陥りかけていた同盟軍の惨状にあっては彼女一人だけでできることは限られている。
それでも圧倒的な大軍勢に比較すれば微々たる数の逃亡艦が出そうになる程度の被害ですんでいるのは、彼女だけではなく連合からの離脱組の中にも有能な指揮官や艦長が少数ながら存在しており、議長の話を聞くよう味方に呼びかけ、正しく対応して軍の秩序を回復するため尽力していた者たちが存在してくれていたからこその功績だった。
「敵の中心で偽装艦を率いている艦に向けてミサイルを発射しろ! 敵の大半がダミーでしかないことを目に見える形で証明すれば日和見共の混乱は一挙に収まる!! 目に見える姿ごときに惑わされて狼狽え騒ぐ醜態を見せるなぁ!!」
「りょ、了解しました艦長!!」
慌てて指示を伝えに走る、先ほどまで小うるさかった副官を舌打ちと共に見送って、筋骨隆々でヒゲ面の艦長は渋面を作る。
彼らの国は連合加盟国ではあったが、席次は低く扱いも悪かった。前大戦でも今次大戦でも損な役割ばかりを押しつけられて嫌気がさしていたために国を捨てることに抵抗感は少なくて済んだのだが。
(――まさか、こんな所で死にそうな目に遭うとは思ってもみなかったぜ・・・。これは選択を誤っちまったのかもしれねぇなぁ・・・)
そう思い、後悔もしたが今さら過去の戻るわけにもいかない以上、今を生き延びて明日へと希望をつなぐ以外に彼らにとっても道はない。
そのためにもデュランダル議長とザフト軍への信頼を少しでも回復してやることは必要だったのだ。たとえ信用できなくなっていたとしても、連合とロゴスに対抗できる勢力は彼以外にはおらず、一度は裏切り弓引いた自分たちが帰参したところで連合が元通りの地位と扱いを回復してくれるほどお優しい支配者どもであった記憶など一秒たりとも存在しない以上は議長に味方してロゴスと連合を倒して分け前をもらう。それ以外に自分たちが生き延びて栄達する道はない。・・・・・・そう腹をくくっている彼だった。
「オラァ! そこのスカンジナビア艦! 無秩序に退こうとするんじゃねぇ! 順番守って列に並んで行儀よく秩序だって後退して陣形を再編しろ! この渋滞の中でバラバラに逃げようなんてしちまったら収拾つかなくなって却って死ぬぞ! 死にたくなきゃ軍隊らしく秩序を守りやがれェい!!」
不甲斐ない醜態をさらす味方を罵りながらも的確な指示を飛ばしてやり、後退しながら敵への砲撃を同時に行わせる優れた手腕も見せつけてやる。
連合から捨て駒扱いされた下っ端人生の長い彼は、自分自身を戦場の酸いも甘いも嗅ぎ分けられるベテランなんだと自負していた。それが出来なければ今までの人生で何度死んでいたか判らないほど彼の人生は苦労に満ちていたからだ。
(苦労知らずのエリート共には分からねぇことでも俺には分かる! それが分かるからこそ俺は生き延びてこられたんだからな! 肩書きだなんだと偉そうな顔したところで、実際の現場じゃ役に立たないんだってことを教えてやr――――)
「か、艦長ォォォッ!!!」
「なんだァッ!?」
怒鳴り声で応じて、悲鳴を上げた部下を叱咤してやろうと振り向いた彼は絶句して立ち竦み動きと思考の全てを止める。
艦橋の肉視鏡から見える外の景色いっぱいに、敵の偽装艦以外の実物潜水艦から発射された対艦ミサイルを含む雨のようなミサイルの雨が目前まで迫ってきていて回避するには遅すぎるタイミングになってしまった後だと気づかされたからだった。
「嘘だ・・・たかが一隻の戦艦相手にこんなに大量のミサイルを撃つわけがな―――」
彼の放った人生最後の叫び声は、残念ながら誰の耳にも届くことはなかった。
より大きな怒声で味方に危機を伝えるオペレーターの悲鳴が彼らの鼓膜を占領し尽くしていたからである。
「ミサイル群接近、本艦に向かって急速接近中!!
対応不能! 数が多すぎる!! ――い、イヤだァァァッ!? 助けてくれぇぇっ!!」
「敵戦艦、撃沈を確認しました。生存者はなしの模様です」
「そうですか」
潜水艦の狭苦しいブリッジ内で、のんびりと艦長席に座りながら副長からの報告にうなずきで返し、続いて確認のために艦長の方へと顔を向けるロゴス軍の少女指揮官セレニア。
「味方の混乱を静めようと叫んでいた敵艦は、今沈めたので最後でしたっけかね? 艦長さん」
「はい。少なくとも敵艦隊が発信している意味不明な通信内容の中で、意味ある言葉を使って指示を飛ばしていたことが確認できた艦は今沈めたヤツであります。司令官閣下」
「そうですか。・・・敵将が誰かは存じませんが―――」
ふぅ、と深く息をついてから頭に乗せた軍帽を脱いで団扇のように仰ぎながら、セレニアは今まで自分たちが沈めてきたコチラの作戦を看破して正しい対応を指示していた離反者たちグループの艦艇、その全てのキャプテンたちのことを評して言った。
「アホな人でしたねぇ~。右往左往する大勢の味方の中で数少ない秩序だって動く人が、その集団の秩序をかろうじて保っている支柱であることくらい、素人やバカでも分かりそうなものでしょうに。オマケに全てのチャンネル開いて大声で指示出してたんじゃ、誘導弾で狙ってくれと言ってるようなものですよ。ド素人のバカな典型例としか言い様がない愚行でしたよ」
「ですが、秩序を失った軍隊が無秩序に壊乱するのを防ぐためには誰かがやらなくてはいけないことでもあります。彼らは彼らなりに軍人としての職責を全うしていたと、軍艦乗りの私としては褒めてやりたい気持ちにならざるをえません」
「その結果、数少ない秩序を保って行動できる自分だけが死んで、混乱して足を引っ張り合う味方だけが無数の残されてもですか? 本末転倒だと私なんかは思うんですけどねー」
そう言われてしまうと艦長としては反論に窮するしかない。軍人として、軍事ロマンチシズムに傾倒する評価基準は忌むべきだとは思うが、やはりロマンを感じてしまうのは避けられない自分自身を実感させられたようで微妙な心地にさせられてしまうより他ない。
「軍人の最期として、美しい死に様だったと思うのは無能の現れと言うことですか・・・」
「立派だったし、美しかったとは私も思いますよ? 美しいだけだったとも思いますけどね。
プライドを優先して玉砕覚悟の抵抗をするのも美学ではあるのでしょうけど、ただ美しいだけで意味は全くありません。
生き残っていれば何かチャンスが生まれるかもしれないものです。諦めずに抵抗を続けるためならプライドなど捨てて構わないと言える人じゃないと私は尊敬する気になれないタイプですからね~」
気楽な口調で言い切られた艦長は、戦術指揮官と戦略を見ることができる戦略家との違いをあらためて思い知らされながら、自分は絶対ソチラ側にいけそうにないなぁ―との思いを新たにしていたところ、ようやく部下の一人から待ちに待った報告が届けられた。
鉄のプレートに焼き付けられたそれを見た艦長は、ようやく安心した表情で肩の荷を下ろし、セレニアにプレートを手渡しながら今までの心労を振り返るように慨嘆する。
「Sフィールドに潜ませていた小型艦から中継装置を経由して報告がもたらされました。例のアレが到着したそうです。速度と進行方向ともに変わらず。目標海域への到着はタイムスケジュール通り、今から二分後になるそうですよ・・・」
「ようやくですか。最初から分かっていたとはいえ、やはりハラハラさせられましたねぇ。アレが到着するより先に私たちが全滅させられてたら意味なくなっちゃうところでしたし」
「まったくです。オマケに自然現象ですからコチラからは急がせることができない以上は、あちらの到着時間にコチラが合わせるより他に手はなし。
無駄話でもして不安を押さえつけないと発狂するところでしたが・・・これで私たち全員の
心労もやっと報われるというものです」
「ですね~。本当に全くそうですよねぇ~」
にわかに和やかムードに包まれ始めたセレニア分艦隊の旗艦艦橋。
それに比例したわけではないが、ようやくタリア指揮するザフト艦隊も秩序を回復させ、お荷物な離脱艦に道を空けてもらい、レイたちもどうやらシンと合流できたことを確認して、さぁこれから敵と本腰入れて戦ってやるぞと、クルーたちが溜まりに溜まった鬱憤を晴らすためにも活気づいていた丁度そのとき。
(・・・変ね。敵の動きが鈍すぎる・・・。こちらが反撃態勢を整えるのが終わるまで速度を変えないだけでなく、砲撃まで今まで通りを繰り返していたのは何故・・・?
まるで、“何かを待っているかのような”、この停滞ぶりは一体・・・・・・)
その疑問をタリアが抱き、不思議に思いながらも反撃を命じようとしたのもその瞬間。
同盟軍艦隊の側面――連合軍からはSフィールドと呼称されていた海域――に近い位置に配置していたザフト艦の一隻から、妙なものを発見したとの報告が届けられた。
写真付きだったため、その妙な物の姿をタリアは実物同然で確認することができ、先ほどより更に不審さを増した声音と表情で其れに付けられた名前を呟くことしかできなくなっていた。
「・・・・・・海に浮かんだ・・・氷?」
「艦長! 艦隊の再編作業が完了したとの報告がありました! 連合からの邪魔な居候どもを退かす作業も完了したとのことです! いつでもいけます!」
「よーし! ヤツらに今までの借りを万倍にして返してやるぞ! 地ベタにへばり付くだけでは飽き足らず、海の底まで逃げ隠れしやがってた連中に思い切り熱いのかましてやれ!」
「それと艦長、Sフィールドの向こう側から流れてきた例の物については、先ほどミネルバに報告しておきました」
「そうか。まぁ、たしかに危険でないとはいえ障害物であることは確かだからな。俺たちはともかく離脱組の戦艦たちにとっては厄介だろう。注意を喚起しとくに超したことはない」
そう言って彼らが余裕を持って笑い合っているのは、『流氷』についてだった。
遠くの海から流れてきたらしい、氷の大群が自分たちの艦隊が陣を構えているこの海域にゆっくりと流れてきている光景を見つけたから一応報告しておいたのだ。
海に浮かぶ氷の塊に過ぎない石っころだろうとも、物によっては結構大きい物も混じっている場合があるのだ。同じ海に浮かぶ巨大建造物として戦艦たちが警戒しなきゃいけないのは理解できる。
「後顧の憂いはそれで全て解決したな? なら後はクソッたれなロゴスの奴らを降伏させるか全滅するだけだ! 地ベタにも海でもなく、穴蔵に引きこもって俺たちの宇宙まで支配しようとしたモグラ共に目に物見せてやれ!」
『応ッ!!』
だが、生憎とザフト軍に潜水艦はあっても戦艦はない。ならば流氷を警戒すべきなのは連合からの離脱組だけで、自分たちザフト軍は敵と戦って倒すことのみに集中すればそれでいい・・・・・・
「では・・・攻撃開始! 我らに天の加護を! ザフトのために!」
『ザフトのために!!!』
クルーたちがそう叫んで、艦を発進させようとしていたザフト軍潜水艦の一隻の表面に、流氷の小さな一つが「コツン」と音を立ててぶつかってきたのは、その時であり。
―――その直後に水柱をあげて大爆発を起こした流氷と共に、潜水艦と乗組員たちの全員は自分たちに何が起きたかも分からないまま、対ロゴス同盟軍に危機を教えてやるための狼煙の材料として天へと打ち上げられて消滅していった。
誰もが唖然として沈黙のうちに見上げるしかなかった、その光景を只一人、計画者であり実行を命じた側の少女が頬杖をつきながら静かな声で、説明と終劇とを同義語として紡ぐ声が海のなかで呟かれていたことを知る者は少ない。
「海を漂っていた適当な流氷に推進器を取り付けて質量弾にしてみました。海なので海上からは見えづらいと思いますし、折角でしたので何割かには氷の中に爆弾を埋め込んであります。
どれが誰に当たるかは運次第の確率論兵器ですけど、沈んだ艦は潜水艦にとっても邪魔になるでしょうね。
まぁ、頑張って生き延びてくださいザフトの皆さん。応援しております。
――では、出番の終わった私たちは後退。本気で敵軍と正面衝突したら全滅するだけですので逃げますよ? ちゃんと偽装艦は敵艦隊に向けて特攻させるのを忘れないでくださいね?
車も氷も無人の中身空っぽ潜水艦も一度火を入れちゃったら、止めるよりも爆発させた方が綺麗な花火になりますからね~。リサイクル、リサイクル~♪」
『・・・・・・はぁ。イエス・マァ~ム・・・・・・』
いい加減、慣れてきた潜水分艦隊の旗艦クルーたちの心労だけは終わりそうにない―――。
つづく
オマケ【今話の中でシン・アスカVSフェイ・ウォンが交わしてた会話】
「なん・・・だっ、て・・・・・・?」
ザフト軍のエースにして最新鋭機デスティニーを与えられたパイロット、シン・アスカは、フェイ・ウォンと名乗った敵の言葉に衝撃を受けていた。
自分がベルリンを焼かせた人殺し・・・? 人殺し・・・・・・ヒトゴロシ!?
「――違うッ!!!」
『違わねぇよ!!!』
反射的にシンは叫び返し、叫んだ直後に怒鳴り返され、その気迫に気圧された彼は思わず黙り込まされてしまう。
『お前も俺とおんなじなんだよ。だから言ったろうが、アンタとは気が合いそうだってな。
その高性能な新型機を与えてもらうために今まで何人の敵を殺してきた? 敵の死体で山を築いた報酬によって手に入れた新しい機体で、次はどれだけ人を殺したい? 世界を平和にするために!
自分の好きな奴らを殺した憎ったらしい奴らを敵として殺しまくって、嫌いな奴らのいなくなった世界を作り上げるために! 自分に都合のいい優しい奴しかいない世界を手に入れるために! 一体これからアンタはあと何千人殺せば気が済むんだろうなぁ!? えぇ!? シン・アスカさんよゥッ!!』
「違う! 俺は・・・・・・俺はァァァァッッ!!!」
ひたすらに軍人という職業の持つ『人殺し』としての側面を強調して語り続けるフェイの糾弾に、シンは呻くばかりで動くことのできない精神へと追い詰められていく。
それは知らず知らずのうちに刷り込まれていた、シンが持つ心の弱さの一つを突かれた結果だった。
自分の家族を殺した連合軍と戦う『自分たちザフト軍は正義の軍隊』・・・そのイメージを肯定してやるため、ザフト軍の綺麗なところだけを見せて、連合軍は汚いだけを見えるように調整し続けた結果として気づかぬうちに抱かされてしまっていた『ザフト軍は正義のヒーロー』というザフト軍の制服を纏った彼の願望。
戦争による痛みしか人に教えられないアスラン・ザラを教師という名の鞭として起用して、同世代の少年レイ・ザ・バレルを友達として飴の役割を担わせて、飴と鞭とを使い分けながら甘やかしてスポイルさせ続けた。
自分が正しいと信じて行って、それを叱られた時には彼をかばい、より上位にある者がそれを許し、彼の正しさを保証する。
インパルスという彼の求めていた『力』として与えてやり、憎むべき敵は殺しても悪ではない状況を作り上げ、成果を出せば結果論によって問題行動を免罪して、より大きな力と地位を与え続ける・・・・・・。
そんな環境に置かれ続けては、どんな英明な子供であろうとスポイルされてしまうのは当然の結実でしかない。
肉体能力や知能においてナチュラルを遙かに上回るが故に、成人として認められる年齢が早いコーディネーターといえども、人としての心である『精神年齢』まで一足飛びに大人になれる訳ではないのだから当然のことなのだから―――。