機動戦士ガンダム 死のデスティニー   作:ひきがやもとまち

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深夜にエロ作を書いてたら途中で止まってしまったため、他の続きを書いてたら完成したので投稿しておきます。
深夜テンションで書いたことと、やや片手間な心理状態で仕上げてしまったことを反省中。ダメそうだったら書き直しますね。

今回の話にサブタイ付けるとしたら【デュランダルの野望 ザフトの脅威】かな? 
ロゴス・セレニアに手玉に取られた議長の方でも策謀を開始する話ですね。そして主人公は出ないと(苦笑)


完成する少し前で止まってたのを完成させただけですので、これから元の作業に戻りま~す。


PHASE-7

 ヘブンズベースを巡る攻防戦の勝敗は決した。

 勝利者は勝ち鬨を上げ、現場指揮官は部下に事後処理を委ねて寝に入り、極度の緊張と死の恐怖から解き放たれた連合の兵士たちには、さながら消化試合のような雰囲気が流れるようになっていた。

 

 ――だが、しかし。

 

 連合軍に負けた側の対ロゴス同盟軍にとって、戦いはまだまだ終わってなどいなかった。寧ろ、ここからが本番とも呼ぶべき戦況にこそ彼らはあったのだ。

 

 流氷機雷の群れと、役目を終えた偽装艦による特攻と自爆、さらには追撃部隊から計算尽くで発射されてくるミサイルの雨というトリプルパンチでしたたかに頬をブン殴られた同盟軍への寝返り組たちは軍律も秩序もなく、ただ我が身一人の命惜しさで順序も航路も後方確認さえも禄にせぬままデタラメな方向へと逃げ惑い、逃げようとしていた別の艦に追突して却って混乱に拍車をかけることに貢献するだけの為体となっていたからである。

 

『何をしておるか! 回避だッ! 緊急回避ーッ!! 流氷が来ているのだぞォォ!?』

『取り舵だぁ! 取り舵ィィッ!! う、うわぁぁぁっ!?』

『――こちら――艦、モンテレ! 我、敵の追撃による損傷で操舵不能。救援を乞う!至急、救援を乞うッ!』

『チクショウ! このままで何隻生きて帰れるってんだ!?』

 

 デュランダルに対する『信頼』によって集まってきていた大同盟軍は、その信頼が失われたことで頭数が多いだけの個人の群れに成り下がってしまい、統制が保てているザフト軍が撤退する邪魔にさえなってしまう程の烏合の衆にすぎなくなってしまっていた。

 

 よく言えば『昨日の敵は今日の友』とも呼ぶべき世界の敵ロゴスを倒すための大同盟軍も、悪く言えば『ごった煮の寄せ集め集団』でしかないのも側面的な事実ではある。

 数ある戦いの中で最も難しい戦闘形態として知られているのが、撤退戦だ。

 互いに互いの背中を守り合って敵に牽制を加えて足止めしながら一隊、また一隊と離脱させることができなければ撤退戦を成功させるなど愚者の夢にしかなり得ない。

 

 上への信頼と同僚たち同士の絆がなければ成しえない高度な作戦。それを今の大同盟群に求めても不可能であると判断したミネルバ艦長タリア・グラディスは、無駄な犠牲を増やすばかりで遅々として進まない撤退状況を踏まえて決然と顔を上げると、命令と決断を同時に下した。

 

「ミネルバ急速浮上! 投降艦たちの頭上を飛び越えて、この海域より離脱する!!」

 

 

 タリアが下した、その命令を聞いたとき。

 ミネルバ艦橋のクルーたちと、同席していたVIPたちから寄せられた感情は、身分や立場を超えて統一されていた。

 

 ―――正気か!?・・・と。

 

「し、しかし艦長! 今飛んでは敵基地の対空砲火とデストロイのビーム双方から餌食になってしまいますよ!?」

 

 皆を代表してアーサー副長が意見を具申し、デュランダル議長でさえ彼の意見に賛成だった。

 たしかに目の前に敵拠点があり、対MS戦闘よりも艦隊攻撃にこそ向いていると思しき巨大兵器デストロイたちが健在な状態でミネルバ一艦だけが飛び上がれば良い的になってしまうのは明らかだろう。

 それを懸念した副長の意見は間違っていないが、大前提として「撃たれる可能性」だの「危険性」だのと言っていられるほど余裕は今の自分たちにない。

 

「味方に邪魔されて身動きもとれない今のままでいるなら同じことよ! 空に浮き上がれば撃たれる危険はあっても自由は利く! それに本艦が上がることでスペースも空くわ。

 このまま動くに動けず敵の前に棒立ちし続けるのと、敵に狙われる覚悟で空を飛んで逃げのびる方に賭けるのと、貴方ならどちらの方が安全だと思うの!?」

「そ、それは・・・」

 

 質問に対して、逆に問い返された副長は声を失い、喘ぐように自分たち全員の上司に当たる人物に救いを求める目を向けたが、相手の方は彼のことなど見てはいなかった。

 ただ真っ直ぐ嘗て知ったる古いパートナーの瞳と見つめ合い、優しげな微笑みを浮かべて小さく首肯する。

 

「・・・わかった。君の判断が正しいだろうね。他の飛行可能な艦にも同様の命令を伝えてくれ。モビルスーツ部隊にもだ。少しでも艦を軽くし、標的を増やした方が生き延びられる可能性は高くなるだろう。必要なら私の名前を使ってくれてかまわない。」

「ありがとうございます、議長。・・・アーサー!」

「は、ハッ!!」

「潜水艦部隊にも、議長の名前で命令を通達してちょうだい! 全艦急速潜行、投降艦隊の足下をくぐり抜けながら各艦長の判断で最適なルートを選び戦場を離脱せよと。

 沈められた艦がある方角なら少しは機雷の数も少ないはずよ。最終的にカーペンタリアで合流できればそれでいい!」

「は、ハッ! ただちに伝えますッ!! 通信手ーっ」

 

 慌ただしく新任のクルーの元へと駆け寄っていく副長の姿と、眼下に見下ろしながら形の上ではおいていかざるを得なくなった各国からの投降艦たちに事情を説明し始めている議長の姿を視界の隅に納めながらタリアはそっと溜息を吐く。

 

「・・・・・・後は私たちの運と、敵指揮官の価値基準次第ということかしらね・・・・・・」

 

 

 

 

 

 

 誰にも気づかれぬよう小声で呟かれたタリアの独白を傍受したわけではなかったものの。

 ザフト軍の動きを潜望鏡とレーダーで逐一確認し続けていたセレニア分艦隊旗艦の艦長は、敵拠点を前にして無謀にも飛行し始めたミネルバの姿に勝利者側として評価を下していた。

 

 ――舌打ちという形で、である。

 

「・・・チッ。思ったよりも判断が素早い、流石はザフト軍と言うところか。もう少しぐらいマゴついてくれると期待していたのだが・・・」

 

 彼から見て忌々しいことではあったが、敵に正しい選択を選ばれてしまったらしく、彼率いる追撃部隊ではザフト軍を落とすことは諦めざるを得なくなったようである。

 せいぜい沈められるのは、連合からの離脱艦のみとなってしまった敵の判断に対して艦長は諦めざるを得ないと現状を受け入れてはいたものの、不満を残す者もいる。

 旗艦の副長が、その一人目となったようだ。

 

「しかし艦長、敵は浮上したばかりで高度は低く、ヘブンズ・ベースからの対空砲もありますし、今なら敵旗艦の撃沈も不可能ではないのではありませんか?」

「たしかにな。貴官の判断は正しい・・・あくまで我が艦隊に対空用の対艦ミサイルが多ければの話だが・・・」

「――あっ!?」

 

 言われて副長は声を上げる。自分たちの懐具合を思い出したのだ。

 もともとセレニア率いる分艦隊は、対ロゴス同盟軍に対して『政治的理由での撤退』を余儀なくさせることを戦略目的として編成され、出港してきている。

 ヘブンズベースでの戦いそのものが、デュランダル議長からの不意打ちに近い情報公開から始まっているものでもあり準備期間が満足に得られぬまま、用意できる物だけでやり繰りする必要性もあり、使う可能性が低かった海上の上を飛ぶ飛行戦艦を撃ち落とすための対空対艦ミサイルは多く持ってきてはいないのだ。

 

 加えて潜水艦は戦艦よりもサイズが小さく、弾薬を詰める量も必然的に少ない。一発だけで多くのスペースを占有する対艦用の巨大ミサイルなど早々詰める物でもなかったのだ。

 

「それに何より、あの艦を撃ち落とそうとすれば怖い奴らに邪魔されて、逆に撃たれる。大人しく見送るのが互いのためだ」

「怖い奴ら・・・とは? いったい・・・」

「分からんか? お嬢さま司令官閣下が気にしておられた“羽付き”と“甲羅付き”の二機だよ。母艦が撤退するのに直援を前線に張り付かせ続ける理由も特にあるまい」

「・・・成る程・・・」

 

 副長はうなり、上司の指示を全面的に受け入れて各部署に指示を与えるため狭い艦橋から外へと駆け出していく。

 その背中を見送りながら艦長は、だが自分たち全体の盟主ということになってはいる相手の拘りぶりを考慮して、一応の砲撃も加えておくよう指示を付け加えながら副長が向かったのとは逆の方向にある司令官用の個室の方へと視線だけを向けながら。

 

「・・・まっ、命あってのなんとやらと受け入れるべきものなのでしょうな。

 生きていればこそ、次の戦いで逃した敵を沈められる機会も得られるという物でもありますし・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 ――そしてまた、別の戦場では別の事態も発生していた。

 勝利した側が、敗北した側の敵旗艦が逃げるのを見送るしかない己を、諦めて受け入れることができたとしても、負けた側が憎むべき怨敵を倒すことなく退却することを潔しとするとは限らなかったことで起きていた戦闘継続という事態がである。

 

 

「撤退信号!? ミネルバが退っていく・・・クソッ! レイ、撤退だ! 撤退するミネルバを守らないとっ」

「邪魔をするな、シン! 俺はコイツを・・・コイツだけは倒さなければならないんだ! コイツだけはァァァァッ!!!」

 

『アッハハハハハハハぁッ!!!!!』

 

 それはキョウヤの挑発によって誘発され、感情的になったレイが撤退命令を無視して敵機の撃墜に拘らされてしまったことで発生していた矛盾した事態。

 

 シンにとって友人を侮辱するキョウヤは許しがたい男であったが、最初から逃げに徹して時間稼ぎのみに偏らせた敵の戦い方が感情的な怒りを完全には激発させるに至っておらず、キョウヤがレイの攻撃を避けて逃げる方向がヘブンズベース奥深くというミネルバとは逆方向に向かっていることも彼の思考を集中させない要素になってしまってもいたのだ。

 

 オーブ海戦での暴走や、過去のファントム・ペインとの交戦記録などから見ても、シンには明らかに仲間や母艦を守り抜くことへ強い感情を抱いていることが読み取れる。

 それは多くの場合、『味方を殺そうとする敵を倒すことで守り抜く』という形で発生している回数が多かった現象だ。

 

 ならば、それを両立できない状況へと追い込んでしまえばいい。

 守るべき対象の危機的状況と、倒すべき敵とが両極端な遠い位置関係になってしまったとき、彼はどのような行動をとり選択をするか?

 一パイロットとして、常軌を逸した戦果を上げることのあるシン・アスカを負けることなく撤退に追い込むための作戦だったのだ。

 

 前例がないため、確実性の乏しい方法であったが上手くいってくれたようで良かったと、計画立案者のセレニアは夢の中で心安からに安堵していたのかもしれないが、計画を仕掛けられた側としては到底、心を穏やかにしたい気持ちにはなれていなかった。

 

 

『そうです! その怒りです! その悲しみです! その強き信念ですッ! それが人を滅ぼす心の闇を育て上げ、コーディネーターに裁きの核を撃ち放たせたラゥ・ル・クルーゼさんへと至らしめたのです!!

 さぁ、開きましょう・・・新しい世界の扉を! 青き清浄なる世界を創るために!

 でないと、英雄ラゥさんの死はムダになってしまいますよォ~? 任務失敗と言うことでねェー!』

「き、貴様ァァァァッ!! まだ言うか―――ッ!!!」

「レェェェッイ!!!!」

『アーッハハハぁッ!!!!』

 

 ひたすらに煽り続け、逃げ続け、シンには一言も侮蔑の言葉を放とうとしないキョウヤの計算尽くな時間稼ぎ。

 事情を知らず、クルーゼという名前も前大戦に関する記録の一部として聞いたことがあるだけのシンには友の怒りに共感して一緒に怒ってやることができずにいたが、それが逆に有効な方へと作用する場合も時にはある。

 

「落ち着けよ、レイ! ミネルバが退いてる! 俺たちが戻らないと一体誰が皆と議長を守るって言うんだ!?」

「く・・・・・・ッ。―――ギルっ」

 

 相手のプライベートな事情までは知らないシンが、偶然にも放った常識的な見解がレイにとって強制的に冷静さを取り戻させて戦闘を中止させる言葉、『ブロックワード』が含まれていたことなど知るよしもない彼ではあったが、ひとまずは目的を達成し、敵の目的をくじくことに成功したのである。

 

『オヤオヤ、逃げるのですか? せっかくブルーコスモスの英雄を尊敬する者同士として、思い出話に花を咲かせていたというのに~?』

「く・・・・・・撤退する!!」

 

 今度は挑発にも乗ってくることなく、一言だけを残して全速力で撤退していき、相手の捨て台詞を合図にしたのか、追い打とうとしたキョウヤの機体にシンが牽制射撃をかけてきて足止めをしたたため追撃できず、ただ指を咥えて見ていることしかできなくなってしまったのは今度は自分の番となってしまったようだった。

 

 

「・・・チッ。たとえ一瞬とはいえ、この私を躊躇わせるとは・・・」

 

 デスティニーとレジェンドの二機が、一定以上の距離まで遠ざかったことを確認すると、キョウヤは危険を冒してまで追撃することを辞め、適当な丘の一つに降り立つと彼らの健闘ぶりを称えながらも、次こそは必ず狙った獲物を逃さないことを己に課す。

 

 眼下では、友軍が未だに敵との交戦を続けており、追い詰められた敵の中には自棄になって反撃してきたため一部には窮地に陥る部隊や撃沈される味方艦の姿も視界の中には映ってはいたものの、そんなものは彼の眼中にはなく意識してやる理由もない。

 

 彼の興味があるのは、片方だけでも仕留めるつもりでいたのに逃げ切れられてしまった二機の敵機と、彼らにロゴスから掛けられている一生遊んで暮らせる賞金額のみ。

 

 

「まぁ、いいでしょう。

 次の機会には必ずや彼を落とし、掛けられている賞金をこの手に・・・ッ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それぞれの思惑と、政治的理由と理想、そして個人的な欲望とが複雑に絡み合って行われたヘブンズベース攻防戦はこうして終結した。

 

 ジブラルタル基地まで帰投することができた対ロゴス同盟軍は、惨憺たる敗残の身を軍港に並べ、昨日の昼には世界中の艦隊が一堂に集まっていたかのような活気あふれていた港にも空白の席が目立って見えて仕方がない。

 本来は合流を予定していたカーペンタリアではなく、最寄りのジブラルタルに変更したのも、数的な消耗が予想を上回るものだったことが大きな一因となってのものだった。

 

「・・・正確な数は分かりかねますが、被害総数は別として我が軍の撃墜された機体や艦艇、戦死した者は多くありません。・・・しかし・・・」

「連合からの離脱者たちは絶望的、か・・・・・・」

「・・・・・・・・・残念ながら」

 

 沈痛な表情で報告してくる側近たちの言葉を聞きながら、ジブラルタル基地の作戦会議室でデュランダルも痛恨を禁じ得ぬ思いを共有していた。

 窓から港の風景に視線を移すと、寒々しい空白の席が視界に映り込み、彼の心に悲しい隙間風を吹きすさぶ。

 

 ロゴス討伐戦に参陣してくれた兵力の内、ジブラルタルで合流できたものは半数未満という惨状を呈している現状において、彼らの表情も仕方のないことではあったかもしれない。

 

 だが実際のところ、彼らの表情の暗さには純軍事的なもの以上に、政治的要素が多分に加わっていたこともまた否めない。

 

 実は数字だけで見た場合に、ヘブンズベースから脱出できた投降艦はそれなりの数が生き残って逃げ延びることができていた。

 戦記小説などでは全滅という単語が軽々しく使われることがあるが、たとえ惨敗だろうと一隻残らず沈められることなど実際の戦闘では滅多にない。

 降伏する者もいれば、拿捕される船などの捕虜も何割かは必ずいる。それらの処理に手間取っている間に逃げ延びられる者も少なくはない。

 まして対ロゴス同盟軍は、あれ程の大艦隊で攻め寄せたのだ。仮に6割の艦が沈められたとしても、生き残った4割だけでヘブンズベースに駐留していた連合軍艦隊を上回れる数は残っていたことだろう。

 

 だが生き残った彼らのほとんどは、近くの港か適当な海岸を一時的な寄港地として艦と乗員たちを休ませて、残りは独自の判断でそれぞれの祖国へと長距離航海して帰国する道を選んでしまっている。

 生き残っていた連合からの離脱組の中で、カーペンタリアからジブラルタルへ目的地の変更指示を受け入れて集まりなおしてくれた数は1割にも満たない程度。

 

 理由は簡単だ。「デュランダルを信用できなくなった」それだけである。

 

 いくつも隠し続けてきた真相と、連合に勝ち続けてきた常勝軍としての名声。

 最後に結果論としてだが、味方をおいて一人だけ逃げ延びようとしてしまった醜態(投降艦からの主観でしかなかったが・・・)それらが重なり、彼らからデュランダルを見る目に黒く分厚い色眼鏡がかかってしまうのは仕方がない状況に陥ってしまっていたからである。

 

 人は『勝った時にすべてを忘れ、敗れた時にすべての恨みを思い出す』という。

 ヘブンズベースで大敗を喫したことで地球各国の人々は、「自分たちがナチュラル」で「ザフト軍はコーディネーターなのだ」という違いを急激に思い出して意識の色グラスにかけるようになってしまったようだった。

 

 もはや今の段階で、双方の間に生じた心理的亀裂を塞ぐことは不可能だろう。

 最終目標であったプラン実行のための布石として行った攻略戦が、思わぬ形で致命傷となってしまった訳である。

 

「我が軍の被害が少なかったことだけが、不幸中の幸いと呼ぶべきなのだろうな・・・・・・犠牲になってしまった者たちには申し訳ないことをしてしまったがね・・・」

「・・・はい。幸いなことに戦死者数も多くはなく、機体も修復作業をすれば使える物がほとんどです。次の軍事行動に移ること自体は数日もあれば可能だと報告が来ております」

「それだけが、せめてもの救いか・・・・・・」

 

 机の上で腕を組み、戦死者たちに哀悼の意を表するデュランダル。

 彼とて、犠牲となった者たちを悼む思いや悲しむ気持ちに嘘偽りはなく、残念な結果になってしまったことを心から悔やんでいることに変わりはない。

 

 それは彼に、計画の変更を決断せざるを得ないほど、大きすぎる犠牲だったのだ。

 軍艦はいい。どのみちジブリールなり連合なりが自分たちコーディネーターを滅ぼすためには宇宙へと攻め上がってくるしか道はなく、地球制圧しか役立たない海上戦力は今後の戦闘で使う機会は多くないと予測される。

 

 ・・・・・・だが、人々に与えた『惨敗』というインパクトは大きいだろう。

 あれだけの数をそろえて、絆を強調してもなお敗れたという点も無視できない。

 

 自分が陣を構えるジブラルタルまで帰投してきた投降艦が少なかったため、戦闘開始直前に約束した「これまでのことの事情説明」をしなくてよくなったことだけは助かったものの、戦乱の裏側で推移させてきたプランの実現が、当初の予定通り完成することは既に不可能になってしまったと認めざるを得まい。

 

(・・・できることなら、手荒な手段を選びたくはなかったのだがな・・・)

 

 デュランダルは心の中で、そう呟き。決断を下す。

 自らが立案して用意周到に進めてきた、計画の一部を変更する決意を固めたのである。

 

 ――第2パターンに。

 

 

 

「こうなっては、やむを得ん。軍の再編が終了次第、我が軍はオーブを攻略する」

 

 静かな声でそう断言された時、ナチュラルより生まれながらに優れた知能を有するはずのコーディネーターの中から選抜されたザフト軍幹部たちでさえ、言っている言葉の意味が理解できた者は一人たりと存在しなかった。

 

 ――ロゴスを滅ぼそうとして連合に敗れた自分たちが、オーブを!?

 まさかそんな・・・一体なぜ・・・?

 

 先の敗戦でのショックから立ち直り切れていない彼らの頭で、まず思ったのはそんな疑問ばかりだった。

 

「ですが議長、それは・・・・・・」

「ああ、君の言いたいことはよく解っているつもりだ。

 私も連合に敗れた腹いせにオーブを攻撃しよう、などと言うつもりはないよ」

 

 そんな彼らの疑問に先手を打つようにして、柔らかい笑みを浮かべながら片手を上げて見せたプラント評議会議長の言葉に、数人の側近たちが僅かに顔と目線をそらして気まずそうに表情を歪ませるのをデュランダルの爽やかな瞳はハッキリと捉えていた。

 

 全員ではない。半数にも満たないであろう人数ではあったが、昨日まで自分の精錬潔癖さを信じて疑わなかった者たちの心に、今の自分は“そういう事をするかもしれない人物”として印象づけられてしまっていることを側近たちの反応から正確に見抜いたデュランダルは、何事も気づかなかった風を装ったまま先を続ける。

 

「我が軍は確かにヘブンズベースで連合軍に敗れ、対ロゴス同盟の絆は修復不可能なまでに瓦解させられてしまった認めざるを得ないだろう。それは事実だ。

 ――が、逆に言えば連合とロゴスにとって“それだけでしかない勝利だった”とも言える程度のものでしかなったのもまた事実だ」

 

 デュランダルは穏やかな声で力強く、自信を失いかけていた側近たちに断言してみせてやる。

 彼が、そう断言できるのには理由がある。間違いようのなく、確かな事実という絶対的根拠たり得る理由がだ。

 

 実際問題として、ヘブンスベースに籠もっていた連合の地上残党勢力は、確かに攻め寄せてきたザフト軍と大同盟軍の攻撃を押し返し、迎撃に成功することは成し遂げている。

 だが言い換えるなら、それは単に「要塞を一つ守りきった」というだけであって、一辺の領土も、たった一つの加盟国すらも連合傘下に取り戻せたというわけでもない。

 

 彼らが「守るだけ」ではなく、自分たちザフト軍とプラントに対して「攻める側」へと攻守ところを入れ替えるためには経過はどうあれ宇宙に上がる必要が絶対的に存在している。

 だが今回の作戦に先立って地球へと降下し、各国から条約交渉の打診を受け入れる際、地球上にある宇宙への玄関口マスドライバーの全てはプラント理事国だけでなく非理事国のものも含めて接収済み。

 

 先の大戦で激戦区となったパナマほどではなくとも、宇宙港の周りには防衛用の部隊が配備され、敵の奇襲を受けた際には近くの基地や理事国に配置させた兵力が援軍を派遣する準備は完了させている。

 

 加えて、先日公開していた全地球向けのロゴスメンバー素性晒しの効果は未だ健在であり、デュランダルのことは信じ切れなくなったものの、今までの所業を思い出せばロゴス側へと出戻りする決断もなかなか取りづらい。

 

 結果的に今の地球上には、「中立」という名目での日和見たちの国が大半を占める状況になっており、連合としても地盤を取り戻すため軌道上からMS部隊がいつでも降下させてこられてしまえる現状のザフト宇宙艦隊は目障りなはずで、マスドライバーのどれかを早期に奪回することが急務とならざるを得ない状況に彼らもまた立たされている。

 

 が、しかし。先に述べた理由によって理事国・非理事国に関係なく地球上のマスドライバーは全てザフト軍の占領下にあり、短時間の奇襲によって奪取することは不可能に近い。

 となれば、連合としては別の手を考えてくることを考慮すべき状況に変化したと、デュランダルは看破していた。

 

「あの放送が流された今の世界で、明確に“連合への支持”を表明しているのは、あの自由の国だけだ。

 そしてオーブには先の大戦で自爆したマスドライバー《カグヤ》が修復を完了している。二正面作戦を避け、我々だけに兵力を集中させたい連合としては、自分たちの勢力圏に加わっているオーブのものを使用するのが一番効率がいいだろう。とすれば・・・・・・」

 

 自分たちのトップである議長の説明を聞きながら、側近たちの顔に冷静さと理解の色が急速に取り戻されていく。

 確かに、他国のマスドライバーを奪取するため兵力を派遣するより、自分たちに好意的な現在のオーブ・セイラン政権を頼った方が彼らとしても無駄な消耗は押さえられ、現地の国々を再びザフト側へと回る決意を固めさせるリスクを被らずに済むだろう。

 

 ましてオーブは先年、正式に連合傘下に加わる旨と、プラントに対しての宣戦布告を宣言している。

 名実共に「敵国」という地位と立場にある国なのだ。根を絶てば枝葉は枯れるものと、ロゴス討伐を優先しただけであって、別に連合残党と同盟を組み続けているオーブを討つことは法律的にも道徳的にもなんら非のある悪行ではない。

 

 戦略的必要性、政治的な条件。そのどちら共が揃っている今の情勢でならオーブ侵攻を躊躇う理由はいささかもない。

 もし、それがあるとするならば―――

 

「し、しかし議長・・・・・・オーブを攻める際の名分は如何いたしましょう・・・?」

 

 側近の一人が気弱そうな声でおずおずと言ってきた発言に、幾人かの同僚が見下しの視線を向けてきたが、議長がそれを押さえて発言の続きを促してやると、相手は恐縮して先程より臆病そうになりながらも意見そのものは最後まで言い終えることができたようだった。

 

「も、もちろん先ほど仰っていました通り、我が軍がオーブへと侵攻することは法律的にも条約的にも何ら問題のない正当な権利だと私も理解しております。

 ですが、時期が時期です。ヘブンズベースをせめて失敗し、敗れた直後に連合よりも格下のオーブを攻めるとあっては、世論がどう言い出すものかと・・・・・・愚考した次第です・・・」

 

 同僚たちに睨み付けられ、最後は小声となって聞き取れなくなってしまっていたが、一考の余地ある意見だったと議長自身は彼への評価を高めながら耳を傾けていた。

 確かに考慮に値する、解決すべき命題だと彼も思ったからである。

 

 国民や世論というものは、国や政治家の言動に対して正当性や法の遵守などを求めてくることが多い反面、実際に法の適用範囲や条約というものの内訳は禄に知らぬままに語ってくることの方が多い事実を彼は熟知していたからだ。

 

 なにしろ今の状況を作り上げるため、市民たちの正義と無知を利用してきたのは他ならぬ議長自身だったからである。

 

 国民たちというものは、夢のない現実的な法律や条約の条文よりも、分かりやすい勧善懲悪の物語をこそ好むもの。それを理解していたからこそ、自分は誰の目にも分かりやすい子供向けの童話のようにして世界の姿を人々の前に示して見せてきた。

 

 インド洋前線基地におけるシン・アスカの行動を容認したのが、その方針の一例と言える。

 あの時シンが取った行動には非難され、罰せられるに値する部分が確かにあった。

 『連合に捕らわれていた人々を救出すること』と『MS部隊を全機撃墜され抵抗する術を失った連合の歩兵たちをMSで一方的に虐殺すること』は全く別の問題でしかないからだ。

 

 それをデュランダルは利用した。

 恩を着せ、彼の独断専行を容認し続け、『自分への信頼』と『シンのやりたい事をやらせてくれる擁護者への依存心』とを混同させ続けて助長させた。

 ステラ・ルーシェの釈放を事後承認したのは、その積み重ねの結実と言える。

 

 結果的に容認するのなら、シンが独断で捕虜を解放してしまうより先にしてもよかったのだが、この場合は「シンの勝手な行動を許す」という形式が必要だったからである。

 

 

 

「・・・・・・ふっ」

 

 しばらく沈思黙考した後、デュランダルは小さく、冷笑的な鋭い笑みを浮かべた。

 だが側近たちにも見えるよう顔を上げ時には、いつもの爽やかで人好きのするハンサムで裏表のない笑顔へと戻っていた。

 

「たしか、現在のオーブ政権を率いている人たちはウナト・セイラン氏と、ユウナ・セイラン元首代行だったかな? 彼らの引き渡しのみをオーブには要求するとしよう。

 オーブの連合参加を主導していたのは彼らだったと聞いているし、実際に調印を行ったのもミネルバ討伐協力の指揮を執っていたのも彼らだったという話だ。

 まして、あの時の海戦で敗北して以来セイラン家はオーブ国民から支持を失いつつあるという。

 彼らをオーブの権力から遠ざけることさえできれば、これ以上オーブが連合に与し続ける理由はなくなる。そうなれば攻める必要性も消滅するだろう。

 私とて好きでオーブを攻めたいわけではないし、一般市民を巻き込むことは本意ではないからね」

 

 優しく微笑んでみせる議長の笑顔に邪気はなく、側近たちも納得を抱かせるとナニカを議長に感じ取り、大きく頷いて賛成の意を表す。

 

「我々はあくまで、セイラン家親子の引き渡し要求のためだけにオーブへ出撃する。

 その際には、親子の逃亡防止と連合残党からの介入を防ぎきるため一定の戦力を連れて行かざるを得ないが、あくまでオーブ攻撃のためではないことを諸君らは肝に銘じておいて欲しい。オーブを攻撃するのは、“せざるを得なくなった時だけ”に限られる。それを忘れるな!」

『ハッ!! 了解しました議長!』

 

 敬礼してから部屋を退室して各々の準備のために部署へと散っていく側近たち。

 その後ろ姿を見送りながら、デュランダルは口元だけで歪んだ微笑を小さく閃かせていた。

 ――これでいい、と。

 

 セイラン家は確かに落ち目ではあるが、むしろ落ち目だからこそ『自らの身を守るため自分たち親子を生け贄にして戦争を避けたがる市民たち』と激しく対立してオーブ国内は分裂せざるを得なくなるだろう。

 そうなれば、セイラン家に従う一部のオーブ軍兵士から攻撃を受けた市民たちからの救援要請という形でオーブ国内へ治安回復のため軍を進めるもよし、あくまでセイラン家を匿い続けるオーブそのものをロゴスの共犯者に仕立て上げて占領してしまうのもよし。

 

 オーブ自身が決めたことの結果としてのみ、ザフト軍は動く。

 保身的な権力者の虐殺行為と、暴徒と化した市民たちの暴走が人目を引きつけ、多量に流れる血の色が『正しさを求める世論』を生み出し、現実的な解決策よりも感情的な善悪の方を由としたがる風潮が蔓延させられる。

 

 どちらにしろ、プラントの印象に必要以上の泥がつくことはない。

 非道を見て正しさを求め出す人の感傷が、却って政治的に正しい判断と政治責任の追及とを遠ざけさせる。

 今次大戦においてデュランダルが十八番とした手だ。失敗はしない。

 それらの行動が戦時下の混乱あってこそ可能なもので、戦後の世界では問題視されるのは避けられない行為であったとしても考慮する必要は微塵もない。

 

 

 

 ――何故なら、それらの行動に対する責任を取る日など来ないからだ。

 ―――“アレ”を手に入れてさえしまえば、戦時中に何をやったとしても、戦後世界でどうとでも出来るようになってしまうのだから・・・・・・。

 

 

 

 心の中で彼はつぶやき、会心の笑みを浮かべる。

 

 

 ・・・できればジブリ―ルに使わせることで、独裁者の手から大量殺戮兵器を奪い取るという形で確保するのが理想的だったが・・・・・・事ここに至っては、平和的に全体からの自主的な賛同を得た上でプランを実現するため一番善い計画案は破棄せざるを得なくなってしまったのだから致し方がない。

 

 

「――始まりが、恐怖政治による独裁支配というのは私の主義には反するのだがね。

 まぁ、仕方がない。人類が二度と戦争をしなくて良くなる新世界を築くためだ。

 今この時の犠牲を少しでも減らしたいと願った私の個人的願望など、後の世に生きる大勢の子供たちの未来と比べれば拘るほどの価値はない・・・・・・」

 

 

 そう。自分のプランで戦争がなくなった後の世に生きる人類全体の数と比べれば、自分一人の感傷など取るに足らない。

 撃つとすれば、オーブと連合の残存戦力ぐらいだろうと予想していた旧時代最後の犠牲と新世界創造のための生け贄の数が、予定より大幅に増えてしまうリスクを負ってしまったが・・・・・・それでも尚、これからも続いていく人類全体の歴史から戦争がなくなったことで死なずに済む人たちの数と比べたら太陽の前の惑星さながらに輝きを失うのは当然の数量差。

 

 

 ヘブンズベースでは敗れた、ナチュラル達からの信頼も失ってしまった、連合から離反した投降者たちとの絆を修復することも自分の代では不可能かもしれない。

 

 ――だが、連合対ザフトの図式による戦争を崩されることなく持ち堪えさせるだけなら現有戦力でも十分可能なのだ。

 たとえ、どれほどの不利。どれほどの戦況悪化。国家の疲弊。敵側有利の情勢に置かれようとも、“アレ”を手に入れてしまえば戦況は一気に逆転させられる。

 

 既存の戦争など必要としなくなる程の威力を持った、『戦争にすらない戦争兵器』

 そんな最悪のジョーカーを手にするために、デュランダルもまた動き出す。

 今までとは異なる、他人を後ろから操り待望を成さんと欲する操り手としてだけでなく、『戦時国家の主導者』として国軍を指揮して自らの理想という名の野望を実現するために・・・っ。

 

 

 【平和を唱えながら、その手に銃を取る】それは矛盾だと承知しながら、矛盾を承知でデュランダルは決断を下す。

 戦争はイヤだと、いつの持代も叫び続けながらもなくすことの出来ない戦争の歴史。

 それを終わらせるために。果てなき負の連鎖を断ち切るために。

 

 

 

 

 

 

「できれば、使いたくはない手だ。だが討つべき時には討たなければならないだろう。

 オーブよ・・・少し早まってしまったが、新たなる世界の礎となるため滅びてくれたまえ。

 人類の変革と、永遠の戦争根絶のために。

 そして、“永遠になった平和を守るため”に―――」

 

 

 

 

 

 

 戦争になれば、ミサイルが撃たれ、モビルスーツが撃たれ、様々な物が破壊されてゆき、壊された物以上の数を作り出しては戦場に送り、両軍共にまた壊す。

 

 それを戦争である以上、【仕方がないことだ】と納得させられ、受け入れさせられる。

 あれは敵だ、危険だ、戦おう。撃たれた、許せない、戦おう。

 ・・・・・・そう叫ばれて戦い続け、いつまで経っても終わらせられない戦争を続けさせられていれば誰もが思うようになるだろう。

 

 

【戦争はもうイヤだ】【沢山だ】と。

【こんなにも自分たちを苦しめるだけの戦争を行わせる者たちこそが敵だ】と。

【こんなに苦しくて辛いのが戦争なら、それを無くすことができるなら何でもしたい】と。

 

 

 ・・・・・・だが、戦争が終われば?

 自分たちが今は平和に暮らせているのに【戦争をなくすためには絶対必要なことだから】と、今の暮らしよりも窮屈になるのを我慢して今の生活を捨て去る決断を選べる人たちが、どれ程いると言うのだろう?

 

 

 人類が今後絶対に戦争を繰り返さないような社会を築くためには、人々が戦争に抱く憎しみがいる。戦争をさせる者たちへの憎しみがいる。

 戦争で儲けていた支配者たちを支配される側が焼き滅ぼしてしまうほどの熱量を持った憎しみの炎と、戦争という敵への憎しみで結ばれた絆。

 

 その二つが、せっかく終わらせた戦争を復活させない世界を築き直すためには必要なのだ。

 それが出来る社会を人々が受け入れても良いと思える状況として、戦争の悪化と更なる犠牲。

 

 

 それが自分の悲願である【人類救済のための最後にして最終的な防衛計画】

 【ディスティニー・プラン】を実現させるためには絶対必要な燃焼剤なのだから・・・・・・。

 

 

 

つづく


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