機動戦士ガンダム 死のデスティニー   作:ひきがやもとまち

8 / 18
いい加減、更新が滞り過ぎてしまって思いついてたアイデアも忘れかけてきちゃったので、止まり過ぎてる作品だけでも更新してから作業に戻るつもり作品の一作目がコレになりました。
相変わらず長い上に、今回のもオリジナル色が強くなりすぎました。長く置きすぎるとホント駄目ですよね…(猛省せよぉ…)


PHASE-8

 ロゴスの存在暴露という衝撃によって地球上の国々は連合から離反し、地球プラント間の対立が一気に『世界の敵ロゴスを討つべし!』という方向へと傾く中で行われたヘブンズベース攻略戦。

 だが、この戦いが数で勝る対ロゴス同盟軍が敗退したことで、連合軍側へとミリタリーバランスは傾きを戻し、終わりが見えたかと思われた戦争の勝敗は再び混迷の闇の中へと姿を没してしまったように世界中の人々の目には映っていたかもしれない・・・・・・。

 

 そんな短期間の内に勢力図が大きく激変した世界情勢の中で、最も大きく当初の予測を裏切られたと感じていた者がいるとしたら・・・・・・その一人は恐らくオーブ首長国連邦の宰相《ウナト・エマ・セイラン》であったのだろう。

 

 

 彼は、この戦争を途中経過はどうあろうとも最終的には国力で圧倒的に勝る連合が勝利して終わると踏み、当時は代表首長だった強情なカガリ・ユラ・アスハを説き伏せて連合側につくための条約調印までこぎ着けさせた過去がある。

 デュランダルがロゴスのことをすっぽ抜いた時にこそヒヤリとさせられたものの、結局はヘブンズベース戦では物量に勝る連合が勝利してザフト軍を敗退せしめた。

 

 そこまでは彼の予測通りに事が進んでいた。多少の齟齬はあったものの、大枠としては彼の期待した通りの結果がヘブンズベース戦の勝利によってもたらされた。そのはずだったのである。

 

 だが今、彼の予測した通りの出来事が行われた結果として生じた世界は、彼とオーブに期待していたものとは全く異なる苦い現実という形で、選択のツケを支払うよう求めて来つつあるようだった・・・・・・。

 

 

『―――ま、ちょっともののわかった人間ならね。すぐに見抜くはずだ。あんな、デュランダルの欺瞞などは』

「え・・・・・・ええ」

 

 自分の邸宅の居間に座しながらウナトは窮屈そうな思いを隠すため、汗で曇ったゴーグルを外して拭くことで時間を稼ぎ、『招かれざる客』からの頼みを“どう断るか?”と考えあぐね続けていた。

 

『そして事実、そうなった。見なさい、現状のこの世界を。

 民衆どもの望み通り、我々の管理する世界から逃げ出し、“我々を討てば戦争は終わる”と信じて盾突いて・・・・・・その結果が今ですよ。

 所構わず好き放題にしている者たちが蔓延る世界。これが望みだという者がいますか? “これぞ平和だ”と―――』

 

 モニターの向こう側からウナトに向かって蕩々と語り語りかけてきている若い男。

 ゆったりとソファに座ってくつろぎながら、膝に乗せた猫の背を撫でつつワインを傾けている人物。

 連合の軍部を手中に収め、実質的なロゴス軍盟主の座に今となってはなりつつある影の黒幕とも呼ぶべき若者、ロード・ジブリール。

 

 その彼の話の大半を、ウナトは聞いているだけで意識していない。

 出だしに放たれた、最初の要求こそが彼の心を占めている一番にして最大の厄介事を持ち込まれてしまった案件だったからである。

 ジブリールは、オーブに向かう艦隊の旗艦からウナト宛てに送ってきた通信の中で、いきなりトンデモナイ要求を投じてきたのだ。

 

 

『オーブ本国で再建なったマスドライバー《カグヤ》を用いて連合艦隊を宇宙へと打ち上げ、地球軌道上の制宙権奪還のための拠点として使用したい。

 連合軍戦力をオーブ本島に駐留させ、新たなる政治拠点として機能させるため、正式に連合の国土の一部として譲渡して欲しい』

 

 

 ・・・・・・というのが要求の内容であった。

 オーブの自主独立のみならず、国そのものを領土ごと明け渡せと言うのである。無茶ぶりもいいところな暴論だった。

 

 ただでさえヘブンズベース陥落こそ免れたとは言え、デュランダルを戦場で討つことが叶わなかった以上、戦局は元の混沌に戻ったと言うだけであって勝敗の行方は未だ見えてこない。

 その状況下の中でブルーコスモス盟主が、よりによってオーブの自分たちに頼ってきて、国土まで割譲しろなどと言う無茶ぶりを要求してくるなどとウナトは想像すらしていなかった事態である。

 

『まあ、心配せずとも我らはすぐ反撃に出ます。そのとき勝ち残っている側について、次の楽しいステップへと“我々と共に進むため”にはどうすれば良いか、聡明なあなたにはよくお分かりのはずでしょう・・・ウナト・エマ殿?』

「・・・・・・し、しかしジブリール氏は、そう仰られるが・・・」

 

 喘ぐようにウナトは抗弁を試みる。

 確かに相手の言う通りになるのであれば魅力的な商談だろうとは思う。

 戦後世界で自分たちに都合のいい社会システムを構築する支配者の一員になれるなら、オーブを国ごと売り払ってしまっても先行投資として十分な見返りは得たと言える。

 

 ・・・・・・だが、それはあくまで『そうなればの話』であって、現状では“そうなる”とまでは断言できない状況までしか作り出すことができていないのだ。

 どちらが勝つか予断を許さない現状の中、これ以上ジブリールに加担しすぎる選択は避けたいというのがウナトの正直な想いだった。

 もしジブリールが敗れた時、彼自身が無残な最期を遂げさせられるのは自業自得として構わないにしても、自分達ごとオーブが地獄への道連れにされるのは御免である。

 

 何よりウナトは、それほどの決断をする覚悟も度胸も持ち合わせている人物ではなかった。

 連合と組もうと提言したのも、彼なりにオーブを守るための選択であり、その過程で自家をオーブ最大の権力者一族へと躍進させるという野心ぐらいは当然持っていたものの、それ以上のものでは全くなかった。

 自分達の利益のためなら代表の恩人や同盟国を売ることはしよう。

 だが、自分達の利益のため世界を壊し、屍の山の上に新世界を構築するなどという大それた野心も理想も、彼ら一族には全くの無縁な怖さのあまり逃げ出したくなってしまうほどの巨大すぎる野望だった。

 

 そんなものに手をつけられるほど、ウナト・エマ・セイランは良くも悪くも大物ではなかった。それが彼がジブリールからの提案を蹴りたいと願った、一番の理由だったのである。

 

 

「我が国は、黒海においてミネルバ撃沈のため艦隊を派遣して欲しいという貴方の要望にお応えし、世界中の国々がその・・・・・・れ、連合からの離反を余儀なくされる中で同盟を破棄することなく支持を表明し続けておりました。

 それにジブラルタル沖の戦いで我が軍は、連合へ恭順の意思を示すため壮絶なる特攻をおこなった兵まで出しておりますし、我々なりにできる限りのことを支援してきております。

 流石に、これ以上をお求めになるのは、その・・・・・・」

 

 言いづらそうに口籠もりながら、それでもウナトは拒絶する意思だけは固めていた。どう断るかだけが彼の悩んでいる問題の全てだったのだ。

 もともとウナトは、ジブリールと面識があるものの、これほど無茶な要求をされる対象として頼られるほど親しい間柄になった覚えなどない。

 以前にオーブとも関係するロゴス幹部との話し合いの場で、顔を合わせたことが何度かある程度の浅い付き合いしかなく、親交と呼べるほどの絆を交わした記憶などは一切なかった。

 単に連合をバックにもつ相手を無碍に追い払える力を持っていなかったから、仕方なく対話に応じるため通信に出ただけのことだ。

 

 一方的にオーブばかりが負担を背負わされ、リターンは成功報酬で勝った時だけ支払われるというのでは割に合わない。商談は双方にとってWin-Winが基本である。

 オーブを経済面から支えることで成り上がることに成功した官僚一族セイラン家の当主として、ウナトは自分の考えを妥当なものと信じていたし、オーブという国としても理不尽な理由で要求を突っぱねる立場になることはない。そう思っていた。

 

 だが、のらりくらりと相手の言葉の矛先をかわして問題を先送りにする、今までオーブ国内で通じてきたやり方を貫こうとしてくるウナトの予測に大きく反し、ジブリールから放たれた次なる言葉は彼の意表を突くものだった。

 

 

『―――ヘブンズベース攻略戦のとき、あなた方はどこにいましたか?』

「・・・・・・は?」

 

 

 相手から放たれた突然の言葉に、ウナトはキョトンとしてモニター越しに映る相手の顔を見つめ、ジブリールは演出たっぷりに大仰な仕草で足を組み直しながらオーブにとって、ウナト個人にとって致命的となる言葉を彼に向かって小さく放たせる。

 ――言葉の毒が塗られた鏃として・・・・・・。

 

 

『我々がデュランダルに扇動された暴徒たちに屋敷を襲われ、家族を殺され、取るものも取らずヘブンスベースまで落ち延びて、デュランダル率いる圧倒的な大軍に取り囲まれ、生きるか死ぬかの瀬戸際に陥っていた時。

 ――あなた方オーブは、どこで何をしていましたかな? 私の記憶する限りでは、オーブは一隻の戦艦も一兵の援軍も同盟国に派兵してくれた覚えはないのですがね・・・・・・?』

 

 

 グラスを傾けながら微笑みと共に優しい口調で放たれたジブリールの言葉。

 だが、穏やかに放たれた短い言葉によって彼の顔面と心胆は蒼白なまでに青く染まり尽くし、魂の底まで震え上がらせられるには十分すぎる威力を、その糾弾の言葉は持っているものだったのだ。

 

 無論のこと、オーブの側にも言い分はある。

 デュランダルからのロゴス存在暴露は完全なる不意打ちであったし、南海に浮かぶ島国のオーブからアイスランドにあるヘブンズベースまでの距離は遠く、世界中が連合の敵へと旗色を変えつつあった情勢下で援軍派兵が誰にも気づかれずに行えるわけもない。

 ましてオーブ国内でも放送の影響は少なからず波及し、暴動までは発生しなかったもののロゴスに関わりを持っていた者たちが批判の対象になるのは避けようがなく、足下の火事を鎮火するので精一杯だった彼らに、少数の兵を差し向けて無駄死にさせるような愚策を選択をしている余裕は些かもなかったのである。

 

『あの時、我々が敵に追い詰められ、乾坤一擲の覚悟でもって戦いを挑まんとしている中。

 “たとえ勝てぬ戦いと解っていても援軍を出すのが友好国というものではないのか?”

 “友人が苦しい時、追い詰められている時に援助の手を差し伸べずして何が対等な同盟国か!”

 ・・・・・・と、糾弾する声も私の周りには少なからず存在していましてね。なかなか対応に苦慮している次第なのですよ』

 

 だが、それらはあくまでオーブの都合であり、オーブの事情でしかない。

 実際問題として、世界中に見放され孤立無援で敵の大軍と相対せねばならなくなった連合軍将兵たちにしてみれば、オーブがやったことは『絶対に見捨てない!』と力強く宣言しておきながら、現実には兵士一人の援軍も、拳銃一発の支援さえも届けることなく、ただ口先だけで友情と対等な関係を維持しようとする『自分さえ良ければ』のエゴイズムとして映ったとしても不思議はなかった。

 

 今ジブリールが言っているのは、まさにその懸念があることについてなのだから――。 

 

「い、いえあの・・・で、ですがあの時、私どもオーブは連合への支持を表明し続けておりましたし、そ、それに援軍を派遣したとしても我が軍の戦艦数隻が加わったところで戦局に影響できるような敵の数では・・・・・・」

『ええ、無論それは私も解っておりますよウナト殿。ですから、そうご心配なさらずに。顔色の悪さは老体には毒になりますよ?』

 

 穏やかな声音で寛容に、あるいは嬲るような口調で蛇のようにジブリールは、安心させてやるようにウナトの発言を肯定してやり、オーブが援軍を派遣しなかったことは“自分は気にしていないこと”を明言してやっておく。

 

『たしかにミネルバとの戦闘で一隻の戦艦も落とせずに敗退した、あなた方の国の戦艦が一隻や二隻援軍に来たところで、恩知らずな裏切り者共が徒党を組んだ大艦隊相手に蚊ほどの意味をもたらすものではなかったでしょう。無駄な犠牲を出すだけのこと。戦略として、貴方の判断は非常に正しく的確なものだったと私は判断しておりますよ。私はね?』

「で、では―――」

『しかし・・・・・・』

 

 ウナトからの縋るような表情と声音で放たれた嘆願を最後まで聞くことなく椅子から立ち上がったジブリールは、モニターに背を向け背後に置いてあったブランデーが並んだ棚へと歩み寄りながら、

 

『私はともかく、命がけで敵と戦った同士たちを守り抜いた我が軍兵士たちが、あなたがたを許すかどうかまでは保証しようのない問題ですからねぇ・・・・・・。

 如何に我々ロゴスといえども、仲間や家族を失って嘆き悲しむ人の怒りによる憎しみの絆までは、どうすることもできない難題ですのでねぇー・・・・・・さて、どうなることか』

 

 楽しそうに笑い声を上げながら、背を向けたままブランデーを傾けているジブリールの言葉に、ウナトは本心から蒼白にさせられ―――危険な想いに囚われ始める自分を自覚しつつもあった。

 

 ―――潮時かもしれない、と。

 

 世界中が連合を見放す中で最後まで支持を表明し続けたオーブは、他の国々よりも立場が悪く、数少ないプラントとの同盟国だった身でありながら一方的に同盟を破棄して敵である連合に通じたものとして世界中から非難を受ける事になるのは確実だろう。

 

 だが、なればこそ今以上にジブリールとの関係を強めてしまえば、抜け出せなくなってしまう。もしプラントが戦争に勝ってしまった時には、連合との同盟を進めた自分たち親子は失脚を免れないだろうが、命は長らえることができるだろう。

 だがもし、ジブリールの要求を飲んだ上でプラントが勝ってしまった場合。命の保証はどこにもなくなることは目に見えている・・・。

 

 無論、今までの自分達がザフト軍相手――特にミネルバに対してやってきたことを考えれば簡単に許してもらえるとは到底思えない。

 だが、手土産があればどうだろうか・・・・

 

 ――たとえば、自分の国の明け渡すため本島へとやってくる、プラントに核を撃たせたブルー・コスモス盟主の首という手土産があったならば・・・・・・

 

 

『―――まぁいいでしょう。オーブにはオーブの理由があり事情があり、優先順位というものがあるでしょうからな。あまり無理強いしても意味などない・・・』

 

 ウナトが後ろ暗い思想に囚われて、半ば本気で「暗殺と裏切り」という、最低最悪の政治的非常手段について本気で検討し始めた瞬間。

 まるで自分の表情の変化を、背中を見せたまま把握し続けてタイミングを計っていたかのような笑顔で、朗らかに振り返ってウナトに向かい笑いかけてくるロード・ジブリール。

 

『自分達が納得するまで、存分に考えられるがよろしいでしょう。

 ・・・・・・もっとも、猶予時間を無限に与えてくれる気は“オーブを敵視する者”にはないようですがね・・・』

「そ、それはどういう意味なのでしょうか? ジブリール氏」

 

 相手の言葉から不吉なものを感じ取らされ、やや強張った顔つきで問いただしてくる初老政治家。

 ジブリールは楽しそうに見物しながら、オーブ軍がまだ捕捉できていない距離にいる敵の情報についてウナトに提供してやることで―――追い詰めにかかってくる。

 

 

『先ほど、我が軍の偵察機がジブラルタル基地より発進してオーブへと向かって進軍を始めた、ザフト軍主力部隊を発見しております。

 貴方の方にも、そろそろ撮影させた写真が届くと思われますのでご確認は好きにどうぞ』

「なっ!? ザフト軍が我が国を!? 一体なぜ・・・、い、いいえ。今はそんなことよりも我が国の防衛を!

 連合が我が国のマスドライバーを欲する以上は、当然手伝っていただけるのでしょうな!? ジブリール氏!!!」

『ええ、無論です。我らが連合は恭順の意思を示してくれたオーブを見捨てるようなことは決してしません。

 既に敵の動きを察知した私の腹心が、オーブに向けて艦隊を差し向け勝利する手はずを整えました。ヘブンズベースで宇宙のバケモノ共に身の程を叩き込んだ名将です。一切の心配はありません。

 ・・・・・・しかし・・・・・・』

 

 再び、わざとらしい区切りを入れて不安を煽り、ジブリールはウナトにとって最後通達となり得る言葉をはっきりと吐き、

 

『――それも貴国が我々連合に、恭順の意思を示し続けてくれる同盟国なればこそだ。

 流石に友を裏切り、自分の身一国だけ助かればそれでよいからと敵の同盟国の地位に寝返り尚した国となってしまっていたならば・・・・・・援軍というのは些か難しいと言わざるを得ないでしょうな』

 

 ウナトは相手の言葉を聞いた瞬間、怒鳴り声で返すのを我慢できたのは賞賛に値する忍耐の結果であった。

 白々しいことを!と、額に青筋浮かべて返されるのが当然の話の流れなのだ。

 先の要求を聞かされた上で、今になってこの様な話を切り出してくる相手の悪辣さに反吐が出る想いを禁じられない。

 

 だがウナトには――オーブ国には感情的になる訳にはいかない戦略上の事情というものがある。

 最悪、ザフトに降伏を受け入れてもらえることなく、連合からも造反者の一味として切り捨てられる可能性とて0ではないのだ。

 今の時点でジブリールの不興を被り、激発されるのは拙い。なんとか彼を誘き出して捕らえるか、もしくは連合軍を招き入れてオーブをザフト軍から守ってもらえる体制を整えなくてはならない。

 オーブ単独だけで国と自分たち親子を守り切れると信じるほどにはウナトは自惚れすぎる事ができない程度には己の弱さを自覚する存在だったのだから・・・・・・。

 

 

 だが、今日のジブリールは今までの彼と違って変則的で、多種多様な方向から奇襲することを愉しんでいるかのようだった。

 

『無論、国の存亡という危機的状況に陥っているキミたちが、自分達の身を守るために我々との約束を反故にして、プラントのデュランダルに寝返り命だけでも長らえようとすることを我々は止めることはできない・・・私は神ではなく、万能でもないのでね。

 流石に洋上にある艦艇から、キミたちの国の動きを掣肘することは人の身にできることではない』

 

 自分の後ろめたい内心を読んでいるかのような言葉に、ウナトは首筋を冷たい風に撫でられたような恐怖をかき立てられる。「ご冗談を・・・」という返答も今ばかりは我ながら嘘くさい。

 

『ですがデュランダルがもし我々に勝利して、ヤツが支配する世界などになったなら、あなた方の生きる場所を残しておいてくれますかな?

 あんな放送を流し、暴徒化した民衆の手で我々をなぶり殺させようとしておきながら、「自分は手を下すつもりはない」などと白々しく宣う男です。

 降伏を受け入れてくれたとして、果たしてその後もあなた方の身は安泰でいさせてくれるかどうか・・・』

 

 グラスを見つめながら視線を向けずに語りかけてくるジブリールの言葉に、ウナトの顔色はもはや青くなりようがないほど真っ青に染まりきっていた。

 

 ・・・そうだ。あの男なら、やりかねない。

 虫も殺さぬような優男を演じながら、裏では何をしているか知れたものではない謀略家こそギルバート・デュランダルという男なのだ。

 現に当時はまだ同盟関係にあったオーブ国内に新型MSを潜入させ、要人らしき人物の屋敷を攻撃させていた事実がヘブンズベースで公開された情報によって明らかになっているではないか。

 

 今はまだ自分達にオーブの方針を決定する権力があるが、降伏した後はどうなるか?

 用済みとなった自分達親子に、全ての責任と悪行と罪をなすりつけ、使い終わった古道具として排除するに決まっている。

 

 さぞ体裁を綺麗に取り繕った、自分が決して傷を負わずに済むような殺させ方で・・・・・・そんな男が大戦の勝利者となった世界で、自分達親子が今降伏したところで未来など無い。

 その上でオーブを『欲深き者たちから解放された親しき友好国として』間接統治の元に起き、事実上はプラントの地球上における属国としてしまえばいい。

 

 そういう筋書きで踊らされる役になることだけは確定されてしまう・・・あの世界を演劇のように見なしている男デュランダルに降伏すると言うことは、そういう事だった。

 

『どう判断されるかは無論、あなた方セイラン親子のご自由にどうぞ。私はただオーブが命がけで示してくれた恭順の意思への返礼として、親しい友人に忠告しているだけのこと。

 ヤツの馬鹿げた茶番に付き合って、間抜けな端役の悪役として殺されてもよいと言うのであれば、それもまたオーブの選べる自由の道の一つでしょう。

 では、出来ることなら生きて貴方と再会できることを楽しみに』

 

 そう言って通信は、相手の方から一方的に切られ、灰色の画面だけがウナトの眼前には残されていた。

 

「・・・・・・父さん・・・・・・」

 

 いつの間に入室していたのか、息子でありオーブの国防を担う最高司令官の職に就いているユウナ・ロマ・セイランが、父親を気遣う表情と、自分自身の未来を憂う不安とで二色化された顔色を青くさせて自分のことを見つめていた。

 

 どちらの顔にも差し迫った事態に対する恐怖の感情が色濃く渦巻いていたが・・・・・・一方で、事態を解決するための具体策となり得る妙案を持ち合わせていないことだけは、双方共に明らかだった。

 

 彼らは共に、自分達が最善と信じて選び取った選択が、世界を敵に回した者たちに味方して生き残る可能性に賭けるか?

 それとも国民の命と引き換えに、自分達と国という形だけが死んで終わりにしてもらうか?

 

 覚悟も野心も中途半端なまま、逃れる術のない選択を迫られる戦争へと踏み込んでしまった彼らに、明確な答えなど出せる問題ではない。

 だが回答期限は徐々に、だが確実に彼らに選択の時を迫ってきていた。

 

 自分達が敵にしてしまった男、ギルバート・デュランダルという微笑みの断罪者がオノゴロ島近海まで接近するまでには、彼らは明確な答えを用意しておく義務が国家と国軍を代表する宰相と最高司令官として課せられてしまっていた。

 

 判断と選択を誤れば、責任を取らされて“物理的に”首になって並べられることになるであろう、命がけの戦略ゲームで駒を差配する責任と義務を・・・・・・。

 

 

 一国と一軍全ての命を預かる者としての責任と義務を、生まれて初めて痛感させられた二人は、あまりの重責の重さに胃を抑え、ユウナは吐いた。

 苦しみに満ちた嗚咽だけが、混沌の闇へと迷い込んだオーブ最高権力者の邸宅に空しく響き続けていた。

 

 まるで、地の底から響く亡者たちの恨みに満ちた呪詛のように・・・・・・。

 

 

 

 

 

 ―――そして。

 南海の浮かぶ楽園オーブ国の邸宅で、政治と軍事のトップ二人が蒼白な顔をして短い言葉を交わし合っていたのと丁度同じ頃。

 

 オーブより遙か北の北海に浮かぶ艦隊旗艦の中にある、豪奢な作りのVIP専用ルームでも、異なる国の政治と軍事のトップ二人がセイラン家親子とは異なる内容の会話を交わし合っていた。

 

「――ふむ。こんなものでどうだったかな? セレニア君」

「ええ、申し分ありませんでした。名演技でしたよ、ジブリールさん」

「なかなか、悪くないものだ・・・・・・」

 

 灰色の盤と化したモニターの前に置かれた椅子から立ち上がり、肩を軽く動かして「疲れたよ?」という意味を込めたジェスチャーをしつつ、恩着せがましい口調ながら満更でもない様子でジブリールは、今の今まで自分がやっていた茶番を自画自賛する。

 

「他人の書いた筋書き通りに踊るため、演じるというのもね。たまには悪くはない――見たかね? セイランのあの無様な顔を。私の期待に背き続け、刃向かい続けた国として当然の報いというものだ」

「でしょうね。私もそう思います」

 

 口先だけでセレニアはジブリールに追従し、既に目的を果たした『長広舌の長時間通信』をザフト軍が探知してくれたであろうことを確信して、駒を次のステージに進める次期が来たことを感じ取っていた。

 

 これほど離れた距離同士で、あれだけ長い時間ムダな会話を続けていたのだ。

 如何にニュートロンジャマーの妨害がある中でも使用可能な専用の装置を使った通信だったとは言え、余程の間抜けでもない限り敵に傍受されていたと見るのが常識的判断というものだったろう。

 

 これで敵の動きに制限を加えることが出来る。

 連合の艦隊もオーブに向けて軍を進めていることを知ったデュランダル議長は、選択を迫られることになる。

 

 オーブ・セイラン政権を攻めるため自分たち連合艦隊に背を向けるか? あるいは先日の雪辱を晴らすため自分達を待ち受けて艦隊決戦で勝負を挑み、オーブ軍に背を向けるか? 軍を二手に分けて攻撃する二正面作戦をとるか? 時間差をつけて敵を各個撃破する賭けに出るか? 戦況不利と見て撤退するか?

 

 どの道を選ぶにせよ、表面上は未だに『講和路線』を継続している格好付けのプラント議長殿である。

 たとえ連合軍が背後から接近しつつあるとは言え、降伏勧告やセイラン家の引き渡し要求もなしにオーブ本島への攻撃を開始することはないと見てよい。

 後は相手の選択に合わせ、こちらの動きも変えるだけだが・・・・・・どちらにしろ自分達には『絶対に損はない作戦』なのである。

 やっておいて損はないからやるだけの作戦で、そこまで気張る必要性もないことか。セレニアはそういう風に割り切っていた。

 

「オーブは・・・と言うより、セイラン家は欲をかいて多くを望みすぎました。そのしっぺ返しが今来るようになっただけのことです。

 市民たちはともかく、政府に対して容赦なく利用してしまっても構わないでしょう」

 

 セレニアは確信を持って、そう言い切る。

 オーブ国の――オーブ・セイラン政権の腹の内は当初から読めていた。

 

 連合の物量によってプラントが征服され、再統合された世界の中で、オーブの形式的な自主独立のみを売り渡して今より高い地位に就くことを欲していた。――只それだけでしかなかった目論見をである。

 

 ヘブンズベース戦におけるオーブの対応は、その方針を現していた顕著な例だったろう。

 連合の力でザフト軍を倒し、デュランダル議長を討ち取ってもらい、自分達はただ『不利な中でも見捨てることなく応援してました』というだけで手柄顔をして、戦後世界の論功行賞にありつこうと、そう願っていたというのがセイラン家による連合参加の実情だった。

 

 国が滅びるかも知れぬほどの危険は、連合やザフト軍に任せて、自分達は金と兵力と中立国の地位を失うだけで、それ以上は何も失うことなく今以上の立ち位置につくことを望んでいたのである。

 

 今の自分達が失ってもいいと判断した代償分までしか支払うことなく、今の自分達のまま今の自分達よりも良い待遇と地位を手に入れたいと望み、それを対等な取引、自分達も犠牲を被り代償を支払っているのだから当然の権利だと信じて疑わないのがオーブ国人たちの考え方であるようだった。少なくとも現オーブ政府はそうだった。

 

 セレニアとしては、増長するのもいい加減にしろと言ってやりたくて仕方がない。

 自然、彼女の言葉と語調も強まってしまう。

 

「あの国は、自分達にとってだけ都合のいい理屈を“現実的な判断だ”と思い込みすぎました。

 世界は、自分達の考える合理的計算だけが正しく合理的な回答というわけではないのだという現実を、彼らはいい加減に知るべきです。

 今より多くを得たいと欲するのなら、相応の試練を受けるべきは道理。耐えられなければ滅びるだけのこと・・・何ら同情に値する結果ではないと私だったら考えますね」

 

 そうセレニアは、はっきりとジブリールに断言して切り捨てる。

 彼女とてオーブが、それなりのデメリットを背負う覚悟で事に挑んでいる事実は認めてはいる。

 黒海やクレタでの艦隊派遣要請に応じて損害を被っており、世界中が連合から離反する中で支持を表明し続けるのも楽ではなかっただろう。

 

 だがハッキリ言ってしまえば、彼らは連合を見限ってプラントに寝返るべきだったのだ。

 連合やロゴスと運命共同体になるほどの覚悟がないのなら、オーブ自身のためにもそうすべきだった。

 そうすれば少なくとも此度の、ザフト軍によるオーブ侵攻という危機だけは回避できたかも知れぬものを・・・・・・。

 

 セイラン家は欲をかきすぎたために、判断すべき時を見誤ってしまった。

 どっちつかずの半端な同盟維持のため無用なリスクを被り、連合へと恩を着せるのにも失敗した。半端な恭順の意思表示は相手を不快にさせるだけだということが、官僚一族出身らしい彼らには今一わかっていない。

 

 彼らにも一応の代償と痛みを被る覚悟があろうとも、望み欲して得たいと願う成功報酬と比べたら、捨て値で最高級品を手に入れたいと求めるボッタクリの発想でしかない。

 支払う覚悟がある代償も、所詮は彼らが許容範囲として許せる範囲と定めたまでしか失う気はなく、大した無理をすることなしに、今までより大きなものを得られる地位と待遇を彼らは欲して、戦争に参加したのだ。

 

 その甘ったれた幻想に彼らが浸かりきるのは勝手だが、他人である自分たちまで付き合ってやる義理はない。

 オーブを守り切り、マスドライバーを使わせてくれたのなら、それで良し。相応の待遇と能力と実績に応じた地位と権限も与える用意は調えてある。

 

 後はセイラン家自身の力量次第。

 滅ぼされるか? 自分達の到着まで生き残れるか? 全ては彼ら自身の判断と選択が決めることになるだろう。

 どちらにせよ、自分たち連合軍はただオーブと、そしてオーブを重視しているらしいザフト軍双方の認識を利用してやるだけの立場なのだから。

 

 

「・・・・・・成る程、よく分かった」

 

 それまで黙って話を聞いていたジブリールが、何かを感じ入ったように頷きながら、厳かに言葉を発する。

 どう解釈して、何を感じ入ったのか。それはセレニアの関知するところではない。

 だが、現時点で連合の軍部を手中に収めているのは彼であり、作戦発動のためには影の黒幕から表側の最高指導者に成り上がったジブリールからの決定と指示は必要不可欠なのだ。

 セレニアは黙って一歩退き頭を垂れ、片手を恭しく横に伸ばす古風な敬礼の仕草を、社交辞令として形式的に完璧にやってのけると家臣として、指導者からの下知を待つ。

 

 

「さて、それでは始めにいくとしようか。我々からデュランダルへの反撃に打って出るために。

 あんなコロニーなどと言う、無様で馬鹿な塊をドカドカ宇宙に造ったコーディネーター共に思い知らせてやるためのプランを、以前よりもっと強化した君の作戦によって今度こそ叩きのめし、その力を完全に奪いさってやるために!!

 この私たちまでもを顔色を変えて逃げ回らねばならない窮地へと追い込んだ屈辱を晴らしてやるためのプランを!!!

 私はここに発動を宣言する! 【オペレーション・ブルー・コスモス】を開始するのだ!!」

 

 

「了解しました。全ては青き清浄なる世界のために・・・・・・」

 

 

 恭しい仕草と礼儀作法でセレニアは、誠意のなさと共感する意思の欠乏を補った。

 そして思うのだ。

 

 

 

【今より多くを得たいと欲するのなら、相応の試練を受けるべきは道理。

 耐えられなければ滅びるだけ。何ら同情に値する結果ではない―――】

 

 

 

 あの言葉は、誰“たち”に向けて放ったものであったか。

 この人が気づく日は、恐らく永遠にくることはないのだろうな・・・・・・と。

 

 

つづく


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。