あれからどれだけの剣を捌いただろう……
少なくとも5、60回で収まる回数じゃない事は確かか。
「はぁ……はぁ……っ!」
障壁越しに攻撃を受け続けた腕は痺れ、回避の為に跳ね続けた脚は膝の震えを誤魔化せない。
飛翔魔法や猫への変身魔法で何とか騙し騙し持ちこたえているが、既に構えすらまともに取れないと言うのが今のあたしの現実だった。
「……驚いたぞ。大規模な技は使わないように制限しているとはいえ、私の剣をここまで捌くとはな。」
「は、ははっ……これでも、近接戦闘には自信があったんだけどね……
まさかここまで差があるとは思わなかったよ。」
それでもシグナムの剣は曇らない。
事前に調べがついていた筈の情報は役に立たず、いくら戦っても弱体化の兆しは見られなかった。
あの映像と一体何が違う……? そんな思考は剣を躱すのに必死で、いつしか忘れてしまっていた。
「もう分かっただろう。お前に勝ち目は無い。
そしてお前がここに来た目的を察するに、このまま帰す訳にもいかん。
悪い事は言わん……大人しく投降しろ。無駄な傷を負う必要もあるまい?」
シグナムが構えたレヴァンティンを僅かに下げ、降伏を促してくる。
なるほど、確かにこのまま戦ってもあたしに勝機は訪れないかもしれない。今までは捌けていた剣も、もうそれほどかからない内にあたしを捉える事だろう。
でも、
「……流石にそれはあたしを舐め過ぎじゃないかな?」
震える膝に活を入れ、重力に屈服しそうな両腕を持ち上げる。
あたしはこれでも管理局員だ。普段の態度こそ不真面目に捉えられる事が多いし、部下や弟子にだって尊敬されてない……かもしれない。
だけどあたしなりに常に胸に抱く思いと言うのはあるのだ。
「……誇りか。
そうだな……私がお前の立場でも間違いなくそうしただろう。」
誇り……そう表現する事が許されるとは思っていない。
今あたし達が遂行している計画は、表沙汰には出来ないし誇れるような崇高な物でも無いのは分かっているからだ。
この一件が終わった後、あたし達の名が汚名として管理局の歴史に残る覚悟だって決めている。
それでもこの計画が未来をより明るく照らすと信じて今まで動いてきた。ここで折れたら今までの全部に顔向けできない。
「良かろう。
ならばせめてその気概に敬意を表し、痛みを感じる間もなく沈めてやる事が私のかけられる最大限の情けだ。」
一度下げられたレヴァンティンが再び構えられる。
結界によりやや色褪せた日光を反射するその刃が、妙に美しく見えた。
「……覚悟ッ!」
「ッ!」
シグナムから激流の様な圧が放たれる。
今まで感じた事も無い程の濃密な殺気に怯みそうになるも、負けまいと目を凝らす。
シグナムの攻撃は見切るまでもなくシンプルな選択……大上段からの振り下ろしだ。
単純な動作故に軌道は読みやすいが、単純な動作故にその速度、威力に於いて並ぶもののない無双の一撃だ。
……駄目だ、見えていても足が動かない。防ごうにも腕がこれ以上上がらない。
ごめん、アリア……あたしの方は失敗しちゃったみたい。
「ロッテェェェッ!!」
「!?」
絶叫と共にどこからか放たれた砲撃がシグナムを飲み込まんと迫る。
「ハァッ!」
だがその砲撃もシグナムの一閃で真っ二つに切り裂かれて届かない。
……ううん、それよりも今の声は……
「……裏切った、と言う訳だな……エール。」
砲撃の出所に視線を向けると、そこには長い黒髪の女性に化けたアリアがいた。
次の瞬間、彼女は変身魔法を解除してその正体を……あたしと同じ髪の色と猫耳を持つ、あたしよりもちょっとだけクールな印象を持つ女性の姿をさらけ出した。
「元々そう言う計画さ。あんたも心の何処かでは察していたんじゃないのかい?」
「……そうだな。」
「は、はは……遅いよ、アリア。」
「ごめん、ちょっと遅れた。」
唐突な安心感からか脚から力が抜け、思わずその場にへたり込んでしまう。
……どうやらしばらくは立ち上がれそうにない。
「遅れた事に関してはもう良いよ……それより、そっちの作戦は上手く行ったの?」
「……こっちもちょっと予定外の動きをしたから確実じゃないけど、多分上手く行くと思うよ。」
多分って……
まぁ、危ないところを助けられた身としては文句は言えないけどさ。
「貴様だけがここに来たという事は……ヴィータ達にも何かしら仕掛けたという事か?」
「さぁね。様子を見に行ってみるかい?
主をここに置いてさ。」
「……思念通話のジャミングか。小癪な真似を。」
「小癪で結構。こちとらずっとこの機会を窺ってたんだ。
さぁ選びなよ。主か部下かの二者択一だ……それとも、あれだけ大切にしていた主を戦場に連れて行くのかい?」
シグナムをこの場から退かせたいのか、それともこの場に留めたいのか、アリアは態々シグナムを嘲り笑うような声で挑発する。
「その必要は無い。
お前達を再起不能にした後、ヴィータ達の元へ向かうだけだ……!」
冷静な表情に隠しきれない怒りを滲ませながら、シグナムがレヴァンティンを構えなおす。
「もはや手加減して貰えるなどとは思うまいな……!」
「ちょ、ちょっと……なんで態々シグナムの神経を逆なでるような事言うのさ!」
「必要な事だからだよ。……まぁ、見てな。
あのシグナムがあれだけ
「でもシグナムは今まで……」
こそこそとそんなやり取りをしている隙をシグナムが見逃すはずもない。
「この期に及んで何をこそこそと……ぅぐッ!?」
!? 今まさに切りかからんとしていたシグナムが動きを止めた……!
「ば、かな……まさか……!」
「あーあ、その反応からしてどうやらヴィータさんがやっちゃったみたいだね?」
「……何時から、気付いていた……!」
「蒐集に同行している時に何度か現象自体は見かけていたからね、クロノ達が持ってた映像をロッテに見せて貰ったら直ぐに分かったよ。
もっとも本人達は覚えてないみたいだったけど。」
この情報はそう言えば聞いた事がある。
情報の出所を言えない為、クロスケ達にも秘匿していた情報の一つだ。
やがて頭を押さえていたシグナムは、背後の八神邸の方を見ると呟いた。
「そう、か……もう、
「……
詳しい事情は分からないが、『手に負えない』と言う言葉から考えてヴォルケンリッターへの闇の書の影響をどうにか解決していた存在の事だろうか?
「ふ、ふふ……消えて、行く……私の記憶が、数百年が……
あぁ……もう思い出せなかった、懐かしい故郷よ……」
その言葉を最後にシグナムは倒れた。
……結局、誰一人としてシグナムに……ヴォルケンリッターに勝つ事は出来なかった。
嘗ての戦争は今の物よりも数段過酷だったと聞いた事がある。その戦争を何度も戦い抜いた戦士に真正面から勝つには、あたし達は力不足に過ぎたらしい。
「……はぁぁ~……何とかなった……」
「お疲れ様、ロッテ。あのシグナム相手によく持ちこたえたもんだ。」
「必死だったよ。使い魔としての変身能力が無ければ何度真っ二つになっていた事か……」
思い出しただけでもゾッとする。避けた先に既に刃が迫っていた事なんて何回もあったし、敗北を覚悟した回数だって10回や20回では済まない。あのフェイトちゃんが負けるのも頷ける。
「さ、あと一息だよ。今頃はシャマルもシグナム同様、無力化されてるだろう。」
「……うん。」
そう言って差し出された手を掴み、立ち上がる。
アリアの言う通り、ここからようやく本番なんだ。へたり込んでいる場合じゃない。
「……行くよ。覚悟は良いかい?」
「もう何度も決めたよ。」
これからあたし達がやるのは少女を一人殺す事と同義だ。だけど立ち止まる訳には行かない。闇の書を放置すれば、この先何万と言う人が不幸になる。少女の命を理由に立ち止まるには、あたし達は不幸を知り過ぎた。
「――ッ! アリア、危ない!」
「えっ……」
倒れていたシグナムの側を通過する刹那、あたしが気付けたのは殆ど偶然に近かった。
或いは先の戦いの感覚が残っていたのかもしれない。
「ぐっ……!」
「ロッテ!」
飛び掛かるようにアリアを突き飛ばした次の瞬間、あたしの左肩をレヴァンティンが切り裂いた。
不幸中の幸いか傷はそう深くは無いが、それでも激しい痛みと共に血が噴き出した。
「シグナム……!」
「……主の為に……主を闇の書の真の主とする為に……」
アリアの睨む先を目で追うと、何かをぶつぶつと呟きながら幽鬼のように佇むシグナムが居た。
「くっ……! 今の衝撃は……!」
地球への転送の準備が整い次第こうして援軍に駆けつけたは良いが、転送の完了と同時に激しい魔力の波に吹き飛ばされてしまった。
咄嗟に障壁を張った事が功を奏したようでダメージらしいダメージこそ無いものの、共に駆け付けた皆とは分断されてしまったらしい。
先ずは状況の把握をと見渡す俺の視界に、信じ難い光景が映った。それは……
「しまった……!」
10m程離れた先で、今まさにヴィータの手でリンカーコアを蒐集されている武装局員の姿だった。
既に魔力の大部分は蒐集されてしまっているらしく、意識ももはやないのだろう。バリアジャケットは解除され、弱弱しく輝くリンカーコアが彼の体に戻ると同時に彼の体は落下を始める……と言うところでヴィータが彼の手を握り、救助の為に駆けつけようとした局員に放り投げた。恐らく『あくまで殺しはしない』と言う意思表示だろう。
「うっ……ぐぅッ!」
俺がそう判断したと同時に、ヴィータは急に頭を抱えて苦しみ始めた。
「ど、どうしたんだ? いきなり……」
「やめろ……消すな……ッ!」
「いや、俺は何もやって……クロノさん! 本当っすよ!?
俺マジに何もやってないっすから!!」
先程蒐集された局員の体を受け止めた方の局員が焦ったように確認を取って来る。あのバカ、今はそんな場合ではないだろう……!
「誰もそんな疑いはかけていない! それよりも早くヴィータから離れろ!
様子が明らかにおかしい!」
と言っても、ここに来る前に今までの経緯をエイミィから既に聞いている身だ。原因に関しては心当たりがある。元々ヴォルケンリッター弱体化の理由として考えていた事なのだから当然だ。
度重なる戦闘による『魔力の消耗』、『時間の経過』、そして『蒐集行為』……全ての条件が既に揃っている。
となれば今ヴィータに起きている現象と、これから起こる現象は……
「弱体化の兆し……なのか?」
自分で出した結論に対してなんだが、他ならぬ俺自身の直感が『何か違う』と訴えている。だからこそ彼を下がらせたのだ。得体の知れない何かを感じて……
「クロノさん、ヴィータの事なんすけど……」
「君の言いたい事は分かる……彼女にも何かしら事情があるのだろう。
だが、少なくとも今は『戦うべき相手』だ。それを忘れるな。」
「……うっす。」
≪エイミィ、カインが蒐集された。
安全の保障の為に回収してくれ。≫
≪了解! もうこっちの結界も張れるし、ついでに民間魔導士の回収も済ませちゃうよ?≫
≪ああ、頼む。各員への通達も忘れるなよ?≫
≪もっちろん!≫
エイミィは相変わらず仕事が早くて助かる。
彼等の転送が完了すれば、民間魔導士の安全は保障される。これでこちらも攻勢に出られると言う物だ。
「……主の元に向かわねば。」
唐突に聞こえたその声の主を一瞬疑った。
凡そ
「今、言葉を発したのか……?」
人形のように表情が抜け落ちたヴィータが、意味のある言葉を発した事の方が遥かに衝撃的だった。
と言うのもあの時のシグナムとザフィーラの戦闘の様子を見て、俺はあの状態になった時の彼女達には戦いのノウハウどころか
「行くぞ、ザフィーラ。」
「ああ。」
ヴィータとザフィーラが抑揚の無い言葉を交わす……同様に人形のような表情で。
異様な光景だった。見えない子供が人形を使ってごっこ遊びをしたらこんな光景になるのだろうかとさえ思えた。
「……待て! 僕は時空管理局執務官、クロノ・ハラオウンだ。
君達が大人しく投降すれば……」
「クロノさん、多分二人共聞いてないっすよ。」
「……そのようだな。」
二人共こちらの言葉には耳を貸さず、特定の方角に向かってゆっくりと飛翔している。……そもそも今の二人に言葉が届いているのかも怪しいな。
『――ザザッ…クロ……ンッ!』
「ん……?」
『やっぱ…………! ……うこ…は…――こうだ!!』
「うわっ!? うるさいぞ、エイミィ!」
『ゴメンゴメン! さっき急に変な術式に干渉されちゃってさ、完全にこっちとそっちの通信が分断されちゃって……』
「何? 今は大丈夫なのか?」
『うん! 妨害の術式を解析してすり抜けたから……じゃなくて!
気を付けて! 今そっちに……』
「……いや、もう言わなくても良い。大体理解できたとも。」
ヴィータ達が進む先、突如として空中に開いた大穴。
そこから出て来たのは二人の女性と、その内の一人が抱える少女一人……
ヴィータやザフィーラ同様に、表情を失ったシグナムとシャマルが八神はやてを抱えて現れた。