機動戦士ガンダム 死のデスティニー   作:ひきがやもとまち

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今作でも久々の更新となります。
本当はオーブ戦まで一気に行きたかったんですけど…流石にキラたちが出ないと難易度が上がり過ぎますし、盛り上がりにも欠けてしまう。
キラたちを出すんだったらキラ側サイドも一度ぐらい書いといた方が良いかなと思い直して構想練ってた次第です。


PHASE-9

 『アスラン・ザラ』は、地球プラント間で生じた戦争で名をはせた人物の一人として、カガリ・ユラ・アスハと並んで後世からの評価がもっとも賛否別れる人物として世に知られている。

 そうなった責任の多くは、彼の主張と行動が一貫しない部分にあると言わざるを得ないだろう。

 

 彼が当初ザフト軍へと舞い戻ったのは、あくまで自己の目的である『ザフトと連合の戦いを止めるため』であり、それ故に議長からは独自行動が許可された【FAITH】の地位を与えられ、軍の命令に自身の行動が制約されるものでないことを明言されている。

 

 だが現実に彼が、【FAITH】としての権限を行使して、停戦なり休戦のため活動していた記録は今のところ発見されていない。

 大戦後期に入る頃には、ギルバート・デュランダルに対する不信感を抱きはじめたようであったが、内偵を行ったことを示す証拠はなく、疑問を感じはじめた後も彼はミネルバに留まり続け、最前線で連合との戦いに貢献することだけに終始し続けている。

 この当時の彼には、完全にザフト軍のエースとしての行動しか見られない。

 

 親友キラと再会した際、帰参するよう求めてきた相手に彼が答えたやり取りが、ミネルバ所属時代の同僚ルナマリア・ホークが密命を受けて盗聴した記録として残されている。

 

『それは・・・ラクスが狙われたというのなら、それは確かに本当にとんでもないことだ。

 だが、だからって議長が信じられない、プラントも信じられないというのは、ちょっと早計すぎるんじゃないのか?

 プラントにだって色々な想いの人間がいる。ユニウス・セブンの犯人達のように。

 その襲撃のことだって、議長のご存じない極一部の人間が勝手にやったことかもしれないじゃないか』

 

 ――この発言内容から見ても、この時点での彼はデュランダル議長の甘言に誑かされ、シン・アスカと同じく『議長個人の私兵』に成り下がってしまっていた事が窺い知れる。

 

 そんな彼が、ミネルバを脱走してスパイとして撃墜された後、アークエンジェルの医務室で意識を取り戻したのは、ヘブンズベース攻防戦が行われている最中でのことだった。

 

 

 

「う・・・ぐ・・・・・・」

「アスラン・・・・・・っ!」

「っ・・・キ・・・・・・ラ・・・? おまえ・・・・・・死ん・・・だ」

 

 暗く渦を巻く熱い夢から覚め、夜より深き地獄の悪夢から意識を浮かび上がらせたアスラン・ザラは、自分たちが殺してしまったと思っていた親友の生存を知り、恋人との再会を喜び合った後、瀕死の重傷で回収されて意識を取り戻したばかりだった事から再び眠りに落ちることになる。

 

 ――この時期にデュランダル議長が、アスラン離反の危険性を伴ってでもアークエンジェル撃沈に拘ったのには、ヘブンズベース攻略戦中に後方を扼されるのを警戒したためだろうと後世の戦史研究家たちは推測している。

 

【その目的も示さぬまま、ただイタズラに戦局を混乱させ、戦火を拡大させる存在】

 

 それがプラント本国が彼の艦に与えていた評価だったが、ロゴスの存在暴露によって状況が変わった。

 フリーダムを意図的に削除させた映像を流すことによって、相手に自分の隠された意図があることを推測させ、巣穴から飛び出してきたところを完全な包囲網に追い詰めた後、撃沈させる。

 そういう目的で加工させた映像だったが、一方でそれはデュランダル自身の行動にも制限を課す諸刃の剣でもあり、世界中からの信頼と支持が集中される身となった自分が『皆にウソを吐いていた証拠』が空を飛んで戦場まで出しゃばられては甚だ迷惑な段階に今ではなってしまった後だったのだ。

 

 おそらく、それがデュランダル議長がヘブンズベース決戦を前にして多数の戦力をさいてまで、アークエンジェルを先に沈めておくことに固執した理由だったのだろう。

 

 ただ反面、アークエンジェルを討つに足る大義名分がないにのも事実ではあった。

 確かに彼の船は幾度かザフト軍に不利益な行動をとって損害を与えられてはいたが、ザフト軍の禄を食んでもいない元連合の脱走艦が、ザフトの利益になるよう動かねばならぬ義理などあるはずもない。

 

 また、アークエンジェルによってザフト軍が被らされた被害と損失が、『ミネルバ一隻だけ』と関係者たちに集中していたという事情も影響してしまい、ミネルバクルーたち以外のザフト軍全体にとって、アークエンジェルは『綺麗に撃沈するための口実』が足りない存在にしかなっていなかったのである。

 

 結果としてデュランダルは、ロゴス打倒を叫んでしまった以上は時間的猶予も限られるという事情もあり、『本国の決定』という形で上意下達を無理やり現場に押しつける強引な手段に訴え出ることとなる。

 

 その反動としてアスランの離反を招き、セレニアの策に引っかかる余地を与えてしまうことにも繋がる羽目になっていく・・・・・・

 

 

 

 だが少なくとも、この時期のキラたちアークエンジェルのクルー達は、ヘブンズベースにおける連合軍の敗退によりデュランダル議長の世界覇権にチェックがかかることを期待していなかったものの、ナチュラルの軍隊である連合がコーディネイターを相手に敗退させられる結末は確定事項として認識していたのは事実だった。

 

 それ故に、その報告は青天の霹靂となって海底のキラたちと宇宙のラクス・クラインたち二派に分かれて行動していたクライン派を驚愕させることになる。

 

 

「キラ・・・・・・アスランの容体は?」

 

 ブリッジへと入ってきたキラに、管制官席に座っていた女性クルーのミリアリア・ハウが、気遣わしげに声を掛けてくれるのが聞こえた。

 

 先の戦争に巻き込まれる前から同じ学校の生徒として付き合いのある友人で、前大戦でも最初から最後まで共に戦い抜き、そして今なお共に戦い続けている唯一の級友でもある女性だ。

 

「また眠った。でも、もう大丈夫だよ」

「そう、良かったわね」

「うん・・・・・・」

 

 そう言って柔らかく微笑んでくれる相手の気遣いに、キラもまた笑みを帰す。

 ・・・・・・思えば、彼女との付き合いも長い。そして彼女だけが残ってくれている、最後の一人になってしまってもいた。

 先の大戦に参戦したばかりの頃には後二人の仲間たち、通信士のカズイ・バスカークと、CIC担当のサイ・アーガイルがいた。

 

 他にもアストレイ隊の年の近いパイロット達として、アサギ・コードウェル、マユラ・ラバッツ、ジュリ・ウー・ニェンなどが、軍艦の中では少数派の少年少女の仲間として同じ艦内で共に過ごしてきた記憶がキラにはある。

 

 だが彼らは、アークエンジェルにはもう、いない。

 アストレイのパイロットだった三人の姦しい少女達はヤキン・ドゥーエの激戦の中で戦死し、オーブが本格的に戦渦に巻き込まれた時にカズイは船を下り、最終決戦まで共に戦ってくれた親友のサイも今のアークエンジェルには乗船して来ることはなかった。

 

(・・・寂しく、なったのかもしれないな・・・・・・)

 

 数年前には座っていた者たちの姿がない座席シートを見て、キラは不意にそう思っていた。

 留まり続けてくれている仲間もおり、この戦いが始まってから新たに加わってくれた心強い同士達もいる。

 ・・・・・・だがそれで、会えなくなってしまった友人達への寂寥感が薄れるという訳でもない。

 黒海で行われた戦闘の後、オーブ正規軍から離脱した一部将校達が加わってくれたおかげでアークエンジェルは人員の面では往事の戦闘力を取り戻しつつある。

 だが・・・・・・子供が減って、大人が新たな人員として補充されてくるという歪な現実を前にして、何も感じずにはいられないほどキラはまだ戦争を割り切ることができている訳ではない。

 

 頭を振って雑念を追い払いながらキラは、艦長席シートにもたれ掛かっている元連合軍の女性士官マリュー・ラミアスに向かって、意識を現実へと引き戻すように問いを発する。

 

 

「――戦闘の方は?」

「まだ詳細は分からないけれど・・・・・・どうやら、ザフト軍の負けのようね」

「え・・・っ!?」

 

 重い口調で語られた返答の内容は、さしものスーパーコーディネイター キラ・ヤマトですら驚愕せずにはいらない寝耳に水のものだったらしい。

 もちろんラミアス艦長としては、普段からハイスペックぶりで驚かされてばかりだったキラを驚かせるのに成功したことに喜びなど微塵も感じようがない。

 むしろ、“あのキラ君”でさえ驚かされたという事実を前にして、これから自分たちが立ち向かう事になるかもしれない敵の強大さを思い、暗澹たる気分になりそうになるだけでしかなかった。

 

「一体それは・・・・・・どうして!?」

「今言ったとおり、詳細は続報を待つしかない状況なのだけれど・・・・・・どうやら連合は新たな新司令官を据えたみたいで、その人の指揮によって対ロゴス同盟軍は撤退を余儀なくされたみたいね。

 最初の内はテレビ中継でも見ることができていた映像が途中から画像が乱れ始めて今では、この有様よ。ある意味で、コレが一番雄弁にザフト側の現状を物語っているといっていいのかもしれないわ」

 

 そう言って、視線で示してきた先にキラも目を向けると、そこには一つのモニター画面があり、どこかしらのテレビ局が流しているらしい番組の映像が映し出されたままになっている。

 

 だが、映されている映像自体は動きのない、シンプルな一言だけ。

 

【現在、放送を一時中断しております。再開まで、しばらくお待ちください】

 

「画面がブラックアウトして、このテロップが表示されてから30分以上が経過したけど、未だに消えたときのままの画面が映され続けているって事は、状況は変わらず良くなってないんだと思う。

 戦況が改善しているなら、放送を中断させたままにしておく理由はないのだから・・・」

「・・・・・・確かに、そうですね」

 

 一時の驚愕から冷めて冷静さを取り戻したキラは、自分たちの帰るべき家を預かる女性艦長の正しさを認め、おそらくはそうなのだろうと自分の中でも納得した。

 

 マリューとて信じがたい思いなのは同様だった。なまじキラ・ヤマトという最高のコーディネイターの力を間近で見せつけられ続け、その力によって絶体絶命の窮地を何度救われたか知れない身である。

 

 おかげで連合に属していた頃に抱いていたコーディネイターに対する種族的な偏見は、消滅までは無理でも意識するほどのものではなくなって久しくはなったが、その分コーディネイターの持つ力に、ナチュラルでは絶対に勝てないという認識は以前よりも強くなってしまっている傾向がある。

 

『相手の方が自分より上だと認識しても、嫉妬する感情が沸かなくなった』

 

 ――彼女たちアーク・エンジェル隊のクルーの心理を一言で言い表すなら、そうなるのかもしれない。

 

「とにかく今は、詳細な続報を待つしかないわ。

 アークエンジェルの修復作業も終わった訳ではないしフリーダムも失った現状では、私たちに打てる手はほとんどないと言っていい状況なのだから・・・・・・。

 宇宙に上がったラクスさんからの連絡を待ちましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 こうして地球の海底深くでクライン派のエースパイロットと主力戦艦の艦長とが、ヘブンズベースでの予想外な戦況報告に戸惑いを隠せずにいたのと、ほぼ同じ頃。

 

 宇宙でもまた、二派に分かれて別行動をとっていたクライン派の片割れが同じ情報を得て、同じように驚愕と戸惑いの顔を見せ合う運びとなっていたことを、彼らは互いに知ることはない。

 

 

『――ラクス』

「はい?」

 

 クライン派の盟主ラクス・クラインは、自らが座乗する高速戦艦エターナルの艦長を務めているアンドリュー・バルトフェルドからの艦内通信画像が開いたとき、自室でコンピューターを操作しながら資料の検討をおこなっている最中だった。

 

 彼女は何か気になる資料でも見つけたのか、バルトフェルドからの通信画像が開かれた当初はディスプレイに視線を落としたままタイピング操作を続けており、返事をする声音にも事務的な無機質さが漂っていた。

 

『以前、“ヘブンズベースが落ちたら次はオーブだ”と、言っていた話を覚えているか・・・?』

「はい、勿論です。――っ、落ちたのですか!? ヘブンズベースが!」

『・・・・・・いいや、思っていたのと逆の結果になったみたいでな』

「え・・・?」

 

 一瞬、相手の言った言葉の意味が分からず呆けたように無防備な顔をさらしてしまう。

 その姿は、一勢力を率いるトップとして他者に弱みを見せまいと気を張っている、高貴な平和の歌姫のものではなく、年頃の少女らしい無防備さが現れており、バルトフェルド個人の好みではコチラの方が魅力的だと感じられていたのだが―――流石に今がそんな状況でないことぐらいは弁えている男でもある。

 

『詳しい情報は続報を待たねばならんが、とにかくザフト軍がヘブンズベース攻略に失敗して、デュランダル自身もミネルバに乗ったままジブラルタルまで逃げ帰ってきたのは確かなようだ。

 ザフト軍本体は健在なようだが、これで地上のミリタリーバランスは一気に覆されることになるだろうな。

 どちらにしろ、アンタの意見を聞いて今後の方針を検討したい。ブリッジに上がってきてもらえないか?』

 

 ラクスは一も二もなく了承し、相手の求め通りブリッジへと急行したのは言うまでもない。

 

 

 

 

「各軍がまとまりに欠けた状態での撤退とあって情報が錯綜しているが、戦いの途中までは全世界向けに生中継されていた映像がある。

 だいたい4時間ほど前に撮影されたものと見ていいだろう。

 地上から送られてきたものだから多少、画像の粗い部分があるのは我慢してくれ」

 

 報告を聞いた直後にブリッジへと急いで急行してきたラクスが到着した直後に、バルトフェルドはそう説明して、義手ではなく健在なままの腕を使ってリモコンを操作し、モニター画面の一つに何かの録画映像を映し出す。

 

 バルトフェルドが映し出させたのは、ヘブンズベース戦が始まった直後にヘリで生中継していた民間テレビ会社による放送を録画したもののコピーだった。

 鉛色の雲が広がる北極の海を、大小無数の艦艇が埋め尽くすように並んでいる。

 

 プラントと地球の本格的な武力衝突が開始される僅か前、ザフト軍は地球からの核攻撃に対する報復と同時に、二度目の核攻撃を未然に防止するための措置として、地球各所に『ニュートロン・ジャマー』を無数に撃ち込んだまま、現在も回収作業は完了していない状況が続いている。

 

 これは、核エネルギーの発生を妨害する機能を持たせた特殊な粒子を大気中に発散させるために開発されたものであったが、思わぬ副次効果として電波妨害とレーダーを役に立たなくさせてしまう機能を発揮し、先の大戦中では両軍共に使用し合う主力兵器の一つとなっていたものだ。

 

 戦争が終わって数年が経過し、近年ではNジャマーの効果も弱まってきていたという報告もあったとはいえ、電波によって世界中に同時生中継を可能なレベルにまで回復するのは、まだまだ先の話となるだろう。

 

 そのため現状において一般市民のテレビ中継は、主に海底ケーブルや電話線をつなげた電柱など、ノスタルジックな代物に頼らざるを得なくなっているのが地球の実情となったままなのである。

 これが原因となって、今の世界では世界同時生中継と銘打ったところで、現実には数十分から1時間ほどのタイムラグが生じた上でのリアルタイム同時放送が現在の限界となっている。

 

 ラクスが今目にしているのは、その中の一つだ。

 宇宙空間であれば地球と違ってニュートロン・ジャマーの影響は受けづらい。とは言え地球から宇宙では距離がありすぎるのは事実なため、中継器を介しての映像とならざるを得ず、画面に荒い部分が混じるようになってしまったのは致し方のない部分だったろう。

 

 

「正直はじまった当初は俺も、コーディネイターの能力差の前では連合は勝てないだろうと予測していた。

 無駄な抵抗のために、どれほどの命が数時間の内に失われてしまうのだろうか――とな。

 だが蓋を開けてみたら現実はこうだ」

 

 自嘲気味に肩をすくめてみせるバルトフェルドに、ラクスとしては言葉がない。

 

 ・・・・・・映像は、デュランダル議長からヘブンズベースに向けて降伏勧告が通達され、上空の雲へとホログラフィーが映し出された映像を返答代わりとして、戦闘の幕が切って落とされていた。

 引きずり込まれるように突撃するザフト軍を、やられたと見せかけて誘引し、要塞砲で迎撃する連合軍。

 戦闘のさなかに突如出現した連合の分艦隊に背後を突かれ、狼狽した対ロゴス同盟軍に見えるよう再び投影されるホログラフィー映像。

 やがてテレビ画面の外側から聞こえてくる悲痛な叫び声と、デュランダルの言葉を信じられなくなっていく人々の困惑と混乱。・・・・・・そこで映像は途切れたまま再開することなく終わっている。

 

 呻くような吐息が、ラクスの口から僅かに漏れる音をバルトフェルドは聞いた気がした。

 連合軍に、これほどの心理戦を実行できる指揮官がいたとは正直、彼にも予想外だった。

 

 今までの連合軍の戦い方は、よく言えば『数の差でコーディネイターとの能力差を補っている』と呼べなくもないものだったが、どちらかと言えば単なる力押しの部分が強く、一部には数の差を活かして策で戦う指揮官も存在していたが、彼らでさえ『数を活かして敵の長所を奪い、相対的に自分たちの方が強くなること』を戦術方針として起用している者がほとんどだったのだ。

 

 ・・・・・・だが、新たに連合軍指揮官となった人物は、それらの者たちとは根本的に方針が違うものだった。

 

 自分たちの『弱さ』を餌として利用し、直接的に敵と打ち合うことを徹底的に避ける方針は、今までの教条的な種族主義思想であるブルーコスモスとは相容れない戦い方だ。

 むしろ、『自分たちナチュラルがコーディネイターに劣る』という事実を事実として認め、その中で積極的に活用するやり口は、軍人と言うより【商人】と呼んだ方が正しい気までしてくるほどに。

 

 今までの連合と同じと思ってかかれば、自分たちもデュランダルの二の舞を踏まされるかも知れない相手・・・・・・しかも、この相手の戦術からは恐ろしい示唆が見え隠れしている。

 

 

「――先日わたくしが語った話についてですが・・・」

 

 と囁くように呟くラクスの声が聞こえ、バルトフェルドは考え込んでいた意識を一端脇へと追いやると、自分たちの盟主の方へと顔を向け直し、

 

「“ヘブンズベースが陥ち、次にオーブが狙われたら誰も彼を止めることができなくなる”――わたくしは、そう言いましたが・・・・・・」

「覚えている。幸いと言うべきか、その予言は外れてくれたようだがな。

 もっとも、“良かったかどうか”までは、まだ分からんがね」

 

 彼らしい言い様にラクスは一瞬だけ表情を和らげる。

 すぐに元の硬質な政治家の顔に意識を戻ったものの、深刻になりかけた空気を換気する程度の効果はあったらしい。

 

 たしかに先日ラクスは、ヘブンズベース戦が始まる前に本人が言った趣旨の言葉を口にし、その時の予言は外れていたのが現在の情勢だろう。

 

 とは言え、戦場とはそういうものだ。何が起きるか完全には誰も分かりようがない。

 実際バルトフェルド自身も、万全に近い体制で包囲網を敷き、キラの乗るストライク1機とアークエンジェル一隻を大部隊をもって殲滅しようと試みたにも関わらず、僅かな生き残りが落ち延びれただけで、敵には1機のMSも戦艦も損失を与えることが出来なかったという苦い経験がある。

 

(もっとも、アイツみたいな真似が他の奴にできるとも思えんがな)

 

 と、心の中だけで負け惜しみにも思える自嘲の念を言葉にしながら、彼はラクスの言葉に聞き入っていた。

 確かに戦術レベルでなら、バルトフェルドの時のように奇跡的大逆転勝利は時として起こりうるものだ。

 だが、そもそもラクスが予言していたのは『ヘブンズベースが“陥された後の話”』であって、一要塞での攻防戦という狭い範囲の話ではない。

 その事を承知していたからこそ、バルトフェルドはラクスの話に耳を傾け、今後の展開に応じて自分たちが取るべき方針を・・・・・・『戦略』について意見を聞いておくべきだと思っていたのである。

 

 

「わたくしにも、まだハッキリと分かっていた訳ではありませんが、デュランダル議長が本当にやろうとしている事が少しずつ見えてきたように思っていたのです。

 ――でも、その事に気付いていた方が“もう一人”いた、という事実だけは、今回の件でハッキリと理解することができました」

 

 

 断定口調でラクスは、自分が座乗する高速戦艦【エターナル】のクルー達に向け、そう宣言した。

 そうでなければ、辻褄が合わない作戦内容だったことが、その根拠だった。

 

 明らかに敵将は、デュランダルが戦いの先にあるものを見ていることに気付いた上で、敵の最終目標に固執する心を逆用して、敵軍の動きに楔を打ち込むための心理戦を仕掛けてきている。

 

 おそらくは、ヘブンズベース攻防戦が議長の目指す真の目的のため、最終的な土台作りとなる大一番だと予測して、目標達成を間近に控えた議長に焦りと執着を植え付けるよう段階的にマスコミを利用したプロパガンダ戦略を駆使した結果が現在の状況なのだろう。

 

 以前キラがマリューに対して、デュランダル議長のことを『巧みにマスメディアを武器として利用している。撃ち返させば悪役の役割を振られてしまう』と評したことがある。

 連合軍の新たな指揮官となった人物は、ある意味でその真逆にあるタイプなのかも知れない。

 

 議長によって割り振られた『悪役』という役割を、最大限に利用することで自らを守り、自分たちを断罪する正義の刃を、持ち主自身をも傷つけてしまう諸刃の刃へと作り替え、正義の味方や神のような存在によって一つになりかかった世界に、混沌と疑心暗鬼を呼び起こし、戦局を混乱させることで自分たちが復活する隙を見いだそうとしている。

 

「――“剣を取らせるには、何よりその大義が必要になる”・・・か」

「え・・・?」

 

 唐突なバルトフェルドのつぶやきに、ラクスだけでなくブリッジ内にいた他のクルー達も目をぱちくりさせる。

 

「誰だったか名前は忘れてしまったが、指揮官講習の教官から昔教えられた言葉だよ。

 まぁ、当たり前の話ではあるがね。討つべき敵と、その理由が納得できなきゃ、誰も人なんか殺せまい?」

「そう・・・ですね・・・・・・そうなのでしょうけれど・・・」

 

 ラクスは沈痛な表情でうつむき、その言葉を実行しているのがザフト軍を率いるデュランダル議長で、自分たちにとっても敵となる可能性がいや増した人物であることをも同時に自覚して拳を握りしめた。

 

「だが――別の教官からは、こういう言葉も聞かされた。

 “半端な同盟関係ほどつけ込みやすいものはない。時に一片の紙切れと噂話は数万の援軍をも瓦解させる”・・・・・・言われたときには陰険な策だと思ったものだが、やれやれ。年寄りの言葉ってものは、中々どうしてバカにできん」

 

 肩をすくめながらバルトフェルドが言った直後に通信が入り、とある調査を命じていた『砂漠の虎』時代からの副官であるマーチン・ダコスタが帰還した旨を伝え、彼が持ち帰ってきた一冊のノートの記述を見た瞬間にラクスは今後の方針に決断を下す。

 

 

「偽装を解除、【エターナル】発進します!

 この混迷の闇へと戻されようとして、明日の道筋が見えなくなった世界では、一刻も早くキラたちと合流することが先決です!!」

 

 

 彼女がそう告げた直後、ブリッジ内に警告音が鳴り響き、周囲に配置していた警戒用レーダーの1つが、ザフト軍の偵察用ジンに発砲される光景を送信した後、反応が消失させられた。

 

 

 

 

 これはデュランダルが地球に赴く前に、ザフト軍のシャトルを奪って地球を飛び立っていた『偽物のラクス・クライン』を追跡する任務を与えられていたクラーゼク隊長率いる部隊が、議長からの指示通りに廃棄された【メンデル・コロニー】に警戒網を張っていたところへダコスタが不用意に飛び込んでしまい、獲物をすぐには捕まえずに巣穴まで餌を持ち帰らせてから一網打尽にするハンターの狩りを宇宙規模で完璧に再現した結果だった。

 

 

 ――だが、惜しむらくはクラーゼク隊長を初めとして、自分たちの作戦を徹底していた者は一人もいなかった。

 

 差もあろう、せっかく収まりかけた戦火が再び燃え上がり、今までデュランダル議長が吐いてきていたウソについてザフト軍内部でも賛否両論に分かれて激論が戦わされるようになってから日も浅い状況だったのが今なのだ。

 

 吐いてきたウソの内容が、地球絡みのものばかりでコーディネイターとプラントには直接関係のないものが中心だったからこそ、議長の支持派が多数派となることが出来てはいたものの、今まで人気が高かった分だけ兵達の間では困惑が広まっていたのは仕方のないことであったろう。

 

 まして、地球上での戦局は予断を許さない状況にあるのだ。

 もし敵軍が、軌道上に展開しているザフト艦隊を突破し、月の【ダイダロス基地】や【アルザッヘル基地】の戦力と合流してしまったら、議長不在のプラント本国へ直接攻撃をかけてくることさえ可能になってしまうかもしれない。

 

 そのような情勢下で、このような破棄された無人のコロニーを監視し続け、ラクス・クラインに酷似しているとは言え『偽物でしかないシャトル強奪犯』を捕まえるためナスカ級を三隻も貼り付けたままにしておくことは、純粋にプラントの勝利と「あのラクスは偽物だ」と言われた議長の言葉を信じているグラーゼク隊長にとって、耐えがたい思いを抱えて過ごす状況だったのだから。

 

 

 そんな彼にとってラクスが下した決断は、天恵にも等しい魅力を持ってしまうことになる・・・・・・。

 

 

「えぇーい! 速いっ!! ・・・しかしエターナルとは、どこまでふざけた奴らなんですかねぇ艦長っ」

「うむ・・・戦後のドサクサで行方不明になっていた船に、こんなところでお目にかかるとは思ってもいなかったが・・・・・・【カーナボン】と【ホルスト】の位置は?」

「ハッ! 現在グリーン22、チャーリ-。インディゴ8、アルファです」

「よーし、追い詰める! 逃がさんぞテロリストども! ようやく見つけたのだからな――いや待て!」

 

 巣穴から出てきてくれた捜索対象を前にして、ようやく任務を完了させて次の戦地へと移れる喜びで声を弾ませながら部下に命令を下そうとした瞬間だった。

 

 彼としては、国家存亡の時期に前線から遠く辺境コロニーで偽物のシャトル強奪犯を追い回すだけの任務を歯がゆく思いながらも従事し続けていたのは、議長直々に指示された任務を勝手に放棄する訳にはいかなかったからだ。

 

 だが、この時グラーゼクは戦術モニターに映し出された敵味方彼我の位置関係を見たときに閃くものがあり、部下の索敵担当に問いただす。

 

「敵艦の進行方向はどこを目指しているものか推測できるか? 大凡でいい、地球寄りかプラント本国へ向かおうとしているのかだけでも分かることは出来ないか!?」

「はぁ、それでしたら恐らくは地球方面です。大気圏降下軌道に乗ることも可能なコースを取っていますから・・・」

「恐らくでは困る! いや、絶対がないのは分かっているが、プラント方面に向かう可能性だけはないと見て間違いないのだな!?」

「は、はぁ。それでしたなら間違いありません。コースが全くの逆方向ですから・・・」

 

 上官が何を興奮しているか分からず、困惑気味に索敵士官は首をかしげていたが、グラーゼク個人としては士官の予測は重要な意味を持っているものだった。

 

 何しろ彼らが、『声も見た目も本物とそっくりなラクス・クラインの偽物』を補足するため小艦隊とMS部隊まで動員しているのは、相手の所属が何であろうと目的は一つだけしかあり得ないからだ。

 

 国民に絶大な人気のある『平和の歌姫ラクス・クラインの姿』を使って、プラント国内の混乱に利用することである。

 それ以外には、あり得ないだろう。

 デュランダル議長と“本物のラクス・クライン”が本国に不在の状況下で、そんなことをされては堪ったものではない。

 

 その偽物がプラントコロニーのいずれかに潜り込み、変な騒ぎを起こすのを何としても阻止するため、連中が行動を起こす前に取り押さえなければならないのが彼らに与えられた任務の主目的だったのだから。

 

 

「艦長?」

「――【カーナボン】と【ホルスト】に通達! モビルスーツ部隊は発艦準備を完了した状態で待機させろ。さらに敵艦を追い詰めた後に撃沈のため発進させる!!」

「ええっ!?」

「エターナルの快速は見ての通りだ。万が一にも左右の僚艦どちらかを抜けられただけで、追いつけなくなる恐れがある。

 ならば敵艦の右翼に攻撃を集中させ、地球軌道上まで追いやってから撃沈した方が確実かもしれん。エターナルは宇宙空間用の艦だ。

 降下ポイントまで辿り着けたとしても、自分自身が大気圏を突破できる訳ではない!!」

 

 艦長から作戦変更を聞かされたブリッジクルーたちは唖然としたが、内何割かは納得の表情を浮かべて首肯して返す。

 彼らとて、現状の戦況悪化を前にして手をこまねて見ていることしか出来ない己の不甲斐なさに歯がみする思いを味わってきたのである。

 

 故郷を思う、想いは同じ。

 素朴な郷土愛と、愛国的防衛精神で結ばれた上官と部下たちが支配する場へと突如として変貌してしまった偽ラクス追跡隊の旗艦ブリッジであったが、どのように社会であろうと大部分の多数派が賛成票を投じたときには、少数ながらも現実論側に属する消極的な反論を口にしたがる者が出てくるのが常でもある。

 そしてそれは、戦艦という名の限られた狭い社会であっても変わることはない。

 

「――しかし艦長、それでは議長直々に追跡を命じられていた偽物のラクス・クラインを逃してしまうかもしれません。引いてはそれが敵を倒す機会を逸する危険性が――」

 

 

「勝ちたい訳ではない。守りたいのだ」

 

 

 ひねくれた表情で苦言を呈してきたザフト軍士官に、グラーゼク隊長は断言で返してやることで唖然とさせて黙らせる。

 

「我らが追えば、奴らは逃げるだろう。そうなればプラント本国は、偽物のラクス・クラインがもたらす混乱の脅威から遠ざかることが出来るだろう。

 我々は最悪の場合、降下軌道からポッドを射出され、偽物に逃げられようとも、祖国を守り切れたことに変わりはない。

 我らの与えられた任務は、ラクス・クラインの容姿を利用してプラント本国内で混乱を起こされるのを未然に防ぐことだ。それを忘れるな!!」

「は、ははッ!!」

 

 怒鳴られて冷や汗をかきながら士官が頭を下げ、慌てて他の僚艦へ隊長の指示を伝えるため動き出すのを見送りながら、グラーゼクは内心で言葉にはしなかった部分を呟きながら、もしかしたら幸運艦かも知れないエターナルを見据えて独りごちていた。

 

 

(・・・偽物のラクス・クラインが地球軌道上へと逃げ延びたのを、追跡隊の我らが追うのは必定。その結果として機動艦隊と合流したというなら名分は立つ。

 あるいはもし、偽物の地球逃亡阻止を失敗してしまった時には、専任の追跡隊として地上まで追い続ける許可を申請するという選択肢も出てくるかもしれん・・・・・・)

 

 

 かつて、先の大戦中のザフト軍でエースパイロット隊として知られていた【クルーゼ隊】も、連合の新造艦“足つき”を相手にして同じような理由で追撃許可を与えられ、当時の連合軍最高司令部だった【JOSH-A】への奇襲作戦にも参加し、多大な功績を挙げたという。前例に倣うことも悪くはあるまい。

 

 よしんば、偽物のラクス・クラインに逃げ延びられたとしても、逃亡先がコロニーではなく地球であるなら大した脅威にはなれないだろう。

 ラクス・クラインと瓜二つの見た目と声は、コーディネイターの社会に入り込まれると厄介極まりない武器となり得てしまうものだが、ナチュラルたちの社会では何の意味も成さず、宝の持ち腐れとなって無駄に錆び付いていくことしかできるはずもないのだから・・・・・・。

 

 

 

 ―――こうして、デュランダル議長が吐いてきたウソによって、新秩序を築くため積み上げられてきた土台が、また一つ抜け落ちていく。

 

 彼がウソによって創り上げようとしていた世界が、彼のウソそのものによって一つ、また一つと崩れ落ち、崩壊していく音が響いてくるのを、果たして歌姫ではない彼が聞くことができる日は訪れるだろうか?

 

 

 破滅が訪れる、その日が来る前。手遅れになるより先に。

 それを避けられぬ可能性を持っていられる今の内に・・・・・・。

 

 人類最後の救済策【ディスティニー・プラン】実地の可能性を、救済することが可能な段階で。

 

 彼に自分の足下が崩れかかっていく音を聞き取って、自分自身を救うことができるだろうか?

 

 人も歴史も、そして世界も。

 その質問に答えてくれる者は誰もいない。

 

 仮に、そんな者がいたとしても・・・・・・恐らくそれは、“ウソ”でしかない救済に過ぎないだろうから・・・・・・。

 

 

 

つづく




*すでに誰も気にされてないと思われますが、念のため今話の解説です。

今話でデュランダルが「アークエンジェルを討て」と命じた理由に大義名分が不足していると評されたのは、あくまで【ロゴスこそが全ての元凶】と断じた後だったことが理由になってます。

その前の段階だったら然程の不自然さはないのですが、【ロゴスこそが争いの源】と断じてロゴス討伐の兵を世界中から募ってる状態になってから、【ロゴスより先にアークエンジェルを討て】というのは辻褄が合わない。

ロゴスとアークエンジェルの繋がりを示す何かでもあれば別だったんですけどね。
【世界の敵ロゴス】を倒すために旧連合の兵たちまで味方に受け入れる中で、【混乱蒔いてるだけの敵艦アークエンジェルだけは許さん!】ってするのは理由が足りなかった。


要は、順番の問題です。ロゴスこそ絶対悪!倒すの最優先!と言った後でアークエンジェル先だと矛盾する。
言う前だったら問題ないけど、シンとかアスランが決め手に欠ける。…そういうアンビバレンツの結果という解釈に基づく設定でしたッス。(小説版を基に想像補填)
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