桃が一生忘れることのできない一日を挙げるとすれば、やはりその日が一番に挙げられるでしょう。
初めて会ったその女性は、幼い自分から見てもとても美しくて目が離せませんでした。そして、彼女も桃をじっと見つめます。
「この子ね」
何のことか桃にはわかりませんでしたが、後から聞いた話では、魔法少女としての才能を持つ女の子の気配を感じ取り、孤児である桃を引き取りに来たとのことでした。
その運命の日から桃は桜と共に生活します。
桃はとても幸せでした。姉と母親と師匠を同時に得ることができたのです。それはもう一杯甘えました。
年齢を考えれば当然ですし、今までの生い立ちを考えればなおのことでしょう。
桜もそれに答えました。魔法少女としての修行は手を抜きませんでしたが、手探り混じりながら桃を大切に育てました。
時折桜は桃に対して魔法少女にしてしまったことを謝るそぶりを見せました。
すでに一人前以上の実力を身につけた桃は、姉とともに魔族と戦い、時に魔法少女同士で優劣を競うこともありましたので、それを気遣ってのことでしょう。
しかし桃にとって魔法少女は天職でした。相手を殴り倒すのはなかなかに楽しいものです。
たまに痛い思いをするときもありましたが、その時には大好きな姉がひときわ優しくなってくれます。
何より姉の役に立てるのですから不満なんて何一つありませんでした。
桃は魔法少女として活躍し、姉のおまけから、いつしか期待の新人として名を馳せます。
ですが、幸せな月日はあっという間に終わりを迎えます。
理由もわからず姉が行方不明になったのです。誰かにやられたとか、そんなことは考えられません。
姉の魔法少女としてのパートナー、メタ子も詳細は語りはしませんでしたが、そのような心配はないと言います。
よくわからないまま、そのメタ子をナビゲーターとして引き継ぐ事になりました。
姉の帰りを待つ日々が続きました。
いつ姉が帰ってきてもいいように、家はいつも奇麗にしておきます。
いつ姉が帰ってきても誇れるように、修行に励みます。
いつ姉が帰ってきてもがっかりさせないように、勉強も頑張ります。
いつ姉が帰ってきてもメタ子を返せるように、ちゃんと世話をします。
いつ姉が帰ってきても……ですが、なかなか姉は帰ってきませんでした。
あるとき、世界に異変が起こります。
のちに「魔王」と呼ばれる存在が現れました。
それは映画などの創作物が、いかに人間の想像力が貧困であるかを示すかのように醜悪で凶悪なものでした。
クトゥルフ神話の邪神をいくつか足して、そして何も割らないような悪夢でした。
人類は軍隊を出して対抗しましたが、無数の爆弾も、たくさんのミサイルもお高い花火に過ぎませんでした。
戦車がつぶされ、戦闘機が落ちて、軍艦が沈みます。それはもう数え切れないほどに。
16ktの原爆も1Mtの水爆も魔王の前では少々派手なエフェクトにすぎませんでした。
人類ではなすすべがありません。魔法少女たちに最後の望みが託されました。
自称魔法少女研究家が何やら式を語っていたことがありました。
魔法少女の力は、生まれ持った素質×たゆまぬ努力×強い意志だと。
何をどう数字に置き換えていいかわかりません。ですが、この式はある意味正しかったのです。
桃より資質に恵まれていた少女もいました。桃より長年修行してきた少女もいました。
そして誰もが人々の平穏な暮らしや、世界を守ろうと強く誓っていました。
桃より強い魔法少女なんて数多くいても不思議ではないのです。
なのに、本人は意識していませんでしたが、桃は最強でした。
桃は願掛けを行っていました。魔王を倒せば姉に会えると。
これはただのおまじないの類ではありません。
邪なものを倒せば報酬として願いをかなえるポイントが得られます。
敵が強力であればあるほど沢山のポイントが得られ、姉に会うことに近づくのです。
姉に会う、それは個人的で魔法少女らしからぬ願いだったかもしれません。
それでも、その想いで才能も修行も凌駕し、桃は誰よりも強い力を持つに至っているのでした。
仲間の魔法少女たちと協力し、ついに魔王を叩きのめします。
彼女たちは膨大なポイントを取得します。最も活躍した桃はなおさらです。
これを使えば姉に会える、メタ子に願いをかなえることを要求しました。
ですが、メタ子はできないと返答します。
意味が分かりません。一千万人以上を生き返らせて、世界中のトラウマを治し、今回の事件をチャラにできるほどのポイントだというのに!
(実際には順序が逆で、姉探しには使えなかったポイントを貯めたところで意味がないためそれらに使いました。)
第一「足らない」ではなく「できない」とはなぜなのでしょうか?
メタ子が意地悪をしているとは思えません。メタ子も自分よりも姉を必要としているはずなのですから。
姉が会うことを拒絶しているのでしょうか?そんなはずはありません。
なら何故?
意味だけではなく、理由も原因も分かりませんでした。
桃は魔法少女をやめました。やる気が起きるはずがありません。
その影響なのか、きつく問い詰めすぎたせいか、メタ子はろくにしゃべらなくなりました。
思い出の詰まった自宅のいくつかの部屋にかぎを掛けました。姉を思い出してしまうからです。
ですが、家から離れることはできませんでした。
思い出に近づくことも遠ざかることもできず、桃はむなしい日々を過ごします。
中学、高校と進路を進めますが桃はずっと独りぼっちでした。
文武ともに優れ、可愛らしく、何より世界の恩人です。多くの生徒たちが親交を深めようと近づいてきますが、誰とも友達を作る気になれない桃はそれらを冷淡にあしらい続けます。
家と学校とたまのお店、そんな寂しいローテーションを繰り返します。
ある日、買い物帰りにまちカドでおかしな女の子と出会うまでは……