茹だるような、とまでは行かずとも、それなりに暑気を感じ始めた七月頃。
結構大きめのスポーツセンターで某これから部活の試合でござる。
「セガ~。ヤバい、キンチョーしてきた!」
「おれもおれも!」
「相手大貫だし!」
ウチのエースの叫びに他のメンバーもノリノリである。
これはアレだろうか、何か落ち着かせる一言でも求められているのだろうか。
だが、拙にそんなオカンスキルはない。
だからいつも通り平素を心掛ける。心掛けるってそれもう平素じゃねぇな。
「そうだけどさ、まさか俺らが総体で県ベスト4だもんなぁ。信じられんわ」
『それな』
皆の心が今一つとなった。
いや、ホント吃驚ですよ。
バレー部のある学校って案外少ないのね。
それでも、強い所は強くて、ウチの県で言えば最上位はいつも四校くらいが持ち回りの上位独占状態だった訳でして。
そんな中、我々、内島中学校バリボー部は市の予選からあれよあれよと勝っちゃって、県予選で件の四強の一角である第三シードの学校に勝っちゃったりして、今この場にいるのでした。
「でもさぁ、セガのドM練に付き合ってたら、怖いモンなんてない!って思えるよな」
「ホントそれ!あぁ、思い出したらちょっと吐き気が」
「最初見た時、千賀先輩って頭オカしいんじゃないかと思ったっす」
キミたちだいぶ人をディスるのが好きみたいだね。
てか、後輩君は後で体育館裏に来てね。
「セガ弄りはこのくらいにして、やっぱり大貫は強そうだよなぁ」
「強そうじゃなくて強いんだろ。態々学区内に引っ越してまでバレーしに来る奴いるし」
「見ろよ、あの4番。めっさ厳つい」
「他の面子も背高ぇし、猛者感パネェ」
この皆の小物感に何処かホッとします。
まるで実家にいるような安心感。
「あっ、セガが優しい目してる」
「あれはおきにのグラビアアイドルを思い出してるんだ」
「そういう時は黙っておいてやるのが優しさだろ」
「よし、貴様ら其処に並べ。ちょうど手首のウォーミングアップがしたかった所だ」
こんなふざけた野郎共といつまでもバレーが出来たらな。
そんなおセンチに浸ったり浸らなかったり。
☆三
試合は既定路線に乗って進んで行った。
第一セット序盤、相手チームはエースにボールを集めて主導権を握って来た。
うちもそれなりにタッパのある奴らがいたが、それでも県内有数のアタッカーを防ぎきることは難しかった。
エースの他にもレベルの高い選手がゾロゾロといるし。
ホント不平等。
それでも我々、内島シックス(?)は粘った。
何とか相手の攻撃を拾い、喰らい付いた。
ウチのエースも調子よく、スパイクの決定率も上々。
まぁ、あんなちゃらんぽらんでも県選抜の一員ですし。進学先もほぼ決定済みらしいし。
正直羨ましい。
あ、因みに拙も選抜の一員です、ぶい。
唯、それでも相手さんの場慣れした落ち着きっ振りは見事でした。
ここぞの場面で中々決めさせてくれない。
スッキリしない状態の継続って言うのだろうか。
兎に角、一押し出来ない。
なので、チームも乗り切れない。
エースと一学年下の次期エースくん、偶に某がポコポコ点を稼いで離されないよう頑張りました。
結果、第一セットは相手が取りました。
ベンチに戻りちょい休憩。
「4番ヤベーな!」
「えぐいわー」
「受けた時、手が千切れたかと思ったわ」
「みんな上手いとか反則じゃね?」
皆思い思いの愚痴を吐き出します。
これウチのお約束なんです。
悪い気持ちを言葉で吐き出して、気持ちを入れ替える手法なんだとか。
「世界の胡桃沢が教える心と上手く付き合う108の方法」という本を片手に顧問の先生が教えてくれました。
にしても、応援がなぁ。
相手チームは控え選手の数がウチと比べ物にならんし加えて保護者たち。
終いにゃ追っかけみたいのまでと随分賑やかなことで。
それに引き換え我々はと言うと。
後輩君たちとオカンたちが頑張ってくれているものの弱々しいのは隠せないです。
「セガ、何ボーっとしてんだ?」
エースくんから呼ばれましたか。
「いやね、数は力だと思った所でね」
不思議そうな顔をされました。
隠喩というのは読み取る方にもそれなりの知力を必要とするのです。
つまり、コイツはばk
「あ、セガさんが憐れんだ目してます」
「そういう時コイツ俺らのこと馬鹿にしてるかんな」
「セガくぅ~ん、ちょっとお話しようか~」
「あ、むさい男は結構ですんで」
ギャーギャー騒ぐアホどもを尻目に拙はスポドリを流し込むのでした。
あー、うめ。
☆三
第二セットは熾烈を極めるものとなった。
一進一退と言うんだろうか。
凄く競っている感があった。
つまりはしんどい。
とてもしんどい。
それでも、手を抜いたら敵味方問わずぶち殺されるから頑張るんですがね?
「セガッ!」
背後から呼ばれる。
普段はちゃらんぽらんのあんぽんたんなくせに、
今の鬼気迫る姿が振り返らずとも容易に想像できる。
何より気持ちの入った声と言うのは不思議と耳に入って来るものだ。
柔らかく、優しく
声の主が好むセッティングを。
けど、俺は天才じゃない。
完璧なトスなんて上げられない。
吐くほど練習して、嫌になるほど陰で壁ドンしたから知っている。
自分より上手い奴らなんてこの世に吐いて捨てるほどいるだろうこともとっくに承知している。
悟ったのは何時だったろうか。
身長だけでリベロを勧められた時は家に帰って枕を殴りまくったし。
身長が伸びに伸びてミドルブロッカーを押し付けられた時か。
チームのエースくんが打ったスパイクをふと見た時か。
いや、やっぱりアレだろうか。
自分にセッターとしての器がない事に気付いた時なんだろうか。
まぁ、そんな一時期の感傷に悩まされながら、自分は頑張って来たと思う。
只管レシーブを繰り返し。
スパイクを打ちたがる仲間の壁になり続け。
コースへの打ち分けを常に意識し、
時間があれば、サーブを何十、何百と打ち込んだ。
そして、セットアップも。
地味かもしれない。
それでも続けた。
何日も。何か月も。何年も。
そんな自分だから出来ること。
自分の弱さが身に染みているから出来ること。
それは取捨選択。
必要なものを選び、不要なものを捨てる。
だから、この場面では精度を捨てる。
短すぎて、エースに届けられないかもしれない。
長すぎて、エースには届かないかもしれない。
代わりに限りなく柔らかく、優しいトスを上げる。
それが今の自分のベスト。
それ以上もそれ以下もない。
文句は後で受け付けます。
お叱りも甘んじて受け入れましょう。
だから、受けてくれよ。
ドゥユアベスト。
全身全霊で頼みますよ。割と、マジで。
脱力。
ボールが落ちて来るのがやけに遅く感じる。
両手を掲げ、落ちてきたそれを背後に託す。
「っらっしゃぁぁぁ!」
相変わらず喧しい掛け声だ。
さぁ、行けエース。
ボールを打つ音。
何かに当たる音。
そして、それは地に落ちた。
笛が鳴る。
内島0(22-25,24-26)2大貫
勝ったチームが輪になって喜び、負けたチームの面々が悔しがり涙を流す中
唯一人、敗れた背番号2の少年だけは天井を見上げた。
そして視線を戻すとエースのもとに寄った。
「お疲れさん」
「しくった。スマン」
その声はいつもと違い重く震えていた。
「じゃあ、次はしくじらんようにしろや。俺も鋭意努力するけん」
「悔しいな、セガ」
「わぁーったから整列すっぞ。帰ったらスパイク練じゃ」
誰憚ることなく涙するエースの背を叩き、背番号2は小走りで仲間の元へ向かった。
それが背番号2を付けた選手の名前だった。
☆三
「ここはやはり大貫でしたね」
「妥当っちゃ妥当だな」
「大貫の4番、中学生にしては中々の力強さでしたが?」
「あの程度ならいらん。欲しいのは突き抜けた個性だ」
老人の評価は辛辣だった。
付き添いの若い男は困った顔をしている。
「では、内島の4番はどうでした?」
「まだ、そっちの方が芽がありそうだったがな。それでも欲しいとは思わん」
若い男は残念そうに頭を掻く。
やはり、この人の御眼鏡に適う選手はそうそう見つかるものではないのか、と溜息がでかけた。
が、ふと気になって尋ねてみた。
「そうですか。因みにですが、他に目を引いた選手はいましたか?」
言われた老人はコートに目を向ける。
その目は一人の選手を捕えていた。
この試合唯一目を引いた選手。
身長は目測で恐らく180㎝前後。
試合を観た限り他者とのコミュニケーションに苦はないだろう。
両チームの中でレシーブ、スパイク、ブロック、セットアップ、何れもこなしていた唯一人の選手。
「・・・いや、いねぇな」
しかし、老人がその選手を口にすることはなかった。
何故ならその選手が求めているだろう物が老人の理想に合わないものであったから。
「よし、決勝まで時間あるし、飯行くか」
「あっ、はい。ここから少し行った所に人気の蕎麦屋があるらしいですよ」
「じゃあ、そこ行くぞ」
席を立った老人がふと目を遣ると背番号2の選手は一人ボールを触っていた。
何かを確かめるかのように。
その姿には悔いや悲しみは欠片も見られず、何かへの熱意若しくは渇望が感じられた。
「テメーが本物なら、全国で会えるかもな」
そう言って今度こそ背の低い老人はその場を後にした。
たんじーのツンデレうまうま